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第4章 宿命の王女と身代わりの託宣
第23話 よろこびの調べ
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【前回のあらすじ】
深夜リーゼロッテの元にやってきたのは、盲目の神官レミュリオで。とうとう姿をあらわした黒幕に、リーゼロッテは決死の思いで対峙します。自らを青龍そのものと主張するレミュリオ。話が通じない相手を前に、リーゼロッテはただ恐怖して。
レミュリオの圧倒的な力になす術もないリーゼロッテは、間一髪のところでジークヴァルトの守り石に助けられます。
その同時刻、森の奥深くで青々と茂る畑を見つけたベッティ。神殿で媚薬の原料となる植物が栽培されていることを知り、その証拠を空へと飛ばします。リーゼロッテの奪還に向けて、少しずつ事態が動き出すのでした。
日が昇る直前、暁の時刻にリーゼロッテは浅い眠りからふと目覚めた。神経が高ぶって、寝台で眠ることなどできなかった。窓辺で毛布に包まりながら、アルフレート二世を胸にようやく寝入った矢先のことだ。
鍵が回される音に戦慄が走る。再びあの男がやってきたのか。
「リーゼロッテ様ぁ、わたしですぅ」
ベッティのささやき声に力が抜ける。アルフレート二世を放り出して、一目散に抱きついた。緊張の糸がぷつりと切れて、あふれ出た涙が止められなくなる。何も言わずに背をさすりながら、ベッティはやさしく抱きしめてくれた。
「体はどこかおつらいところはございませんかぁ?」
しばらくすると、ベッティが気づかわしげに聞いてきた。自分が襲われたと思っているのかもしれない。守り石を手に、リーゼロッテは首を振った。
「危ないところだったけれど、わたくしちゃんと逃げ切れたの。ヴァルト様の石が守ってくれたから」
「ではやはり黒幕はここにやってきたのですねぇ?」
頷くとベッティは再びリーゼロッテを抱きしめた。
「よく頑張られましたねぇ。さぞや怖かったことと思いますぅ」
「ありがとう……ベッティ」
「今回はベッティの不手際でしたぁ。そばでお守りできなかったこと、お詫び申し上げますぅ」
「いいえ、あれをわたくしが口にしてたら、きっともっとひどい事になっていたわ。こうして無事でいられるのもベッティがいてくれたおかげよ」
「そう言っていただけるとベッティも気が軽くなりますよぅ」
ほっとしたようにベッティは少しだけ笑った。そこに疲労の色を見て、リーゼロッテは慌ててベッティを椅子に座らせる。
「ベッティこそ大丈夫なの? つらいのにわたくしの様子を見に来てくれたのよね? ごめんなさい、無理させているのに気が回らなくって」
「……リーゼロッテ様はぁ、本当におやさしいですねぇ」
そう言いながらベッティは、逆にリーゼロッテを座らせた。この部屋には椅子はひとつしかないので、必然的にベッティが立つことになる。
「わたしなら大丈夫ですぅ、媚薬は体から抜けましたからぁ。お気遣いいたみいりますよぅ」
「そう、ならよかったわ」
「リーゼロッテ様は黒幕の正体を見たのですよねぇ?」
ふと真顔になったベッティに、リーゼロッテは頷いた。あの神官を思い浮かべるだけで、全身に鳥肌が立ちそうだ。
「そいつの名前を言うことはできますかぁ?」
そう問われて、リーゼロッテは口を開きかけた。だがすぐ困った顔になる。
「やっぱり龍に目隠しされるんですねぇ。いいですよぅ、分かってますからぁ」
「え? いえ、わたくしあの人の名前を忘れてしまって……」
その返事にベッティはぽかんとなった。
「でも見知った人ではあるのよ? ああ、ちょっと待って、もう少しで思い出せそうなの……! 確か、そう……『まみむめも』とか『らりるれろ』とか、そんな文字列の名前だったはずだわ」
「まみ……らりるぅ?」
