上 下
62 / 261
第三章

撤退

しおりを挟む
「潮時って…どういうことよ?」

 天井から降りてきたフロートアイに私は尋ねた。敵は地響きに警戒してこちらに攻撃してくる様子はない。

『今ベアードから作業が終わったと連絡が入った。ここが崩れる前に早く離脱して!』
 コノハはこの場にいる全員に聞こえるように大音量で告げた。
「でも…聖剣が…」
『大丈夫。その刀身だけで十分さ。あとはここを沈めるだけだよ』
「そう…わかったわ…」
 
 正直スッキリしないが、仕方ない。右手に聖剣の刀身を握りしめたまま私は後ろに下がり、背後の壁に裏拳をぶつけた。壁はあっという間に砕け散り、大きな穴が開いた。

「残念だけど…勝負はお預けね…」
「な…!それって…?」

 相手は地響きをこらえながらも納得いかない表情でこちらを見ている。まぁ、気持ちはわかる。

「リエル!こっちよ!」

 リエルと呼ばれた少女が振り向くと、メイリスという女僧侶が空けた穴の前に仲間の魔法使いが待機し、呼びかけていた。
「そういうことよ。生き埋めになる前に行きなさい」
「で…でも…」
 リエルは遠くに倒れているメイリスの遺体に目を向けた。さしずめ、置いて行けないと考えているのだろう。
「リエル!早く!」
 魔法使いが必死に呼びかける。そんな暇はないとようやく理解したリエルは光の刃を引っ込め、穴の方へ駆け出した。二人はすぐさま外に飛び出し、遺跡を後にした。

 後ろを振り返ると私が空けた穴の下の方から砂漠が迫って見える。どうやら本当に遺跡が沈んでいるようだ。
「さて…私も…」
『あ、魔勇者様はそのまま残って』
「は?なんでよ?」
 ホントになんでだよ!
『ちょっとやってもらいたいことがあってね。大丈夫。生き埋めになることはないからさ。たぶん』
 オイ!最後に不安なワードが聞こえたぞ!
「本当でしょうね?もし埋まったら鼻どつくわよ?」
『大丈夫だって』
 お気楽な返事が返ってきた。全く、とんでもない『任務』を指示してくれたものだ。そう心の中で愚痴りながら私は足に力を入れた。

 ――――

 ようやく揺れが収まった。

 照明魔法の効果が切れて暗闇に包まれた大広間をフロートアイが照らした。あれだけ激しい揺れだったにも関わらず、中の被害はほとんどない。

『どうやら、きれいに沈めてくれたみたいだね。さすがは僕の指示と爆薬!』
 コノハは自画自賛の声を漏らした。
「…よくもまぁ、そんな所に残れなんて言ったものね…下手すりゃペシャンコになってたわよ」
 私は頭上にいるフロートアイを睨み、文句をつけた。
『いやぁ、あれだけすごい力を見せてくれた魔勇者様なら何があっても平気かなと思ってねぇ』
 悪びれた様子もなく、ヘラヘラとした口調でコノハは言い訳した。
「何よその希望的観測…」
 私は溜息をついた。

「それにしても…」
 私は自分が空けた穴を覗き込んだ。手を貸すようにフロートアイが照らすとそこには広大な洞窟とつながっており、底の方には大きな川が流れている。いわゆる地下水脈というヤツだ。
「あの砂漠の地下にこんなところがあるとはね…」
『だからあのオアシスの地下に拠点を作ったのさ。アイテム開発には何かと水が必要だからね』
「でもなんでこの遺跡を地下に沈める必要があるの?」
 これがベアードに与えられた『任務』である。この遺跡の地下を爆破し、地下水脈とつなげることで遺跡そのものを地下に沈めるという何ともえげつない話である。
『この遺跡、何かと使えそうだなと思ってね。外からは崩壊したように見えるから追いかけられる心配もないよ』
「…意外と業突く張りなのね、あんた…」
『いやぁ、それほどでもぉ』
 褒めてねーよ。
「…で、何で私がここに残らなきゃならなかったの?」
『あぁ、ちょっと持ってきてほしいものがあってね』
「は?持ってくる?」
 その疑問に答えるようにフロートアイはある場所に移動した。
『これだよ』
 それは私が殺した僧侶――メイリスの遺体であった。
「え?こいつ?」
 彼女は血だまりの中、うつ伏せに倒れて動くことはない。
『そう。彼女を拠点まで持ち帰ってほしいんだ』
 確かにこの僧侶は何かと引っかかるものがある。詳しい理由は気になるが、まぁ、それは後で聞くとしよう。黒い炎の反動か、疲労感が半端ない。さっさと仕事をこなして早く休みたい。しかし、一つだけ聞きたいことがある。
「このくらい抱えながらでも脱出できたと思うんだけど?」
『あの二人に見られると色々と面倒くさくてね。それに…』
「それに?」
『この作業で人が残っても大丈夫かどうかデータが欲しかったんだよねー』
 …やっぱ帰ったら鼻をどつく。そう思いながら私はメイリスを抱えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪女として処刑されたはずが、処刑前に戻っていたので処刑を回避するために頑張ります!

