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第六話 酔いの代償

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 アイーシャは小川で顔を洗い、しばらく休んでから暴れ狼の死骸から耳の回収を始めた。

「魔法でけっこう派手に吹っ飛んでる。耳の無いやつもいるから……尻尾で持っていかないと駄目ね。交換所で何か言われそう」
 アイーシャは暴れ狼の耳を短剣で斬り落としながら言った。

「何かって、何を言われるんだ?」
 ブレンは剣を抜いて周囲を警戒していた。

 派手に血の匂いを撒き散らしてしまったため、別の危険な魔物を引き寄せる可能性が合った。
 本当なら今すぐにも離れたい所だったが、アイーシャがどうしても暴れ狼を回収すると言って聞かないため、しょうがなくブレンは見張りとして立っていた。

「普通は耳なのよ。割と腐りやすいから、ズルして倒さずにその辺の死体から取っても傷み具合で嘘だって分かりやすい。でも今回みたいに傷ついたり欠損した場合は代わりに尻尾を持っていくけど……それ自体はいいんだけど、私くらいのなりたて魔法使いの爆裂魔法ではそこまでひどい傷は与えられない。何で耳じゃないんだって思われそう。それに、あたしとあんただけで一〇頭も仕留めたなんて、それも怪しまれるかも。今更だけど」

「しかし事実じゃないか。君の魔法は僕の魔力で強化されてしまっている」

「あんたの魔力云々も普通はありえないことでしょ? そんなことを大っぴらに言いたくはない。調達士は何かと軽く見られてる……変ないちゃもんをつけられるような事はしたくない」

「じゃあやっぱり、暴れ狼なんて放って帰るべきだったんじゃないか?」

 その言葉に、アイーシャはブレンを睨みつける。

「嫌よ! 目の前に金が転がってるのに、みすみす逃すなんて我慢ならない。ま、何か言われたら適当に言っておくわよ。うちの魔導人形はすごいんですってね」
 そう言い、アイーシャは不敵に笑った。

「そうか。じゃあポンコツは卒業だな。さっき君が危険な状態になった時に、どうやら僕は力を使えるようになった。剣技も前よりうまくなった気がする」
 言いながら、ブレンは剣を掲げる。真っ白な剣身は光を反射することもなく静かに日に照らされていた。

「へえ? そういや、私が倒れている間に全部片付けたのよね? あれ……? 一頭足りないな?」
 アイーシャは足元に並べた暴れ狼を数える。両断され上半身だけのものや、首や脚を斬り落とされたものもいて、みんなどこかが足りていない。
 分かりやすいように頭部だけ数えていくが、やはり九頭だった。

「あっ。そういえば一頭は……消えてしまった」
 ブレンはアイーシャに飛びかかった暴れ狼のことを思い出した。あの一頭に関しては、どういう理屈かは不明だが、光になって完全に消え去ってしまったのだ。

「消えたって……? 吹き飛んだって事?」

「違うんだ。確か向こうに……」

 ブレンは小川を越えて対岸の藪の中を探す。すると、そこには細い紙くずのような白いものが落ちていた。紙のような布のような薄い素材だ。ブレンはそれをいくつか拾ってアイーシャに見せる。

「何これ? 狼の毛……でも無いわね」

「不明だが、とにかくこれが暴れ狼の成れの果てだ。パーティクル剣の魔法剣で光になってしまった」

「……そもそもパーティクル剣って何なのよ?」
 当然のように話すブレンに、アイーシャが言った。

「僕の中のレンダリングエナジーを使ってエミッターを動かすんだ。剣自体から噴射することも出来るし、遠くに飛ばすことも出来る。これは後者の攻撃によるものだ」

 ブレンの説明を聞いて、アイーシャは首を傾げる。

「……何言ってるか分かんない」

「ふむ……言っている僕も今ひとつよく分からないな。理解したつもりだったが……他人に言葉で説明するのは困難だ。とにかく一頭は消えてしまった」

「えー……一万ダーツが消えちゃった……損した気分」

「すまない」
 いつもの棒用とした顔でブレンは謝る。

 アイーシャは嫌味を言ってやろうかと思ったが、やめることにした。今日はブレンのおかげで命を拾ったようなものだ。感謝こそすれ、これ以上意地悪を言うのはさすがに可哀想というものだ。

「いいわ、別に。あんたのおかげで助かったし、これだけでも九万ダーツになる。今日はごちそうが食べられる」
 アイーシャは鼻をこする。

「そうか。エルデンも喜ぶな」
 ブレンの硬い顔面が僅かに微笑んだように変形する。ぎこちない笑みに見えたが、その分それは真実のものだろうと思えた。

 どうやらこの魔導人形は特別らしい。奇妙な剣と剣技を使い、そして人間のように思考する。名無しとは言えダンジョンに眠っていただけのことはあるようだ。

「さ、帰るわよ、ブレン」

「ああ、分かった」

 アイーシャが前を歩き、ブレンがその後をついていく。前衛と後衛が逆だったが、今のアイーシャにはそれで良かった。後ろを任せられる相手がいるというのは、案外悪くないものだと思った。
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