「ああ駄目だわ、思い出せない! ちょっとこじゃれた感じの名前だったのに……!」
両手で頬を抑えながら、リーゼロッテは悔しそうに涙目になった。
「ぷ……ふふふぅ」
「ベッティ?」
いきなり笑われて、不思議顔になる。ベッティはリーゼロッテの両手を取った。
「次こそはこのベッティが必ずやお守りいたしますぅ。だからリーゼロッテ様はぁ、ずっとそのままでいてくださいませねぇ」
そう言った後もベッティは、しばらくの間、堪えきれないように忍び笑いし続けた。
◇
早朝、王城の庭の一角で、カイは神殿の方角を眺めやっていた。
手筈ではそろそろベッティが帰還してくる頃合いだ。潜入先の状況に応じては、数日程度ずれることはある。だがどうにも胸騒ぎが消えなくて、カイは難しい顔のままその場に佇んでいた。
誰かが近づく足音に、振り返りながらカイは人好きのする笑顔を向けた。
「おめずらしいですね、王城にいらっしゃるなんて」
「お前こそこんなトコで何してんだ?」
やってきたのはバルバナスだった。不機嫌そうな顔つきで、カイ同様、神殿へと目を向ける。
「おい、なんか情報持ってんだろう? いいからよこせ」
「騎士団に提供できるようなネタはありませんよ。こちらが教えて頂きたいくらいです」
「ぬかせ」
騎士団が秘密裏に神殿内部を探っていることは、カイも把握している。クリスティーナ王女の死に対して、バルバナスはいまだ不満を抱いているようだ。王女は託宣を果たすために命を落とした。ハインリヒがそれを病死と扱ったのは、大事にしたくなかったからなのだろう。
(王となってからハインリヒ様はまったく読めなくなった……)
最近のハインリヒが醸し出す雰囲気は、前王ディートリヒに感じていた畏怖と同等のものだ。打って変わってディートリヒと言えば、カイに対してすらやきもちを焼く、ただの愛妻家となり果てている。
「今日はアデライーデ様はいらっしゃらないんですね?」
「白々しい事言ってんじゃねぇよ。事情は全部知ってんだろう?」
神事の最中にリーゼロッテがいなくなったことはもちろん知っている。ジークヴァルトが謹慎を命ぜられたことも、アデライーデが公爵家を動けないでいることも。
機嫌が悪いのはそのせいもあるようだ。王城に来るときは必ず、アデライーデをそばに置いているバルバナスだった。
「あれは……」
ふと見上げた空にはっとする。バルバナスを残して、カイはその場を駆けだした。
風に舞うあの風船は、デルプフェルト家が使う非常時の通信手段だ。水に濡れれば溶けてなくなるようなものなので、普段は使われることもない。しかしあれが飛ばされたということは、任務中に誰かが緊急事態に陥った可能性もあった。
風向きを考えても、明らかに神殿方面から飛んできている。見失わないようにと、カイは懸命に追いかけた。
「くっそ、高いな」
上空に踊る風船を見上げ、苛立ち任せに舌打ちをする。近くの太い庭木に飛びついて、風に巻き上げられそうなところを、なんとか腕を伸ばして捕まえた。
(なんだ、これは)
風船に括りつけられていた袋には、一枚の葉が入っていた。青臭い香りが鼻をついて、枝の上、強い眩暈が一瞬襲う。瞬時に袋を閉じて、半ば落ちるようにカイは木を下った。
降り立った地面では、バルバナスが待っていた。これは何でもないと、誤魔化せそうにない状況だ。
「そりゃあなんだ? 神殿の方から飛んできただろう。見せてみろ」
「おやめになった方がいいですよ。これは今問題になっている媚薬の原料です」
「なんだと……?」
カイから袋をむしり取ると、バルバナスは鼻先に近づけた。顔をしかめてから、後方に向けて大声で叫ぶ。
「ランプ! ランプレヒト!」
「ハイハイ、ごヨウでしょうカぁ? マッタく、ばるばなすサマもヒトづかいのアライ。あでりーサマがイナイとホントめんどーデス」
「文句垂れてねぇで早く来い!」
