機械虫の地平

登美川ステファニイ

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碧眼の魔性

第二十三話 目覚め

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 機械室から飛び出した俺の前を、甲高い音と共に何かが通過し壁にぶち当たった。矢じゃない。もっと速いもの。恐らく銃という奴なのだろう。当たった壁は表面が拳大に割れて抉れたようになっていた。
 廊下の奥、突き当りにデスモーグの連中がいた。三人だ。手前のせり出した壁に隠れるようにして攻撃をしているようだ。
 アレックス達は廊下の曲がり角の内側、壁のせり出した部分の手前側に隠れている。互いの距離は10ターフ18m程だろうか。銃と弩で撃ち合っている。
 けたたましい音と共にまた何かが飛んでくる。銃撃だ。アレックス達を狙って撃っていて、そのとばっちりが俺の方にも飛んできている。
「どうしろってんだよ! 近づけねえじゃねか!」
 アレックス達のいる位置はデスモーグから死角になっている。そこまで行ければひとまず安全らしいが、そこに行くまでには絶え間なく続く銃撃を掻い潜らなければならない。とても無理だ。
「ウルクス! 右手の部屋に入れ!」
 アレックスの声が聞こえた。右手の部屋。確かに機械室とは別のドアが右手にある。
 何の部屋だ? この中にもデスモーグがいるんじゃないのか? そう思っていると、また銃弾が飛んでくる。髪の毛をかすめた。冗談じゃない。もう一クリッド3cm低かったら頭に穴が開いている所だ。
 ここで撃たれるか、中で撃たれるか。どっちも嫌だが、まだ部屋の中がましかもしれない。アレックスが言うのだから、恐らくある程度安全なんだろう。
 俺は身をかがめて前方のドアに近づく。また銃が飛んでくる。心臓に悪い。だが何とかドアに到達した。
 ノブを捻るとドアは簡単に開いた。そのドアにまた銃撃、表面が大きくへこんだ。狙われているのかも知れない。次は俺だ。
 部屋の内部を確認するのも忘れて、俺はドアから飛び込んだ。
 まず目に入ったのは、巨大なテントウムシだった。
 大きい。三ターフ5.4m近くある。野生でこんなにでかい個体は見たことがない。せいぜい二ターフ1.8mがいいところだ。だが目は薄い青で眠っているらしい。
「そうか。ここがさっきの虫のいた場所か……」
 地下二階で見た部屋だ。外周に通路があって、真ん中が吹き抜けになっていた部屋。あそこの下がこの部屋というわけだ。確かに位置的にも合っている。
 俺は息を整えながら部屋の中を観察した。テントウムシだけじゃない。ゾウムシとビートルもいる。部屋の電気は点いているが、虫が寝ているのは変わりなかった。
 部屋の端の方でドアを開ける音が聞こえた。咄嗟に身構えるが、アレックスとオリバーだった。ドアを叩く激しい音が聞こえる。銃弾が撃ち込まれているらしい。しかし貫通はせず、ただ音だけが響いていた。
「ウルクス! 無事か!」
 アレックスの声に、俺は答える。
「無事だ! そっちは?」
「問題はない。少々やられたが、戦える」
 俺はアレックス達の方へ歩いていく。二人ともへたばった様子で壁に寄りかかっていた。
 銃撃はまだ続いていたが、そのうち止んだ。諦めたらしい。だが妙な話だ。ドアは別に鍵がかかっているわけじゃない。奴らも入ってきておかしくないのに、その様子がなかった。
「奴らはどうした?」
「分からん。一人は倒したが、まだ少なくとも二人は残っているはずだ」
 アレックスが答えた。
 ドアの外を見て確認するか? 少々危険が伴うが、確認するにはそれしかない。それに、いつまでもこの部屋に留まるわけにもいかない。前に進まねば。
「手はあるのか?」
「さっきの連中を倒すしかない。君のスリング球の方が効果的かも――」
 アレックスが話している途中で、急に壁の下から音が聞こえてきた。ガタガタと重いものが動くような音。壁に面した床の一部が上に開き、下から何かがせり上がってきた。
