機械虫の地平

登美川ステファニイ

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碧眼の魔性

第八話 旧世界の文明

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 アレックスに案内され、俺は自分用の部屋に来ていた。
「ここが君の部屋だ。E―1。ドアの上に緑色の光がついている。同じような部屋ばかりで迷うかもしれんが、番号と光を見て判断してくれ」
「なるほどね」
 たしかにどこもかしこも白い壁と白いドア。見た目では区別がつかない。部屋は他にもいくつもあるようだが、他のドアはほとんどオレンジ色の光になっている。オレンジは入れないということか。
「ドアのこの部分に手をかざせ。それでドアが開く」
 ドアの取っ手が付くであろう位置に黒い丸が描かれている。アレックスがそこに手をかざすと、ドアはひとりでに開いた。
「しばらくすると閉じる。一度開けてみろ」
 アレックスが部屋の中に入り五秒ほどでドアは閉まった。ドアに手をかざすと開く。何かのセンサーがあるらしい。
「この部屋も真っ白なんだな」
 部屋の中はやはり真っ白だった。壁や床だけでなく、ベッド、机、椅子も全部白い。さっきの部屋と同じだ。
「作る時に時間がなかったせいか全て白で設定したようでな。確かに全部白い。機能上は問題ないはずだ」
 ベッドに腰掛けるとふかふかしている。柔らかいだけではない。妙な弾力がある。変な素材だ。
「お、そうだ」
 腰に下げた荷物を降ろそうとして思い出した。シャディーンの持っていた白い手袋。あれはこいつらの持ち物かもしれない。
「シャディーンからの預かりものだ。お前のか? 見た所お前の鎧に似ているが」
 立ち上がり袋から荷物を取り出す。左右の白い手袋とエイゾーの機械。タナーンの方には何も入っていなかった。
「手袋か。助かる。シャディーンに託したものだったが、これは貴重なものなんだ。彼は使わなかったのか?」
「俺と一緒の間は使ってなかった。虫車の荷台に置いたままだったぜ。この手袋も……特殊な機械なのか?」
「そうだ私達の着ている鎧も旧世界の遺物だ。身を守るだけでなく、身体機能を拡充する」
「こいつを使ってたらシャディーンは……助かったのか?」
「どうだろうな。全身に鎧を身に着けていればともかく、手袋だけではデスモーグ族の相手は難しいだろう。鎧は予備がなくて手袋しか渡せなかった……無いよりはましだが」
「ふうん……ま、とりあえず返すぜ。俺が持っていると良くないんだろ? このエイゾーも」
「そうだ。持ってきてくれて助かったよ」
 アレックスに袋ごと渡す。これで文字通り荷が降りた。
「この部屋の説明をしておこう。こっちの部屋はトイレとシャワー室だ」
 部屋の隅に仕切られた小部屋がある。そこを開けると言ったとおりトイレとシャワーがあった。
「水とお湯の蛇口がある。回すと出てくるから、適当な温度に調節して使ってくれ。トイレは用を足したらこの水色のボタンを押せ。水で流してくれる」
「シャワーにトイレ……どうなってるんだ? どこかにタンクがあるのか?」
「タンクは別にあって、壁の中に配管が通っている。それで施設内に供給されている」
「へえ」
 家の外のタンクに雨水をためて虫の管を使って離れた場所に水を流す、というのは見たことがある。よく考えたものだと思ったが、これも同じような仕組みらしい。
「あと洗濯機だ」
「洗濯……機?」
 シャワー室の外、壁の隣に四角い箱みたいなものがある。上面に斜めにガラスの蓋がついていて、内側が見える。
「これが洗濯機だ。このつまみを引くと蓋が開く。中に服を入れてこの赤いボタンを押せば三十分ほどで洗って乾いた状態になる」
「洗濯……してくれるのか? この箱が? どうなってんだ?」
 中を覗き込むと小さな穴の開いた円筒が収められていて、内側の三箇所に出っ張りがついている。
「内側のドラムが回転し、水と洗剤と一緒に撹拌されてきれいになる。洗濯機の細かい構造は私も知らんが、とにかく服を入れてボタンを押せばいい。乾燥までやってくれる。シャワーを浴びている間にやっておけばいいだろう」
「へえ……すごいんだな。旧世界にはこんなものが当たり前にあったのか?」
「そうだ。個人で所有し、日々のこまごまとした仕事は機械任せだった」
「まあ……あとでやってみるよ」
 体も服も汗みどろだ。きれいになるというならやってみるか。
「食べ物や飲み物は斜向かいのDー4にある。水だけならこの蛇口から出てくる。飲んでも大丈夫だ」
 洗濯機の隣に蛇口と洗面台がある。アレックスが洗面台の蛇口をひねると水が出てきた。透き通ったきれいな水だ。
「沸かさなくても飲めるのか?」
「消毒はされている。問題はない」
「なんでもかんでもきれいで真っ白で……凄い所だな。この施設は」
「旧世界の文明はすさまじい。しかし私は使い慣れているだけで、この施設を理解しているわけではない。作れないし、壊れたら自分で直すことは出来ない」
「そうなのか? じゃあ壊れたらどうするんだ」
「同じものを作る専用の機械がある。そこで作って交換する。しかし大本のその機械が壊れれば終わりだ」
「こんなものが町にあったら……さぞ便利だろうな」
「そうだろうな。私もそう思うが、しかし、それは出来ない。全ての人間に行き渡るほどの量はないから、取り合いになるだろう。そしてそれは諍いの元となる」
「確かに……誰かが独り占めしそうだな」
「危険な技術も、この洗濯機なども根は同じだ。もっと簡単に、もっと便利に、もっと早く、もっと多く。その欲望が技術を発展させた。しかし結局身を滅ぼしてしまった。君たちには悪いが、今のままの不便な生活をしていてもらうしかない」
「他人に自慢もできないか。ま、墓まで持ってくさ」
「そうしてくれ。では、説明は終わりだ。私に用があればA―3に来い。私の部屋だ」
「ああ、分かった」
「それと、アクィラの部屋は隣だ。E―2。あとで彼女を案内しておく。部屋の出入りは自由にしてもらって構わんが、しかし、今はこの施設からは出られないようになっている。入口を開けると目立つからな。デスモーグ族に見つかる。しばらくは封鎖しているから、そのつもりでいてくれ」
「ああ。ゆっくり休ませてもらうさ」
「では、失礼する」
「ああ」
 アレックスが出ていくと、部屋の静けさが耳に響く。静かだ。この部屋の上にはカドホックの遺跡が広がっているのか。とても信じられない。
 塵一つない部屋。ベッドに横になりたいが、真っ白なシーツに汚れたこの体で横になるのは気が引けた。
 ブンメイ……大昔にあったとされるものだ。昔話や与太話の類だ。人は空を飛び、大勢を乗せた箱が風のように走り、人の代わりに機械が働いていた。夢物語かと思っていたが、案外本当なのかも知れない。少なくとも洗濯は機械がやってくれる。
 しかしその技術が身を滅ぼしたとアレックスは言っていた。楽をしすぎて堕落したのか。それとも別の意味なのか。
 例えば……アレックスの使っていた弩。普通の弩は三人がかりで動かすくらいの大きさだ。重く扱いには熟練を要する。威力はあるが、連射速度も速くはない。
 しかしアレックスの弩は違う。一人で持てて、連射速度も速い。普通の弓と変わらないくらいだ。
 他にもジョンやタナーンが使っていた武器。強力な何かを撃ち出していた。ビートルやスタッグの中にはキャノンと呼ばれる弾丸を打ち出す武器を積んだやつもいるらしいが、その類の武器なんだろう。虫狩りにとっての禁制品。爆雷やその他強力すぎる武器は扱いが免許制で制限されている。
 もっと便利に。もっと速く。もっとたくさん。それが、洗濯やら掃除に向かうならいい。しかし、それが人を殺すことに向かったら……ぞっとするぜ。
 アレックスたちモーグ族が様々な機械を封印しているのも納得だ。こんなものが広まったら、世の中がひっくり返っちまう。
 俺はその世界に片足を突っ込んじまったが、これで終わりだ。最後に洗濯機の性能を試して、それで終わりにしよう。

