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碧眼の魔性
第七話 地下施設
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「場所はこの上なのだが、君たちが飛び上がるには少々高すぎるか。回り道になるが、ついてきてくれ」
上とはこの三つ目の上の岩場のことらしい。五ターフは高さがありそうだが、こいつはさっき平然と飛び降りてきた。つまり逆に飛び上がることも出来るって事か? さっきの黒い面の男と言い、人間離れしている。
仮面を腰の金具にぶら下げ、弩を片手にアレックスは歩き出す。そしてアクィラの近くで立ち止まった。
「頭は痛くないか? 体に具合の悪いところは?」
「……無い」
「そうか、よかった。ではついてきてくれ。施設には水も食料もある。ゆっくり休むといい」
「食料……? パンもある?」
「ああ。焼きたてのものではないが、プレーンとブドウ入りがある」
「ブドウ?! 分かった、ついて行く……」
「ああ。では行くとしよう」
アレックスの後をアクィラはいそいそと付いて行く。こいつ、食い意地張ってるせいで攫われたんじゃねえのか?
「施設ね……何の施設だか」
この辺には遺跡の穴がたくさんある。拳大のものから家が丸ごと入っちまうくらいでかいものまで様々だ。そのうちのでかい奴をねぐらにしているのだろうか。そういう奴もいると聞いたことがあるが、しかしこんな白い鎧の奴がいたらきっと目立つだろう。最近来たのか。それとも巧妙に隠れているのか。ゆっくりできる場所であればいいが、果たして期待できるのかどうか。
アレックスはアクィラに合わせてかかなりゆっくり歩いていた。俺はあのジョンとか言う化け物が襲い掛かってこないかと気が気ではなかったのだが、アレックスは気にする風もなく歩いている。
さっき矢で射たからもう来ないと踏んでいるのか。それとも神経が図太いだけか。
「おい、アレックス!」
「何だ」
アレックスが足を止め振り返る。
「さっきのジョンって奴は知り合いなのか?」
「……着いてから説明しようと思ったが、では歩きながら話そう」
そう言い、アレックスは再び歩き始めた。
「まず彼と知り合いかどうかという質問に対してだが、知り合いだ。個人的な恨みや対立ではなく、これは部族間の対立なのだ」
「どことどこだ?」
「私達はモーグ族。彼らはデスモーグ族。かつては一緒だったが、考え方が違うため二つに分かれてしまったのだ」
「モーグ? どこの部族だ? 聞いたことないぜ」
「知らなくて当然だ。我々は隠れ潜んで生きている。一族以外のものに姿を見せることは、普通はない」
「それで、対立しているのが分かったが……奴は何をしようとしてたんだ? てっきりアクィラを殺そうとしているのかと思ったが、その頭の機械が必要なのか?」
「そうだ。奴らにとっては不可欠の技術だ。しかし危険すぎるため私達が封印する必要がある。その為に、シャディーンとタナーンに彼女を連れてきてもらった。私たちが保護できる場所までな」
「虫を操ると聞いたが、そんなことが可能なのか?」
「それ以上は君が知る必要のないことだ。忘れろと言っても無理だろうが、口にはしないことだな」
「ここまで巻き込んでおいてか?」
「これは私たちの戦いだ。君たち普通の人間には関係がない。そして、無関係のままで終わらせるのが私たちの役割なのだ」
「シャディーンとタナーンは死んだ! あいつらは何なんだ? あいつらはお前にとって関係ないのか!」
「彼らは仲間であり、私たちの目的に賛同した戦士たちだ。死んだことは残念だが、それは覚悟の上だろう。私や彼らが守ろうとしているのは一人や二人の命ではない。この世界そのものだ。シャディーンたちの死を軽んじる気はないが、それで歩みを止めることはない」
アレックスは感情のこもらない声で淡々と答えた。かっかしてるこっちが馬鹿みたいだ。言ってることは分かるが、だが、シャディーンたちには墓もない。あのまま野ざらしで埋葬もされないかもしれない。シデムシの餌だ。
坂になっている所を上がり、しばらく歩いた。ここはどこだろうか。行って戻って、三つ目の辺りかもしれない。あの岩場を飛んだり下りたりするのが最短というわけだ。
「もうじきだ」
正面には小山になった岩場がある。そこに穴倉があるのだろうか。
「ここだ」
そう言ってアレックスは立ち止まった。岩場。そうとしか見えない。
「なんだ? 施設ってのは……この裏か?」
