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第六章

静葉の弱点

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「ふう…ようやく着いたわね」

 廃屋敷の門前。静葉達魔勇者一行はそこから屋敷を見上げた。
「近くで見るとやっぱり大きいわね」
 額に手をかざしながらマイカが呟いた。
「でも、思ったよりボロボロですね…」
 屋敷の窓はほとんどが割れており、ひび割れた壁の一部は苔むしている。塗装の禿げた屋根の上にはカラスのような鳥が不気味な鳴き声をあげている。
「お化けでも出たりしてね」
 アンデッドであるメイリスは意地悪そうな笑みを浮かべた。
「お、お化けですか?」
 その言葉を聞いたエイルは不安げな声を漏らした。
「何?あなたお化けが苦手なの?」
「そ、そうですね…」
 静葉ににらまれたエイルはびくつきながら答えた。
「なっさけないわね…」
「だ、だって…お化けは物理攻撃が効かないですし…僕の装備ではちょっと対抗しづらいですから…」
「あ。意外と現実的な理由なのね」
 静葉は肩透かしを食らったような気分になった。
「そういうシズハはどうなの?案外怖いんじゃない?」
「まさか。魔王城にはそういうたぐいの魔物がゴロゴロいるんだし、今更ビビるもんでもないでしょ」
 マイカに問われた静葉は肩を竦めながら答えた。
「あらあら。頼もしいわね」
 メイリスはクスっと笑った。
「まあ、仮に出たとしても対抗手段は――きゃあっ!」

 話の途中で静葉は唐突に悲鳴をあげた。

「ちょ…どうしたの?」
「い…今、目の前に…」
 そう答える静葉の言葉は震えていた。
「目の前?…うわ!」
 静葉とマイカの間を虫の羽音が勢いよく通り過ぎた。

「いやあぁっ!」

 静葉は両腕で顔を覆いながら腰を落とした。

「今のは…キラービー?」

 メイリスは黄色と黒の縞模様を持つ一匹の大きめの昆虫を捉えた。臀部の鋭い針を用いて獲物に麻痺毒を与える蜂型の魔物だ。獲物の周囲を高速で旋回し、方向感覚を狂わせたところを攻撃をくわえる特徴を持つ。
 キラービーは大きな羽音を鳴らしながら様子を窺うように静葉達の周囲を飛行している。攻撃する直前に動きを一瞬止める傾向があるため、そこを把握していれば対処は困難ではない。しかし――

「来ないで!」

 青ざめた表情で静葉は右腕を大きく振り回し、キラービーどころか周囲の森ごと焼き払うような勢いで黒い炎を広範囲にまき散らした。その炎はキラービー一匹と屋敷の門前の木々を一瞬で包み込んだ。

「うわあぁぁぁ!」
「は…『ハイアクア』!」

 マイカはすかさず水の中級魔法を広範囲にばらまき、急いで鎮火した。

「いや~。危なかったわね~」

 発生した事態とは裏腹にメイリスはのんきな表情でつぶやいた。

「もー!いきなり何するのよ!」

 マイカは静葉に苦言を呈した。マイカの後ろではエイルが心配そうにのぞき込んでいる。

「ご…ごめん…」

 静葉は息を切らしながら謝罪した。普段からは想像つかないほどの気弱な表情をしてる。

「じ…実は私…蜂が苦手で…」
「え?そうなの?」

 マイカは目を丸くした。静葉の話によると彼女は幼少の頃、山で蜂の巣をつついてそのまま蜂に刺されたことがあるらしい。そのトラウマから彼女は蜂が怖くなったとのことである。

「あら~。そんなことがあったのね…」

 心配そうな声とは裏腹にメイリスはニヤニヤとしていた。

「…何よその顔…」
 静葉は顔をしかめた。よく見るとマイカも仮面の下で同じような顔をしていた。
「あ、いや…人間達が恐れる魔勇者様にもそんな弱点があるんだな~って思ってさ」
「う…うるさい!」
 静葉は腕を振りながら顔を赤くした。

「…他の奴らにばらしたらコイツで喰らってやるからね…?」

 腕にどす黒い炎を宿しながら静葉は三人に警告した。

「わ、わかったわよ!ごめんって!」
 慌てた表情でマイカは謝罪した。
「まあまあ、とにかく行きましょうよ」
 笑いをこらえた表情でメイリスは屋敷の門を開いた。

 そんなこんなで四人は屋敷の敷地に足を踏み入れた。しかし、彼女達は気づいていなかった。屋敷の屋根で気配を殺しながら四人を観察していた深緑の影の存在に…。
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