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第6章 嘘つきな騎士と破られた託宣
第18話 想い、焦がれて
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【前回のあらすじ】
ルチアの純潔を奪ったカイに驚きを隠せないベッティ。それでもその意思に従う道を選びます。隠れ家で甘い時間を過ごしたルチアは、カイの説得でブルーメ家のタウンハウスに出戻って。
ルチア大怪我の一報に、遠い領地から駆け付けたブルーメ子爵。義父のやさしさに触れ、ルチアは心を開き始めます。
すぐに会いに行くという言葉を信じ、ひたすらカイを待ち続けるルチア。しかし一向に姿を見せないカイに、やがて不満が膨らんで。
日々が過ぎ、公爵家へ行く前日の深夜にいきなり窓から現れたカイ。熱く口づけを交わす夜を過ごすも、ふたりのことは誰にも内緒にするようルチアは念を押されます。
翌日、カイは護衛騎士としてフーゲンベルク家にルチアを送り届け、リーゼロッテたちの前で、ルチアとはただの知り合いという態度を貫くのでした。
午後の温かな日差しが降り注ぐ中、小鬼たちがそこかしこで駆け回っている。ジークヴァルト以外とサロンでお茶をするのは、随分と久しぶりのことだ。
「体調はどう? そろそろ移動の疲れも取れたかしら?」
「はい、すっかり元気です。おかげさまで毎日良く眠れています」
「ならよかったわ」
リーゼロッテが微笑むと、ルチアもはにかむような笑顔を向けてきた。それがなんとも可愛らしくて、リーゼロッテの口元がさらに綻んだ。
(ルチア様、ずいぶんと打ち解けてくれたみたい)
以前は見えない壁を張られているように感じていたが、近ごろの彼女はとても柔らかい雰囲気だ。
壁際に立つカークに見守られる中、たあいのないおしゃべりを続ける。しばらくすると小鬼が一匹、ルチアの背後からひょっこりと現れた。
「あら? その子、まだルチア様の元にいたのね」
リーゼロッテと目が合うと、小鬼はギリギリまで近寄ってきた。きゅるんと瞳を輝かせ、乞うように腕を伸ばしてくる。
「ちょっとだけよ?」
ほんの少しだけ緑の力を振り撒くと、小鬼はうれしそうにぴょんこぴょんことその場で跳ねた。
「あの、その緑の光は何なんですか?」
「これ? これは浄化の光よ」
「ジョウカノヒカリ……?」
意味を探して首をひねったルチアの前で、手のひらの上に力を集めて見せた。凝縮させるほど、緑は輝きを増していく。
(我ながら上手に扱えるようになったものね)
内心どや顔になるが、あまりやりすぎると異形が過剰に引き寄せられてくる。あとでジークヴァルトに何を言われるか分からないので、リーゼロッテは貯めた力をすぐさま解いた。
「これにはね、異形の者を祓う力があるの」
「はらう……? 異形を消すってことですか?」
膝に飛び乗ってきた小鬼を、ルチアは無意識のように抱き寄せた。ずっと一緒にいて、愛着が湧いてしまっているのだろう。
安心させるために軽く笑みを作ったあと、リーゼロッテははしゃぎ回る小鬼たちの動きを目で追った。
「力加減によってはそうなるわね。でもわたくし、あの子たちを無理に祓うのは嫌いなの」
実力行使が必要なのは、悪意ある異形に限られる。未練を残して死んだ者たちを、力づくでどうこうする権利が自分にあるはずもない。例え力を扱えようとも、リーゼロッテにはそう思えてならなかった。
「それにここにいる子たちはみな、満足すると自分で天に還っていくから」
「天に還る?」
「異形の者はね、本をただせばみな未練を残して亡くなった人間なのよ。苦しみに囚われたまま何百年も過ごしている者もいるわ」
「じゃあ、この子も人間だったんですか?」
「ええ」
きゅるるんお目目と見つめ合うが、ルチアの小鬼は自らのことを語ろうとはしてこない。話を聞いて欲しがる者が多い中、リーゼロッテの力に触れるだけで満足する小鬼もいた。そんな彼らは自身で折り合いをつけ、ゆっくりと浄化の道を歩んでいく。
(頑なに心を閉ざす異形もいるけれど……。時間がかかっても自分の意思で昇って行けるなら、それに越したことはないものね)
リーゼロッテにできるのは、異形が握りしめている蟠りに目を向けさせて、それを解くきっかけを作ることだけだ。
「実はわたし、似たような光がここから出たことがあって……」
思案顔で聞いていたルチアが、自身の手のひらをじっと見つめた。不安げに唇を噛みしめる。
「もしかしてその光は金色だった?」
「あっ、はい、確かにあのとき金色の火花みたいな感じでした」
「ならきっとそれも浄化の力ね。この力を持つのは……」
王家の血が流れる者だけだ。そう言おうとしてリーゼロッテはぐっと喉を詰まらせた。龍に目隠しされる感覚は、いつまで経っても慣れることはない。仕方なしにほかの言葉を探す。
「この力を持つ人間はそう多くないわ。わたくしも数年前に知らされたの。ルチア様もさぞびっくりしたでしょう?」
「はい、一瞬のことで何が起きたのか分からなくて……。でもどうして金色だったって分かったんですか?」
「力はね、瞳の色に宿ると言われているの。だからわたくしは緑だし、ルチア様の力は金色をしているってわけね」
驚き顔のルチアはかつての自分のようだ。異形の知識も含め何も知らない状態で、これまで何かと苦労してきたに違いない。
「わたし、それを一度この子に向かって飛ばしてしまって。すごく怖がられてしまったんです」
「そう、力を上手に扱えないのは良くないわね。だったらエマニュエル様に頼んでみましょう」
「エマニュエル様に?」
「彼女ならとても分かりやすく教えてくれるわ。わたくしもね、力の扱い方はエマ様に習ったのよ」
「そう、なんですか」
ルチアはあまり乗り気でない様子だ。不思議に思ってリーゼロッテは小首をかしげた。
「エマ様は苦手?」
「あ、いえ、そんなことは……」
気まずそうに視線を逸らされる。そのとき近くにいた小鬼たちが一斉に逃げ散らばった。
「ジークヴァルト様」
「いい、そのまま座っていろ」
立ち上がりかけたリーゼロッテとルチアを制して、大股で近づいてくる。ジークヴァルトが一瞥をくれると、遠い片隅に寄り集まった小鬼たちはぴるぴると震え出した。ルチアの小鬼だけが、彼女の赤毛の奥へともぐりこんでいく。
サロン中の小鬼を一瞬で消し去るくらい、ジークヴァルトにとっては造作もないことだ。小鬼たちはそれを本能で分かっているのだろう。
「執務はよろしいのですか?」
「少し時間が空いた」
「あっ、ヴァルト様!」
気づいた時にはもう膝の上だった。迂闊にも油断をしていた自分が悔やまれる。
「もう! ルチア様もいらっしゃるのに」
「正式な茶会というわけでもないだろう。そら、あーんだ」
すかさずクッキーを詰め込まれ、条件反射のように飲み下す。目が合ったルチアに生温かい視線を返されてしまった。
そんな中、手際よくエラがジークヴァルトに紅茶をサーブした。その上でリーゼロッテに茶菓子を一皿差し出してくる。
「さ、リーゼロッテ奥様も」
目の前に掲げられたのは、ジークヴァルト専用の甘くない菓子だ。これにはあーんのお返し以外に用途はない。
「もう、エラまで!」
「今日は内々の茶会ですから。奥様、どうぞご遠慮なさらず」
満面の笑みにエラの強い圧を感じる。見上げると期待に満ちた青い瞳とぶつかった。じっと見つめ合ったまま、ジークヴァルトも無言で圧をかけてくる。
ルチアに視線を戻すと、ニコニコと微笑ましそうに見守ってくれていた。先日招いた茶会の席で、すでに見られている醜態だ。頬に熱が集まるのを感じつつも、仕方なしにリーゼロッテは茶菓子を手に取った。
「今日は一往復だけですわよ?」
口元に差し出すが、なぜかジークヴァルトは口を開けようとしない。訝しげにさらに菓子を押し付けた。
「お口を開けてくださいませ」
「あーんがない」
まったくの無表情で返される。器用に唇を開かずにしゃべったのは、先日伝授した腹話術の賜物か。
「こ、子供ですかっ」
「あーんがなければ駄目だ」
ふいと顔を逸らされる。
「も、もうっ! あーん、ですわっ」
やけくそで菓子を差し出した。今度こそジークヴァルトの口に収まって、ついでに指先までべろりと舐められる。
「「ヴァルト様!」」
リーゼロッテの声と重なって、書類を抱えたマテアスがサロンへと駆け込んできた。
「約束の時間はとっくに過ぎていますよ! 徹夜したくなかったら今すぐ執務室にお戻りください!」
「ああ、今戻る」
リーゼロッテを抱えたまま、ジークヴァルトはおもむろに立ち上がった。次いで壊れ物を扱うように、そっとソファに降ろされる。
蜂蜜色の髪をひと房持ち上げて、ジークヴァルトは名残惜しそうに唇を寄せた。そこに口づけるのかと思いきや、素早くリーゼロッテの唇を啄んでくる。
「続きは夜だ」
耳元で囁かれ、全身がぼっと真っ赤に染まる。夫婦となって半年近く経つが、不意打ちをくらうと未だに初心な反応しかできないリーゼロッテだ。
ジークヴァルトが去り、いたたまれない気持ちでルチアを伺った。公爵夫人としての威厳など、もはや示せるはずもない。
「ごめんなさい、変なものを見せてしまって……」
「いえ、公爵様とはいつも仲がよろしくて、わたし羨ましいくらいです」
はにかんだ笑顔を向けられて、ほっと胸をなでおろす。ルチアは以前から口数も少なく、周囲にあまり関心がないように見えた。内心馬鹿にされているのではと心配していただけに、この反応には救われると言うものだ。
(やっぱりルチア様、ちょっと雰囲気が変わったかも)
出会った当初のルチアは、心を閉ざしてどこか心細そうにしていた。社交界デビューを果たし、ようやく貴族社会に馴染めてきたのかもしれない。そう思うと我がことのようにうれしくなった。
おかわりの紅茶を差し出すエラも、リーゼロッテと同じ気持ちでいるようだ。たのしそうにおしゃべりするルチアのことを、やさしげな瞳で見つめていた。
「あ、奥様。先ほどマテアスから聞いたのですが、明日、王城から使者が来られるとのことです」
「まあ、新年を祝う夜会の招待状かしら? もうそんな時期なのね」
王家主催の舞踏会では、それぞれの家に招待状が送られる。正式な使者が届けに来るため、できる限り当主自らが出迎えるのがしきたりだった。公爵家の名に恥じぬよう、それなりの装いをすることも必要だ。
「じゃあ明日は早めに起きて準備したほうがよさそうね。ジークヴァルト様、納得してくれるかしら……?」
「今頃マテアスが、旦那様にしっかりと釘を刺しておりますよ」
エラの返答にはっと我に返った。今夜のまぐわいを上手く回避できるだろうかと、そんな思いで呟いたことだ。それをルチアにも聞かれてしまった。ほんのりと頬を染めているところを見ると、ルチアもその意味を察したに違いない。
ここまで来ると開き直るしかないが、涙目で赤面顔のリーゼロッテは自身のポンコツっぷりを呪うばかりだ。
「とは言え、今回の使者はカイ・デルプフェルト様が来られるそうですから、あまり気負わずともよろしいのでは」
「えっ、カイが!?」
腰を浮かせかけたルチアに、驚いて視線を向ける。注目を浴びたルチアは、慌てて口元を手で覆った。
「す、すみません、いきなり大声を出して」
「いいのよ。ね、ルチア様、ちょっと内緒話をしましょう?」
目配せを送ると、エラは会話が届かない場所へと移動してくれた。少し前から感じていたが、どうやらルチアはカイに恋心を抱いているようだ。それを確かめたくて、リーゼロッテは声を潜ませ前のめりに問いかけた。
「ルチア様はカイ様のことが気になって?」
「あ、う……それは……」
口ごもったルチアの頬は、熟れたビョウのように真っ赤に染まっている。隠しているつもりだったのだろうが、鈍いリーゼロッテにもバレバレだ。
(そっか、最近ルチア様のお顔が明るいのは、カイ様に恋をしているからなのね!)
