機械虫の地平

登美川ステファニイ

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碧眼の魔性

第十話 理由

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「君が戦うなら……手袋を預けておこう」
「あの白いやつか?」
 アレックスは部屋の隅に置いてあった手袋を持ってきた。
「一族の者以外が使うことは禁じているが、状況が状況だ。少しでも生存の確率を上げねばならない。これを使えば、少しは戦力の足しになるだろう。はめてみろ」
「手袋一つで何が変わるんだ? いくら旧世界の物って言ったって……」
 俺は手袋を両手にはめる。少しぶかぶかだ。そう思ったら、急に手袋が縮んで隙間がなくなった。
「な、何だこりゃあ!」
「自動的に装着者の手に合うように伸縮する。パワーグローブ、アクティベートと言え」
「……なんかの呪いか、そりゃあ? パワーグローブ、アクティベート……?」
 すると手袋の甲にある金属のパネルに文字が表示された。アクティベート、とある。
 そして手首の上辺りに鋭い痛みが走った。腕の中を何かが動き回るような感触。
「痛ってえ! 何だよこいつは!」
「パワーグローブの生体認証を有効にした。これでそのグローブは君のものだ。機能を使用できるようになった」
「くそ……分かってるんなら言えよ、痛えなあ……。機能って、何が出来るんだ」
 痛い部分をさすろうにも手袋越しなので上手くいかない。帯電球を作る時に間違えて感電した時のような痛みだった。肌がジンジンと痛む。
「このリンゴを潰してみろ」
「リンゴを? 潰せったって……」
 力自慢ならリンゴも握りつぶせるが、俺にそこまでの力はない。潰せるようになるのか? 半信半疑で握ると、ほとんど抵抗なくリンゴは潰れていく。ゆるい粘土を握っているみたいだ。
「なんだこりゃあ……力が、強くなってるのか?」
「グローブを付けている前腕に関しては、グローブの補助パワーで力が増している。生身の三倍程度だ。更に上半身も筋電位を操作して瞬間的に強い筋力を発揮できるようになっている」
「キンデンイ?」
「強い力で殴ることが出来る。それと、強い弓を引けるようになる。ただしそれは体に無理をさせていることだから、あまり長時間使うと体を傷つけることになる。過信はするな」
「へえ……そう言われてもよく分からんが……まあいい。いざというときの殴り合いが強くなったってことか」
「その理解でいい。それとそのグローブは強靭だ。矢を受けても、弩でもなければ貫通することはない。攻撃よりも防御に使うといい」
「ふうん、分かったぜ」
 グローブはゴツゴツして重そうに見えたが、実際つけてみると驚くほど軽かった。指先の感触もさほど鈍くなっていない。細かい作業でもできそうだ。
「私はこれから外に出て罠の用意をする。君も準備を整えてくれ。武装が必要ならCー1にある。弓矢もある」
「弓は……俺は使えねえんだ」
 アレックスが少し意外そうな顔をした。
「そうか。虫狩りは弓で戦うと思ってたが、その限りではないのだな。槍やスリングもあるから好きに持っていけ。性能は君等が普段使っているものより優れているはずだ」
「それも旧世界の技術ってことか」
「そういうことだ。では、私はアクィラにも説明をしてくる」
「ああ、頼む。あいつは俺の部屋でまだ寝てる」
 一緒に部屋を出て、アレックスはアクィラのところへ向かった。俺はCー1へ武器を取りに行った。部屋の電気は緑になってて、手をかざすと開いた。
「こりゃあ……すげえな」
 そこは武器庫だった。壁一面に弓と槍がかけてある。部屋の奥には大型の弩が床に置いてある。スリングは……隅っこにあった。
 俺の使っているスリングは虫のパーツを組み合わせて作ったものだが、置いてある奴は継ぎ目のない一体物だった。鋳型で作ってあるんだろうか。色はこれも白い。どうせならもらっておこうかとも思ったが、使い慣れてないスリングでは上手く戦えない可能性がある。もらうのは球だけにしておこう。
 スリングの近くに金属製の箱があった。鍵穴はあるが鍵はかかっておらず、開けると中は三段の仕切りがあって、スリングの球がみっしりと詰め込まれていた。球の下には穴の空いた軽石のようなものが敷いてある。ふかふかしているが、これがクッションになっているようだ。
「へえ、流石なんでもある。昔の人間も俺らと同じ武器を使ってたのか?」
 烈火、凍結、帯電。それにこの黄色のは……爆裂だ。禁制品だから俺は使ったことがないが、モーグ族には関係ないらしい。他に虫を混乱させる臭香と、見たことのない球もあった。気になるが、慣れない武器は使わないほうがいいだろう。烈火、凍結、帯電、それと爆裂をいくつか。これでいい。
「あとは……槍か。もらっていくかな」
 普段の俺の仕事では虫相手に槍を使うことはない。普通は矢で弱らせた虫のとどめを刺すのに使うが、俺の仕事ではほとんど虫を殺さず遠くに放すからだ。しかし今回の相手は人間だ。スリングの球が切れた場合に備え持っていくことも考えられるが……やはり要らない。背中に担ぐと動きの邪魔になるし、相手が手練なら慣れない武器はやはり危険だ。幸いグローブがあるから、これでなんとか凌げるだろう。殴り合いなら、それなりに自信がある。
 あとはスリングに緩みがないか確認して、それで俺の準備は終わる。今は十一時すぎ。三時間ほどで奴らが来ると言っていた。
 ジョンとその他十人。しつこい野郎だぜ、まったく。

