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第八話 剣の道
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石をも断ち割るかのようなベラウの剣は、しかしブレンの剣によって止められた。
受けたのではない。ブレンの軽い突きがベラウの剣の中ほどに当たり、それで勢いが殺されていた。
「何だあれは……」
ローリックはブレンの奇妙な技に思わず声を出す。理屈では単純なことだ。剣勢が最大になる前に、振り下ろす途中で剣を押さえるのだ。
だが、さして太くもない木剣同士でそれを行うのは、飛び回る蠅を棒で突くような行為だ。理屈では分かっても、到底実現できることではない。
「せえいっ!」
ベラウは半歩下がりながら押さえられた剣を引き戻し、今度はブレンの左肩に向かい剣を斜めに振り下ろす。先ほどの初太刀を越えるほどの裂帛の気合。全身全霊の剣だった。
だが、渾身の力を込めた剣は、またしても途中で止められた。先ほどと同じようにブレンの剣がベラウの剣を押し途中で止めていたのだ。
「ぬうっ」
ベラウは目を見開き、続けざまに剣を繰り出す。ブレンの胴へ、腕へ、肩へ。そのどれもがほれぼれとするような斬撃だったが、そのどれもがブレンの体を打つことはなかった。
最後まで振り切る事すらできず、威力が最大となる前に途上でブレンの剣に押さえられたのだ。
表情に乏しかったベラウの顔に驚愕の色が浮かぶ。そして攻撃を続けるうちに、その顔に恐怖が浮かび始めた。
ベラウは打ち続けたが、その度に間合いを取るために半歩程下がっていた。傍から見ればベラウの猛攻がブレンを襲っているように見えるが、その実、後ろに下がっているのはベラウの方だった。
ブレンは茫洋としたつかみどころのない表情で、睨むでもなくベラウを見ている。ブレンの放つ突きはさほど速くもないが、その剣先は正確にベラウの剣を捉える。
まるで示し合わせたかのような動きだったが、そうでないことは他でもないベラウ自身がよく分かっている。
ブレンはただ、振り下ろされる剣を押さえるという行為を、その反射神経と正確な剣の操作で繰り返しているだけなのだ。
ベラウが五歩分下がり、二人を囲う道場生の輪に近づいていく。その段になってようやく道場生たちは気づいた。あのベラウが必死になって剣を打ち込んでいるのに、そのことごとくが防がれている。ブレンの抜きんでた技がブレンの技を殺しているのだ。
これは試合というにはあまりにも異様な光景だった。まるで赤子をあやすような、ある意味では最も残酷な行為だった。
「ぬうあっ!」
もう何度剣を防がれたろうか。もう何歩後ろへ下がったろうか。ベラウは驚愕し、絶望し、しかし諦めることはしなかった。
押さえられた剣を僅かにひねりブレンの剣を外し、そのまま振り抜く。腕の力だけの軽い振りだったが、それはこの試合で始めてブレンの体に近づいた一撃だった。
剣はブレンの頭部へと迫る。この試合では頭部への攻撃は禁止だが、もはやベラウの心からはそのような事は抜け落ちていた。
何としてもこの魔導人形に一撃を入れねばならない。己の誇りと、そしてこの道場の名誉のためにも一矢報いねばならない。その一心で、ベラウは剣を振るった。
ブレンはそのベラウの一撃を見ていた。人の目ではかなわぬ程精細に、怜悧に、無慈悲に。
ぬるい剣だ。これがこの時代の剣か。
自分の頭のどこかで、何かが囁くように言った。ブレンはそれを認識しながら、いくつもの反撃を思い浮かべる。
腕を斬ってもいい。足を突いて姿勢を崩してもいい。一思いに腹を突き破ることも出来る。
だがそれでは駄目だ。これは試合なのだ。ブレンの中で何かが強かに計算をしていた。まだその時ではない。だから、ブレンは攻撃を防ぐことにした。
ブレンの剣が一閃する。だが木剣同士が打ち合う音はしなかった。
ただベラウの剣は振り抜かれ、そしてブレンの剣も上に斬り上げられていた。
数瞬遅れ、足元の石畳を硬いものが叩いた。弾み、転がったそれは、木剣の剣の部分だった。そしてベラウの剣は、落ちてきた剣の破片の部分がちょうど欠けていた。
ベラウは軽くなった剣を持ったまま動けなかった。
剣を斬られた。木剣で、木剣を。あり得ないことだった。しかしベラウの剣は中ほどから両断され、ブレンの剣は元のままだ。
この魔導人形は恐るべき剣速で木剣を振り、木で木を斬ったのだ。
ブレンの目がじろりとベラウを見た。感情のこもらぬガラス玉のような目が、静かにベラウを見ていた。
まだやるのか? とでも言わんばかりに。
「そこまで!」
ローリックの声が響く。
ベラウは膝をつき激しく呼吸する。全身からどっと冷や汗が吹き出した。
