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第八章
足湯につかりながら
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「いや~。こんなものまであるなんて魔王城って充実してるのね~」
「ホントね。エキョウのギルド本部とは比べ物にならないわね」
「そうなの?私、エキョウには行ったことないのよねぇ」
「え?じゃあどこで冒険者登録したの?」
「んー…確かどこかの田舎のギルドだったかしら。おかげでアンデッドだとばれずに登録できたのよね」
「マジで?そういうのって本当にあるのねー」
メイリスとマイカは足首をお湯につけながら談笑していた。
魔大陸ダーグヴェの中央に位置する魔王城。その中に造られた訓練場の隣にある第二休憩所。訓練を終えた魔族のほとんどはそこに立ち寄って飲み物を買ったり、テーブルで同僚と談話したりして訓練の疲れを癒している。
二人が利用している足湯は医療担当のウーナの発案によって最近新たに設けられたものであり、訓練場が見える窓際のベンチの足元に用意されていた。そのリラクゼーション効果は主に二本足の魔族に大好評であった。
「…アンデッドも足湯するモンなの?この世界って…」
背後からの声にメイリスが振り返ると、そこにはじゃんけんで負けて三人分の飲み物を買ってきた魔勇者――静葉がジト目で立っていた。
「あら。こういうのは雰囲気よ雰囲気。熱を感じなくてもそういう気持ちになるだけで十分効果があるのよ」
静葉の疑問にメイリスは笑顔で返した。
「プラシーボ効果ってヤツ?まぁ、こないだゴーレムが足湯しているのを見たけど…」
そう呟きながら静葉はメイリスとマイカに飲み物を渡した。その後彼女は裸足になってベンチに腰掛け、そっと足首をお湯に浸した。そのぬくもりに静葉は思わず顔を緩めた。
「にしても…休憩所もずいぶんにぎわっているわね」
お茶を飲みながら静葉は周りを見渡した。自分達と同じように足湯を堪能している者もいれば、テーブルを囲んで軽食を摂る者、はては窓から訓練場を眺めてスパーリングをしている魔族達を利用して賭けをする者達までいた。
「こうやって見ていると魔族ってのも面白いわね」
イチゴ牛乳を手にしたメイリスは静葉に声をかけた。
「まぁ…そうかもね…」
「この前、ネズミの十人兄弟が同じ時間にいっぺんにトイレに駆け込む姿を見たわ。ありゃ、お通じのタイミングが全員一緒なのね」
「あぁ、だからこの城のトイレってやたらと広いのね」
多種多様な魔族がこの魔王城で暮らしており、その生態も魔族によって大きく異なる。そのため、トイレも各々の種族に対応できるように柔軟な設計となっていた。
「彼らの一人に話を聞いてみたんだけど、実家ではトイレが一個しかなくて休日は家庭内で大行列ができていたらしいわよ」
「大変ね…大家族って…」
窓から訓練場の様子を眺めながら三人は他愛のない会話を続けた。
「お!頑張っているわね。あの騎士君」
イチゴ牛乳を飲み終えたメイリスは訓練場の一画に設けられたリング場を指さした。そこにはフル装備で十人組手に挑んでいるエイルの姿があった。
「…ズワースに鍛えられただけあって、体力はかなりのものみたいね…」
感心しながら静葉はその様子を眺めた。ズワースから先日の任務の成果を認められたエイルはここ最近魔王城に通うようになり、黒竜の洞窟とはまた違う訓練を受けるようになった。静葉と出会った頃と比べると彼の実力は見違えるものにまで成長しており、訓練場に通う魔族達からも一目置かれるほどであった。
「あんな戦い方があるなんてね。ニールとは大違いだわ」
それなりに多くの冒険者達の戦いを見てきたマイカにとってもエイルの戦闘スタイルは斬新なものであった。
自分からはほとんど斬りかかることなく、向かってきた相手の攻撃を盾や手斧で打ち払い、生じたスキを見計らうという防御と迎撃を中心とした戦術。それがエイルの戦い方であった。また、その鈍重な外見とは裏腹にフットワークはとても軽く、足元への攻撃も届くことはない。訓練場の常連である屈強なミノタウロスやサイクロプスでさえも彼に一撃を与えることもままならず、その戦術に翻弄されるばかりであった。
(…でも、あのぐらいならニールだって…)
以前の仲間のことを思い出しながらマイカはコーヒーを一口飲んだ。
「ホント張り切ってるわね。なんか目的でもできたのかしら?」
「ふふ。意外とシンプルな目的かもしれないわよ?」
小さく笑いながらメイリスは静葉の目を見た。
「ん?心当たりでもあるの?」
「さぁ。何かしらねぇ?」
含みのある言葉をもらしながらメイリスはわざとらしく目をそらした。その妙な仕草に静葉は首を傾げた。
「何なのよ…まあ、どうせ大した動機じゃないんでしょうけど」
「だが、どんな些細な動機でも持つだけで生きる力となり、強くなる力となりえる。なんと熱心な男よ」
「そういうものかしら…ね?」
この場では聞くはずのない声に気づいた静葉は右側に顔を向けた。そこには何食わぬ顔でベンチに腰掛け、足湯を堪能する黒い影――魔王がいた。
「おわあぁぁたぱあぁ!?」
その存在を目にした静葉は思わず奇声をあげ、危うくお茶をこぼしそうになった。