茂みの間から姿を現したのは、ひとりの少年だった。王族に仕える小間使いの格好をしている。
「やぁ、はじめまして。君がかの有名な騎士団の薬師かな?」
「コレはコレは、かい・でるぷふぇるとサマ。忌み児サマとおアイできるナンテこうえいデス」
バルバナスが表に出したがらないが、騎士団には腕のいい薬師がいると聞いていた。なんでも騎士団が保護した異国の男と言う話だ。だが見た目がずっと少年のままで、年を取らないバケモノだとの噂もあった。
「くだらねぇこと言ってねぇで、これを見ろ」
「ムム、これハ……?」
受け取った袋を覗き込むと、瞬時にランプレヒトの顔つきが変わった。取り出した葉をしげしげと眺めやる。萎れてきているそれの匂いを嗅ぎ、何を思ったのかいきなり端っこにかじりついた。
「すンばらシイ! これハ、あノ媚薬ではナいデスか! アア、分析シタイ! いまスグ精製シタイっ!」
「例のブツに間違いはないんだな?」
「ハイ、マギれもナくれいのぶつデス。コレをイッタイどこカラ……?」
「神殿だ。おい、デルプフェルト。この件は騎士団で預かるぞ。ハインリヒには黙っとけ」
「いやぁそういう訳には……」
デルプフェルト家は王家の指示で動いている。いくら騎士団長の命令でも、従うわけにはいかなかった。
「いいんだよ。どうせこっちの動きは全部把握してんだろう? 好きにさせているのがハインリヒの答えってもんだ」
「強引ですね」
カイは困ったように返した。確かにハインリヒは、騎士団の動きもフーゲンベルク家の動きも、すべて知った上で、結局は自由にさせている。表面上押さえつけてはいるが、そこに強い意志は見受けられなかった。
騎士団はずっとこの媚薬の出所を探っていた。デルプフェルト家も別ルートで調査はしていたが、いずれにしても決め手となる情報は得られていない。
もし媚薬が神殿内部で作られているとしたら、騎士団が踏み込むいい口実となる。王家と神殿は危うい力関係を保っているが、さすがに国を挙げての事件とあっては、神殿側も調査を拒むことはできないだろう。
「分かりました。ただしその植物の分析結果は、きちんと王に報告してくださいよ。あと神殿に乗り込むときも同伴させてもらいます。うちの手の者を危険には曝したくないので」
「仕方ねぇな。そのくらいは譲歩してやる」
「寛大なお心、感謝いたします」
譲歩したのはむしろカイの方だが、バルバナス相手にそんなことを言っても時間の無駄だ。
(それよりもベッティだ)
神殿を抜け出せないのか、自分の意思で留まっているのか。届けられた物が物だけに、最悪の事態もあり得るかもしれない。
リーゼロッテの件も気がかりではあるが、そこは公爵家が勝手に動くだろう。あそこには参謀のマテアスがいる。このままジークヴァルトがおとなしくしているなど到底思えなかった。
どのみちカイは神殿内部の調査を命じられただけだ。騎士団や公爵家の動きを、阻止する権限は持ち合わせていない。
(それがハインリヒ様の答え、か……)
バルバナスの言うことも尤もだ。これから起こるすべての事は、緊急事態の事後承諾で済ませよう。カイはそんなふうに腹をくくった。
◇
エーミールは公爵家の屋敷の中を、いつものように巡回していた。
リーゼロッテが去ってから、異形の黒い影が増え始めた。どこに行っても重苦しい雰囲気だ。使用人たちのおしゃべりはトーン低めで、ギスギスしたやりとりも散見される。
日当たりのよいサロンにさしかかる。鬱陶しいほどはしゃぎまわっていた小鬼たちは、今ではほとんど見かけない。リーゼロッテ不在で使われることもなく、ここも閑散とした状態だ。
(人ひとりがいないだけで、こんなにも変わるものなのか……)
今の屋敷内はリーゼロッテが来る以前に戻っただけの話だ。それなのに、この状況に違和感を抱くのもおかしな話だろうか。
曲がった廊下、出会い頭に誰かとぶつかる。漏れかけた舌打ちは、すぐに驚きに変わった。
