今日、私と俺は同じ歩幅で。

朱雨

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12話

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風に飛ばされそうな綿毛を見るように、冬馬は真夏が生きていることを確認するために振り返った。


「なんで月宮が消えなきゃいけねーんだよ」
「だって周りと違うし……」
「周りと違うの嫌なのか?」
「嫌だよ……」
「月み……」
「確かに片足は無いけど普通に今まで生きてこれたから全然大丈夫なんだよ? でもさ、たまにいるんだよね。可哀想がられてイキってるって言ってくる人。私だってみんなとバスケしたいし、海だって行きたいのに……」


真夏の視線はだんだん下へと向かっていく。


「コンプレックスを言い訳に生きてるみたいで嫌なの……」
「そのコンプレックスってのは本当に月宮にとってコンプレックスなのか? デメリットなのか?」


真夏と冬馬は口を閉じたまま、見つめ合う。
時間が止まってしまったみたいだ。
長く喉に詰まっていた返事を真夏は吐き出す。


「……明瀬君には分からないよ」
「分かるよ」
「そんなわけない!」
「やりたいことやればいい」
「こんな体じゃ何もできないよ。バスケだって、水泳だって、運動会なんて楽しいって思ったことない」
「だから、俺とすればいいって言ってんの」


真夏にとってまさに青天の霹靂だった。
見開いた目からは涙が溢れていた。


「海だって花畑だって俺と行けばいいじゃねぇか」


暗い闇の中に閉じこもっていた姫を外の世界に連れ出してくれた王子様だった。
言葉遣いは悪いし、愛想も悪い。
それでも確かに真夏のことを救ってくれた。


「だからさ、月宮が生きるのを諦めないでくれ……」


冬馬は今にも消え入りそうな声を出す。
こんなにも弱い表情をする冬馬を見たことが無かった。


「いいの……?」
「いいよ。月宮のやりたいこともっと教えてよ」
「高校生活で青春送りたい……」
「おう」
「浴衣着て夏祭り行きたい」
「おう。花火も見ような」
「可愛い水着着てプールも海も行きたい」
「派手なのはだめな」
「ふふっ。うん」


頬を赤らめて涙目で笑う真夏を見て釣られて冬馬も笑う。


「前さ、ここで桜の話したの覚えてるか?」
「うん」
「俺さ、月宮がいうピンクとか桃色とか分かんないんだよね」
「それって……」
「そう、色弱なの、俺。別に珍しくないさ。男の10人に1人はそうなんだから。で、俺はその中の1型色覚ってやつ。赤と黒、ピンクと水色とかの識別がしづらいんだ」
「わ、私酷いこと言ってたよね……っ?! ごめん……」
「いいや。俺はさ、月宮よりも頭は悪いし、生き様も最悪だ。月宮がいたからだよ、学校楽しいって思い始めたの」
「え……?」
「ここで月宮と話せるのが楽しみなんだよ」


冬馬は優しく微笑む。


「月宮がさ、桜が綺麗だとか、春の花畑はチューリップとか芝桜が綺麗に咲いてるんだとかさ、俺の知らない色の世界の話をしてくれて楽しかったんだ」
「そう……なんだ……。よかった。私もここに来てお話するの好きだったから」
「いいね、両想いだね」


もう9月になるというのに空気が暑い。
そのせいか真夏の体温は一気に上がる。


「……ねぇ、明瀬君」
「なんだー?」


冬馬は正面を向き直した体を反って真夏を見る。


「もう1つお願いしてもいいですかね」
「いいよ」


真夏は深呼吸をする。
緊張かさっき泣いたからか、瞳は潤んだまま。
赤く染っている頬がとても可愛らしい。


「明瀬君のこと、名前で呼んでいいですか……?」
「ぶふっ!」
「な、な、なんで笑うの!」
「あははっ! いやいや、ふふっ……、なんでもない。いいよ、好きなように呼んでよ。俺も真夏って呼ぶからさ」
「うん、冬馬君」


名前で呼び合うのはまだ気恥しい2人はまた笑う。


「真夏はさ、好きな人いるの?」
「急だね」
「まあね。で?」
「いるよ」
「ふーん」
「そういう冬馬君はどうなんですか?」
「俺もね、いるよ」


止まっていた時間が動き出す。


「目の前に」
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