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第4章 宿命の王女と身代わりの託宣
第25話 腕の中へ
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【前回のあらすじ】
次の満月の訪れに怯えながらも、森の動物たちの力を借りて英気を養うリーゼロッテ。
一方、エーミールはリーゼロッテ奪還のために騎士団入りを果たします。ニコラウスとカイに快く迎えられる中、王城内で突然異形の者が暴れ出して。
大慌てで対処するも、騎士団長であるバルバナスが神殿への調査をいきなり強行します。ジークヴァルトに神殿突入を知らせるため、緊急で発煙筒を空高く上げるエーミール。
その知らせを受けた公爵家は、リーゼロッテ奪還のために、急遽動き出すのでした。
騎士団乱入の知らせを受けて、神官長と共にヨーゼフは神殿の入り口まで急いだ。日も沈み、神官たちは夕餉の支度をするような時刻のことだ。行く道すがら騎士の怒号が響く。内心その声に怯えながらも、ヨーゼフは神官長の後をついていった。
「ここに騎士団長様はおいでか」
「何者だ!」
「こちらは神官長なるぞ! そんなことも知らずにこの所業とは。神殿での無作法な振る舞い、そちらこそ今すぐ改めよ!」
「やめるんだ、ヨーゼフ」
静かに首を振り、神官長は目の前の騎士に誠実な目を向けた。
「わたしはバルバナス様に真意を問いに参っただけです。争うつもりはありません。どうか取次ぎを」
「来たか、神官長」
奥から悠然と現れたバルバナスに、ヨーゼフは身を震わせた。先日と雰囲気が全く違う。神官長の後ろに隠れ、鬼神のような姿を盗み見た。
「此度の訪問、どういった理由からかお聞かせ願いますか? この行いが神殿と王家の関係に影響を及ぼすことは、王族であるあなた様ならよくお判りの事でしょう」
ヨーゼフとは対照的に、神官長は臆することなくバルバナスに相対した。問いただす瞳には純粋な疑問が浮かんでいる。
「神殿内で媚薬密造の疑惑がある。そのための緊急捜査だ」
「媚薬の密造……? この神殿でですか?」
「ああ、そうだ。媚薬による事件がここ数か月多発している。国で取り締まるべき重要事案だ」
「それは理解しますが、しかし神殿で媚薬など……」
「何もなければすぐに引く。ない腹を探られても痛くはないだろう? その代わり不審な動きを取る者がいたら容赦はしない。このまま神殿敷地内の捜査は続行させてもらう」
バルバナスの目配せで、第二班の騎士たちが動き出す。それを目で追ってから神官長は、周囲にいた神官たちに落ち着つきはらった声をかけた。
「みな、それぞれの部屋に戻りなさい。疑いが晴れればそれで済むこと。騎士の方々に協力をして、決して怪我人など出さぬように」
迷いない言葉に安堵して、神官たちはその場を離れていった。
◇
(レミュリオの姿がなかった)
神殿に入るなり、カイは素早く別行動に出た。証拠隠滅を恐れて、バルバナスは神官の動きを封じることを優先させている。その後じっくり敷地内を捜査するつもりなのだろう。
この区画は神官の部屋が立ち並ぶ。地位の高い神官の部屋を素通りして、ようやく目的の部屋に辿り着いた。叩く前に扉が中から開かれる。
「これは、カイ・デルプフェルト様。このような場所に自らご足労頂くなど、騎士業もなかなか大変そうですね」
「その様子じゃオレがここに来た理由は分かってるんだ?」
「ええ、先ほど知らせが参りましたから。それで神官長の言いつけ通りに、こうして部屋でおとなしくしていたわけですよ。と言ってもこの時間に部屋にいるのは、普段通りのことですが」
そう言ってレミュリオは、カイを誘うように大きく扉を開けた。何もない部屋が垣間見える。かろうじて数冊の本が置かれているが、机に丸椅子、寝台があるだけだった。
「どうぞ、中をお調べになるのでしょう?」
「なんでこんな部屋にいるの? レミュリオ殿ならもっと豪華な部屋、使わせてもらえるんじゃない?」
レミュリオは次期神官長候補だ。こんな奥まった場所の小部屋などではなく、本神殿に近い居室を与えられるべき立場の人間だ。
「広い部屋を与えられたところで、盲いた身では持て余すというものです。慣れ親しんだこの部屋に愛着もありますので」
中に足を踏み入れると、本当に必要最小限の物しか置いていない。それこそ見習い神官が使う様な粗末な部屋だった。
それでも見落としがないようにと、カイは壁から窓から隈なく確認していった。しかし不審なところは何もない。
「ねえ、そこの!」
開け放たれた扉の向こう、廊下にいた騎士のひとりに声をかける。
「お呼びでしょうか?」
「この部屋から誰も出ないよう、ちゃんと見張っててくれる?」
「それは命に代えても! この区画はわたしが任されましたので」
なら安心だ、そう言ってカイはレミュリオを振り返った。
「そういう訳だからレミュリオ殿。白黒つくまで絶対にここから出さないよ」
「もとより部屋を出る気はありませんよ」
口元に笑みを浮かべたレミュリオを、胡散臭そうにカイは見やる。
「じゃあ、あとはよろしく」
「はっ! お任せを!」
騎士とレミュリオに見送られる中、カイはその場をあとにした。
◇
「ではわたしもこれで。遅くまでお勤めご苦労様です」
美貌の神官にやさしく微笑まれて、騎士は思わず顔を赤くした。ごゆっくりなどと明後日の返事を返してしまう。
「ああ、そうです。大事な話を聞いていただけますか?」
「はい、何でしょう?」
扉を閉めかけていたレミュリオが、再び声をかけてくる。男相手にドギマギしているなど悟られてしまわないよう、騎士はうんと難しい顔をした。しかし女性と見まがうほどの美しい顔に、次第に目つきがぽやんとなってくる。
「いいですか? わたしはずっとこの部屋の中にいました。誰に何を聞かれても、あなたは必ずそう証言してください」
「……ハイ、ワカリマシタ。必ズソウ証言シマス」
「いい返事です」
操られたように答えた騎士に、レミュリオは慈悲深い笑みを向けた。うれしそうに頷き返した騎士をその場に残し、レミュリオは部屋を出た。誰にも咎められることなく、人気のない神殿の奥へゆっくりと歩を進めていく。
「脳のない羽虫と侮っていましたね。言っているそばからぞろぞろと……」
遠くに意識を傾けたかと思うと、レミュリオは言葉とは裏腹に可笑しそうに口角をつり上げた。
「裏手から回るとは思い切ったことを。仕方がありませんね、少々礎を呼び戻すとしますか。この程度で崩れる国なら、早急になくなってしまえばいい」
返した手のひらの上、青銀の光が渦を巻きながら小さな球をつくる。そのまま浮き上がったかと思うと、瞬間弾け、青銀は天井に四散した。
「ようやく手に入れた花嫁だけは、今一度隠すとしましょうか。誰の手にも届かない場所にでも……」
長い廊下を進み、レミュリオは何もない場所で足を止めた。壁に向かって手をかざすと、隠し扉が浮き出してくる。ここを開けることは何人たりともできはしない。神のみが通ることを許される、青龍の扉と呼ばれるものだ。
目の前の扉が開かれる。レミュリオは戸惑いもなくそこに足を踏み入れた。暗い通路をしばらく進み、目的の場所で再び扉を開く。
寒々しい廊下を渡り、リーゼロッテを閉じ込めた部屋へと向かう。しかしまったく違う方向に、彼女の輝きが見え隠れした。
「……どうやら子鼠が逃げる手引きをしたようですね。害はないと思って放置していましたが」
方向を変え、迷いなく歩き出す。
「まあいいでしょう。どのみち無力な貴女は、わたしから逃げおおせる事などできないのですから」
すぐそこにいるリーゼロッテの気配に、レミュリオはいつになく気分を高揚させた。
◇
神殿奥に進むバルバナスの後を続いていたとき、エーミールの視界の端で何かが動いた。廊下の窓の外、リープリングを連れたカイが茂みの奥に消えていく。咄嗟に開けた窓枠を越え、エーミールは外へと降り立った。
「エーミール様? どこ行くんすか、そっちじゃないですよ!」
ニコラウスの声を無視して、そのままカイの姿を追った。雪の中しばらく行くと、地図上にはなかった路が現れる。
「うおっ、怪しい小路発見」
「なぜついてきた」
面倒くさそうに言うと、ニコラウスはがりがりと頭をかいた。
「いや、実はバルバナス様から、エーミール様の手助けをするよう言われてまして……」
「手助けを? 一体何のだ」
「ですから妖精姫の救出ですよ」
一瞬足を止め、エーミールはニコラウスを振り返った。
「大公がなぜそんなことを」
「多分、というか絶対そうなんすけど、バルバナス様は早くアデライーデに戻ってきてほしいんですよ。妖精姫のことが片付かないと、王命は解けそうにないですから」
アデライーデはハインリヒの命令で、公爵家でジークヴァルトを見張っている。だが事実上の拘束だ。
「大公とアデライーデ様……ふたりはやはり恋仲なのか?」
「いえ、それがさっぱり。オレが見ている限り、ふたりはまだ清い仲ですね」
その返事にエーミールは眉根を寄せた。バルバナスはアデライーデを一体どうしたいと言うのか。
王妃の離宮でアデライーデが大怪我を負わされた後、バルバナスは彼女を攫って行った。それ以来ずっとそばに置いたまま、決して離そうとはしない。そのことも王族へ不信を抱く原因のひとつだ。
言っているうちに進む路が二股に分かれた。先を見るもカイの姿はすでにない。雪でも積もっていれば足跡がついたのだろうが、石畳の小路の下は温泉水が引かれている。雪は溶ける仕様なので、カイの行った方向がつかめない。
「くそ、どちらだ……?」
「あっ犬が」
右の小路の先の暗がりで、リープリングが尾を振っている。エーミールと目が合うと、リープリングは長い体を翻した。
「あっちだ」
見失わないようにその背を追いかける。程なくして大木の根元で屈みこんでいるカイの姿が目に入った。
「デルプフェルト様? そんなとこで何やってんすか?」
「うん、ちょっとね」
「なんだそれは。暗号……いや、道しるべか?」
雪をかき分けた幹に、幾筋かの傷がついている。カイは小道を外れ、他の木の根元を次から次に確認していった。目印のついた木を渡り、道なき道を進んでいく。そんなことを繰り返すうちに、手掛かりの木が見当たらなくなった。月明かりもない場所で行き詰ったカイは、確認する手を止め立ち上がった。
「これ以上は難しいか……」
「貴様は一体何を探しているんだ?」
「それも分からず、ここまでついて来たの?」
「貴様がそばにいろと言ったんだろう」
「あーうん、そういやそうだったね」
気のない言葉をエーミールに返したカイは、取り出した布切れをリープリングの鼻先に近づける。しばしふんふんと鼻を動かしていたリープリングが、激しく尾を振り瞳を輝かせた。
「ベッティのにおいだよ。いける? リープリング」
ふんとひとつ鼻息を吐くと、リープリングは音を立てずに動きだした。最後に見つけた目印の木を嗅いで、次いで周囲のにおいを嗅ぎまわる。積もった雪に苦戦しつつも、リープリングはゆっくりとにおいを辿っていった。
木々を縫って、三人は辛抱強くその後をついていく。来た道も分からなくなるくらい進んだ頃、遠くに明かりの漏れる建物が現れた。離れと言うには神殿から遠すぎる。まさに隠れ家といった建物だ。
「ビンゴだ。リープリング、お手柄だよ」
カイが頭をなでると、リープリングの尾が激しく振れた。
「なんだあの建物は?」
「地図には載ってなかったっすね」
勇み足で進もうとするエーミールを制して、カイは遠くに耳を澄ませた。神殿の方角からふたり連れの神官が慌てたように駆けてくる。ランタンを手に持ち、ふたりとも白い頭巾をかぶっていた。
「わぉ、怪しさ大爆発……」
「しっ」
漏れた呟きを咎められ、ニコラウスは自身の口をふさいだ。背の低い神官が鍵を開け、ふたりは建物の中へと入っていった。しかし間を置かずに、扉から飛び出してくる。来た時以上に慌てている様子に、エーミールは眉をひそめた。
「何かあったのか……?」
「みたいっすね」
だがこの奥まった場所に、バルバナスたちが先に到着したとも思えない。状況が見えなくて、エーミールとニコラウスはその様子を、息を押し殺しながら見守った。
扉を乱暴に閉めた神官たちが来た道を戻ろうとする。それを目で追っていたエーミールとニコラウスを置いて、突然カイが駆け出した。
俊足で神官の前に躍り出る。手刀を食らわせ、あっけなく男ふたりを昏倒させた。
「おい! いきなり単独行動に出るな。他に仲間がいたらどうする」
「いたら今頃出てきてるって」
間近で人の気配は感じない。言いながらカイは、神官から頭巾をはぎ取った。
「このふたりは確か神官長派の……」
考え込むようにつぶやいて、カイはニコラウスの顔を見上げた。
「ブラル殿、悪いんだけど建物の中まで運んでくれる?」
「ああ、このままじゃ凍死しますよね」
怪しい奴には事情聴取が必要だ。その前に死なれては問題となる。神官を担いでニコラウスは建物の中へと運んでいった。
降ろすなりカイは神官服をはぎ取った。その上で、動けないようロープで拘束していく。
「まだ他に神官がいるかもしれない。怪しまれないようにこのふたり、どっか隠しとけないかな?」
「近くに部屋は無さそうっすね」
目の前に続くのは廊下だけだ。薄暗く先は見渡せない。
「あの柱の影はどうだ?」
エーミールの言葉を受けて、太い柱の影に神官ふたりを押し込んだ。
しばらく進むと廊下の途中で、神官がひとり倒れているのが目に入った。
この神官も覆面をしているが、鼻の辺りが血で汚れている。カイがそれをはぎ取ると、その男もやはり神官長派のひとりだった。
(この男……確か、オスカーとか言ったな)
神官服を脱がせると、カイは神官をロープで縛り上げていく。殴られた跡があるので、誰かに昏倒させられたのだろうことが伺えた。
「ねぇふたりとも。これ着てついて来て」
言いながらカイ自身も神官服を身にまとった。仕上げに目出し穴のついた頭巾を被る。
ここにあと何人いるかは分からない。この少人数では神官の振りをして探った方が危険は低かった。
「うおっ! この覆面、血まみれじゃないっすか」
「顔見られるよりましでしょ? もし名前聞かれたら、ブラル殿はオスカーって名乗っといて」
「オスカー?」
「そこの血まみれ神官の名前」
「わたしはどうすればいい?」
エーミールの問いにカイは一瞬考え込んだ。
「とりあえずグレーデン殿は何があっても黙ってて」
その方がボロが出にくいから、とカイは心の中でつけ加える。
オスカーも同様に柱の影に押し込むと、三人は再び建物の奥へと進んでいった。
「この廊下どこまで続いてるんすかね」
「いや、あの先で二手に別れているな」
突き当りで左右に伸びるのはまた長い廊下だった。
「どっちに行くかだな……」
「方向からするに右は神殿側、左は森側ですかね」
「しっ! 誰か来る」
カイの静止に緊張が走る。慌てた様子の神官が四人、右手の廊下からこちらに小走りに来るのが見えた。
「聖女様はご無事か?」
「今ちょうど確認しに行くところでした」
問われるも咄嗟に言葉が返せないでいるふたりを横に、カイはしゃがれた声で答えた。先程外で気絶させた神官の声真似だ。
「何をもたもたしている、早くせねば騎士団に見つかってしまうではないか!」
言うなり神官たちは、先程までカイたちが来た方向に進み始めた。道案内よろしく、三人はその後をついていく。
一番偉そうな神官が長い廊下の途中で足を止めた。先程オスカーを隠した柱がすぐそこにある。押し込んだ足が少しだけ先を覗かせていた。
(やっべ、気づかれたらアウトだ)
この神官たちは攫った聖女の元に向かう気でいる。そこで気絶しているオスカーが見つからないようにと、なんとなくを装ってニコラウスは自分で壁を作った。
神官のひとりが鍵の束を何もない壁に差し込んだ。すると隠し扉が現れる。
「……お前、見ない奴だな」
ふいに後方にいた別の神官が、エーミールに向けて訝しげに問う。扉を開けた神官もつられるように振り返った。
エーミールは神官と言うにはあまりにも姿勢良く立っている。歩く時もきびきびとしていて、立居振る舞いが騎士そのものだ。
「い、今はそんな場合じゃ……」
ニコラウスが慌てたように割り込んだ。声バレしないようにと、小声でまくし立てる。
「お前は……オスカーか?」
「そうです。ワタシはオスカーです」
「先ほどから気になっていたが……どうしてそんなに血まみれなんだ?」
「さっきよそ見してたら壁にぶつかって鼻血が……」
「ふん、お調子者振りは相変わらずだな」
「イヤ、マッタクモッテオッシャルトオリデ」
「早く聖女様の元へ」
ボロが出ないようにと、カイがしゃがれ声で助け舟を出す。こちらは背を丸めた老人風で、知らなければ誰もが騙されそうだ。神官たちも違和感のないまま会話をしている。
「やっぱりお前は誰だ? 名を名乗れ」
裏腹にエーミールへの疑惑が深まっていく。神官たちの視線が集まり口ごもっていると、ニコラウスが慌てて間に割って入った。
「こいつは新人です! このオスカーがバッチリ保証しますので」
「新人? そんな話は我らの青龍からは聞いていないが」
「我らの青龍?」
「ん? オスカー、お前後ろに何を隠している?」
神官たちが注目した先、本物のオスカーの足が柱から覗いている。ニコラウスが隠すように立ち位置を変えた瞬間、ロープで簀巻きにされた体がこちらに倒れてきた。
「あれはオスカー!?」
「貴様ら何者だ!」
神官たちが色めき立ったとき、すでに三人は動き出していた。
ニコラウスが目の前の神官にボディブローを決め、カイは小柄な神官の首筋に手刀を落とす。エーミールが剣の束(つか)で残りのふたりの鳩尾を流れるように突き、あっという間に四人を昏倒させた。
「急ごう。恐らくリーゼロッテ嬢はその隠し扉の先にいる」
カイの言葉に緊張が走る。一向は急ぎ扉の中へと向かった。
暗がりの通路を抜け、突き当りの扉から再び廊下に出る。部屋もなくただ廊下が伸びていた。もう夜半の時刻だ。薄暗い廊下を進むと、その先に開け放たれた扉から明かりが漏れているのが見えてきた。
「リーゼロッテ様……!」
カイを押しのけ、エーミールが我先にと部屋の中に入った。それに続いてニコラウスとカイも足を踏み入れる。
「誰もいない……?」
エーミールが部屋を見回す。部屋に内鍵はなく、扉にのぞき穴がくり抜かれている。牢と言うには調度品がまともで、私室と言うには厳重すぎる造りだった。
「いや、確かにリーゼロッテ嬢はさっきまでここにいた」
この部屋からリーゼロッテの力が色濃く感じ取れる。格子のはめられた窓に近づき、カイは桟に置かれた金属を手に取った。片方しかないが、これはリーゼロッテが持っていたフーゲンベルク製の知恵の輪だ。
椅子のそばの壁にいくつも線が刻まれている。日付を数えるためにつけたのかもしれない。あのリーゼロッテならやりそうなことだ。
(ベッティはリーゼロッテ嬢といたのか……?)
