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第三話 剣の従者
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「本っ当にあんた使えないわね! ポンコツ!」
アイーシャはお化け茸の入った雑嚢を背負い、三分に一回くらいの頻度で魔導人形を罵倒していた。山を下り家に帰るところだが、怒りがアイーシャの歩調に現れていた。
「面目ない」
魔導人形はその都度詫びるが、慣れてきたのか今ではあまり申し訳そうな顔をしていなかった。アイーシャにとってはそれも腹立たしい事だった。
アイーシャは怒りを持て余しながら、このポンコツ魔導人形をどうすべきか考えていた。
魔物をうまく狩るだけの能力があれば手元に置いておくつもりだったが、今日の様子を見る限りでは全く役に立たない。剣の使い方が下手くそすぎる。今日仕留めたお化け茸だって、五匹は自分で、魔導人形が仕留めたのは一匹だけだった。その辺の子供に頼んだ方がいいくらいだ、
こんな調子では、あの魔物を狩ってこいとか命令することはできない。自分も同行して、魔導人形には魔物を追い立てる勢子でもやらせるしかない。
いっそ本当に売り払ってしまおうか。魔導人形をたきつけるつもりで言っていたことだが、これほど使えないのなら、金額によっては本当に売ってしまいたくなる。
ただ……アイーシャは左手の甲の紋様を思い出す。魔導人形との主従関係は口先だけのものではなく、何らかの魔法によるものだ。これを解除しなければ売っても不都合が生じる可能性がある。
まったく……何から何まで面倒な魔導人形だ。アイーシャは嘆息し、溜息をつき、荒く息を吐き、息を張った。
「止まれ」
不意に魔導人形が言った。今までとは違う強い口調に、アイーシャはむっとして振り返る。
「何よ? なんか文句でもあるの?」
「何かいる……近づいてきている」
「近づいて……?」
魔導人形の様子は、今までにない深刻な様子だった。アイーシャは気持ちを切り替え、周囲を確認する。
今歩いているのは登山道で幅が五メットル程ある。その両脇は森で、そのような道があと数百メットル続く。左右に曲がりくねっているのでそれほど見通しは良くないが、道路上に何かあれば十分に気付く事が出来る。だが見える範囲には特に異常はない。
近づいてきている……つまり、まだ遠くにいて、見えないという事か? アイーシャは魔導人形が何を根拠にそう言ったのか訝ったが、人間を超える感覚器官を持っているとも聞いたことがある。恐らく、人間には聞こえない小さな音を感じ取ったのだろう。
「どっち? 何が来てるの?」
アイーシャは背中に担いでいたお化け茸入りの雑嚢を地面に置き、メイスを構えた。
「右の方だ……近くなっている。速いぞ」
右? そう言われ、アイーシャは意識を右の森の内部に向ける。すると……確かに音が聞こえた。そして茂みの暗がりに赤い光が見えた。まずい、あいつだ!
茂みを突き破るようにして現れたのは巨大な猪だった。それはただの猪ではない。アストラダンジョンから地上に漏れ出る魔力を吸って成長した猪。通称、狂い猪。
「な、やば――」
逃げるか、戦うか。いくつかの選択肢がアイーシャの脳裏を駆け巡る。その間にも狂い猪は疾駆し、アイーシャを狙うようにまっすぐに走ってくる。その速度は恐ろしく速い。まるで矢のような速度だった。
逃げられない。躱すだけで精一杯だ。いや、躱せるのか――? 狂い猪の太く荒々しい牙が見える。あんなものに一突きされれば、こんな鎖帷子だけではとても防げない。
やられる――!
一瞬、アイーシャは死を覚悟した。だが狂い猪よりも更に速く駆ける姿があった。-
魔導人形。身を低くし前傾で狂い猪に走り寄り、そして跳躍した。
狂い猪は視線で追うが、反応するよりも早く、魔導人形は空中で独楽のように身を翻した。その動きに合わせ剣が振られ、そして魔導人形は空中から狂い猪を蹴り飛ばす。
狂い猪の巨体が左に逸れ、数歩走ってからいきなり横倒しになった。巨大な体は慣性で地面を削りながら転がるが、やがて動きを止めた。狂い猪はまだ地面を掻く様に足を動かしていたが、それも十秒ほどで止まった。後頭部に斬り傷があり、そこから血が勢いよくこぼれだしていた。
アイーシャは何が起きたのかわからず、ただ身を竦ませていた。狂い猪を……魔導人形が殺した。どうやらそうらしい。
一体どうやって? 魔導人形は剣に付いた血を振っていた。赤く染まった剣先は、狂い猪を斬った事の証明だ。お化け茸さえ満足に殺せないのに、一体どうやって?
