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第十章
謎の能力
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「ふう…ようやく街道に出られたみたいね」
聖剣エクセリオンを返してもらい、ハバキリ道場を後にしたリエル一行。彼女達はサリアから教えてもらったルートに従い、オウカ公国の首都セダンを目指していた。
「あとは馬車停を見つけられるといいんだけど…」
額の汗を袖で拭い、ビオラはぼやいた。一度、冒険者ギルドへ旅路の報告を試みたリエル達だったが、道場があるズアーの森付近にはギルドがある街や村は存在していなかった。そのため、ギルドがあると判明しているセダンを目指し、長い距離の移動を強いられることとなったのだ。
「なんだってあんなド辺鄙な森に道場なんか建てたのよあの師範様は…」
「ま、まあまあ。あの道場は元々あそこにあった温泉旅館を改装したものらしいですし。それに、昔はあそこに村があったって話らしいですよ」
サリアの話によると、ズアーの森にはかつて温泉を売りにした村があり、アカフク地方の中でも人気の観光地だったらしい。しかし、いつしか過疎化し、一つの旅館と建物を残してその村はすたれてしまったとのことである。
「昔はいいところだったんだがなぁ」
「ん?なんて?」
足元から聞こえた妙な言葉に反応し、ビオラは視線を右下に向けた。その直後、視線の中心にいた黒い豚の尻から豪快な屁が放たれた。
「くっさ!」
「あ、わり」
強烈な放屁の悪臭にもだえるビオラの顔を一瞥し、トニーはそっけなく謝った。
「ん?あれは…?」
後ろで取っ組み合うビオラとトニーに構うことなくリエルは前方に注目した。そこには頭部に自らの卵の殻を被り、割れ目からとさかと肉ひげと嘴を露出させた緑色の鶏のような魔物がいた。
「あれって…ピーチキンじゃないですか?」
アズキは前方にいる魔物を静かに指さした。当のピーチキンはこちらに気づくことなく地面の虫をせっせとついばんでいる。
「ホントだ。けっこうレアな魔物じゃない」
ビオラはトニーの顔をつねる手を離した。
「あいつの肉は美味しいってメイリスさんに聞いたことがあるわ。でも…」
リエルは慎重に相手の様子を窺った。
「逃げられちゃ元も子もないわね…」
ビオラもまた杖を構えつつ、相手の動きを観察した。ピーチキンは周囲の気配に敏感な体質を持ち、うかつに近づけば瞬く間に逃げられてしまう。先日遭遇したピンクラットほどの魔法への耐性は持ち合わせていないが、あまり傷つけずに仕留めたいならば派手な攻撃はできない。
「あいつの動きを止めりゃいいんだな?」
「え?」
捕獲に使えそうな薬を探すアズキの前にトニーが出てきた。
「あんた、何を――?」
訝しむビオラをよそにトニーは鼻から大きく息を吸った。そして――
「ふんっ」
トニーが鼻に力を込めた瞬間、彼の鼻の穴から空気と共に白い塊が勢いよく射出された。塊は途中で蜘蛛の巣状の形に変形し、ピーチキンを瞬く間に包み込んだ。
「んなっ!?」
「ええ?」
ビオラとリエルは同時に驚愕した。旅を共にしている謎の黒い豚が突如、鼻から蜘蛛の巣を発射したのだ。突拍子もない光景であった。
「い、今のって…」
「セアカウィドウと…同じ…?」
リエル達はトニーの行動に覚えがあった。ズアーの森に生息するセアカウィドウは口から蜘蛛の巣を射出し、獲物の動きを封じて捕食する。実際にそれを喰らって捕食されそうになったトニーが同じように蜘蛛の巣を射出し、ピーチキンの動きを封じた。当の本人は必死にもがく魔物をいつもと変わらぬ表情で見つめていた。
「ちょっと!あんた今どうやったのよ?」
「知らん」
頭を掴むビオラに対し、トニーはそっけなく答えた。
「なんかできた。それだけだ」
「はぁ?意味わかんないわよ!」
トニーの頭をぐりぐりと握るビオラをよそにアズキはピーチキンを拘束している糸を調べた。その色や粘り、強度はどれもセアカウィドウのそれとほとんど変わりなかった。
「いいからはよ教えなさいよこのベーコン!」
「お、落ち着いてビオラ。本人はわかんないって言ってるんだから…」
蜘蛛の巣を取り払い、ピーチキンの肉を入手したリエルは興奮しているビオラをなだめた。
「…本当に、何もわからないの…?」
「ああ」
トニーはゆっくり頷いた。
「そう…」
曇り一つないまっすぐな瞳を見てリエルはそれ以上の追求をやめた。記憶がない者に無理に問い詰めても意味はない。そう思いながら彼女はピーチキンの肉をビオラに渡した。
(…なんでできたんだ?)
