機械虫の地平

登美川ステファニイ

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碧眼の魔性

第十八話 デスモーグ族

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 アレックスは片膝をついたまま、死んだデスモーグ族の少年を見つめていた。それは憐みのように見えた。
「知り合いか、アレックス?」
「いや。知らない。しかし……まだ若い。十代の……子供だ」
 そう言い、まだ開いていた少年の瞼を閉じさせた。
「仕方ねえだろ? 俺たちを殺しに来たんだ。やらなきゃやられてた」
「それは分かっている。しかし、これで向こうの戦力の謎が解けた」
「謎? 何だ、そりゃ」
 アレックスは死んだ少年の胸を軽く叩く。軽い金属の音がした。
「この鎧は本来の鎧ではない。私やジョンが使っているものより強度が低い」
「偽物って事か?」
 俺もしゃがみ込んでデスモーグ族の鎧を見る。意匠というか、作りが違うのはなんとなくわかる。しかしアレックスが言っているのはそういう事ではないのだろう。恐らく素材が違うのだ。
「強度の劣る量産品を子供に装着させている。ストライカーの使い方も拙かった。熟練した戦士であれば、虫の扱い方も含めてもっと手強かったはずだ。付け焼刃の戦士だ」
「向こうに戦士がいないってことか?」
「違う。いるが、それ以上に数を求めたんだ。今回の戦闘では、我々モーグ族は数的な劣勢を強いられている。その理由がよくわからなかったが、この少年兵が答えだ」
「それだけ本気という事か」
 オリバーが確認するようにアレックスに聞いた。
「そうだな。誰が発案か不明だが、一族を挙げて動いているわけだ」
 アレックスはデスモーグの少年の右腕の装置を操作し始める。さっき踏みつけてガラスにはひびが入りボタンも壊れているが、色々と触っているうちに何やら装置が反応したようだ。
「装置はまだ生きている。うまく行けば通信ログが残っているかもしれん」
「まさか。指令を残している馬鹿はいないだろう」
 オリバーが言うが、アレックスは操作を続ける。
「そのまさかだ。この少年がそこまで戦士としての責務を果たしていたかははなはだ疑わしい……あった。音声のみだが、こちらに転送して聞いてみるとしよう」
 ピーピーと何回か音が聞こえ、アレックスは今度は自分の右腕の装置を操作し始めた。
「……顎虫とスズメバチの起動キーはお前の端末に保存してある。奴らを発見次第、追い込んで使え。奴らは手強い。しかし、我らデスモーグ族の悲願のため、尽力せよ! たとえ命を失うことになっても奴らを殺せ! 化外の民と呼ばれさげすまれた時代は終わる。終わらせるのだ! この国、この世界の全てを突き崩す! 全てが崩れ去った後に翻るのは我らデスモーグ族の旗だ! 健闘を祈る、名もなき戦士よ……」
「再生できるのはこれだけだ。声の主は……ジョンだな」
 アレックスは装置を止めた。
「ジョンが昨日の今日で命令しているって事か? そんな暇があったのか?」
「いや、これは録音だろう。事前に記録して必要な時に送るか、もしくはもっと以前に送られたかだ」
「ろくおん……録音か。よく分らんが、そう言うことができるのか」
「そうだ。それで気になるのは、全てが崩れ去った後に、という所だな」
「全てって?」
 俺が聞くとアレックスは立ち上がり、オリバーと顔を見合わせる。
「具体的に思いつくものはない。我々モーグ族とデスモーグ族は古来より戦っているが、奴らの目的は技術の占用と一族の勢力拡大だ。南方のボルケーノ族、西のハレンディラ族は有名だが、彼らのように一地方を支配する部族のようになることが奴らの目的なんだ」
「ボル……ケーノ? そんな奴らがいるのか。俺は聞いたことねえが」
「そういう連中がいるんだ。それで、全てを奪うなら分かる。支配するという事だからな。しかしすべてが崩れ去った後、というのは今までに聞いたことのない言い回しだ」
「ジョンの気まぐれでは? まるで教祖のような演説だ。細かい言葉の言い回しなどに意味はないよ」
 オリバーの言葉にアレックスは腑に落ちない顔をしていた。
「今回の戦いは、何から何まで奇妙だ。眠っていた兵器を復活させるのではなく、失われた技術を再生している。急造の戦士を戦いに投入し、一族総出で動いている。これまでの散発的な戦いとは質が異なっている」
「奴らも本気になったって事じゃねーのか? だが、悪いがあんたらの部族同士の喧嘩は、俺には関係ないぜ。俺が助けたいのはアクィラだ」
 俺の言葉に、アレックスは頷いた。
「そうだな。君の立場はそうだ。それでいい。デスモーグ族との戦いは、我々の問題だ。先を急ぐとしよう」
「ああ」
「了解だ」
 オリバーも頷き、弩を抱え直して元来た道に戻ろうとする。
 俺もオリバーに続こうとしたが、アレックスが死んだ少年を見ているのに気づいた。
「何だ。まだ何か気になるのか」
「いや。不憫だと思ってな。彼の死は我々しか知らない。どう戦い、どう死んだのか。彼にも家族はいるだろうが……死体もそのままだ」
「……シデムシが片付けてくれる。餓鬼とは言え戦士だからな。そういうもんだろ。ベッドの上で死ねるわけじゃねえ。それに、元の場所に還るだけだ。虫が土を作り、人がそれを耕し、命は森に還っていく」
「そう……君達虫狩りの考えだな。確かにここでは、モーグ族もデスモーグ族もない。顎虫の死体と一緒に、シデムシが片付けてくれるだろう」
「ああ。ただの人間さ。しがらみが無くなって、きれいになる」
 アレックスはしばらく少年の顔を見ていたが、やがて走り出した。

