異世界に召喚されて「魔王の」勇者になりました――断れば命はないけど好待遇です――

羽りんご

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第十章

ユーグの木

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 アカフク地方西部にある巨大な湖、アカユー湖。古の竜が寝床にしていたという伝説が残る湖のほとりに一本の神秘的な細い木が静かに佇んでいた。
 その木はユーグの木。一見するとろくに葉っぱもつけない枯れ木のようだが、触れた者に魔力を分け与えることができる不思議な効能を宿す霊木である。
 魔大陸ダーグヴェを含む世界各地に点在しているこの霊木は冒険者達にとって重要な魔力の回復スポットであり、ギルドの規定によって伐採などの傷をつける行為は一切禁止されている。無論、魔族達もこの木の恩恵を受けているため、彼らも決して危害を加えることはない。
 そのユーグの木の近くの空間に一本の裂け目が生じ、開かれたその中から一人の男が姿を現した。裂け目から身を乗り出した男が地面に両足をつけると、裂け目はみるみるうちに小さくなり、やがて消滅した。

「…思ったより痛手を負ったか…」

 肩の傷を手でおさえる灰色の髪の男――セラムは目の前のユーグの木に身を寄せた。霊木からあふれ出す魔力が全身にしみわたり、傷の痛みが少しずつひいていく。
 自分や他者の空間移動。刃を裂け目に通す遠隔攻撃。絶剣・ウルティムスを用いた空間干渉は使用の度に少なからぬ魔力を消費する。ユーグの木はセラムに少しずつ魔力を分け与えていた。

「あの魔勇者…シズハとか言ったか…」

 以前、ゾート王国にて遭遇した人々によって勇者に仕立て上げられた哀れな少女。彼女と同じくらいの歳の少女が魔勇者として自分の目の前に現れ、凄まじい力をもって襲い掛かってきた。

「…『奴』の言う通り、魔族までもが勇者を利用するか…」

 セラムはふと、手にしている緋色の剣を見つめた。

「…やはり、『あれ』の封印を解かねばならぬのか…」

 この絶剣を授けた人物の話を思い出したセラムはユーグの木から身を離し、正面に思いきり剣を振るった。開かれた空間の裂け目に彼は身を投じ、アカユー湖を後にした。


 ――――


「…あれ…?」

 ユーグの木から離れたアカユー湖の別方角のほとり。湖に到着したばかりのリエルは妙な感覚に襲われた。
「どうしたの?リエル」
 水汲みを始めたビオラが声をかけた。
「いや…何か…変な気がして…」
「変?どこが?」
「おめーの顔じゃね?」
 口を挟んできたトニーの首をチョークで絞めるビオラをよそに、リエルは辺りを見渡した。

「魔物はいない…みたいだけど…」
「気のせいじゃないですか?」
「そう…かな…?」
 アズキの言葉を受け、リエルはそばにある石に腰を下ろした。

(…何だろう?景色が…ちょっと歪んだような…?)

 一瞬だけ見えた不可思議な情景。リエルの頭の片隅にそれがしばらく残っていた。

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