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第七話 身につけるべきもの

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「ほら、ちゃんと付いてきなさいよ! それと、袋は他の人に当たらないように! 臭いんだから文句言われるわよ!」

 そう言い、アイーシャは人ごみの中を縫うように歩いていく。ブレンはその後を付いていこうとするが、たくさんの人の波にのまれてアイーシャを見失ってしまいそうだった。

 ただ一つ助かったのは、ひどい臭いのせいで大抵の通行人はブレンから離れていくことだった。
 すれ違う人は眉を顰める。それは臭いのせいか、それともブレンが魔導人形である事に対してか。どちらにせよブレンは気にせず、小さくなったアイーシャの姿を背伸びしながら歩いて追いかけていく。

 数分歩きいくつかの路地を抜けると人通りが少なくなる。路上には乞食がいて、まだ明るいのに街娼の姿もあった。アイーシャはそれらには目もくれず進んでいき、目当ての店の前で立ち止まった。

 看板には牙のある獣の骨の絵。魔物材料交換所だ。

「ここよ。ここが交換所で、獲ってきた魔物の生体材料なんかをお金と交換してくれる。暴れ狼の耳は本当はギルドに行かなきゃいけないんだけど、ここはギルド公認の店だからここで引き取ってくれる。手間が省けるから私はいつもここで換金してるわ」

 ブレンは無言で頷く。アイーシャに町では黙っていろと言われたのでそれを実践しているのだ。
 だが代わりにその目は良く動き、記憶を失ったまっさらな頭脳は初めて見る交換所の様子を落ち着きのない子供のように見つめていた。

「くっさ! やっぱり鼻が臭いに慣れてないとこの店も臭いわね。あーあ、この服にも匂いが移りそう……違うのにすればよかった」
 ぶつぶつと文句を言いながらアイーシャは店のドアを開け中に入る。

 ブレンもそれに続くが、嗅覚はないのでドアの内側から漂うむせかえるような獣臭には全く気付かなかった。

「いらっしゃい! お、アイーシャじゃないか。それと……エルデンさん……じゃなくて何だ? 魔導人形?」

 カウンターの奥にいる店の主人らしき男は、アイーシャの隣にいるブレンを見て首を傾げた。その体躯は大きく、胸は厚く腕は太い。それに毛深く、まるで熊が座っているかのようだった。

「そ、魔導人形。ちょっと訳ありでしばらく預かってるのよね。荷物持ちにちょうどいいわ」

 アイーシャの返答に、男は目を輝かせカウンターに身を乗り出しブレンを見る。

「へえ、魔導人形! すげえな! 実は見た事なかったんだよな……古代の魔導人形か?」

「そうみたい。出自はよく知らないけど……言えば大抵の雑用はこなせるから、掃除とか水汲みに助かってるわ」

 ブレンはそれを聞きながら、確かにいろいろな雑用を任されているなあと思った。出自がよく分からないのも事実だ。預かりものというのは嘘だが、不審に思われないように嘘をついているらしい。
 ブレンはそれを察し、何も言わないよう改めて口を固く閉めた。

「そうかい。荷物持ちを連れてお出かけとはいい身分になったな、アイーシャ。俺も鞄持ちが欲しいよ」

「何言ってんのよ、ローガン。家と店と酒場しか往復しないのに、どこで鞄を使うのよ。あんたには必要ないわ」

「ちぇっ、中々厳しいことを言いやがる。しかしまあ確かに俺はそもそも鞄なんて持ってないしな。まあそれはそれとして、今日は何だ? お化け茸なら足りてるぜ?」

 口調はおどけていたが、ローガンの鋭い視線はブレンの持っている雑嚢に注がれていた。

「ふうん? この臭いは……暴れ狼か?」

「ご名答、よく分かるわね。人形! 袋をカウンターの上へ」

 アイーシャに顎で示され、ブレンは従順な魔導人形らしく雑嚢をカウンターの上に置いた。ローガンは椅子の背後から年季の入った木箱を出し、そこに雑嚢をひっくり返し中身を箱に移した。

「ほうほう、暴れ狼の耳が四つに尻尾が五本。それと火炎蜂と刃鴉か。大したもんじゃないか! これだけの暴れ狼をどうやって仕留めた?」
 ローガンは耳や尻尾を手に取り検分する。

 暴れ狼に関しては自然死したものについては引き取らないことになっているので、退治したものかどうかを確認しているのだ。慣れた者は見た目や腐敗臭などで判断することが出来る。もちろんローガンもだ。

「どうやって仕留めたかなんて言うわけないでしょ? 他の奴に真似されちゃ困るわ」

「ふむ、道理だな。僧侶の研修が終わったと聞いていたが……結構な魔法が使えるようになったみたいだな。すごいもんだ。ブラストっぽいが、それだけじゃないな? まあいい。九頭分で引き取るよ。こっちの蜂と鴉も……ええとしめて、十一万だな」

 ブレンはその金額が妥当か計算する。アイーシャによれば刃鴉と火炎蜂の材料は二万。暴れ狼は一頭一万だから九万。合計十一万で妥当な金額のようだ。

「何言ってんのよ! 十三万はあるでしょ? 安く買い叩こうったってそうはいかないわよ!」

 しかしアイーシャは強い口調でローガンに抗議する。妥当な金額のはずなのに何が駄目なのか、ブレンは困惑しながらもじっと口を塞いでいた。
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