得心が行って、初々しいルチアを前に知らず口元が綻んだ。思えばルチアが公爵家に戻ってきたとき、カイは護衛を務めていた。あの日のカイの態度を思うと、ルチアの想いはばっちりと伝わっているのではないだろうか。
リーゼロッテは興奮気味に息を漏らした。仲のいい知り合いと知り合いが知らないうちに知り合って、知らぬ間に意識しあう仲になっているなど、むずきゅんしない方がどうかしている。
「ふふ、大丈夫よ、わたくし誰にもしゃべったりしないから」
「エマニュエル様にもですか!?」
すぐさまそう返されて、ルチアの必死さに面食らった。次いでカイの素行の悪さが頭をよぎり、いつしかエマニュエルに言われた注意事項を思い出す。
既婚者との火遊びの噂が絶えないカイとは、公の場では親しいそぶりを見せないように。自分と同様にルチアもそんな忠告を受けたのかもしれない。そう考えれば、ルチアがエマニュエルを避けたがる気持ちにも納得がいった。
「あの、リーゼロッテ様。わたしが勝手に好きなだけで……その、デルプフェルト様には絶対に迷惑をかけたくないんです。だから……」
「ルチア様のお気持ち、よく分かったわ」
不安げな様子のルチアの手を取った。柔らかく微笑み、嘘偽りない言葉を選ぶ。
「エマ様にも、もちろん他の誰にも話したりしないと、この立場にかけて約束します。だから安心して」
カイと浮名を流すのは、令嬢にとって社交界的に致命傷になり得ることだ。貴族として、ルチアもそれを重々承知しているのだろう。
そうは言っても、恋心は誰にも止められないものだ。
(無責任なことは言えないけれど、これからは陰ながらルチア様を応援していこう)
恋とはするものではなく落ちるもの。不安定に揺れるルチアの乙女心を感じ取り、至言が染み入る瞬間だった。
◇
寝台の縁に腰かけたルチアは、つい先ほども聞いたことを口にした。
「ねぇ、本当にカイから何も連絡はないの?」
「今のところ特にありませんねぇ」
「そう……」
しゅんと俯いた先、夜着の裾から桜色の爪が覗いている。カイに綺麗だと思われたくて、ベッティにお願いしてぴかぴかに整えてもらった。
「テラスも窓も鍵はかけないでおいてね?」
「ご心配なさらずともぉ、言われた通りどこもかしこも開けっ放しにしておりますよぅ」
「本当に? うっかり閉めちゃったりしてない?」
しつこく何度も確かめる。嫌な顔ひとつせず、ベッティは自慢げに胸を反り返らせた。
「ベッティの辞書にうっかりなんて言葉はございませんのでぇ、そこんとこは超絶ご安心くださいましぃ。ぶっちゃけ超絶物騒なんでぇ閉めさせてほしいのは山々なんですがぁ」
「だって明日カイが使者として来るのよ? もしかしたら今夜わたしのところにも来てくれるかもしれないじゃない。念のためもう一回だけ確認して!」
「さすがのあの方も公爵家へは不法侵入できないと思いますけどねぇ。ほぉらご覧の通りぃ、これっぽっちも閉まっておりませんよぅ」
捲ったカーテンの向こうで、テラスの扉が開け閉めされる。冷たい風が吹き込んでくると、ようやくルチアは納得して頷いた。
「さぁさ、もういい加減横になってくださいましぃ」
「いやよ。今夜はわたし寝ないでカイを待ってるの」
「夜更かしは美容の大敵ですよぅ。それにお布団がぬくぬくあったまってたほうがぁ、あの方もおよろこびになるんじゃないですかねぇ?」
「それはそうかも!」
眠るつもりはなかったが、ルチアはあっさりと寝台にもぐりこんだ。
「あっ、部屋の明かりも真っ暗にしないでおいてね」
「仰せのままにぃ。待つのはそこそこにしてきちんとお休みくださいましねぇ」
ルチアの言いつけ通り、ベッティはランプを灯したまま出て行った。就寝時には火種だけに落とす暖炉の炎も、小さくせずにしてくれたようだ。
ひとりきりになった寝室で、ぱちぱちと薪の爆ぜる音が響いた。跳ね踊る炎を見つめていると、初めてカイと体を繋げた日のことを思い出す。
「カイ……」
名を口にするだけで、締め付けられるように胸が苦しくなった。会いたくて、どうしようもなく切ない気持ちに見舞われる。
風でカーテンが揺れないか、ひっきりなしに窓へと視線を向けた。いくら待てども冷たい風が吹き込む様子もなくて、ルチアはぎゅっと自分の体を抱きしめた。
「さみしい……さみしいよぉ、カイ」
さみしすぎて凍え死んでしまいそうだ。引き裂かれそうなこころに呼応して、体の中心が強く疼いた。身も心も温めて、早くカイいっぱいに満たして欲しい。
(あの腕に抱かれたい)
押しつぶされそうな思いを抱え、のろのろと時間だけが過ぎていく。
シャッと勢いよくカーテンが引かれ、まどろみに沈んでいたルチアは慌てて身を起こした。差し込む朝日がまぶしく刺さる。逆光に佇む人物がベッティだと分かると、落胆のあまりリネンに突っ伏した。
「おはようございますぅ。夕べはよぉくお眠りになられましたかぁ?」
「何それ、嫌味?」
「とんでもございませんよぅ。どちらかと言うと社交辞令の部類に入りますかねぇ」
「もう、なんなのよそれ」
いい加減慣れたつもりでいたが、ベッティの受け答えにはいつも脱力させられる。
怒る気力も湧いてこず、陽光から逃げるように暖かい布団へともぐりこんだ。そのまま二度寝を決め込もうとして、ルチアは再びがばっと勢いよく起き上がった。
「そうよ! 今何時!?」
今日、王家の使者として、カイが公爵家の門を叩くことを思い出した。急いで朝食を済ませ、いつもにも増して念入りにベッティに化粧を施してもらう。
「ねぇ、どこも可笑しくない? ちゃんと可愛く見えてる?」
姿見に自身を映しては、前から横から後ろからいろんな角度で確かめた。
「ルチア様は今日も超絶お可愛らしいですよぅ。なにせ毎日このベッティが全身お見立てしておりますのでぇ」
求めた答えとはイマイチずれているような気がするも、ベッティだけが頼りなのは言うまでもない。今度はそわそわと幾度も窓の外を確かめた。
「ねぇ、エントランスはどっちの方向?」
「このお部屋からは見えませんねぇ」
「じゃあ馬車止めとか厩舎は?」
「どちらもやっぱり見えませんねぇ」
「だったらどうやってカイが来たことを確かめればいいのよ!」
詰め寄ったルチアを前に、ベッティはふむ、と考えるしぐさをした。
「確かめるも何も今回は正式な公務での公爵家訪問なんですよぅ。客人であるルチア様が立ち会える筋合いはないのではぁ?」
「だ、だけど、もてなしのお茶の時間には呼ばれるかもしれないじゃない」
「ああ、そうですねぇ。リーゼロッテ様ならそれくらいはしてくるかもですねぇ」
気の抜けた返事に背を向けて、小さなテラスの扉を開く。凍てつくような寒さの中、柵から身を乗り出し雪の庭を見下ろした。
「また逃げ出したりしないでくださいましねぇ」
「そんなことするわけないでしょ」
むっとして思わず口調がトゲトゲしくなる。そんなルチアの肩に、ベッティは厚手のショールをかけてきた。
「早く中にお戻りくださいませぇ。ここから覗き込んでても本当に何も見えませんからぁ。リーゼロッテ様にお呼ばれするかもなんですよねぇ? その前に熱でも出したら大変ですよぅ」
素直には頷けなくて、ぷいと顔を背けた。ルチアに付き合うように、ベッティは部屋に戻ることもせず後ろで白い息を吐いている。結局寒さに耐えかねて、すごすごと温かな部屋へと出戻った。
「今、あったかいもの淹れますねぇ」
弾むような声で言われ、ルチアはおとなしく定位置のソファへと身を沈めた。ほどなくして目の前のテーブルに芳しい紅茶が差し出されてくる。
無言のままカップを手に取った。丸い水面に揺れる自分の顔は、ベッティが言うほど可愛くは思えない。
「お飲みにならないんですかぁ?」
「だって紅が落ちちゃうもの」
「ふふー、ルチア様はほんとお可愛らしいですねぇ。ご心配なさらなくてもベッティがちゃんと付け直してさしあげますよぅ」
頷いて、今度は素直に口をつけた。スパイスでも入っているのか、今日の紅茶はなかなか刺激的な味わいだ。
「あったかい……」
「ルチア様はぁやっぱり笑っていた方がよろしいですねぇ」
「よろしいって、どうよろしいのよ?」
「その方がお可愛らしく見えるってことですよぅ」
「超絶?」
思わずそう聞き返す。
「はいぃ、笑っているルチア様は、ちょうっぜつっ、お可愛らしいですぅ」
「もう、何よそれっ」
堪えきれずぷっと大きくふき出した。大真面目に持ち上げてくるベッティを見て、なんだか力が抜けてくる。
このあとルチアはそわそわしつつも、部屋の中でおとなしく待機を続けた。
◇
使者が執務室に通される。エラが言っていた通り、やってきたのはカイだった。
既知の仲とは言え今日は大事なお務めだ。公爵夫人らしく粛々とした態度で、リーゼロッテはジークヴァルトと並び立った。
今日のカイは王城騎士の正装をしている。式典時ほど華美なものではないが、いつもの彼よりも凛々しく見えた。
(ドレスや宝飾も眼福だけど、騎士服ってだけで目の保養になるわね。軍服マニアなら、むせび泣いて拝み出しそうだわ)
ジークヴァルトも騎士服を着ていると、普段よりもマシマシで格好良く見えてしまう。この世界に転生できて良かったと、改めて思うリーゼロッテだった。
真面目顔のカイが招待状を乗せたトレーを恭しく掲げ持った。箔押しされた封筒も、ため息が出るほど美しいデザインだ。
「フーゲンベルク公爵、ならびに公爵夫人、王よりお預かりして参りました。こちらをどうぞお納めください」
「ああ、確かに受け取った」
招待状はそのままマテアスに手渡され、リーゼロッテたちは応接用のソファへと腰かけた。
(カイ様、今日はお時間あるようね。だったらここではなくサロンでお茶ができないかしら……)
恥ずかしげに頬を染めるルチアが頭をよぎり、カイに会わせてあげたくなってくる。執務室からうまいこと誘い出せないものだろうか。
「お寒い中、たいへんでしたわね。よかったらサロンの方で……」
「いえ、これも大事な務めですから」
「夜会の警護はどうなっている?」
「王妃の離宮を中心に、厳重に行われる予定です。今年は騎士としてわたしも裏方に回ります」
「そうか」
託宣を果たしたハインリヒはどんな女性に触れようと、もう大事故は起こらない。それを受けて、誕生したばかりの双子の王子の警護に人員を割くということのようだ。
納得して頷きつつも話の腰を折られてしまった。なんとかカイをサロンに誘えないものかと、会話の軌道修正を試みる。
「でも使者がカイ様だなんてわたくし驚きましたわ。せっかくですからサロンに移動してゆっくりと……」
「今回は特別です。実は公爵夫人にご相談したいことがありまして」
「リーゼロッテに? 何をだ」
不機嫌そうにジークヴァルトが割って入った。動じた様子もなくカイはにっこりと笑みを向けてくる。王城からの使者としての態度を、カイはあくまで貫く様子だ。
「夫人がアンネマリー王妃に贈り物をなさいましたでしょう? そのお品にイジドーラ様がご興味を持たれましてね。その件で少々お話をさせていただけたらと」
「イジドーラ様が? それで今日の使者にカイ様が選ばれて……?」
「そんなところです」
王子誕生にあたってフーゲンベルク公爵家から祝いの品は贈ったが、それとは別にアンネマリーに向けてリーゼロッテは個人的に贈り物をした。
こういったとき赤ん坊に目が行きがちで、母親を労う人間は少ないものだ。王子の誕生はもちろん喜ばしいが、命がけで出産したアンネマリーにこそおめでとうと伝えたかったリーゼロッテだ。
「でしたらサロンの方で」
