異世界に召喚されて「魔王の」勇者になりました――断れば命はないけど好待遇です――

羽りんご

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第三章

隠していた実力

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「ガハッ!…」

 強烈な正拳が静葉の腹を直撃した。静葉の身体はまっすぐに吹き飛び、大広間の壁に思いきり叩き付けられた。その威力は壁についた蜘蛛の巣状の大きなヒビが物語っている。静葉は手にしていた短刀と鞭を床に落とし、うつ伏せに倒れた。

「魔勇者様!おんどれぇー!」

 補助魔法の効果が切れた頃を見計らい、激昂したティータがメイリスの背後から飛びかかった。メイリスはそちらに目をやることもなく右の裏拳をティータの顔面にお見舞いした。

「おぼぉぁー!」

 正拳にも劣らぬ一撃はティータの身体をいともたやすく吹き飛ばした。ティータは大広間の壁を突き抜けて外に放り出され、その身体は砂漠に叩き付けられた。大きく空いた壁の穴から外の風が入り込み、夜空がきれいに見えた。

「ふぅ…これで大丈夫かしら…」

 両手をパンパンとはたきながらメイリスは一息ついた。一連の流れを見ていたリエルとビオラは呆気にとられていた。

「うそ…メイリスってこんなに強かったの…?」

 手と言葉を震わせながらビオラは尋ねた。普段のメイリスはビオラと共にリエルの後方に陣取り、回復魔法や補助魔法でパーティーをサポートする役割であって直接戦闘に参加することはなかった。

「あら?このくらい普通じゃない?」
 メイリスはとぼけた口調で首を傾げた。
「いやいや!どう見ても武闘家でしょあれは!どうして僧侶なんかやってるのよ?」
 床に落ちた杖を拾いながらビオラはツッコミを入れた。
「『敵をだますなら味方もだませ』ってことわざがあるでしょ?まんまとだまされてくれてうれしいわ」
 メイリスは色っぽい仕草ではぐらかした。
「そ…そう…」
 リエルはどうリアクションしてよいかわからず、複雑な表情になった。

「とにかく、これで邪魔者はいなくなったわ。今のうちに聖剣を探しましょう」
「わ、わかったわ」
 周りを見渡しながらメイリスは二人に声をかけた。リエルとビオラはその声に応じて彼女の元に集まった。

「おいコラぁ!」

 大広間の入り口の方からやかましい声が響いた。三人が振り向くと、因縁をつけてくるチンピラのように表情を歪めた男が入室していた。サンユー王国の勇者であるリョーマだ。

「誰に断ってこんな奥まで入りこんでんだオラ!」
 明らかに自分勝手な文句をつけながらズカズカと部屋の中央に向かってきた。電流のダメージが残っているのか髪の毛はパーマをかけたかのように縮れており、衣服や防具は全体的に焦げていた。

「げっ!バカ勇者!」
 ビオラは明らかに汚物を見るような目で彼を見た。

「お!あるじゃねーか聖剣が!」
 台座に刺さった黄金の剣を見つけたリョーマはいの一番の勢いで台座に近づき、剣を手に取った。
「ま、待ってそれは…」
「あ?聖剣は俺のモンだって先に言っただろうが!田舎モンは触んじゃねーよ!」
 リエルが制止しようとするがリョーマは聞く耳などなかった。

「見ろ、この輝き!これこそ勇者である俺にふさわしいだろうが!」
 リョーマは台座から抜いた黄金の剣を自慢げに振りかざした。
「ちょっと!何不用意に抜いてんのよ!罠とかあったらどうすんのよ!」
「んなもんあるわけねーだろ!この聖剣にどんな罠を仕込むってんだよ!」
 リョーマは剣を振り回し、近づこうとするリエル達を追い払おうとした。
 このろくなおつむを持たない勇者を一発殴ろうと思ったビオラは拳を握った途端、彼の後ろにいる何かに気づいた。

「ちょ、ちょっと!後ろ!」

 ビオラはリョーマの後ろを指さした。

「あ?そんなくだらねー嘘に引っかかるかよ!」
 
 振り向こうともしないリョーマを黒い炎の獣の頭が口を開け、無防備な上半身に食らいついた。獣の頭に飲み込まれた愚かな勇者の血肉は黒い炎に焼かれ、獣の主の身体に吸い込まれていった。残された下半身は力なく膝をつき、床に崩れ落ちた。

「な、何?」
 剣を構えながらリエルはその惨劇を直視した。勇者の亡骸の後ろに立ち、右腕を黒い炎の獣の頭に変えた少女が息を荒げて立ちはだかっていたのだ。彼女の口端からは血が垂れている。

 魔勇者と名乗った少女は殺気を伴う視線を三人に向けていた。
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