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第2章 チョコを剥がしたチョコ菓子の末路
第4話
しおりを挟むピピピピピ…
「……ん…」
スマホのアラームが鳴り、オレは枕の横に手を伸ばし止める。
あと5分…と思いながら目をこすると手が濡れた。
…?ガバッと起き上がり、クローゼットに付いている鏡を確認する。オレは…涙を流している?
全く覚えていないが…悪夢でも見たのだろうか。いや、むしろオレの心は落ち着いている。すごく…いい夢だったような。なんだか暖かい気持ちになりながら、パジャマを脱いだ。
今日はオレの姉、優花の命日だ。小さい頃から頑張って闘病生活を送っていたが…家族の祈りも、医者の奮闘も虚しく儚くなってしまった。
それからずっとオレの家族は沈んだままだったが…最近ようやく、姉ちゃんの思い出話が出来るようになった。
さて、今日は父さんと母さんと3人で墓参りだ。
とっとと飯を食って、先に外に出て車の前で待っていたら…
「…おっ、ねえ君!」
「はい?」
突然見知らぬギャルに声を掛けられた。いや…見覚えがあるような?
「君さー、優花ちゃんの弟君よね!?よかったー住所合ってた!」
「……あ!あんた、白血病で入院してた…!」
「せいかーい!!」
思い出した!!6年くらい前、姉ちゃんと同室だった女の子!あらまあ、金髪だから分からんかった。
「これ?所謂高校デビューってヤツぅ。てか弟君もアタシと同級っしょ、ドコ校?」
「は?笹羅高校だけど…」
「おんなじじゃーん!!何組?アタシ2組ー!!」
「6組…」
「遠っ!!そーりゃ気付かねーわ!!」
あっはっはっ!!とソイツは笑う。いや、まず名乗れよ。
「おっと悪いね。アタシは木梨小雪、ユッキーって呼んで!」
「オレは齋藤優也………」
「ツッコんでーや。何よその顔、なんの用だ?とか考えちゃってる?」
それは確かに思ってる。だが、それより。
「あんたは…完治したんだな。よかった…本当に…」
「…………………」
姉ちゃんみたいに…し、死ななくて、よかった…。
そう言うと、木梨はオレに背中を向けて「…お線香あげさせて」と言った。
家に入れてやると、母さんが「あらあ、小雪ちゃん!?」と驚いた。覚えていたんだな…聞けば何度も姉ちゃんのお見舞いに来てくれていたらしい。
木梨は仏壇に向かい、静かに手を合わせた。暫くそうしていたが…姉ちゃんの部屋を見たいと言うので案内する。
「無理だったらいいよ?」
「いや…どうせ物も少ないからな」
2階のオレの部屋の隣、そこが姉ちゃんの部屋。
だが姉ちゃんは小学1年生の時からほとんど入院生活だったから…使用感は全く無い。
数回しか背負えなかった、新品同様のランドセル。
1度しか袖を通さなかった、中学の制服。
家具は机とベッドのみ。木梨はすのこが剥き出しのベッドに腰掛けた。オレは子供用の学習椅子に座り、話を聞く事に。
「んで…線香あげに来てくれたのか?」
「それもあるけど…渡したい物が、あって」
そう言って木梨は、1枚の紙を鞄から取り出した。え、オレに?一体、何が………
『拝啓、ご家族様。
どうも優花です。いつもお世話になっております。
お父さん、お母さん、優也。この手紙は出来れば見つけないで、もしくは50年後くらいに発見していただけると幸いです。
お父さんへ。