そのタイミングでマテアスが三人分の紅茶をサーブしてきた。芳しい湯気を立ち昇らせるカップを前に、思わず言葉を詰まらせる。せっかく用意してもらったが、それでもリーゼロッテは負けじと食い下がった。
「ここではなんですから、改めてサロンに席を用意しますわ。お話はそちらでお伺いいたします」
「いえ、お気遣いなく。この場で十分です。内密にお話させていただきたいことでもありますし」
そう言われてはリーゼロッテも引き下がるしかなかった。脳内に浮かぶルチアの顔が、みるみるうちに哀しそうになっていく。
(うう、ルチア様、不甲斐なくってごめんなさい……)
話を聞いたあと、もう一度サロンに誘ってみよう。そう決意したものの、次の任務を理由にカイは、要件が終わるとすぐさま王城へと帰還したのだった。
◇
ようやく呼ばれたお茶の誘いに、ルチアが速足で前を行く。ベッティは黙ってその背に付き従った。到着したサロンで待っていたのは、リーゼロッテひとりきりだった。
「デルプフェルト様は……? もう帰ってしまったんですか?」
「そうなの。お忙しいみたいでわたくしも無理に引き留められなくて」
すまなそうに言ったリーゼロッテの前で、ルチアの口元が失望で歪められた。そのあからさまな態度に、益々リーゼロッテが申し訳なさそうな顔となる。
「それで……わたしのこと、何か言ってませんでしたか?」
すがるような瞳に、リーゼロッテは沈痛な面持ちで首を振った。酷いことをされた被害者のように、ルチアは唇を噛みしめる。それを受けたリーゼロッテの表情が、さらに哀しみを深くした。
「ごめんなさい。今回は使者としてのやり取りしかなくって」
「もういいです」
ぶっきらぼうに言って、ルチアは態度悪く視線を逸らした。そんな下位令嬢にあるまじき行為にも、リーゼロッテは同情の目を向けている。
(別にご自分のせいでもないのにぃ、ホントお人好しな方ですよねぇ)
おとなしく控えながら、ベッティは腹でそんなことを考えていた。
不機嫌な様子も隠そうともせず、ルチアは仏頂面で俯いたままだ。ベッティにあたるだけなら別段問題ないが、公爵夫人相手にこの態度はいただけない。放置するといずれカイに実害が及びそうだ。ここらが釘の刺しどきか。
「あの、気分が優れないので、もう下がってもいいですか?」
「ええ、もちろん。気落ちせずゆっくりと休んでちょうだいね」
形ばかりの礼を取り、ルチアはサロンを出て行こうとした。
「あっ、ルチア様」
「なんでしょう?」
引き留めたリーゼロッテを煩わしそうに振り返る。
「新年を祝う夜会では、カイ様は騎士として警護に回るそうよ。先に知っておいた方がいいかと思って」
「そうですか……わざわざありがとうございます」
今度は少しだけマシな礼を取ると、ルチアは足取り重くサロンを出て行った。続こうとしたベッティに、リーゼロッテが言葉をかけてくる。
「ベッティ、ルチア様のことお願いね」
「もとよりそれがわたしのお仕事ですのでぇ、リーゼロッテ様はご心配なさらずですぅ」
「余計なことをするつもりはないのだけれど……もしも困ったことがあったらいつでもわたくしに言ってちょうだい」
リーゼロッテもルチアの想いに気づいているようだ。だが既にふたりが深い仲になっていようとは、さすがに夢にも思っていまい。
(知ったとしてもリーゼロッテ様ならいたずらに広めたりはしないでしょうけどぉ)
その点だけは安心できる。しかしカイとルチアの関係は、絶対に秘密にしておかなければならなかった。
客間に戻るや否や、ルチアは乱暴にソファに腰かけた。置かれたクッションを手当たり次第に投げつける。
「ルチア様ぁ? ここはお世話になっている公爵家の客間ですよぅ?」
窘めるように言うと、投げかけた最後のクッションをルチアは胸にぎゅっと抱きしめた。
「ねぇ、本当にカイから何も連絡はなかったの?」
「特になかったですねぇ」
口癖のように聞かれ続けているが、ベッティの返事が変わることはない。ルチアはむすっとして押し黙った。
そもそもこういった状況に陥るのが面倒で、カイ自身、初心な令嬢はこれまで避けて通ってきたはずだ。惚れた腫れたの事態ならばともかくも、カイが本気でルチアに入れあげているようには見えなかった。
実のところベッティは、カイと何度も連絡を取り合っている。そのやりとりは他の任務と大差なく、必要最低限の業務連絡のみだ。ルチアが会いたがっていると報告しても、カイが何か言葉を託けてきたことは一度もなかった。
「ルチア様ぁ、リーゼロッテ様には何もお話ししてないですよねぇ?」
「わたしからは何も言ってないわ。ちゃんとわたしの片思いだから黙っててほしいってお願いしたし、今日のあれはリーゼロッテ様が勝手に気を回しただけよ」
不機嫌に返される。確かにリーゼロッテは、ルチアの想いに前々から勘づいていたように見て取れた。ルチア自らがべらべらしゃべったという事はなさそうだ。
「だとしたら尚のことぉ、今日のルチア様の態度はよろしくないですねぇ。リーゼロッテ様だから笑って許してくださってますがぁ、他の方相手なら不敬罪に問われてもおかしくないですよぅ。そんなことになったらぁ、二度とあの方に会えなくなりますからねぇ」
「分かったわ。これからは気をつける」
カイを盾にすれば、大抵ルチアは素直に引き下がる。それでも今日はまだ頭に血が上っているようだ。ようやく会えると思っていただけに落胆も大きいのだろう。
(しばらくはそっとしておきましょうかねぇ)
冷めた紅茶のセットをワゴンに乗せて、ベッティは一度部屋を離れようとした。
「ねぇ、ベッティ……」
「特に何もないですねぇ」
振り向きざまに答えると、むっとした様子でルチアが睨みつけてきた。
「まだ何も言ってないじゃない」
「これは失礼いたしましたぁ。あの方から連絡がないかと、また同じご質問なのかと思いましてぇ」
「そんなこと言うつもりはなかったわ!」
「ではどのような御用でお呼びでしょうかぁ?」
一瞬口ごもったルチアの顔が、見る見るうちに赤くなっていく。胸に抱いたクッションを、ルチアはベッティに向かって投げつけた。
「独りにしてって言いたかったの! 今すぐ出てって!」
「承知いたしましたぁ」
ぺこりと頭を下げてから、悪びれた様子もなくベッティは再びワゴンに手を掛けた。
「なんなのよ、その態度! あなたこそ令嬢に対する礼儀がなってないんじゃない!?」
「ご気分を害されたのならお詫び申し上げますぅ。お気が済むのでしたら鞭打ちでもはりつけでも、いくらでも懲罰お受けいたしますよぅ」
「そ、そんなことできるわけないでしょう」
「子爵令嬢のお立場のルチア様ならぁ、それくらいのこと平気で許されるんですよぅ?」
遠慮なくどうぞとしばらく返答を待つが、それ以上言葉が見つからなかったようだ。閉口したままのルチアに対して、ベッティはもう一度頭を下げた。
「御用がないのでしたら失礼しますねぇ」
今度こそ出て行こうとしたベッティに、ルチアがぽつりとつぶやいた。
「……八つ当たりしてごめんなさい」
後悔のにじむ声に振り返る。ベッティですらカイの真意を測りかねているのだ。振り回されっぱなしのルチアに、同情心が湧かないでもなかった。
とは言え彼女が暴走しないよう細心の注意を払う必要がある。適度にガス抜きをさせつつ、今後も上手いこと手綱を握らなければ。それこそがカイに託されたベッティの大切な役割だ。
「ベッティはルチア様にお仕えする立場ですからぁ、そんなふうにルチア様が謝る必要はございませんよぅ」
まったく気にしていないそぶりで、ベッティはやさしく笑顔を返した。
◇
あの日以来、ルチアの元気は無くなっていく一方だ。お茶に呼んでも心ここにあらずな状態で、時折我に返っては、無理に作った笑みを向けてくる。
そんなルチアのために、リーゼロッテは急遽お茶会を催すことにした。カイを招待すれば、今度こそふたりを会わせてやれる。そう画策し、騎士仲間としてエーミールやニコラウスにも招待状を送った。この面子なら客人の中にカイがいたとしても、変な噂が立つことはないはずだ。
(なのにカイ様にだけ断られてしまったのよね……)
糠喜びをさせないようにと、ルチアには内緒にしておいたのは賢明な判断だった。それにベッティにもお願いされてしまった。ルチアの名誉に傷をつけたくないので、カイへの恋心は誰にも黙っていてくれと。
そうは言ってもルチアの意気消沈ぶりは、見ていて胸が痛くなる。何かしてあげたくなるのが人情というものだろう。
(チャラいキャラが真実の愛に目覚めて、ヒロインを溺愛しちゃう話なんて結構王道だもの)
クズだった男が一途になって、ヒロインに対してだけヤンデレ化する物語など正直言って大好物過ぎる。イベントを重ねるごとに、戸惑いながらもヒーローはヒロインに惹かれていくのだ。そのイベントが生じなければ、ストーリーは進まない。
決して面白がっているつもりはないが、そんなふうにルチアの恋が進展すればいいと、リーゼロッテは心の底から願っていた。
結局今回は空振りに終わってしまったが、お茶会自体ルチアの気晴らしにはなるだろう。
「招待した以上、気分良く帰ってもらうのが女主人としての務めよね」
気合いを入れ、客人の到着を待つ。最初にやってきたのは、エーミールにエスコートされたグレーデン侯爵夫人のカミラだった。
「ようこそ、エーミール様、カミラ様」
「リーゼロッテ様、この度はご招待ありがとうございます」
「息子共々ご招待してくださって光栄ですわ」
こんなイケメン貴公子に育った息子と連れ立って歩けるなど、羨ましいことこの上ない。いつかは自分もカミラのようになれるかしらと、つい夢見てしまうリーゼロッテだ。
「エルヴィンはまだ来てないようね?」
「お呼びですか? 母上」
もうひとりの息子を探すカミラに応えるように、エーミールの兄エルヴィンが現れた。その横には子爵令嬢のクラーラがおどおどと立っている。
「ようこそ、エルヴィン様、クラーラ様。わたくし、おふたりが婚約されたと聞きましたわ。本当におめでとう」
「ああああありがとうございます、リーゼロッテ様。わたし、じゃなかったわたくしも自分で驚いてしまって、いまだに夢だったらどどどどうしようかと……」
「クラーラは疑い深いね。いいよ、何度だって愛を囁いてあげるから」
「ええええエルヴィンしゃまっ」
「駄目だよ、クラーラ。エルヴィンって呼んでごらん?」
耳元に唇を寄せられて、真っ赤になったクラーラは今にも卒倒してしまいそうだ。
「兄上……このような席でおやめください」
「いいじゃないか、エーミール。こんなにも可愛い婚約者を前に、我慢するなんてできるわけないだろう?」
「しかし義姉上は嫌がっているのでは?」
「あああ姉上だなんてっ」
「何? クラーラはわたしが嫌なのかい?」
「そそそそのようなことはっ」
「だったら問題ないね? ほらクラーラ、もっと近くにおいで」
「まったく……ずっとこの調子ですのよ? どこで育て方を間違えたのかしら」
あきれ顔のカミラも、口で言うほど嫌がっているようには見えなかった。
クラーラが嫁いだら、あの寒々しいグレーデン家もさぞかし明るい雰囲気になるのだろう。そんな想像をして、リーゼロッテはふふと笑みをこぼした。
それから幾人も客人を迎え入れ、ふとルチアはどうしているかと意識を向ける。用意した席の一番端の方で、令嬢たちが固まっておしゃべりしているのが目に入った。
(ルチア様はヤスミン様たちと一緒にいるみたいね)
暴言令嬢イザベラも同席しているようだが、ヤスミンに任せておけば揉め事は起きないはずだ。
(それよりもそろそろジークヴァルト様が顔を出す時間帯ね。今日は絶対に好きにはさせないんだから!)
