異世界に召喚されて「魔王の」勇者になりました――断れば命はないけど好待遇です――

羽りんご

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第四章

根絶やし

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「な…なんだと?」

 魔導士は少女の言葉の意味を理解できなかった。異世界召喚の技術はおろか存在を知る者は国王と大臣、そして自分達宮廷魔導士のみのはず。
「貴様…どこでそれを…」
「この国のおしゃべりな勇者様が教えてくれたのよ。魔法陣の場所まで丁寧にね」
「な…」
 魔導士は驚愕し、言葉を失った。自分達が召喚した異世界の勇者。年も若く、へらへらしていて勇者としての品格があるか彼は疑問に思っていたが、それがこんな形で災いを招くとは思いもしていなかった。そして、彼女の言葉からある疑問が頭に浮かんだ。
「まさか…貴様が魔勇者…?」
 魔導士はゾート橋のクエストに勇者と共に参加し、敗走してきた冒険者達の報告を思い出した。報告によると、彼らは橋の上で魔勇者と思われる少女に遭遇し、ほとんどの冒険者が殺されたという話であった。そして、黒い炎を纏って自分の目の前に立ちはだかる少女がその魔勇者であることとその魔勇者が勇者を葬り、ゾート橋を破壊したことを確信した。

「な、なぜだ?なぜ魔勇者が異世界召喚を狙う?」
「迷惑なのよね…普通に暮らしていたのに勝手に異世界こんなところに連れてこられて…挙句に勇者になれなんて命じられて…」
 魔勇者は吐き捨てるように不満を漏らした。
「な、何を言ってるんだ?」
「わからない?別にいいわよ。どうせ殺すのだから」
 そう言いながら少女は右腕の炎を獣の頭に変え、魔導士の身体に喰らいついた。黒い炎に呑まれた身体はたちまち焼き尽くされ、その魂ごと魔勇者の養分として取り込まれた。

 炎の獣をひっこめた魔勇者はいまだに燃え盛る資料室の中心に立ち尽くしていた。この部屋には彼女以外に生存者はいない。そのはずだが、魔勇者は目前の壁を睨み付けていた。まるで何かがいるかのように。

「『七匹の子ヤギ』だっけ…?狼に襲われたヤギの一家…確か最後の一匹は時計に隠れて難を逃れたとか…」
 誰に聞かせるわけでもなく魔勇者は呟いた。

「…でも…」

 彼女は目前の壁に近づき、思いきり殴りつけた。

「…現実は物語のように甘くはないのよ」
 
 壁は崩れ落ち、その裏にある部屋があらわになった。その部屋には白いローブを纏った少女が身体を震わせながら尻もちをついていた。その風貌を見て魔勇者は彼女も魔導士の一人であると推測した。

「あ…あぁ…」

 白いローブの魔導士は目の前に現れた黒い炎を纏う魔勇者に対し、どうすればいいのかわからなかった。寝坊したために緊急会議に遅刻し、会議室に急いで向かっていた時に襲撃に巻き込まれ、とっさに資料室の隣の物置に隠れていたのだが、完全に気配を断つことができなかったがゆえにこうして魔勇者に嗅ぎ付けられてしまったのだ。

「やれやれ…手間かけさせてくれるわね…」
 魔勇者は溜息を漏らしながら白いローブの魔導士に近づいた。魔導士は震えながら何かの本を大事そうに抱えていた。それに気づいた魔勇者はその本を首に巻いた赤いマフラーで強引に奪い取った。マフラーから本を受け取った魔勇者はその表紙を見た。

「…!そ、それは…!」
 魔導士は本を取り返そうと手を伸ばした。赤いマフラーはそれを阻むようにその手を弾いた。

「…へぇ…」

 表紙には『異世界召喚に関する報告』と書かれていた。彼女もまた異世界召喚の関係者。そう断定した魔勇者は黒い炎を魔導士の背後に放った。部屋の入り口は炎に包まれ、逃げることはできない。

「…その様子だと、私が何をしにここに来たかわかっているわよね?」
 魔勇者はわざとらしく魔導士に尋ねた。魔導士は退路を炎で阻まれて身体を震わせている。

「お…お願いです…私には……私には幼い妹が…」
 目の前にいる魔勇者が人間であるとみた魔導士は命乞いを試みた。人間ならば少しでも良心があるはず。敵意がないとわかれば身を引いてくれるかもしれない。
 しかし、魔勇者は顔色一つ変えず右腕に黒い炎を宿し、魔導士に近づいた。その突き刺すような視線は炎に囲まれているにも関わらず身体の芯まで凍り付くように冷たい。

「最後にひとつだけ聞かせなさい。異世界から召喚した人間を元の世界に帰す術はあるの?」
 右腕に黒い炎をたぎらせながら魔勇者は尋ねた。
「…え?」
 唐突な質問に魔導士は思わず聞き返した。
「答えなさい。あるんでしょ?」
 魔勇者は念を押した。嘘は許さない。彼女の目はそう語っている。真実を全て話すしか選択肢はない。それを本能で察知した魔導士は恐る恐る口を開いた。

「帰す方法は……あ…ありません…」

「…ない?」
 魔勇者は眉をひそめた。

「ないんです…!異世界から呼びよせることはできても、異世界に帰すことはできないんです…!私がいくら研究しても方法は発見できなかったんです!他の魔導士様達は必要ないと協力してくれなくて…」
 魔導士は必死に弁明した。
「…それは本当なの?」
「本当です!女神パルティア様に誓って本当です!」
「…そう…」

 魔導士の言葉が本当であると理解した魔勇者は肩を落とし、うつむいた。彼女はほどなくして顔を上げ、真顔で魔導士の目を見た。

「……それならもう用はないわ」

 魔勇者は右腕の黒い炎を獣の頭の形に変えた。先ほどの魔導士を喰らった時よりも一回り大きい獣だ。

 自分だけでなく、この世の全てを飲み込むかのように禍々しく大きな口を開く黒い炎の獣の頭。それが魔導士の少女が見た最後の光景であった。

 
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