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樹覚醒編・・・七芒星式神討伐

第2話.狂人

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    暫く歩いた樹は目的地のゲーセンに到着する。
  先程から金髪とは違うやつが樹を追ってきているが、本人は気付いている上で気にしてはおらずゲーセンの中に入る。

  ゲーセンに入りまず手をつけるものは。

  「さぁーて。お待ちかねの絶拳やりますかね!」

  絶拳という格闘ゲームだ。
  これは昔父親と何度も対戦したことのある懐かしき思い出を持つ格闘ゲーム。
 
  父に樹が負けそうな時は、母が樹の後ろで応援するか、父の邪魔をして樹を勝利に導くかの2択だった。

  そんな思い出にふけながら、樹は一時間ほど絶拳を楽しんだ。
 
  「楽しかったわー。」

  椅子から立ち上がる前に盛大に背伸びをし、更には欠伸を漏らす。

  それからはUFOキャッチャーをしたり、シューティングゲームをしたり、マリモカートをしたりと。充実した時間を過ごし、気がつけば20時を回っていた。

後をつけて来ていた人物の気配は既に消えているのを樹は確認する。


  「もうこんな時間か。ばあちゃんには連絡してるし
 あのクソジジイとも顔を合わせなくて良い時間帯だな。よし。帰ろう。」




  そして樹がゲーセンを出た途端、すぐさま事態は起こる。





 ───ゴゴゴゴゴゴゴゴッ






  「!?」

  樹は耳がおかしくなりそうな程の轟音に驚きを隠せず、辺りを見回す。
  辺りが暗い中探すと、原因はすぐに分かった。
  そしてそれを見た樹はパニックになるどころか、一周回って冷静な思考を取り戻していた。

  「これが……原因不明の地割れか。」

  その言葉に反応する者が一人。

  「ギヒヒッ!原因不明デスカ。それは何とも何とも可笑しいデスネ。良いデスカ?これは私の起こしたものデスネ。」

  全身が拒絶してしまいそうな耳障りな声。
  何とも嫌悪感の漂う声。
  その不気味な声の発信源を見やる。

  「どうもどうもデスネ。」

  嘴があるマスクを付けて白衣を着た、まるでペスト医師のような不気味な格好をした男。声もそうだが格好にも嫌悪感が。

  「お前が原因不明の地割れを起こしていた……と?」

  こんな不気味な格好をしていても人間だろうに。
  まさか厨二病を拗らせているのだろうか?
 
  「いかにも。私がそうデスネ。おや?その顔は信じていない顔デスネ?いいデストモいいデストモ。もっと見せてあげマスネ。」

  「は?」

  ペスト医師。と呼んでおこう。
  そのペスト医師は、そう告げると自らの左手を前に突き出し、何かを唱える。

  「ギヒヒッ!割れろ割れろ割れろ。私が裂く。私が割る。私が切る。快楽に従い、快楽を得て、快楽を感じ、快楽に縛られ、快楽を求め、快楽を私の手の中に。そして■■様に全てを捧げよ!!
 ギヒヒッ!全てを割れ!切り裂け!『裂傷迅』!」

  そう唱えると、先程割れた10数メートルの亀裂が更に広がっていく。
  切り裂かれた空間は凡そ横8m縦20m。
  幸い死傷者は一人も居ない。

  「というかこれ。今から一人お亡くなりになられるのでは。」

  樹はこれから自分が何をされるのか。
  冗談めかして言ったものの、恐怖で足が竦んでいた。

  「はぁ。いいデスネ。癖になりマスネ。
あぁ……。ただ、人間が誰一人落ちなかった事はかなりショックデスネ。あの悲鳴が、あの苦痛の声が、恋人を目の前で失った人間の泣き叫ぶ声が。自らの死を恐れ、誰かを犠牲にして押しのけ生き延びようとする醜い人間が、全てが全てが全てが全てがっ!!!!」

