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第六話 酔いの代償

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 小川の水を飲んでいた暴れ狼の背に、ブレンは剣を突き立てた。鈍い剣先だが毛皮と肉を貫き、剣は地面にまで刺さっていた。暴れ狼は断末魔の吠声を上げ、抵抗することも出来ずに絶命した。

「うおお!」
 ブレンは雄叫びを上げ、剣を引き抜いて上段に構える。

 周囲の暴れ狼は既に戦闘態勢に入っていた。食事中だったやや大きめの個体はリーダー格だったのか、ブレンから離れ後方へと下がった。赤みを帯びた濁った瞳でブレンを睨みつける。

 残るは九頭。ブレンは群れに突っ込みながら、近くにいる暴れ狼に次から次へと斬りかかっていく。構えは無茶苦茶で、動きに無駄が多い。しかし剣は暴れ狼の体を切り裂いていく。

 だが、浅い。ほとんど刃のついていない剣で与えられる傷などたかが知れていた。四匹目を斬ってその事を理解したブレンは、攻撃を突きに切り替える。

 暴れ狼達は突然の襲撃者に対しても冷静に対処していた。前衛が動きを抑え込み、そして背後にも回って牽制する。攻撃を受けたものは後衛と入れ替わり、ブレンに考える時間を与えずに攻撃を繰り返していく。

 ブレンの振るう剣の長さがブレンの間合いだった。最初はその間合いの分だけは暴れ狼も近づけなかったが、単調な突き攻撃の連続になってから徐々に間合いが狭まっていく。

 暴れ狼達は思考し、ブレンの動きを読み、対応していった。

 ブレンは疲れる事を知らないが、徐々に押されていった。突きの為には剣を引かねばならないが、その予備動作の合間に腕や脚に噛みつかれる。それ自体は傷にもならないが、その度に姿勢を崩され、攻撃の調子を乱される。

 暴れ狼の包囲はいよいよ狭くなる。ブレンはまともに突きを入れることも出来ず、手足に群がる暴れ狼を振りほどくので精一杯になってきた。

 殺すことが出来た暴れ狼は最初の一匹だけ。他はかすり傷を与えただけだ。
 残る九頭、いや、リーダー格をのぞく八頭の攻撃になす術もなくブレンは翻弄されていく。剣だけは離すまいと強く握りしめるが、ついに背後からのしかかられ膝をついてしまう。

「くそ! こんなはずじゃ!」

 ブレンはもどかしかった。もう少しで何かが分かりそうだった。自分の中に眠っている何かが目覚めそうな感覚があった。しかし、それはいつまでも眠ったままだった。それともその感覚は全て思い違いなのだろうか。

 ブレンはうつ伏せに倒され、その全身を暴れ狼に噛みつかれ、爪で引っかかれ、もう立ち上がることも出来なかった。

爆裂閃ブラスト!」

 アイーシャの詠唱と共に強大な魔力が炸裂した。ブレンは自分の体を叩く強い力を感じ、思わず目をつぶった。

 目を開けると周囲には煙が立ち上っている。自分の体からもだった。
 アイーシャの魔法だ。どうやらバラバラにならずに済んだようだ。

「狼は……?!」
 ブレンは間髪をいれず立ち上がる。

 周囲に群がっていた暴れ狼達はすべて地面にひっくり返り、立っているものはなかった。見れば頭や手足など体の一部が吹き飛んで、まともな状態のものは一頭もいない。ただ生きてはいて、血や涎を垂らしながらブレンを睨み、立ち上がろうとその体を震わせていた。周囲には血と肉が飛び散り凄惨な状況になっていた。

 ただ、一頭をのぞいて。

 リーダー格の暴れ狼はアイーシャの魔法から離れていたため、吹き飛ばされたがほとんど無傷だった。そして仲間たちが攻撃を受けたことを理解し、怒りにより襲いかかった。

 ブレンではなく、アイーシャへ。魔法を使ったものが誰なのか、その暴れ狼は理解したのだ。

「逃げろ、アイーシャ!」
 ブレンは叫ぶ。だがアイーシャは立ち尽くし動けないようだった。

 アイーシャはさっき隠れていた場所より前に出て立っていた。魔法の射程まで近寄ったようだったが、暴れ狼からすればほんの一息の距離だ。ブレンが飛んでも跳ねても追いつけない。

「魔法を撃て!」

 ブレンは倒れている暴れ狼達を避け、走りながら叫んだ。だがアイーシャの体はぐらりと横に傾く。様子がおかしかった。目の焦点が合っていない。

 アイーシャが危ない。

 ブレンの右手の甲が熱を帯びる。暴れ狼に襲われてさえ感じなかった感覚、痛みが走った。
 その痛みは、ブレンの中に強い感情を生んだ。

 守らねばならない。

 敵を討たねばならない。

 あらゆるものを滅ぼさねばならない。

 眠っている何かが目覚めた。暴れ狼は飛び跳ねてアイーシャに襲いかかる。この距離では間に合わない。
 いや、違う。この力ならば、何ものをも滅ぼすことが出来る。距離も、時間も、世界の理さえも関係なく、滅ぼすことが出来る。

 剣に、力を。パーティクルを開き、エミッターを解き放つのだ。

 光芒。閃き。光刃が飛ぶ。それは矢のように放たれ、宙に浮いた暴れ狼の体を飲み込んだ。
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