その傷の味を知っている

ritkun

文字の大きさ
上 下
3 / 4

3

しおりを挟む
 振られた同士でくっつくなんてありがちな展開に雪矢ゆきやくんが流されるとは思えない。俺と雷打らいだくんは似ても似つかないし。
 傷の舐め合いって言ってたけど俺といて雪矢ゆきやくんは癒されるのか?

 頭がぐるぐるして、目が開いているのに見えている景色を処理できない。見慣れた無人の台所なんだから処理するほどの情報も無いのに。

 そこに現れた雪矢ゆきやくんはピントを調節した画像みたいにくっきりと俺の目に映った。
「まだいたの?」

 湯飲みの乗ったお盆をテーブルに置くと、俺の湯飲みをお盆に乗せる。俺はピンボケした背景を元に戻そうとしながらなんとか平静を装った。
「いや、えっと、おかわり?
 今度は俺が淹れようか?」

 雪矢ゆきやくんが少しだけ不思議そうな顔。
「いや昼だよ?」

 指さされた時計を見て驚いた。俺は3時間もぐるぐるしてたのか。

 4人でお昼を食べて、雷打らいだくんはソファで眠ってしまった。工房に入った日はだいたいそうで、15分くらいで起きる。

 かずにいは工房の換気扇が壊れてても気付かないくらい頑丈な人で、のんびり雷打らいだくんが起きるのを待ってから二人で工房へ戻っていった。

「で、まだぼーっとするの?」
 朝と同じように顔を近づけられて目を逸らすと片付けられた流し台。

 雪矢ゆきやくんが俺の左頬を右手で包んで視線を戻された。
「もしかして朝言ったこと気にしてる?
 『傷の舐め合い』って言ったけどさ、言ってみて気付いたんだ。俺」

 思わず両手で雪矢ゆきやくんの口を塞いでしまった。聞きたくない。『俺には雷打らいだだけ。誰も雷打らいだの代わりになんてなれない』きっとそう言うんだ。

 ソファで寝ている雷打らいだくんを見る雪矢ゆきやくんの顔。あんな風に見つめられたいと思っている自分に気付いた。同時にあんな表情にできるのは雷打らいだくんだけなんだってことにも気付いてしまった。

「どうしたらいいの?
 かずにいの孤独を知ってるのは俺だけだって思ってた。だから俺が一番近くにいられるって。でもそれじゃ駄目だった。
 またなの?
 俺は雪矢ゆきやくんの傷を知ってるよ。俺ならその痛みを解りあえる。でも俺じゃ駄目なんでしょ?」

 雪矢ゆきやくんが俺の両手首を掴んで自分の頭を後ろへ動かした。
「落ち着けよ」

 俺は恥ずかしくて悔しく悲しくて、雪矢ゆきやくんの手を振り払って自分の部屋へと走った。そして畑仕事で腕力はあるけど運動が得意ではない俺は部屋の前で雪矢ゆきやくんに追いつかれた。

 昔の押し売りみたいに体を割り込ませて後ろ手で扉を閉めた雪矢ゆきやくんに、恐怖や戸惑いよりも怒りに似た赤黒い感情がこみ上げる。

 こんなに好きだと分かりきってる俺と、俺の部屋に二人っきりになりにきたのはどうして?

 運動神経では勝てないけど腕力は俺の方が上。押し入ってきた勢いを利用して雪矢ゆきやくんを押し倒した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

突然現れたアイドルを家に匿うことになりました

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 「俺を匿ってくれ」と平凡な日向の前に突然現れた人気アイドル凪沢優貴。そこから凪沢と二人で日向のマンションに暮らすことになる。凪沢は日向に好意を抱いているようで——。 凪沢優貴(20)人気アイドル。 日向影虎(20)平凡。工場作業員。 高埜(21)日向の同僚。 久遠(22)凪沢主演の映画の共演者。

婚約破棄したら隊長(♂)に愛をささやかれました

ヒンメル
BL
フロナディア王国デルヴィーニュ公爵家嫡男ライオネル・デルヴィーニュ。 愛しの恋人(♀)と婚約するため、親に決められた婚約を破棄しようとしたら、荒くれ者の集まる北の砦へ一年間行かされることに……。そこで人生を変える出会いが訪れる。 ***************** 「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく(https://www.alphapolis.co.jp/novel/221439569/703283996)」の番外編です。ライオネルと北の砦の隊長の後日談ですが、BL色が強くなる予定のため独立させてます。単体でも分かるように書いたつもりですが、本編を読んでいただいた方がわかりやすいと思います。 ※「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく」の他の番外編よりBL色が強い話になりました(特に第八話)ので、苦手な方は回避してください。 ※完結済にした後も読んでいただいてありがとうございます。  評価やブックマーク登録をして頂けて嬉しいです。 ※小説家になろう様でも公開中です。

美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした

亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。 カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。 (悪役モブ♀が出てきます) (他サイトに2021年〜掲載済)

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。 その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。 その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。 早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。 乃木(18)普通の高校三年生。 波田野(17)早坂の友人。 蓑島(17)早坂の友人。 石井(18)乃木の友人。

すきなひとの すきなひと と

迷空哀路
BL
僕は恐らく三上くんのことが好きなのだろう。 その三上くんには最近彼女ができた。 キラキラしている彼だけど、内に秘めているものは、そんなものばかりではないと思う。 僕はそんな彼の中身が見たくて、迷惑メールを送ってみた。 彼と彼と僕と彼女の間で絡まる三角()関係の物語

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

処理中です...