32 / 40
第八話 剣の道
8-4
しおりを挟む
「ベラウ……」
ローリックは険しい表情でベラウに近づいていく。周囲の道場生たちはベラウの敗北という意外な、予想だにしなかった結果にどよめいていた。
「師範……あの魔導人形はただ者ではありません」
ベラウは立ち上がり、額の汗を拭った。
そして持っていた剣の残骸、ブレンに斬られたその断面を見せる。木剣の断面は滑らかで、刃物で切断されたようにしか見えなかった。
「エルデンさん……一体俺達に何の相手をさせているんだ……?」
ローリックは足元から切断された木剣の先端を拾い、その断面を指でなぞった。
「ローリックさん! すごいでしょ、うちの魔導人形は!」
どこか勝ち誇ったかのような声でアイーシャがローリックに声をかけた。
「アイーシャ……あの魔導人形はどこで手に入れたんだ? あれほどの剣技を身につけているとは……」
「ふふん、秘密よ! 昔貸したお金の代わりに、とある人から預かったのよ」
アイーシャはエルデンと示し合わせておいた嘘を答えた。
エルデンは調達士として働いていた期間が長く、顔が広い。そして怪我をする前までは結構な金を稼いでいたことも知られている。借金のかたに魔導人形をもらったと言っても、それほどおかしくはない。
「で、これで終わり? もっと強い人はいないの?」
アイーシャが居並ぶ道場生たちを見る。
しかし、アイーシャの言葉に敵愾心を燃やす者はいなかった。ベラウの負けた様子を見て、皆委縮してしまっているようだった。ベラウの腕前はそれほどのものだったという事だろう。
「……一人いる」
ローリックが静かな声で答えた。
「誰? どの人?」
「俺だよ……次の相手は俺だ」
その言葉に、道場生たちのどよめきが大きくなる。
確かに、この道場で最強なのはローリックだ。冒険者としては引退しているが、長年の戦いで鍛えられた実践的な剣技は今も衰えてはおらず、むしろさらに磨きがかかっていると言われている。
ローリックは恐らく、タリオテガイ国のなかでも有数の剣の使い手。王国から剣術指南役として声がかかったという噂もあるほどだ。
しかしそのローリックが戦うという事は、それらの名誉と、この道場の師範としての立場を懸けて戦うという事だ。
魔導人形は一般的にはでくの坊と言われている。ブレンがそうではない事はベラウとの戦いが証明しているが、事情を知らないものが傍から見れば、でくの坊に負けただらしのない道場生としかうつらない。
ましてやローリックが負ければ、道場の評判は落ち、この町での居場所さえ危うくなるかもしれない。
「剣を……」
ローリックが手近な道場生に言い、持っていた木剣を受け取る。ベラウと同様に普通の木剣だ。
師範用の特注のものもあるが、ローリックはそれを使う事は良しとしなかった。魔導人形、ブレンが普通の木剣を使う以上は、それと対等にしなければならない。
「ブレン君、今度は俺と勝負だ」
ブレンは開始位置に所在無げに立っていたが、ローリックの言葉に頷いて答える。
ローリックも開始位置に立つ。その顔には最早笑みはなく、油断も、恐れさえもなかった。ローリックの心は今再び、冒険者として未知の魔物と戦う時のものに戻っていた。
「始め!」
道場生が言い試合が始まる。
ローリックはベラウと同じようにまっすぐに立てた剣を右頬の高さにまで上げる。ブレンも真似するように同じ構えを取る。
道場生たちにとって、ローリックの剣を見るという事はほとんど初めての事だった。道場生を相手に剣を振り、試合をすることはあっても、それは加減したものでしかない。
今のローリックは本気だ。誰に言われなくとも、ローリックをよく知る道場生たちにはそれが分かった。いつもの豪快でおおらかな振る舞いが消え、まるで死地に赴くような強い決意が見て取れる。師範は本気だ……それが分かっていた。
ローリックとブレンはじりじりとすり足で近づいていく。間合いが四歩にまで縮まり、そこでローリックが動いた。
地を蹴った。しかし速すぎて、見ていた道場生で細かな動きが見えたのはほんの数人だった。ローリックは上段に剣を構えたままブレンに肉薄する。
ローリックは剣を振り下ろす。移動の速度と体重を乗せた斬撃。ベラウの剣が児戯に見えるほどのローリックの剣だった。
しかしブレンは反応し、ベラウの時と同じように剣を押さえようとゆるい突きを放つ。
二つの剣が触れ合う――。
次の瞬間、折れた剣が二人の頭上に舞った。柄の根本から折れた木剣は高く舞い上がり、そして地上の石畳へと落下した。
ブレンとローリックは動きを止めて睨み合っていた。ローリックの剣はブレンの額すれすれで止まり、ブレンの剣は折れ、ただ柄だけがその手中にあった。
「そこまで!」
その掛け声で、ローリックは剣を引き後ろへ下がった。ブレンは手の中の柄を見つめ、首をかしげていた。
道場生たちが歓声を上げる。師範、ローリックの勝利に歓喜していた。だがその声を浴びるローリックの顔は険しく、苦虫をかみつぶしたかのように歪んでいた。
ローリックは険しい表情でベラウに近づいていく。周囲の道場生たちはベラウの敗北という意外な、予想だにしなかった結果にどよめいていた。
「師範……あの魔導人形はただ者ではありません」
ベラウは立ち上がり、額の汗を拭った。
そして持っていた剣の残骸、ブレンに斬られたその断面を見せる。木剣の断面は滑らかで、刃物で切断されたようにしか見えなかった。
「エルデンさん……一体俺達に何の相手をさせているんだ……?」
ローリックは足元から切断された木剣の先端を拾い、その断面を指でなぞった。
「ローリックさん! すごいでしょ、うちの魔導人形は!」
どこか勝ち誇ったかのような声でアイーシャがローリックに声をかけた。
「アイーシャ……あの魔導人形はどこで手に入れたんだ? あれほどの剣技を身につけているとは……」
「ふふん、秘密よ! 昔貸したお金の代わりに、とある人から預かったのよ」