「エラ……」
「グレーデン様、申し訳ございません!」
エラは大きな包みを抱えている。それで前方がよく見えなかったのだろう。抱き留めた体を支え、エーミールはできるだけ平静を装った。
「いや、大丈夫だ。わたしも不注意だった」
「いいえ、わたしがきちんと前を見ていなかったせいです。申し訳ございませんでした」
エーミールの手を離れると、エラは頭を下げた。心ここにあらずと言った感じで、その顔色はあまりよくはない。
「エラ……ちゃんと休んでいるのか?」
「はい、お気遣いありがとうございます」
それだけ言うと、思いつめた表情でエラは黙り込んだ。リーゼロッテが行方不明となってから、ひと月以上は優に経つ。表向き王城にいる事になっているが、エラは真実を知る数少ない者のひとりだ。
「それを運ぶのか? ついでだ。わたしが持っていこう」
「いえ、重くはありませんから。グレーデン様のお手を煩わせることもございません」
礼を取ると、大事そうに荷物を抱えて、エラは足早に離れていった。エーミールを振り返ることもない。リーゼロッテが消えてから、エラが笑っている姿も見かけなくなった。
悲しみに沈んだ背を目で追っていく。ふいにエラが前方に何かを認めて、小走りに駆け寄った。その先にいたのはマテアスだった。
マテアスが振り向くと、エラは少しだけ笑顔を見せた。どこかほっとした表情に、エーミールの胸がちりと痛みを訴える。
何か会話をしたのち、抱えていた荷物をエラはマテアスに手渡した。マテアスも当たり前のように受け取って、そのままふたりは並んで廊下を歩き出す。
いたたまれなくなって、エーミールは逃げるようにその場を離れた。自分はどこで間違えてしまったのだろうか。失った信用はそう容易く取り戻せない。
(馬鹿馬鹿しい)
そもそもエラとの間に未来などなかったのだ。家のために生きるのは貴族として当然のこと。この感情に、一体何の意味があるというのか。
(今はジークヴァルト様を支えねば)
リーゼロッテが消えてから、彼はまるで生ける屍だ。エーミールの目から見ても、日増しに死相が濃くなっていくようで、どうにもできない自分がもどかしい。
せめて屋敷の平穏は守ろうと、エーミールは巡回を再開した。
◇
「マテアス!」
足早に歩く廊下を呼び止められ、マテアスは嫌な顔ひとつせず振り返った。
「今から執務室に戻るのですか?」
「はい。エラ様はそのお荷物、どうされたのですか?」
大きな包みを抱えた姿に首をかしげた。エラの立場なら、荷物など誰かに運ばせればいい。そうでなくとも彼女のためなら、何でもやるという人間がこの公爵家にはわんさかいる。
「これはお嬢様が東宮でお編みになっていたブランケットです」
「リーゼロッテ様のブランケットですか?」
「はい。明日は公爵様のお誕生日ですよね? マテアスからこちらを公爵様にお渡ししてもらえませんか?」
「それは構いませんが……わたしからでもいいのでしょうか?」
「お嬢様はこれを公爵様に差し上げる日を楽しみにしておられました。お嬢様ならきっと、公爵様のお誕生日に渡してほしいと思われるんじゃないかって……」
エラはそこで言葉を切った。唇をかみしめて、溢れそうになる涙を必死に堪えている。
「承知いたしました。こちらはわたしがお預かりさせていただきます。責任を持って明日、旦那様にお渡しいたしましょう」
包みを受け取ると、マテアスはエラを静かに見下ろした。色濃く浮かんだ目の下のクマが、眠れていないことを物語っている。
「リーゼロッテ様はわたしども公爵家が必ず取り戻してみせます。ですからリーゼロッテ様がいつお戻りになられてもいいように、エラ様は準備を万全にしてお待ちください。そのためにもエラ様は、しっかり眠って体調を整えてくださらないといけませんよ」
「はい……マテアス……ありがとう、マテアス」
