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1.一番大切なもの
しおりを挟む身体が瓦礫に埋もれていく。
骨が折れ、肉が潰され、血管が破裂する。
今までのどんな仕事よりも最悪な気分だ。
肺から空気と一緒に血が吐き出される。
これが運命ならそれも受け入れただろう。
でも、と歯を食いしばる。
アイツ――アイツのニヤけた面だけは忘れられない。
あのスカした金髪野郎の顔。頬を歪ませた下卑た笑顔。
崩落する建物の外で笑いながら、潰される私達を見ていたあの男だけは。
身体が引きちぎれそうなくらいもがいたけれど、私の意識はそこで途切れた。
※
「どうやら死んでしまったようですね、ローズ」
次に気が付いた時、目の前には夜露に濡れたような綺麗な髪を持つ美女がいた。
私の名を呼んでいたけど、見覚えのない人だ。
天使か神様だろうか。信じていない人のところにも来るのね。
「私は貴方の神です」
神様って自分の事”神です”って言うのね。
だからだろうか、彼女を見ていると妙な安心感がある。聖母オーラとでも言おうか。
これから審判でも下されるのかな?
仕事とはいえ少なくない人を殺して来たから地獄行きだろう。
まあ丁度いい、言ってやりたいことが山ほどある。
「ですが貴方には一度だけチャンスがあります。なぜなら――」
続く彼女の言葉を聞いた瞬間、私は彼女に飛び掛かり、その細い首を絞めていた。
彼女が放った言葉がどうしても許せなかった。
「黙れ、私の家族を侮辱するなァああっ!!」
私の真紅の髪が逆立つのを感じる。
そんな状態でも美しい顔を崩さず、神様は続ける。
「貴方は、あるスキルを持って――」
が、その前にパキッと首が鳴り、同時に神様の全身が脱力する。
怒りのあまり、首の骨を折ってしまったのだ。
直後に視界が霞み、急激な眠気が襲ってくる。
ああ、今度こそ本当に死ぬんだ。
最期まで何をやってるんだ私は、神様まで殺してしまった。
そうだ、全部悪い夢だと思えばいい。
両親が殺されたことも、師匠が謀殺されたのも。
次はもっと幸せな夢を見たい、な……
※
うっすらとした光が眼球を優しく刺激する。
青臭い匂いが鼻に付き、不快に思いながら私は瞼を開けた。
どこかの森の中だろうか。じめじめとした空気が肌に纏わりついてくる。
「なんで、こんな所で――」
そうだ。私は一度死んだんだ。
あばらを押しつぶされる感触を思い出し、軽く吐いた。
胃の中に何も入っていなかったので、大した物は出なかったが。
「――う、ぷっ……生きて、る?」
口に広がる酸っぱい液体を吐き出しながら身体を確認すると、手足の欠損どころか外傷すらなかった。
血の臭いがこびりついた手も、傷跡だらけだった脚も、生まれたての様に綺麗になっている。
だが何があったのかが、いまいち思い出せない。私がどうやってここに来たのか、いつからいるのか。
死んだあと誰かに会った気がするんだけど、まだ寝起きで頭が冴えないせいだ。
私が頭を振って立ち上がると同時に、草をかき分けて一人の男が近づいて来た。
「おい、女がいるぞ」
続いて2人、3人と後ろから計5人の男たちが私を囲んだ。
年齢はそれほど高くないように見えるが、無精髭とぼさぼさの髪のせいで大分老けて見える。
装備を見た感じ冒険者のようだが、いささか年季が入りすぎているように思えた。
その男たちの視線。胸や脚に対する劣情を孕んだ視線を向けられて、ようやく自分が下着同然の薄いシャツしか身にまとっていない事に気付いた。
男の誰かがゴクリと唾を飲み込む音が聞こえる。
「嬢ちゃん、何処から来た? どうしてここに居る? 他に誰かいないのか?」
そんなこと私が聞きたい。
この状況、一番訳が分からないのはこっちだ。
こいつらが冒険者なら多少は信用できたのだが、生前の職業柄、違うと断言できる。
冒険者ならばもう少し装備に気を遣う。
おそらく冒険者崩れの野盗だろう。
そんな奴らが1人でいる女をどうするかなんて決まっている。
「困っているなら俺たちのアジトにくるか? 飯もあるぞ」
ほらきた。この場で襲わないだけエチケットがあるほうか。
私の返答を待つ間にも、肌に視線を送ることを止めない。
「いえ、折角ですけど結構です」
そう答えた途端、男たちの空気が変わった。
にじみ出ていた欲望を隠そうともしなくなり、剣を抜いた。
「うるせーな。つべこべ言わずに言うこと聞いてりゃいいんだよ」
鉄のひんやりとした感触が頬に当たる。
「やっぱこうするのが一番手っ取り早いよな」
ツーっと刃を肌に這わせて、唯一の衣服であるシャツを切り裂いていく。
内から娼婦にも滅多にみられないハリのある珠肌が露わになった。
それを見て鼻息を荒げた男たちは、我先にと手を伸ばす。
私は、恐怖で動けなかった。
5人の男相手にどうしろっていうのよ。
暗闇に乗じた奇襲でもなければ、牽制できる武器もない。
こんな状態で抵抗したら、余計に事態を悪化させる。
大人しく過ぎるのを待つしかない。
両親が殺された時みたいに、息を殺して、早く終われと願うしか――
――本当にそれでいいの? 奪われてるだけで満足? どこまで妥協して堕ちていくつもり?
