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第三章

第二ラウンド

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「やってくれたわね…そこの僧侶さん…」

 静葉は息を切らしながら獣の頭を象った右腕をゆっくりと下ろした。 黒い炎の獣は形を失い、不定形の炎となって静葉の右腕にまとわりついた。

「あら、あれを喰らってまだ息があるなんてさすが魔勇者様ね」
 メイリスは皮肉まじりの言葉を投げかけた。その軽口とは裏腹に彼女の頬から一粒の汗が流れた。

「ええ、今のは本当に死ぬかと思ったわよ…」

 静葉は直撃を喰らう寸前、身体を弛緩し、あえて後方に吹き飛んだ。そして壁に激突する瞬間に両腕を壁に叩き付けて衝撃を逃がすことでダメージを軽減したのだ。『受け身』の技である。彼女は自身にそういった訓練を与えたズワースに内心感謝した。
 黒い炎が喰らった勇者の血肉は魔勇者の養分となり、彼女の傷や疲労を癒した。しかし、腹に打ち込まれた衝撃は精神的な痛みとしていまだ残っている。

「な…なんなのよコイツ…」
 ビオラは身体を震わせながら右腕に黒い炎を纏う魔勇者をにらんでいた。魔法とも異なる奇妙な力を肌で感じた彼女は底知れぬ不安を感じた。

 三人はこの魔勇者の動向を距離を取りながら窺っていた。先ほどまでとは様子が明らかに違う。不用意に攻めることはできない。
 魔勇者も同じことを考え、身構えたまま動かずにいた。黒い炎の影響か気持ちが高ぶっているが、その僧侶のような隠し玉があると考えるとうかつに動けない。

「…あの子は私が押さえる。二人は援護をお願い」
 そう指示を出したメイリスは高速で前進し、先手を取ろうとした。対する静葉は右腕の黒い炎を巨大な獣の爪に変えて上から大きく振りかぶった。
「!!」
 迎撃を察知したメイリスは急停止し、獣の爪はその目前に叩き付けられた。あと数センチ前に出ていたらメイリスの身体はトマトのごとく潰されていたであろう。砕かれた床の破片が黒い火の粉と共に周囲に飛び散り、メイリスは両腕で顔をガードしながら後方に跳ねて破片や火の粉から身を守った。

「こいつ…『アクア』!」

 ビオラはわずかな隙をついて水魔法を唱えた。静葉の足元から水柱が二、三本噴出した。強力な水圧が彼女に襲いかかり、右腕の黒い炎は消火された。

「ぐっ…!」
「今だ!」

 水魔法によって視界を奪われ、足を止めた静葉に一撃を入れるべくリエルは剣を構え、突撃した。

 バシッ!

「あうっ!」

 何かに右腕を強くはたかれ、リエルは剣を落とした。静葉の両手には何もなく、ましてや彼女までの距離はそんなに近くない。一体何が起こったのか。リエルがそう考えているとひも状の何かが彼女の顔に襲いかかった。

「うわっ!」

 リエルは紙一重でそれをかわした。よく見るとそれは静葉の腰の辺りまで続き、赤い尻尾のような何かが静葉の鞭を巻き取り、振り回していたのである。そして、鞭を巻き取っていたのは尻尾ではなく、静葉の腰布として巻かれた意思を持つ赤いマフラーである。メイリスの攻撃によって床に落ちた鞭を拾ったのだ。マフラーは持ち主を守るように鞭を振り回し、敵を威嚇している。

「赤い腰布……まさかあなたは『三本腕の魔物』…?」
「三本腕…?それって、ルロウやサンユーで目撃されているあの…?」
 怪しくうごめく赤いマフラーを見てメイリスは確信した。各地で噂になっている赤い三本目の腕を生やした狂暴な魔物。今は巻いている箇所こそ異なるが、器用に鞭を持ち、巧みに振り回すこの赤いマフラーこそ三本目の腕の正体であり、そのマフラーを巻くこの少女が三本腕の魔物の正体だったのだ。

「へぇ…そんな風に呼ばれていたんだ私…」
 静葉は無感情にそう呟いた。
「あら?気に入らなかったかしら?」
 メイリスはニヤリとしながら静葉に尋ねた。
「別に…強いて言えば、もっとカッコイイ名前の方がよかったなと思ったけどね」
 静葉はわざとらしく肩を竦めた。マフラーはいまだに鞭を振り回している。
「それはご愁傷様…『スリープ』!」
 会話の途中、不意をつくようにメイリスは補助魔法を静葉にぶつけた。どこからともなく白い霧状のガスがあふれ出し、彼女を包んだ。
「こ…これは…」
 ガスを吸い込んだ静葉は片膝をつき、こうべを垂れた。彼女はそのまま瞼を閉じ、石像のように動きを止めた。

「よっしゃ!眠った!」
 その様子を見ていたビオラはガッツポーズをとった。
「今ならいける!」
 歓喜のまじったリエルの声に応えるようにメイリスは突撃した。このまま敵の頭をたたき割る。そう思いながらあと一メートル程まで迫った。その時だった。

「悪いわね」

 突如、眠っているはずの静葉は頭を上げて目を見開き、クラウチングスタートの勢いでメイリスに激突した。

「がっ…?」
 身体を震わせたメイリスの口から血がこぼれた。

「…メ、メイリスさん!」

 リエルにとってそれは信じがたい光景であった。前かがみになったメイリスの背中から魔勇者の腕先が生えている。否、黒い炎を纏った手刀がメイリスの胸部を貫通し、反対側から飛び出しているのだ。

「…私にそんな小細工は通じない」
 
 そう呟きながら静葉は勢いを殺すことなく前進し、メイリスの身体を大広間中央の柱に強くぶつけた。

「メイリスぅーーーー!」

 ビオラの悲痛な叫びが大広間に響いた。それと同時に衝撃に耐えられなかった柱がひび割れ、大きく砕け散った。
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