 アレックスが虫車に戻って確認すると、小一時間程手間取っていたことが分かった。しかし、無視して動いていればどこかで背後から襲われたかも知れない。それを考えれば、アレックスの言うようにここで潰しておいて正解なんだろう。何より、今更ケチをつけてもしょうがない。やったのだから、それで行くしかない。
 俺たちは虫車を走らせ続けた。距離はあと百タルターフ90km程。今は昼だから着くのは約十時間後、夜だ。
 十五時で一旦虫を冷やすために停まる。そこで俺とオリバーが交代だ。オリバーは仮面を外し、この暑いのにコートを着て御者台だ。しかしあの鎧には冷やす機能もあるらしく、それでも涼しいらしい。
 俺はアレックスと客室で二人きりになった。アレックスはオリバーが持ってきた箱から何かの機械を出し、それをいじっていた。特に話すこともないが、俺はふと気になったことを聞いた。
「なあ、アレックス。モーグ族とデスモーグ族は元は一緒だったって言ってたよな」
「ああ、その通りだ。我々は元々一つのモーグ族だった」
「ジョンが言ってた化外の民ってのは何なんだ? それに、何で二つに分かれて……ずっと争っている?」
「気になるか?」
「いや……そもそも何でかと思ってよ。なにか手打ちできるようなもの……ってことじゃないんだよな。お前らはずっと争っているんだから」
「ざっと千年だ。記録が失われており正確な年数は不明だが、少なくとも千年は同じことを繰り返し争っている。奴らも我々も進歩がない」
「そのきっかけってのは、過去の技術を巡ってのことなのか?」
「それは……一族の恥のようなものだからな。部外者に教えることではない。だがまあ、今更君に隠すことでもないな。これだけ巻き込んでおいて」
 アレックスは工具を置いて話しだした。
「まず旧世界の文明があった。しかし戦争で滅び、世界は機械虫に覆われるようになった」
「……虫は、昔はいなかったってことか?」
「旧世界においてはな。様々な機械はあったが、機械虫はいなかったらしい。機械虫が現れたのは一度文明が滅んでからだ」
「ブンメイね……機械の国か。それで?」
「我らモーグ族は荒廃した世界を見て憂いた。そして二度と同じ過ちを繰り返さぬよう技術を封印することにしたのだ。だがある時、一部の者が過去の技術を用いて人を助けようとした。当時の生活はもっとひどかったからな。山野に住み獣同然に生きていた。病や飢えで死ぬ者も今よりずっと多かったから、それを助けようとしたのだ」
「そのいい奴らがお前らモーグ族ってことか」
「違う。デスモーグ族だ」
 デスモーグ族が人を助けようとしていた? まるっきり今と逆だ。
「デスモーグ族は技術を人を導き助けた。虫を退け、清澄な水を与え、暖かな衣類や住居を作るすべを教えた。だがある時、長雨が続いた。作物が腐り、川が溢れそうになった。デスモーグ族は気象を操作しようとしたが、失敗し集落は水害で崩壊した」
「気象を……? 気象って、天気か?」
「そうだ。限定的ではあるが、気象さえ操れたらしい」
 俺は客車の窓から見える空を見上げた。青い空に白い雲が浮かんでいる。あんなものを……どうやって動かすというのだ? 見当もつかない。
「そしてまたある年、今度は日照りが続いた。それで雨を降らそうとしたが、それは叶わずまた多くの者が苦しんだ。そして民は言ったのだ。お前たちは嘘つきだ、疫病神だと今までの感謝を忘れてな」
「それで、どうなった?」
「デスモーグ族は排斥された。その頃には少なくない一族の者が技術を手に人々を助けるようになっていたが、排斥の動きは燎原の火のように広がり、皆、石もて追われる身となった。人々はデスモーグ族の技術に依存していたが、それだけ不幸に見舞われたときの怒りも大きかったんだ」
「それがデスモーグ族に?」
「そうだ。その排斥されたデスモーグ族は、モーグ族からも締め出された。一族の掟を破り問題を起こしたからな。本来デスモーグというのは、ディスモーグ、モーグ族を取り除けという意味だ。デスモーグ族は一族からも締め出され、一般の人々からも排斥され、行き場所をなくした。そして森の奥深くに潜み、ひっそりと生きるようになったのだ。化外の民とはそのことだ」
「それで、なんで今みたいな物騒な連中になったんだ?」
「それは恨みだろう。人々から嘘つき呼ばわりされた事。そしてモーグ族を追い出されたこと。その恨みだ。旧世界の技術を集め、我らモーグ族を打ち倒し、人々を支配しようとしている」
「自業自得……なのか」
「当時はそうだったろうな。しかし今はその数百年後だ。デスモーグ族は深い森の中で虫の脅威と戦いながら暮らし続けた。罪はそそがれただろう。しかし、そう思わないモーグ族がいる。そして怒りを捨てられないデスモーグ族がいる。だから争いは終わらない」
 言い終わると、アレックスは工具を手に取り作業に戻った。
 なるほどね。町の中にもそういう諍いはある。爺さんの代にどうだったからと喧嘩を続けている。傍から見ればくだらないが、しかし、当人は大真面目だ。意地と体面がある。モーグ族とデスモーグ族の戦いも、そのもっと規模のでかい喧嘩というわけだ。
 そんな事を数百年……どうかしているぜ。アレックスもそう思っているんだろう。しかし、一人ではきっと何も変わらない。流れに飲まれて、自分の思うままになんか出来ない。
 まったく、どっと疲れる。さっさと片付けて、早く元の気楽な虫狩りの生活に戻りたい所だ。
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