唇を震わせたエラの瞳から涙がひと粒こぼれ落ちる。それを隠すように、慌ててエラは目をこすった。
「参りましょう」
見えなかったふりをして歩き出す。エラを部屋まで送ると、マテアスは一度自室へと戻った。息をつく間もなく、神殿の敷地の見取り図を広げる。ようやく手に入れたかなり詳細なものだ。
神殿内は基本、女人禁制だ。リーゼロッテのように目立つ令嬢がいたら、すぐさま噂になるだろう。しかしそんな話は一向に聞こえてこない。
地図上では神殿の奥深くは森が広がっているだけだ。だが騎士団が掴んだ情報では、一部の神官が奥まった方向へと足を運んでいるらしい。
(リーゼロッテ様が隠されているなら、やはりそこしかないか……)
奪還を目指すのならば、正面から乗り込むより後方から回った方が確実かもしれない。
アデライーデが騎士団と連絡を取り合ってくれるおかげで、公爵家では知り得ない情報も入手出来ている。しかし秘密裏で行われるやり取りは、タイムラグが生じている状況だ。
(迅速に動くには手駒が足りなすぎる)
公爵家の切り盛りにいかに長けていようと、マテアスはただの使用人でしかない。王族や神殿、騎士団の力関係を鑑みて、それぞれの動きを予測するのは困難を極めた。
選択を誤れば、公爵家が大ダメージを受けるのは目に見えている。かと言ってこのまま手をこまねいている訳にもいかなかった。正確な情報はもとより、臨機応変に動ける人材が必要だ。
そんな人物にはひとりだけ心当たりがある。マテアスは急ぎ部屋を出た。廊下の先に目当ての人間を見つけ、迷わずその背に声をかける。
「エーミール様、大事なお話がございます。少しばかりお時間を頂けませんか?」
「マテアス……貴様ごときがわたしに何の用だ」
エーミールは昔からマテアスを毛嫌いしている。使用人の立場で、ジークヴァルトに頼られているのが気に食わないのだ。その上、エラとの一件があった。マテアスの言葉に素直に耳を傾けるはずもない。
「たってのお願いがございます。エーミール様には王城騎士に志願していただきたいのです」
「王城騎士だと? わたしが忠誠を誓うのはジークヴァルト様だけだ。ふざけるのも大概にしろ」
エーミールの反応は予想通りだ。しかしここで引くわけにはいかない。
「ふざけてなどおりません。リーゼロッテ様を取り戻すために、騎士団との連携は必須。アデライーデ様の動きが封じられている今、エーミール様のお力が必要なのです」
「わたしの力が……?」
「騎士団とのパイプ役は重要であり、その分危険を伴います。それを任せられるような優秀で信頼のおける人間など、そうは見つかりません」
「それがわたしだと言いたいのか?」
「わたしの知る限り、エーミール様以外に適任者はおられません。どうか旦那様のため、エーミール様のお力を公爵家にお貸しください」
マテアスは深く頭を下げた。きっちりと腰を折り、エーミールの返答を待つ。
「……いいだろう、騎士団に入団してやる。ただし貴様に言われたから行くのではない。すべてはジークヴァルト様のためだ」
「もちろんでございます。エーミール様のご決断に心より感謝いたします」
マテアスの言葉を聞く前に、エーミールは去っていった。ああ見えてエーミールは努力家だ。やるときはやってくれると信じられた。
(これで少しは状況が開けるか……)
騎士団は神殿へ踏み込むタイミングを伺っている。その時が来るまでもっと情報を集めなければ。ガセネタを掴まされると判断を見誤る。ありとあらゆる事態を想定して、備えなくてはならなかった。
策略を巡らせて、気づけば日付が変わろうとしている。エラから預かった包みを抱えて、マテアスは執務室へと向かった。
◇
山積みの書類を無心で片づけていく。何も考えてはいけない。自分にはこの家を守る義務がある。領民を道連れにすることは許されない。だから、今は何も考えてはならない。
(リーゼロッテ――!)
