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第170話 過去編・花蓮ノ子守唄
しおりを挟む──花蓮理沙は実の母親の顔を知らない。
何故ならば、理沙を産むと同時に亡くなってしまったからだ。
実の父親は生きていたが、どうしても父親と呼びたくなかった。父は何かの薬を運ぶ仕事をしてるらしいが、毎日のように酒を飲み、酔った父に毎日のように私は殴られた。
ごめんなさいと何度謝っても、打たないでと何度も訴えても、父は怒鳴り散らして暴れ、手がつけられなかった。泣きながらアパートの隅に踞り朝を待つ。そんな生活が6歳までの私の毎日だった。
気を張らず寝れた記憶の無い毎日──だが、ある時を境に、理沙が心から熟睡のできた、奇跡なまでの偶然の話──〝花蓮ノ子守唄〟の話をしよう。
*
──俺が初めて理沙に会ったのは6歳の時、近くの公園のブランコに理沙が下を向きながら心底つまらなそうに座っていた時だ。
「お前、何かあったのか?」
ブランコに揺れる理沙に俺は話しかけた。
「……」
返事はない。チラリと目だけこちらを向いたが、その目は酷く煩わしそうだった。
──次の日も、次の日も、また次の日も、理沙はブランコに座っていた。
「食うか?」
俺は和菓子を差し出す。
栗モナカだ。
「……」
チラリとこちらを見たが、受け取る気配は無い。
だが、その時だ──
ぐうぅぅぅ……と、理沙の腹が鳴る。
その後、顔を真っ赤にした理沙は、引ったくるように栗モナカを俺から取る。
「おかわりもあるぞ?」
家の和菓子屋の栗モナカだ。
女の子は甘いものが好きと母さんに言われ、俺は家の栗モナカをポケットいっぱいに持ってきてみた。
「……いる……」
蚊の鳴くような小さな声だが、初めて言葉で返事してくれた。
俺も隣のブランコに腰かけ、おかわりを理沙に渡しながら、自分の分の栗モナカを食べる。
「俺は稗月倖真だ。お前名前は?」
もぐもぐと栗モナカを食べながら、一つ目の栗モナカを食べ終わると、ボソッと時間差で返事が来る。
「……理沙……花蓮理沙」
「そうか、花蓮……珍しい名だな? それに綺麗な名前だ、理沙、よろしくな──?」
「……っ……よろしく──後、ユキマサにそれ言われたくない。というか、ユキマサの家は和菓子屋さんなの?」
「へぇ、よく分かったな? 祖父の代から家は和菓子屋だよ」
「袋に書いてあったもん──〝和菓子屋・稗月〟って、最初は最後の漢字読めなかったけど、ユキマサに名乗って貰ったから、ピンと来た」
「稗月何て読みづらいからな、最初に名乗っといてよかったよ」
そーいや、初見で読めるやつには会ったこと無いな? 『えーと、これ何て読むの? なに月君?』とかしか言われない。
「私、そろそろ行かなきゃ。ごはんの時間だから、早めにスーパー回らないと、試食なくなっちゃう!」
「おい、待て、どういうことだよ?」
「……私、家にごはん無いの。父親が私が家でごはん食べてると怒るの。お金も無いし、スーパーの試食が私のごはんなの。だから、じゃあね!」
がし、
俺は理沙の手を掴む。
「全部は分からないから多分になるが、それはおかしいんじゃないか? 何で、家で飯食うと怒られるんだよ、お前、何も悪いことしてないじゃねぇか!」
「うん、家、おかしいの。いつも父親はお酒を飲んで私を殴るし、あんな奴、家族だなんて思ったこと一度もないけど」
寂しそうに、羨ましそうな目で理沙は俺を見てくる。
「そんなの虐待じゃねぇか! 何で、お前、そんなに諦めたような顔してんだよ! 怒れよ!」
「だって、どうしようもないじゃんっ! 私が怒っても、また叩かれるだけだもん! 私の気持ちなんて分からないでしょ! ユキマサに何ができるのよ! 余計なお世話よ! 放っておいてっ!」
バッと、俺を振り払い理沙は走り去ってしまう。
「あ、おい、待て!」
クソ……どうしろってんだ?