  興奮気味に狂ったように語るペスト医師。

  「快感っ。」

  体を捩らせ、自らの体を抱く。

  「く、狂ってる……。」

  体が震える。膝が震える。手が震える。唇が震える。
  心臓の鼓動が早い。目の前の化け物が怖い。怖い。怖い。
 
  無意識に口に出した樹。
  それを不幸にもペスト医師に聞かれてしまった。

  「む?狂ってる?ギヒヒッ!!いいじゃないデスカ!!
 元来人間は、殺し合いを尊ぶもの!!それは歴史を辿れば
 分かる事デスネ!!殺し!!殺され!!殺し!!殺され!!ギヒヒッ!!知ってマスカ?大昔の戦争では麻薬を使って士気を高め、殺し合いを行っていたのデスヨ?ギヒヒッ!!いいデスネ!!今の人間たちは、自らの本能を封印してるんデスネ。悲しいデスネ。人間の根幹にあるのは殺人に対する衝動とそれを行った時の『快楽』デスネ!!」

  長々と続けられる殺人演説。
  樹は恐怖で足が竦んで、逃げることさえ出来ない。

  「いけないデスネ。少し話が長くなりマシタネ。む?
 貴方、しっかり聞いていてくれたようデスネ?良い人デスネ?貴方は人間の本能的な衝動である殺し合いについて、
 私と意気投合出来るかもデスネ??」

  何を言ってるんだこいつは。頭がおかしい。
  自分とは、否、常人とは違う考え方を持つ目の前のペスト医師の力に恐怖し。考えに恐怖し。既に樹は頭が真っ白だった。ただ死にたくない。そう願うことしか出来なかった。

  「……?今日は長く話しすぎマシタネ??お疲れデスネ??いいデス。また話しマスネ??また会いマスネ??」

  そう告げるとペスト医師は、宙に浮かびその場から樹の瞬きの合間に消える。
  殺すことへの快感に興味はあれど、人間そのものには興味が無い。とでも言うかのように、一瞬で消え去る。



  「っはぁ!!っはぁ!!っはぁ!!」

  心臓が止まっていたのか……?そう思えるほどにペスト医師が消えた途端に張り詰めていた緊張の糸が切れる。が
  植え付けられた恐怖は簡単には消えず。
  樹は呼吸を整えようとして、深呼吸をすると同時に

  その場で意識を……






 ── 失った。






  「樹っ!!樹っ!!」

  どこかで、名前を呼ばれている。




 ── これは母の声か?違う。




 ── ではこれは父の声か?違う。




  これは両親を亡くした俺を抱きしめ、共に泣き、
 今もずっと俺を愛してくれているばあちゃんの声だ。

  真っ白な世界から徐々に意識を取り戻す。

  「ばぁ……ちゃん?」

  意識が朦朧としているの中、俺の手を握ってくれている少しシワある手の温かみを見つけ、声を絞り出す。

  「樹……?意識が戻ったのっ!!」

  興奮気味に声を上げるばあちゃんは医師に止められ、
 落ち着きを取り戻す。と同時に樹も意識を完全に取り戻す。

  「樹。貴方何があったの?」

  ばあちゃんは未だに俺の手を握ったまま、会話を続ける。

  「それが……。」

  こんな事を言って、信じてくれるのだろうか?高校生の戯言だ。何かが原因で記憶に混乱がある。
  なんて言われそうだ。

  「本当のことを言っていいのよ。」

  全てを見透かしたかのように、こちらに告げるばあちゃんに俺は全てをぶちまけた。




  「・・・・・・。」

  全てを話した樹と全てを聞いたばあちゃん。
  信じてくれないのでは?と樹は再び頭を抱えそうになるが、次に出てきた言葉は思わず顔を顰めてしまう言葉だった。

  「・・・・・・善寿郎さんに聞いてみましょう。」

  善寿郎ぜんじゅろう。実のジジイの名だ。
  俺の大嫌いなあのクソジジイ。

  「なんであのジジイに……。」

  「樹。実のおじいちゃんにジジイ呼ばわりはダメでしょう?善寿郎さんは……。いえ。これは樹が直接聞くことです。」

  ばあちゃんは何故か一瞬悲しい顔を見せ、再びいつものばあちゃんに戻る。

  「樹。とりあえず意識を取り戻したら一日だけ病院で様子見て、帰って良いって言われてるから明日帰って来なさいな。学校にはおばあちゃんが連絡しておくから、明日は休んで、善寿郎さんと話すことになるからね。」

