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第十二章
西区画
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「ここなら見つからないかな…」
首都セダンの西門付近。人気スイーツ店「マッツォ」の屋根の上からエイルは街の様子を眺めていた。
足元のスイーツ店の中ではあるカップルのいちゃつきが醸し出す甘々オーラにあてられて他の客がブラックコーヒーしか注文しなくなるという事態が発生していた。
「……サイサリス…か…」
エイルは先日、メイリスから授けられた通り名について考え始めた。竜の言葉で『至高の武人』を意味する名前である。
「そんなの…僕には…」
あまりにも荷が重い。エイルは自分の手のひらを見つめ、そう考えていた。
魔法使いであるマイカは別として、共に前衛で戦うシズハやメイリスに比べれば自分の実力はいまだ遠く及ばない。何度か手合わせはしているが、彼女達の実力はエイルにとって桁違いのものだ。
他にサイサリスという名がふさわしい者がいるとするならばその二人、あるいは、マイカがたびたび口にするニールという人物がそうかもしれない。
『ふさわしくないと思うならば、ふさわしくなるよう努めればよい。おぬしがそうありたいならばな』
魔王はそう言っていた。自分がそうありたいなら。その部分がエイルの中でどこかに引っかかっていた。
「でも、何のために――」
ドォォン!
エイルの思考は突然の爆発音によって阻まれた。音の発生源は向かいの八百屋。爆弾が設置されているはずの建物である。
「な、何だ?」
建物から無害な白い煙が発生し、中にいた人々が悲鳴をあげながら一斉に外へ飛び出していた。その様子を目撃した外の人々も困惑し騒ぎ始めた。
「そんな…!まだ時間じゃないのに…!」
クーデター軍が仕掛けた爆弾をすり替えた張本人である猫又の魔族のヌコとは面識がある。他人の神経をやたらと逆撫でする言動が目立つ彼女だが、仕事の腕前は確かなもの。起爆時間を間違えるなどありえない。
だとすれば、別の誰かが爆弾に細工をした。そう考えたエイルは状況を確かめるべく屋根から飛び降り、路地裏に着地した。
「ーーー~~っ!」
そこそこの高度からの着地であった。エイルは両脚から伝わる衝撃に身を震わせ、歯を食いしばった。
「待てぇー!」
「ひぃいー!」
衝撃が収まった頃に、エイルは悲鳴が聞こえた方角へ向かった。角を曲がると、黒ずくめの男二人に追われている女冒険者の姿があった。男二人は自分の刀を抜き、肩に傷を負った女冒険者ににじり寄っている。
「危ないっ!」
全速力で女冒険者と黒ずくめの間に割り込んだエイルは左腕に装備した盾で黒ずくめが振り上げた刀を受け止めた。
「何っ?」
突然の乱入者に黒ずくめ達は戸惑った。その隙を突くようにエイルは盾を振り上げ、敵の刀を打ち払った。
「…魔族?」
衝撃で相手の顔を覆うフードがめくりあがり、その素顔があらわになった。緑の肌にとんがった鼻と耳。魔王城でもよく見かけるゴブリンである。
「いや…違う…!?」
エイルは妙な違和感を感じた。姿こそゴブリンだが、その内側の魔力と漂う気配は魔族のそれではない。
「うおおおぁ!」
盾を前に構え、エイルは勢いよく突撃し、偽ゴブリン二人をまとめて押し込んだ。盾の奥義の一つ『圧撃』である。偽ゴブリン二人は盾と背後の壁に挟まれ、骨と内臓に大きなダメージを受けた。
「あ…!」
意識を失い、まとめて倒れた偽ゴブリン二人を見てエイルはやりすぎたと反省した。これでは話を聞くことができない。とりあえず、かぶっているゴブリンを模した覆面をはぎ取り、相手が人間であることを確認した。
「これは…?」
「あ、あの…」
背後からの声に振り向くと、先程まで偽ゴブリンに追われていた女冒険者がいた。格好を見るにどうやら武闘家のようだ。彼女は左肩に負った傷を手でおさえている。おそらく偽ゴブリンにつけられた刀傷であろう。
「大丈夫ですか?」
エイルは盾の裏に仕込んでいた藍色のポーチから傷薬を取り出し、女武闘家に手渡した。
「え?あ…」
女武闘家は戸惑いながらも傷薬を受け取った。盾の裏に仕込んでいたことに驚いたのであろう。
「ところで、何があったんですか?」
エイルは周囲を警戒しながら尋ねた。
「あ!じ、実は、さっきの爆発音の方へ向かう途中、近くの貸倉庫からあの二人が出てくるところを見て…」
「貸倉庫?」
「はい。『まだ起爆の時間じゃないぞ』とか『あれを出す準備をしろ』とか何か言いながら…」
女武闘家が指し示した一直線先の大きな建物。この路地裏をまっすぐ進む先にその貸倉庫があった。
「わかりました。あっちですね」
女武闘家に軽く頭を下げ、エイルはその重装備からは想像もつかぬ速さで貸倉庫へ走り出した。女武闘家は何か言いたげな表情でその背中を見送った。
「ここか」
古めかしい貸倉庫の入り口。荷物搬出用の大きな扉は固く閉ざされている。その隣にある従業員用の扉のノブにエイルは慎重に手をかけた。罠が仕掛けられている様子はない。そう判断したエイルはゆっくりと扉を押し、その隙間から中の様子を覗いた。
「こ、これは――!」
首都セダンの西門付近。人気スイーツ店「マッツォ」の屋根の上からエイルは街の様子を眺めていた。
足元のスイーツ店の中ではあるカップルのいちゃつきが醸し出す甘々オーラにあてられて他の客がブラックコーヒーしか注文しなくなるという事態が発生していた。
「……サイサリス…か…」
エイルは先日、メイリスから授けられた通り名について考え始めた。竜の言葉で『至高の武人』を意味する名前である。
「そんなの…僕には…」
あまりにも荷が重い。エイルは自分の手のひらを見つめ、そう考えていた。
魔法使いであるマイカは別として、共に前衛で戦うシズハやメイリスに比べれば自分の実力はいまだ遠く及ばない。何度か手合わせはしているが、彼女達の実力はエイルにとって桁違いのものだ。
他にサイサリスという名がふさわしい者がいるとするならばその二人、あるいは、マイカがたびたび口にするニールという人物がそうかもしれない。
『ふさわしくないと思うならば、ふさわしくなるよう努めればよい。おぬしがそうありたいならばな』
魔王はそう言っていた。自分がそうありたいなら。その部分がエイルの中でどこかに引っかかっていた。
「でも、何のために――」
ドォォン!
