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僕は傷つかないから
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それからコウちゃんは忙しそうになって、家に来てくれない日はヨコさんの練習用モデルをしている。
今日は9時までには行くってメールが来た。明日の撮影で会えるのに来てくれるなんて、ヤバイ、嬉しい。
こんなに遅い時間に来るのは初めてで『残業 夜食』で検索する。
9時ギリギリに来たコウちゃんの表情は暗い。疲れてるのかな?
「ごめん、あんま来れなくて」
「大丈夫だよ。忙しいんでしょ?
ささ身のサラダとフルーツヨーグルト、どっちがいい?」
「え?ああ、じゃあ、ヨーグルト」
座っているコウちゃんにヨーグルトを置く。
「あんまないよね、このシチュエーションっ」
コウちゃんはヨーグルトじゃなく僕の顔を見る。
「元気だな」
コウちゃんが来てくれたから。なんて言ったら重いかな。遠回しに責めてるみたいかな。
「今日はいいことあったからかな」
「いや、最近明るくなったよ。ヨコと会うようになってから。ヨコとなんかあった?」
「特にないけど?
僕より辛い環境だったのに僕より明るいから見習おうとは思ってる」
「そうか。
ならもう、一人でも撮影行けるか?」
え
そうだよね。こんなに忙しいのに、元々の仕事じゃないのに。『うん、平気』って言わなきゃ。
言わなきゃ。『うん、平気!』って元気に頷いて。『今までごめんね、ありがとう。もう大丈夫だよ』って、言わなきゃ。
見つめ合っていたコウちゃんが吹き出した。
「お前っ、この前の犬と同じ顔してるぞ」
それはもしかして面白くて見せたあの動画のこと?
散歩だと思ってはしゃいでたのにお留守番だったあの犬のこと?
コメントで「雷落ちた?」とか「フリーズ(笑)」とか言われてたあの犬のこと?
「してないよ!」
『だから平気』って言わなきゃ。
「いいよ、行くよ。
今の顔めちゃくちゃツボ」
コウちゃんは「いただきます」と手を合わせてからヨーグルトを食べ始めた。
結局大丈夫って言えなくて今は撮影中なんだけど、もしかして今日来たくなかったのってカニちゃんと何かあったから?なんか微妙な距離感。
お互い気を遣いつつ避けてるみたいな。
ヨコさんも感じてるみたいで、近くに来て小道具を動かすふりをする。
「何か知ってます?」
ヨコさんが首を振る。
「喧嘩して仲直りした直後みたいな空気だけど、元々けんかするような仲でも性格でもないでしょ?」
喧嘩して仲直り。それって告白してきた子に『これからも友達で』って言った直後に似てない?
僕とクラスの女子がそうなった時に『喧嘩した?』って言われたもん。
コウちゃん振られた?
送ってもらう車の中で、僕は自分の気持ちが分からずに俯いていた。
昨日ちゃんと断ればよかった。コウちゃん可哀そう。これって僕にはチャンスじゃない?
グルグルしてわけ分かんない。
「どうした?黙って」
「わがまま言ってごめんなさい」
「どうした?急に」
「今日は何時に終わるの?僕が呼んだ分遅くなるんだよね?」
「……次の土日はゆっくりできるよ。どっか行きたい所ある?」
「家にいたい」
「遠慮すんなよ」
「ううん。最近『お菓子の人』って声を掛けられることが増えたから。二人で家にいよう?」
「……わかった」
誘惑ってどうすればいいの?
参考にしようと色っぽい写真を撮ってほしいってお願いしたら、ヨコさんは戸惑った。どうしても次の週末に間に合わせたいって頼み込んだら、条件付きで引き受けてくれた。
条件は僕の家、ポラロイド、服は脱がない。
全部僕を守るためのものだった。
金曜日の夜。撮影はゆっくりと始まった。普通の撮影。
「これ色っぽい?」
「こういうのは徐々に徐々にだから」
「じゃあ脱がなくていいから、ボタンを外す仕草をして。ためらいがちに、恥ずかしそうに」
四枚目でやっとそれっぽくなってきた。
次には結局全部のボタンを外した。でも写真は撮らない。
「ボタン全部外してるのが分かる感じで背中向けて」
ここでやっと五枚目。
本当に徐々にそれっぽくなっていく。
額と少し髪にも霧吹きを掛けられた。
「通せんぼする感じで壁ドンして」
そのタイミングでチャイムがなった。ちょうど見えるインターホンに映っているのは大好きな人。
「コウちゃんだ!」
なんで?明日まで会えないと思ってた。
「コウちゃん!?」
コウちゃんの顔も嬉しそうだったのにサッと色が変わった。
「お前、どうした?」
あ、服はだけてるし汗ばんでるみたいになってる。
靴を見て中にいる人が分かったみたい。
「ヨコか」
言いながら僕を押しのけて中に入る。
ほぼ真後ろをついて行ったつもりなのに、部屋に入ったらコウちゃんがヨコさんの胸倉を掴んでいた。
「お前なにやってんだよ!」
「撮影ですよ」
「撮影?」
コウちゃんは少し落ち着いたけどまだ怒ってる。
「本当にそれだけで済ますつもりだったのかよ?
