異世界に召喚されて「魔王の」勇者になりました――断れば命はないけど好待遇です――

羽りんご

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第八章

任務の中断

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「…追っ手は…いないか…」

 薄暗い通路の中、右手首を失った黒衣の男は壁に背をつけ、周囲の気配を探った。そして、敵の気配がないことを確認した男は左手で左の懐をどうにかまさぐり、四角い石を取り出した。

「…こちらゲイザー。応答願います」

 ゲイザーは四角い石――通信石を耳に当て、何者かと連絡を試みた。

『…こちらエニグマ。どうしたゲイザー?』

 エニグマと名乗った応答者からの返答が通信石から発せられた。
「ターゲットの追跡中にトラブル発生。正体不明のアンデッドの襲撃を受け、ターゲットを見失いました」
『アンデッドだと?』
「はい。見た目は女僧侶ですが、あの魔力の波長と人間の限界以上の身体能力…間違いなく私とほぼ同様のアンデッドです」
 ゲイザーは冷静に説明した。
『ふむ…だが、貴様なら戦闘中でもターゲットの魔力を捕捉することが出来るのではなかったのかね?』
 エニグマは無茶な質問をした。
「それが…敵は如何にしてか存じませんが周囲に妨害魔法を展開しており、ターゲットの魔力を捕捉できなくなっていたのです。さらに、敵の攻撃で私も右手を失い、戦闘も追跡も困難と判断し、やむを得ず撤退を選択しました」
 冷静な口調ではあったが、一つ目を象った仮面の下は苦い表情であった。
『ぬう…貴様としたことがふがいないものだな』
「申し訳ありません。その代わり、この遺跡でティフォンに関する情報をいくつか入手することが出来ました」
『何?ティフォンだと?』
 エニグマは動揺をあらわにした。
「はい。はるか昔、人間達を裏切り、当時の魔王と結託してスノーウィ大陸を滅ぼしたと言われている伝説の賢者。この遺跡は彼の拠点の一つではないかと思われます」
 そう語るゲイザーの懐には彼が入手した書物が一冊しまわれていた。
『そうか…だとすればそこに絶剣の手がかりがあるやしれぬということか』
 エニグマは通信石の向こう側で口角を上げていた。
「絶剣…ですか?」
 聞きなれない言葉を耳にしたゲイザーは首を傾げた。
『おっと。それに関しては貴様が知る必要はない』
 エニグマはバッサリと切り捨てた。

(…極秘情報か…)

 所詮自分は末端の身。それを知る立場ではないことは承知していた。ただ与えられた任務を忠実にこなせばいい。ゲイザーは自分にそう心の中で言い聞かせた。

『ゲイザーよ。現在の任務を中断し、直ちに帰還せよ』
「直ちに…?あの少女の尾行はよろしいのですか?」
『構わん。絶剣の方が最優先だ。そちらの方は別の者に任せる。幸い、貴様の右手を直すアテもあるしな』
「右手を…?」
『つい最近、ヘルフランの苗を入手できたという情報が入った。それさえあれば貴様は右手だけでなく今以上の力を手にすることができるぞ…!』
 エニグマは怪しく笑いながら答えた。
「…了解しました」
 その言葉にゲイザーは妙な悪寒を感じたがそれを悟られぬよう無感情に返答した。
「では、直ちに帰還します」
『よろしい。全ては我らが神のために…』
 その言葉を聞いたゲイザーは通信石を懐にしまった。

「…人間をやめた時から覚悟はしていたのだがな…」

 誰に聞かせるわけでもなくゲイザーは溜息をつきながら呟いた。

「…お前は魔剣を見つけることはできたのか?…トーレス…」

 ここにはいないかつての友人の顔を思い出し、ゲイザーは薄暗い通路を歩きだした。
 
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