「いや。ここだ。少し待て」
アレックスが仮面を被る。すると、少ししてから足の裏で何かが動いているのを感じた。微かに揺れている。
そして地面が開いた。開き戸のように地面が割れて左右に持ち上がり、その下には内部へと階段が続いている。その奥には白い空間があって光を放っていた。
「なんだ……これ」
「すごい」
アクィラと一緒になって驚いていた。
「この中だ。行こう」
アレックスが下へと降りていく。俺はアクィラと顔を見合わせ、恐る恐る階段への一歩を踏み出した。アクィラは俺の袖をつかんでついてくる。
不思議な場所だった。蝋燭や発光機が光っているのではない。壁全体がうっすらと光を放っている。壁面は金属製の大きな一枚物のパネルだ。差し渡し五ターフだろうか。そんな大きなものをこの地中に何枚も運んだのか? どうやって作ったのか見当もつかない。
少し歩くと後ろで音がし、入口が閉まっていた。もう戻れない。アレックスに付いて行くしかない。
「ここ、研究所に似てる……」
「何だって?」
白い壁。ところどころに機械樹の目のような物があって光っている。かすかに風の流れを感じるが、どこから吹いているのか分からない。この施設が何なのかわからんが、アクィラがいたケンキュウジョもモーグ族とやらが関係しているのかも知れない。
「部屋はいくつかあるが、寝室は後で案内しよう。ひとまずこの部屋に入ってくれ」
壁にドアがあった。アレックスが立ち止まり、右手を壁に埋め込まれた機械にかざす。するとドアが開いた。
アレックスに続いて部屋に入ると、そこも真っ白な部屋だった。香のような匂いがする。壁、ソファ、机、棚。そのどれもが白い。木なのか金属なのかもよく分からない。目がちかちかしそうだ。
「掛けてくれ」
アレックスは仮面を外し、ソファの隣に立った。俺とアクィラは促されるままソファに座る。
「色々と聞きたいこともあるだろうが、水を持ってこよう。それにパンも」
そう言い、アレックスは仮面を置き部屋を出てどこかに行った。
「変な部屋……全部白い」
「部族のしきたりなのか? モーグ族とやらの」
「かもね。知らないけど」
「ケンキュウジョもこうだったのか? 全部白い?」
「ううん。実験する部屋は白かったけど、全部じゃない。普通の……木とかでできた部屋もあった」
俺は目の前にあるテーブルを指でたたいた。
「金属……? へんな感触だ。木ではなさそうだが」
「……プラスチック」
「プラ? なに?」
「プラスチックだったかな、これ。鉄でも木でもない。油から作るんだって」
「油? 何で油が固まってんだ? 肉の脂は冷えると固まるが……全然違うな。訳が分からん」
「そうだね」
考えるのは諦めてソファにもたれかかる。上等のクッションだ。ああ、背中がかゆい。アクィラを背負ってたせいか背中の筋肉が凝り固まってムズムズする。
「これから私、どうなるんだろう……」
神妙な顔をしてアクィラが呟いた。
「これから……その頭の機械を取って、親の所に返してもらえるんじゃないか?」
「でも私、親の顔を思い出せない……何でだろう? どこに住んでたかも……何も思い出せない」
「……その機械のせいか?」
「分からない。実験のせいで忘れた……そうなのかな……私はどこに帰ればいいんだろう?」
「アレックスが知ってるんじゃないのか?」
「うん……」
沈黙が続いた。今の俺に言えることは、残念ながら何もなかった。気休めを言っても薄っぺらい。こういう時、俺は気の利いたことを言えない。
ドアが開き、アレックスが戻ってきた。
「待たせたな。水と食料だ。食べながら話すとしようか」
「パンだ!」
さっきの顔が嘘のようにアクィラの目が輝く。食い意地があって元気だから、まあいいか。
持ってきた水とパンは俺たちの前の机に置かれた。そしてアレックスは対面のソファに座る。アクィラは早速パンを手に取りかぶりついた。
「まず……最初に断っておくが、先ほども言ったように、ウルクス、君は部外者なんだ。何が起きているか知りたいかもしれないが、今以上に教えられることはない。私たちのことも、彼女についても」
「……ふん、ま、分かるぜ。首を突っ込まない方がいいってことはな」
知るという事は関わるという事。あのジョンみたいな奴や危険な虫に襲われる危険に首を突っ込むという事だ。何とか生きているが、このアレックスが来なかったら俺は死んでいた。命を懸けるほどの義理はない。
アクィラの事は気にかかるが……所詮は赤の他人だ。放っておくことはできないが、このアレックスが後を引き継いでくれるのならそれでいい。
