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第107話 ミリア・ハイルデートはミリアである28
しおりを挟む──聖女様が帰ってから10日が過ぎた。
あれから、私は家の敷地内から出ていない。
団子屋のおばちゃんが顔を出してくれたけど、『ごめんなさい。今は少し放っておいて』と私は足を運んでくれたおばちゃんに言ってしまった。
お母さんの事で私に気遣ってくれるおばちゃんといると、何故か変にお互いがぎこちなくなってしまう。
それが何だか、私とおばちゃんに変な距離ができてしまいそうで嫌だった。
だから、少しでも落ち着いたら、今度は私から会いに行こうと思う。
そしたら、また『ごめんなさい』を言わなくちゃ、おばちゃんにはいっぱい迷惑をかけてしまった。
他に変わった事と言えば、私は家の中にいる事が少なくなった。
家の中にいると、どうしても落ち着かない。
何回も思ってしまうけど、もうお母さん達がこの家に居る事も、会うことも、この先何年、何十年、何百年、何千年が経とうが二度と来ない。
あの時間には、もう絶対に戻れない。
そう考えると、毎度の如く、嫌な汗が溢れ出てきて、頭痛がして、目がぐるぐるとしてくる。
それは、家の中の何気無い場所や、空間をふと見る度に、そんな嫌な考えが頭の中を過ってくる。
意識しないようにしても、無意識に考えてしまう。
今の私には、それがとても耐えられなかった。
だから、私は基本的にお墓の前にいる。
今の私はこの場所が一番落ち着いてしまう。
シャワーとトイレの時以外は私はいつもここだ。
その2つの時だけ、私は家に入る。
寝る時もここ。地面に薄いシートを敷いて、軽い布に包って寝ている。
日中は、お母さん達へのお墓に供える為、お花を湖の近くや森へ採りに行ったりする。
お水は家の近くにある湧水を飲んで、食事は森で採れた果物を食べたり食べなかったりだった。
お母さんが亡くなってから、全然お腹が空かない。
戸棚に仕舞っておいた残りのお団子も、どうしても食欲が湧かず、全部お墓に供えてしまった。
その供えていたお団子達は、いつの間にか無くなっていしまっていたのだが、それは森の鳥や小動物達が持っていったみたいだ。こないだ、たまたまチラっと、お団子を持って行く小動物の姿を見た。
──バサリッ
「タケシ……」
湖の近くに咲くお花を摘んでいると、タケシが現れる。
「ガウ」
そして地面に降りてきたタケシは、私を半円状に囲むように、ぐだりと座り込む。
そんなタケシと一緒に私もその場にペタンと座る。
「ねぇ、タケシ、お母さんも死んじゃったんだ……」
この事は、もう何度もタケシに伝えた。
「でもね、私、お母さんが亡くなる数時間前に、一緒にお粥も食べて、いっぱいお話をしたんだよ……本当だよ……お父さんの事もタケシの事も話したんだよ……」
ぐしぐしと目を擦るミリア。
あの時の事を思い出すと、どうしても涙が溢れてくる。
あの時、お母さんと何でもっと話さなかったのか。
何で睡魔に負けて寝てしまったのか。
どうして、もっとお母さんの様子を看ていなかったのか──
私は、それがどうしても悔やみきれなかった。
「ガウッ」
タケシが私の身体の何倍もある大きな顔を近づけて、優しくスリ寄って来る。
私を励ましてくれているのだ。
長い、長い時間がゆっくりと流れていく。
タケシと話して少し元気が出たけど、これからずっとこんな、自分がグズッている毎日が続くと思うと、自分への情けなさと不安で、私は気が遠くなった。
*
──そんな毎日が更に10日が過ぎた。
気が滅入ってきた私は、気晴らしに沢山の食事を摂ることにした。
恥ずかしながら、私はここでおばちゃんに会いに行った。
お金を持って、お団子や食材を買いに行く。
私が顔を出すと、嬉しそうにおばちゃんは笑って抱き締めてくれた『変に突き放すようにしてごめんなさい。私、頭がいっぱいいっぱいで、何か変にギクシャクしちゃいそうだったから』と謝ったら『いいのよ、何も謝ること何て無いわ』と、更に私の身体を優しく抱き締めてくれた。
おばちゃんのお店のお団子とおにぎりを買い、それと、街で売ってるお肉や野菜等の食材をおばちゃんに頼んで、いくつか買ってきて貰った。
帰り際、お団子屋のおじちゃんが『これも食べな』と、お店のお饅頭をくれたのが凄く嬉しかった。
──私は沢山の食料を持って家に帰る。
家に帰ると、買ってきて貰った食材で料理を作る。
オムレツ、サラダ、縞牛のステーキ、野菜の塩スープ、これらは昔お母さんに習った料理の数々だ。
それとおばちゃんの家のお団子とおにぎりとお饅頭。食べ合わせはバラバラだけど、私の好きな食事のフルコースになった。後は森で採れた果物も付ける。
それらを持って私は湖へと向かった。
ちょっとしたピクニックだ。
綺麗な景色を見て、美味しいごはんを食べれば、きっと、私の心も少しは気が晴れてくる筈だ。
持ってきた料理を並べて、私は食事を摂る。
「いただきます」
ぱくっとサラダを食べる。
はむっとオムレツを食べる。
もぐっとステーキを食べる。
でも……
「……味がしない……」
私は慌てて、他にも、スープ、おにぎり、お団子、お饅頭、果物も、片っ端から口に運ぶが……
「……美味しくない……何で……」
別に風邪を引いてるわけでも、鼻が詰まってるわけでもないのに……ごはんの味が全くしない……
──私はごはんを食べることも大好きだった。
なのに、今は大好きなごはんの味すら感じない。
「……好きな事も……全部無くなっちゃった……」
ひぐっと泣き出すミリア。
でも、食事は続ける。
ごはんは無駄にしちゃダメだから。
それはお父さんにもお母さんにも教わった大切な事だ。
それでもミリアは味を感じようと、調味料を多く使って食べたりもしてみるが、それでも味はしない。
おにぎりに塩をこれでもかと付けて食べたが、塩が口の中でジャリジャリするだけで、味はしない。最後は気持ち悪くなってきて、吐き出してしまった。
時間をかけて、ミリアは食事を食べ終える。
「ごちそうさまでした……」
こんなに満足しない食事は初めてだった。
ゴロンと、ミリアはその場に仰向けに寝そべる。
気晴らしが気晴らしにならなかったミリアは、ショボンとショボくれながら、ボーっと、何処までも青く澄み渡る空を仰ぎ、ゆっくりと流れる雲を目で追う。
「……私、何してるんだろ……」
*
──ハイルデート家・敷地内 湖──
その湖周辺の見晴らしの良い、少し高台の場所。
──ヒュン! パッ!!
そんな場所に突如、二人の人影が現れる。
「エメレアちゃん、見て! 凄く綺麗な湖だよ!」
「ええ、クレハ、とっても素敵な所ね!」
何処からか〝空間移動〟のスキルで現れた、人間とエルフの二人の少女は──目に映る神秘的で綺麗な湖の景色を大きく見渡し、感嘆の声をあげるのだった。
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