あーんや抱っこで恥をかくのは、もう二度と真っ平御免だった。何かやらかしたら、夜は一緒に眠らない。そう高らかに宣言してあるので、ジークヴァルト封じ込め作戦はすでに成功したも同然だ。
(それでも油断は禁物ね。これまで何度も痛い目に合ってるし)
変な方向に気を引き締め直し、リーゼロッテは招待客と談笑を続けた。
◇
リーゼロッテ主催の茶会に、ルチアも混ぜてもらった。恐らく落ち込みがちな自分への気遣いだろう。彼女の顔を立てるためにも、今日は頑張って貴族らしく振舞おうと、ルチアはなんとか作り笑いを浮かべていた。
招待客は思っていたよりも大人数で、リーゼロッテは既婚者たちに囲まれている。自然と令嬢同士が寄り集まって会話に花を咲かせ始めた。独りでいるのも目立つので、ルチアはその端っこにそっと加わった。
「あら、ルチア様。お久しぶりね」
「ご無沙汰しています、ヤスミン様、イザベラ様」
見知った者を見つけ、ほっと息をつく。社交慣れしたふたりのそばにいれば、この場はうまいこと乗り切れるに違いない。
「リーゼロッテ様もすっかりあちら側に馴染んでらしてるわね」
ヤスミンの言うあちら側とは、夫人の集まりということだ。令嬢時代の初々しさは鳴りを潜め、女主人としての風格のようなものが感じられている。
「あら、ヤスミン様だって夏にはあちら側に行くのでしょう?」
「ふふ、そうですわね。実はもうカーク家に移り住んで花嫁修業をしておりますの。イザベラ様こそ、そろそろ縁談が調いそうと、わたくし小耳に挟みましてよ?」
「よくご存じね、新年を祝う夜会で正式にお披露目する予定でしたのに。ようやくお父様のお眼鏡に適う殿方が現れて、わたくしもほっとしているところですわ」
「イザベラ様はお父様がお決めになった方と結婚するんですか?」
「そうよ、当たり前じゃない。ルチア様だっていずれそうなるでしょう?」
イザベラの縦ロールがビヨンと跳ねる。当たり前と言われ、ルチアは唇を噛みしめた。そんなルチアにヤスミンがいたずらな視線を向けてくる。
「ルチア様もうまいことやれば恋愛結婚も夢ではなくってよ? わたくしはキュプカー侯爵家を継がず、カーク子爵家に嫁ぐ道を選びましたし」
「侯爵夫人の座を捨てて子爵夫人に収まろうだなんて、ヤスミン様も本当にもの好きよね」
「一生添い遂げるんですもの。伴侶になるならわたくしは好きになった相手を選びたいですわ」
「その割には、未来の夫に放っておかれているようですけれど」
「ふふ、殿方同士の社交も大事ですもの」
鼻で笑ったイザベラに、ヤスミンは余裕の笑顔を向ける。ふたりの視線の先では紳士同士が語り合っており、中でもガタイのいい厳つい男がひと際目立って見えた。彼こそがヤスミンの婚約者であるヨハン・カークだ。
そのヨハンと目が合うと、ヤスミンは小さく手を振った。照れたようにわちゃわちゃと、ヨハンが落ち着きなく手を動かしだした。それを見た周囲の紳士が、一斉に訝しげな顔になっている。
「なんだかうらやましいです。言葉がなくっても通じ合ってるみたいで……」
「ふん、恋愛結婚だなんて馬鹿げてるわ。立場をまっとうしてこそ真の貴族じゃない」
心から思ったルチアの言葉は、イザベラにあっさり一蹴されてしまった。気落ちするルチアをちらっと伺ってから、ヤスミンは別の一角へと視線をやった。
「それにしても驚きましたわよね。エルヴィン・グレーデン様とクラーラ様のご婚約」
「本当ね。あれだけ候補がいたって言うのに、由緒あるグレーデン侯爵家がへリング子爵家みたいな田舎貴族を選ぶだなんて」
毒づいたイザベラもヤスミンと同じ方向を見やる。そこにいたクラーラはエルヴィンとエーミールに挟まれて、おどおどと立っていた。
すぐ傍にはグレーデン侯爵夫人のカミラがいて、風格ある美男美女の中で挙動不審なクラーラだけが、浮いた存在のように目に映った。
「エルヴィン様は純粋にクラーラ様をお気に召したって話ですわよ?」
「あらそう。ではクラーラ様がよほどうまく立ち回ったと言うことね」
「うまく、ですか?」
「よくいるのよ。上位貴族に取り入るために、破廉恥な手段を使って近づく下賤で狡猾な女がね」
「ふふふ、あのクラーラ様にそんな器用なことができるとは思えませんけれど」
可笑しそうに言ったヤスミンに、ルチアも激しく同意した。イザベラの言葉を聞いていると、気力が削がれて滅入ってきてしまう。
それなのにイザベラのおしゃべりは止まらなくて、ルチアは口も挟めず黙って聞くしかなかった。さらっと流せるヤスミンの性格が、羨ましくて仕方がなく思えてくる。
「ルチア様もお気をつけになって。昔うわさにあったでしょう? ハインリヒ王が王太子時代に手を付けた令嬢が、厄介払いで老人に嫁がされたって話」
「厄介払いで……? あのハインリヒ王が?」
「そう言えば、昔アンネマリー様もそんなことおっしゃってましたわね。ふふ、ここだけのお話ですけれど、アンネマリー様は令嬢時代、ものすごく王太子殿下のこと嫌ってらしたのよ? 誤解は解けたようですから、それは根も葉もない噂なのでは?」
「火のないところに煙は立たないと言うじゃない。いい思いをしようと権力に群がる愚かな人間は、利用される矮小な立場なんだってこと、きちんと弁えるべきではなくって?」
「さすがイザベラ様、貴族の鑑ですわ。何にせよ、厄介事には首を突っ込まないのがいちばんってことですわね」
ヤスミンののほほんとした受け答えに救われながらも、ルチアはなんとか茶会を乗り切ったのだった。
◇
カイから何の音沙汰もないまま、ルチアは王都のタウンハウスに戻ってきた。年越しで行われる舞踏会を控え、その準備で日中は慌ただしく過ぎていく。
「ルチア様ぁ、明日も早いんですから夜更かしせずにお休みくださいましねぇ」
「分かったわ」
ベッティが出て行って、ひとり残されたルチアは分厚いカーテンに手を掛けた。
最後に会ってから、もうひと月近く経とうとしている。あの夜、カイは突然この窓の外からやってきた。
鍵が閉まっていないことを確認するために、ルチアは窓を開いた。月も出ていない今日の夜空は、満点の星々が輝いている。
あの星明りを頼りに、今宵こそルチアの元に来てくれるだろうか。そう願いながら、幾日も夜を明かしてきた。
「カイ……」
切なげな声は白い息となって暗闇へと消えていく。
窓を閉め、カーテンは少しだけ隙間を残した。こうすれば部屋からの明かりが外に漏れ、カイが迷わずたどり着けるだろうから。
冷えた体で寝台にもぐりこむ。
瞼を閉じても、まどろみは一向に訪れてくれなかった。
「カイ……」
あの夜を夢想して、カイの熱を繰り返し思い出す。
ぎゅっときつく目をつむり、カイがしてくれたようにルチアは自分の肌に触れてみた。
「足りない……ぜんぜん足りないよ、カイ」
焦がれる想いを抱え、今日も夜は更けていく。
待てども外から窓が開かれることはなく、そのままルチアは新年を祝う夜会の当日を迎えた。
【次回予告】
はーい、わたしリーゼロッテ。今年もやってきました、王家主催の新年を祝う夜会! 前乗りしたわたしとジークヴァルト様は王城でゆっくりとした時を過ごします。貴族たちが入り乱れる舞踏会で、ルチア様はカイ様の姿を必死に求めて……?
次回、6章第19話「嘘つきな騎士 - 前編 -」 あわれなわたしに、チート、プリーズ!!