「だが、一つ知りたい。お前たちはアクィラをどうするつもりなんだ? このまま生まれ故郷に返すのか? それとも……お前たちもこいつを利用するのか?」
「君には関係ない……と言いたいが、それでは納得すまいな。答えよう。私たちは彼女が安全に生活できるようにする。故郷に帰られるかは……残念ながら分からない。危険であればその可能性はなくなる。しかし私たちが彼女を利用することはない。私たちが行なおうとしていることは、封印だ」
「封印? どういうことだ」
「私達は旧世界の遺物を管理している。この施設然り、この鎧然り。アクィラの機械もそれに類するものだ。はるか昔に作られ今はもう忘れ去られてしまった力を、忘れられたままにするのが私たちの役目。永遠に眠らせる。それが仕事だ」
アレックスは言葉を切り、コップに水を入れて一口飲んだ。
「……彼女の頭部に埋め込まれた機械。その機能は危険すぎるんだ。デスモーグ族はその力を使おうとしているが、私たちは封印し、誰の手にも触れないようにしたい。だから私たちにとって、アクィラ自身は必要な存在というわけではない。ただ単に機械を封印したいだけだ。しかし被害者として我々には彼女を守る義務がある」
「機械を取り除くのか?」
「……どうするのか、何ができるのか、封印の方法を君に説明する気はない。万が一にもデスモーグ族に伝わる危険は冒せない」
「そうか……」
ケチな仕事ばかりで損をしてきたせいか、嫌なことばかりが思い浮かぶ。こいつらにとってアクィラが必要な存在じゃないとしたら、こいつらはアクィラを殺すんじゃないか? 生きたままどこかに隠すよりよほど簡単だ。殺して埋めりゃあ見つからない。
だが殺すためにわざわざ連れてこさせたというのもおかしい。ケンキュウジョから連れ出した時点で殺してどこかに隠すこともできただろう。
そう考えると安全に生かすためにここに連れてこさせたというのも理解できるが、しかし、どこまで信用していいのやら。
ああ、駄目だ。赤の他人、知らないガキ。そう思っても、思いきれない。情が……移ったのか。高々数時間の付き合いだというのに。俺はこいつの名前以外、こいつのことを何も知りはしないのに。
「本当にアクィラは……安全に……生きていけるんだな?」
「そうだ。安心したまえ。私たちが彼女を守る」
感情のこもらない声は言葉を空虚なものに感じさせた。しかし、俺にできることはない。こいつに託すしかない。
「だとよ、アクィラ」
「え?」
アクィラはパンを口いっぱいに頬張っていた。緊張感のない奴だ。
「俺はここまでだ。あとはこのアレックスに任せる。達者でな」
「……行っちゃうの? ウルクス……」
「そうだ。元々カドホック……ここまで送り届けるのが仕事だった。色々あったが、それは無事達成した。シャディーンとタナーンの墓は作っておく」
「うん……分かった」
どこか驚いたような顔をしながらも、アクィラはパンを食うのはやめない。まあ俺のことなどさっさと忘れた方がいい。殺されかかった経験など、子供には似合わないものだ。
「ウルクス。君のために部屋を用意する。泊っていくといい。今日いっぱいは様子を見て、デスモーグ族がいないことを確認してから出発すればいいだろう」
「そうかい……言っとくが宿賃はねえぞ」
「代金は不要だ。君には感謝してもし足りないくらいだ。謝礼はないが、しかしスリングの球ならある。必要であれば持っていくといい」
「そりゃ助かるね」
みんなスリングの球をくれるな。気前のいいことだ。
一晩この変な所に泊まって、それで帰る。妙な一日だった。帰ったら特別市でうまいものを食べよう。そして酒を飲み、忘れ、元の生活に戻る。
それが、俺の生き方だ。
上とはこの三つ目の上の岩場のことらしい。五ターフは高さがありそうだが、こいつはさっき平然と飛び降りてきた。つまり逆に飛び上がることも出来るって事か? さっきの黒い面の男と言い、人間離れしている。
仮面を腰の金具にぶら下げ、弩を片手にアレックスは歩き出す。そしてアクィラの近くで立ち止まった。
「頭は痛くないか? 体に具合の悪いところは?」
「……無い」
「そうか、よかった。ではついてきてくれ。施設には水も食料もある。ゆっくり休むといい」
「食料……? パンもある?」
「ああ。焼きたてのものではないが、プレーンとブドウ入りがある」
「ブドウ?! 分かった、ついて行く……」
「ああ。では行くとしよう」
アレックスの後をアクィラはいそいそと付いて行く。こいつ、食い意地張ってるせいで攫われたんじゃねえのか?