「板? 何だ?」
 出てきたものはどんどん高さを増していく。厚さは二クリッド六cm程度、金属でできている。それがだんだん上に上がっていき、壁のようにせり上がっていく。
「……おい、これって」
 嫌な予感がする。しかし、もうどうにもならない。
「閉じ込められてるのか?! どうすんだよ!」
 アレックス達も茫然とした様子で壁がせり上がっていく壁を見ていた。見ていることしかできないようだった。それは地下二階の通路の真下まで伸び、そこで止まった。
 ドアは完全に隠れて出入りできない。それにこの壁を破ることは不可能だろう。しかし上は吹き抜けだから、アレックス達なら跳んでいけば何とかなりそうだ。ロープでもあれば俺も上に上がれる。
 脱出しなければ。そう考え始めたところで、声が聞こえた。
「アレックス。貴様との因縁もこれまでだ」
 部屋中に響き渡る声。ジョンの声だった。だが奴の姿はなく、声のする方向も分からない。
「ようやく制御技術を手に入れた。我々はこれから人間社会を破壊する。貴様らの守ろうとしたもの、その一切をな。そしてそこに改めて我々の国を作るのだ。もう止められんぞ」
 一方的にしゃべり、そして終わった。
「おいてめー! アクィラはどこだ!」
 俺は天井に向けて怒鳴ったが、奴からの返事はなかった。
「アクィラの装置は完成したのか。人間社会を滅ぼすだと? 何をする気だ」
 アレックスが呟くように言った。俺にはジョンが何のことを言ってるのかさっぱりだった。だがとりあえずぶん殴ってやりたくなってきた。
「姿を見せろ! ジョン! 腰抜けか!」
 もう一度天井に向かって怒鳴る。
 虫の唸る音が聞こえた。低い音が足元から上ってくるような振動。それは、眠っている三匹の虫から出ているようだった。
「おい、まさか……」
 俺はゾウムシから一歩離れる。しかしあまり意味はない。この部屋には退路はないし、逃げた先にはテントウムシがいる。向こう側にはビートルだ。これは……まずいぞ。
「制御技術を手に入れたと言っていた。見ろ、目は青い。今までの虫は目が赤く狂暴だったが、本来の制御技術は青いままで操るんだ。恐らく、自由に命令を行うことができる」
「そりゃ良かった。冷静にしゃべってる場合かよ! 殺されるぞ!」
 虫たちは身震いをし始めた。凝り固まった体をほぐすように震え、足を伸ばし立ち上がる。目の青が強くなり、起きつつある。
「今のうちに殺すしかない! オリバー、撃て!」
 アレックスとオリバーは一番近いゾウムシに弩を向け、一斉に撃ち始めた。
「違う! ビートルから先に片付けろ! 奴が一番強い!」
 アレックス達の撃った矢はゾウムシの強固な装甲に弾かれていた。ゾウムシは機械虫の中でも一番硬い。装甲の継ぎ目も狭いし、虫狩りもまともに倒すのには難儀するため、大抵は罠で仕留めている。
 その事を理解したのか、アレックスとオリバーは弩をビートルに向けた。ビートルは体を拘束している鎖を引きちぎろうとしている所だった。腕ほどの太さもある太い鎖の輪が、ビートルの力に負けてひしゃげていく。
 アレックス達の弩が放たれた。だが、同時にビートルの背中、胸部分の真ん中あたりがせり出し、何かを撃ち出した。
 それを見てオリバーが俺の胸を突き飛ばした。すごい力で体が持っていかれ、俺は吹っ飛んで背中から床に倒れ込む。そして、さっきまでいた場所で何かが爆発した。
 空気を震わせる衝撃、そして熱。アレックス達は白煙に包まれ姿が見えなかった。ビートルの撃ち出した何か。何だ? 虫狩りの爆裂武器に似ている。あれも銃の一種なのか。オリバーが突き飛ばしてくれなかったら、多分今頃俺は死んでいる。
 虫たちは鎖を千切り、自由になった。ビートルだけではない。ゾウムシもテントウムシもだ。自由になった喜びを表すかのように、どの虫も大きく体を逸らし天を見上げ、そして俺たちを見た。
「アレックス! 無事か!」