ルチアの純潔を奪ったカイに驚きを隠せないベッティ。それでもその意思に従う道を選びます。隠れ家で甘い時間を過ごしたルチアは、カイの説得でブルーメ家のタウンハウスに出戻って。
ルチア大怪我の一報に、遠い領地から駆け付けたブルーメ子爵。義父のやさしさに触れ、ルチアは心を開き始めます。
すぐに会いに行くという言葉を信じ、ひたすらカイを待ち続けるルチア。しかし一向に姿を見せないカイに、やがて不満が膨らんで。
日々が過ぎ、公爵家へ行く前日の深夜にいきなり窓から現れたカイ。熱く口づけを交わす夜を過ごすも、ふたりのことは誰にも内緒にするようルチアは念を押されます。
翌日、カイは護衛騎士としてフーゲンベルク家にルチアを送り届け、リーゼロッテたちの前で、ルチアとはただの知り合いという態度を貫くのでした。
午後の温かな日差しが降り注ぐ中、小鬼たちがそこかしこで駆け回っている。ジークヴァルト以外とサロンでお茶をするのは、随分と久しぶりのことだ。
「体調はどう? そろそろ移動の疲れも取れたかしら?」
「はい、すっかり元気です。おかげさまで毎日良く眠れています」
「ならよかったわ」
リーゼロッテが微笑むと、ルチアもはにかむような笑顔を向けてきた。それがなんとも可愛らしくて、リーゼロッテの口元がさらに綻んだ。
(ルチア様、ずいぶんと打ち解けてくれたみたい)
以前は見えない壁を張られているように感じていたが、近ごろの彼女はとても柔らかい雰囲気だ。
壁際に立つカークに見守られる中、たあいのないおしゃべりを続ける。しばらくすると小鬼が一匹、ルチアの背後からひょっこりと現れた。
「あら? その子、まだルチア様の元にいたのね」
リーゼロッテと目が合うと、小鬼はギリギリまで近寄ってきた。きゅるんと瞳を輝かせ、乞うように腕を伸ばしてくる。
「ちょっとだけよ?」
ほんの少しだけ緑の力を振り撒くと、小鬼はうれしそうにぴょんこぴょんことその場で跳ねた。
「あの、その緑の光は何なんですか?」
「これ? これは浄化の光よ」
「ジョウカノヒカリ……?」
意味を探して首をひねったルチアの前で、手のひらの上に力を集めて見せた。凝縮させるほど、緑は輝きを増していく。
(我ながら上手に扱えるようになったものね)
内心どや顔になるが、あまりやりすぎると異形が過剰に引き寄せられてくる。あとでジークヴァルトに何を言われるか分からないので、リーゼロッテは貯めた力をすぐさま解いた。
「これにはね、異形の者を祓う力があるの」
「はらう……? 異形を消すってことですか?」
膝に飛び乗ってきた小鬼を、ルチアは無意識のように抱き寄せた。ずっと一緒にいて、愛着が湧いてしまっているのだろう。
安心させるために軽く笑みを作ったあと、リーゼロッテははしゃぎ回る小鬼たちの動きを目で追った。
「力加減によってはそうなるわね。でもわたくし、あの子たちを無理に祓うのは嫌いなの」
実力行使が必要なのは、悪意ある異形に限られる。未練を残して死んだ者たちを、力づくでどうこうする権利が自分にあるはずもない。例え力を扱えようとも、リーゼロッテにはそう思えてならなかった。
「それにここにいる子たちはみな、満足すると自分で天に還っていくから」
「天に還る?」
「異形の者はね、本をただせばみな未練を残して亡くなった人間なのよ。苦しみに囚われたまま何百年も過ごしている者もいるわ」
「じゃあ、この子も人間だったんですか?」
「ええ」
きゅるるんお目目と見つめ合うが、ルチアの小鬼は自らのことを語ろうとはしてこない。話を聞いて欲しがる者が多い中、リーゼロッテの力に触れるだけで満足する小鬼もいた。そんな彼らは自身で折り合いをつけ、ゆっくりと浄化の道を歩んでいく。
(頑なに心を閉ざす異形もいるけれど……。時間がかかっても自分の意思で昇って行けるなら、それに越したことはないものね)
リーゼロッテにできるのは、異形が握りしめている蟠りに目を向けさせて、それを解くきっかけを作ることだけだ。
「実はわたし、似たような光がここから出たことがあって……」
思案顔で聞いていたルチアが、自身の手のひらをじっと見つめた。不安げに唇を噛みしめる。
「もしかしてその光は金色だった?」
「あっ、はい、確かにあのとき金色の火花みたいな感じでした」
「ならきっとそれも浄化の力ね。この力を持つのは……」
王家の血が流れる者だけだ。そう言おうとしてリーゼロッテはぐっと喉を詰まらせた。龍に目隠しされる感覚は、いつまで経っても慣れることはない。仕方なしにほかの言葉を探す。
「この力を持つ人間はそう多くないわ。わたくしも数年前に知らされたの。ルチア様もさぞびっくりしたでしょう?」
「はい、一瞬のことで何が起きたのか分からなくて……。でもどうして金色だったって分かったんですか?」
「力はね、瞳の色に宿ると言われているの。だからわたくしは緑だし、ルチア様の力は金色をしているってわけね」
驚き顔のルチアはかつての自分のようだ。異形の知識も含め何も知らない状態で、これまで何かと苦労してきたに違いない。
「わたし、それを一度この子に向かって飛ばしてしまって。すごく怖がられてしまったんです」
「そう、力を上手に扱えないのは良くないわね。だったらエマニュエル様に頼んでみましょう」
「エマニュエル様に?」
「彼女ならとても分かりやすく教えてくれるわ。わたくしもね、力の扱い方はエマ様に習ったのよ」
「そう、なんですか」
ルチアはあまり乗り気でない様子だ。不思議に思ってリーゼロッテは小首をかしげた。
「エマ様は苦手?」
「あ、いえ、そんなことは……」
気まずそうに視線を逸らされる。そのとき近くにいた小鬼たちが一斉に逃げ散らばった。
「ジークヴァルト様」
「いい、そのまま座っていろ」
立ち上がりかけたリーゼロッテとルチアを制して、大股で近づいてくる。ジークヴァルトが一瞥をくれると、遠い片隅に寄り集まった小鬼たちはぴるぴると震え出した。ルチアの小鬼だけが、彼女の赤毛の奥へともぐりこんでいく。
サロン中の小鬼を一瞬で消し去るくらい、ジークヴァルトにとっては造作もないことだ。小鬼たちはそれを本能で分かっているのだろう。
「執務はよろしいのですか?」
「少し時間が空いた」
「あっ、ヴァルト様!」
気づいた時にはもう膝の上だった。迂闊にも油断をしていた自分が悔やまれる。
「もう! ルチア様もいらっしゃるのに」
「正式な茶会というわけでもないだろう。そら、あーんだ」
すかさずクッキーを詰め込まれ、条件反射のように飲み下す。目が合ったルチアに生温かい視線を返されてしまった。
そんな中、手際よくエラがジークヴァルトに紅茶をサーブした。その上でリーゼロッテに茶菓子を一皿差し出してくる。
「さ、リーゼロッテ奥様も」
目の前に掲げられたのは、ジークヴァルト専用の甘くない菓子だ。これにはあーんのお返し以外に用途はない。
「もう、エラまで!」
「今日は内々の茶会ですから。奥様、どうぞご遠慮なさらず」
満面の笑みにエラの強い圧を感じる。見上げると期待に満ちた青い瞳とぶつかった。じっと見つめ合ったまま、ジークヴァルトも無言で圧をかけてくる。
ルチアに視線を戻すと、ニコニコと微笑ましそうに見守ってくれていた。先日招いた茶会の席で、すでに見られている醜態だ。頬に熱が集まるのを感じつつも、仕方なしにリーゼロッテは茶菓子を手に取った。
「今日は一往復だけですわよ?」
口元に差し出すが、なぜかジークヴァルトは口を開けようとしない。訝しげにさらに菓子を押し付けた。
「お口を開けてくださいませ」
「あーんがない」
まったくの無表情で返される。器用に唇を開かずにしゃべったのは、先日伝授した腹話術の賜物か。
「こ、子供ですかっ」
「あーんがなければ駄目だ」
ふいと顔を逸らされる。
「も、もうっ! あーん、ですわっ」
やけくそで菓子を差し出した。今度こそジークヴァルトの口に収まって、ついでに指先までべろりと舐められる。
「「ヴァルト様!」」
リーゼロッテの声と重なって、書類を抱えたマテアスがサロンへと駆け込んできた。
「約束の時間はとっくに過ぎていますよ! 徹夜したくなかったら今すぐ執務室にお戻りください!」
「ああ、今戻る」
リーゼロッテを抱えたまま、ジークヴァルトはおもむろに立ち上がった。次いで壊れ物を扱うように、そっとソファに降ろされる。
蜂蜜色の髪をひと房持ち上げて、ジークヴァルトは名残惜しそうに唇を寄せた。そこに口づけるのかと思いきや、素早くリーゼロッテの唇を啄んでくる。
「続きは夜だ」
耳元で囁かれ、全身がぼっと真っ赤に染まる。夫婦となって半年近く経つが、不意打ちをくらうと未だに初心な反応しかできないリーゼロッテだ。
ジークヴァルトが去り、いたたまれない気持ちでルチアを伺った。公爵夫人としての威厳など、もはや示せるはずもない。
「ごめんなさい、変なものを見せてしまって……」
「いえ、公爵様とはいつも仲がよろしくて、わたし羨ましいくらいです」
はにかんだ笑顔を向けられて、ほっと胸をなでおろす。ルチアは以前から口数も少なく、周囲にあまり関心がないように見えた。内心馬鹿にされているのではと心配していただけに、この反応には救われると言うものだ。
(やっぱりルチア様、ちょっと雰囲気が変わったかも)
出会った当初のルチアは、心を閉ざしてどこか心細そうにしていた。社交界デビューを果たし、ようやく貴族社会に馴染めてきたのかもしれない。そう思うと我がことのようにうれしくなった。
おかわりの紅茶を差し出すエラも、リーゼロッテと同じ気持ちでいるようだ。たのしそうにおしゃべりするルチアのことを、やさしげな瞳で見つめていた。
「あ、奥様。先ほどマテアスから聞いたのですが、明日、王城から使者が来られるとのことです」
「まあ、新年を祝う夜会の招待状かしら? もうそんな時期なのね」
王家主催の舞踏会では、それぞれの家に招待状が送られる。正式な使者が届けに来るため、できる限り当主自らが出迎えるのがしきたりだった。公爵家の名に恥じぬよう、それなりの装いをすることも必要だ。
「じゃあ明日は早めに起きて準備したほうがよさそうね。ジークヴァルト様、納得してくれるかしら……?」
「今頃マテアスが、旦那様にしっかりと釘を刺しておりますよ」
エラの返答にはっと我に返った。今夜のまぐわいを上手く回避できるだろうかと、そんな思いで呟いたことだ。それをルチアにも聞かれてしまった。ほんのりと頬を染めているところを見ると、ルチアもその意味を察したに違いない。
ここまで来ると開き直るしかないが、涙目で赤面顔のリーゼロッテは自身のポンコツっぷりを呪うばかりだ。
「とは言え、今回の使者はカイ・デルプフェルト様が来られるそうですから、あまり気負わずともよろしいのでは」
「えっ、カイが!?」
腰を浮かせかけたルチアに、驚いて視線を向ける。注目を浴びたルチアは、慌てて口元を手で覆った。
「す、すみません、いきなり大声を出して」
「いいのよ。ね、ルチア様、ちょっと内緒話をしましょう?」
目配せを送ると、エラは会話が届かない場所へと移動してくれた。少し前から感じていたが、どうやらルチアはカイに恋心を抱いているようだ。それを確かめたくて、リーゼロッテは声を潜ませ前のめりに問いかけた。
「ルチア様はカイ様のことが気になって?」
「あ、う……それは……」
口ごもったルチアの頬は、熟れたビョウのように真っ赤に染まっている。隠しているつもりだったのだろうが、鈍いリーゼロッテにもバレバレだ。
(そっか、最近ルチア様のお顔が明るいのは、カイ様に恋をしているからなのね!)