緑の力に紛れて、ほのかにベッティの力の残り香を感じる。注意深く部屋を探り、カイは扉のすぐ脇の床の一部に目を留めた。
短剣で床板を無理やりはがす。中からは一枚の紙が出てきた。デルプフェルト家秘伝の暗号で書かれた文章が、ベッティの文字で綴られている。
「これは……」
そこに書かれていたのは媚薬畑の詳細な位置だ。その紙を手にカイは硬い表情で立ち上がった。
「ブラル殿はこの紙を持って、一度バルバナス様の所に戻ってもらえるかな? グレーデン殿はオレと来て。リーゼロッテ嬢の行方はベッティが知っている可能性が高い」
「ベッティ? あのふざけた侍女か?」
エーミールの言葉を無視してカイは神官服を脱ぎ捨てた。こうなれば動きづらい分だけ不利になる。
三人は来た廊下を戻り雪の積もる外へと出た。ベッティの暗号を携えて、ニコラウスだけが神官が歩いてきた小道を戻る。
「リープリング!」
カイの呼びかけに、茂みからリープリングが飛び出してきた。
「ベッティのにおい、まだ追えるよね?」
ふんふんと鼻先を近づけると、リープリングは激しく尾を振った。そのまま辺りを嗅ぎまわり、ひとつの方向へと進み始める。
「この犬についていけば、リーゼロッテ様がいるんだな?」
「分からない。でもこれが今できる最善だ」
閉じ込められていただろう部屋はもぬけの空だった。廊下で倒れていたオスカー。ベッティとやり合った可能性も十分考えられる。
どんな事態になっているのか状況が把握できない。ふたりはただ、リープリングのあとを辛抱強くついていった。
◇
拍子抜けするほどあっさりと、神殿への侵入が果たせた。裏手の小川付近の壁は高いものの、備え付けられた裏門はあまりにも脆弱だ。辺りには見張りも置かれておらず、マテアスとジークヴァルトは森の中の小路を進んだ。
「路は地図通りのようですねぇ。雪も積もってなくてこれ幸い……と言いたいところですが、旦那様、ゆめゆめ油断なさいませんように」
「ああ、分かっている」
しかめ面のまま、ジークヴァルトは歩を進めていく。気が逸るのは分かるのだが、どんどん速足になっていた。
「旦那様、少しペースを落としてください。まだ日が落ちて一時間も経ちません。神殿内の混乱はこれからです。ここぞという時へばっていては仕方ないでしょう?」
このルートを辿ればそう時間もかからず目星をつけた場所に到達できる。そこにリーゼロッテがいないのなら、それはその時次の手を打つまでだ。
それでもジークヴァルトの歩は止まらない。目立つため、明かりは最小限にしている。この暗い森の中、小道を辿る足の感触だけが頼りだ。そこをもってしてこの速度で進むジークヴァルトに、呆れとすごさを感じるマテアスだった。
そのジークヴァルトの足が突然止まった。
「マテアス」
「ええ、何やら不穏な気配ですねぇ」
小路の先から異形たちが近づいてくるのが分かる。この距離からでも相当数だと感じ取れた。
「ですが……行くべき道は間違っていないようですねっ」
先に駆けだしたジークヴァルトに続いて、マテアスも異形の黒山に突っ込んでいった。視界が遮られるほどに、次から次に異形の者が迫ってくる。
それを祓いながらふたりは小路を進んでいった。異形たちが行く手を阻み、迂回させようと邪魔をする。この進む先に行かせまいとの意思が伺えた。だがどれも弱い異形ばかりだ。危なげなくふたりは路なりに進んでいく。
「しかしなんで神殿にこんな数の異形が」
「知らん」
互いにフォローし合いながら前進していく。しかし異形は尽きることはなく、さらに数を増してきた。
気配を探ると、何もない空間から突然現れているかのようだ。背中合わせにとうとう足止めをされる。さすがにこれはおかしいと、ふたりで息を切らした。
「弱いとはいえ、多勢に無勢……いかがなさいますか、旦那様?」
「そんなこと決まり切ってるだろう」
手の内に籠めた力を、ひと方向に解き放つ。
「一点突破だ!」
切り開かれたその先へ、ジークヴァルトは迷わず駆けだした。そこをフォローしながらマテアスが続く。
鬼神のようなその背中から青の力が立ち昇る。溜まりに溜まった怒りが放電するように、その身から溢れ出していた。その勢いに気圧されて、かなりの数の異形が遠のいていく。
「オッオエ――っ!」
突如、森の遠くからおかしな雄叫びが響いた。その声は鳥のような羽ばたきと共に、どんどんこちらに近づいてくる。
「鳥?」
こんな夜更けに飛ぶのはフクロウか夜鷹か。それにしては羽ばたきが派手すぎる。マテアスが眉をひそめたとき、いきなり異形の塊から一羽の鶏が宙に躍り出た。
「オエ――――っ!!」
涙をまき散らしながら、鶏はジークヴァルトの胸に飛び込んだ。異形に追われていたのか、ぶるぶると全身を震わせている。
「に、鶏……?」
呆然とするマテアスを横に、ジークヴァルトははっとなった。鶏が咥えていたものを取り上げる。銀色の知恵の輪が、緑の尾を引いていく。
「これはリーゼロッテ様にお渡しした知恵の輪……」
外れた片方だけだが確かにこれは、リーゼロッテの誕生日にマテアスが預けたものだ。
「旦那様……」
「ああ、もう容赦する必要はない」
先ほどよりも激しい青が全身から立ち昇る。この日以上にジークヴァルトが怒りをあらわにしたことはない。絶対に敵に回してはいけない人だと、マテアスが思った瞬間だった。
「オエッ」
鶏がマテアスの頭の上に移動した。先に進めと言うように、片羽をまっすぐ突き立てる。
「行くぞ!」
「どこまでもお供いたします!」
再びふたりは、異形の塊の先へと突き進んでいった。
◇
夕食も下げられて、ベッティも神官に連れられて行ってしまった。この時間から明け方まではひとりきりの時間だ。日も沈み真っ暗になった外を眺めながら、リーゼロッテは小さく息をついた。
晴れた日の夜空に浮かぶ月はどんどんやせ細っていた。そろそろ新月を迎えて、これからは月は丸く肥えていくのだろう。
(満月が過ぎたらあの神官がまたやってくる……)
知恵の輪の柄で壁に正の字を刻んでいく。これが三十になるころがその時を迎えてしまう。日増しに増えていく傷の数に、リーゼロッテは唇をかみしめた。
日中は明るく振る舞っても、夜になるとどうしても気持ちが沈む。無心になろうと知恵の輪をいじり続けた。
「駄目だわ。ちっとも外れない」
途中で真剣に夢中になっていた自分に呆れつつ、柄を持って知恵の輪をくるくる回す。すると遠心力で浮いていた片方が、いきなり放物線を描いて遠くへ飛んでいった。
「は、外れたっ!」
金属音がどこかで跳ねる。見失ったリーゼロッテは、床の上を探し回った。
「あ、あったわ。……ほんとに外れてる」
ここ半年近くあれだけいじり倒して分離しなかった物が、適当に回しただけであっさり外れてしまった。自力でできなかった分、なんだか悔しく感じられる。
「今度は組み合わせてみようかしら?」
重ね合わせるも今度は一向にひとつにならない。マテアスもエラもカイも事もなげにやってのけたのに、なぜに自分はこうも上手くできないのだろうか。
一心不乱にいじっていると、ふいに窓をこつこつ叩く音がした。初めは風の音かと無視していたが、こここここと連打され始めてリーゼロッテはようやく顔を上げた。
「マンボウ!?」
いつもマンボウが来るのは夜明け前だけだ。こんな夜にやってくるのはめずらしい。
「こんな時間に来て寝なくていいの?」
「オエッ!」
窓を開けて下に隙間を作ると、マンボウは首を曲げて覗き込んできた。知恵の輪を窓辺に置き、リーゼロッテはその頬をやさしく撫でた。
「オッオエ――!」
「え? あ、ちょっと待ってマンボウ!」
羽をばたつかせ、いきなりマンボウが知恵の輪の片方を嘴で拾い上げた。そのまま羽を広げて、漆黒の森に向かって猛然と走り始める。
「ま、マンボウ……」
唖然としてその背を見送った。咥えた知恵の輪が緑の尾を引いて、やがてその軌道は暗闇に溶けて見えなくなっていく。
「あの知恵の輪、異形の者が寄ってくるってカイ様が……」
だがここは神殿の敷地内だ。ここに来てから異形を見かけないので、マンボウも安全かもしれない。
窓辺にぽつりと残された知恵の輪を見やる。対と引き離されたその姿は、まるで自分とジークヴァルトのようだった。
「マンボウ……失くさずまた持ってきてくれるかしら……」
さみしくて、リーゼロッテはしゅんとうつむいた。
◇
リーゼロッテの部屋から戻る途中、神官たちの話に耳をそばだてた。ベッティにあてがわれた部屋は、下っ端神官たちのいる並びのうんと奥の物置部屋だ。
下女とは言え女が神殿内にいることを知られたくないようで、覆面神官たちにフードを目深にかぶらされている。表向きは下働きの少年ということになっていた。
最近では警戒心も薄れたのか、ベッティのここら辺りの行き来は自由だった。神官たちは迎えに来て、目隠しをしたままリーゼロッテの元へと連れていくだけだ。
「なあ、知ってるか? 午後になってから王城で異形の者がまた騒ぎ出しているそうだ」
「ここ一、二年、なんだかそんな話が多いな」
のんびりとした口調のそんな会話が耳に入ってくる。ここ神殿では、王城の噂話はすべて他人事だ。そこはそれ、お互い様と言ったところか。
「そういえば、移動用の馬が一頭逃げ出したって聞いたけど、あれどうなったんだ?」
「それがまだ見つからないみたいでさ。厩舎担当が必死になって探してるけど、この雪の中だからなぁ」
「ああ、もうどこかで行き倒れたりしてるのかもな」
そんな神官たちの横を素早く通り、ベッティは急ぎ部屋へと向かった。夜半に神殿内の調査を行って、早朝にはリーゼロッテの元に行かなくてはならない。
最近では動物たちが食材を運んでくれるので、調達の手間が省けるだけでもありがたい。この時間に一度仮眠を取って、再び動き出す毎日を過ごしているベッティだった。
ふと遠くから怒号が聞こえてくる。それも大人数だ。ベッティは長く伸びる廊下の向こう、神殿の方向に耳を澄ませた。
喧騒、悲鳴、大勢のひとの行き交う気配。
神経を集中して、そんなことを感じ取る。その時遠くの廊下を、騎士服姿の人間が複数横切った。
(騎士団が来ている……!)