そんなベラウを見て、ブレンは剣を下ろし後ろに下がり、ベラウに背を向けた。
受けたのではない。ブレンの軽い突きがベラウの剣の中ほどに当たり、それで勢いが殺されていた。
「何だあれは……」
ローリックはブレンの奇妙な技に思わず声を出す。理屈では単純なことだ。剣勢が最大になる前に、振り下ろす途中で剣を押さえるのだ。
だが、さして太くもない木剣同士でそれを行うのは、飛び回る蠅を棒で突くような行為だ。理屈では分かっても、到底実現できることではない。
「せえいっ!」
ベラウは半歩下がりながら押さえられた剣を引き戻し、今度はブレンの左肩に向かい剣を斜めに振り下ろす。先ほどの初太刀を越えるほどの裂帛の気合。全身全霊の剣だった。
だが、渾身の力を込めた剣は、またしても途中で止められた。先ほどと同じようにブレンの剣がベラウの剣を押し途中で止めていたのだ。
「ぬうっ」
ベラウは目を見開き、続けざまに剣を繰り出す。ブレンの胴へ、腕へ、肩へ。そのどれもがほれぼれとするような斬撃だったが、そのどれもがブレンの体を打つことはなかった。
最後まで振り切る事すらできず、威力が最大となる前に途上でブレンの剣に押さえられたのだ。
表情に乏しかったベラウの顔に驚愕の色が浮かぶ。そして攻撃を続けるうちに、その顔に恐怖が浮かび始めた。
ベラウは打ち続けたが、その度に間合いを取るために半歩程下がっていた。傍から見ればベラウの猛攻がブレンを襲っているように見えるが、その実、後ろに下がっているのはベラウの方だった。
ブレンは茫洋としたつかみどころのない表情で、睨むでもなくベラウを見ている。ブレンの放つ突きはさほど速くもないが、その剣先は正確にベラウの剣を捉える。
まるで示し合わせたかのような動きだったが、そうでないことは他でもないベラウ自身がよく分かっている。
ブレンはただ、振り下ろされる剣を押さえるという行為を、その反射神経と正確な剣の操作で繰り返しているだけなのだ。
ベラウが五歩分下がり、二人を囲う道場生の輪に近づいていく。その段になってようやく道場生たちは気づいた。あのベラウが必死になって剣を打ち込んでいるのに、そのことごとくが防がれている。ブレンの抜きんでた技がブレンの技を殺しているのだ。
これは試合というにはあまりにも異様な光景だった。まるで赤子をあやすような、ある意味では最も残酷な行為だった。
「ぬうあっ!」
もう何度剣を防がれたろうか。もう何歩後ろへ下がったろうか。ベラウは驚愕し、絶望し、しかし諦めることはしなかった。
押さえられた剣を僅かにひねりブレンの剣を外し、そのまま振り抜く。腕の力だけの軽い振りだったが、それはこの試合で始めてブレンの体に近づいた一撃だった。
剣はブレンの頭部へと迫る。この試合では頭部への攻撃は禁止だが、もはやベラウの心からはそのような事は抜け落ちていた。
何としてもこの魔導人形に一撃を入れねばならない。己の誇りと、そしてこの道場の名誉のためにも一矢報いねばならない。その一心で、ベラウは剣を振るった。
ブレンはそのベラウの一撃を見ていた。人の目ではかなわぬ程精細に、怜悧に、無慈悲に。
ぬるい剣だ。これがこの時代の剣か。
自分の頭のどこかで、何かが囁くように言った。ブレンはそれを認識しながら、いくつもの反撃を思い浮かべる。
腕を斬ってもいい。足を突いて姿勢を崩してもいい。一思いに腹を突き破ることも出来る。
だがそれでは駄目だ。これは試合なのだ。ブレンの中で何かが強かに計算をしていた。まだその時ではない。だから、ブレンは攻撃を防ぐことにした。
ブレンの剣が一閃する。だが木剣同士が打ち合う音はしなかった。
ただベラウの剣は振り抜かれ、そしてブレンの剣も上に斬り上げられていた。
数瞬遅れ、足元の石畳を硬いものが叩いた。弾み、転がったそれは、木剣の剣の部分だった。そしてベラウの剣は、落ちてきた剣の破片の部分がちょうど欠けていた。
ベラウは軽くなった剣を持ったまま動けなかった。
剣を斬られた。木剣で、木剣を。あり得ないことだった。しかしベラウの剣は中ほどから両断され、ブレンの剣は元のままだ。
この魔導人形は恐るべき剣速で木剣を振り、木で木を斬ったのだ。
ブレンの目がじろりとベラウを見た。感情のこもらぬガラス玉のような目が、静かにベラウを見ていた。
まだやるのか? とでも言わんばかりに。
「そこまで!」
ローリックの声が響く。
ベラウは膝をつき激しく呼吸する。全身からどっと冷や汗が吹き出した。
そんなベラウを見て、ブレンは剣を下ろし後ろに下がり、ベラウに背を向けた。
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