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第十章
息抜きの任務
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「にしても…『代わりはいくらでもいる』か…」
「…?どうなさいました?」
魔王城の廊下を歩きながら静葉は先ほどのアウルとメイドの会話を思い出した。
「いやなに。魔勇者なんて代わりの利かない仕事をしていると、心休まる暇ないとわかってね」
静葉は遠くを見つめながら溜息をついた。
「食事や睡眠、娯楽などは最高のものを提供しておりますが?あ、もしかして性欲を――」
「違うわボケ!なんやかんやで仕事がきつくてプレッシャーが半端ないのよ!」
ほぼ毎日が戦闘がらみの任務。敵の状況次第では夜遅くまでかかることもしばしば。力をつけ、仲間と共に戦うようになったとはいえ、死の予感と隣り合わせになるほどのピンチになることも少なくない。黒竜との修行も実戦とほぼ同じくらいの危険を伴う。そんな生活に静葉は少しずつ疲れを感じるようになっていた。
「いくら美味しい飯やサービスをもらっても、疲労を回復するには時間が足りないのよ。この世界には夏休みどころかゴールデンウィークもないみたいだし」
「ゴールデン…?」
聞いたことのない単語にアウルは首を傾げた。
「宿題がないのはありがたいんだけどね。だいたい、あのクソ魔王は――あだだだだだだだ!」
静葉は突然、胸を押さえ、苦痛の絶叫をあげた。
「…!魔勇者様?」
突然の出来事に驚いたアウルだが、一瞬の間をおいて原因を解明し、彼女は後ろを振り向いた。そこには右手を軽く握り、静かに立つ魔王がいた。
魔王は静葉の中に植え付けた『魔王の力』に干渉し、彼女の心臓を締め付けているのだ。
「…はぁ、はぁ…不意打ちはないんじゃないの…?」
床に膝をつき、息を荒げながら静葉は背後の魔王に抗議した。
「隙を見せたおぬしの油断だ。さすがに目の前で悪口を言われるのは好ましくないのでな」
右手をゆっくりと開き、魔王はしれっと答えた。呼吸を整え、静葉は彼を睨みながら立ち上がった。
「…魔王様!」
「よい。楽にしたまえ」
片膝をつき、かしこまるアウルに魔王は声をかけた。
「それはそうと魔勇者よ。そんなおぬしに丁度良い任務がある」
「は?丁度いい?」
静葉は怪訝な表情で聞き返した。
「そうだ。おぬしには豪華客船のクルージングに潜入してもらう。息抜きにはぴったりの任務であろう?」
「潜入とは任務とか言ってる時点で息抜きにならない予感がプンプンするんですけど?」
静葉のツッコミを意に介することなく魔王は懐から資料を取り出した。その中の一枚の紙に、煌びやかな大型の船舶の絵が描かれていた。
「これは…『クイーン・ゼイナル号』ですか?」
「知ってるの?」
「はい。サンユー王国が所有する豪華客船です。年に一度、貴族たちを集めてソティ王国との間を航行し、両国との交流を深めているとのことです」
「交流…ねぇ…」
アウルの説明を受け、静葉はどこか訝しんだ。テレビや雑誌で大企業や政治家のきな臭い話を知る彼女は貴族に対してよいイメージを抱くことはできなかったからだ。
「というのは表向きの話。情報によると、サンユー王国はその船の荷物の中に武器や魔法アイテム、違法薬物などをこっそりもぐりこませ、ソティ王国に密輸しているとのことです」
アウルは客船の絵の船底部を指した。
「そこでおぬしには賓客に扮して潜入してもらい、密輸品を捜索してもらう」
「なるなる…で、そいつをポケットに詰めて持ち帰れってこと?」
「いや。おぬしは保管場所を見つけ次第、そこにこの発信石を仕掛けるだけでよい」
魔王は懐からピンポン玉程の大きさの白色の意思を取り出した。
「この発信石は特殊な魔力信号を発するよう調整されており、通常の人間にはこの魔力を探知することはできない」
製作者はもちろん、ペスタ支部長のコノハである。
「そして、その魔力信号を目印にして海魔王軍が海底から潜入し、こっそり密輸品を奪い取るという計画だ。おぬしは発信石を仕掛けた後は彼らが来るまで船上パーティーを楽しむとよい」
「字面は簡単そうね…てか、海魔王軍って何?」
静葉にとってまた初耳の単語であった。
「海魔王軍とは、この世界のほぼ全ての海域で活動している我が魔王軍の協力組織です。あちらは海魔王レヴィアーナ様が指揮をとっておられます」
「海魔王…これまたすごい設定ぶちこんできたわね…」
「海魔王様は魔王様の数少ない友人であり、時折、今回のように共同で作戦をたててくださるのです」
「何サラッと主をディスってんのよ…てか、そんな連中がいるなら私がわざわざ行く必要ある?」
「海魔王軍の魔族達は人間に化けるのが苦手らしいのです。人間かつ単独でも強力な戦力として魔勇者様に白羽の矢がたったというわけです」
アウルは魔王から残りの資料を受け取った。
「ついでに、海魔王軍におぬしを紹介できればよいのだがな」
「…絶対、息抜きにならないフラグだわこれ…」