「施設ね……何の施設だか」
この辺には遺跡の穴がたくさんある。拳大のものから家が丸ごと入っちまうくらいでかいものまで様々だ。そのうちのでかい奴をねぐらにしているのだろうか。そういう奴もいると聞いたことがあるが、しかしこんな白い鎧の奴がいたらきっと目立つだろう。最近来たのか。それとも巧妙に隠れているのか。ゆっくりできる場所であればいいが、果たして期待できるのかどうか。
アレックスはアクィラに合わせてかかなりゆっくり歩いていた。俺はあのジョンとか言う化け物が襲い掛かってこないかと気が気ではなかったのだが、アレックスは気にする風もなく歩いている。
さっき矢で射たからもう来ないと踏んでいるのか。それとも神経が図太いだけか。
「おい、アレックス!」
「何だ」
アレックスが足を止め振り返る。
「さっきのジョンって奴は知り合いなのか?」
「……着いてから説明しようと思ったが、では歩きながら話そう」
そう言い、アレックスは再び歩き始めた。
「まず彼と知り合いかどうかという質問に対してだが、知り合いだ。個人的な恨みや対立ではなく、これは部族間の対立なのだ」
「どことどこだ?」
「私達はモーグ族。彼らはデスモーグ族。かつては一緒だったが、考え方が違うため二つに分かれてしまったのだ」
「モーグ? どこの部族だ? 聞いたことないぜ」
「知らなくて当然だ。我々は隠れ潜んで生きている。一族以外のものに姿を見せることは、普通はない」
「それで、対立しているのが分かったが……奴は何をしようとしてたんだ? てっきりアクィラを殺そうとしているのかと思ったが、その頭の機械が必要なのか?」
「そうだ。奴らにとっては不可欠の技術だ。しかし危険すぎるため私達が封印する必要がある。その為に、シャディーンとタナーンに彼女を連れてきてもらった。私たちが保護できる場所までな」
「虫を操ると聞いたが、そんなことが可能なのか?」
「それ以上は君が知る必要のないことだ。忘れろと言っても無理だろうが、口にはしないことだな」
「ここまで巻き込んでおいてか?」
「これは私たちの戦いだ。君たち普通の人間には関係がない。そして、無関係のままで終わらせるのが私たちの役割なのだ」
「シャディーンとタナーンは死んだ! あいつらは何なんだ? あいつらはお前にとって関係ないのか!」
「彼らは仲間であり、私たちの目的に賛同した戦士たちだ。死んだことは残念だが、それは覚悟の上だろう。私や彼らが守ろうとしているのは一人や二人の命ではない。この世界そのものだ。シャディーンたちの死を軽んじる気はないが、それで歩みを止めることはない」
アレックスは感情のこもらない声で淡々と答えた。かっかしてるこっちが馬鹿みたいだ。言ってることは分かるが、だが、シャディーンたちには墓もない。あのまま野ざらしで埋葬もされないかもしれない。シデムシの餌だ。
坂になっている所を上がり、しばらく歩いた。ここはどこだろうか。行って戻って、三つ目の辺りかもしれない。あの岩場を飛んだり下りたりするのが最短というわけだ。
「もうじきだ」
正面には小山になった岩場がある。そこに穴倉があるのだろうか。
「ここだ」
そう言ってアレックスは立ち止まった。岩場。そうとしか見えない。
「なんだ? 施設ってのは……この裏か?」
「いや。ここだ。少し待て」
アレックスが仮面を被る。すると、少ししてから足の裏で何かが動いているのを感じた。微かに揺れている。
そして地面が開いた。開き戸のように地面が割れて左右に持ち上がり、その下には内部へと階段が続いている。その奥には白い空間があって光を放っていた。
「なんだ……これ」
「すごい」
アクィラと一緒になって驚いていた。
「この中だ。行こう」
アレックスが下へと降りていく。俺はアクィラと顔を見合わせ、恐る恐る階段への一歩を踏み出した。アクィラは俺の袖をつかんでついてくる。