 返事はなかった。だがその間にも虫たちは動き出している。
「よけろ! 殺されるぞ!」
 俺が叫ぶのとほとんど同時に、虫たちが動き出した。テントウムシは俺の方を向いて近づいてくる。速足。だが、まだテントウムシは遅い方だ。隙を見て苦手な凍結球を撃てばどうにかなる。そう思ったが、このテントウムシは俺の予想を覆した。
 テントウムシは羽を広げた。飛ぶ? そう思った次の瞬間、背中から何かを噴き出して突進してきた。
 速い! 森で見たスズメバチ並みの速度だった。俺は横に飛んで避けようとしたが、間に合わずテントウムシの甲羅に跳ね飛ばされた。
 何回転か空中で横に回り、俺は腹から床に落ちた。受け身も取れない。呼吸が少し詰まるが、寝ている場合じゃない。テントウムシはよちよちと方向を変え俺の方を向こうとしている。
 その背後にはゾウムシがいて、壁に思いきり体当たりをしていた。部屋全体が傾くんじゃないかという衝撃。ゾウムシは力が強いが、体がでかいから桁違いだ。
 そのさらに奥ではビートルがまた背中から何かを撃ち出し、それを避けたアレックスを角を振り回して追いかけている。
 何だよ。ゾウムシはともかく、テントウムシもビートルも、こんな芸当ができるなんて聞いたことがない。デスモーグ族の連中が細工をしたのか? それとも、操られているせいで妙な力を使うのか?
 テントウムシがもう一度羽根を広げ、突進してきた。今度は避けたつもりだったが、広げた羽根に叩かれて弾き飛ばされる。
 このまま様子を見ていても消耗するだけだ。俺は凍結球を取り出し、スリングを引き絞って、そして放つ。甲羅の尻付近に命中し冷却液が飛び散るが、しかし、テントウムシは平気な顔で方向転換を続けている。体がでかすぎて、背中に当てても頭まで冷気が回っていない。
 正面からやるしかない。奴がこっちを向いたとき、突進を仕掛けてくる前に撃つしかない。
 テントウムシがこっちを向いた。
 そして羽を広げようとする前に、俺は凍結球を顔面に叩き込んでやった。
 顔の周辺が一気に凍り付く。テントウムシは戸惑うようによろめき、そして腹を地面につけて動かなくなった。目の青い色も弱くなっていく。
 仕留めた。殺してはいないが、とりあえず動くことはない。後はゾウムシとビートルだ。加勢しなければ。
 ゾウムシはどうやらオリバーが相手をしているようだった。俺と同じように体当たりを仕掛けられ、それを避けている。隙を見て弩を撃ち込んではいるが、ゾウムシには歯が立たない。奴は電気にも強いから電磁ブレードでも倒せないだろう。奴は放熱のための機能が貧弱だから、熱がよく効く。俺がやるしかない。
 ゾウムシがまた突進しようとオリバーの方を向いた。オリバーは避けようと身構えている。俺は烈火球を手に取り、スリングを撃つ準備をした。
 すると……妙な事が起きた。ゾウムシは足を止め、口吻を激しく震わせ始めたのだ。
 ゾウムシは何度も駆除しているが、こんなのは始めて見る。もっとも普段は一ターフ1.8m以下の大きさで、三ターフ5.4mを越えそうなこいつとは比べるべくもないが、しかし大きさが違っても基本的な構造や特性は同じはずだ。
 だが待て。テントウムシは突進してきた。ビートルは背中から何かを撃ち出した。ここの虫はでかいうえに、どいつも妙なことをしてくる。という事は、このゾウムシもなのか。
 やばい。恐らく危険な何かを仕掛けてくる。
「オリバー! 早くよけろ!」
 俺の声に、壁際のオリバーは斜め前に飛んだ。それに一瞬遅れ、ゾウムシが口吻から何かを放った。弾丸じゃない。床を震わせながら何かが這うように進んでくる。空気がゆがんで見えた。そしてそれは、壁にぶつかって俺の方にまで来やがった。
 避ける間もなく俺はその奇妙なものを足に受けた。電撃のような痺れ、激痛。俺は声も上げられず、その場に倒れ込んだ。
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