異世界に召喚されて「魔王の」勇者になりました――断れば命はないけど好待遇です――

羽りんご

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第九章

騎士の誇り

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「それじゃあ、師範は元々サンメート騎士団の団長だったんですか?」 
 ハバキリ流道場の訓練の間。三人と一匹の前に厳かに正座するサリアから彼女の過去についての話を聞いたリエルは驚きを隠せなかった。
「そうだ。かつて私は騎士団の長として国を守るために日々前線で戦い続けてきた」
 リエルの問いに対してサリアは毅然と答えた。国内にはびこる魔物はもちろん、各地の街や村を襲う盗賊や猟兵、果ては洞窟の奥に潜む巨大な竜との壮絶な戦い。騎士としての幾多の働きを語る彼女の話をリエル達は静かに聞いていた。

「国のため、人々のため、命を懸けて戦う。それが騎士の誇りであると私は信じてやまなかった」
 己の経歴をサリアは自慢げに語っていたが、突如、彼女は不自然なほどに目を伏せた。
「…だが、上の連中はそんな騎士の誇りなどどうでもよかった。騎士ごときが何人死のうとも代わりがいる。そう考え、彼らはろくな見返りもなく、我々を次々と戦地に送り込んだ。勇者の犠牲すらも彼らにとっては数字の一つにすぎなかった」
 そう語るサリアの口調はどこか陰りが含まれていた。
「そんなあり方に疑問を抱いた私は騎士団を離れ、故郷であるこのアカフクで道場を開いた。師から教わった剣を少しでも後世に残すためにな」
「そうだったんですか…」
「でも、あのトラップはないんじゃないの?あんなんじゃ門下生は増えないって」
「だな」
 納得のいかないビオラは隣のトニーに同意を求めた。その直後、彼女の頭部に木刀がクリーンヒットした。

「…思えば、私もエイノーあいつと同じだな。国に愛想をつかし、騎士の誇りをあっさりと捨ててしまったのだからな」
 溜息をついたサリアは自らをあざけるかのように苦笑した。
「そ、そんなことありません!私達がこうして強くなれたのは師範の教えのおかげ!その教えも師範が騎士の誇りを持っている証だと私は思います!」
「強くなったのはあんたばかりじゃない?」
 ビオラからのツッコミをよそに、リエルは身を前に乗り出してサリアに訴えた。
「アーランド…」
 リエルの真剣な眼差しにサリアは思わず圧倒された。

「…ふっ。優しいものだな。お前は」
 一瞬の間を置き、サリアは笑みを浮かべた。

「…本当はもう少し、技を教えたかったのだがな…さすがに酷というものか」
 そう言いながらサリアは背後の棚を開いた。その中にしまっておいた折れた聖剣を手に取り、リエルの前に差し出した。

「…これは…!」
「思ったよりも腕を上げたようだからな。もっとも、あくまで及第点だがな」
「でも…いいのですか?」
 リエルは聖剣とサリアを交互に見ながら恐る恐る尋ねた。
「お前達にも果たすべき使命があるのだろう?いつまでも足を止めるわけにもいかないと思ってな」
「やったじゃん!リエル!」
 隣に座るビオラはリエルの手を取り、喜びの声をあげた。
「これでこの鬼師範ともおさらばってもんあいたっ!」
 ビオラの頭頂部に木刀が襲い掛かった。
「あくまで及第点と言ったのだ!あとは旅をしながら技を磨くようにしろ!特にお前は杖なしでも魔法を当てられるようになれ!」
「あだだ…親父の拳骨並みに痛い…」
 ビオラは頭を押さえながら不満げにサリアをにらんだ。
「それと…これも持っていけ」
 サリアは背後の壁に立てかけていた剣を手に取った。使い込まれた感じのある鋼製の剣だ。
「それは?」
「現役の時に愛用していたものだ。普段はこれで戦うようにしろ」
「ええ?」
「上級騎士御用達のエンハンスソードだ。聖剣の足元にも及ばないだろうが、並の敵ならば簡単に屠ることができるであろう」
「上級騎士って…そんな立派なものを…」
 あまりに上等な剣を自分が受け取ってよいのか、リエルは躊躇した。
「気にするな。壁の飾りにしておくよりはマシだ」
「でも…」
 有無を言わせぬと言わんばかりのサリアに圧を感じたリエルは恐れながらも剣を受け取った。
「そして…二つ約束しろ」
「二つ?」
「一つ、聖剣はもしもの時にだけ使うようにしろ。それこそ、魔勇者とやらと戦う時ぐらいにだ」
 自分が心身ともに未熟な少女に訓練を授けたのはまさにそのため。聖剣という未知数の凄まじい力に依存してはならない。それがサリアの考えであった。
「もう一つは…何があっても絶望するな」
 シンプルな言葉であった。
「以前、温泉で話したと思うが、この先、お前達はさらなる強敵や理不尽な悲劇に出くわすことになる。勇者になろうがなるまいがな」
 サリアは力強くリエルの顔を指さした。
「特にお前は優しすぎる。己を顧みず全てを守ろうとする姿が容易に想像できる。だが、どれほどの力を身に着けようとも全てを守ることも救うこともできはしない。時には残酷な選択を迫られることになる」
 辛辣な言葉はサリア自身の経験に基づく断言であった。実際、彼女は騎士として戦っていた頃、目の前で多くの仲間を失った。その中には勇者の称号を持つ者も含まれていた。
 騎士を引退し、一人静かに道場で暮らすようになった今でもその時の自責の念は消えていない。
「だが、お前達に為すべきこと、成し遂げたいことがあるならば、決して絶望するな」
 サリアはゆっくりと指を下ろした。リエルは彼女の真剣な目を見つめ、静かに頷いた。

「…とにかく、今日はゆっくりと休め。明日の出発に備えて英気を養うがいい」
「え?いいんですか?」
「道場を守ってくれた礼だ。今日は飯を食って温泉に入るといい。その前にアーランドはお湯張り、コウタケは茶の用意、ロンブルは腹筋百回してもらうがな」
「なんでよー!」
 道場の内外にビオラの絶叫がこだました。

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