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第二章 赫灼たる咆哮
第三話 剛腕の剣士
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隊のテントに戻ると、まだ寝ている奴は少なかった。一昨日、昨日と野営だったから、久しぶりに食える豪勢な食事を楽しんでいるようだ。でかい肉の切り身を店でもらって、それを焚火を囲んで焼いて食ってる連中もいる。酒も回って上機嫌のようだ。まったく、金のない奴の事も考えてほしいものだ。おかげで仮眠しようと思っても、食い物が気になってうとうとさえできなかった。
やがて月が天頂に上り冴え冴えとした光が荒野を照らす。真夜中になると三々五々焚火を消したり片付けをしてそれぞれのテントに戻っていく。
人の声が聞こえなくなり、寝息と衣擦れの音だけが僅かに聞こえていた。遠くでは狼の声も聞こえたが、珍しい。アキマの辺りじゃほとんど見かけない。虫に居場所を奪われ、年々減っているという話だった。おかげで毛皮は結構な高値が付くらしい。
みんなが寝静まったところで、俺は毛布から抜け出し静かにテントを出る。外は少し寒かった。日中の暖かさが嘘のように冷える。くしゃみが出そうなのを我慢し、俺はあの男と会った屋台の方へと歩いていく。
あの男はどうも信用できない。何か知っている口ぶりだったが、本当かどうかは怪しい。そしてその情報の真偽は別にしても、素性が知れない男だ。堅気ではなさそうに見える……まあ、俺も他人から見れば同じようなものなのかもしれんが。
殊更に足音は隠さず、月の明かりの下を堂々と歩いていく。隠れる筋合いはないし、隠れる方が不自然だ。奴らしき姿はないが、どこかで俺を見ているのかもしれない。
あの屋台に着いたが、当然もう閉まって明かりは灯っていない。隣の屋台との隙間を抜けて裏に回るが、そこにも人影はなかった。
早すぎたか? そうも思ったが、人の目はないし何を気にする必要もなさそうな状況だ。しかし奴が来ていないなら、ここで待つしかない。一時間……いや、二時間までなら待つとしよう。
俺が夜空の星を数えるのに飽きた頃、後ろから声がかかった。
「待たせたかい」
振り返ると、あの男だった。あの時と同じように首に布を巻いていた。見る限り腰には何も提げていない。丸腰に見えるが、腰の後ろに何か隠している可能性もある。油断はできない。こっちも一応ナイフは持っているが、人間相手に使ったことはないからあまり自信はなかった。
しかし、こいつの正体が何であれ、ここで俺を殺すほど馬鹿ではないだろう。こいつも別の隊の一員らしいが、朝になって俺の死体が転がっていたら騒動になる。そしてこいつに返り血がついていれば、誰も見ていなかったとしても当然疑われる。だから殺されることはないだろうと高をくくっているのだが、いざこいつを目の前にすると急に不安になってきた。くそ。せめてもう少しテントに近い場所に立っていればよかったか。
「……あんたが知っている情報ってのは、なんなんだ?」
俺は動揺を表に出さないように、呼吸を鎮めて静かな声で言った。
「その前に確認したいんだが、あんたの探している女ってのはどんな奴なんだ?」
「それは……それを誰かから聞いたから俺に話しかけたんじゃないのか?」
「聞いたよ。しかし考え違いや伝え間違いという事もある。念のため聞いておきたいんだ。違う女のことを教えても、かえって迷惑だろうからね」
男は両腕をだらりと下げ、棒立ちになっていた。隙だらけ……の様に見えるが、男は異様な雰囲気を放っていた。次の瞬間に何か仕掛けてきてもおかしくない。奇妙な緊張感が、男の姿勢にはあった。
「俺が見た女ってのは……まず若い。十二かそこらかな。そして耳の後ろに変な飾り……機械の部品のようなものをつけていた」
「それで、虫と一緒だったって?」
「ああ。そっちの方は良く見えなかったが、なんかの機械虫だったな。オサムシとかじゃない、普通は人が連れていないような奴だった」
「虫狩りのあんたにも分からない虫があるのか?」
「そりゃそうさ。よその国の機械虫だと全然違うのもいるからな。同じ種類でも見た目とか模様が別物だったりはする。全部を知っているわけじゃない」
