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第四章
魔人
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遠い昔、メイリスはその存在の伝承を聞いたことがあった。人間の姿を持ちながらもその力は魔族さえも凌駕する正体不明の存在。それは魔人。
彼女は魔人そのものを目にしたことはない。しかし、目前にいるそれはそうと思わざるを得ないほどの威圧感を放っている。
「グ…グアアアアアァァァァァァァァァァァ!」
腹の底まで届くような咆哮とともに魔人はメイリスに向かってきた。殺意とはまた違う。ただ目の前の障害を排除する。それだけの衝動が襲い掛かる。そう感じたメイリスはすかさず身構えた。
しかし、その予想とは裏腹にメイリスの目前で魔人は足に力を入れ、踵を返した。そしてそのまま壁に向かって右腕の黒い炎を戦斧のごとく叩き付けた。
「な…!」
その威力にメイリスは驚愕した。タタリア遺跡で相まみえた時とは比べ物にならないほどに力が増しており、直接受けていないにも関わらず思わずよろけてしまうほどの風圧であった。
砕かれた壁の向こう側は外であった。眼下には城下町が見える。ほとんどの民はすでに港へ避難しており、もはや悲鳴は聞こえなかった。
「グオオオオォォォォァァァァァァァァ!」
魔人は頭上に手をかざし、黒い火球を作り出した。しかし、その大きさは部屋の天井を突き破るほどに膨れ上がり、小さな太陽とも形容してもおかしくないものであった。そのまま魔人が手を振りかぶると火球は外に放たれた。
ドォォン!
一瞬だけ外が夜明けのように明るくなった。時間差で城下町のはずれに着弾した轟音が部屋まで響いた。火球を放った魔人の身体を包んでいた黒い炎は失せ、髪の色は本来の黒色に戻った。力を使い果たし、意識を失った少女は糸の切れた操り人形のように膝から崩れ落ちた。
「ちょ…ちょっと!」
メイリスは素早く駆け寄り、壁の穴から落下しそうになった魔勇者の身体を抱え込んだ。
「…一体、何が…」
「魔勇者様!大丈夫ですか~?」
どこからともなく別の声が聞こえた。何もない空間から手品のように姿を現したのはウーナであった。
「あなたは…医務室のウナギさん?」
床の一部が不自然に揺らいでいる。メイリスも使用していたステルスコートだ。おそらくウーナはこれを用いて静葉の様子を監視していたのだろう。メイリスはそう推測した。ウーナの後ろにはコウモリの翼を生やした小さな水晶玉が浮いている。
ウーナは意識を失った静葉の手を取り、脈を測った。
「よかった~。命に別状はないようどすえ~」
「そう…」
二人はほっと胸をなでおろした。
「…でも、今のは何なの?」
「わたくしにもわからないどすえ~。ですが、魔王の力が何らかの作用をもたらしたことは確かどすえ~」
静葉の首や頬に触診しながらウーナは答えた。
メイリスは静葉が空けた壁の穴から外を覗いた。火球が着弾したと思われる地点にはいくつかの家屋があったはずだが、そこには大きなクレーターができていた。そのクレーターは城下町の半分ほどの面積を飲み込んでいた。その光景にメイリスは思わず生唾を飲み下した。
「とにかく、一度魔王城に戻るどすえ~。こんなところにいたらかば焼きになってしまうどすえ~」
部屋の周りにはいまだに炎がくすぶっている。
「そうね。ウナギのタレが欲しくなりそうだわ」
「も~、堪忍どすえ~」
ウーナは苦笑した。
(…何者なの?この娘…)
そう考えながらメイリスは静葉の身体を軽々と抱えてこの城を後にした。
彼女は魔人そのものを目にしたことはない。しかし、目前にいるそれはそうと思わざるを得ないほどの威圧感を放っている。
「グ…グアアアアアァァァァァァァァァァァ!」
腹の底まで届くような咆哮とともに魔人はメイリスに向かってきた。殺意とはまた違う。ただ目の前の障害を排除する。それだけの衝動が襲い掛かる。そう感じたメイリスはすかさず身構えた。
しかし、その予想とは裏腹にメイリスの目前で魔人は足に力を入れ、踵を返した。そしてそのまま壁に向かって右腕の黒い炎を戦斧のごとく叩き付けた。
「な…!」
その威力にメイリスは驚愕した。タタリア遺跡で相まみえた時とは比べ物にならないほどに力が増しており、直接受けていないにも関わらず思わずよろけてしまうほどの風圧であった。
砕かれた壁の向こう側は外であった。眼下には城下町が見える。ほとんどの民はすでに港へ避難しており、もはや悲鳴は聞こえなかった。
「グオオオオォォォォァァァァァァァァ!」
魔人は頭上に手をかざし、黒い火球を作り出した。しかし、その大きさは部屋の天井を突き破るほどに膨れ上がり、小さな太陽とも形容してもおかしくないものであった。そのまま魔人が手を振りかぶると火球は外に放たれた。
ドォォン!
一瞬だけ外が夜明けのように明るくなった。時間差で城下町のはずれに着弾した轟音が部屋まで響いた。火球を放った魔人の身体を包んでいた黒い炎は失せ、髪の色は本来の黒色に戻った。力を使い果たし、意識を失った少女は糸の切れた操り人形のように膝から崩れ落ちた。
「ちょ…ちょっと!」
メイリスは素早く駆け寄り、壁の穴から落下しそうになった魔勇者の身体を抱え込んだ。
「…一体、何が…」
「魔勇者様!大丈夫ですか~?」
どこからともなく別の声が聞こえた。何もない空間から手品のように姿を現したのはウーナであった。
「あなたは…医務室のウナギさん?」
床の一部が不自然に揺らいでいる。メイリスも使用していたステルスコートだ。おそらくウーナはこれを用いて静葉の様子を監視していたのだろう。メイリスはそう推測した。ウーナの後ろにはコウモリの翼を生やした小さな水晶玉が浮いている。
ウーナは意識を失った静葉の手を取り、脈を測った。
「よかった~。命に別状はないようどすえ~」
「そう…」
二人はほっと胸をなでおろした。
「…でも、今のは何なの?」
「わたくしにもわからないどすえ~。ですが、魔王の力が何らかの作用をもたらしたことは確かどすえ~」
静葉の首や頬に触診しながらウーナは答えた。
メイリスは静葉が空けた壁の穴から外を覗いた。火球が着弾したと思われる地点にはいくつかの家屋があったはずだが、そこには大きなクレーターができていた。そのクレーターは城下町の半分ほどの面積を飲み込んでいた。その光景にメイリスは思わず生唾を飲み下した。
「とにかく、一度魔王城に戻るどすえ~。こんなところにいたらかば焼きになってしまうどすえ~」
部屋の周りにはいまだに炎がくすぶっている。
「そうね。ウナギのタレが欲しくなりそうだわ」
「も~、堪忍どすえ~」
ウーナは苦笑した。
(…何者なの?この娘…)
そう考えながらメイリスは静葉の身体を軽々と抱えてこの城を後にした。
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