追いかけようとしたが、だが今日はこれ以上は何も話してはくれなそうなので、そっちは止めといた。
*
もう何なの! 簡単に言って、私だって……私だって、こんな生活……本当は嫌に決まっている。
スーパーに向かいながら、理沙は歩いている。
ユキマサが追ってくる気配は無い。
──数分歩き、スーパーに着くと、理沙は試食コーナーを回る。
「あら、お嬢ちゃん、今日も1人?」
「……はい」
試食のおばちゃんが話しかけてくる。
「あ、あの、試食っていただけませんか?」
「え、ええ、そうね、でもね、試食はね買ってくれる人の為の試食なんだけど、お嬢ちゃん、買う気あるのかしら?」
「ちょ、ちょっと、小さい子なんだから、そんなこと言わなくていいでしょ、毎日試食に来てるのも何か理由があるのよ──多目に見てあげなさい、可哀想な子なんだから」
もう一人の店員さんが試食のおばちゃんに耳打ちしているが、話は丸聞こえだった。
悔しい……悲しい……情けない……人様からの目がこんなに痛いだなんて6歳の理沙は知らなかった。
バッと、私はその場から走り出す。
よくわからないけど涙も出てきた。
(今日は帰ろう……)
ドスン!
理沙は誰かとぶつかる。
「痛っ」
ぶつかったのは柄の悪そうな小太りの男性だ。
「てめぇ、クソ餓鬼! 服にコーヒーかかっちまったじゃねぇか! どうしてくれんだ、あぁん?」
私は胸ぐらを掴みあげられる。
「ご、ごめんなさい」
「ごめんですむわけねぇだろ!」
私に拳が振るわれる。
ギュッと目を閉じ、次の瞬間来るであろう、痛みに私は覚悟を決める。
……
だが、数秒たっても、その痛みは来なかった。
「──おい、小さい子を相手に何やってんだ?」
男の人だ、後ろ髪はかなり長く、ヘアゴムで縛っている。色は黒、身長は高く、年齢は20代後半ぐらいだろうか? その人が柄の悪い人の手を掴んでいる。
「何だ、てめぇ、離しやがれ!」
その人が助けてくれた人に殴りかかる。
が、
その黒髪の人は、虫でも追い払うかのように、パシッと拳をはね除けると、殴りかかった柄の悪い人が手を押さえて叫び始める。
「いてぇぇぇ! お前、何しやがった! ひぃ!」
と、その時だ、
「──警備員さん、こっちでーす!」
女性の声だ。騒ぎを聞き付け、このタイミングで警備員さんを呼んでくれたらしい。
「クソ、覚えてやがれ!」
手を押さえながら柄の悪い男が去っていく。
「グッドタイミングだ──吹雪」
「いいえ。それにあなたこそお怪我はありませんか?」
「おうよ、って、俺より、お嬢ちゃんの心配をしなきゃだな、大丈夫かい?」
私に手が差しのべられる。
私の一回りも二回りも大きい大人の手だ。
「えっと、あの、はい……」
恐る恐る私は手を取る。
手を取られ、立ち上がると、
「こんな小さな子に手をあげるなんて信じられない、怪我はない?」
隣の長い黒髪の色白な女の人が私の服を優しく払いながら質問してくる。
「……だ、大丈夫ですっ……」
私は何となく恥ずかしくて目を逸らしてしまう。
「君、よく一人で試食を食べてる子よね? ご両親は一緒じゃないの?」
「つーか、自分の子がこんな目にあってるってのに、どこほっつき歩いてんだ? 俺が一言ガツンと言ってやるぞ?」
そんな二人の質問に、
ふるふる。
と、私は首を横に振る。
「ごめんなさい、私、いつも一人だから。母はいません。父はいますが、私には関わりません……」
そう告げると私はダッと走り出す。
「あ、ちょっと!」
私は走った、そして何故だか涙が出てきた。
こんなの私は慣れている筈なのに──
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