いつも家族の為に、一生懸命働いてくれてありがとう。私の治療費で無駄にお金を使わせてしまってごめんなさい。
それでも私は生きたい。生きていたら、いつか治療法が見つかるかもしれないから。無理だって、分かってはいるけれど。
毎年遠くの神社まで車を出してくれて、お守りを買って来てくれてありがとう。いつだって私を一番に考えてくれてありがとう。たこ焼き、美味しかったです。
でも…最近太ってきたと思います。そのお腹はヤバいです。速やかに筋トレをして、いつまでも格好いいお父さんでいてね。
お母さんへ。
覚えていますか?私の5歳の誕生日。いっぱいご馳走を作ってくれたのに、私は具合が悪くて吐いてしまいました。ごめんなさい。
その日、眠る私の頭を撫でて「健康に産んであげられなくてごめんね」と、泣いていましたね。
私は生まれてきてよかった。他の子よりもちょびっと体は不自由だけど。家族から沢山の愛情を貰って、すごく幸せでした。病院にも毎日来てくれてありがとう。私を産んでくれてありがとう。
お父さんのような優しい男性と出会って、お母さんのような素敵な母親になりたかった。孫の顔を見せてあげたかった。それはきっと叶わないので、優也に期待してください。
あいつは意外とモテるタイプです。イケメンとは程遠いけど、さり気ない言動が女子のハートをぶっ刺します。彼女を紹介される日も近いでしょう。その時ははしゃぎ過ぎないでください。
優也へ。
まず最初に、ごめんなさいと言わせてね。私はあなたに嫉妬していました。姉弟なのに…優也だけ何にも縛られず、自由だったから。
でも両親が私にかかりきりだったから、あなたには昔から寂しい思いをさせてしまったと思います。それなのにワガママも言わず、ずっと優しい弟でした。
これは信じてもらえないだろうけど。私はあなたのお話、大好きでした。まるで自分が外の世界に飛び出したようで、その時だけ私も普通の女の子になれたんです。
あの日、あなたに酷い事を言ってしまった日。前日、隣の部屋で男の子が亡くなりました。私も次に眠ったら…もう目を覚まさないんじゃないかという恐怖に襲われていました。
言い訳になるけれど、そのせいであなたを傷付けてしまいました。ごめんなさい。私に外の世界を教えてくれてありがとう。私がいなくなった後は、思う存分お父さんとお母さんに甘えてください。
ただし、マザコンにはなっちゃいけません。彼女が出来て、結婚したらお嫁さんを第一に考えなさい。お姉ちゃんとの約束です。
これを書いている頃。私はもう下半身の感覚がありません。近いうちに、この腕も動かなくなるでしょう。その前にこうして記しておきました。
まあ長々と書いてしまったけど、要するに。
お父さん、お母さん、優也、大好きです。私はこの家に生まれて幸せでした、本心です。愛してくれてありがとう。
さようなら。優花より。かしこ』
なんだこれ。こん、な…いつの間に…
「……それさ、優花ちゃんに貸した漫画に挟まってたんだよ。久しぶりに読み返してたら出てきて…多分混じっちゃったんでしょ。
そんで…病院に行ったら、もう亡くなったって聞いて…。元気になったら遊びに来てねって、住所交換してたから土曜だし来てみた」
「………う…あ、あああ、ぁぁ……!」
読み終えたオレは…女子の前で情けないとは思いつつ、溢れる涙を抑えられなかった。
オレこそ…姉ちゃんの気持ちも考えず、無神経に話していてごめんなさい。姉ちゃんは何も悪くない、だから謝らないで…!