神殿の奥まで神官以外の人間は足を踏み入れることはない。来るべき時が来たのだ。ベッティは駆け足で部屋へと戻った。
掃除道具の下から仕事道具をかき集める。その袋を背負い、気配を殺してリーゼロッテの元へと向かった。
一度外に出る。早朝に向かうときはリスクを考えて、木々に目印をつけ迂回する方法を取っていた。だが今はそれでは時間がかかりすぎる。覆面神官たちが使う小路を進み、リーゼロッテが閉じ込められている建物に辿り着いた。
薄暗い廊下を進む。これはいつも目隠しされて連れていかれるルートだった。
目隠しをされながら何度も歩数を数えた。慎重に歩を進め、いつも鍵が開けられる箇所で足を止める。廊下の壁には扉は見えないが、探せば必ずあるはずだ。
(確かここら辺のはず……)
何もない壁を探り、ようやく鍵穴を探し当てる。そこに針金を差し込んで、幾度か中を探ると鍵が回る音がした。
「お前、何をしている……!」
「ちぃっ! おしゃべりオスカーですかぁ」
「なっ……!」
先手必勝でスライディングして足をひっかける。倒れ込む体に馬乗りになって、鼻っ柱を容赦なく拳で殴りつけた。ごっと嫌な音がして、覆面の鼻の辺りが赤く染まる。それでも手を緩めることなく、渾身の力で顔を殴り続けた。
「ふざけるなぁ!」
「がふっ」
オスカーの力任せの反撃で、ベッティの体が飛ばされる。転がるように受け身を取った床で、足首に激痛が走った。それをものともせず、ベッティは再びオスカーの懐に飛び込んだ。鳩尾に体当たりを食らわせて、ひるんだ隙に残り僅かな眠り針を瞬時に吹いた。
ベッティに振り下ろされそうになっていた拳が、力なく落ちる。そのままオスカーは床へと身を沈ませた。
すぐさま立ち上がり通路を渡る。この先の廊下に出れば、リーゼロッテの部屋へすぐにたどり着く。
突き当りの扉を開け、廊下を走った。リーゼロッテの部屋まで来ると鍵を針金で回し、ベッティは素早く部屋に入った。
「ベッティ、どうしたのこんな時間に」
「今すぐここを出ますよぅ、騎士団が動き出しましたぁ」
「えっ!?」
厚手の服を重ね着させて、自分の着ていたフード付きのマントを肩にかけた。手早くリーゼロッテの髪を一本の三つ編みにして、最後にフードを目深に被らせる。
「一度外に出てから本神殿に続く建物まで行きますぅ。追手が来たら厄介ですぅ、さぁ急いで時間はありませんよぅ」
手を引き廊下を戻る。途中で血まみれで倒れるオスカーに、リーゼロッテが身を強張らせた。そこを無理やり引っ張って、建物の外へと連れ出していく。
外は月のない真っ暗な世界だ。ベッティは慣れたものだが、リーゼロッテにしてみれば歩くのもままならないはずだ。
「手を引きますから信じてついてきてくださぃ。この路を行くと本神殿に続く建物に着きますぅ。中に入ったらリーゼロッテ様はぁ、真っすぐひたすら廊下を走ってくださいませねぇ」
「ベッティ、足を怪我していない?」
「先ほどオスカーとやり合いましてぇ。今は痛いとか言ってる場合じゃないのでお気になさらずですぅ」
吐く息を白く顔に絡ませながら、ふたりは小路を進んだ。半ばまで行ったところで、ベッティが制するように足を止めた。
「ヤツの気配が近づいてきてる……?」
媚薬畑で感じたあの神気だ。同じものを感じているだろうリーゼロッテも身を震わせていた。
「作戦変更ですぅ。このままリーゼロッテ様は森を抜けてくださいませねぇ」
ベッティが指笛を吹くと、どこからともなく一頭の馬が現れる。
「さぁこの馬に乗ってくださいませぇ。この先にある小川に沿っていけば神殿の入り口付近、王城の手前までたどり着けますぅ。しがみついていれば馬が勝手に進みますからぁ、リーゼロッテ様は振り落とされないことだけ考えてくださいませねぇ」
馬を伏せさせ、リーゼロッテの手を引いた。乗せようとするも拒むように、リーゼロッテはベッティの手を強く握り返してきた。
「ベッティは行かないの?」
「わたしが囮になって奴を引きつけますぅ。その隙にリーゼロッテ様は騎士団に保護を求めればそれで大丈夫ですからぁ」
「駄目よ危険よ、あのひとは普通じゃないの! お願いベッティも一緒に行きましょう?」
「足を痛めているわたしは却って足手まといですぅ。ふたりで逃げても奴に捕まるだけですよぅ。このまま二度と公爵様と会えなくなってもいいんですかぁ?」
ぐっと喉を詰まらせる。だがリーゼロッテはすぐ首を振った。
「それでもベッティだけを置いていくなんて嫌よ。それならわたくしが残るから、ベッティが助けを呼んできて。ね、お願いだから囮になるなんて言わないで」
「……どうしてリーゼロッテ様はぁ、こんな時までお人がよろしいんですかねぇ。ベッティが犠牲になればリーゼロッテ様は元の生活に戻れるんですよぅ?」
「それだったらベッティだって一緒じゃない。わたくしを見捨てればベッティは危険な目に合わないもの」
「そこはそれわたしは任務ですのでぇ」
「だけどカイ様に言われたわけではないでしょう? ベッティだけが残るなんておかしいわ」
「なんで分からないんですかねぇ。リーゼロッテ様のお命とベッティの命、どっちが大事かなんて分かり切ってるじゃないですかぁ。リーゼロッテ様は望まれる側の人間。失えば多くの者が嘆きますぅ」
「命に重さなんてないわ! ベッティよりわたくしが優遇されるなんて間違ってる。それにベッティに何かあったらカイ様がかなしまれるわ!」
涙目でまくし立てると、ベッティはうんざりしたように息をついた。
「わたし、リーゼロッテ様のその偽善っぷり、大っ嫌いなんですよねぇ。正直虫唾が走りますぅ。このままじゃ本当にひどい目にあいますけどよろしいんですかぁ? そんな能天気なことが言えるのはぁリーゼロッテ様がこの世の地獄を見たことがないからなんですよぅ」
冷たく言い放たれて、リーゼロッテは絶句している。涙をこぼしながら、それでも小さく首を振った。
「偽善でもいいの。ベッティだけが犠牲になるなんて嫌。それならわたくしもここに残ります。ベッティのためじゃないわ。助かった後、ベッティを見捨てた人間だってみんなに責められたくないって思う、わたくしが傷つきたくないだけの偽善のわがままよ」
「……はぁ、本当にリーゼロッテ様はぁ馬鹿みたいにお人がよろしんですねぇ」
仕方ないと言ったように、ベッティは呆れ交じりに微笑んだ。
「分かりましたぁ、ベッティも馬に乗って一緒に参りますぅ。ふたりで無事生還をいたしましょうねぇ」
「ありがとうベッティ!」
リーゼロッテを鞍に乗せ、ベッティはその後ろに跨った。馬を立ち上がらせ、鼻先を王城のある方へと向ける。
「しっかり掴まっててくださいませねぇ!」
腹を蹴り、一気に駆けさせる。その瞬間、ベッティはリーゼロッテの三つ編みを短剣で断ち、それを手にしたまま馬の背から飛び降りた。
「ベッティ……!」
「いきなさい、リーゼロッテ・ダーミッシュ! あなたはこんな所で終わっていい人間じゃあないっ!」
馬上で振り返ったリーゼロッテの髪が風に短く広がった。馬の背は小さくなり、あっという間に暗闇に飲まれていく。
どうあっても彼女は自分と同じ人種ではない。誰からも望まれる立場の、この手には届きもしない存在だ。
早くしないと奴の気配はどんどん強まっている。ベッティは痛めた足を引きずり、リーゼロッテのいた部屋に急ぎ戻った。
残っていたリーゼロッテの服に着替え、まとめ髪をばらばらと解く。ベッティの白髪なら、暗がりではリーゼロッテの金髪と見間違えてもらえるだろう。それにこのアルフレート二世を抱えていれば、もう完璧だ。
だが奴は力を感知できるはずだ。リーゼロッテの髪は目くらましのようなものだった。握っているだけでも痛いくらいに伝わってくる清廉な力は、切り取られても尚強大な緑の彩を放ち続けている。
アルフレート二世の背中の縫い目を短剣で切り裂いて、リーゼロッテの三つ編みを綿の中に押し込んだ。
そのアルフレート二世を抱えたまま、ベッティは再び外へと出た。先ほどよりも青銀の神気が確実に濃くなってきている。だがベッティもみすみすやられるだけのつもりはない。目指すのは媚薬の薬草畑だ。
そこまで行けば騎士団が直に到着する。自分の命を繋ぐには、それに賭けるしかなかった。
(確かこっちの方角だったはず)
背後に迫る圧を感じながら、雪の中を進んでいく。次第にあの特有の香りが強くなってくる。最後に雪山を切り崩し、ベッティは森の中、開けた薬草畑へと出た。
「こんな方向に逃げるとは、なんとも愚かしい。ですがそれも貴女の運命だ」
遠くから背に声をかけられる。ベッティは畑を迂回し、森の太い木へと身を寄せた。こうなればもう逃げも隠れもする意味はない。あとはどれだけ時間を稼いで、リーゼロッテを遠くに逃がすかだ。
リーゼロッテの仕草を真似て、ぎゅっと胸に抱きしめる。緑の力を放つアルフレート二世を盾にして、ベッティは隠すように顔をうずめた。震えているのは演技だけではない。近づく神気に、呼吸すらままならなくなる。そこをなんとか踏ん張って、ベッティは歯を食いしばった。
「逃げるのはもうお終いですか? いい加減貴女もお判りでしょう。神であるわたしから逃げることなどできないのだと」
すぐそこで立ち止まったのは銀髪の美貌の神官だった。閉じた瞳で静かにほほ笑んでいる。
それだけ見たら慈愛に満ちたやさしげな表情だ。だが体を押しつぶす圧に、立っているのもやっとなベッティだ。
(けどビンゴでしたねぇ)
カイの言う黒幕は、やはり想像通りレミュリオだった。なぜ青龍はこの男の名を目隠しするというのか。
「さぁ参りましょう。ここは寒い。か弱い貴女がいる場所ではありません」
さらに近づき手を伸ばしてくる。最期にきちんと動けるようにと、血が出るほど唇を噛んでベッティは必死に正気を保った。
伸ばされた手が一瞬止まった。次の瞬間、包む神気が炎獄に変わる。
「これは……してやられましたね。子鼠風情に謀られるとは」
「ふふぅ、ざまぁみろですよぉ」
脂汗を流しながら、ベッティは不敵に嗤った。勝算は薄いが一か八か、やってみるだけのことはある。忍ばせた眠り針を手に、その機会を狙った。言葉とは裏腹に、レミュリオは隙なく薄い笑みを保っている。
素早すぎて動きが見えなかった。衝撃で木に背が打ちつけられる。アルフレート二世の腹の中から、レミュリオはリーゼロッテの髪を掴み出していた。
えぐり取られた綿が雪のように舞い落ちる。目の前に掲げられた髪の束は、一瞬で青銀色の焔に包まれた。飲まれるようにリーゼロッテの緑が消える。防御壁がなくなって、ベッティはさらに苦悶の表情になった。
倒れ込むふりをして、力を振り絞り眠り針を首筋に放つ。しかし針は届くことなく、青銀の力に弾かれた。
「どうにも目障りですね」
「がっは……!」
喉元を片手で掴まれて、ぎりぎりと締め上げられる。木伝いに持ち上げられて、つま先が宙に浮いた。
視界が霞んで見える。朦朧とした意識の中、ベッティはレミュリオの顔めがけて唾を吐いた。
「そんなにわたしを怒らせたいのですか? 愚かな子鼠だ」
横殴りにされベッティの体が雪の中転がった。もうチャンスは今しかない。受け身を取りながら素早く導火線に着火する。
湿気らないようにと手にした煙玉を放り投げた。破裂音が空中で、闇夜に遠く轟いた。次いで発生した黒煙が辺りにもくもくと降り注ぐ。
生きて帰れない時のために用意した煙玉だ。黒幕が奴なら黒煙を、違ったら白煙をあげると決めていた。この煙はべっとりと雪や木々に付着する。日が昇ってからでも十分、カイにこの事実は伝わるだろう。
「今の音で騎士団がやってきますよぉ。このままここにいていいんですかぁ?」
媚薬畑が見つかれば、ここにいるレミュリオが知らぬ存ぜぬで通せるはずもない。無様に雪の中でひっくり返りながら、ベッティは馬鹿にしたようにへらりと嗤った。
「小賢しい真似を」
ぱちりと鳴らされた指の背後で、媚薬畑が焔に包まれる。青々と茂っていた畑は、一瞬で何もない更地となり果てた。そこを都合よく雪が舞い落ちる。不自然に畑の場所だけが吹雪いてきて、あっという間に雪景色が広がった。
「くだらぬ時間を過ごしました。まぁいいでしょう、今回は自由にしてさしあげますよ。ああ貴女ももう引いてください。この後は龍の盾の彼に任せるとします。どのみち今回の件でわたしを裁くことは愚か、誰もこの名を出すことすらできないのですから。何も問題はありません」
遥かに意識を傾けて、レミュリオは独り言のように言った。ベッティのことなど忘れたかのように、背を向け音もなく去っていく。
遠退いていく神気に、妨げられていた呼吸が楽になってくる。
その代わり雪の冷たさが全身を襲う。打ち付けられた体は、もう指一本すら動かせなかった。だが結果は上々だ。
リーゼロッテを逃し、奴の正体も伝えられた。最期にカイの役に立てたのだ。ベッティはそれで満足だった。
心残りなのはカイとの約束を果たせなかったことだ。いつかいなくなるカイのために、ベッティは新しい安寧の地を見つけることを約束した。
「カイ坊ちゃまはやさしくって心配性ですからねぇ」
もう一度だけ頭をなでてもらいたかったな。そんなことを思って、ベッティの唇が自然と弧を描く。
訪れる眠気のまま、ゆっくりと瞳を閉じた。
◇
「旦那様、川から離れすぎないでくださいよ!」
「分かっている」
闇夜の森、せせらぎを耳に進む。予定より多少遅れているが、絶えることなく襲ってくる異形たちを前にそれでも前進できている。いまだ力が尽きていないのは、弱い異形しかいないからだ。
普段は襲ってくることない彼らが、追い立てられるように寄ってくる。怯えながら近づいて、近づいては逃げていく。そして祓われた一群を補うように、再び異形が現れる。
攻撃してくるでもない異形相手に、もうコツは分かってきた。進むべき方向のみ、祓っていけばいい。それがいちばん効率の良いやり方だ。
「地図通りだったら、あと少しで目星をつけた場所に出るはずです。そこまで行ったらわたしが先導しますから、闇雲に飛び出さないでくださいよ」
「ああ」
分かっているのかいないのか、ジークヴァルトは遠い先だけを見つめている。鬼気迫る背中に、それ以上はマテアスは何も言えなかった。
「オエっ!」
マテアスの頭に鎮座したままの鶏が、片羽で進行方向を指さした。この鶏は時折今の仕草をする。どうやら道を外れた時に、そっちじゃないと教えているようだった。
その鶏が立ち上がり、大きく羽をばたつかせた。頭皮に爪が食い込んで、マテアスから悲鳴が上がる。
「いたっいたっ、そんなに掴んだら禿げます!」
「オッオエ――!」
「うおっ」
目の前が紅に染まって、マテアスの体は押し流された。突然の瘴気の濁流になす術もない。全身が粟立って、気づくとマテアスは森の小路に立っていた。異形もいない。頭に鶏が乗っているだけだ。
「旦那様?」
はっとして気配を探る。しかしジークヴァルトの姿はどこにもなかった。先ほど一瞬感じた紅の瘴気は、いつか公爵家を襲ったものだ。それが今は微塵も感じ取れない。
「一体何が……」
「オエっ」
鶏がいいから先に進めと指示してくる。確かにこのままここにいても仕方ないと、マテアスは鶏の導きのまま森の中を進んだ。
ほどなくして鶏は、道なき道を指し示した。道を外れると頭を強く掴まれるため、仕方なく雪の中に足を踏み入れる。誰かが一度通った跡がある。それも複数人のだ。
(獣の足跡もありますねぇ)