「なるほど……で、耳の後ろに機械の部品。そいつはどんな様子だったんだい?」
男は表情を変えずに淡々と質問してくる。奇妙な感覚だった。何かを探ろうとしているように感じられた。
「……さっきからあんたは質問ばかりだな。てっきり俺があんたから話を聞かせてもらえるとばかり思ってたんだが……違うのか?」
「それもそうだな。だが、ついでにもう一つ答えてくれ。その女は誰と一緒だった?」
「誰って……普通の連中さ。見世物小屋の連中だからちょっと変わっていたけど」
「例えば、鎧を着ていたかい。黒とか白の」
鎧。黒か白。その言葉で、俺はデスモーグ族やモーグ族の鎧を思い出した。
「ほう、知っているのか……鎧の事を」
「……そんな奴が、いたかもしれないな。何せ見世物小屋だし」
一瞬の動揺が表情に出てしまっていた。そして男の気配が変わる。男は半歩俺に近づいた。
「名前を聞いていなかったな、虫狩りさん。いや、当てようか?」
「何?!」
「ウルクス……そうだろう? 三月前に、デスモーグとやりあった戦士様だ……」
俺は男の動きに合わせ、屋台の脇の隙間に近づきながらゆっくりと後ろに下がる。
「デスモーグ? 聞いたこともねえな……」
「お前には賞金がかかっているんだ。生死は、問われていない!」
男の右腕が跳ねるように動いた。月の光に一瞬何かが反射する。俺は倒れ込むように屋台の陰に隠れる。乾いた音と共に、後ろの別の屋台の壁に細い棒のような刃物が刺さっていた。
「逃げるなよ、急所以外に当たると苦しいだけだぞ」
今度は男の左手が動き、細い刃物が矢のように飛んでくる。地面を横に転がりながら躱し、前転しながら起き上がる。
俺は左の方を見た。遠いが、テントがある。俺達を見ている奴はいないだろうし、俺を逃がしてくれるほど間抜けでもないだろうが、でかい声でも出せばだれか気づいてくれる可能性はある。こいつがデスモーグ族の仲間だとしても、さすがに隊二つ、二百人からの人間を皆殺しにはできないだろう。あそこには護衛の戦士だっているのだ。
「でかい声でも出してみるかい? やってみなよ。その口と喉にこいつを叩き込んでやるぜ」
男は右手から紐を垂らし刃物を振り回し始めた。左手は手に刃物を持ち、いつでも投げられる姿勢のようだった。
まずい。かなりまずい。こいつの言うように、大声を上げてもその瞬間に殺されちまいそうだ。ナイフを出すか? しかし、あのすさまじい速さの投擲を弾く自信はない。右手で振り回している奴だって相当な速度だ。ナイフ一本でどうにか出来る話じゃない。
くそ。予想外だった。まさかデスモーグ族に賞金を懸けられているとは。こいつは野盗か、それともアサシンなのかもしれない。
男の左手が跳ね上がり、刃物が飛んでくる。俺は咄嗟にしゃがみ込むが、右肩に掠めた。衝撃と、一瞬遅れて焼けるような痛みが走る。
「動くなよ。楽に殺してやる」
男の右手が回転する刃物の速度を更に速めた。駄目だ。やられる!
「そうはいくかい!」
男の背後から声が聞こえた。
知らない男の声だった。屋台の陰から突進するように走り巨大な何かを横薙ぎに振るった。
「何ぃっ?!」
殺し屋の男は後方に振り返りながら体を後ろに倒し、地面に手をついてトンボ返しをして攻撃を躱した。だが追撃の蹴りが腰の辺りにぶち当たり、姿勢を崩して後方に吹っ飛んでいく。
「こいつには俺も聞きたいことがある。お前に殺されちゃあ具合が悪いのよ……」
現れたのは巨大な剣を担いだ戦士だった。剣……剣なのか? 僅かに反りながら伸び先端付近で大きく曲がる形の刀身……それはまるで、サーベルスタッグのサーベルのようだった。剣の付け根にも、サーベルスタッグと同じように歯車のような構造があり、それは鍔になってるようだった。
青白い月明かりの下で赤銅色の肌と髪が炎のように生命力を放っていた。体躯はでかい。一ターフを優に超え、腕も脚も信じられないほど太い。ガブレス親方もでかいが、こいつの方が上だ。引き締まった肉体はまるで鋼のようだった。
「何だお前……こいつの仲間かい……」
殺し屋は蹴られた腰を左手で押さえながら言った。右手には刃物が握られていたが、先ほどまでの威圧感が消えていた。この剣士に射竦められたかのようだった。
「アトゥマイ氏族の戦士ザルカンよ。覚えんでいいぞ。お前みたいな三下に覚えてもらっちゃあ、逆に名が穢れるってもんよ!」