 部屋に戻るとアクィラは起きていた。ベッドに座りパンを食べている。
「あ、ウルクス。またあの怖い人達が来るの?」
「そうらしい。あと三時間とか……お前は準備ってほどのことはないか。まあ、いざって時に走って逃げられるように飯を食っておけ。だがあまり食いすぎるなよ。動けなくなるからな」
「私は危ないからこの部屋で待ってろって言われた……また虫が来るの?」
 俺はアクィラが持ってきた食料の山からパンを一つもらい、ソファに座った。
「確かにお前はここに残ってた方がいいだろうな。今度は人間が相手だ。アレックスが外に罠を仕掛けているらしいが……気が重いぜ。まだ虫の方が気が楽だ」
「ウルクスは虫の方が好きなの?」
「好きとか嫌いってのとは違うが……俺は虫狩りだからな。死ぬも生きるも、虫相手なら納得できる。しかし人間が相手では……それは俺の生き方じゃない。しかし、襲ってくるんならそんな事も言っていられない」
「虫狩りって……虫を殺すのが仕事なの?」
「殺すこともある。しかし無闇に殺すわけじゃない。奴らは奴らで生きてるからな。人里を荒らすようになったら始末することもあるが、出来るなら生かしたまま他所に連れて行く。生きる場所が違うんだ。お前の村ではどうだったんだ?」
「村……思い出せない。虫を見たことがあるような……研究所にはいたよ。長いひげがあって牙が大きいやつ」
「ひげ……触角か。カミキリムシか?」
「わかんない。警備用だって言ってた。廊下とかを人と一緒に歩いてるの」
「カミキリムシはそんなに気が荒くないからな。しかしそれでも……人のいる場所で一緒に生きているというのは妙だな」
「虫を操ってるの?」
「多分な。顎虫もそうだった……俺たちもオサムシとかを虫車に使うが、それとは別のものだ。無理矢理にでも命令を聞かせられるのかもな」
「何だか可哀想だね、虫も」
「そうだな。この世界は恐らく、人間よりも虫の方が多い。数で言えば虫の方が偉いってわけだ。俺たちはでかい顔をして生きているが、虫が一暴れしたら逃げなきゃ生きていけない。奴らは……それを覆そうとしているのか?」
「人間の方を偉くするってこと?」
「そうだ。虫に無理やり命令を聞かせて……何をする気なんだろうな。想像もつかん。世の中が大騒ぎになるってことは分かるが、そんな混乱を招いて何がしたいのか……変な奴らの考えることは分からん」
「ふうん……」
 アクィラは自分の後頭部の機械に触れた。
「私の機械……そんなに大事なものなのかな」
「その機械を作るのに……他にも子供がいたんだったな?」
「うん。でも……いなくなった。多分死んじゃったんだと思う。みんな痛い、助けてって……いなくなった。私、死にたくない」
 アクィラはパンを置き、身を守るように脚を抱いて座った。小さい体が、余計小さく見える。
「……安心しろ。俺とアレックスが奴らを止める。ここには旧世界の、昔の時代の強い武器もある。奴らが何人で来ようとなんとかなるさ」
「うん。分かってる……」
「俺は戦いの準備をする。後でアレックスにも様子を聞いてこないとな」
「まだ、ここにいてもいい?」
「ああ。好きにしろ」
 俺はスリングの整備をすることにした。グローブも手に馴染むようつけたままで作業したほうが良さそうだ。
「ウルクス……」
「ん?」
「死なないでね。死んだら、あたし悲しい。何も覚えてないから、知っている人が一人もいなくなっちゃう……」
「ああ……死なない。こんな所で死んでたまるか。終わったらお前の村を探すのを手伝ってやる」
「本当? 約束だよ」
 俺はアクィラの頭をくしゃくしゃと撫でる。これで死ねない理由が一つ増えた。何としても、生き延びねば。
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