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第十一章
身の上事情
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「あ、先輩」
フレーネに声をかけた女性の名はシルビィ。かつて、ゾート王国で悪行を重ねてきた盗賊団の末端であり、フレーネよりも先にこの魔王城に連行された犠牲者の一人である。
「先輩はよしてよ。たまたま先に来てただけなんだし…」
困った顔でシルビィは溜息をついた。
「す、すみません。でも、どうして…」
「休憩時間よ。ちょっと早いけどお昼にしろってあのメイド長がね…」
メイド担当のシルビィ達は主にメイド長の指示の下で働いている。
「ところで、先ぱ――シルビィさんは平気なんですか?」
「何が?」
「その…こんな…魔族だらけの場所で…怖くありません?」
恐る恐るフレーネは質問した。他の女子達も同意らしく、一斉にシルビィに視線を向けている。
「そりゃあ…私だって最初は生きた心地がしなかったわよ」
魔族によるゾート王国襲撃の際、盗賊団の仲間はあっという間に切り刻まれ、その肉片が足元にぶちまけられた。その惨劇を目の当たりにして戦意を失ったシルビィはアウル率いるハーピーの群れに包囲され、死を覚悟した。
しかし、家族も友人もなく、他の国やギルドに見つかれば犯罪者としてただ裁かれるだけの身であるシルビィの事情を知ったアウルは彼女の身柄を魔王城へ連行。同じような事情を持つ他の人間と共に城内で働いて暮らすように命じた。それと同時に、シルビィは盗賊だった頃以上の衣食住を提供された。
シルビィにとって、分不相応と言えるほどの好待遇。魔族の敵――人間である自分にどうしてここまでしてくれるのか。シルビィは一度アウルに尋ねたことがあった。
「人間かどうかなど、魔族にとってはどうでもいいことです」
そう言い捨てたアウルは普段の給与と共に、食堂で使えるクーポン券を5枚手渡した。
「用が済んだなら、さっさと部屋に戻って休みなさい」
有無を言わさぬ圧力を残し、アウルはシルビィの前から去って行った。
「――とまぁ、そんな感じでさぁ…」
危害を加えない限り、手を出す理由はない。人間であろうとなかろうと、やろうと思ったらできる範囲で手を差し伸べる。それが魔族のやり口なのだろう。
「そうなんだ…」
「そう考えると、人間って何も知らなかったみたいね…」
「そうね。というか、知ろうともしなかったのかな」
フレーネは小さく唸った。
「まぁ、少なくとも、あのまま貴族共に売られるよりはマシだったかもね」
「そうね。そういう意味では魔族に感謝しようかしら」
貴族に商品として売られ、人間としての尊厳すらも奪われる奴隷は山ほどいる。もし、あのクイーン・ゼイナル号が魔族に制圧されなかったらどうなっていたか。フレーネは想像もしたくなかった。
「案外、あの魔勇者様ってのもそういう考えを持ってるのかもね」
フレーネはクイーン・ゼイナル号で魔勇者と対面した時の様子を思い出した。
「あの女の子のこと?もしかして――」
「そうは思わない」
シルビィの言葉にかぶせるように一人の少女が否定の言葉を発した。フレーネよりもやや小柄な金髪の少女。ココナである。
「シルビィさんはゾート王国にいたんでしょ?魔勇者が何をしたか忘れたの?」
「それは…」
そう言われてシルビィはココナの顔を見た。眉をひそめ、歯を食いしばり、両手を強く握りしめている。
シルビィはココナの質問の意味を痛いほど理解している。あの日、魔勇者が国の中枢であるゾート城を焼き尽くしたことで国は滅び、シルビィは故郷を失った。
もっとも、国の悪政によって盗賊にならざるをえなかった身だ。仮に魔勇者が現れなくともいずれ故郷は滅んでいたのかもしれない。
「…ということは、ココナもゾート王国の…?」
フレーネの問いに対し、ココナは首を横に振った。
「私の父はマリーカ地方の薬屋だったの。色んな薬を人々のために作っていたのだけど…」
製薬を生業とするココナの父はある日、魔勇者率いる魔族の奇襲によって惨たらしく命を落とした。そして、薬の原材料として栽培していた多種の薬草の畑ごと家を焼き払われ、一人取り残されたココナは叔父に騙される形でソティ王国の貴族に売り飛ばされることとなっていた。
「フレーネの言う通り、奴隷にされるよりはマシだったかもしれない。でも…」
黒い炎に包まれた父と畑。そのそばに佇む魔勇者。ココナの脳裏にはその光景がずっと焼き付いていた。
「私は許さない…あの魔勇者は必ず私がああああぁぁぁっ!」
熱気と殺気のこもった言葉を口にする途中、ココナは絶叫を上げた。
「ちょ…ココナ?」
ココナは右手首を押さえ、全身を駆け巡った苦痛に身を震わせていた。
「い、今のは…?」
フレーネは自分の右手首につけられた鈍色の腕輪を見た。シルビィもココナも、この場にいる人間全員が同じ物をつけている。
「まさか…この腕輪が…」
「今の言葉に反応して…?」
フレーネはこの腕輪をつけられた時に言われたメイド長の言葉を思い出した。
「この城で暮らす以上、絶対に変な気は起こさないように。魔勇者様に殺意を抱くなどもってのほかです」
給仕服などの生活用品と共に用意された鈍色の腕輪。それは脱走や反逆などの敵対的行為を防ぐためにコノハが用意した監視用装備であり、魔王や魔勇者などの重要人物に敵意を抱くだけで作動する。下手をすればその苦痛は致死量にまで及ぶことになる。もちろん、自力で外すことは不可能である。
「…やっぱ恐ろしいわね。あのメイド長」