トニー自身、なぜセアカウィドウと同じ糸を使うことが出来たのか見当がつかなかった。しかし、一つだけ心当たりがある。ズアーの森でセアカウィドウに襲われ、その蜘蛛の糸に捕らわれた瞬間、糸とは違う『何か』が自らの体内にしみ込んだ。そんな感覚があった。おそらく、その時に身体がその蜘蛛の糸を覚え、自らが使えるようになったのだろう。
「…まあいいか」
頭に浮かんだ仮説を胸の中にしまい込み、トニーはいつもと変わらぬ表情で放屁した。
その日の夕食はピーチキンの肉のウェルダンであった。
聖剣エクセリオンを返してもらい、ハバキリ道場を後にしたリエル一行。彼女達はサリアから教えてもらったルートに従い、オウカ公国の首都セダンを目指していた。
「あとは馬車停を見つけられるといいんだけど…」
額の汗を袖で拭い、ビオラはぼやいた。一度、冒険者ギルドへ旅路の報告を試みたリエル達だったが、道場があるズアーの森付近にはギルドがある街や村は存在していなかった。そのため、ギルドがあると判明しているセダンを目指し、長い距離の移動を強いられることとなったのだ。
「なんだってあんなド辺鄙な森に道場なんか建てたのよあの師範様は…」
「ま、まあまあ。あの道場は元々あそこにあった温泉旅館を改装したものらしいですし。それに、昔はあそこに村があったって話らしいですよ」
サリアの話によると、ズアーの森にはかつて温泉を売りにした村があり、アカフク地方の中でも人気の観光地だったらしい。しかし、いつしか過疎化し、一つの旅館と建物を残してその村はすたれてしまったとのことである。
「昔はいいところだったんだがなぁ」
「ん?なんて?」
足元から聞こえた妙な言葉に反応し、ビオラは視線を右下に向けた。その直後、視線の中心にいた黒い豚の尻から豪快な屁が放たれた。
「くっさ!」
「あ、わり」
強烈な放屁の悪臭にもだえるビオラの顔を一瞥し、トニーはそっけなく謝った。
「ん?あれは…?」
後ろで取っ組み合うビオラとトニーに構うことなくリエルは前方に注目した。そこには頭部に自らの卵の殻を被り、割れ目からとさかと肉ひげと嘴を露出させた緑色の鶏のような魔物がいた。
「あれって…ピーチキンじゃないですか?」
アズキは前方にいる魔物を静かに指さした。当のピーチキンはこちらに気づくことなく地面の虫をせっせとついばんでいる。
「ホントだ。けっこうレアな魔物じゃない」
ビオラはトニーの顔をつねる手を離した。
「あいつの肉は美味しいってメイリスさんに聞いたことがあるわ。でも…」
リエルは慎重に相手の様子を窺った。
「逃げられちゃ元も子もないわね…」
ビオラもまた杖を構えつつ、相手の動きを観察した。ピーチキンは周囲の気配に敏感な体質を持ち、うかつに近づけば瞬く間に逃げられてしまう。先日遭遇したピンクラットほどの魔法への耐性は持ち合わせていないが、あまり傷つけずに仕留めたいならば派手な攻撃はできない。
「あいつの動きを止めりゃいいんだな?」
「え?」
捕獲に使えそうな薬を探すアズキの前にトニーが出てきた。
「あんた、何を――?」
訝しむビオラをよそにトニーは鼻から大きく息を吸った。そして――
「ふんっ」
トニーが鼻に力を込めた瞬間、彼の鼻の穴から空気と共に白い塊が勢いよく射出された。塊は途中で蜘蛛の巣状の形に変形し、ピーチキンを瞬く間に包み込んだ。
「んなっ!?」
「ええ?」
ビオラとリエルは同時に驚愕した。旅を共にしている謎の黒い豚が突如、鼻から蜘蛛の巣を発射したのだ。突拍子もない光景であった。
「い、今のって…」
「セアカウィドウと…同じ…?」
リエル達はトニーの行動に覚えがあった。ズアーの森に生息するセアカウィドウは口から蜘蛛の巣を射出し、獲物の動きを封じて捕食する。実際にそれを喰らって捕食されそうになったトニーが同じように蜘蛛の巣を射出し、ピーチキンの動きを封じた。当の本人は必死にもがく魔物をいつもと変わらぬ表情で見つめていた。
「ちょっと!あんた今どうやったのよ?」
「知らん」
頭を掴むビオラに対し、トニーはそっけなく答えた。
「なんかできた。それだけだ」
「はぁ?意味わかんないわよ!」
トニーの頭をぐりぐりと握るビオラをよそにアズキはピーチキンを拘束している糸を調べた。その色や粘り、強度はどれもセアカウィドウのそれとほとんど変わりなかった。
「いいからはよ教えなさいよこのベーコン!」
「お、落ち着いてビオラ。本人はわかんないって言ってるんだから…」
蜘蛛の巣を取り払い、ピーチキンの肉を入手したリエルは興奮しているビオラをなだめた。
「…本当に、何もわからないの…?」
「ああ」
トニーはゆっくり頷いた。
「そう…」
曇り一つないまっすぐな瞳を見てリエルはそれ以上の追求をやめた。記憶がない者に無理に問い詰めても意味はない。そう思いながら彼女はピーチキンの肉をビオラに渡した。
(…なんでできたんだ?)
トニー自身、なぜセアカウィドウと同じ糸を使うことが出来たのか見当がつかなかった。しかし、一つだけ心当たりがある。ズアーの森でセアカウィドウに襲われ、その蜘蛛の糸に捕らわれた瞬間、糸とは違う『何か』が自らの体内にしみ込んだ。そんな感覚があった。おそらく、その時に身体がその蜘蛛の糸を覚え、自らが使えるようになったのだろう。
「…まあいいか」
頭に浮かんだ仮説を胸の中にしまい込み、トニーはいつもと変わらぬ表情で放屁した。
その日の夕食はピーチキンの肉のウェルダンであった。
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