狂い猪は暴れ狼と並んで、この周辺の最強の魔物だ。もっと森の奥にしか出ないはずだが、たまに山を下りてきて出くわした人が犠牲になる。危うく、自分もそうなる所だった。
「戦い方が……」
「えっ?」
魔導人形の言葉にハッとし、アイーシャは顔を上げた。
「戦い方が分かった気がする。僕の剣は、主を、君を守る剣だ。茸を狩るためにあるんじゃない」
そう言って、魔導人形は剣を鞘に納めた。
君を守る剣……狂い猪に殺されそうになったから、という事か。
「あんたって一体……何なの?」
「従者だよ。君を守る剣だ」
穏やかな表情で魔導人形は答えた。
魔導人形はどこか満足そうな顔をしていたが、アイーシャはそんな魔導人形を不気味に感じていた。一体自分は、何と契約してしまったんだろう? そんな不安が、今更ながらアイーシャの心に渦巻いていた。
アイーシャはお化け茸の入った雑嚢を背負い、三分に一回くらいの頻度で魔導人形を罵倒していた。山を下り家に帰るところだが、怒りがアイーシャの歩調に現れていた。
「面目ない」
魔導人形はその都度詫びるが、慣れてきたのか今ではあまり申し訳そうな顔をしていなかった。アイーシャにとってはそれも腹立たしい事だった。
アイーシャは怒りを持て余しながら、このポンコツ魔導人形をどうすべきか考えていた。
魔物をうまく狩るだけの能力があれば手元に置いておくつもりだったが、今日の様子を見る限りでは全く役に立たない。剣の使い方が下手くそすぎる。今日仕留めたお化け茸だって、五匹は自分で、魔導人形が仕留めたのは一匹だけだった。その辺の子供に頼んだ方がいいくらいだ、
こんな調子では、あの魔物を狩ってこいとか命令することはできない。自分も同行して、魔導人形には魔物を追い立てる勢子でもやらせるしかない。
いっそ本当に売り払ってしまおうか。魔導人形をたきつけるつもりで言っていたことだが、これほど使えないのなら、金額によっては本当に売ってしまいたくなる。
ただ……アイーシャは左手の甲の紋様を思い出す。魔導人形との主従関係は口先だけのものではなく、何らかの魔法によるものだ。これを解除しなければ売っても不都合が生じる可能性がある。
まったく……何から何まで面倒な魔導人形だ。アイーシャは嘆息し、溜息をつき、荒く息を吐き、息を張った。
「止まれ」
不意に魔導人形が言った。今までとは違う強い口調に、アイーシャはむっとして振り返る。
「何よ? なんか文句でもあるの?」
「何かいる……近づいてきている」
「近づいて……?」
魔導人形の様子は、今までにない深刻な様子だった。アイーシャは気持ちを切り替え、周囲を確認する。
今歩いているのは登山道で幅が五メットル程ある。その両脇は森で、そのような道があと数百メットル続く。左右に曲がりくねっているのでそれほど見通しは良くないが、道路上に何かあれば十分に気付く事が出来る。だが見える範囲には特に異常はない。
近づいてきている……つまり、まだ遠くにいて、見えないという事か? アイーシャは魔導人形が何を根拠にそう言ったのか訝ったが、人間を超える感覚器官を持っているとも聞いたことがある。恐らく、人間には聞こえない小さな音を感じ取ったのだろう。
「どっち? 何が来てるの?」
アイーシャは背中に担いでいたお化け茸入りの雑嚢を地面に置き、メイスを構えた。
「右の方だ……近くなっている。速いぞ」
右? そう言われ、アイーシャは意識を右の森の内部に向ける。すると……確かに音が聞こえた。そして茂みの暗がりに赤い光が見えた。まずい、あいつだ!
茂みを突き破るようにして現れたのは巨大な猪だった。それはただの猪ではない。アストラダンジョンから地上に漏れ出る魔力を吸って成長した猪。通称、狂い猪。
「な、やば――」
逃げるか、戦うか。いくつかの選択肢がアイーシャの脳裏を駆け巡る。その間にも狂い猪は疾駆し、アイーシャを狙うようにまっすぐに走ってくる。その速度は恐ろしく速い。まるで矢のような速度だった。
逃げられない。躱すだけで精一杯だ。いや、躱せるのか――? 狂い猪の太く荒々しい牙が見える。あんなものに一突きされれば、こんな鎖帷子だけではとても防げない。
やられる――!
一瞬、アイーシャは死を覚悟した。だが狂い猪よりも更に速く駆ける姿があった。-
魔導人形。身を低くし前傾で狂い猪に走り寄り、そして跳躍した。
狂い猪は視線で追うが、反応するよりも早く、魔導人形は空中で独楽のように身を翻した。その動きに合わせ剣が振られ、そして魔導人形は空中から狂い猪を蹴り飛ばす。
狂い猪の巨体が左に逸れ、数歩走ってからいきなり横倒しになった。巨大な体は慣性で地面を削りながら転がるが、やがて動きを止めた。狂い猪はまだ地面を掻く様に足を動かしていたが、それも十秒ほどで止まった。後頭部に斬り傷があり、そこから血が勢いよくこぼれだしていた。
アイーシャは何が起きたのかわからず、ただ身を竦ませていた。狂い猪を……魔導人形が殺した。どうやらそうらしい。
一体どうやって? 魔導人形は剣に付いた血を振っていた。赤く染まった剣先は、狂い猪を斬った事の証明だ。お化け茸さえ満足に殺せないのに、一体どうやって?
狂い猪は暴れ狼と並んで、この周辺の最強の魔物だ。もっと森の奥にしか出ないはずだが、たまに山を下りてきて出くわした人が犠牲になる。危うく、自分もそうなる所だった。
「戦い方が……」
「えっ?」
魔導人形の言葉にハッとし、アイーシャは顔を上げた。
「戦い方が分かった気がする。僕の剣は、主を、君を守る剣だ。茸を狩るためにあるんじゃない」
そう言って、魔導人形は剣を鞘に納めた。
君を守る剣……狂い猪に殺されそうになったから、という事か。
「あんたって一体……何なの?」
「従者だよ。君を守る剣だ」
穏やかな表情で魔導人形は答えた。
魔導人形はどこか満足そうな顔をしていたが、アイーシャはそんな魔導人形を不気味に感じていた。一体自分は、何と契約してしまったんだろう? そんな不安が、今更ながらアイーシャの心に渦巻いていた。
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