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第九章

協力者

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「ふう…こんなところか…」

 三日月が東から昇り始めた夜。暗い森の中でサリアは起動済みのトラップの再設置作業にいそしんでいた。

「この程度のトラップも見抜けぬとは…まあ、無事でいただけでも及第点とするか」
 そう一人呟きながらサリアは二十個目のトラップの再設置を完了させた。敵に自身の居場所を察知されぬように彼女はあえて灯りを持たずに暗順応させた目のみで作業を行っていた。仮に敵が接近しても物音や気配でその動きを察知することもできる。もっとも、隙のないサリアにやすやすと接近しようとする低能な敵はこの森には存在しない。


 ――チリン…


 鬱蒼とした暗闇の中に透き通った鈴の音が響いた。音の方角にサリアが目を向けると、暗闇の中に光が灯された。やがて、カンテラを片手に持ち、大きな風呂敷を背負った一人の胡乱な風貌の男がゆっくりと姿を現した。

「…これはこれは、相変わらず生真面目ですなぁ」

 そう言いながら男は足元のナリコトラップを悠々と回避し、サリアのもとへ近づいた。

「…お前の方こそ、約束を守って律儀なものだな」

 サリアは剣を取ることなく、男を出迎えた。彼女はこの男のことをよく知っており、先程の鈴を鳴らして近づくのは彼だけであった。
「よしてくださいよ。律儀な男が横流しなんてあこぎな真似はしやせんって」
 自嘲しながら男は背中の風呂敷を下ろした。
「だいたい、間違って斬らないようにこの鈴を鳴らせって言ったのはあんたでしょうが」
「そういえばそうだったな」
 男は右手につけている鈴を見せびらかした。

「…いつもすまないな。道場のリフォームだけでなく、こうやって差し入れまでしてくれるとはな」
 風呂敷の中には米や小麦、お茶やコーヒーなどの食料品から、タオルやせっけんなどの日用品までいろいろと包まれており、どれも付近での採取では入手できないものばかりであった。
「なぁに。一つ二つくらいなくなってもアホなあいつらには気づかれませんって」
 詫びるサリアに対し、男はカカカと笑って返した。

「…それに、あの騎士団と国に対して愛想つかしているのはあんただけじゃないんですぜ?」
「…そうか」
 カンテラの灯はサリアの物憂げな表情を照らした。中身を確かめ終えた彼女は手際よく風呂敷を包みなおし、軽々と背負った。
「おや?もう行くんですかい?」
「ああ。ちょうど作業を終えたところだからな」
「ははっ!ホント仕事が早いこって」
 男は肩を竦め、その場を立ち去ろうとした。
「そうだ。一つ頼まれてはくれないか?」
 何かを思い出したかのようにサリアは男に声をかけた。
「どうしました?」
「次に来る時でいいが、少し多めに持ってきてほしいのだが…」
「へえ?そりゃまた珍しいですな。体重でも増やす気ですか?」
 突然のお願いに男は首を傾げた。
「そうじゃない。面倒を見なければならないのが少しばかり増えてな…」
「おお?ついに門下生が出来ましたか?めでたいねぇ~」
「まあ、そんなところだ」
「それで?何人?いくつぐらい?月謝はいくら巻き上げてる?」
「ま、待て待て!」
 いきなりの質問ラッシュにサリアは困惑した。
「お、教えてやりたいのはやまやまだが…あまり長居してはまずいのだろう?私もあいつらが待ってるからな…」
「おっと。こいつは失敬」
 男はわざとらしく自分の頭を叩いた。
「少々荷が重くなるかもしれないが…やはり無理か?」
「心配はご無用です。知り合いからいい物を借りられそうな話がありましてね」
 サリアの懸念を男は笑顔で払拭した。
「では。差し入れ感謝する」
「へぇ。お気をつけて」
 サリアは足早に道場の方角へ走り去った。

「…あの時よりも明るい顔になりましたな…」
 サリアの背中を見送った男はぼそっと呟いた。

「…任務がなけりゃ、あんたみたいないい女、ほっとかなかったんですがねぇ…」

 どこか遠い目で溜息をついた男は背中から黒い四枚の翼を広げ、月夜の空に舞い上がった。

 アークデーモン。その翼を持つ種族は人々からそう呼ばれていた。

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