内側で何かが弾けた。
生まれて初めて全身に血が巡ったような熱が湧いてくる。
心臓から指先、つま先まで、爆発しそうなくらいの力と――怒りが。
木の枝が折れる様な音で、はっと我に返る。
気が付いた時には自分の右手で男の手を握り潰していた。この骨が折れる音で我に返ったんだ。
「ぎゃぁあああああああああっ!!」
「ど、どうした!?」
一呼吸遅れて、手を潰された男が悲鳴を上げる。
他の男たちも驚いて、伸ばしていた手を止めた。
「汚い手で触らないで」
その隙にもう一人の股間を蹴り上げる。
男の足が地面から少し浮いた。
「~~っ!!」
何かを潰す感触がして、そいつは声も出さずに崩れ落ちた。
さて、これで2人がほぼ戦闘不能。
残りの3人をどうするか。
「この女ァ!!」
今度は明確な殺意を持って振り下ろされる剣を、距離を詰めて柄を抑えることで防ぐ。
その密着状態から鳩尾に膝蹴りを食らわせる――つもりが、勢い余って顎に当たってしまった。
しかも下あごの骨が砕ける勢いで。
さっきから身体の調子がいい、というか良すぎる。
何というか身体能力が数倍になっている。
「後ろに回れ!」
残り2人になったところで、前後に分かれて挟撃の形をとって来た。
だが跳ね上がっているのは身体能力だけじゃないみたい。
五感も鋭くなっていて、地面を踏む音、その強さでいつ攻撃してくるのかが手に取るようにわかる。
前の1人が斬りかかり、隙が出来たところに後ろの1人。
もっとも模範的であり効果的であるはず攻撃も、問題なく捌くことができた。
前方の剣を避けるのは想定通り、後方からの斬撃を飛躍した動体視力でもって逸らす。
そのまま男の手ごと潰すつもりで柄を握り、その男の腹に突き刺した。
手が柄と一体化しているので、引き抜こうにも引き抜けない男を尻目に、私は残りの1人と向き合う。
「て、てめぇ、能力持ちかッ!!」
「スキル? そう……スキルね。持ってるのかもしれないわね」
「とぼけんじゃねぇ! お前らのせいで俺がどんだけ惨めな思いをしてきたか……挙げ句には俺を殺すのかよぉ!?」
「ええ、その気持ち、よくわかるわ。私も転生者が原因で堕ちた人種だから」
でもね。
「私は諦めてない。何処までも喰らいついてアイツらの喉笛を切り裂いてやる。堕ちたところで這い上がる意志すら消えてるのなら、そのまま死になさい」
※
後にはそれぞれ腹と顔面を切り裂かれて、悶えている男。
どちらも致命傷だ、じきに絶命する。
返り血の付いた肌を拭って、赤黒い液体を眺めながら、先程の男の言葉を思い出す。
スキル、と言っていた。
確かに私の優れた身体能力と五感。
スキルだとすれば納得がいく。
段々と生き返る前の記憶が戻ってきた。
あそこで神を自称していた女、彼女が首を折られる前に何を言おうとしていたのか。
話をちゃんと聞いておくんだったと後悔するが、もう遅い。
信じられない事の連続で頭が追い付かないまま、一人立ち上がった男に向き直る。
最初に手を握り潰した男だ。
激痛だろうが、確かに死にはしないだろうな。
そんな状態でも、足を震わせながら私に切っ先を向けている。
ただ骨を折られるのではなく、握り潰されるのはかなり痛い。
普通は戦意喪失して逃げ出すのだが、まだ剣を向けて来るとは、それだけの気骨を他の事に向ければもっとマシな生き方ができただろうに。
落ちていた武器を彼の胴に投げつけると、皮の鎧を貫通して柄まで食い込んだ。
そのまま男の身体はくの字に折れ曲がり、木に磔にされる。
我ながらバカげた膂力をしてるな、と心の中で呟く。
確実に息の根を止めるために近づくと、かすれた声が聞こえた。
「た、頼む……助けてくれ」
「私が同じ事を言ったら、あんたは助けてくれた?」
いいえ、と自分でその問いに答える。
「あんたはきっと、笑いながら犯し続けるわ」
刃を振り下ろす作業を、あと4回、繰り返す。
胸を憤怒に染めながら。
今更殺すことに何を躊躇う必要がある? とりわけこいつらは私を犯そうとした連中だ。
だけど私が奪う側になるわけじゃない。これは単に私が奪われたものを取り返すだけの物語だ。
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