もう、嫌われてると思ってた。だから…最期まで姉ちゃんと向き合う事から逃げてごめんなさい。
ああ、もう一度チャンスがあったなら。オレは絶対に間違えない。病気は治せないとしても…目を逸らさない、最後まで姉ちゃんの心を守り抜く。
だけどどれだけ後悔してももう遅い。オレは声を上げて泣いた。その声に心配してやって来た両親に、手紙を見せた。
すると…母さんも同様に泣き崩れ、父さんも涙しながら母さんを抱き締めた。
木梨はその様子を静かに見ていた。自分も涙を流しながら…。
「アタシもさ、逃げてたんだよ。
…アタシは運良く全快して退院した。そんで「次は優花ちゃんの番だね!」なんて、無神経なコト言った。
退院して暫くは、何度もお見舞いに行ったよ。でも…会う度に優花ちゃんは、少しずつ弱ってった。
初めて会った時は、手すりがあれば歩けてた。
アタシが退院する頃は、もう車椅子から降りれなくなってた。
最後にお見舞いに行った時は…もう、自力で上半身を起こす事も出来なくなってた。
それでもさ、よくアンタの話してたよ。剣道を頑張ってるとか、色んな話をしてくれるって笑ってた。大体家族か漫画の話ばっかりだったんだ」
『この漫画、ありがとう!でも相変わらず絵ばっかりで中身ないねえ。ついにシャルロットが誰かを選ぶと思ったら、なんか引き伸ばし展開っぽいし。早く進めろ!って言いたい!』
「……って言ってたのが、手紙が挟まってた漫画。でも…続きは貸してあげられなかった。
だって返される時、すっごい腕震えてたもん。きっと…1冊読むのも一苦労だったんでしょう。
これ以上弱っていく優花ちゃんを見たくなくて。それが最後のお見舞いだった。優花ちゃんが亡くなる10ヶ月前…かな」
「そう、か」
ズズっと鼻を啜りながら話を聞く。
両親はすでに部屋を出ている。手紙を読んで…頑張らないとね!と力強く立ち上がったのだ。
オレももう、姉ちゃんの事でこれ以上泣かないと決めた。いつまでも泣いてちゃ姉ちゃんが悲しむ。
さようなら、姉ちゃん。オレは未来に進む。でも絶対に、姉ちゃんの事は忘れない。
そんなオレの決意が伝わったのか、木梨はクスッと笑った。少しだけドキッとした。
「…優花ちゃんさー。その漫画のパスカルってキャラが一番格好いいって言うのよー。でもアタシはルシアンが最強だと思うのよ!でしょう!?」
「いや知らねーよ。読んだ事ねえよ」
「これ最近完結してさ。アタシは個人的にゼルマっつー女キャラ好きなのよ。8巻…優花ちゃんが最後に読んだ巻ね。ラストで悪役っぽく登場してさ。
9巻で開幕土下座よ、うける!強キャラ感出しといて、主人公のシャルロットに速攻潰されたのよ!!」
「知らねえって…」
聞いてもいないのに、木梨は漫画の内容を熱く語った。
なんでも主人公は完全無欠のお嬢様。顔よし頭よし苦労なし、感情移入も出来やしないと。
「そんでさー、本当の主人公はヒロインの兄だったのよ!!子供の頃からずっと苦労してきて、作中でシャルロットと決別した双子の兄。
それが実は男装してた女の子でー、漫画のタイトルもその子を指してたのよ。言われてみりゃ納得だわ。その子…セレスタンのほうが主人公っぽいもん。
苦しんで、挫折して、なんとか立ち上がって。それでもついに心が折れ掛かってしまったけど…周囲の助けもあって、踏ん張れた。無敵のお嬢様より、よっぽど人間らしいじゃない?」
ふーん。
全然興味無かったので、全部聞き流してた。えーと…主人公の名前なんだっけ?
「ちょっとー、聞いてんのー!?」
「聞いてる聞いてる」
「最終巻のネタバレしちゃうよ?」
「聞いてる聞いてる」
「じーつーはー。セレスタンのお相手、グラスってのが…」
「聞いてる聞いてる」
「きーてねーだろー!!!」
「うるっせえええ!!」
こいつ、思いっきり耳を引っ張って叫びやがった!!み、耳がキーンとする…!!
「優也、そろそろお墓参りに行くわよ。小雪ちゃんもどう?」
「是非!」
「うへえ」
母さんの目はまだ充血しているが、その表情は晴れやかだった。
何故か木梨はオレにその漫画の魅力を語りまくる。うるせ…と思いながらも、その姿は生き生きとしてていいと思う。
そしてこの日を境に、やたらと学校でも話し掛けて来るようになった。剣道の試合にも毎回応援に来てくれて…周りからは彼女だと勘違いされて散々だった。
だが人生とは分からないもので。10年後オレ達は結婚する。
それを今の高一のオレに言っても、鼻で笑うだけだろうなあ。
墓参りに行く為、車に乗り込んだ。ちゃっかり木梨も隣にいるし…はあ。
「そういやさ、姉ちゃんが好きだった漫画ってなんてやつ?」
「お、興味出て来た!?」
「いや別に」
「なんだよー!!」
興味は無いが、なんとなく聞いただけ。多分すぐ忘れるわ。シートベルト…と。
「ま、いいけどねー。その漫画のタイトルは……」
『皇国の精霊姫』
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