玄樹はこんな見た目でもまだ子供なんだよ。変なことに利用するつもりなら」
「やめてよ!コウちゃんひどい!」
「は?俺?」
僕にタックルされてやっと落ち着いたみたい。
今日は9時までには行くってメールが来た。明日の撮影で会えるのに来てくれるなんて、ヤバイ、嬉しい。
こんなに遅い時間に来るのは初めてで『残業 夜食』で検索する。
9時ギリギリに来たコウちゃんの表情は暗い。疲れてるのかな?
「ごめん、あんま来れなくて」
「大丈夫だよ。忙しいんでしょ?
ささ身のサラダとフルーツヨーグルト、どっちがいい?」
「え?ああ、じゃあ、ヨーグルト」
座っているコウちゃんにヨーグルトを置く。
「あんまないよね、このシチュエーションっ」
コウちゃんはヨーグルトじゃなく僕の顔を見る。
「元気だな」
コウちゃんが来てくれたから。なんて言ったら重いかな。遠回しに責めてるみたいかな。
「今日はいいことあったからかな」
「いや、最近明るくなったよ。ヨコと会うようになってから。ヨコとなんかあった?」
「特にないけど?
僕より辛い環境だったのに僕より明るいから見習おうとは思ってる」
「そうか。
ならもう、一人でも撮影行けるか?」
え
そうだよね。こんなに忙しいのに、元々の仕事じゃないのに。『うん、平気』って言わなきゃ。
言わなきゃ。『うん、平気!』って元気に頷いて。『今までごめんね、ありがとう。もう大丈夫だよ』って、言わなきゃ。
見つめ合っていたコウちゃんが吹き出した。
「お前っ、この前の犬と同じ顔してるぞ」
それはもしかして面白くて見せたあの動画のこと?
散歩だと思ってはしゃいでたのにお留守番だったあの犬のこと?
コメントで「雷落ちた?」とか「フリーズ(笑)」とか言われてたあの犬のこと?
「してないよ!」
『だから平気』って言わなきゃ。
「いいよ、行くよ。
今の顔めちゃくちゃツボ」
コウちゃんは「いただきます」と手を合わせてからヨーグルトを食べ始めた。
結局大丈夫って言えなくて今は撮影中なんだけど、もしかして今日来たくなかったのってカニちゃんと何かあったから?なんか微妙な距離感。
お互い気を遣いつつ避けてるみたいな。
ヨコさんも感じてるみたいで、近くに来て小道具を動かすふりをする。
「何か知ってます?」
ヨコさんが首を振る。
「喧嘩して仲直りした直後みたいな空気だけど、元々けんかするような仲でも性格でもないでしょ?」
喧嘩して仲直り。それって告白してきた子に『これからも友達で』って言った直後に似てない?
僕とクラスの女子がそうなった時に『喧嘩した?』って言われたもん。
コウちゃん振られた?
送ってもらう車の中で、僕は自分の気持ちが分からずに俯いていた。
昨日ちゃんと断ればよかった。コウちゃん可哀そう。これって僕にはチャンスじゃない?
グルグルしてわけ分かんない。
「どうした?黙って」
「わがまま言ってごめんなさい」
「どうした?急に」
「今日は何時に終わるの?僕が呼んだ分遅くなるんだよね?」
「……次の土日はゆっくりできるよ。どっか行きたい所ある?」
「家にいたい」
「遠慮すんなよ」
「ううん。最近『お菓子の人』って声を掛けられることが増えたから。二人で家にいよう?」
「……わかった」
誘惑ってどうすればいいの?
参考にしようと色っぽい写真を撮ってほしいってお願いしたら、ヨコさんは戸惑った。どうしても次の週末に間に合わせたいって頼み込んだら、条件付きで引き受けてくれた。
条件は僕の家、ポラロイド、服は脱がない。
全部僕を守るためのものだった。
金曜日の夜。撮影はゆっくりと始まった。普通の撮影。
「これ色っぽい?」
「こういうのは徐々に徐々にだから」
「じゃあ脱がなくていいから、ボタンを外す仕草をして。ためらいがちに、恥ずかしそうに」
四枚目でやっとそれっぽくなってきた。
次には結局全部のボタンを外した。でも写真は撮らない。
「ボタン全部外してるのが分かる感じで背中向けて」
ここでやっと五枚目。
本当に徐々にそれっぽくなっていく。
額と少し髪にも霧吹きを掛けられた。
「通せんぼする感じで壁ドンして」
そのタイミングでチャイムがなった。ちょうど見えるインターホンに映っているのは大好きな人。
「コウちゃんだ!」
なんで?明日まで会えないと思ってた。
「コウちゃん!?」
コウちゃんの顔も嬉しそうだったのにサッと色が変わった。
「お前、どうした?」
あ、服はだけてるし汗ばんでるみたいになってる。
靴を見て中にいる人が分かったみたい。
「ヨコか」
言いながら僕を押しのけて中に入る。
ほぼ真後ろをついて行ったつもりなのに、部屋に入ったらコウちゃんがヨコさんの胸倉を掴んでいた。
「お前なにやってんだよ!」
「撮影ですよ」
「撮影?」
コウちゃんは少し落ち着いたけどまだ怒ってる。
「本当にそれだけで済ますつもりだったのかよ?
玄樹はこんな見た目でもまだ子供なんだよ。変なことに利用するつもりなら」
「やめてよ!コウちゃんひどい!」
「は?俺?」
僕にタックルされてやっと落ち着いたみたい。
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