最低でも自分の上司には逆らわないようにしようと決めたフレーネであった。
フレーネに声をかけた女性の名はシルビィ。かつて、ゾート王国で悪行を重ねてきた盗賊団の末端であり、フレーネよりも先にこの魔王城に連行された犠牲者の一人である。
「先輩はよしてよ。たまたま先に来てただけなんだし…」
困った顔でシルビィは溜息をついた。
「す、すみません。でも、どうして…」
「休憩時間よ。ちょっと早いけどお昼にしろってあのメイド長がね…」
メイド担当のシルビィ達は主にメイド長の指示の下で働いている。
「ところで、先ぱ――シルビィさんは平気なんですか?」
「何が?」
「その…こんな…魔族だらけの場所で…怖くありません?」
恐る恐るフレーネは質問した。他の女子達も同意らしく、一斉にシルビィに視線を向けている。
「そりゃあ…私だって最初は生きた心地がしなかったわよ」
魔族によるゾート王国襲撃の際、盗賊団の仲間はあっという間に切り刻まれ、その肉片が足元にぶちまけられた。その惨劇を目の当たりにして戦意を失ったシルビィはアウル率いるハーピーの群れに包囲され、死を覚悟した。
しかし、家族も友人もなく、他の国やギルドに見つかれば犯罪者としてただ裁かれるだけの身であるシルビィの事情を知ったアウルは彼女の身柄を魔王城へ連行。同じような事情を持つ他の人間と共に城内で働いて暮らすように命じた。それと同時に、シルビィは盗賊だった頃以上の衣食住を提供された。
シルビィにとって、分不相応と言えるほどの好待遇。魔族の敵――人間である自分にどうしてここまでしてくれるのか。シルビィは一度アウルに尋ねたことがあった。
「人間かどうかなど、魔族にとってはどうでもいいことです」
そう言い捨てたアウルは普段の給与と共に、食堂で使えるクーポン券を5枚手渡した。
「用が済んだなら、さっさと部屋に戻って休みなさい」
有無を言わさぬ圧力を残し、アウルはシルビィの前から去って行った。
「――とまぁ、そんな感じでさぁ…」
危害を加えない限り、手を出す理由はない。人間であろうとなかろうと、やろうと思ったらできる範囲で手を差し伸べる。それが魔族のやり口なのだろう。
「そうなんだ…」
「そう考えると、人間って何も知らなかったみたいね…」
「そうね。というか、知ろうともしなかったのかな」
フレーネは小さく唸った。
「まぁ、少なくとも、あのまま貴族共に売られるよりはマシだったかもね」
「そうね。そういう意味では魔族に感謝しようかしら」
貴族に商品として売られ、人間としての尊厳すらも奪われる奴隷は山ほどいる。もし、あのクイーン・ゼイナル号が魔族に制圧されなかったらどうなっていたか。フレーネは想像もしたくなかった。
「案外、あの魔勇者様ってのもそういう考えを持ってるのかもね」
フレーネはクイーン・ゼイナル号で魔勇者と対面した時の様子を思い出した。
「あの女の子のこと?もしかして――」
「そうは思わない」
シルビィの言葉にかぶせるように一人の少女が否定の言葉を発した。フレーネよりもやや小柄な金髪の少女。ココナである。
「シルビィさんはゾート王国にいたんでしょ?魔勇者が何をしたか忘れたの?」
「それは…」
そう言われてシルビィはココナの顔を見た。眉をひそめ、歯を食いしばり、両手を強く握りしめている。
シルビィはココナの質問の意味を痛いほど理解している。あの日、魔勇者が国の中枢であるゾート城を焼き尽くしたことで国は滅び、シルビィは故郷を失った。
もっとも、国の悪政によって盗賊にならざるをえなかった身だ。仮に魔勇者が現れなくともいずれ故郷は滅んでいたのかもしれない。
「…ということは、ココナもゾート王国の…?」
フレーネの問いに対し、ココナは首を横に振った。
「私の父はマリーカ地方の薬屋だったの。色んな薬を人々のために作っていたのだけど…」
製薬を生業とするココナの父はある日、魔勇者率いる魔族の奇襲によって惨たらしく命を落とした。そして、薬の原材料として栽培していた多種の薬草の畑ごと家を焼き払われ、一人取り残されたココナは叔父に騙される形でソティ王国の貴族に売り飛ばされることとなっていた。
「フレーネの言う通り、奴隷にされるよりはマシだったかもしれない。でも…」
黒い炎に包まれた父と畑。そのそばに佇む魔勇者。ココナの脳裏にはその光景がずっと焼き付いていた。
「私は許さない…あの魔勇者は必ず私がああああぁぁぁっ!」
熱気と殺気のこもった言葉を口にする途中、ココナは絶叫を上げた。
「ちょ…ココナ?」
ココナは右手首を押さえ、全身を駆け巡った苦痛に身を震わせていた。
「い、今のは…?」
フレーネは自分の右手首につけられた鈍色の腕輪を見た。シルビィもココナも、この場にいる人間全員が同じ物をつけている。
「まさか…この腕輪が…」
「今の言葉に反応して…?」
フレーネはこの腕輪をつけられた時に言われたメイド長の言葉を思い出した。
「この城で暮らす以上、絶対に変な気は起こさないように。魔勇者様に殺意を抱くなどもってのほかです」
給仕服などの生活用品と共に用意された鈍色の腕輪。それは脱走や反逆などの敵対的行為を防ぐためにコノハが用意した監視用装備であり、魔王や魔勇者などの重要人物に敵意を抱くだけで作動する。下手をすればその苦痛は致死量にまで及ぶことになる。もちろん、自力で外すことは不可能である。
「…やっぱ恐ろしいわね。あのメイド長」
最低でも自分の上司には逆らわないようにしようと決めたフレーネであった。
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