  安静にしときなさい。ばあちゃんはそう言って病室から出ていった。
  後で医師から聞いたことだが、俺が意識を取り戻すまで相当に取り乱していたらしい。
 
  俺の母──ばあちゃんの実の娘のこともあるからな。
  これ以上何も失いたくなかったんだろう。
  迷惑かけてしまったな。

  そして何故そこまでして、クソジジイと話さなければならないのか?そして何故俺が東京に呼ばれたのか?今日のペスト医師は何だったのか?

  その日は病室のベッドの上で頭を抱え一日中考え込み夜を過ごした。




  「ふぁーあ。」

  チュンチュンと鳥の囁きが聞こえ爽快に目を覚ました樹。
  結局、疑問が溢れるばかりで三時間弱しか眠れていない。

  「さて、帰る準備しますか。」

  昨日ばあちゃんが持ってきてくれた荷物を纏めていると、暫くして医師が来た。
  どうやらもう帰って良いとの事だったので、樹はスマホのマップ機能を使い、家を目指す。

  「しっかし、ここら辺はどこやねん!」

  エセ関西弁を口に出しところで、後ろから声がかかる。

  「樹様。お迎えに上がりました。」

  そこに居たのは、蛇園家の使用人である影村の姿、昔善寿郎に拾われそこからずっとこの家に仕えている。
  長い黒髪を後ろで束ね、黒の革手袋をはめている。
  正に黒執事ってとこだな。さらに加えてなんでも出来て、イケメンなのが本当に悔しい。男全員の大敵。

  実は、俺が九州で暮らすことになった時も影村だけ着いてきており、影村とはかなり長い付き合いになる。

  「影村か。あのジジイの差し金か?」

  「はい。善寿郎様のご指示で御座います。」

  優雅にお辞儀をして、樹に言葉を返す。

  「・・・はぁ。どーせあのジジイと話すことがあるんだから仕方ないか。」

  樹はガシガシと頭を掻いて、それに答える。

  「では。」

  どうぞ。と黒の高級車の後ろのドアを開けられたので、いつも通りにありがとうとだけ言いそのまま座る。

  「樹様。初日の学校の方はいかがでしたか?」

  運転をしている影村が樹に話しかける。

  「んーなんて言うかな。授業が俺に合ってなかったから授業中は寝てたし、まず自己紹介で失敗したかもしれねぇ。生徒が一切話しかけに来てくれねぇ。」

  「それは……。大事件ですね。樹様の尊さが分からない全生徒など消し滅ぼしてしまいましょうか?」

  などと恐ろしい事を言う男が影村なのだ。
  俺からしても影村は兄のような存在。
  影村からしても弟?とは違えど、それに近しい存在だろう。てかそうであったら嬉しい。

  「それはやめておこう。お前は本当に実行しそうで怖い。
 ・・・・・・なぁ影村。お前って本当はあの家が何なのか知ってるんだろ?なんで俺だけ知らされてないんだ?大企業の社長ですらないジジイ達が何であんなにだだっ広い家に住んでて金に困らないのか。」

  樹は、影村に真剣な口調で問う。
  影村は必ず知っているはずだ。
 
  「・・・・・・申し訳ありません樹様。私からはその事は言えません。」

  「だよなぁ。今からそれを聞きに行くってのに少し気が焦ってたみたいだ。すまん。」

  「いえいえ。ただこれだけは言わせてください。」

  「ん?」

  「善寿郎様が話されることは全て真実です。決して目を逸らさず。耳を塞がず。口を挟まず。まずは全てを聞き届けて下さい。」

  全て真実。それが何を指すのか。
  それは昨日思い知った事だ。

  「そう……か。」

  樹は、これから聞く全てを受け止めるための心の準備を行い、実の祖父である善寿郎との対話に向かう。
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