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第123話 日暮れの異世界
しおりを挟む日が暮れ、異世界の太陽が沈み始める──
「太陽が沈んできたな、あの方角は西か?」
「うん、西だよ」
どうやら、この異世界の太陽も東から昇り、西へ沈むらしい。ということは、この異世界の星も自転して、異世界の太陽の回りを周っているのだろうか……
そう考えると何か親近感が湧くな。
呑気なまでに、俺とクレハは並んでエルクステンの街の外を歩きながら、そんな会話をして歩く。
と、言っても、ここは防衛網や防衛壁の張られてない街の外。いつ魔物が出ても可笑しくは無い場所だ。
「クレハ、ちょっと遠くまで行くけどいいか?」
「うん? 私は大丈夫だけど、何処まで行くの?」
「取り敢えず、あの山を越えてみようかと」
と、日が沈んで行く山に俺は指をさす。
ミリア湖やルスサルペの街とは反対の方面だ。
「え? い、今から!?」
「ああ、だから少し急ぐぞ? ちょっと失礼──」
そう言うと俺はクレハを抱え上げる。
まあ、所謂──お姫様抱っこだ。
「え、ちょ、わ、ゆ、ユキマサ君///」
「悪い、嫌だったか?」
「い、嫌じゃない……その……全然全く」
「そりゃよかった。ちょっと走るから、ちゃんと掴まってろよ」
「走るって──え、わ、きゃ!」
クレハの言葉の途中、遮るように、俺は──ダン! と、地面を蹴り、そのまま高速で走り出す。
くねる道をドンッ! と、一気に地面をまた蹴って飛び上がり、山へ続く森に入ると、木から木を、ぴょんぴょんと飛び移りながら、どんどん先へ進む。
「わ、ど、どういう状況!? こ、これって、お、お姫様抱っこっ/// ──ど、どうしよう!?」
顔を赤くし、次から次へと道無き道を移動する俺に抱えられるクレハは、困惑した様子だ。
「心配すんな、悪いようにはしない」
跳んだり、走ったり、飛び上がったりしながら進み、付近の魔物の様子も確認する。
感じた感想を簡単に言えば、異世界初日の昼間と比べると、やはり夜のが辺りは嫌に騒がしい。
「夜は大型の魔物が多いみたいだな」
「そうだね、夜は危険な魔物は多いよ。ここら辺だと──」
と、その時──
家屋ぐらいある、背中から肩にかけて、何匹も蛇が生えた大きな熊のような魔物が現れ、俺達に飛びかかってくる。
それを俺は避けつつ……
ドンッ! と、その魔物の横腹を蹴り飛ばす!
すると、その魔物は勢い良く吹き飛んで行き、少し先にある深めの谷へと落ちていった。
あーあ、ドロップアイテム拾い損ねたな、こりゃ。
「何なんだ、今の熊は? 肩から蛇生えてたぞ?」
「さっき『ここら辺だと蛇熊とか出るから気を付けてね』って、言おうとしたんだけど……今のが蛇熊だよ」
クレハは蛇熊が落ちていった先の谷を見ながら、少し呆れ顔で俺を見てくる。
「怪我は無いか?」
「え……あ、うん、大丈夫だよ……///」
クレハは顔を更に赤らめながら、俺から少しだけ視線を逸らす。取り敢えず、怪我は無さそうだな。
と、そんな事を考えていた、その時──
「──ッ!? 気を付けろ! 何か飛んで来るぞ!」
「えっ! ど、どこ!?」
すると──
──ガサガサッ!! バキバキバキ!!!
と、音を立て、近くの木々を破壊しながら、何かが一直線に俺達の方へと吹き飛んで来る。
(いや……より正確には吹き飛ばされて来ている……)
「人だな」
お姫様抱っこで抱えていたクレハを俺は背後に一度地面に下ろし、俺は吹き飛んできた人間をガシッと手で受け止める。
その吹き飛んできた人間は──二人……といっても、片方の人間が、もう一人の人間を庇うように、抱き締めた状態で吹き飛んできた。
片方はメイド服を着た黒髪のポニーテールの二十代ぐらいの女性だ。メイド服はボロボロで、もう一人の高そうなドレスを着た、薄いピンク色の髪の少女を自身の右手で必死に抱えて守っている。
そしてメイド服の女性は肩から先の左腕が無い。まだ新しい傷だ。軽い応急処置程度はしているみたいだが、ポタポタと少しずつ血が垂れてしまっている。
「……れ、レヴィニアお嬢様……ご無事ですか……」
「イルザ! イルザ! しっかりして私は無事よ! お願いだから、今は貴方自身の心配をしなさい!」
イルザと呼ばれたメイド服の女性は朦朧とする意識の中で、お嬢様と敬称を付けて呼んだ、ドレスの少女の安否を何よりも優先と言った様子で声を絞り出す。
そしてレヴィニアと呼ばれた少女は、必死にメイド服の女性の名前を泣きながら、叫ぶように呼ぶ。
「おい」
「ッ!?」
「ひっ」
俺は普通に声をかけたのだが、二人は以上なまでに俺に驚いた反応を見せる。
どうやら、何かに焦りすぎて、俺にも、俺の隣にいるクレハにも今の今まで気づいかなかった様子だ。
「ひ、人!? ──お、お願いします! お嬢様を連れて、今すぐに逃げてください! 私が時間を稼ぎます! 早くしないと、あれが……あれが来る!」
「嫌よ、イルザ! 貴方も一緒に逃げるのよッ!」
俺に向き直り、すがり付くように頼むメイド服の女性の目は、真剣で──でも、そのあれとやらに、とても怯えたように見える。
そんな二人を見て、心配し、何かを言おうとするクレハを、俺はそっと左手で制止する。
「……おい、クレハ、こいつら連れて下がれ。どうやら、こいつらの言うあれとやらが来たみたいだ──」
俺はクレハと二人を庇うように、一歩前に出る。
すると、バキバキバキッと、辺りの木々を根から巻き上げ、黒い渦を巻く異様な空間が近付いてくると、その渦の中から、底冷えするような嫌な声が響く──
「──何だ、邪魔が入ったか?」
現れたのは、やせ形の人型の男性? ──いや、人間にしては頭には黒い二本の角があり、腰の辺りからは蜥蜴と言うよりは、恐竜のようなゴツイ黒い尻尾が生えている。
赤く鋭い目の目付きは悪く、口には牙もある。肌は黒く堅い鱗なような物で覆われているみたいだ。
そして禍々しく、圧倒的な存在感を放っている。
「「……ッ!!」」
そしてコイツの登場に、二人はこの世の終わりでも迎えたかのように、目を見開き、息を呑むのだった。
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