ザルカンと名乗った男の体が爆発した。いや、そう見えるほどの瞬発力で一気に距離を詰める。
「ぬう!」
殺し屋は刃物を投げたが、ザルカンは首をわずかに傾けるだけで躱した。そして自分の身の丈ほどもある巨大な剣を、剛腕をしならせて振り降ろした。
殺し屋は後方に下がって避けるが、しかし、ザルカンの攻撃は止まらない。剣を跳ね上げ、下から上に切り上げ、横に薙ぎ、見事な足さばきで剣と体を回しながら次々と攻撃を繰り出していく。殺し屋はその攻撃になすすべもなく防戦一方だった。
「ぐあっ……!」
剣を受けた殺し屋の刃物が折れ、弾き飛ばされた。男の手からは指が二本ほどなくなっていた。
「くっ……覚えていろ、ザルカンとやら……!」
殺し屋は大きく後方に跳ぶと、一目散に走りだして逃げていった。逃げた先は森の方向で、やがて姿は見えなくなった。
「誰が覚えるかい、ぼけ!」
闇を睨みながらザルカンは唾棄するように言った。
俺は呆気に取られていたが……とりあえずこいつは命の恩人らしい。随分と物騒なものを持っているが……戦士の剣とは言っても、これ程の大きさの剣は初めて見る。それもサーベルスタッグのサーベルとは。
「助かったぜ、あんた……ザルカン? 恩に着るよ」
「おおっと!」
近寄ろうとした俺の目の前に、ザルカンは剣を突き出した。切っ先が喉元を狙っている。
「俺はお前に聞かにゃあいかん事がある。その返答次第じゃあお前を斬らにゃあならん……」
ずい、と更に切っ先が俺に近づく。
「何だと?! 恨みを買う覚えはないんだが……」
どこかで会ったか? しかし、覚えはなかった。こんな目立つ奴なら忘れそうにないが、どこかで会ったのか?
「お前に用はない。お前の探しとる女に用がある」
「どういうことだ?」
「とぼけるな! お前が探しとる妙な女。そいつは白い機械の鎧を着とる女じゃろう? 俺はそいつに用があるのよ……」
ザルカンの目が闇の中で炯々と輝き殺気を放つ。
白い機械の鎧……? モーグ族の事か? 何故こいつはそんなことを知っている。俺は命の危険を感じながらも、ようやく手掛かりにたどり着いたのかもしれないと思った。
やがて月が天頂に上り冴え冴えとした光が荒野を照らす。真夜中になると三々五々焚火を消したり片付けをしてそれぞれのテントに戻っていく。
人の声が聞こえなくなり、寝息と衣擦れの音だけが僅かに聞こえていた。遠くでは狼の声も聞こえたが、珍しい。アキマの辺りじゃほとんど見かけない。虫に居場所を奪われ、年々減っているという話だった。おかげで毛皮は結構な高値が付くらしい。
みんなが寝静まったところで、俺は毛布から抜け出し静かにテントを出る。外は少し寒かった。日中の暖かさが嘘のように冷える。くしゃみが出そうなのを我慢し、俺はあの男と会った屋台の方へと歩いていく。
あの男はどうも信用できない。何か知っている口ぶりだったが、本当かどうかは怪しい。そしてその情報の真偽は別にしても、素性が知れない男だ。堅気ではなさそうに見える……まあ、俺も他人から見れば同じようなものなのかもしれんが。
殊更に足音は隠さず、月の明かりの下を堂々と歩いていく。隠れる筋合いはないし、隠れる方が不自然だ。奴らしき姿はないが、どこかで俺を見ているのかもしれない。
あの屋台に着いたが、当然もう閉まって明かりは灯っていない。隣の屋台との隙間を抜けて裏に回るが、そこにも人影はなかった。
早すぎたか? そうも思ったが、人の目はないし何を気にする必要もなさそうな状況だ。しかし奴が来ていないなら、ここで待つしかない。一時間……いや、二時間までなら待つとしよう。
俺が夜空の星を数えるのに飽きた頃、後ろから声がかかった。
「待たせたかい」
振り返ると、あの男だった。あの時と同じように首に布を巻いていた。見る限り腰には何も提げていない。丸腰に見えるが、腰の後ろに何か隠している可能性もある。油断はできない。こっちも一応ナイフは持っているが、人間相手に使ったことはないからあまり自信はなかった。
しかし、こいつの正体が何であれ、ここで俺を殺すほど馬鹿ではないだろう。こいつも別の隊の一員らしいが、朝になって俺の死体が転がっていたら騒動になる。そしてこいつに返り血がついていれば、誰も見ていなかったとしても当然疑われる。だから殺されることはないだろうと高をくくっているのだが、いざこいつを目の前にすると急に不安になってきた。くそ。せめてもう少しテントに近い場所に立っていればよかったか。