エイルの思考は突然の爆発音によって阻まれた。音の発生源は向かいの八百屋。爆弾が設置されているはずの建物である。
「な、何だ?」
建物から無害な白い煙が発生し、中にいた人々が悲鳴をあげながら一斉に外へ飛び出していた。その様子を目撃した外の人々も困惑し騒ぎ始めた。
「そんな…!まだ時間じゃないのに…!」
クーデター軍が仕掛けた爆弾をすり替えた張本人である猫又の魔族のヌコとは面識がある。他人の神経をやたらと逆撫でする言動が目立つ彼女だが、仕事の腕前は確かなもの。起爆時間を間違えるなどありえない。
だとすれば、別の誰かが爆弾に細工をした。そう考えたエイルは状況を確かめるべく屋根から飛び降り、路地裏に着地した。
「ーーー~~っ!」
そこそこの高度からの着地であった。エイルは両脚から伝わる衝撃に身を震わせ、歯を食いしばった。
「待てぇー!」
「ひぃいー!」
衝撃が収まった頃に、エイルは悲鳴が聞こえた方角へ向かった。角を曲がると、黒ずくめの男二人に追われている女冒険者の姿があった。男二人は自分の刀を抜き、肩に傷を負った女冒険者ににじり寄っている。
「危ないっ!」
全速力で女冒険者と黒ずくめの間に割り込んだエイルは左腕に装備した盾で黒ずくめが振り上げた刀を受け止めた。
「何っ?」
突然の乱入者に黒ずくめ達は戸惑った。その隙を突くようにエイルは盾を振り上げ、敵の刀を打ち払った。
「…魔族?」
衝撃で相手の顔を覆うフードがめくりあがり、その素顔があらわになった。緑の肌にとんがった鼻と耳。魔王城でもよく見かけるゴブリンである。
「いや…違う…!?」
エイルは妙な違和感を感じた。姿こそゴブリンだが、その内側の魔力と漂う気配は魔族のそれではない。
「うおおおぁ!」
盾を前に構え、エイルは勢いよく突撃し、偽ゴブリン二人をまとめて押し込んだ。盾の奥義の一つ『圧撃』である。偽ゴブリン二人は盾と背後の壁に挟まれ、骨と内臓に大きなダメージを受けた。
「あ…!」
意識を失い、まとめて倒れた偽ゴブリン二人を見てエイルはやりすぎたと反省した。これでは話を聞くことができない。とりあえず、かぶっているゴブリンを模した覆面をはぎ取り、相手が人間であることを確認した。
「これは…?」
「あ、あの…」
背後からの声に振り向くと、先程まで偽ゴブリンに追われていた女冒険者がいた。格好を見るにどうやら武闘家のようだ。彼女は左肩に負った傷を手でおさえている。おそらく偽ゴブリンにつけられた刀傷であろう。
「大丈夫ですか?」
エイルは盾の裏に仕込んでいた藍色のポーチから傷薬を取り出し、女武闘家に手渡した。
「え?あ…」
女武闘家は戸惑いながらも傷薬を受け取った。盾の裏に仕込んでいたことに驚いたのであろう。
「ところで、何があったんですか?」
エイルは周囲を警戒しながら尋ねた。
「あ!じ、実は、さっきの爆発音の方へ向かう途中、近くの貸倉庫からあの二人が出てくるところを見て…」
「貸倉庫?」
「はい。『まだ起爆の時間じゃないぞ』とか『あれを出す準備をしろ』とか何か言いながら…」
女武闘家が指し示した一直線先の大きな建物。この路地裏をまっすぐ進む先にその貸倉庫があった。
「わかりました。あっちですね」
女武闘家に軽く頭を下げ、エイルはその重装備からは想像もつかぬ速さで貸倉庫へ走り出した。女武闘家は何か言いたげな表情でその背中を見送った。
「ここか」
古めかしい貸倉庫の入り口。荷物搬出用の大きな扉は固く閉ざされている。その隣にある従業員用の扉のノブにエイルは慎重に手をかけた。罠が仕掛けられている様子はない。そう判断したエイルはゆっくりと扉を押し、その隙間から中の様子を覗いた。
「こ、これは――!」
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