大型犬のような足跡に、狼でないことを祈る。茂みを揺らしながら前進すると、ふいに目の前に殺気を感じた。
繰り出された拳を咄嗟に受けて、組み手を取ったまま対峙する。すぐに息を飲んだのは、目の前の相手も同じだった。
「マテアス?」
「エーミール様?」
ふたりの声が重なった。ぽかんと見つめ合って、互いに状況を把握する。同じ場所を目指し踏み込んだのだ。出くわしたところで不思議はない。
「ジークヴァルト様はどうした」
「それが敷地に入ってすぐにあり得ない数の異様に襲われまして……」
「はぐれたのか?」
「先ほどまで一緒だったのですが、紅の異形の瘴気に引き離されたようです」
「紅の異形? 本体が現れたのか?」
エーミールの問いかけにマテアスはいえ、と首を振った。不可解なことが多すぎて、さすがのマテアスも適切な判断が付けられないでいる。
「役立たずだな」
「申し訳ございません。それでエーミール様はこのような場所で一体何を?」
「今リーゼロッテ様のあとを追っている」
「こんな獣道をですか?」
「詳しくは忌み児に聞け」
足早に進むエーミールの後についていくと、できた雪道の先にひとりの騎士がいた。その前を犬が歩いている。
「やぁ、従者君」
「デルプフェルト様……ご無沙汰しております」
「その様子じゃジークヴァルト様もまだ、リーゼロッテ嬢と会えてないみたいだね」
「おっしゃる通りです……」
難しい顔でマテアスは頷いた。
「その格好で騎士に見つかったら、ちょっと庇いきれないかもよ?」
「そうだな。マテアス、お前はこれでも着ていろ。後でどうとでもして神殿から連れ出してやる」
神官服を差し出され、マテアスはおとなしくそれを身に纏った。これで騎士に連行される神官の出来上がりだ。ジークヴァルトの安否が心配だが、目的はリーゼロッテを取り返すことだ。今はふたりについて行くしかないだろう。
「それで何を追っているのですか?」
「ベッティのにおいを追ってるところ」
「ベッティさんの?」
「神殿の奥に潜入させてたんだ。恐らくベッティはリーゼロッテ嬢と一緒にいた」
カイの言葉にマテアスはエーミールの顔を見た。エーミールもいまだ半信半疑の表情だ。
その時、近くの空で破裂音がした。次いで煙のようなにおいが流れてくる。
「ベッティ!」
いきなり駆けだしたカイに遅れて、マテアスとエーミールは慌ててその背を追っていった。
◇
煙を頼りに雪の中を突き進んだ。いきなり開けた森の中、ベッティの姿を探す。あたりに黒い煙が立ち込めている。これはデルプフェルト家秘伝の煙玉だ。
先回りしたリープリングが一点に向かって吠え続ける。カイは一目散に駆け寄った。
「ベッティ……!」
力なく雪にうずもれる体を抱き起した。痛みからか、蒼白な唇がわずかに動く。外套を脱ぎ、手早くベッティを包み込んだ。怪我もひどいが触れる体が冷たすぎる。
「あるぇ? ここは天国ですかぁ?」
「ベッティ!」
沈みそうになる意識に必死に呼びかける。応えるようにベッティは、カイの腕の中、力なく親指をゆっくり立てた。
「カイ坊ちゃまぁ……わたし、やりましたよぅ……坊ちゃまの見立て通りぃ……奴は真っ黒もいいとこでしたぁ。リーゼロッテ様はぁ馬に乗せて川沿いに逃がしましたぁ……薬草畑は奴に燃やされてしまってぇ……そこの雪の下にうずもれてますぅ」
「ああ、分かった。今はもう何も言わなくていい」
「ですがぁこれが最期かと思うとぉ……少しぐらいは伝えとかないとぉ」
「最期になんかにさせないよ。ベッティは必ず助けてみせるから」
いつになく真剣なカイを見上げて、ベッティは意地悪そうな笑みを作る。
「カイ坊ちゃまはぁ、遺される者の痛みをぉ……少しは味わった方がよろしいのですよぅ……」
ふぅと息をついてベッティは再び瞳を閉じた。ひそやかな呼吸は続いている。ベッティを抱え、カイは立ち上がった。
向かう先にバルバナスが現れた。騎士たちを引き連れて、ようやくここに辿りついたようだ。
「うちの手の者です。媚薬畑は燃やされ、そこの雪の下にあったそうです。オレたちが通ってきた先に建物があります。そこに神官を数人拘束中です。詳しくはブラル殿に確認を。あとそこに幽閉されていたリーゼロッテ嬢は、馬で川沿いに逃がしたとのことです。じゃあオレはもう行きますから」
「医療班! 大事な証言者だ、絶対に死なすんじゃねぇぞ!」
瀕死のベッティを一瞥して、バルバナスが後方に怒鳴りつけた。去っていくカイの後を、医療に長けた者が慌てて追っていく。
「そこの雪ん下は媚薬畑のあった場所だ! 見失わねぇよう目印つけとけ! 日が昇ったら調査すんぞ! ニコラウスの言ってた建物は第二班に向かわせろ! そこにいる神官たちは別室に閉じ込めとけ!」
指示通りに騎士たちが動いていく。バルバナスは最後に、エーミールたちに目を止めた。
「おい、新入り。川沿いの捜索にも人員を割いてやる。指揮はニコラウス、いや、アデライーデ、お前が取れ」
それだけ言うとバルバナスは畑の方に向かった。入れ替わりのようにアデライーデが現れる。
「ちょっとエーミール。マテアスまで……ジークヴァルトはどうしたのよ?」
「それが神殿に入るなり異形の者に襲われまして……」
「神殿にも? いきなり王城に呼び戻されたと思ったら、暴れ出した異形の対処を命じられるわ、バルバナス様はさっさと行っちゃうわで、ほんともう散々だったわ」
「とにかくリーゼロッテ様の安否が心配です。逃がすとしたら王城側でしょう。そちらの方から捜索を」
「そうね。先にジークヴァルトと出会えてるといいんだけど」
白みかけてきた空を見上げて、一同は急ぎ捜索に向かった。
◇
紅い霧の中、朧げだった姿がはっきりとした輪郭を取った。いつかの夜会でリーゼロッテを襲った異形の者だ。禁忌の罪を犯した証を喉元に光らせ、対峙した女は妖艶な笑みを口元に刷く。
相手が何者だろうと関係はなかった。邪魔をするなら力ずくで排除する。それだけの単純な話だ。
間合いを詰め、手の内に力を溜める。その様子をたのしそうに、紅の女はじっと見つめていた。
ふいに耳に馬の嘶きが届く。逸れた注意の隙に、紅の女が大きく後方に飛び退いた。はっと視線を戻すも、濃厚だった瘴気がすぅっと引いていく。溶け込むように禁忌の異形は、闇の中に消えていった。
しばしその場に佇むも、女が戻って来る様子はない。溜めた力を解いてジークヴァルトは蹄の音を耳で追った。ほどなくして一頭の馬が現れる。
鞍はついているものの、誰も乗ってはいない。
ジークヴァルトの姿を認めると、馬は体を翻し来た道へと鼻先を向けた。振り返り、再び歩き出す。数歩進んだかと思ったら、またこちらを振り返った。
「ついて来いと言うのか?」
肯定するように、馬は小さく嘶いた。ジークヴァルトが歩を進め出すと、馬も一定速度で歩き出す。
見上げる空が徐々に白んでくる。木々が鬱蒼と生い茂る森に日が射しこむのは、まだ時間がかかりそうだ。
「リーゼロッテ……」
つぶやいて、ジークヴァルトは馬を見失わないよう、川沿いに奥へと進んでいった。
◇
「ベッティ……!」
いきなり飛び降りたベッティを振り返る。急に軽くなった髪に驚くも、駆ける馬上では確かめる術もない。
揺れる背に悲鳴を上げ、頚筋に必死にしがみついた。ひとりで馬に乗ったことなどない。暗闇の中、疾走する恐怖で、リーゼロッテはぎゅっと目をつぶった。
一瞬だけ見えたベッティは、こちらに向かって何かを叫んでいた。その手に握られたのは自分の髪だったのかもしれない。遠目に輝いて見えたのは、確かに緑の力だった。
(ベッティ、どうして)
髪を切られたこと以上に、ベッティを置き去りにした事実に恐怖した。あの神官は正気ではない。いかにベッティと言えど、捕まったら無事では済まないだろう。
引き返したくとも馬を操ることなどできはしない。ジークヴァルトを押してでも、乗馬を習っておくべきだった。そんな後悔を今さらしても、何の意味もなかった。
熱いはずの涙が、すぐ氷に変わっていく。ぬぐうことも叶わない。時折すり抜けた木の枝が、この体を強く打ちつけてくる。寒さで指先の感覚が失われる中、それでもリーゼロッテは振り落とされないようにと、しがみつくことしかできなかった。
(早く、早く、早く!)
誰かに見つけて欲しかった。そしてベッティを助けに行ってもらわなくては。
体力も限界に近づいて、いつ落馬してもおかしくなくなってくる。だが気を失っては駄目だ。ベッティを見捨てるわけにはいかない。一刻も早く向かわなければ、ベッティがあの神官に捕まってしまう。
そのことを意識を保つ糧にして、リーゼロッテは闇夜を駆け続けた。
ふと浅いまどろみに降り立つ。暖を求めて目の前にある温かな毛並みに、しがみつくように顔をうずめた。耳元に熱い鼻息がかかる。はっとしてリーゼロッテは顔を上げた。
馬の背にもたれかかったまま、いつの間にか眠っていた。リーゼロッテに寄り添うように、馬は足を曲げて座っている。
見回すともう夜が明けていた。すぐ横に川が流れている。うすく靄がかかり、小鳥のさえずりがあちこちから響いてきた。
リーゼロッテが身を起こすと、足元にいた何かが一斉に逃げ散らばった。驚いて見やると、リスや狐、雪兎などが、遠巻きにこちらを振り返っている。
「みなが温めていてくれたの……?」
急に離れた温もりにそのことを知る。返事をすることなく動物たちは、思い思いの方向に森の中を消えていった。
ふいに馬が立ち上がる。支えを失って、リーゼロッテは雪の上に手をついた。
馬はせせらぎに向かって行った。川岸まで行くと首を下げ、一心不乱に水を飲みはじめる。
「喉が渇いていたのに、わたくしのために我慢してくれていたのね……」
静かに水を飲み続ける姿に、申し訳ない気分になる。自分は誰かに助けてもらってばかりだ。ベッティはあの後どうなったのだろう。怖すぎて、その先を考えることができなかった。
ふらつきながら立ち上がる。幽閉生活で衰えた体が、夜の乗馬で悲鳴を上げていた。
見ると靴もどこかに行ってしまっている。あかぎれた裸足のまま、川岸までなんとか行った。肩口で不揃いに切り取られた自分の髪が、流れる水面に映る。
ベッティは囮になると言っていた。それで髪が必要だったのだろう。水面に涙が落ちる。髪など生きていれば嫌でも伸びてくる。だが死んでしまってはどうにもならない。
涙を堪えてリーゼロッテは水を掬って口に含んだ。途端に乾いた喉が歓喜する。
「おいしい……」
踏みしめる雪よりも、水の方が温かく感じられた。近くの岩に腰を下ろして、リーゼロッテは足を浸した。ずくずくと痛んでいた足の裏が、少しだけ楽になる。
しばらくぼんやりしていると、膝の上、ぽとりと赤い木の実が落ちてきた。
見上げると、頭上の伸びた木の枝にいた白いテンと目が合った。続けてふたつみっつと実が落ちてくる。
「こんな場所にまで……いつも本当にありがとう」
あの部屋にも来てくれていた子だ。遠慮なくリーゼロッテは、赤い実を頬張った。少し苦みの残る実は、とてもやさしい甘みがあった。
種を口の中で転がしていたリーゼロッテの目の前を、何か蝶のようなものがふいによぎった。
こんな冬に蝶がいるはずもない。きらきらした粉を振りまきながら、それは不規則に飛んでいる。目を凝らすと羽が生えた少女のように見えて、リーゼロッテは思わずごしごしと目をこすった。
「……妖精?」
何度見てもそう見える。目覚めゆく森の清々しさと疲労が相まって、自分はおかしくなってしまったのだろうか。
妖精がこちらを振り返った瞬間、馬が突然駆け出した。置いていかれたことにショックを受けて、リーゼロッテは慌てて立ち上がる。
裸足のまま追いかけるも、すぐにその背を見失ってしまった。
「馬さん……」
呆然と立ち尽くして、途端に足が射すような痛みを訴える。雪の中を泣きながら、リーゼロッテはとぼとぼと歩いた。
(川からは離れないようにしよう)
下流に向かって歩を進める。神殿が広いと言っても限りはある。川を目印にすれば、いつかどこかに行きつくはずだ。
それでも雪や木々に阻まれて、川沿いを離れてしまう。途方に暮れてリーゼロッテは、来た道を戻ろうかと足を止めた。
振り返った鼻先に、先ほどの妖精がいた。見つめ合って、ふたり同時に瞬きをする。
声を上げそうになるが、驚かしては可哀そうだ。近くで見る妖精は、リーゼロッテにとてもよく似ていた。長い髪は蜂蜜色で、瞳の色は綺麗な緑に輝いている。
顔を覗き込んだまま、妖精は羽を動かしその場で滞空飛行をしている。背中に手を回して小首をかしげる仕草がなんとも愛らしくて、リーゼロッテの瞳がきゅんと潤んだ。
「あ、妖精さん、待って!」
ふいに遠くへ飛んでいった妖精を必死で追いかける。小さい上にすばしっこくて、すぐに見失ってしまった。森の中、ひとりは耐えられなくて、リーゼロッテは木々の中を縋るように見回した。
ちょんちょんと肩をつつかれる。驚いて振り向くと、すぐそこに妖精が浮いていた。
今度はゆっくりと飛び始める。リーゼロッテを誘うように、振り向いては少し進んでいく。それを追いかけると、目の前に舗装された小路が現れた。雪の積もっていない、まっ平らな地面だ。
妖精の導きで、路なりに歩を進めていく。すると小鳥のさえずりの中、行く方向に馬の蹄の音が聞こえてきた。
「あ、馬さん! ありがとう、馬さんのところまで案内してくれたのね!」
瞳を輝かせてお礼を言うも、妖精の姿はすでになかった。今度こそはぐれないようにと、リーゼロッテは小路を急いだ。
曲がりくねった小路の先、木々の間から馬影が垣間見えた。ほっとして駆け寄ろうとする。だがその横に馬を引く人物がいて、リーゼロッテは思わずその足を止めた。
「ジーク……ヴァルト様……?」
信じられないが、あれが幻だったら今度こそ心が死んでしまいそうだ。
声も届かない距離にもかかわらず、ジークヴァルトははっとこちらを見やった。馬の手綱を離し、一目散にこちらに向かってくる。夢にまで見たあのジークヴァルトが。
気づいたら駆けだしていた。うす汚れた服も、ざんばらな髪も、痛む裸足のことも何もかも忘れて、なりふり構わず胸に飛び込んだ。
強く強く抱擁を交わす。
「リーゼロッテ」
「ジークヴァルト様……」
夢だと思いたくなくて、その頬に手を伸ばした。
きつく抱きしめられたまま、唇を塞がれる。確かめるように舌を絡め、お互いの熱を分け合った。
泣きじゃくりながら息もつけない。それでもリーゼロッテは、ジークヴァルトと何度も何度も口づけを交わした。
「ぁ……んヴァルト様……ベッティがわたくしを、んん、逃がして……くれて……」
口づけの合間に必死に訴える。助けに行かないと間に合わない。胸を叩くも、力なく縋りついているだけに終わってしまった。
「王城側からカイたちが向かったはずだ。今頃到着している。問題はない」
そう言ってさらに深く口づけられた。絡めた舌先から、青の力が包むように体の中に入り込んでくる。
あたたかい波動に、もう何も考えられなくなる。その青に溺れて、リーゼロッテは安堵の中、意識を手放した。
この後、ジークヴァルトはリーゼロッテを馬の背に乗せて、単独で裏口から公爵家に帰ることになる。
そんな事とは露も知らないアデライーデたちが、真実を知らされたのはその日の夕刻だ。徹夜で必死に探し回っていた面々に、鬼の形相をされたのは言うまでもない。
はーい、わたしリーゼロッテ。第4章はここで終了、登場人物紹介と番外編ひとつ挟んで、第5章突入です!
それでは第5章「森の魔女と託宣の誓い」でお会いできること、楽しみにしておりますわ!
次の満月の訪れに怯えながらも、森の動物たちの力を借りて英気を養うリーゼロッテ。
一方、エーミールはリーゼロッテ奪還のために騎士団入りを果たします。ニコラウスとカイに快く迎えられる中、王城内で突然異形の者が暴れ出して。
大慌てで対処するも、騎士団長であるバルバナスが神殿への調査をいきなり強行します。ジークヴァルトに神殿突入を知らせるため、緊急で発煙筒を空高く上げるエーミール。
その知らせを受けた公爵家は、リーゼロッテ奪還のために、急遽動き出すのでした。
騎士団乱入の知らせを受けて、神官長と共にヨーゼフは神殿の入り口まで急いだ。日も沈み、神官たちは夕餉の支度をするような時刻のことだ。行く道すがら騎士の怒号が響く。内心その声に怯えながらも、ヨーゼフは神官長の後をついていった。
「ここに騎士団長様はおいでか」
「何者だ!」
「こちらは神官長なるぞ! そんなことも知らずにこの所業とは。神殿での無作法な振る舞い、そちらこそ今すぐ改めよ!」
「やめるんだ、ヨーゼフ」
静かに首を振り、神官長は目の前の騎士に誠実な目を向けた。
「わたしはバルバナス様に真意を問いに参っただけです。争うつもりはありません。どうか取次ぎを」
「来たか、神官長」
奥から悠然と現れたバルバナスに、ヨーゼフは身を震わせた。先日と雰囲気が全く違う。神官長の後ろに隠れ、鬼神のような姿を盗み見た。
「此度の訪問、どういった理由からかお聞かせ願いますか? この行いが神殿と王家の関係に影響を及ぼすことは、王族であるあなた様ならよくお判りの事でしょう」
ヨーゼフとは対照的に、神官長は臆することなくバルバナスに相対した。問いただす瞳には純粋な疑問が浮かんでいる。
「神殿内で媚薬密造の疑惑がある。そのための緊急捜査だ」
「媚薬の密造……? この神殿でですか?」
「ああ、そうだ。媚薬による事件がここ数か月多発している。国で取り締まるべき重要事案だ」
「それは理解しますが、しかし神殿で媚薬など……」
「何もなければすぐに引く。ない腹を探られても痛くはないだろう? その代わり不審な動きを取る者がいたら容赦はしない。このまま神殿敷地内の捜査は続行させてもらう」
バルバナスの目配せで、第二班の騎士たちが動き出す。それを目で追ってから神官長は、周囲にいた神官たちに落ち着つきはらった声をかけた。
「みな、それぞれの部屋に戻りなさい。疑いが晴れればそれで済むこと。騎士の方々に協力をして、決して怪我人など出さぬように」
迷いない言葉に安堵して、神官たちはその場を離れていった。
◇
(レミュリオの姿がなかった)
神殿に入るなり、カイは素早く別行動に出た。証拠隠滅を恐れて、バルバナスは神官の動きを封じることを優先させている。その後じっくり敷地内を捜査するつもりなのだろう。
この区画は神官の部屋が立ち並ぶ。地位の高い神官の部屋を素通りして、ようやく目的の部屋に辿り着いた。叩く前に扉が中から開かれる。
「これは、カイ・デルプフェルト様。このような場所に自らご足労頂くなど、騎士業もなかなか大変そうですね」
「その様子じゃオレがここに来た理由は分かってるんだ?」
「ええ、先ほど知らせが参りましたから。それで神官長の言いつけ通りに、こうして部屋でおとなしくしていたわけですよ。と言ってもこの時間に部屋にいるのは、普段通りのことですが」
そう言ってレミュリオは、カイを誘うように大きく扉を開けた。何もない部屋が垣間見える。かろうじて数冊の本が置かれているが、机に丸椅子、寝台があるだけだった。
「どうぞ、中をお調べになるのでしょう?」
「なんでこんな部屋にいるの? レミュリオ殿ならもっと豪華な部屋、使わせてもらえるんじゃない?」
レミュリオは次期神官長候補だ。こんな奥まった場所の小部屋などではなく、本神殿に近い居室を与えられるべき立場の人間だ。
「広い部屋を与えられたところで、盲いた身では持て余すというものです。慣れ親しんだこの部屋に愛着もありますので」
中に足を踏み入れると、本当に必要最小限の物しか置いていない。それこそ見習い神官が使う様な粗末な部屋だった。
それでも見落としがないようにと、カイは壁から窓から隈なく確認していった。しかし不審なところは何もない。
「ねえ、そこの!」
開け放たれた扉の向こう、廊下にいた騎士のひとりに声をかける。
「お呼びでしょうか?」
「この部屋から誰も出ないよう、ちゃんと見張っててくれる?」
「それは命に代えても! この区画はわたしが任されましたので」
なら安心だ、そう言ってカイはレミュリオを振り返った。
「そういう訳だからレミュリオ殿。白黒つくまで絶対にここから出さないよ」
「もとより部屋を出る気はありませんよ」
口元に笑みを浮かべたレミュリオを、胡散臭そうにカイは見やる。
「じゃあ、あとはよろしく」
「はっ! お任せを!」
騎士とレミュリオに見送られる中、カイはその場をあとにした。
◇
「ではわたしもこれで。遅くまでお勤めご苦労様です」
美貌の神官にやさしく微笑まれて、騎士は思わず顔を赤くした。ごゆっくりなどと明後日の返事を返してしまう。
「ああ、そうです。大事な話を聞いていただけますか?」
「はい、何でしょう?」
扉を閉めかけていたレミュリオが、再び声をかけてくる。男相手にドギマギしているなど悟られてしまわないよう、騎士はうんと難しい顔をした。しかし女性と見まがうほどの美しい顔に、次第に目つきがぽやんとなってくる。
「いいですか? わたしはずっとこの部屋の中にいました。誰に何を聞かれても、あなたは必ずそう証言してください」
「……ハイ、ワカリマシタ。必ズソウ証言シマス」
「いい返事です」
操られたように答えた騎士に、レミュリオは慈悲深い笑みを向けた。うれしそうに頷き返した騎士をその場に残し、レミュリオは部屋を出た。誰にも咎められることなく、人気のない神殿の奥へゆっくりと歩を進めていく。
「脳のない羽虫と侮っていましたね。言っているそばからぞろぞろと……」
遠くに意識を傾けたかと思うと、レミュリオは言葉とは裏腹に可笑しそうに口角をつり上げた。
「裏手から回るとは思い切ったことを。仕方がありませんね、少々礎を呼び戻すとしますか。この程度で崩れる国なら、早急になくなってしまえばいい」
返した手のひらの上、青銀の光が渦を巻きながら小さな球をつくる。そのまま浮き上がったかと思うと、瞬間弾け、青銀は天井に四散した。
「ようやく手に入れた花嫁だけは、今一度隠すとしましょうか。誰の手にも届かない場所にでも……」
長い廊下を進み、レミュリオは何もない場所で足を止めた。壁に向かって手をかざすと、隠し扉が浮き出してくる。ここを開けることは何人たりともできはしない。神のみが通ることを許される、青龍の扉と呼ばれるものだ。
目の前の扉が開かれる。レミュリオは戸惑いもなくそこに足を踏み入れた。暗い通路をしばらく進み、目的の場所で再び扉を開く。
寒々しい廊下を渡り、リーゼロッテを閉じ込めた部屋へと向かう。しかしまったく違う方向に、彼女の輝きが見え隠れした。
「……どうやら子鼠が逃げる手引きをしたようですね。害はないと思って放置していましたが」
方向を変え、迷いなく歩き出す。
「まあいいでしょう。どのみち無力な貴女は、わたしから逃げおおせる事などできないのですから」
すぐそこにいるリーゼロッテの気配に、レミュリオはいつになく気分を高揚させた。
◇
神殿奥に進むバルバナスの後を続いていたとき、エーミールの視界の端で何かが動いた。廊下の窓の外、リープリングを連れたカイが茂みの奥に消えていく。咄嗟に開けた窓枠を越え、エーミールは外へと降り立った。
「エーミール様? どこ行くんすか、そっちじゃないですよ!」
ニコラウスの声を無視して、そのままカイの姿を追った。雪の中しばらく行くと、地図上にはなかった路が現れる。
「うおっ、怪しい小路発見」
「なぜついてきた」
面倒くさそうに言うと、ニコラウスはがりがりと頭をかいた。
「いや、実はバルバナス様から、エーミール様の手助けをするよう言われてまして……」
「手助けを? 一体何のだ」
「ですから妖精姫の救出ですよ」
一瞬足を止め、エーミールはニコラウスを振り返った。
「大公がなぜそんなことを」
「多分、というか絶対そうなんすけど、バルバナス様は早くアデライーデに戻ってきてほしいんですよ。妖精姫のことが片付かないと、王命は解けそうにないですから」
アデライーデはハインリヒの命令で、公爵家でジークヴァルトを見張っている。だが事実上の拘束だ。
「大公とアデライーデ様……ふたりはやはり恋仲なのか?」
「いえ、それがさっぱり。オレが見ている限り、ふたりはまだ清い仲ですね」
その返事にエーミールは眉根を寄せた。バルバナスはアデライーデを一体どうしたいと言うのか。
王妃の離宮でアデライーデが大怪我を負わされた後、バルバナスは彼女を攫って行った。それ以来ずっとそばに置いたまま、決して離そうとはしない。そのことも王族へ不信を抱く原因のひとつだ。
言っているうちに進む路が二股に分かれた。先を見るもカイの姿はすでにない。雪でも積もっていれば足跡がついたのだろうが、石畳の小路の下は温泉水が引かれている。雪は溶ける仕様なので、カイの行った方向がつかめない。
「くそ、どちらだ……?」
「あっ犬が」
右の小路の先の暗がりで、リープリングが尾を振っている。エーミールと目が合うと、リープリングは長い体を翻した。
「あっちだ」
見失わないようにその背を追いかける。程なくして大木の根元で屈みこんでいるカイの姿が目に入った。
「デルプフェルト様? そんなとこで何やってんすか?」
「うん、ちょっとね」
「なんだそれは。暗号……いや、道しるべか?」
雪をかき分けた幹に、幾筋かの傷がついている。カイは小道を外れ、他の木の根元を次から次に確認していった。目印のついた木を渡り、道なき道を進んでいく。そんなことを繰り返すうちに、手掛かりの木が見当たらなくなった。月明かりもない場所で行き詰ったカイは、確認する手を止め立ち上がった。
「これ以上は難しいか……」
「貴様は一体何を探しているんだ?」
「それも分からず、ここまでついて来たの?」
「貴様がそばにいろと言ったんだろう」
「あーうん、そういやそうだったね」
気のない言葉をエーミールに返したカイは、取り出した布切れをリープリングの鼻先に近づける。しばしふんふんと鼻を動かしていたリープリングが、激しく尾を振り瞳を輝かせた。
「ベッティのにおいだよ。いける? リープリング」
ふんとひとつ鼻息を吐くと、リープリングは音を立てずに動きだした。最後に見つけた目印の木を嗅いで、次いで周囲のにおいを嗅ぎまわる。積もった雪に苦戦しつつも、リープリングはゆっくりとにおいを辿っていった。
木々を縫って、三人は辛抱強くその後をついていく。来た道も分からなくなるくらい進んだ頃、遠くに明かりの漏れる建物が現れた。離れと言うには神殿から遠すぎる。まさに隠れ家といった建物だ。
「ビンゴだ。リープリング、お手柄だよ」
カイが頭をなでると、リープリングの尾が激しく振れた。
「なんだあの建物は?」
「地図には載ってなかったっすね」
勇み足で進もうとするエーミールを制して、カイは遠くに耳を澄ませた。神殿の方角からふたり連れの神官が慌てたように駆けてくる。ランタンを手に持ち、ふたりとも白い頭巾をかぶっていた。
「わぉ、怪しさ大爆発……」
「しっ」
漏れた呟きを咎められ、ニコラウスは自身の口をふさいだ。背の低い神官が鍵を開け、ふたりは建物の中へと入っていった。しかし間を置かずに、扉から飛び出してくる。来た時以上に慌てている様子に、エーミールは眉をひそめた。
「何かあったのか……?」
「みたいっすね」
だがこの奥まった場所に、バルバナスたちが先に到着したとも思えない。状況が見えなくて、エーミールとニコラウスはその様子を、息を押し殺しながら見守った。
扉を乱暴に閉めた神官たちが来た道を戻ろうとする。それを目で追っていたエーミールとニコラウスを置いて、突然カイが駆け出した。
俊足で神官の前に躍り出る。手刀を食らわせ、あっけなく男ふたりを昏倒させた。
「おい! いきなり単独行動に出るな。他に仲間がいたらどうする」
「いたら今頃出てきてるって」
間近で人の気配は感じない。言いながらカイは、神官から頭巾をはぎ取った。
「このふたりは確か神官長派の……」
考え込むようにつぶやいて、カイはニコラウスの顔を見上げた。
「ブラル殿、悪いんだけど建物の中まで運んでくれる?」
「ああ、このままじゃ凍死しますよね」
怪しい奴には事情聴取が必要だ。その前に死なれては問題となる。神官を担いでニコラウスは建物の中へと運んでいった。
降ろすなりカイは神官服をはぎ取った。その上で、動けないようロープで拘束していく。
「まだ他に神官がいるかもしれない。怪しまれないようにこのふたり、どっか隠しとけないかな?」
「近くに部屋は無さそうっすね」
目の前に続くのは廊下だけだ。薄暗く先は見渡せない。
「あの柱の影はどうだ?」
エーミールの言葉を受けて、太い柱の影に神官ふたりを押し込んだ。
しばらく進むと廊下の途中で、神官がひとり倒れているのが目に入った。
この神官も覆面をしているが、鼻の辺りが血で汚れている。カイがそれをはぎ取ると、その男もやはり神官長派のひとりだった。
(この男……確か、オスカーとか言ったな)
神官服を脱がせると、カイは神官をロープで縛り上げていく。殴られた跡があるので、誰かに昏倒させられたのだろうことが伺えた。
「ねぇふたりとも。これ着てついて来て」
言いながらカイ自身も神官服を身にまとった。仕上げに目出し穴のついた頭巾を被る。
ここにあと何人いるかは分からない。この少人数では神官の振りをして探った方が危険は低かった。
「うおっ! この覆面、血まみれじゃないっすか」
「顔見られるよりましでしょ? もし名前聞かれたら、ブラル殿はオスカーって名乗っといて」
「オスカー?」
「そこの血まみれ神官の名前」
「わたしはどうすればいい?」
エーミールの問いにカイは一瞬考え込んだ。
「とりあえずグレーデン殿は何があっても黙ってて」
その方がボロが出にくいから、とカイは心の中でつけ加える。
オスカーも同様に柱の影に押し込むと、三人は再び建物の奥へと進んでいった。
「この廊下どこまで続いてるんすかね」
「いや、あの先で二手に別れているな」
突き当りで左右に伸びるのはまた長い廊下だった。
「どっちに行くかだな……」
「方向からするに右は神殿側、左は森側ですかね」
「しっ! 誰か来る」
カイの静止に緊張が走る。慌てた様子の神官が四人、右手の廊下からこちらに小走りに来るのが見えた。
「聖女様はご無事か?」
「今ちょうど確認しに行くところでした」
問われるも咄嗟に言葉が返せないでいるふたりを横に、カイはしゃがれた声で答えた。先程外で気絶させた神官の声真似だ。
「何をもたもたしている、早くせねば騎士団に見つかってしまうではないか!」
言うなり神官たちは、先程までカイたちが来た方向に進み始めた。道案内よろしく、三人はその後をついていく。
一番偉そうな神官が長い廊下の途中で足を止めた。先程オスカーを隠した柱がすぐそこにある。押し込んだ足が少しだけ先を覗かせていた。
(やっべ、気づかれたらアウトだ)
この神官たちは攫った聖女の元に向かう気でいる。そこで気絶しているオスカーが見つからないようにと、なんとなくを装ってニコラウスは自分で壁を作った。
神官のひとりが鍵の束を何もない壁に差し込んだ。すると隠し扉が現れる。
「……お前、見ない奴だな」
ふいに後方にいた別の神官が、エーミールに向けて訝しげに問う。扉を開けた神官もつられるように振り返った。
エーミールは神官と言うにはあまりにも姿勢良く立っている。歩く時もきびきびとしていて、立居振る舞いが騎士そのものだ。
「い、今はそんな場合じゃ……」
ニコラウスが慌てたように割り込んだ。声バレしないようにと、小声でまくし立てる。
「お前は……オスカーか?」
「そうです。ワタシはオスカーです」
「先ほどから気になっていたが……どうしてそんなに血まみれなんだ?」
「さっきよそ見してたら壁にぶつかって鼻血が……」
「ふん、お調子者振りは相変わらずだな」
「イヤ、マッタクモッテオッシャルトオリデ」
「早く聖女様の元へ」
ボロが出ないようにと、カイがしゃがれ声で助け舟を出す。こちらは背を丸めた老人風で、知らなければ誰もが騙されそうだ。神官たちも違和感のないまま会話をしている。
「やっぱりお前は誰だ? 名を名乗れ」
裏腹にエーミールへの疑惑が深まっていく。神官たちの視線が集まり口ごもっていると、ニコラウスが慌てて間に割って入った。
「こいつは新人です! このオスカーがバッチリ保証しますので」
「新人? そんな話は我らの青龍からは聞いていないが」
「我らの青龍?」
「ん? オスカー、お前後ろに何を隠している?」
神官たちが注目した先、本物のオスカーの足が柱から覗いている。ニコラウスが隠すように立ち位置を変えた瞬間、ロープで簀巻きにされた体がこちらに倒れてきた。
「あれはオスカー!?」
「貴様ら何者だ!」
神官たちが色めき立ったとき、すでに三人は動き出していた。
ニコラウスが目の前の神官にボディブローを決め、カイは小柄な神官の首筋に手刀を落とす。エーミールが剣の束(つか)で残りのふたりの鳩尾を流れるように突き、あっという間に四人を昏倒させた。
「急ごう。恐らくリーゼロッテ嬢はその隠し扉の先にいる」
カイの言葉に緊張が走る。一向は急ぎ扉の中へと向かった。
暗がりの通路を抜け、突き当りの扉から再び廊下に出る。部屋もなくただ廊下が伸びていた。もう夜半の時刻だ。薄暗い廊下を進むと、その先に開け放たれた扉から明かりが漏れているのが見えてきた。
「リーゼロッテ様……!」
カイを押しのけ、エーミールが我先にと部屋の中に入った。それに続いてニコラウスとカイも足を踏み入れる。
「誰もいない……?」
エーミールが部屋を見回す。部屋に内鍵はなく、扉にのぞき穴がくり抜かれている。牢と言うには調度品がまともで、私室と言うには厳重すぎる造りだった。
「いや、確かにリーゼロッテ嬢はさっきまでここにいた」
この部屋からリーゼロッテの力が色濃く感じ取れる。格子のはめられた窓に近づき、カイは桟に置かれた金属を手に取った。片方しかないが、これはリーゼロッテが持っていたフーゲンベルク製の知恵の輪だ。
椅子のそばの壁にいくつも線が刻まれている。日付を数えるためにつけたのかもしれない。あのリーゼロッテならやりそうなことだ。
(ベッティはリーゼロッテ嬢といたのか……?)
緑の力に紛れて、ほのかにベッティの力の残り香を感じる。注意深く部屋を探り、カイは扉のすぐ脇の床の一部に目を留めた。
短剣で床板を無理やりはがす。中からは一枚の紙が出てきた。デルプフェルト家秘伝の暗号で書かれた文章が、ベッティの文字で綴られている。
「これは……」
そこに書かれていたのは媚薬畑の詳細な位置だ。その紙を手にカイは硬い表情で立ち上がった。
「ブラル殿はこの紙を持って、一度バルバナス様の所に戻ってもらえるかな? グレーデン殿はオレと来て。リーゼロッテ嬢の行方はベッティが知っている可能性が高い」
「ベッティ? あのふざけた侍女か?」
エーミールの言葉を無視してカイは神官服を脱ぎ捨てた。こうなれば動きづらい分だけ不利になる。
三人は来た廊下を戻り雪の積もる外へと出た。ベッティの暗号を携えて、ニコラウスだけが神官が歩いてきた小道を戻る。
「リープリング!」
カイの呼びかけに、茂みからリープリングが飛び出してきた。
「ベッティのにおい、まだ追えるよね?」
ふんふんと鼻先を近づけると、リープリングは激しく尾を振った。そのまま辺りを嗅ぎまわり、ひとつの方向へと進み始める。
「この犬についていけば、リーゼロッテ様がいるんだな?」
「分からない。でもこれが今できる最善だ」
閉じ込められていただろう部屋はもぬけの空だった。廊下で倒れていたオスカー。ベッティとやり合った可能性も十分考えられる。
どんな事態になっているのか状況が把握できない。ふたりはただ、リープリングのあとを辛抱強くついていった。
◇
拍子抜けするほどあっさりと、神殿への侵入が果たせた。裏手の小川付近の壁は高いものの、備え付けられた裏門はあまりにも脆弱だ。辺りには見張りも置かれておらず、マテアスとジークヴァルトは森の中の小路を進んだ。
「路は地図通りのようですねぇ。雪も積もってなくてこれ幸い……と言いたいところですが、旦那様、ゆめゆめ油断なさいませんように」
「ああ、分かっている」
しかめ面のまま、ジークヴァルトは歩を進めていく。気が逸るのは分かるのだが、どんどん速足になっていた。
「旦那様、少しペースを落としてください。まだ日が落ちて一時間も経ちません。神殿内の混乱はこれからです。ここぞという時へばっていては仕方ないでしょう?」
このルートを辿ればそう時間もかからず目星をつけた場所に到達できる。そこにリーゼロッテがいないのなら、それはその時次の手を打つまでだ。
それでもジークヴァルトの歩は止まらない。目立つため、明かりは最小限にしている。この暗い森の中、小道を辿る足の感触だけが頼りだ。そこをもってしてこの速度で進むジークヴァルトに、呆れとすごさを感じるマテアスだった。
そのジークヴァルトの足が突然止まった。
「マテアス」
「ええ、何やら不穏な気配ですねぇ」
小路の先から異形たちが近づいてくるのが分かる。この距離からでも相当数だと感じ取れた。
「ですが……行くべき道は間違っていないようですねっ」
先に駆けだしたジークヴァルトに続いて、マテアスも異形の黒山に突っ込んでいった。視界が遮られるほどに、次から次に異形の者が迫ってくる。
それを祓いながらふたりは小路を進んでいった。異形たちが行く手を阻み、迂回させようと邪魔をする。この進む先に行かせまいとの意思が伺えた。だがどれも弱い異形ばかりだ。危なげなくふたりは路なりに進んでいく。
「しかしなんで神殿にこんな数の異形が」
「知らん」
互いにフォローし合いながら前進していく。しかし異形は尽きることはなく、さらに数を増してきた。
気配を探ると、何もない空間から突然現れているかのようだ。背中合わせにとうとう足止めをされる。さすがにこれはおかしいと、ふたりで息を切らした。
「弱いとはいえ、多勢に無勢……いかがなさいますか、旦那様?」
「そんなこと決まり切ってるだろう」
手の内に籠めた力を、ひと方向に解き放つ。
「一点突破だ!」
切り開かれたその先へ、ジークヴァルトは迷わず駆けだした。そこをフォローしながらマテアスが続く。
鬼神のようなその背中から青の力が立ち昇る。溜まりに溜まった怒りが放電するように、その身から溢れ出していた。その勢いに気圧されて、かなりの数の異形が遠のいていく。
「オッオエ――っ!」
突如、森の遠くからおかしな雄叫びが響いた。その声は鳥のような羽ばたきと共に、どんどんこちらに近づいてくる。
「鳥?」
こんな夜更けに飛ぶのはフクロウか夜鷹か。それにしては羽ばたきが派手すぎる。マテアスが眉をひそめたとき、いきなり異形の塊から一羽の鶏が宙に躍り出た。
「オエ――――っ!!」
涙をまき散らしながら、鶏はジークヴァルトの胸に飛び込んだ。異形に追われていたのか、ぶるぶると全身を震わせている。
「に、鶏……?」
呆然とするマテアスを横に、ジークヴァルトははっとなった。鶏が咥えていたものを取り上げる。銀色の知恵の輪が、緑の尾を引いていく。
「これはリーゼロッテ様にお渡しした知恵の輪……」
外れた片方だけだが確かにこれは、リーゼロッテの誕生日にマテアスが預けたものだ。
「旦那様……」
「ああ、もう容赦する必要はない」
先ほどよりも激しい青が全身から立ち昇る。この日以上にジークヴァルトが怒りをあらわにしたことはない。絶対に敵に回してはいけない人だと、マテアスが思った瞬間だった。
「オエッ」
鶏がマテアスの頭の上に移動した。先に進めと言うように、片羽をまっすぐ突き立てる。
「行くぞ!」
「どこまでもお供いたします!」
再びふたりは、異形の塊の先へと突き進んでいった。
◇
夕食も下げられて、ベッティも神官に連れられて行ってしまった。この時間から明け方まではひとりきりの時間だ。日も沈み真っ暗になった外を眺めながら、リーゼロッテは小さく息をついた。
晴れた日の夜空に浮かぶ月はどんどんやせ細っていた。そろそろ新月を迎えて、これからは月は丸く肥えていくのだろう。
(満月が過ぎたらあの神官がまたやってくる……)
知恵の輪の柄で壁に正の字を刻んでいく。これが三十になるころがその時を迎えてしまう。日増しに増えていく傷の数に、リーゼロッテは唇をかみしめた。
日中は明るく振る舞っても、夜になるとどうしても気持ちが沈む。無心になろうと知恵の輪をいじり続けた。
「駄目だわ。ちっとも外れない」
途中で真剣に夢中になっていた自分に呆れつつ、柄を持って知恵の輪をくるくる回す。すると遠心力で浮いていた片方が、いきなり放物線を描いて遠くへ飛んでいった。
「は、外れたっ!」
金属音がどこかで跳ねる。見失ったリーゼロッテは、床の上を探し回った。
「あ、あったわ。……ほんとに外れてる」
ここ半年近くあれだけいじり倒して分離しなかった物が、適当に回しただけであっさり外れてしまった。自力でできなかった分、なんだか悔しく感じられる。
「今度は組み合わせてみようかしら?」
重ね合わせるも今度は一向にひとつにならない。マテアスもエラもカイも事もなげにやってのけたのに、なぜに自分はこうも上手くできないのだろうか。
一心不乱にいじっていると、ふいに窓をこつこつ叩く音がした。初めは風の音かと無視していたが、こここここと連打され始めてリーゼロッテはようやく顔を上げた。
「マンボウ!?」
いつもマンボウが来るのは夜明け前だけだ。こんな夜にやってくるのはめずらしい。
「こんな時間に来て寝なくていいの?」
「オエッ!」
窓を開けて下に隙間を作ると、マンボウは首を曲げて覗き込んできた。知恵の輪を窓辺に置き、リーゼロッテはその頬をやさしく撫でた。
「オッオエ――!」
「え? あ、ちょっと待ってマンボウ!」
羽をばたつかせ、いきなりマンボウが知恵の輪の片方を嘴で拾い上げた。そのまま羽を広げて、漆黒の森に向かって猛然と走り始める。
「ま、マンボウ……」
唖然としてその背を見送った。咥えた知恵の輪が緑の尾を引いて、やがてその軌道は暗闇に溶けて見えなくなっていく。
「あの知恵の輪、異形の者が寄ってくるってカイ様が……」
だがここは神殿の敷地内だ。ここに来てから異形を見かけないので、マンボウも安全かもしれない。
窓辺にぽつりと残された知恵の輪を見やる。対と引き離されたその姿は、まるで自分とジークヴァルトのようだった。
「マンボウ……失くさずまた持ってきてくれるかしら……」
さみしくて、リーゼロッテはしゅんとうつむいた。
◇
リーゼロッテの部屋から戻る途中、神官たちの話に耳をそばだてた。ベッティにあてがわれた部屋は、下っ端神官たちのいる並びのうんと奥の物置部屋だ。
下女とは言え女が神殿内にいることを知られたくないようで、覆面神官たちにフードを目深にかぶらされている。表向きは下働きの少年ということになっていた。
最近では警戒心も薄れたのか、ベッティのここら辺りの行き来は自由だった。神官たちは迎えに来て、目隠しをしたままリーゼロッテの元へと連れていくだけだ。
「なあ、知ってるか? 午後になってから王城で異形の者がまた騒ぎ出しているそうだ」
「ここ一、二年、なんだかそんな話が多いな」
のんびりとした口調のそんな会話が耳に入ってくる。ここ神殿では、王城の噂話はすべて他人事だ。そこはそれ、お互い様と言ったところか。
「そういえば、移動用の馬が一頭逃げ出したって聞いたけど、あれどうなったんだ?」
「それがまだ見つからないみたいでさ。厩舎担当が必死になって探してるけど、この雪の中だからなぁ」
「ああ、もうどこかで行き倒れたりしてるのかもな」
そんな神官たちの横を素早く通り、ベッティは急ぎ部屋へと向かった。夜半に神殿内の調査を行って、早朝にはリーゼロッテの元に行かなくてはならない。
最近では動物たちが食材を運んでくれるので、調達の手間が省けるだけでもありがたい。この時間に一度仮眠を取って、再び動き出す毎日を過ごしているベッティだった。
ふと遠くから怒号が聞こえてくる。それも大人数だ。ベッティは長く伸びる廊下の向こう、神殿の方向に耳を澄ませた。
喧騒、悲鳴、大勢のひとの行き交う気配。
神経を集中して、そんなことを感じ取る。その時遠くの廊下を、騎士服姿の人間が複数横切った。
(騎士団が来ている……!)
神殿の奥まで神官以外の人間は足を踏み入れることはない。来るべき時が来たのだ。ベッティは駆け足で部屋へと戻った。
掃除道具の下から仕事道具をかき集める。その袋を背負い、気配を殺してリーゼロッテの元へと向かった。
一度外に出る。早朝に向かうときはリスクを考えて、木々に目印をつけ迂回する方法を取っていた。だが今はそれでは時間がかかりすぎる。覆面神官たちが使う小路を進み、リーゼロッテが閉じ込められている建物に辿り着いた。
薄暗い廊下を進む。これはいつも目隠しされて連れていかれるルートだった。
目隠しをされながら何度も歩数を数えた。慎重に歩を進め、いつも鍵が開けられる箇所で足を止める。廊下の壁には扉は見えないが、探せば必ずあるはずだ。
(確かここら辺のはず……)
何もない壁を探り、ようやく鍵穴を探し当てる。そこに針金を差し込んで、幾度か中を探ると鍵が回る音がした。
「お前、何をしている……!」
「ちぃっ! おしゃべりオスカーですかぁ」
「なっ……!」
先手必勝でスライディングして足をひっかける。倒れ込む体に馬乗りになって、鼻っ柱を容赦なく拳で殴りつけた。ごっと嫌な音がして、覆面の鼻の辺りが赤く染まる。それでも手を緩めることなく、渾身の力で顔を殴り続けた。
「ふざけるなぁ!」
「がふっ」
オスカーの力任せの反撃で、ベッティの体が飛ばされる。転がるように受け身を取った床で、足首に激痛が走った。それをものともせず、ベッティは再びオスカーの懐に飛び込んだ。鳩尾に体当たりを食らわせて、ひるんだ隙に残り僅かな眠り針を瞬時に吹いた。
ベッティに振り下ろされそうになっていた拳が、力なく落ちる。そのままオスカーは床へと身を沈ませた。
すぐさま立ち上がり通路を渡る。この先の廊下に出れば、リーゼロッテの部屋へすぐにたどり着く。
突き当りの扉を開け、廊下を走った。リーゼロッテの部屋まで来ると鍵を針金で回し、ベッティは素早く部屋に入った。
「ベッティ、どうしたのこんな時間に」
「今すぐここを出ますよぅ、騎士団が動き出しましたぁ」
「えっ!?」
厚手の服を重ね着させて、自分の着ていたフード付きのマントを肩にかけた。手早くリーゼロッテの髪を一本の三つ編みにして、最後にフードを目深に被らせる。
「一度外に出てから本神殿に続く建物まで行きますぅ。追手が来たら厄介ですぅ、さぁ急いで時間はありませんよぅ」
手を引き廊下を戻る。途中で血まみれで倒れるオスカーに、リーゼロッテが身を強張らせた。そこを無理やり引っ張って、建物の外へと連れ出していく。
外は月のない真っ暗な世界だ。ベッティは慣れたものだが、リーゼロッテにしてみれば歩くのもままならないはずだ。
「手を引きますから信じてついてきてくださぃ。この路を行くと本神殿に続く建物に着きますぅ。中に入ったらリーゼロッテ様はぁ、真っすぐひたすら廊下を走ってくださいませねぇ」
「ベッティ、足を怪我していない?」
「先ほどオスカーとやり合いましてぇ。今は痛いとか言ってる場合じゃないのでお気になさらずですぅ」
吐く息を白く顔に絡ませながら、ふたりは小路を進んだ。半ばまで行ったところで、ベッティが制するように足を止めた。
「ヤツの気配が近づいてきてる……?」
媚薬畑で感じたあの神気だ。同じものを感じているだろうリーゼロッテも身を震わせていた。
「作戦変更ですぅ。このままリーゼロッテ様は森を抜けてくださいませねぇ」
ベッティが指笛を吹くと、どこからともなく一頭の馬が現れる。
「さぁこの馬に乗ってくださいませぇ。この先にある小川に沿っていけば神殿の入り口付近、王城の手前までたどり着けますぅ。しがみついていれば馬が勝手に進みますからぁ、リーゼロッテ様は振り落とされないことだけ考えてくださいませねぇ」
馬を伏せさせ、リーゼロッテの手を引いた。乗せようとするも拒むように、リーゼロッテはベッティの手を強く握り返してきた。
「ベッティは行かないの?」
「わたしが囮になって奴を引きつけますぅ。その隙にリーゼロッテ様は騎士団に保護を求めればそれで大丈夫ですからぁ」
「駄目よ危険よ、あのひとは普通じゃないの! お願いベッティも一緒に行きましょう?」
「足を痛めているわたしは却って足手まといですぅ。ふたりで逃げても奴に捕まるだけですよぅ。このまま二度と公爵様と会えなくなってもいいんですかぁ?」
ぐっと喉を詰まらせる。だがリーゼロッテはすぐ首を振った。
「それでもベッティだけを置いていくなんて嫌よ。それならわたくしが残るから、ベッティが助けを呼んできて。ね、お願いだから囮になるなんて言わないで」
「……どうしてリーゼロッテ様はぁ、こんな時までお人がよろしいんですかねぇ。ベッティが犠牲になればリーゼロッテ様は元の生活に戻れるんですよぅ?」
「それだったらベッティだって一緒じゃない。わたくしを見捨てればベッティは危険な目に合わないもの」
「そこはそれわたしは任務ですのでぇ」
「だけどカイ様に言われたわけではないでしょう? ベッティだけが残るなんておかしいわ」
「なんで分からないんですかねぇ。リーゼロッテ様のお命とベッティの命、どっちが大事かなんて分かり切ってるじゃないですかぁ。リーゼロッテ様は望まれる側の人間。失えば多くの者が嘆きますぅ」
「命に重さなんてないわ! ベッティよりわたくしが優遇されるなんて間違ってる。それにベッティに何かあったらカイ様がかなしまれるわ!」
涙目でまくし立てると、ベッティはうんざりしたように息をついた。
「わたし、リーゼロッテ様のその偽善っぷり、大っ嫌いなんですよねぇ。正直虫唾が走りますぅ。このままじゃ本当にひどい目にあいますけどよろしいんですかぁ? そんな能天気なことが言えるのはぁリーゼロッテ様がこの世の地獄を見たことがないからなんですよぅ」
冷たく言い放たれて、リーゼロッテは絶句している。涙をこぼしながら、それでも小さく首を振った。
「偽善でもいいの。ベッティだけが犠牲になるなんて嫌。それならわたくしもここに残ります。ベッティのためじゃないわ。助かった後、ベッティを見捨てた人間だってみんなに責められたくないって思う、わたくしが傷つきたくないだけの偽善のわがままよ」
「……はぁ、本当にリーゼロッテ様はぁ馬鹿みたいにお人がよろしんですねぇ」
仕方ないと言ったように、ベッティは呆れ交じりに微笑んだ。
「分かりましたぁ、ベッティも馬に乗って一緒に参りますぅ。ふたりで無事生還をいたしましょうねぇ」
「ありがとうベッティ!」
リーゼロッテを鞍に乗せ、ベッティはその後ろに跨った。馬を立ち上がらせ、鼻先を王城のある方へと向ける。
「しっかり掴まっててくださいませねぇ!」
腹を蹴り、一気に駆けさせる。その瞬間、ベッティはリーゼロッテの三つ編みを短剣で断ち、それを手にしたまま馬の背から飛び降りた。
「ベッティ……!」
「いきなさい、リーゼロッテ・ダーミッシュ! あなたはこんな所で終わっていい人間じゃあないっ!」
馬上で振り返ったリーゼロッテの髪が風に短く広がった。馬の背は小さくなり、あっという間に暗闇に飲まれていく。
どうあっても彼女は自分と同じ人種ではない。誰からも望まれる立場の、この手には届きもしない存在だ。
早くしないと奴の気配はどんどん強まっている。ベッティは痛めた足を引きずり、リーゼロッテのいた部屋に急ぎ戻った。
残っていたリーゼロッテの服に着替え、まとめ髪をばらばらと解く。ベッティの白髪なら、暗がりではリーゼロッテの金髪と見間違えてもらえるだろう。それにこのアルフレート二世を抱えていれば、もう完璧だ。
だが奴は力を感知できるはずだ。リーゼロッテの髪は目くらましのようなものだった。握っているだけでも痛いくらいに伝わってくる清廉な力は、切り取られても尚強大な緑の彩を放ち続けている。
アルフレート二世の背中の縫い目を短剣で切り裂いて、リーゼロッテの三つ編みを綿の中に押し込んだ。
そのアルフレート二世を抱えたまま、ベッティは再び外へと出た。先ほどよりも青銀の神気が確実に濃くなってきている。だがベッティもみすみすやられるだけのつもりはない。目指すのは媚薬の薬草畑だ。
そこまで行けば騎士団が直に到着する。自分の命を繋ぐには、それに賭けるしかなかった。
(確かこっちの方角だったはず)
背後に迫る圧を感じながら、雪の中を進んでいく。次第にあの特有の香りが強くなってくる。最後に雪山を切り崩し、ベッティは森の中、開けた薬草畑へと出た。
「こんな方向に逃げるとは、なんとも愚かしい。ですがそれも貴女の運命だ」
遠くから背に声をかけられる。ベッティは畑を迂回し、森の太い木へと身を寄せた。こうなればもう逃げも隠れもする意味はない。あとはどれだけ時間を稼いで、リーゼロッテを遠くに逃がすかだ。
リーゼロッテの仕草を真似て、ぎゅっと胸に抱きしめる。緑の力を放つアルフレート二世を盾にして、ベッティは隠すように顔をうずめた。震えているのは演技だけではない。近づく神気に、呼吸すらままならなくなる。そこをなんとか踏ん張って、ベッティは歯を食いしばった。
「逃げるのはもうお終いですか? いい加減貴女もお判りでしょう。神であるわたしから逃げることなどできないのだと」
すぐそこで立ち止まったのは銀髪の美貌の神官だった。閉じた瞳で静かにほほ笑んでいる。
それだけ見たら慈愛に満ちたやさしげな表情だ。だが体を押しつぶす圧に、立っているのもやっとなベッティだ。
(けどビンゴでしたねぇ)
カイの言う黒幕は、やはり想像通りレミュリオだった。なぜ青龍はこの男の名を目隠しするというのか。
「さぁ参りましょう。ここは寒い。か弱い貴女がいる場所ではありません」
さらに近づき手を伸ばしてくる。最期にきちんと動けるようにと、血が出るほど唇を噛んでベッティは必死に正気を保った。
伸ばされた手が一瞬止まった。次の瞬間、包む神気が炎獄に変わる。
「これは……してやられましたね。子鼠風情に謀られるとは」
「ふふぅ、ざまぁみろですよぉ」
脂汗を流しながら、ベッティは不敵に嗤った。勝算は薄いが一か八か、やってみるだけのことはある。忍ばせた眠り針を手に、その機会を狙った。言葉とは裏腹に、レミュリオは隙なく薄い笑みを保っている。
素早すぎて動きが見えなかった。衝撃で木に背が打ちつけられる。アルフレート二世の腹の中から、レミュリオはリーゼロッテの髪を掴み出していた。
えぐり取られた綿が雪のように舞い落ちる。目の前に掲げられた髪の束は、一瞬で青銀色の焔に包まれた。飲まれるようにリーゼロッテの緑が消える。防御壁がなくなって、ベッティはさらに苦悶の表情になった。
倒れ込むふりをして、力を振り絞り眠り針を首筋に放つ。しかし針は届くことなく、青銀の力に弾かれた。
「どうにも目障りですね」
「がっは……!」
喉元を片手で掴まれて、ぎりぎりと締め上げられる。木伝いに持ち上げられて、つま先が宙に浮いた。
視界が霞んで見える。朦朧とした意識の中、ベッティはレミュリオの顔めがけて唾を吐いた。
「そんなにわたしを怒らせたいのですか? 愚かな子鼠だ」
横殴りにされベッティの体が雪の中転がった。もうチャンスは今しかない。受け身を取りながら素早く導火線に着火する。
湿気らないようにと手にした煙玉を放り投げた。破裂音が空中で、闇夜に遠く轟いた。次いで発生した黒煙が辺りにもくもくと降り注ぐ。
生きて帰れない時のために用意した煙玉だ。黒幕が奴なら黒煙を、違ったら白煙をあげると決めていた。この煙はべっとりと雪や木々に付着する。日が昇ってからでも十分、カイにこの事実は伝わるだろう。
「今の音で騎士団がやってきますよぉ。このままここにいていいんですかぁ?」
媚薬畑が見つかれば、ここにいるレミュリオが知らぬ存ぜぬで通せるはずもない。無様に雪の中でひっくり返りながら、ベッティは馬鹿にしたようにへらりと嗤った。
「小賢しい真似を」
ぱちりと鳴らされた指の背後で、媚薬畑が焔に包まれる。青々と茂っていた畑は、一瞬で何もない更地となり果てた。そこを都合よく雪が舞い落ちる。不自然に畑の場所だけが吹雪いてきて、あっという間に雪景色が広がった。
「くだらぬ時間を過ごしました。まぁいいでしょう、今回は自由にしてさしあげますよ。ああ貴女ももう引いてください。この後は龍の盾の彼に任せるとします。どのみち今回の件でわたしを裁くことは愚か、誰もこの名を出すことすらできないのですから。何も問題はありません」
遥かに意識を傾けて、レミュリオは独り言のように言った。ベッティのことなど忘れたかのように、背を向け音もなく去っていく。
遠退いていく神気に、妨げられていた呼吸が楽になってくる。
その代わり雪の冷たさが全身を襲う。打ち付けられた体は、もう指一本すら動かせなかった。だが結果は上々だ。
リーゼロッテを逃し、奴の正体も伝えられた。最期にカイの役に立てたのだ。ベッティはそれで満足だった。
心残りなのはカイとの約束を果たせなかったことだ。いつかいなくなるカイのために、ベッティは新しい安寧の地を見つけることを約束した。
「カイ坊ちゃまはやさしくって心配性ですからねぇ」
もう一度だけ頭をなでてもらいたかったな。そんなことを思って、ベッティの唇が自然と弧を描く。
訪れる眠気のまま、ゆっくりと瞳を閉じた。
◇
「旦那様、川から離れすぎないでくださいよ!」
「分かっている」
闇夜の森、せせらぎを耳に進む。予定より多少遅れているが、絶えることなく襲ってくる異形たちを前にそれでも前進できている。いまだ力が尽きていないのは、弱い異形しかいないからだ。
普段は襲ってくることない彼らが、追い立てられるように寄ってくる。怯えながら近づいて、近づいては逃げていく。そして祓われた一群を補うように、再び異形が現れる。
攻撃してくるでもない異形相手に、もうコツは分かってきた。進むべき方向のみ、祓っていけばいい。それがいちばん効率の良いやり方だ。
「地図通りだったら、あと少しで目星をつけた場所に出るはずです。そこまで行ったらわたしが先導しますから、闇雲に飛び出さないでくださいよ」
「ああ」
分かっているのかいないのか、ジークヴァルトは遠い先だけを見つめている。鬼気迫る背中に、それ以上はマテアスは何も言えなかった。
「オエっ!」
マテアスの頭に鎮座したままの鶏が、片羽で進行方向を指さした。この鶏は時折今の仕草をする。どうやら道を外れた時に、そっちじゃないと教えているようだった。
その鶏が立ち上がり、大きく羽をばたつかせた。頭皮に爪が食い込んで、マテアスから悲鳴が上がる。
「いたっいたっ、そんなに掴んだら禿げます!」
「オッオエ――!」
「うおっ」
目の前が紅に染まって、マテアスの体は押し流された。突然の瘴気の濁流になす術もない。全身が粟立って、気づくとマテアスは森の小路に立っていた。異形もいない。頭に鶏が乗っているだけだ。
「旦那様?」
はっとして気配を探る。しかしジークヴァルトの姿はどこにもなかった。先ほど一瞬感じた紅の瘴気は、いつか公爵家を襲ったものだ。それが今は微塵も感じ取れない。
「一体何が……」
「オエっ」
鶏がいいから先に進めと指示してくる。確かにこのままここにいても仕方ないと、マテアスは鶏の導きのまま森の中を進んだ。
ほどなくして鶏は、道なき道を指し示した。道を外れると頭を強く掴まれるため、仕方なく雪の中に足を踏み入れる。誰かが一度通った跡がある。それも複数人のだ。
(獣の足跡もありますねぇ)
大型犬のような足跡に、狼でないことを祈る。茂みを揺らしながら前進すると、ふいに目の前に殺気を感じた。
繰り出された拳を咄嗟に受けて、組み手を取ったまま対峙する。すぐに息を飲んだのは、目の前の相手も同じだった。
「マテアス?」
「エーミール様?」
ふたりの声が重なった。ぽかんと見つめ合って、互いに状況を把握する。同じ場所を目指し踏み込んだのだ。出くわしたところで不思議はない。
「ジークヴァルト様はどうした」
「それが敷地に入ってすぐにあり得ない数の異様に襲われまして……」
「はぐれたのか?」
「先ほどまで一緒だったのですが、紅の異形の瘴気に引き離されたようです」
「紅の異形? 本体が現れたのか?」
エーミールの問いかけにマテアスはいえ、と首を振った。不可解なことが多すぎて、さすがのマテアスも適切な判断が付けられないでいる。
「役立たずだな」
「申し訳ございません。それでエーミール様はこのような場所で一体何を?」
「今リーゼロッテ様のあとを追っている」
「こんな獣道をですか?」
「詳しくは忌み児に聞け」
足早に進むエーミールの後についていくと、できた雪道の先にひとりの騎士がいた。その前を犬が歩いている。
「やぁ、従者君」
「デルプフェルト様……ご無沙汰しております」
「その様子じゃジークヴァルト様もまだ、リーゼロッテ嬢と会えてないみたいだね」
「おっしゃる通りです……」
難しい顔でマテアスは頷いた。
「その格好で騎士に見つかったら、ちょっと庇いきれないかもよ?」
「そうだな。マテアス、お前はこれでも着ていろ。後でどうとでもして神殿から連れ出してやる」
神官服を差し出され、マテアスはおとなしくそれを身に纏った。これで騎士に連行される神官の出来上がりだ。ジークヴァルトの安否が心配だが、目的はリーゼロッテを取り返すことだ。今はふたりについて行くしかないだろう。
「それで何を追っているのですか?」
「ベッティのにおいを追ってるところ」
「ベッティさんの?」
「神殿の奥に潜入させてたんだ。恐らくベッティはリーゼロッテ嬢と一緒にいた」
カイの言葉にマテアスはエーミールの顔を見た。エーミールもいまだ半信半疑の表情だ。
その時、近くの空で破裂音がした。次いで煙のようなにおいが流れてくる。
「ベッティ!」
いきなり駆けだしたカイに遅れて、マテアスとエーミールは慌ててその背を追っていった。
◇
煙を頼りに雪の中を突き進んだ。いきなり開けた森の中、ベッティの姿を探す。あたりに黒い煙が立ち込めている。これはデルプフェルト家秘伝の煙玉だ。
先回りしたリープリングが一点に向かって吠え続ける。カイは一目散に駆け寄った。
「ベッティ……!」
力なく雪にうずもれる体を抱き起した。痛みからか、蒼白な唇がわずかに動く。外套を脱ぎ、手早くベッティを包み込んだ。怪我もひどいが触れる体が冷たすぎる。
「あるぇ? ここは天国ですかぁ?」
「ベッティ!」
沈みそうになる意識に必死に呼びかける。応えるようにベッティは、カイの腕の中、力なく親指をゆっくり立てた。
「カイ坊ちゃまぁ……わたし、やりましたよぅ……坊ちゃまの見立て通りぃ……奴は真っ黒もいいとこでしたぁ。リーゼロッテ様はぁ馬に乗せて川沿いに逃がしましたぁ……薬草畑は奴に燃やされてしまってぇ……そこの雪の下にうずもれてますぅ」
「ああ、分かった。今はもう何も言わなくていい」
「ですがぁこれが最期かと思うとぉ……少しぐらいは伝えとかないとぉ」
「最期になんかにさせないよ。ベッティは必ず助けてみせるから」
いつになく真剣なカイを見上げて、ベッティは意地悪そうな笑みを作る。
「カイ坊ちゃまはぁ、遺される者の痛みをぉ……少しは味わった方がよろしいのですよぅ……」
ふぅと息をついてベッティは再び瞳を閉じた。ひそやかな呼吸は続いている。ベッティを抱え、カイは立ち上がった。
向かう先にバルバナスが現れた。騎士たちを引き連れて、ようやくここに辿りついたようだ。
「うちの手の者です。媚薬畑は燃やされ、そこの雪の下にあったそうです。オレたちが通ってきた先に建物があります。そこに神官を数人拘束中です。詳しくはブラル殿に確認を。あとそこに幽閉されていたリーゼロッテ嬢は、馬で川沿いに逃がしたとのことです。じゃあオレはもう行きますから」
「医療班! 大事な証言者だ、絶対に死なすんじゃねぇぞ!」
瀕死のベッティを一瞥して、バルバナスが後方に怒鳴りつけた。去っていくカイの後を、医療に長けた者が慌てて追っていく。
「そこの雪ん下は媚薬畑のあった場所だ! 見失わねぇよう目印つけとけ! 日が昇ったら調査すんぞ! ニコラウスの言ってた建物は第二班に向かわせろ! そこにいる神官たちは別室に閉じ込めとけ!」
指示通りに騎士たちが動いていく。バルバナスは最後に、エーミールたちに目を止めた。
「おい、新入り。川沿いの捜索にも人員を割いてやる。指揮はニコラウス、いや、アデライーデ、お前が取れ」
それだけ言うとバルバナスは畑の方に向かった。入れ替わりのようにアデライーデが現れる。
「ちょっとエーミール。マテアスまで……ジークヴァルトはどうしたのよ?」
「それが神殿に入るなり異形の者に襲われまして……」
「神殿にも? いきなり王城に呼び戻されたと思ったら、暴れ出した異形の対処を命じられるわ、バルバナス様はさっさと行っちゃうわで、ほんともう散々だったわ」
「とにかくリーゼロッテ様の安否が心配です。逃がすとしたら王城側でしょう。そちらの方から捜索を」
「そうね。先にジークヴァルトと出会えてるといいんだけど」
白みかけてきた空を見上げて、一同は急ぎ捜索に向かった。
◇
紅い霧の中、朧げだった姿がはっきりとした輪郭を取った。いつかの夜会でリーゼロッテを襲った異形の者だ。禁忌の罪を犯した証を喉元に光らせ、対峙した女は妖艶な笑みを口元に刷く。
相手が何者だろうと関係はなかった。邪魔をするなら力ずくで排除する。それだけの単純な話だ。
間合いを詰め、手の内に力を溜める。その様子をたのしそうに、紅の女はじっと見つめていた。
ふいに耳に馬の嘶きが届く。逸れた注意の隙に、紅の女が大きく後方に飛び退いた。はっと視線を戻すも、濃厚だった瘴気がすぅっと引いていく。溶け込むように禁忌の異形は、闇の中に消えていった。
しばしその場に佇むも、女が戻って来る様子はない。溜めた力を解いてジークヴァルトは蹄の音を耳で追った。ほどなくして一頭の馬が現れる。
鞍はついているものの、誰も乗ってはいない。
ジークヴァルトの姿を認めると、馬は体を翻し来た道へと鼻先を向けた。振り返り、再び歩き出す。数歩進んだかと思ったら、またこちらを振り返った。
「ついて来いと言うのか?」
肯定するように、馬は小さく嘶いた。ジークヴァルトが歩を進め出すと、馬も一定速度で歩き出す。
見上げる空が徐々に白んでくる。木々が鬱蒼と生い茂る森に日が射しこむのは、まだ時間がかかりそうだ。
「リーゼロッテ……」
つぶやいて、ジークヴァルトは馬を見失わないよう、川沿いに奥へと進んでいった。
◇
「ベッティ……!」
いきなり飛び降りたベッティを振り返る。急に軽くなった髪に驚くも、駆ける馬上では確かめる術もない。
揺れる背に悲鳴を上げ、頚筋に必死にしがみついた。ひとりで馬に乗ったことなどない。暗闇の中、疾走する恐怖で、リーゼロッテはぎゅっと目をつぶった。
一瞬だけ見えたベッティは、こちらに向かって何かを叫んでいた。その手に握られたのは自分の髪だったのかもしれない。遠目に輝いて見えたのは、確かに緑の力だった。
(ベッティ、どうして)
髪を切られたこと以上に、ベッティを置き去りにした事実に恐怖した。あの神官は正気ではない。いかにベッティと言えど、捕まったら無事では済まないだろう。
引き返したくとも馬を操ることなどできはしない。ジークヴァルトを押してでも、乗馬を習っておくべきだった。そんな後悔を今さらしても、何の意味もなかった。
熱いはずの涙が、すぐ氷に変わっていく。ぬぐうことも叶わない。時折すり抜けた木の枝が、この体を強く打ちつけてくる。寒さで指先の感覚が失われる中、それでもリーゼロッテは振り落とされないようにと、しがみつくことしかできなかった。
(早く、早く、早く!)
誰かに見つけて欲しかった。そしてベッティを助けに行ってもらわなくては。
体力も限界に近づいて、いつ落馬してもおかしくなくなってくる。だが気を失っては駄目だ。ベッティを見捨てるわけにはいかない。一刻も早く向かわなければ、ベッティがあの神官に捕まってしまう。
そのことを意識を保つ糧にして、リーゼロッテは闇夜を駆け続けた。
ふと浅いまどろみに降り立つ。暖を求めて目の前にある温かな毛並みに、しがみつくように顔をうずめた。耳元に熱い鼻息がかかる。はっとしてリーゼロッテは顔を上げた。
馬の背にもたれかかったまま、いつの間にか眠っていた。リーゼロッテに寄り添うように、馬は足を曲げて座っている。
見回すともう夜が明けていた。すぐ横に川が流れている。うすく靄がかかり、小鳥のさえずりがあちこちから響いてきた。
リーゼロッテが身を起こすと、足元にいた何かが一斉に逃げ散らばった。驚いて見やると、リスや狐、雪兎などが、遠巻きにこちらを振り返っている。
「みなが温めていてくれたの……?」
急に離れた温もりにそのことを知る。返事をすることなく動物たちは、思い思いの方向に森の中を消えていった。
ふいに馬が立ち上がる。支えを失って、リーゼロッテは雪の上に手をついた。
馬はせせらぎに向かって行った。川岸まで行くと首を下げ、一心不乱に水を飲みはじめる。
「喉が渇いていたのに、わたくしのために我慢してくれていたのね……」
静かに水を飲み続ける姿に、申し訳ない気分になる。自分は誰かに助けてもらってばかりだ。ベッティはあの後どうなったのだろう。怖すぎて、その先を考えることができなかった。
ふらつきながら立ち上がる。幽閉生活で衰えた体が、夜の乗馬で悲鳴を上げていた。
見ると靴もどこかに行ってしまっている。あかぎれた裸足のまま、川岸までなんとか行った。肩口で不揃いに切り取られた自分の髪が、流れる水面に映る。
ベッティは囮になると言っていた。それで髪が必要だったのだろう。水面に涙が落ちる。髪など生きていれば嫌でも伸びてくる。だが死んでしまってはどうにもならない。
涙を堪えてリーゼロッテは水を掬って口に含んだ。途端に乾いた喉が歓喜する。
「おいしい……」
踏みしめる雪よりも、水の方が温かく感じられた。近くの岩に腰を下ろして、リーゼロッテは足を浸した。ずくずくと痛んでいた足の裏が、少しだけ楽になる。
しばらくぼんやりしていると、膝の上、ぽとりと赤い木の実が落ちてきた。
見上げると、頭上の伸びた木の枝にいた白いテンと目が合った。続けてふたつみっつと実が落ちてくる。
「こんな場所にまで……いつも本当にありがとう」
あの部屋にも来てくれていた子だ。遠慮なくリーゼロッテは、赤い実を頬張った。少し苦みの残る実は、とてもやさしい甘みがあった。
種を口の中で転がしていたリーゼロッテの目の前を、何か蝶のようなものがふいによぎった。
こんな冬に蝶がいるはずもない。きらきらした粉を振りまきながら、それは不規則に飛んでいる。目を凝らすと羽が生えた少女のように見えて、リーゼロッテは思わずごしごしと目をこすった。
「……妖精?」
何度見てもそう見える。目覚めゆく森の清々しさと疲労が相まって、自分はおかしくなってしまったのだろうか。
妖精がこちらを振り返った瞬間、馬が突然駆け出した。置いていかれたことにショックを受けて、リーゼロッテは慌てて立ち上がる。
裸足のまま追いかけるも、すぐにその背を見失ってしまった。
「馬さん……」
呆然と立ち尽くして、途端に足が射すような痛みを訴える。雪の中を泣きながら、リーゼロッテはとぼとぼと歩いた。
(川からは離れないようにしよう)
下流に向かって歩を進める。神殿が広いと言っても限りはある。川を目印にすれば、いつかどこかに行きつくはずだ。
それでも雪や木々に阻まれて、川沿いを離れてしまう。途方に暮れてリーゼロッテは、来た道を戻ろうかと足を止めた。
振り返った鼻先に、先ほどの妖精がいた。見つめ合って、ふたり同時に瞬きをする。
声を上げそうになるが、驚かしては可哀そうだ。近くで見る妖精は、リーゼロッテにとてもよく似ていた。長い髪は蜂蜜色で、瞳の色は綺麗な緑に輝いている。
顔を覗き込んだまま、妖精は羽を動かしその場で滞空飛行をしている。背中に手を回して小首をかしげる仕草がなんとも愛らしくて、リーゼロッテの瞳がきゅんと潤んだ。
「あ、妖精さん、待って!」
ふいに遠くへ飛んでいった妖精を必死で追いかける。小さい上にすばしっこくて、すぐに見失ってしまった。森の中、ひとりは耐えられなくて、リーゼロッテは木々の中を縋るように見回した。
ちょんちょんと肩をつつかれる。驚いて振り向くと、すぐそこに妖精が浮いていた。
今度はゆっくりと飛び始める。リーゼロッテを誘うように、振り向いては少し進んでいく。それを追いかけると、目の前に舗装された小路が現れた。雪の積もっていない、まっ平らな地面だ。
妖精の導きで、路なりに歩を進めていく。すると小鳥のさえずりの中、行く方向に馬の蹄の音が聞こえてきた。
「あ、馬さん! ありがとう、馬さんのところまで案内してくれたのね!」
瞳を輝かせてお礼を言うも、妖精の姿はすでになかった。今度こそはぐれないようにと、リーゼロッテは小路を急いだ。
曲がりくねった小路の先、木々の間から馬影が垣間見えた。ほっとして駆け寄ろうとする。だがその横に馬を引く人物がいて、リーゼロッテは思わずその足を止めた。
「ジーク……ヴァルト様……?」
信じられないが、あれが幻だったら今度こそ心が死んでしまいそうだ。
声も届かない距離にもかかわらず、ジークヴァルトははっとこちらを見やった。馬の手綱を離し、一目散にこちらに向かってくる。夢にまで見たあのジークヴァルトが。
気づいたら駆けだしていた。うす汚れた服も、ざんばらな髪も、痛む裸足のことも何もかも忘れて、なりふり構わず胸に飛び込んだ。
強く強く抱擁を交わす。
「リーゼロッテ」
「ジークヴァルト様……」
夢だと思いたくなくて、その頬に手を伸ばした。
きつく抱きしめられたまま、唇を塞がれる。確かめるように舌を絡め、お互いの熱を分け合った。
泣きじゃくりながら息もつけない。それでもリーゼロッテは、ジークヴァルトと何度も何度も口づけを交わした。
「ぁ……んヴァルト様……ベッティがわたくしを、んん、逃がして……くれて……」
口づけの合間に必死に訴える。助けに行かないと間に合わない。胸を叩くも、力なく縋りついているだけに終わってしまった。
「王城側からカイたちが向かったはずだ。今頃到着している。問題はない」
そう言ってさらに深く口づけられた。絡めた舌先から、青の力が包むように体の中に入り込んでくる。
あたたかい波動に、もう何も考えられなくなる。その青に溺れて、リーゼロッテは安堵の中、意識を手放した。
この後、ジークヴァルトはリーゼロッテを馬の背に乗せて、単独で裏口から公爵家に帰ることになる。
そんな事とは露も知らないアデライーデたちが、真実を知らされたのはその日の夕刻だ。徹夜で必死に探し回っていた面々に、鬼の形相をされたのは言うまでもない。
はーい、わたしリーゼロッテ。第4章はここで終了、登場人物紹介と番外編ひとつ挟んで、第5章突入です!
それでは第5章「森の魔女と託宣の誓い」でお会いできること、楽しみにしておりますわ!
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