得心が行って、初々しいルチアを前に知らず口元が綻んだ。思えばルチアが公爵家に戻ってきたとき、カイは護衛を務めていた。あの日のカイの態度を思うと、ルチアの想いはばっちりと伝わっているのではないだろうか。
リーゼロッテは興奮気味に息を漏らした。仲のいい知り合いと知り合いが知らないうちに知り合って、知らぬ間に意識しあう仲になっているなど、むずきゅんしない方がどうかしている。
「ふふ、大丈夫よ、わたくし誰にもしゃべったりしないから」
「エマニュエル様にもですか!?」
すぐさまそう返されて、ルチアの必死さに面食らった。次いでカイの素行の悪さが頭をよぎり、いつしかエマニュエルに言われた注意事項を思い出す。
既婚者との火遊びの噂が絶えないカイとは、公の場では親しいそぶりを見せないように。自分と同様にルチアもそんな忠告を受けたのかもしれない。そう考えれば、ルチアがエマニュエルを避けたがる気持ちにも納得がいった。
「あの、リーゼロッテ様。わたしが勝手に好きなだけで……その、デルプフェルト様には絶対に迷惑をかけたくないんです。だから……」
「ルチア様のお気持ち、よく分かったわ」
不安げな様子のルチアの手を取った。柔らかく微笑み、嘘偽りない言葉を選ぶ。
「エマ様にも、もちろん他の誰にも話したりしないと、この立場にかけて約束します。だから安心して」
カイと浮名を流すのは、令嬢にとって社交界的に致命傷になり得ることだ。貴族として、ルチアもそれを重々承知しているのだろう。
そうは言っても、恋心は誰にも止められないものだ。
(無責任なことは言えないけれど、これからは陰ながらルチア様を応援していこう)
恋とはするものではなく落ちるもの。不安定に揺れるルチアの乙女心を感じ取り、至言が染み入る瞬間だった。
◇
寝台の縁に腰かけたルチアは、つい先ほども聞いたことを口にした。
「ねぇ、本当にカイから何も連絡はないの?」
「今のところ特にありませんねぇ」
「そう……」
しゅんと俯いた先、夜着の裾から桜色の爪が覗いている。カイに綺麗だと思われたくて、ベッティにお願いしてぴかぴかに整えてもらった。
「テラスも窓も鍵はかけないでおいてね?」
「ご心配なさらずともぉ、言われた通りどこもかしこも開けっ放しにしておりますよぅ」
「本当に? うっかり閉めちゃったりしてない?」
しつこく何度も確かめる。嫌な顔ひとつせず、ベッティは自慢げに胸を反り返らせた。
「ベッティの辞書にうっかりなんて言葉はございませんのでぇ、そこんとこは超絶ご安心くださいましぃ。ぶっちゃけ超絶物騒なんでぇ閉めさせてほしいのは山々なんですがぁ」
「だって明日カイが使者として来るのよ? もしかしたら今夜わたしのところにも来てくれるかもしれないじゃない。念のためもう一回だけ確認して!」
「さすがのあの方も公爵家へは不法侵入できないと思いますけどねぇ。ほぉらご覧の通りぃ、これっぽっちも閉まっておりませんよぅ」
捲ったカーテンの向こうで、テラスの扉が開け閉めされる。冷たい風が吹き込んでくると、ようやくルチアは納得して頷いた。
「さぁさ、もういい加減横になってくださいましぃ」
「いやよ。今夜はわたし寝ないでカイを待ってるの」
「夜更かしは美容の大敵ですよぅ。それにお布団がぬくぬくあったまってたほうがぁ、あの方もおよろこびになるんじゃないですかねぇ?」
「それはそうかも!」
眠るつもりはなかったが、ルチアはあっさりと寝台にもぐりこんだ。
「あっ、部屋の明かりも真っ暗にしないでおいてね」
「仰せのままにぃ。待つのはそこそこにしてきちんとお休みくださいましねぇ」
ルチアの言いつけ通り、ベッティはランプを灯したまま出て行った。就寝時には火種だけに落とす暖炉の炎も、小さくせずにしてくれたようだ。
ひとりきりになった寝室で、ぱちぱちと薪の爆ぜる音が響いた。跳ね踊る炎を見つめていると、初めてカイと体を繋げた日のことを思い出す。
「カイ……」
名を口にするだけで、締め付けられるように胸が苦しくなった。会いたくて、どうしようもなく切ない気持ちに見舞われる。
風でカーテンが揺れないか、ひっきりなしに窓へと視線を向けた。いくら待てども冷たい風が吹き込む様子もなくて、ルチアはぎゅっと自分の体を抱きしめた。
「さみしい……さみしいよぉ、カイ」
さみしすぎて凍え死んでしまいそうだ。引き裂かれそうなこころに呼応して、体の中心が強く疼いた。身も心も温めて、早くカイいっぱいに満たして欲しい。
(あの腕に抱かれたい)
押しつぶされそうな思いを抱え、のろのろと時間だけが過ぎていく。
シャッと勢いよくカーテンが引かれ、まどろみに沈んでいたルチアは慌てて身を起こした。差し込む朝日がまぶしく刺さる。逆光に佇む人物がベッティだと分かると、落胆のあまりリネンに突っ伏した。
「おはようございますぅ。夕べはよぉくお眠りになられましたかぁ?」
「何それ、嫌味?」
「とんでもございませんよぅ。どちらかと言うと社交辞令の部類に入りますかねぇ」
「もう、なんなのよそれ」
いい加減慣れたつもりでいたが、ベッティの受け答えにはいつも脱力させられる。
怒る気力も湧いてこず、陽光から逃げるように暖かい布団へともぐりこんだ。そのまま二度寝を決め込もうとして、ルチアは再びがばっと勢いよく起き上がった。
「そうよ! 今何時!?」
今日、王家の使者として、カイが公爵家の門を叩くことを思い出した。急いで朝食を済ませ、いつもにも増して念入りにベッティに化粧を施してもらう。
「ねぇ、どこも可笑しくない? ちゃんと可愛く見えてる?」
姿見に自身を映しては、前から横から後ろからいろんな角度で確かめた。
「ルチア様は今日も超絶お可愛らしいですよぅ。なにせ毎日このベッティが全身お見立てしておりますのでぇ」
求めた答えとはイマイチずれているような気がするも、ベッティだけが頼りなのは言うまでもない。今度はそわそわと幾度も窓の外を確かめた。
「ねぇ、エントランスはどっちの方向?」
「このお部屋からは見えませんねぇ」
「じゃあ馬車止めとか厩舎は?」
「どちらもやっぱり見えませんねぇ」
「だったらどうやってカイが来たことを確かめればいいのよ!」
詰め寄ったルチアを前に、ベッティはふむ、と考えるしぐさをした。
「確かめるも何も今回は正式な公務での公爵家訪問なんですよぅ。客人であるルチア様が立ち会える筋合いはないのではぁ?」
「だ、だけど、もてなしのお茶の時間には呼ばれるかもしれないじゃない」
「ああ、そうですねぇ。リーゼロッテ様ならそれくらいはしてくるかもですねぇ」
気の抜けた返事に背を向けて、小さなテラスの扉を開く。凍てつくような寒さの中、柵から身を乗り出し雪の庭を見下ろした。
「また逃げ出したりしないでくださいましねぇ」
「そんなことするわけないでしょ」
むっとして思わず口調がトゲトゲしくなる。そんなルチアの肩に、ベッティは厚手のショールをかけてきた。
「早く中にお戻りくださいませぇ。ここから覗き込んでても本当に何も見えませんからぁ。リーゼロッテ様にお呼ばれするかもなんですよねぇ? その前に熱でも出したら大変ですよぅ」
素直には頷けなくて、ぷいと顔を背けた。ルチアに付き合うように、ベッティは部屋に戻ることもせず後ろで白い息を吐いている。結局寒さに耐えかねて、すごすごと温かな部屋へと出戻った。
「今、あったかいもの淹れますねぇ」
弾むような声で言われ、ルチアはおとなしく定位置のソファへと身を沈めた。ほどなくして目の前のテーブルに芳しい紅茶が差し出されてくる。
無言のままカップを手に取った。丸い水面に揺れる自分の顔は、ベッティが言うほど可愛くは思えない。
「お飲みにならないんですかぁ?」
「だって紅が落ちちゃうもの」
「ふふー、ルチア様はほんとお可愛らしいですねぇ。ご心配なさらなくてもベッティがちゃんと付け直してさしあげますよぅ」
頷いて、今度は素直に口をつけた。スパイスでも入っているのか、今日の紅茶はなかなか刺激的な味わいだ。
「あったかい……」
「ルチア様はぁやっぱり笑っていた方がよろしいですねぇ」
「よろしいって、どうよろしいのよ?」
「その方がお可愛らしく見えるってことですよぅ」
「超絶?」
思わずそう聞き返す。
「はいぃ、笑っているルチア様は、ちょうっぜつっ、お可愛らしいですぅ」
「もう、何よそれっ」
堪えきれずぷっと大きくふき出した。大真面目に持ち上げてくるベッティを見て、なんだか力が抜けてくる。
このあとルチアはそわそわしつつも、部屋の中でおとなしく待機を続けた。
◇
使者が執務室に通される。エラが言っていた通り、やってきたのはカイだった。
既知の仲とは言え今日は大事なお務めだ。公爵夫人らしく粛々とした態度で、リーゼロッテはジークヴァルトと並び立った。
今日のカイは王城騎士の正装をしている。式典時ほど華美なものではないが、いつもの彼よりも凛々しく見えた。
(ドレスや宝飾も眼福だけど、騎士服ってだけで目の保養になるわね。軍服マニアなら、むせび泣いて拝み出しそうだわ)
ジークヴァルトも騎士服を着ていると、普段よりもマシマシで格好良く見えてしまう。この世界に転生できて良かったと、改めて思うリーゼロッテだった。
真面目顔のカイが招待状を乗せたトレーを恭しく掲げ持った。箔押しされた封筒も、ため息が出るほど美しいデザインだ。
「フーゲンベルク公爵、ならびに公爵夫人、王よりお預かりして参りました。こちらをどうぞお納めください」
「ああ、確かに受け取った」
招待状はそのままマテアスに手渡され、リーゼロッテたちは応接用のソファへと腰かけた。
(カイ様、今日はお時間あるようね。だったらここではなくサロンでお茶ができないかしら……)
恥ずかしげに頬を染めるルチアが頭をよぎり、カイに会わせてあげたくなってくる。執務室からうまいこと誘い出せないものだろうか。
「お寒い中、たいへんでしたわね。よかったらサロンの方で……」
「いえ、これも大事な務めですから」
「夜会の警護はどうなっている?」
「王妃の離宮を中心に、厳重に行われる予定です。今年は騎士としてわたしも裏方に回ります」
「そうか」
託宣を果たしたハインリヒはどんな女性に触れようと、もう大事故は起こらない。それを受けて、誕生したばかりの双子の王子の警護に人員を割くということのようだ。
納得して頷きつつも話の腰を折られてしまった。なんとかカイをサロンに誘えないものかと、会話の軌道修正を試みる。
「でも使者がカイ様だなんてわたくし驚きましたわ。せっかくですからサロンに移動してゆっくりと……」
「今回は特別です。実は公爵夫人にご相談したいことがありまして」
「リーゼロッテに? 何をだ」
不機嫌そうにジークヴァルトが割って入った。動じた様子もなくカイはにっこりと笑みを向けてくる。王城からの使者としての態度を、カイはあくまで貫く様子だ。
「夫人がアンネマリー王妃に贈り物をなさいましたでしょう? そのお品にイジドーラ様がご興味を持たれましてね。その件で少々お話をさせていただけたらと」
「イジドーラ様が? それで今日の使者にカイ様が選ばれて……?」
「そんなところです」
王子誕生にあたってフーゲンベルク公爵家から祝いの品は贈ったが、それとは別にアンネマリーに向けてリーゼロッテは個人的に贈り物をした。
こういったとき赤ん坊に目が行きがちで、母親を労う人間は少ないものだ。王子の誕生はもちろん喜ばしいが、命がけで出産したアンネマリーにこそおめでとうと伝えたかったリーゼロッテだ。
「でしたらサロンの方で」