「今日も元気そうだな。魔勇者よ」
そんな静葉に対し、魔王は顔色一つ変えることなく挨拶した。
「ホントね。エキョウのギルド本部とは比べ物にならないわね」
「そうなの?私、エキョウには行ったことないのよねぇ」
「え?じゃあどこで冒険者登録したの?」
「んー…確かどこかの田舎のギルドだったかしら。おかげでアンデッドだとばれずに登録できたのよね」
「マジで?そういうのって本当にあるのねー」
メイリスとマイカは足首をお湯につけながら談笑していた。
魔大陸ダーグヴェの中央に位置する魔王城。その中に造られた訓練場の隣にある第二休憩所。訓練を終えた魔族のほとんどはそこに立ち寄って飲み物を買ったり、テーブルで同僚と談話したりして訓練の疲れを癒している。
二人が利用している足湯は医療担当のウーナの発案によって最近新たに設けられたものであり、訓練場が見える窓際のベンチの足元に用意されていた。そのリラクゼーション効果は主に二本足の魔族に大好評であった。
「…アンデッドも足湯するモンなの?この世界って…」
背後からの声にメイリスが振り返ると、そこにはじゃんけんで負けて三人分の飲み物を買ってきた魔勇者――静葉がジト目で立っていた。
「あら。こういうのは雰囲気よ雰囲気。熱を感じなくてもそういう気持ちになるだけで十分効果があるのよ」
静葉の疑問にメイリスは笑顔で返した。
「プラシーボ効果ってヤツ?まぁ、こないだゴーレムが足湯しているのを見たけど…」
そう呟きながら静葉はメイリスとマイカに飲み物を渡した。その後彼女は裸足になってベンチに腰掛け、そっと足首をお湯に浸した。そのぬくもりに静葉は思わず顔を緩めた。
「にしても…休憩所もずいぶんにぎわっているわね」
お茶を飲みながら静葉は周りを見渡した。自分達と同じように足湯を堪能している者もいれば、テーブルを囲んで軽食を摂る者、はては窓から訓練場を眺めてスパーリングをしている魔族達を利用して賭けをする者達までいた。
「こうやって見ていると魔族ってのも面白いわね」
イチゴ牛乳を手にしたメイリスは静葉に声をかけた。
「まぁ…そうかもね…」
「この前、ネズミの十人兄弟が同じ時間にいっぺんにトイレに駆け込む姿を見たわ。ありゃ、お通じのタイミングが全員一緒なのね」
「あぁ、だからこの城のトイレってやたらと広いのね」
多種多様な魔族がこの魔王城で暮らしており、その生態も魔族によって大きく異なる。そのため、トイレも各々の種族に対応できるように柔軟な設計となっていた。
「彼らの一人に話を聞いてみたんだけど、実家ではトイレが一個しかなくて休日は家庭内で大行列ができていたらしいわよ」
「大変ね…大家族って…」
窓から訓練場の様子を眺めながら三人は他愛のない会話を続けた。
「お!頑張っているわね。あの騎士君」
イチゴ牛乳を飲み終えたメイリスは訓練場の一画に設けられたリング場を指さした。そこにはフル装備で十人組手に挑んでいるエイルの姿があった。
「…ズワースに鍛えられただけあって、体力はかなりのものみたいね…」
感心しながら静葉はその様子を眺めた。ズワースから先日の任務の成果を認められたエイルはここ最近魔王城に通うようになり、黒竜の洞窟とはまた違う訓練を受けるようになった。静葉と出会った頃と比べると彼の実力は見違えるものにまで成長しており、訓練場に通う魔族達からも一目置かれるほどであった。
「あんな戦い方があるなんてね。ニールとは大違いだわ」
それなりに多くの冒険者達の戦いを見てきたマイカにとってもエイルの戦闘スタイルは斬新なものであった。
自分からはほとんど斬りかかることなく、向かってきた相手の攻撃を盾や手斧で打ち払い、生じたスキを見計らうという防御と迎撃を中心とした戦術。それがエイルの戦い方であった。また、その鈍重な外見とは裏腹にフットワークはとても軽く、足元への攻撃も届くことはない。訓練場の常連である屈強なミノタウロスやサイクロプスでさえも彼に一撃を与えることもままならず、その戦術に翻弄されるばかりであった。
(…でも、あのぐらいならニールだって…)
以前の仲間のことを思い出しながらマイカはコーヒーを一口飲んだ。
「ホント張り切ってるわね。なんか目的でもできたのかしら?」
「ふふ。意外とシンプルな目的かもしれないわよ?」
小さく笑いながらメイリスは静葉の目を見た。
「ん?心当たりでもあるの?」
「さぁ。何かしらねぇ?」
含みのある言葉をもらしながらメイリスはわざとらしく目をそらした。その妙な仕草に静葉は首を傾げた。
「何なのよ…まあ、どうせ大した動機じゃないんでしょうけど」
「だが、どんな些細な動機でも持つだけで生きる力となり、強くなる力となりえる。なんと熱心な男よ」
「そういうものかしら…ね?」
この場では聞くはずのない声に気づいた静葉は右側に顔を向けた。そこには何食わぬ顔でベンチに腰掛け、足湯を堪能する黒い影――魔王がいた。
「おわあぁぁたぱあぁ!?」
その存在を目にした静葉は思わず奇声をあげ、危うくお茶をこぼしそうになった。
「今日も元気そうだな。魔勇者よ」
そんな静葉に対し、魔王は顔色一つ変えることなく挨拶した。
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