ゆずこしょう
恋愛
「フランチェスカ。お前を処刑する。精々あの世で悔いるが良い。」 特に何かした記憶は無いのにいつの間にか悪女としてのレッテルを貼られ処刑されたフランチェスカ・アマレッティ侯爵令嬢(18) 最後に見た光景は自分の婚約者であったはずのオルテンシア・パネットーネ王太子(23)と親友だったはずのカルミア・パンナコッタ(19)が寄り添っている姿だった。 そしてカルミアの口が動く。 「サヨナラ。かわいそうなフランチェスカ。」 オルテンシア王太子に見えないように笑った顔はまさしく悪女のようだった。 「生まれ変わるなら、自由気ままな猫になりたいわ。」 この物語は猫になりたいと願ったフランチェスカが本当に猫になって戻ってきてしまった物語である。

転生料理人の異世界探求記(旧 転生料理人の異世界グルメ旅)

しゃむしぇる
ファンタジー
 こちらの作品はカクヨム様にて先行公開中です。外部URLを連携しておきましたので、気になる方はそちらから……。  職場の上司に毎日暴力を振るわれていた主人公が、ある日危険なパワハラでお失くなりに!?  そして気付いたら異世界に!?転生した主人公は異世界のまだ見ぬ食材を求め世界中を旅します。  異世界を巡りながらそのついでに世界の危機も救う。  そんなお話です。  普段の料理に使えるような小技やもっと美味しくなる方法等も紹介できたらなと思ってます。  この作品は「小説家になろう」様及び「カクヨム」様、「pixiv」様でも掲載しています。  ご感想はこちらでは受け付けません。他サイトにてお願いいたします。

ぽっちゃり無双 ~まんまる女子、『暴食』のチートスキルで最強&飯テロ異世界生活を満喫しちゃう!~

空戯K
ファンタジー
ごく普通のぽっちゃり女子高生、牧 心寧(まきころね)はチートスキルを与えられ、異世界で目を覚ました。 有するスキルは、『暴食の魔王』。 その能力は、“食べたカロリーを魔力に変換できる”というものだった。 強大なチートスキルだが、コロネはある裏技に気づいてしまう。 「これってつまり、適当に大魔法を撃つだけでカロリー帳消しで好きなもの食べ放題ってこと!?」 そう。 このチートスキルの真価は新たな『ゼロカロリー理論』であること! 毎日がチートデーと化したコロネは、気ままに無双しつつ各地の異世界グルメを堪能しまくる! さらに、食に溺れる生活を楽しんでいたコロネは、次第に自らの料理を提供したい思いが膨らんできて―― 「日本の激ウマ料理も、異世界のド級ファンタジー飯も両方食べまくってやるぞぉおおおおおおおお!!」 コロネを中心に異世界がグルメに染め上げられていく! ぽっちゃり×無双×グルメの異世界ファンタジー開幕! ※【第17回ファンタジー小説大賞】で『奨励賞』を受賞しました!!!

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

スキル【海】ってなんですか?

