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第六章

冒険の記録

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 デワフ山を下山したリエル達は川沿いに進み、ドワーフの里を目指していた。途中、日も暮れてきたこともあり、手頃な地点にテントを張って野営することとなった。

「ブヒ?何を書いているんだ?」

 見張りの交代のために早めに睡眠をとるビオラに枕にされたままトニーはリエルに尋ねた。彼女はスケッチボードにのせた白紙の書物に何かを書き込んでいる。ちなみにビオラは大きな寝息をたてて熟睡し、アズキは少し離れた場所で見張りをしている。

「これ?これはね、『冒険の記録』よ」
 ペンを動かしながらリエルは答えた。
「冒険の記録?」
「ええ。私達冒険者がいつ、どんな場所を訪れたか、そこで何を拾ったか、どんな魔物と戦ったか、その魔物には何が効いたか、その他色々と記録している書物よ」
「へぇ。で、そいつをどうするんだ?」
「ギルドを訪れた時にこれを提出するとね、その内容に応じて報酬と冒険者ランクを決めるスコアがもらえるの。で、ギルドは受け取った記録を整理して他の冒険者にその情報を提供しているのよ」
「ふーん。冒険者ってのはけっこうめんどくせぇ仕事なんだな」 
 トニーは正直な感想をもらした。
「…トニーは…冒険者を知らなかったの?」
 冒険者の責務を知らなかった様子からリエルは彼が冒険者と関わりがない存在であることを察した。
「さぁな。そもそも俺は人間じゃないかもしれないし、だったとしても冒険者とは縁があった気はしねぇな」
 トニーは溜息をついた。
「そうなんだ…」
 リエルはこの記憶喪失の黒豚の身を案じた。グロハの町のギルドでも彼に関する情報は得られず、これまでの道中でも彼に似たような存在は確認できなかった。デワフ山で遭遇した魔族も彼の存在を知る様子はなかった。

「ただ、あの教会に足を踏み入れた時、どこか懐かしい空気を感じた。あんたらの言う通り、俺はあの教会と何か関わりがあるかもしれねぇな」
「教会って…ファナトスの?」
「あぁ。あんたらにとってはファナトスは邪神らしいが、そう聞かされてどこかいい気分がしなかった。もしかしたら…」
 トニーは途中で口をつぐんだ。彼が何を言おうとしたのかリエルは何となく理解した。確かに人間のほとんどはファナトスを魔族が崇める邪神として忌み嫌っている。そして、それ以上知ることもしようとしない。
 リエルは彼にかける言葉を見つけることができなかった。トニーの素性がはっきりとわからない以上、安易な慰めはかえって彼を傷つけるような気がしたからだ。彼女はビオラのように歯に衣を着せない言葉をかける気質ではない。焚火の音がパチパチと響いた。

「まあ、俺のことはついででいいからよ。そんな気にすんな」
「え?」

 リエルの心情を察したかのようにトニーが先に声をかけた。

「確かに俺の正体は俺にもわからない。最悪、あんたらの敵かもしれねぇ。でも、仮にそうだとしてもあんたらには手を出さないよう善処するさ」
「でも…」
「大丈夫だ。なんとかできるんだろ?自信持ちな。お嬢ちゃん」
 トニーは自信ありげに鼻を鳴らした。
「…そうね。ありがとう…」

 気持ちを少し楽にしたリエルは再びペンを動かした。

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