機械虫の地平

登美川ステファニイ

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第二章 赫灼たる咆哮

第五話 火の切っ先氏族

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 ザルカンは険しい顔をして虚空を睨んでいた。よほどそのモーグ族への怒りが強いらしい。だが……何故モーグ族が聖地とやらを冒したんだ? そこも旧世界の施設って奴なんだろうか。
「その聖地は……危険な場所なのか?」
「危険……いや、危険と言うか……聖地は聖地じゃ。軽々しく入ってはならん聖なる場所じゃ。虫の鍋とわしらは呼んどるが……そこは虫の命を生み出す場所なんじゃ。新しい虫が生まれ、森で生き、そして最後にはまた帰ってくる。そういう場所じゃ」
 そう言われ、俺はあるものを思い出した。
「それはまるで……機械の谷だな」
「おう。虫狩りはそう言うの。まあ似たようなものかもしれん」
 機械の谷は森の奥深くにあると言われている。世界にはいくつかあるらしいが、この辺で言うとタバーヌ国の東、カルサーク山の更に奥のゴフ森林がそうだ。
 ゴフ森林はどこまで続いているのかも分からないほど巨大な森で、奥に進めば進むほど虫の数は多くなりその力も増していく。一番奥には機械虫しか出入りできない機械の谷と呼ばれる場所があり、そこに機械虫が生まれる泉がある。その泉で新しい虫が生まれ、世界中に広がっていくのだ。そして死期を迎えた虫はゴフ森林に戻り、再び機械の谷の泉に身を投げてその命を終えると言われている。
 実際には虫はその辺でいくらも死んでいるが、虫狩りであれば機械の谷に帰るという話を信じており、機械虫の死骸はなるべく森に葬るようにしている。虫狩りにとって機械の谷というのは、普通の者にとっての神のような存在だ。命を生み出し、生と死を司る。信仰の対象と言ってもいい。
 その機械の谷と虫の鍋というのは、ザルカンの今の話を聞いた限りではかなり似た存在のようだ。恐らく、どちらも旧世界の施設だ。
 だとすればモーグ族が虫の鍋と言う所に現れたのは、ある程度納得できる話だ。危険な技術であるのなら、奴らはそれを封印する。聖地であろうが何であろうが、モーグ族は自分たちの信念に従って行動するだろう。
 しかし解せないのは、なぜ今なのかということだ。
「その聖地ってのは……最近出来たもんじゃないよな?」
「当たり前じゃ! この世界の始まりからそこにあると言われとる。カイディーニ山が出来た時からの」
「だよな……」
 昨日今日出来たような施設ではないのなら、なぜ今なのか。最近モーグ族が知ったなどという事はないだろう。だとするなら、何が理由があるはずだ。そして思いつくのは三か月前のあの戦いだ。
 アクィラが今どうなっているのか分からないが、あの研究所で見た最後の時には、あの装置は動いて虫を操る事が出来るようになっていたようだ。実際にビートルたちは青い目のまま操られ、俺達はそいつらと戦う羽目になった。
 そして姿を消して……恐らくデスモーグ族と一緒にいる。そしてまた連中は何かを企んでいるのだ。
 虫の鍋が機械虫を生み出す場所……そこを利用して、また何かを企てている……。そしてモーグ族はそれを妨害するために姿を現したのか?
「お前らの一族はモーグ族を知っているようだが……仲は良いのか?」
「今は良くない。昔からも良い訳ではないが、互いに手を出さんと言う約定があった。わしらがいくさしとっても向こうは助けんし、奴らがディスモーグ族とやり合っていてもわしらは手を貸さん。相互に不可侵じゃ」
「それなのに聖地に忍び込んで虫を殺した?」
「そうじゃ。そこはいつも見張りがいるが、倒されているのに見回りのもんが気付いた。それで虫の鍋の中の方から音がして、見張りが様子を見に行くと入口の近くでモーグ族と虫の死体を見つけた。モーグ族には逃げられてしまったが、虫の死体は槍のようなもので深い傷がつけられとった。聖地によそ者が入ることは許されとらんし、虫を殺すなぞ論外じゃ。それで約定をたがえたとしてモーグ族を呼び出したんじゃが……今調べてるから説明できることはないとぬかしよった」
「それで……お前は犯人を捜しに?」
「そうじゃ。奴らの村が分かれば総出で乗り込んでいくところじゃが……生憎とどこに住んどるのか見当もつかん。それでわしは以前から聞いていた、虫が殺されたっちゅう噂の出所を探してモーグ族を見つけようとしていたのよ」
「お前の言う噂ってのは……?」
「二月か三月前頃から、方々で虫が殺されるようになった。森や平原の虫だけでなく、闘虫の為に飼われているようなカマキリやカミキリムシも殺されとる。そして殺された前後には、近くで奇妙な格好の女が目撃されとった……恐らくそいつが虫の鍋に入り込んだ犯人じゃ」