陰陽@2作品コミカライズと書籍化準備中
ファンタジー
スキル【海】ってなんですか?〜使えないユニークスキルを貰った筈が、海どころか他人のアイテムボックスにまでつながってたので、商人として成り上がるつもりが、勇者と聖女の鍵を握るスキルとして追われています〜 ※書籍化準備中。 ※情報の海が解禁してからがある意味本番です。  我が家は代々優秀な魔法使いを排出していた侯爵家。僕はそこの長男で、期待されて挑んだ鑑定。  だけど僕が貰ったスキルは、謎のユニークスキル──〈海〉だった。  期待ハズレとして、婚約も破棄され、弟が家を継ぐことになった。  家を継げる子ども以外は平民として放逐という、貴族の取り決めにより、僕は父さまの弟である、元冒険者の叔父さんの家で、平民として暮らすことになった。  ……まあ、そもそも貴族なんて向いてないと思っていたし、僕が好きだったのは、幼なじみで我が家のメイドの娘のミーニャだったから、むしろ有り難いかも。  それに〈海〉があれば、食べるのには困らないよね!僕のところは近くに海がない国だから、魚を売って暮らすのもいいな。  スキルで手に入れたものは、ちゃんと説明もしてくれるから、なんの魚だとか毒があるとか、そういうことも分かるしね!  だけどこのスキル、単純に海につながってたわけじゃなかった。  生命の海は思った通りの効果だったけど。  ──時空の海、って、なんだろう?  階段を降りると、光る扉と灰色の扉。  灰色の扉を開いたら、そこは最近亡くなったばかりの、僕のお祖父さまのアイテムボックスの中だった。  アイテムボックスは持ち主が死ぬと、中に入れたものが取り出せなくなると聞いていたけれど……。ここにつながってたなんて!?  灰色の扉はすべて死んだ人のアイテムボックスにつながっている。階段を降りれば降りるほど、大昔に死んだ人のアイテムボックスにつながる扉に通じる。  そうだ!この力を使って、僕は古物商を始めよう!だけど、えっと……、伝説の武器だとか、ドラゴンの素材って……。  おまけに精霊の宿るアイテムって……。  なんでこんなものまで入ってるの!?  失われし伝説の武器を手にした者が次世代の勇者って……。ムリムリムリ!  そっとしておこう……。  仲間と協力しながら、商人として成り上がってみせる!  そう思っていたんだけど……。  どうやら僕のスキルが、勇者と聖女が現れる鍵を握っているらしくて?  そんな時、スキルが新たに進化する。  ──情報の海って、なんなの!?  元婚約者も追いかけてきて、いったい僕、どうなっちゃうの?

魔法使いとJK〜魔法使いになって女の子達を助けたら嫁候補が増えました。JKとか王女とか元盗賊の女とかまだまだ増えそうなんですけど。

2nd kanta
ファンタジー
 水島ヒマリ高校二年生、街でも噂の皆が認める美少女だ。普段から防犯ブザーを五つ持ち歩く程の慎重な子だ。  先日交際の申し出をお断りした隣のクラスの男子に目を付けられ街の半グレに 拉致られ廃工場の事務所に連れ込まれた  クズどもに純潔を穢される半分気力を失いかけたヒマリの前に魔法使いが現れた都市伝説の魔法使い  えっ!マジの魔法? 伝説通りなら木村洋一はDT 拗らせヘタレDTの洋一とJKヒマリとのトラウマ的出会いから事が始まった。 ☆他のサイトでも投稿してます。

元34才独身営業マンの転生日記 〜もらい物のチートスキルと鍛え抜いた処世術が大いに役立ちそうです〜

ちゃぶ台
ファンタジー
彼女いない歴=年齢=34年の近藤涼介は、プライベートでは超奥手だが、ビジネスの世界では無類の強さを発揮するスーパーセールスマンだった。 社内の人間からも取引先の人間からも一目置かれる彼だったが、不運な事故に巻き込まれあっけなく死亡してしまう。 せめて「男」になって死にたかった…… そんなあまりに不憫な近藤に神様らしき男が手を差し伸べ、近藤は異世界にて人生をやり直すことになった! もらい物のチートスキルと持ち前のビジネスセンスで仲間を増やし、今度こそ彼女を作って幸せな人生を送ることを目指した一人の男の挑戦の日々を綴ったお話です!

【完結】邪神が転生 ! 潮来 由利凛と愉快な仲間たち

るしあん@猫部
ファンタジー
妾は、邪神 ユリリン 修行の為に記憶を消して地上に転生したのじゃが………普通に記憶が残っているのじゃ ! ラッキー ! 天界は退屈だったから地上で人間として、名一杯 楽しむのじゃ ! るしあん 八作目の物語です。

処理中です...