不思議な場所だった。蝋燭や発光機が光っているのではない。壁全体がうっすらと光を放っている。壁面は金属製の大きな一枚物のパネルだ。差し渡し五ターフだろうか。そんな大きなものをこの地中に何枚も運んだのか? どうやって作ったのか見当もつかない。
少し歩くと後ろで音がし、入口が閉まっていた。もう戻れない。アレックスに付いて行くしかない。
「ここ、研究所に似てる……」
「何だって?」
白い壁。ところどころに機械樹の目のような物があって光っている。かすかに風の流れを感じるが、どこから吹いているのか分からない。この施設が何なのかわからんが、アクィラがいたケンキュウジョもモーグ族とやらが関係しているのかも知れない。
「部屋はいくつかあるが、寝室は後で案内しよう。ひとまずこの部屋に入ってくれ」
壁にドアがあった。アレックスが立ち止まり、右手を壁に埋め込まれた機械にかざす。するとドアが開いた。
アレックスに続いて部屋に入ると、そこも真っ白な部屋だった。香のような匂いがする。壁、ソファ、机、棚。そのどれもが白い。木なのか金属なのかもよく分からない。目がちかちかしそうだ。
「掛けてくれ」
アレックスは仮面を外し、ソファの隣に立った。俺とアクィラは促されるままソファに座る。
「色々と聞きたいこともあるだろうが、水を持ってこよう。それにパンも」
そう言い、アレックスは仮面を置き部屋を出てどこかに行った。
「変な部屋……全部白い」
「部族のしきたりなのか? モーグ族とやらの」
「かもね。知らないけど」
「ケンキュウジョもこうだったのか? 全部白い?」
「ううん。実験する部屋は白かったけど、全部じゃない。普通の……木とかでできた部屋もあった」
俺は目の前にあるテーブルを指でたたいた。
「金属……? へんな感触だ。木ではなさそうだが」
「……プラスチック」
「プラ? なに?」
「プラスチックだったかな、これ。鉄でも木でもない。油から作るんだって」
「油? 何で油が固まってんだ? 肉の脂は冷えると固まるが……全然違うな。訳が分からん」
「そうだね」
考えるのは諦めてソファにもたれかかる。上等のクッションだ。ああ、背中がかゆい。アクィラを背負ってたせいか背中の筋肉が凝り固まってムズムズする。
「これから私、どうなるんだろう……」
神妙な顔をしてアクィラが呟いた。
「これから……その頭の機械を取って、親の所に返してもらえるんじゃないか?」
「でも私、親の顔を思い出せない……何でだろう? どこに住んでたかも……何も思い出せない」
「……その機械のせいか?」
「分からない。実験のせいで忘れた……そうなのかな……私はどこに帰ればいいんだろう?」
「アレックスが知ってるんじゃないのか?」
「うん……」
沈黙が続いた。今の俺に言えることは、残念ながら何もなかった。気休めを言っても薄っぺらい。こういう時、俺は気の利いたことを言えない。
ドアが開き、アレックスが戻ってきた。
「待たせたな。水と食料だ。食べながら話すとしようか」
「パンだ!」
さっきの顔が嘘のようにアクィラの目が輝く。食い意地があって元気だから、まあいいか。
持ってきた水とパンは俺たちの前の机に置かれた。そしてアレックスは対面のソファに座る。アクィラは早速パンを手に取りかぶりついた。
「まず……最初に断っておくが、先ほども言ったように、ウルクス、君は部外者なんだ。何が起きているか知りたいかもしれないが、今以上に教えられることはない。私たちのことも、彼女についても」
「……ふん、ま、分かるぜ。首を突っ込まない方がいいってことはな」
知るという事は関わるという事。あのジョンみたいな奴や危険な虫に襲われる危険に首を突っ込むという事だ。何とか生きているが、このアレックスが来なかったら俺は死んでいた。命を懸けるほどの義理はない。