「それが……虫を連れた奇妙な女?」
「そうじゃ。そいつは鎧をつけとったが、体つきは女じゃったらしい。そして四つ足の……虫かどうかも分らんが、とにかく虫の鍋では妙な虫のような機械と一緒におったらしい」
「女……奇妙な虫……ね」
 シドから聞いた噂やラカンドゥに入ってからの情報では、方々で虫が殺されていて、その現場周辺では奇妙な虫を連れた女がいたという事だった。その内容はザルカンの知っている噂とも合致する。
 てっきりアクィラと操られた虫かと思っていたが、ザルカンの言うようにモーグ族の女と謎の虫だったというわけか。
 なるほどね。と、得心している場合じゃねえ。つまり、アクィラに関しては一切何の手掛かりも無し、全くの無駄足だったってことじゃねえか!
 三か月アレックスを待った。そして虫狩りの仕事を捨てて大枚はたいてラカンドゥにやってきた。それが全部……無駄だったのか? 仕事や金はまあどうでもいい、何とかなる話だが……肝心のアクィラの手がかりが何も無しとは……。
「何じゃ? 随分と気落ちしとるようじゃが……」
 がっくりとうなだれる俺の様子に、ザルカンが声をかけてきた。
「俺はその噂を……俺が探している子供の事だと思ってこの国に来たんだ。藁にもすがる思いでな。しかしどうやら人違いらしい……結局、何も分からない。何の手掛かりもない」
 何だか一気に疲れが出てくる。アクィラを探す旅だというのに、全て無駄だったのか。そう思うと何の力も沸いてこなかった。
「ふむ、子供か……そうじゃのう。気の毒じゃが、どうも違うようじゃ」
「大人しく待つしかないか……」
「ん? 待っていれば帰ってくるのか?」
「いや……モーグ族が……見つけたら連絡をくれる約束になっている。手紙か何かは分からんが」
「モーグ族が……連絡をくれる?! どういうことじゃ? あのモーグ族が普通の人間と関わるなんぞ……聞いたことがねえ!」
 驚くザルカンの様子に、ちょっと口を滑らせたかと後悔した。なるほど。こいつらの一族にとって、モーグ族とはそういう存在らしい。
「なんというか……色々あってな、少し協力した。それで……子供はいなくなったが、代わりに探してくれるって話になったんだよ。で、見つかったら俺にも連絡をくれるっていう約束をした」
「約束? そんなもん律儀に守る奴らか? 忘れられとるんじゃないのか?!」
「いや……奴は約束を忘れるような奴じゃない」
 その可能性は一度考えたが、相手はあのアレックスだ。俺を騙すような事はしないだろうし、忘れる訳もない。
「奴は必ず約束を守る。それは間違いない。だから連絡が来ていないのは、子供が見つかっていないという事だ」
「奴?」
 そう言い、ザルカンが眉をひそめ俺に鋭い視線を向ける。何だ。また何かまずいことを言ったか?
「奴……っちゅう事は、特定の誰かっちゅう事か?」
「……ああ、そうだ。それがどうかしたか?」
「奴らは仮面を被っとる。顔なんざ分かりゃあせん……なのにお前は、どれがどいつか分かるんか?」
「……見た事ないのか、顔を?」
「ある訳ないじゃろ。奴らの秘密主義は徹底しとる。顔を知っとるのは、うちの一族でも族長くらいのもんよ……お前、奴らの顔を見たんじゃな? 白い肌に青い目と言っとったが、自分の目で見たんじゃな?」
「……ああ、見た」
 何だ? そんなにすごい事だったのか? 割と普通に仮面を脱いでいたような気がするが、ザルカンの一族相手だとそうでもなかったって事か。
 ザルカンは俺を見つめながら、腑に落ちない様子で首を傾げた。
「お前はどこぞの大物っちゅうわけでもなさそうじゃ。見るからにその辺の虫狩り……そうとしか見えん」
「……まあ、確かに俺はその辺の虫狩りだからな」
「しかし……お前がモーグ族の顔を知っとると言うのが本当なら、話は早い。直談判すればええ」
「直談判? どういうことだ?」
「モーグ族がお前に顔を見せたというんなら、それはお前を信用しとるという事じゃろう。そのお前が姿を見せれば、奴らも何かしら反応するはずじゃ。お前の知り合いが出てくる可能性はある」
「……どこに行く話をしてるんだ?」
「じゃから! わしの村じゃ! 近くにはモーグ族の村がある。正確には分からんが、少なくともカイディーニ山のどこかであることは間違いない。わしはモーグ族の下手人を討つまで村には入れんが、お前を案内することならできる。連れて行ってやるわい。ボルケーノ族の一番の戦士、火の切っ先アトゥマイ氏族の村にな!」
 そう言い、ザルカンは笑みを浮かべ歯を見せた。まるで肉食の獣だ。俺は期待と不安が入り混じった心で、ザルカンを見ていた。
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