そのタイミングでマテアスが三人分の紅茶をサーブしてきた。芳しい湯気を立ち昇らせるカップを前に、思わず言葉を詰まらせる。せっかく用意してもらったが、それでもリーゼロッテは負けじと食い下がった。
「ここではなんですから、改めてサロンに席を用意しますわ。お話はそちらでお伺いいたします」
「いえ、お気遣いなく。この場で十分です。内密にお話させていただきたいことでもありますし」
そう言われてはリーゼロッテも引き下がるしかなかった。脳内に浮かぶルチアの顔が、みるみるうちに哀しそうになっていく。
(うう、ルチア様、不甲斐なくってごめんなさい……)
話を聞いたあと、もう一度サロンに誘ってみよう。そう決意したものの、次の任務を理由にカイは、要件が終わるとすぐさま王城へと帰還したのだった。
◇
ようやく呼ばれたお茶の誘いに、ルチアが速足で前を行く。ベッティは黙ってその背に付き従った。到着したサロンで待っていたのは、リーゼロッテひとりきりだった。
「デルプフェルト様は……? もう帰ってしまったんですか?」
「そうなの。お忙しいみたいでわたくしも無理に引き留められなくて」
すまなそうに言ったリーゼロッテの前で、ルチアの口元が失望で歪められた。そのあからさまな態度に、益々リーゼロッテが申し訳なさそうな顔となる。
「それで……わたしのこと、何か言ってませんでしたか?」
すがるような瞳に、リーゼロッテは沈痛な面持ちで首を振った。酷いことをされた被害者のように、ルチアは唇を噛みしめる。それを受けたリーゼロッテの表情が、さらに哀しみを深くした。
「ごめんなさい。今回は使者としてのやり取りしかなくって」
「もういいです」
ぶっきらぼうに言って、ルチアは態度悪く視線を逸らした。そんな下位令嬢にあるまじき行為にも、リーゼロッテは同情の目を向けている。
(別にご自分のせいでもないのにぃ、ホントお人好しな方ですよねぇ)
おとなしく控えながら、ベッティは腹でそんなことを考えていた。
不機嫌な様子も隠そうともせず、ルチアは仏頂面で俯いたままだ。ベッティにあたるだけなら別段問題ないが、公爵夫人相手にこの態度はいただけない。放置するといずれカイに実害が及びそうだ。ここらが釘の刺しどきか。
「あの、気分が優れないので、もう下がってもいいですか?」
「ええ、もちろん。気落ちせずゆっくりと休んでちょうだいね」
形ばかりの礼を取り、ルチアはサロンを出て行こうとした。
「あっ、ルチア様」
「なんでしょう?」
引き留めたリーゼロッテを煩わしそうに振り返る。
「新年を祝う夜会では、カイ様は騎士として警護に回るそうよ。先に知っておいた方がいいかと思って」
「そうですか……わざわざありがとうございます」
今度は少しだけマシな礼を取ると、ルチアは足取り重くサロンを出て行った。続こうとしたベッティに、リーゼロッテが言葉をかけてくる。
「ベッティ、ルチア様のことお願いね」
「もとよりそれがわたしのお仕事ですのでぇ、リーゼロッテ様はご心配なさらずですぅ」
「余計なことをするつもりはないのだけれど……もしも困ったことがあったらいつでもわたくしに言ってちょうだい」
リーゼロッテもルチアの想いに気づいているようだ。だが既にふたりが深い仲になっていようとは、さすがに夢にも思っていまい。
(知ったとしてもリーゼロッテ様ならいたずらに広めたりはしないでしょうけどぉ)
その点だけは安心できる。しかしカイとルチアの関係は、絶対に秘密にしておかなければならなかった。
客間に戻るや否や、ルチアは乱暴にソファに腰かけた。置かれたクッションを手当たり次第に投げつける。
「ルチア様ぁ? ここはお世話になっている公爵家の客間ですよぅ?」
窘めるように言うと、投げかけた最後のクッションをルチアは胸にぎゅっと抱きしめた。
「ねぇ、本当にカイから何も連絡はなかったの?」
「特になかったですねぇ」
口癖のように聞かれ続けているが、ベッティの返事が変わることはない。ルチアはむすっとして押し黙った。
そもそもこういった状況に陥るのが面倒で、カイ自身、初心な令嬢はこれまで避けて通ってきたはずだ。惚れた腫れたの事態ならばともかくも、カイが本気でルチアに入れあげているようには見えなかった。
実のところベッティは、カイと何度も連絡を取り合っている。そのやりとりは他の任務と大差なく、必要最低限の業務連絡のみだ。ルチアが会いたがっていると報告しても、カイが何か言葉を託けてきたことは一度もなかった。
「ルチア様ぁ、リーゼロッテ様には何もお話ししてないですよねぇ?」
「わたしからは何も言ってないわ。ちゃんとわたしの片思いだから黙っててほしいってお願いしたし、今日のあれはリーゼロッテ様が勝手に気を回しただけよ」
不機嫌に返される。確かにリーゼロッテは、ルチアの想いに前々から勘づいていたように見て取れた。ルチア自らがべらべらしゃべったという事はなさそうだ。
「だとしたら尚のことぉ、今日のルチア様の態度はよろしくないですねぇ。リーゼロッテ様だから笑って許してくださってますがぁ、他の方相手なら不敬罪に問われてもおかしくないですよぅ。そんなことになったらぁ、二度とあの方に会えなくなりますからねぇ」
「分かったわ。これからは気をつける」
カイを盾にすれば、大抵ルチアは素直に引き下がる。それでも今日はまだ頭に血が上っているようだ。ようやく会えると思っていただけに落胆も大きいのだろう。
(しばらくはそっとしておきましょうかねぇ)
冷めた紅茶のセットをワゴンに乗せて、ベッティは一度部屋を離れようとした。
「ねぇ、ベッティ……」
「特に何もないですねぇ」
振り向きざまに答えると、むっとした様子でルチアが睨みつけてきた。
「まだ何も言ってないじゃない」
「これは失礼いたしましたぁ。あの方から連絡がないかと、また同じご質問なのかと思いましてぇ」
「そんなこと言うつもりはなかったわ!」
「ではどのような御用でお呼びでしょうかぁ?」
一瞬口ごもったルチアの顔が、見る見るうちに赤くなっていく。胸に抱いたクッションを、ルチアはベッティに向かって投げつけた。
「独りにしてって言いたかったの! 今すぐ出てって!」
「承知いたしましたぁ」
ぺこりと頭を下げてから、悪びれた様子もなくベッティは再びワゴンに手を掛けた。
「なんなのよ、その態度! あなたこそ令嬢に対する礼儀がなってないんじゃない!?」
「ご気分を害されたのならお詫び申し上げますぅ。お気が済むのでしたら鞭打ちでもはりつけでも、いくらでも懲罰お受けいたしますよぅ」
「そ、そんなことできるわけないでしょう」
「子爵令嬢のお立場のルチア様ならぁ、それくらいのこと平気で許されるんですよぅ?」
遠慮なくどうぞとしばらく返答を待つが、それ以上言葉が見つからなかったようだ。閉口したままのルチアに対して、ベッティはもう一度頭を下げた。
「御用がないのでしたら失礼しますねぇ」
今度こそ出て行こうとしたベッティに、ルチアがぽつりとつぶやいた。
「……八つ当たりしてごめんなさい」
後悔のにじむ声に振り返る。ベッティですらカイの真意を測りかねているのだ。振り回されっぱなしのルチアに、同情心が湧かないでもなかった。
とは言え彼女が暴走しないよう細心の注意を払う必要がある。適度にガス抜きをさせつつ、今後も上手いこと手綱を握らなければ。それこそがカイに託されたベッティの大切な役割だ。
「ベッティはルチア様にお仕えする立場ですからぁ、そんなふうにルチア様が謝る必要はございませんよぅ」
まったく気にしていないそぶりで、ベッティはやさしく笑顔を返した。
◇
あの日以来、ルチアの元気は無くなっていく一方だ。お茶に呼んでも心ここにあらずな状態で、時折我に返っては、無理に作った笑みを向けてくる。
そんなルチアのために、リーゼロッテは急遽お茶会を催すことにした。カイを招待すれば、今度こそふたりを会わせてやれる。そう画策し、騎士仲間としてエーミールやニコラウスにも招待状を送った。この面子なら客人の中にカイがいたとしても、変な噂が立つことはないはずだ。
(なのにカイ様にだけ断られてしまったのよね……)
糠喜びをさせないようにと、ルチアには内緒にしておいたのは賢明な判断だった。それにベッティにもお願いされてしまった。ルチアの名誉に傷をつけたくないので、カイへの恋心は誰にも黙っていてくれと。
そうは言ってもルチアの意気消沈ぶりは、見ていて胸が痛くなる。何かしてあげたくなるのが人情というものだろう。
(チャラいキャラが真実の愛に目覚めて、ヒロインを溺愛しちゃう話なんて結構王道だもの)
クズだった男が一途になって、ヒロインに対してだけヤンデレ化する物語など正直言って大好物過ぎる。イベントを重ねるごとに、戸惑いながらもヒーローはヒロインに惹かれていくのだ。そのイベントが生じなければ、ストーリーは進まない。
決して面白がっているつもりはないが、そんなふうにルチアの恋が進展すればいいと、リーゼロッテは心の底から願っていた。
結局今回は空振りに終わってしまったが、お茶会自体ルチアの気晴らしにはなるだろう。
「招待した以上、気分良く帰ってもらうのが女主人としての務めよね」
気合いを入れ、客人の到着を待つ。最初にやってきたのは、エーミールにエスコートされたグレーデン侯爵夫人のカミラだった。
「ようこそ、エーミール様、カミラ様」
「リーゼロッテ様、この度はご招待ありがとうございます」
「息子共々ご招待してくださって光栄ですわ」
こんなイケメン貴公子に育った息子と連れ立って歩けるなど、羨ましいことこの上ない。いつかは自分もカミラのようになれるかしらと、つい夢見てしまうリーゼロッテだ。
「エルヴィンはまだ来てないようね?」
「お呼びですか? 母上」
もうひとりの息子を探すカミラに応えるように、エーミールの兄エルヴィンが現れた。その横には子爵令嬢のクラーラがおどおどと立っている。
「ようこそ、エルヴィン様、クラーラ様。わたくし、おふたりが婚約されたと聞きましたわ。本当におめでとう」
「ああああありがとうございます、リーゼロッテ様。わたし、じゃなかったわたくしも自分で驚いてしまって、いまだに夢だったらどどどどうしようかと……」
「クラーラは疑い深いね。いいよ、何度だって愛を囁いてあげるから」
「ええええエルヴィンしゃまっ」
「駄目だよ、クラーラ。エルヴィンって呼んでごらん?」
耳元に唇を寄せられて、真っ赤になったクラーラは今にも卒倒してしまいそうだ。
「兄上……このような席でおやめください」
「いいじゃないか、エーミール。こんなにも可愛い婚約者を前に、我慢するなんてできるわけないだろう?」
「しかし義姉上は嫌がっているのでは?」
「あああ姉上だなんてっ」
「何? クラーラはわたしが嫌なのかい?」
「そそそそのようなことはっ」
「だったら問題ないね? ほらクラーラ、もっと近くにおいで」
「まったく……ずっとこの調子ですのよ? どこで育て方を間違えたのかしら」
あきれ顔のカミラも、口で言うほど嫌がっているようには見えなかった。
クラーラが嫁いだら、あの寒々しいグレーデン家もさぞかし明るい雰囲気になるのだろう。そんな想像をして、リーゼロッテはふふと笑みをこぼした。
それから幾人も客人を迎え入れ、ふとルチアはどうしているかと意識を向ける。用意した席の一番端の方で、令嬢たちが固まっておしゃべりしているのが目に入った。
(ルチア様はヤスミン様たちと一緒にいるみたいね)
暴言令嬢イザベラも同席しているようだが、ヤスミンに任せておけば揉め事は起きないはずだ。
(それよりもそろそろジークヴァルト様が顔を出す時間帯ね。今日は絶対に好きにはさせないんだから!)