「……あんたが知っている情報ってのは、なんなんだ?」
俺は動揺を表に出さないように、呼吸を鎮めて静かな声で言った。
「その前に確認したいんだが、あんたの探している女ってのはどんな奴なんだ?」
「それは……それを誰かから聞いたから俺に話しかけたんじゃないのか?」
「聞いたよ。しかし考え違いや伝え間違いという事もある。念のため聞いておきたいんだ。違う女のことを教えても、かえって迷惑だろうからね」
男は両腕をだらりと下げ、棒立ちになっていた。隙だらけ……の様に見えるが、男は異様な雰囲気を放っていた。次の瞬間に何か仕掛けてきてもおかしくない。奇妙な緊張感が、男の姿勢にはあった。
「俺が見た女ってのは……まず若い。十二かそこらかな。そして耳の後ろに変な飾り……機械の部品のようなものをつけていた」
「それで、虫と一緒だったって?」
「ああ。そっちの方は良く見えなかったが、なんかの機械虫だったな。オサムシとかじゃない、普通は人が連れていないような奴だった」
「虫狩りのあんたにも分からない虫があるのか?」
「そりゃそうさ。よその国の機械虫だと全然違うのもいるからな。同じ種類でも見た目とか模様が別物だったりはする。全部を知っているわけじゃない」
「なるほど……で、耳の後ろに機械の部品。そいつはどんな様子だったんだい?」
男は表情を変えずに淡々と質問してくる。奇妙な感覚だった。何かを探ろうとしているように感じられた。
「……さっきからあんたは質問ばかりだな。てっきり俺があんたから話を聞かせてもらえるとばかり思ってたんだが……違うのか?」
「それもそうだな。だが、ついでにもう一つ答えてくれ。その女は誰と一緒だった?」
「誰って……普通の連中さ。見世物小屋の連中だからちょっと変わっていたけど」
「例えば、鎧を着ていたかい。黒とか白の」
鎧。黒か白。その言葉で、俺はデスモーグ族やモーグ族の鎧を思い出した。
「ほう、知っているのか……鎧の事を」
「……そんな奴が、いたかもしれないな。何せ見世物小屋だし」
一瞬の動揺が表情に出てしまっていた。そして男の気配が変わる。男は半歩俺に近づいた。
「名前を聞いていなかったな、虫狩りさん。いや、当てようか?」
「何?!」
「ウルクス……そうだろう? 三月前に、デスモーグとやりあった戦士様だ……」
俺は男の動きに合わせ、屋台の脇の隙間に近づきながらゆっくりと後ろに下がる。
「デスモーグ? 聞いたこともねえな……」
「お前には賞金がかかっているんだ。生死は、問われていない!」
男の右腕が跳ねるように動いた。月の光に一瞬何かが反射する。俺は倒れ込むように屋台の陰に隠れる。乾いた音と共に、後ろの別の屋台の壁に細い棒のような刃物が刺さっていた。
「逃げるなよ、急所以外に当たると苦しいだけだぞ」
今度は男の左手が動き、細い刃物が矢のように飛んでくる。地面を横に転がりながら躱し、前転しながら起き上がる。
俺は左の方を見た。遠いが、テントがある。俺達を見ている奴はいないだろうし、俺を逃がしてくれるほど間抜けでもないだろうが、でかい声でも出せばだれか気づいてくれる可能性はある。こいつがデスモーグ族の仲間だとしても、さすがに隊二つ、二百人からの人間を皆殺しにはできないだろう。あそこには護衛の戦士だっているのだ。
「でかい声でも出してみるかい? やってみなよ。その口と喉にこいつを叩き込んでやるぜ」
男は右手から紐を垂らし刃物を振り回し始めた。左手は手に刃物を持ち、いつでも投げられる姿勢のようだった。
まずい。かなりまずい。こいつの言うように、大声を上げてもその瞬間に殺されちまいそうだ。ナイフを出すか? しかし、あのすさまじい速さの投擲を弾く自信はない。右手で振り回している奴だって相当な速度だ。ナイフ一本でどうにか出来る話じゃない。
くそ。予想外だった。まさかデスモーグ族に賞金を懸けられているとは。こいつは野盗か、それともアサシンなのかもしれない。
男の左手が跳ね上がり、刃物が飛んでくる。俺は咄嗟にしゃがみ込むが、右肩に掠めた。衝撃と、一瞬遅れて焼けるような痛みが走る。
「動くなよ。楽に殺してやる」
男の右手が回転する刃物の速度を更に速めた。駄目だ。やられる!