アイーシャはエルデンと示し合わせておいた嘘を答えた。
エルデンは調達士として働いていた期間が長く、顔が広い。そして怪我をする前までは結構な金を稼いでいたことも知られている。借金のかたに魔導人形をもらったと言っても、それほどおかしくはない。
「で、これで終わり? もっと強い人はいないの?」
アイーシャが居並ぶ道場生たちを見る。
しかし、アイーシャの言葉に敵愾心を燃やす者はいなかった。ベラウの負けた様子を見て、皆委縮してしまっているようだった。ベラウの腕前はそれほどのものだったという事だろう。
「……一人いる」
ローリックが静かな声で答えた。
「誰? どの人?」
「俺だよ……次の相手は俺だ」
その言葉に、道場生たちのどよめきが大きくなる。
確かに、この道場で最強なのはローリックだ。冒険者としては引退しているが、長年の戦いで鍛えられた実践的な剣技は今も衰えてはおらず、むしろさらに磨きがかかっていると言われている。
ローリックは恐らく、タリオテガイ国のなかでも有数の剣の使い手。王国から剣術指南役として声がかかったという噂もあるほどだ。
しかしそのローリックが戦うという事は、それらの名誉と、この道場の師範としての立場を懸けて戦うという事だ。
魔導人形は一般的にはでくの坊と言われている。ブレンがそうではない事はベラウとの戦いが証明しているが、事情を知らないものが傍から見れば、でくの坊に負けただらしのない道場生としかうつらない。
ましてやローリックが負ければ、道場の評判は落ち、この町での居場所さえ危うくなるかもしれない。
「剣を……」
ローリックが手近な道場生に言い、持っていた木剣を受け取る。ベラウと同様に普通の木剣だ。
師範用の特注のものもあるが、ローリックはそれを使う事は良しとしなかった。魔導人形、ブレンが普通の木剣を使う以上は、それと対等にしなければならない。
「ブレン君、今度は俺と勝負だ」
ブレンは開始位置に所在無げに立っていたが、ローリックの言葉に頷いて答える。
ローリックも開始位置に立つ。その顔には最早笑みはなく、油断も、恐れさえもなかった。ローリックの心は今再び、冒険者として未知の魔物と戦う時のものに戻っていた。
「始め!」
道場生が言い試合が始まる。
ローリックはベラウと同じようにまっすぐに立てた剣を右頬の高さにまで上げる。ブレンも真似するように同じ構えを取る。
道場生たちにとって、ローリックの剣を見るという事はほとんど初めての事だった。道場生を相手に剣を振り、試合をすることはあっても、それは加減したものでしかない。
今のローリックは本気だ。誰に言われなくとも、ローリックをよく知る道場生たちにはそれが分かった。いつもの豪快でおおらかな振る舞いが消え、まるで死地に赴くような強い決意が見て取れる。師範は本気だ……それが分かっていた。
ローリックとブレンはじりじりとすり足で近づいていく。間合いが四歩にまで縮まり、そこでローリックが動いた。
地を蹴った。しかし速すぎて、見ていた道場生で細かな動きが見えたのはほんの数人だった。ローリックは上段に剣を構えたままブレンに肉薄する。
ローリックは剣を振り下ろす。移動の速度と体重を乗せた斬撃。ベラウの剣が児戯に見えるほどのローリックの剣だった。
しかしブレンは反応し、ベラウの時と同じように剣を押さえようとゆるい突きを放つ。
二つの剣が触れ合う――。
次の瞬間、折れた剣が二人の頭上に舞った。柄の根本から折れた木剣は高く舞い上がり、そして地上の石畳へと落下した。
ブレンとローリックは動きを止めて睨み合っていた。ローリックの剣はブレンの額すれすれで止まり、ブレンの剣は折れ、ただ柄だけがその手中にあった。
「そこまで!」
その掛け声で、ローリックは剣を引き後ろへ下がった。ブレンは手の中の柄を見つめ、首をかしげていた。
道場生たちが歓声を上げる。師範、ローリックの勝利に歓喜していた。だがその声を浴びるローリックの顔は険しく、苦虫をかみつぶしたかのように歪んでいた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました
ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら……
という、とんでもないお話を書きました。
ぜひ読んでください。
【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜
福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。
彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。
だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。
「お義姉さま!」 . .
「姉などと呼ばないでください、メリルさん」
しかし、今はまだ辛抱のとき。
セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。
──これは、20年前の断罪劇の続き。
喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。
※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。
旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』
※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。
※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる