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第90話 ミリア・ハイルデートはミリアである11
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──その日、ミトリは夢を見た。
昔、トアと話した時の夢である。
『もしも、私が死んだ時は、最後だけは笑って送り出して欲しいかな』
『何の話し? それ?』
唐突な話しの切り出しだった。
後から聞いてみれば、この日の前日に、他の冒険者のパーティーが全滅した事件があったらしい。
『そのまんまの意味だよ。簡単に死ぬ気は無いけど、冒険者っていうのは、いつも死と隣り合わせだからね』
お茶を飲みながら、いつものように優しげな表情のトアが、少し寂しそうな雰囲気で話している。
今思い出してみれば、トアが自分の事でこんな風に頼み事をしてきた事など、後には無かった気がする。
『嫌よ、もっと納得した理由を聞かせなさい』
『もし私が先に旅立つ事があったら、最後だけは笑って送って欲しいかなって、ふと思ったんだ──のろけた話しだけど、私は1日に1回はミトリの笑った顔が見たいしね』
『……考えておくわ。期待はしない事ね、貴方に先立たれたとして笑ってられる自信は無いわ。それに知ってるでしょ? 私、こう見えて泣き虫だもの』
『そうだったね。まあ、頭の隅にでも覚えていておくれ』
いつものように優しく笑うトア。
そんないつか見た同じ光景の夢が流れていく。
そして、次にミトリが、この夢の中でトアに話かけたようとした──その瞬間、視界がぐるりと回る感覚があり、ミトリはここで夢から覚める。
「──はッ! 待って、トアッ!」
ガバッと起き上がり、ミトリは声を上げる。
時刻は真夜中。やけに嫌に感じる静けさの中で、ミトリは目を覚ます。
「何なのよ……何でなの……ごめんね……トア……」
窓からは、木の葉を揺らす風の音が聞こえ、部屋の隙間からは、肌寒い風が流れ込んでくる。
頭がおかしくなりそうなぐらいに、ゆっくりと流れるのを感じるこの時間の中で、ミトリはポロポロと大粒の涙を流す。
(ごめんね。ごめんね……トア……あのお願い……私やっぱり無理だったみたい……)
『最後だけは笑って送り出してほしい──』
そんなミリアの生まれる前に、何時かトアと話した言葉を、今になって夢を見てようやく思い出す。
頭の中が、生まれてから、過去最大級に混乱していて、思い出す事ができなかったが……
それでも、最後までそれを思い出す事のなかった自分にミトリは嫌気がさす。
(ダメね……私は最初から最後まで泣いてばかり)
ミトリは手で涙を拭う。
すると、その時。
「……お母さん?」
「ひゃ! み、ミリア、ごめんね。起こしちゃったかしら」
自分にくっ付いて寝ていたミリアが、目をごしごしと擦りながら起きてしまう。
「お母さん泣いてる……大丈夫?」
「ええ、ちょっとね。大丈夫よ」
娘に泣いてる所を見られてミトリは顔を赤くしながら、
「少し夢を見たの。昔の夢よ」
泣いてるのを見られた恥ずかしさを誤魔化すように、ミトリは自分も横になり、ミリアを抱き締めながら話し始める。
「昔、トア……お父さんに言われたのよ『私が死んだ時は最後だけは笑って送り出してほしい』って。でも、ダメね……夢の中でやっと思い出すなんて。結局、最後も笑って送り出してあげられなかったわ」
自虐的にミトリは話す。
「お母さん。最後は笑って送れてあげられてたよ?」
「え?」
間の無い返しにポカンとするミトリ。
「最後のシチューみたいな空。あれが、私達が最後にお父さんを送り出した時。その時──お母さん、ちゃんと笑えてたよ?」
「え!? あっ……!」
ようやく、ミトリはその時の事を思い出す──
確か、光芒の光射す夕方の空を『シチューみたい』と言うミリアの言葉が、ツボに入って笑ってしまっていたのだ。
無意識だったのでミトリはその事を忘れていた。
そして、ミリアにとってはお家に入るまでが見送りだったのだ。
もしミリアと一緒に居た私が、ミリアと同じ感覚でお見送りを終えたと考えれば、最後に見たあの空を見て私が笑っていたのなら──結果的には、最後だけは笑って送り出したと言っていいのでは無いだろうか?
勿論、たまたまに過ぎないが……
どうしても、どうしても、そんな都合のいい考えが頭に浮かんで来てしまう。
これ以上もう後悔をしたくない。
これ以上もう新たな理由で泣きたくない。
そう思ったミトリはちょっとだけズルをした。
「ごめんなさい。ミリア1つ聞いてもいい?」
ミリアに聞こう──ズルい話だが、ミリアにこの話の審判をしてもらおう。その方が、答えが良くても悪くても、自分の中で気持ちの整理がつく気がする。
「……? どうしたの?」
ミリアは頭に『?』を浮かびながら返事をする。
「私……最後だけは笑って……トアを送り出してあげれたかな? あの時のお願い……果たせたのかな……?」
ミトリは口を手で覆い、
また、涙を流しながらミリアに質問する。
我ながら、自分の娘に泣きながら何を聞いているのかとミトリは思う。
でも、この質問はもうミリアにしかできない。
「うん。お母さんはお父さんを最後は笑って送り出してたよ。悲しくて、辛くて、寂しいけど……でも、もし私がお父さんの立場なら──私も、ずっと泣かれるよりは、最後ぐらいは笑ってる顔が私はみたいな」
──がし!
気がつくと、ミトリはミリアを無意識に思いっきり抱き締めていた。
『私がお父さんの立場なら──』
本当にそのとおりだ。人其々もあるかもしれないが、もし私がトアの立場なら、泣いてばかりじゃなく、最後には自分の大好きな人の笑った顔を見せて送り出して欲しい。いつかまた逢おうと──
「よかった……私……最後に笑えてたのね……あの時のお願い……偶然にも……果たせてたのね……」
その答えを教えてくれたのも、あの時、最後に笑わせてくれたのもミリアだ。
感謝してもしきれない、愛しい感情が溢れてくる。
更に大粒の涙を流しながら、ミトリはミリアを抱き締める力を強くする。
「ふぇ……うぅ……」
それにつられてミリアも泣き始める。
「あ、ご、ごめんね。ミリア、私、お母さんなのに泣いてばかりで……ごめんね……」
涙を拭いながら謝るミトリ。
「ううん……泣くのは悪いことじゃないってお父さんも言ってたよ。だから、お母さんが謝る必要ないよ」
「ミリア……」
本当にこの子は6歳なのかと思うぐらいに、こういう時、ミリアは人の気持ちを汲んでくれる。
それに甘えてしまう自分に蹴りを入れてやりたい。
でも、今だけは、この時だけは、泣かせて欲しい。
ミトリはミリアに抱きつき、一頻り泣いた。
ミリアも泣いた。
泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いた。
それでも、先に泣き疲れて寝てしまったのは……
──ミリアの方だった。
寝てるミリアに布団をかけ。
もう一度、ミトリも就寝にしようと布団を被る。
ミリア──私とトアの子。
優しくて、可愛くて、私の大切な最後の家族。
「ミリア……ありがとう」
理由を述べてたら、朝になってしまうので──
ミトリは少ない言葉で、沢山の想いを込めた言葉を呟き、そっと自分も目を閉じると、直ぐに睡魔がやって来て、そのまま朝まで、泥のように眠るのだった。
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