アクィラの事は気にかかるが……所詮は赤の他人だ。放っておくことはできないが、このアレックスが後を引き継いでくれるのならそれでいい。
「だが、一つ知りたい。お前たちはアクィラをどうするつもりなんだ? このまま生まれ故郷に返すのか? それとも……お前たちもこいつを利用するのか?」
「君には関係ない……と言いたいが、それでは納得すまいな。答えよう。私たちは彼女が安全に生活できるようにする。故郷に帰られるかは……残念ながら分からない。危険であればその可能性はなくなる。しかし私たちが彼女を利用することはない。私たちが行なおうとしていることは、封印だ」
「封印? どういうことだ」
「私達は旧世界の遺物を管理している。この施設然り、この鎧然り。アクィラの機械もそれに類するものだ。はるか昔に作られ今はもう忘れ去られてしまった力を、忘れられたままにするのが私たちの役目。永遠に眠らせる。それが仕事だ」
アレックスは言葉を切り、コップに水を入れて一口飲んだ。
「……彼女の頭部に埋め込まれた機械。その機能は危険すぎるんだ。デスモーグ族はその力を使おうとしているが、私たちは封印し、誰の手にも触れないようにしたい。だから私たちにとって、アクィラ自身は必要な存在というわけではない。ただ単に機械を封印したいだけだ。しかし被害者として我々には彼女を守る義務がある」
「機械を取り除くのか?」
「……どうするのか、何ができるのか、封印の方法を君に説明する気はない。万が一にもデスモーグ族に伝わる危険は冒せない」
「そうか……」
ケチな仕事ばかりで損をしてきたせいか、嫌なことばかりが思い浮かぶ。こいつらにとってアクィラが必要な存在じゃないとしたら、こいつらはアクィラを殺すんじゃないか? 生きたままどこかに隠すよりよほど簡単だ。殺して埋めりゃあ見つからない。
だが殺すためにわざわざ連れてこさせたというのもおかしい。ケンキュウジョから連れ出した時点で殺してどこかに隠すこともできただろう。
そう考えると安全に生かすためにここに連れてこさせたというのも理解できるが、しかし、どこまで信用していいのやら。
ああ、駄目だ。赤の他人、知らないガキ。そう思っても、思いきれない。情が……移ったのか。高々数時間の付き合いだというのに。俺はこいつの名前以外、こいつのことを何も知りはしないのに。
「本当にアクィラは……安全に……生きていけるんだな?」
「そうだ。安心したまえ。私たちが彼女を守る」
感情のこもらない声は言葉を空虚なものに感じさせた。しかし、俺にできることはない。こいつに託すしかない。
「だとよ、アクィラ」
「え?」
アクィラはパンを口いっぱいに頬張っていた。緊張感のない奴だ。
「俺はここまでだ。あとはこのアレックスに任せる。達者でな」
「……行っちゃうの? ウルクス……」
「そうだ。元々カドホック……ここまで送り届けるのが仕事だった。色々あったが、それは無事達成した。シャディーンとタナーンの墓は作っておく」
「うん……分かった」
どこか驚いたような顔をしながらも、アクィラはパンを食うのはやめない。まあ俺のことなどさっさと忘れた方がいい。殺されかかった経験など、子供には似合わないものだ。
「ウルクス。君のために部屋を用意する。泊っていくといい。今日いっぱいは様子を見て、デスモーグ族がいないことを確認してから出発すればいいだろう」
「そうかい……言っとくが宿賃はねえぞ」
「代金は不要だ。君には感謝してもし足りないくらいだ。謝礼はないが、しかしスリングの球ならある。必要であれば持っていくといい」
「そりゃ助かるね」
みんなスリングの球をくれるな。気前のいいことだ。
一晩この変な所に泊まって、それで帰る。妙な一日だった。帰ったら特別市でうまいものを食べよう。そして酒を飲み、忘れ、元の生活に戻る。
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