上 下
5 / 11

第4話  Aliez

しおりを挟む
大いに気になることはまだいくつかあった。
「…だが、なら何故七花さんは俺に抱き着いたりしたんだ?
 それに、未来の俺とは単に教授とその助手のような関係だったのか…?」
七花さんは開きかけた口を閉じて、儚げに笑った。
「…私たちは純粋な教授と助手の師弟関係だったの。男女の関係では無かったよ。ごめんね…でも、会うのは普通に久ぶりだから、何だか懐かしくて抱き着いちゃった…。」
「久しぶり、懐かしい…か、まるで未来の俺が既に死んでいるような言い草だな。」
七花さんは一瞬驚いたような表情をしたが、すぐに取り繕った。
「…いや、未来の翔くんは生きているよ。
もうこれ以上は未来についてのことは話せないかな。もしかしたら、タイムパラドックスで私の存在が消されてしまうかもしれないから。」
そう言ってまた七花さんは笑った。
「…わかった。」
唯は俺と七花さんの問答を、静かに見守っていたが、終ぞ口を開く。
「私のことを知っているって言っていたから、未来では多分友達かなんかなんだね。…よし、じゃあここで未来の話は辞めて、今後のことについて話合うのはどう?」
「…そうですね。」
「そうだな。」
七花さんは、唯のその言葉を聞いて一瞬表情が暗くなった、気がした。
「…やっぱり相変わらずの観察眼だよね、翔くん。」
「なんのことだ?」
「…いや、いいの。」
考えを読まれた?…なわけないか。
「…?そ、それじゃ七花さんの目的の、翔が天涯孤独?にならない方法について話し合おう。」
唯が少し俺たちを不思議に思いながらも議題を提案した。
「私は、翔くんには友達を増やして欲しいと思う。
 もっと他人とコミュニケーションとらないと!」
七花さんはそう言った。
「コミュニケーション?取ってもなぁ…。どうしても壁を感じるんだよ。
 壁を張られたら、俺はもうそれ以上近づくことはできない、勇気がない…。」
「翔はね…。」
「四谷さんは翔くんの対人関係について何か知っているのですか?」
「七花さん、同い年なんだから、敬語は辞めて欲しいな…。」
「わ、わかった。これでいい…?」
「うん、ありがとう!
 それで翔くんの対人関係についてだけど、私の知る限りでは、翔くんは友達が私しかいないの…。」
「…恥ずかしながら、その通りなんだよ。」
それを聞いて、七花さんは逡巡しながらも思案しているようだ。
「なるほど…。
でも、四谷さんはなぜそれを知っていながら放置するの?
手助けしようとは思わなかったの?」
七花さんが少し口調強めで唯に言う。
未来では本当に友人なのか…?そう思ってしまった。
「し、したよ!何度かしたけど、ダメだった。
男の子が相手の時も女の子が相手の時も、全部相手が緊張しちゃってだめだった。
翔くんはなんでも出来るのに、なんでだろう…。」
「だから、なんでもは出来ないって言ってるだろ。そんなことができたら、今頃俺は人気者とはいかずとも、せめて友達の一人や二人はいるはずだ。わからないが、異性からも好かれるんじゃないか?だが、俺は生まれてこのかた、女子に告白されたことがない。実際取り柄も、ほとんどないだろ…。こんなの、自分で言うほど惨めなこともないけどな。」
「まぁ確かに翔くんは何故かモテないんだよね…。でも、何でもできるじゃんって…この問答、何回目だろう…。」
唯はそう言って笑った。
「…はぁ、そういうことか。
漸くわかった…。」
七花さんは心底拍子抜けしたような表情でそう告げた。
「…あのですね、二人は理解してないみたいだけど、人は自分とはレベルが違いすぎる存在、高嶺の花なんてものじゃない相手を忌避することがよくあるの。おそらく翔くんがモテないのもそのせいだよ。極めつけは、翔くん特有の記憶旅行だよね。」
七花さんの言う脳内旅行とは、俺の持つ先天性サヴァン症候群の一種、一度見た景色を記憶の中で呼び起こすことができるという固有の能力だ。運よく知的障害は持たず、能力的にはその恩恵だけを持っているが、唯が言うにはそれが影響で友達ができないらしい。それ故に俺は一時期七花さんの言う記憶旅行を辞めたが、結局変わらなかった。だから、辞めるのを辞めた。
俺が一体この能力で何をしているのかと言うと、復習だ。
といっても、高校生になってからは大学の物理、数学の勉強を家でやり、その復習を学校でしている。
しかし、そう恩恵ばかりではない。前述したように、この能力を使うと友達ができないと言われる理由は、使用中は外部からの情報を一切シャットアウトしてしまうというものだ。
周りの音が聞こえなくなり、更にこの能力を瞼を閉じて使うと記憶が際限なく蘇り、流石に脳内処理がパンクしてしまうという理由で目を開けて使わざるを得ないことで、他人が俺に話しかけても、まるで無視しているように見えるらしい。
そうわかってはいるが、実際辞めても効果がなかったのだから意味がない、と俺は思っている。
「…確かに、私は慣れたけどあれは中々酷いよね。」
「別に何もすることないんだからいいだろ。」
「…もういいです。とにかく、翔くんにはしばらく記憶旅行の禁止、及びまずは同性のお友達、いやせめて話すことのできる相手を作ってもらいます!」
七花さんは何故か敬語口調で先生風に勢いよく言い放った。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

処理中です...