 シャワーを浴びている間に服もきれいになり、まるで生まれ変わった心地だった。ベッドもフカフカとして快適だ。この毛布も羽毛だろうか。触るのは生まれて初めてだ。気温も丁度いい。外は少し蒸し暑いはずだが、この部屋はすこぶる快適だ。ここはまるで……別の世界だ。俺の知る世界とは違う。
 食い物も水もある。腹もいっぱいになったし、これで酒でもあればいいが、残念ながらなかった。
 そろそろ眠ろうか。壁にかけられた時計は四時を指している。夜っぴて働いて、もう夜明けだ。顎虫に襲われていたことが随分昔に思えてくる。
 目を閉じてうとうとしかけた頃、コンコンとドアを叩く音が聞こえた。
「ウルクス、起きてる?」
 アクィラの声だった。しかし切迫している声ではない。何かあったのかと、俺は体を起こした。
「何だ、どうした?」
「入ってもいい?」
「ああ、入れ」
 アクィラが入ってきた。手には雑嚢を持ってる、見た感じ、アクィラもシャワーを浴びて服を洗ったようだ。俺の服と同じ、洗剤か何かの匂いがする。
「何かあったのか?」
「あのね……」
 アクィラはドアの前に立ち何だかもじもじしている。
「怖いから……一緒に寝てもいい?」
「あ?」
「だって部屋が静かすぎて……お化けが出そうなんだもん」
「何を……ガキかお前は」
「だって怖いんだもん! ソファでもいいから、この部屋で寝させてよ」
「まったく……」
 まるで子供みたいなことを言う。しかしまあ実際子供だ。
「俺がソファで寝るよ。お前はベッドで寝ろ」
「え、いいの?」
「良くないが、言ってもお前は聞かなそうだし。好きにしろ」
「分かった、ありがとう!」
 やれやれ。せっかくベッドで寝られると思ったのに。俺がソファに移ると、いそいそとアクィラはベッドに潜り込んだ。
「ウルクス、リンゴ食べる?」
 アクィラが雑嚢からリンゴを出した。
「いいよ、さっき食べた」
「ふうん。欲しくなったら言ってね、たくさん取ってきたから」
 がめつい奴だ。しかし、変に落ち込んでいたりしなくてよかった。記憶がないというのでは故郷に帰っても大変だろう。そのうち戻ればいいが……。
「ウルクス、お休み」
「ああ、お休み」
 俺はソファに横になり目を閉じた。アクィラがリンゴをかじる音を聞きながら、やがて眠りに落ちた。
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