カタシロ

キナリ

文字の大きさ
上 下
1 / 2

1

しおりを挟む
――逃げろ。

逃げろ逃げろ。

鬼ごっこはもう始まっている。

鬼は私。

追いかけているのは、誰?




自分の悲鳴で目が覚めるのは何度目だろうか。

押しつぶされるような気持ちで起き上がると、首筋をつう、と汗がつたった。

はー……と肺の中身をすべて吐き出すように深いため息をついて私は時計を見た。

時計の針は朝の6時34分を指している。

なんだ……全然早起きでもないじゃん。

私はこれから始まる日常を思って胃が熱くなるのを感じた。

いち、に、さん……。

じっと時計とにらめっこをしていた私は針の短針が7を指したところで目を離した。

(もう、準備しなきゃ)
私は観念して壁にかけてある戦闘服に目をやる。

それはえんじ色のチェックのプリーツスカートと紺色のブレザー、そして2年の証である赤いリボンタイをした制服という名の戦闘服だった。

私は戦士だ、と思い込んでブラウスに袖を通す。

「美月」

前触れなく扉が開いて、私は軽く悲鳴を上げた。

「お母さん! 着替え中!」

私の抗議にお母さんは気にした風もなく「あら」と言った。

「今日は行くのね。途中で保健室なんかいかないでちゃんと最後までいなさいよ」

来年は受験生なんだから。

ざくざくと私の心を傷つけるお母さんの言葉に私は涙が溢れそうになるのをこらえるのに必死だった。

「……わかってる」

私はそれだけ絞り出すと、スカートのジッパーを上げた。



朝食は食べる気が起きなかった。

牛乳だけコップ一杯なんとか胃に押し込むと、私は刑の執行を待つ罪人のようにふらりと玄関へ向かった。

ニコニコとお母さんが笑って「いってらっしゃい」と言う。

「……いってきます」

小さな声でかろうじて絞り出すと、私は処刑場へと歩き出した。



学校が私の『居場所』じゃなくなったのはいつからだろうか?

小学校の頃は毎日が楽しかった。

中学に入ってからも最初の一年は楽しかった。

苦しくなったのは、二年にあがってからのことだった。
なんてことはない、ハブられただけ。

私はなにも悪いことはしていなかったのに、いつの間にか歯車が狂ってしまったようにみんなが離れて行った。

「私、何かした?」

最初はどうしてだかわからず必死で友人——元、だけど――たちに話しかけた。

けれどみんな私をいないものとして扱うだけだった。
だれか、だれか私を一人にしないで――!!

叫び声はどこにも届かなかった。

上履きが隠されるとか、教科書に落書きをされるとか、そんなわかりやすい「いじめ」だったらどんなによかっただろうか。

何もされないことが、いなかったことにされるのがどんなにつらいか。

私のことをみてくすくす遠巻きで笑う元友人たちの顔が頭に浮かぶ。

あまりにもつらくて、つらくて、つらくて。

自分の思考に沈みこみうつむいて歩いていた私は、いつのまにか前に立っていた人の存在に気付かなかった。

どん、となにかにぶつかってはっと私は顔を上げた。

「あ、すいません……」

目の前に立っていたのは黒づくめのおばあさんだった。

「苦しいかい」

「え?」 

「園田 美月、あんたは苦しいかい、って聞いてるんだ」

見たこともないおばあさんに自分の名前を呼ばれて私はぎょっとした。

「な、なんで私の名前……!」

「わかるさ、あんたのことはなんでも」

にまぁ、とおばあさんが笑う。黄色い歯がむき出しになったその笑みに私はぞっとした。

「美月、あんたはいじめを受けているね? それも一人からじゃない。クラスの女子全員から無視されている。首謀者は――幸村 真理愛。それから高野 朝海、高橋あかりもかい?」 

「……!!」

なぜ真理愛の名前を知っている?誰にも――そう、誰にも話したことなんてないのに。

「つらいねぇ、くるしいねぇ」

ヒッヒッ、とおばあさんは嗤う。

「苦しいなら、どうだい。復讐をしてみないかい?」

「復讐……?」

私はその言葉に思わず反応した。

「でも、私……何もされていないし……」

「そうだねぇ。じゃあ『何もなかった』ことにしてはどうだい?」

「何も……?」

おばあさんはぴらり、と3枚の紙を私に手渡した。

それは人型に切り取られてそれぞれ『幸村 真理愛』『高野 朝海』『高橋 あかり』と書かれていた。

「これは特別製でね。水に溶かしたらこの世界から『その存在が消えてしまう』。どうだい? 面白そうだろう?」

ごくり、と私は生唾を飲み込む。

「消える……」

あいつらが、消えて、消えてしまえば……!

「やる。私、やってみる」

私は三枚の紙をおばあさんから受け取った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

池の主

ツヨシ
ホラー
その日、池に近づくなと言われた。

姉女

牧神堂
ホラー
昨今の都市伝説界隈で存在が囁かれる『姉女』についてお話します。

クリア─或る日、或る人─

駄犬
ホラー
全ての事象に愛と後悔と僅かばかりの祝福を。 ▼Twitterとなります。更新情報など諸々呟いております。 https://twitter.com/@pZhmAcmachODbbO

五丁目のマンション、エレベーター内にて

三文小唄
ホラー
東京某所、とあるマンションに私は住んでいた。そこは7階建てで、私の部屋はそのうちの6階だ。 見た目は小綺麗なマンションであるが実情はひどいものだ。ここはいわゆる”出る”そうだ。曰く付きと言えば、昨今の人は理解されるだろう。心理的瑕疵物件というやつだ。 しかし私たちの住む部屋自体にはそういった現象はない。と言ってもまだ私が確認していないだけかもしれないが。 ここの部屋には”出ない”。よく”出る”と言われるのは、エレベーターだ。 このマンションにはエレベーターが二基設置されている。 それはマンションの両極端に設置されており、一方は明らかに後から増設されたようなものだ。 無論、ここの住人はこの増設された方を使用する。もう一方のエレベーターは、よほどの猛者出ない限り使用はしないだろう。なんせ”出る”のだから。しかし、やはりたまにこのエレベーターを使用してしまう愚か者がいるのだ。これは、その愚か者たちの末路を記したものだ。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ゴーストバスター幽野怜

蜂峰 文助
ホラー
ゴーストバスターとは、霊を倒す者達を指す言葉である。 山奥の廃校舎に住む、おかしな男子高校生――幽野怜はゴーストバスターだった。 そんな彼の元に今日も依頼が舞い込む。 肝試しにて悪霊に取り憑かれた女性―― 悲しい呪いをかけられている同級生―― 一県全体を恐怖に陥れる、最凶の悪霊―― そして、その先に待ち受けているのは、十体の霊王! ゴーストバスターVS悪霊達 笑いあり、涙あり、怒りありの、壮絶な戦いが幕を開ける! 現代ホラーバトル、いざ開幕!! 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

古着

美女缶
ホラー
よくネットで買い物をするのだが、最近はDVDなんかも発売した ばっかのヤツがネット上でかなり安売りされていたり

(ほぼ)5分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ5分で読める怖い話。 フィクションから実話まで。

処理中です...