あーんや抱っこで恥をかくのは、もう二度と真っ平御免だった。何かやらかしたら、夜は一緒に眠らない。そう高らかに宣言してあるので、ジークヴァルト封じ込め作戦はすでに成功したも同然だ。
(それでも油断は禁物ね。これまで何度も痛い目に合ってるし)
変な方向に気を引き締め直し、リーゼロッテは招待客と談笑を続けた。
◇
リーゼロッテ主催の茶会に、ルチアも混ぜてもらった。恐らく落ち込みがちな自分への気遣いだろう。彼女の顔を立てるためにも、今日は頑張って貴族らしく振舞おうと、ルチアはなんとか作り笑いを浮かべていた。
招待客は思っていたよりも大人数で、リーゼロッテは既婚者たちに囲まれている。自然と令嬢同士が寄り集まって会話に花を咲かせ始めた。独りでいるのも目立つので、ルチアはその端っこにそっと加わった。
「あら、ルチア様。お久しぶりね」
「ご無沙汰しています、ヤスミン様、イザベラ様」
見知った者を見つけ、ほっと息をつく。社交慣れしたふたりのそばにいれば、この場はうまいこと乗り切れるに違いない。
「リーゼロッテ様もすっかりあちら側に馴染んでらしてるわね」
ヤスミンの言うあちら側とは、夫人の集まりということだ。令嬢時代の初々しさは鳴りを潜め、女主人としての風格のようなものが感じられている。
「あら、ヤスミン様だって夏にはあちら側に行くのでしょう?」
「ふふ、そうですわね。実はもうカーク家に移り住んで花嫁修業をしておりますの。イザベラ様こそ、そろそろ縁談が調いそうと、わたくし小耳に挟みましてよ?」
「よくご存じね、新年を祝う夜会で正式にお披露目する予定でしたのに。ようやくお父様のお眼鏡に適う殿方が現れて、わたくしもほっとしているところですわ」
「イザベラ様はお父様がお決めになった方と結婚するんですか?」
「そうよ、当たり前じゃない。ルチア様だっていずれそうなるでしょう?」
イザベラの縦ロールがビヨンと跳ねる。当たり前と言われ、ルチアは唇を噛みしめた。そんなルチアにヤスミンがいたずらな視線を向けてくる。
「ルチア様もうまいことやれば恋愛結婚も夢ではなくってよ? わたくしはキュプカー侯爵家を継がず、カーク子爵家に嫁ぐ道を選びましたし」
「侯爵夫人の座を捨てて子爵夫人に収まろうだなんて、ヤスミン様も本当にもの好きよね」
「一生添い遂げるんですもの。伴侶になるならわたくしは好きになった相手を選びたいですわ」
「その割には、未来の夫に放っておかれているようですけれど」
「ふふ、殿方同士の社交も大事ですもの」
鼻で笑ったイザベラに、ヤスミンは余裕の笑顔を向ける。ふたりの視線の先では紳士同士が語り合っており、中でもガタイのいい厳つい男がひと際目立って見えた。彼こそがヤスミンの婚約者であるヨハン・カークだ。
そのヨハンと目が合うと、ヤスミンは小さく手を振った。照れたようにわちゃわちゃと、ヨハンが落ち着きなく手を動かしだした。それを見た周囲の紳士が、一斉に訝しげな顔になっている。
「なんだかうらやましいです。言葉がなくっても通じ合ってるみたいで……」
「ふん、恋愛結婚だなんて馬鹿げてるわ。立場をまっとうしてこそ真の貴族じゃない」
心から思ったルチアの言葉は、イザベラにあっさり一蹴されてしまった。気落ちするルチアをちらっと伺ってから、ヤスミンは別の一角へと視線をやった。
「それにしても驚きましたわよね。エルヴィン・グレーデン様とクラーラ様のご婚約」
「本当ね。あれだけ候補がいたって言うのに、由緒あるグレーデン侯爵家がへリング子爵家みたいな田舎貴族を選ぶだなんて」
毒づいたイザベラもヤスミンと同じ方向を見やる。そこにいたクラーラはエルヴィンとエーミールに挟まれて、おどおどと立っていた。
すぐ傍にはグレーデン侯爵夫人のカミラがいて、風格ある美男美女の中で挙動不審なクラーラだけが、浮いた存在のように目に映った。
「エルヴィン様は純粋にクラーラ様をお気に召したって話ですわよ?」
「あらそう。ではクラーラ様がよほどうまく立ち回ったと言うことね」
「うまく、ですか?」
「よくいるのよ。上位貴族に取り入るために、破廉恥な手段を使って近づく下賤で狡猾な女がね」
「ふふふ、あのクラーラ様にそんな器用なことができるとは思えませんけれど」
可笑しそうに言ったヤスミンに、ルチアも激しく同意した。イザベラの言葉を聞いていると、気力が削がれて滅入ってきてしまう。
それなのにイザベラのおしゃべりは止まらなくて、ルチアは口も挟めず黙って聞くしかなかった。さらっと流せるヤスミンの性格が、羨ましくて仕方がなく思えてくる。
「ルチア様もお気をつけになって。昔うわさにあったでしょう? ハインリヒ王が王太子時代に手を付けた令嬢が、厄介払いで老人に嫁がされたって話」
「厄介払いで……? あのハインリヒ王が?」
「そう言えば、昔アンネマリー様もそんなことおっしゃってましたわね。ふふ、ここだけのお話ですけれど、アンネマリー様は令嬢時代、ものすごく王太子殿下のこと嫌ってらしたのよ? 誤解は解けたようですから、それは根も葉もない噂なのでは?」
「火のないところに煙は立たないと言うじゃない。いい思いをしようと権力に群がる愚かな人間は、利用される矮小な立場なんだってこと、きちんと弁えるべきではなくって?」
「さすがイザベラ様、貴族の鑑ですわ。何にせよ、厄介事には首を突っ込まないのがいちばんってことですわね」
ヤスミンののほほんとした受け答えに救われながらも、ルチアはなんとか茶会を乗り切ったのだった。
◇
カイから何の音沙汰もないまま、ルチアは王都のタウンハウスに戻ってきた。年越しで行われる舞踏会を控え、その準備で日中は慌ただしく過ぎていく。
「ルチア様ぁ、明日も早いんですから夜更かしせずにお休みくださいましねぇ」
「分かったわ」
ベッティが出て行って、ひとり残されたルチアは分厚いカーテンに手を掛けた。
最後に会ってから、もうひと月近く経とうとしている。あの夜、カイは突然この窓の外からやってきた。
鍵が閉まっていないことを確認するために、ルチアは窓を開いた。月も出ていない今日の夜空は、満点の星々が輝いている。
あの星明りを頼りに、今宵こそルチアの元に来てくれるだろうか。そう願いながら、幾日も夜を明かしてきた。
「カイ……」
切なげな声は白い息となって暗闇へと消えていく。
窓を閉め、カーテンは少しだけ隙間を残した。こうすれば部屋からの明かりが外に漏れ、カイが迷わずたどり着けるだろうから。
冷えた体で寝台にもぐりこむ。
瞼を閉じても、まどろみは一向に訪れてくれなかった。
「カイ……」
あの夜を夢想して、カイの熱を繰り返し思い出す。
ぎゅっときつく目をつむり、カイがしてくれたようにルチアは自分の肌に触れてみた。
「足りない……ぜんぜん足りないよ、カイ」
焦がれる想いを抱え、今日も夜は更けていく。
待てども外から窓が開かれることはなく、そのままルチアは新年を祝う夜会の当日を迎えた。
【次回予告】
はーい、わたしリーゼロッテ。今年もやってきました、王家主催の新年を祝う夜会! 前乗りしたわたしとジークヴァルト様は王城でゆっくりとした時を過ごします。貴族たちが入り乱れる舞踏会で、ルチア様はカイ様の姿を必死に求めて……?
次回、6章第19話「嘘つきな騎士 - 前編 -」 あわれなわたしに、チート、プリーズ!!
10
※小説家になろうグループムーンライトノベルズにて【R18】ふたつ名の令嬢と龍の託宣 不定期投稿中☆
第6章 嘘つきな騎士と破られた託宣 スタートました♡
※アルファポリス版は第1部令嬢編として一度完結としましたが、ムーンでは第6章を継続投稿中です。
こちらはR18ですので、18歳以上(高校生不可)の方のみ閲覧できます。
第6章 嘘つきな騎士と破られた託宣 スタートました♡
※アルファポリス版は第1部令嬢編として一度完結としましたが、ムーンでは第6章を継続投稿中です。
こちらはR18ですので、18歳以上(高校生不可)の方のみ閲覧できます。
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