確実に訪れる不吉な予感を胸に抱きつつ、静葉は任務の概要を聞いた。
「…?どうなさいました?」
魔王城の廊下を歩きながら静葉は先ほどのアウルとメイドの会話を思い出した。
「いやなに。魔勇者なんて代わりの利かない仕事をしていると、心休まる暇ないとわかってね」
静葉は遠くを見つめながら溜息をついた。
「食事や睡眠、娯楽などは最高のものを提供しておりますが?あ、もしかして性欲を――」
「違うわボケ!なんやかんやで仕事がきつくてプレッシャーが半端ないのよ!」
ほぼ毎日が戦闘がらみの任務。敵の状況次第では夜遅くまでかかることもしばしば。力をつけ、仲間と共に戦うようになったとはいえ、死の予感と隣り合わせになるほどのピンチになることも少なくない。黒竜との修行も実戦とほぼ同じくらいの危険を伴う。そんな生活に静葉は少しずつ疲れを感じるようになっていた。
「いくら美味しい飯やサービスをもらっても、疲労を回復するには時間が足りないのよ。この世界には夏休みどころかゴールデンウィークもないみたいだし」
「ゴールデン…?」
聞いたことのない単語にアウルは首を傾げた。
「宿題がないのはありがたいんだけどね。だいたい、あのクソ魔王は――あだだだだだだだ!」
静葉は突然、胸を押さえ、苦痛の絶叫をあげた。
「…!魔勇者様?」
突然の出来事に驚いたアウルだが、一瞬の間をおいて原因を解明し、彼女は後ろを振り向いた。そこには右手を軽く握り、静かに立つ魔王がいた。
魔王は静葉の中に植え付けた『魔王の力』に干渉し、彼女の心臓を締め付けているのだ。
「…はぁ、はぁ…不意打ちはないんじゃないの…?」
床に膝をつき、息を荒げながら静葉は背後の魔王に抗議した。
「隙を見せたおぬしの油断だ。さすがに目の前で悪口を言われるのは好ましくないのでな」
右手をゆっくりと開き、魔王はしれっと答えた。呼吸を整え、静葉は彼を睨みながら立ち上がった。
「…魔王様!」
「よい。楽にしたまえ」
片膝をつき、かしこまるアウルに魔王は声をかけた。
「それはそうと魔勇者よ。そんなおぬしに丁度良い任務がある」
「は?丁度いい?」
静葉は怪訝な表情で聞き返した。
「そうだ。おぬしには豪華客船のクルージングに潜入してもらう。息抜きにはぴったりの任務であろう?」
「潜入とは任務とか言ってる時点で息抜きにならない予感がプンプンするんですけど?」
静葉のツッコミを意に介することなく魔王は懐から資料を取り出した。その中の一枚の紙に、煌びやかな大型の船舶の絵が描かれていた。
「これは…『クイーン・ゼイナル号』ですか?」
「知ってるの?」
「はい。サンユー王国が所有する豪華客船です。年に一度、貴族たちを集めてソティ王国との間を航行し、両国との交流を深めているとのことです」
「交流…ねぇ…」
アウルの説明を受け、静葉はどこか訝しんだ。テレビや雑誌で大企業や政治家のきな臭い話を知る彼女は貴族に対してよいイメージを抱くことはできなかったからだ。
「というのは表向きの話。情報によると、サンユー王国はその船の荷物の中に武器や魔法アイテム、違法薬物などをこっそりもぐりこませ、ソティ王国に密輸しているとのことです」
アウルは客船の絵の船底部を指した。
「そこでおぬしには賓客に扮して潜入してもらい、密輸品を捜索してもらう」
「なるなる…で、そいつをポケットに詰めて持ち帰れってこと?」
「いや。おぬしは保管場所を見つけ次第、そこにこの発信石を仕掛けるだけでよい」
魔王は懐からピンポン玉程の大きさの白色の意思を取り出した。
「この発信石は特殊な魔力信号を発するよう調整されており、通常の人間にはこの魔力を探知することはできない」
製作者はもちろん、ペスタ支部長のコノハである。
「そして、その魔力信号を目印にして海魔王軍が海底から潜入し、こっそり密輸品を奪い取るという計画だ。おぬしは発信石を仕掛けた後は彼らが来るまで船上パーティーを楽しむとよい」
「字面は簡単そうね…てか、海魔王軍って何?」
静葉にとってまた初耳の単語であった。
「海魔王軍とは、この世界のほぼ全ての海域で活動している我が魔王軍の協力組織です。あちらは海魔王レヴィアーナ様が指揮をとっておられます」
「海魔王…これまたすごい設定ぶちこんできたわね…」
「海魔王様は魔王様の数少ない友人であり、時折、今回のように共同で作戦をたててくださるのです」
「何サラッと主をディスってんのよ…てか、そんな連中がいるなら私がわざわざ行く必要ある?」
「海魔王軍の魔族達は人間に化けるのが苦手らしいのです。人間かつ単独でも強力な戦力として魔勇者様に白羽の矢がたったというわけです」
アウルは魔王から残りの資料を受け取った。
「ついでに、海魔王軍におぬしを紹介できればよいのだがな」
「…絶対、息抜きにならないフラグだわこれ…」
確実に訪れる不吉な予感を胸に抱きつつ、静葉は任務の概要を聞いた。
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