「そうはいくかい!」
男の背後から声が聞こえた。
知らない男の声だった。屋台の陰から突進するように走り巨大な何かを横薙ぎに振るった。
「何ぃっ?!」
殺し屋の男は後方に振り返りながら体を後ろに倒し、地面に手をついてトンボ返しをして攻撃を躱した。だが追撃の蹴りが腰の辺りにぶち当たり、姿勢を崩して後方に吹っ飛んでいく。
「こいつには俺も聞きたいことがある。お前に殺されちゃあ具合が悪いのよ……」
現れたのは巨大な剣を担いだ戦士だった。剣……剣なのか? 僅かに反りながら伸び先端付近で大きく曲がる形の刀身……それはまるで、サーベルスタッグのサーベルのようだった。剣の付け根にも、サーベルスタッグと同じように歯車のような構造があり、それは鍔になってるようだった。
青白い月明かりの下で赤銅色の肌と髪が炎のように生命力を放っていた。体躯はでかい。一ターフを優に超え、腕も脚も信じられないほど太い。ガブレス親方もでかいが、こいつの方が上だ。引き締まった肉体はまるで鋼のようだった。
「何だお前……こいつの仲間かい……」
殺し屋は蹴られた腰を左手で押さえながら言った。右手には刃物が握られていたが、先ほどまでの威圧感が消えていた。この剣士に射竦められたかのようだった。
「アトゥマイ氏族の戦士ザルカンよ。覚えんでいいぞ。お前みたいな三下に覚えてもらっちゃあ、逆に名が穢れるってもんよ!」
ザルカンと名乗った男の体が爆発した。いや、そう見えるほどの瞬発力で一気に距離を詰める。
「ぬう!」
殺し屋は刃物を投げたが、ザルカンは首をわずかに傾けるだけで躱した。そして自分の身の丈ほどもある巨大な剣を、剛腕をしならせて振り降ろした。
殺し屋は後方に下がって避けるが、しかし、ザルカンの攻撃は止まらない。剣を跳ね上げ、下から上に切り上げ、横に薙ぎ、見事な足さばきで剣と体を回しながら次々と攻撃を繰り出していく。殺し屋はその攻撃になすすべもなく防戦一方だった。
「ぐあっ……!」
剣を受けた殺し屋の刃物が折れ、弾き飛ばされた。男の手からは指が二本ほどなくなっていた。
「くっ……覚えていろ、ザルカンとやら……!」
殺し屋は大きく後方に跳ぶと、一目散に走りだして逃げていった。逃げた先は森の方向で、やがて姿は見えなくなった。
「誰が覚えるかい、ぼけ!」
闇を睨みながらザルカンは唾棄するように言った。
俺は呆気に取られていたが……とりあえずこいつは命の恩人らしい。随分と物騒なものを持っているが……戦士の剣とは言っても、これ程の大きさの剣は初めて見る。それもサーベルスタッグのサーベルとは。
「助かったぜ、あんた……ザルカン? 恩に着るよ」
「おおっと!」
近寄ろうとした俺の目の前に、ザルカンは剣を突き出した。切っ先が喉元を狙っている。
「俺はお前に聞かにゃあいかん事がある。その返答次第じゃあお前を斬らにゃあならん……」
ずい、と更に切っ先が俺に近づく。
「何だと?! 恨みを買う覚えはないんだが……」
どこかで会ったか? しかし、覚えはなかった。こんな目立つ奴なら忘れそうにないが、どこかで会ったのか?
「お前に用はない。お前の探しとる女に用がある」
「どういうことだ?」
「とぼけるな! お前が探しとる妙な女。そいつは白い機械の鎧を着とる女じゃろう? 俺はそいつに用があるのよ……」
ザルカンの目が闇の中で炯々と輝き殺気を放つ。
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