抑えきれなくて、ジークヴァルトは目の前の書類を薙ぎ払いかけた。寸でのところで留まるも、すべてを破壊したい衝動に捕らわれる。
今彼女はどこにいるのか。つらい思いをしてないだろうか。怪我などは負っていないだろうか。ひとりで泣いてはいないだろうか。
なぜ自分はいまだここに座っているのか。なぜ彼女を探しに行かないのか。彼女以上に大切なものはありはしない。彼女のいない世界などなんの意味もない。
公爵家当主の立場として、この家を、領民を守る義務がある。だが言われるがままこなしてきた責務も、今は重い枷としか思えない。自分の正気がどこにあるのかすらも、ジークヴァルトはもうよく分からなくなっていた。
震える手をきつく握りしめる。寝ていない頭のまま、ジークヴァルトは書類に手を伸ばした。
何も考えてはいけない。でないと何をしでかすか分からない。ひたすら執務をこなし、限界が来たら気を失うように眠りについた。それも一時間もせずに目が覚めて、堂々巡りの日々に気が狂いそうだ。
リーゼロッテは託宣の相手だ。必ずこの腕に戻ってくるだろう。そんなことは分かっている。だが今彼女はここにいない。
叫び出したくなる衝動を堪え、握るペン先が細かく震えた。
「旦那様、今夜こそは部屋でお休みください」
「いい。必要ない」
様子を見に来たマテアスを無視して、書類にペンを滑らせる。部屋などに戻ったら、無意識にいない彼女の気配を探り続けて、余計に正気を保てなくなる。
「日付が変わりましたね。旦那様、お誕生日おめでとうございます」
一瞬、何を言われたのかが分からなくて、ジークヴァルトはマテアスの顔を見た。次いで怒りが込み上げてくる。こんな時に祝いの言葉など、伝える必要などあるというのか。
殺意交じりに睨みつけると、マテアスが大きな包みを差し出してくる。一瞬眉間にしわを刻むも、奪い取るように手に取った。
「エラ様にお預かりしました。リーゼロッテ様からの祝いの品とのことです」
彼女の波動が伝わってくる。その彩に、こころの奥が大きく震えた。
無我夢中で包みを開く。厚手のブランケットが腕の中、零れ落ちるように広がった。リーゼロッテのにおいがふわりと舞って、たまらなくなり顔をうずめた。逃がさないように、確かめるように、きつくきつく抱きしめる。
「リーゼロッテ様を取り戻すとしたら、騎士団が動く時以外にチャンスはありません。その時がいつ来てもいいように、今はきちんとお眠りください。そんな死にそうな顔で足手まといになるようでしたら、旦那様は屋敷に置いていきますからね」
それだけ言うとマテアスは執務室を出ていった。
手にしたブランケットを頭からかぶる。ジークヴァルトを包んでも、なお余るほどの大きさだ。不揃いの編み目から、手製のものだと見て取れる。これだけのものを編むのは、さぞ大変だったことだろう。
ソファの上、丸くなって目を閉じた。朝日が昇りきるまでジークヴァルトは、久しぶりに深い眠りに落ちたのだった。
◇
あれから数日、神官の監視が厳しくなった。ベッティとの食事の交換も、人目があってはすることはできない。
ベッティがこっそり堅パンを置いていってくれるので、何とか飢えはしのげていた。だがそれは同時にベッティの食べる分が減るということだ。心なしかベッティも痩せたように思えて、リーゼロッテはとても心苦しかった。
(いっそこれを食べてしまおうかしら……)
目の前の膳をじっと見つめる。あの男が言うように薬入りの食事を採った方が、ぼんやりして不安を感じなくなるだろう。お腹もいっぱいになるだろうし、何よりベッティから食べ物を奪わなくて済む。
『そんなマズイもの、リーゼロッテは食べちゃダメだからね。でないとお腹こわしちゃうんだから』
ふいに聞こえた声に苦笑いをする。アルフレート二世をぎゅっと抱きしめた。
「ええ、分かってるわ。ありがとうアルフレート二世」
『どういたしまして』
ベッティは黙々と掃き掃除を続けている。しゃべれない小間使いのふりは、完璧に続行されていた。今こうして落ち着いていられるのも、ベッティがそばにいてくれるからだ。だが彼女に自分を守る義務はない。
「ねぇ、アルフレート二世……あなたはもう、おうちに帰ってもいいのよ?」
『何言ってるのさ。ボクの居場所はリーゼロッテの隣だよ!』
アルフレート二世がぷんぷんと怒ったように言う。
『それに悪い奴の言う事なんてあてにならないじゃない。大丈夫、僕がちゃんと守ってあげるからね』
「ありがとう、アルフレート二世……」
涙が出そうになって、もふもふに顔をうずめた。あの男は次の満月が過ぎたら再び来ると言った。だがそれが守られる保証はどこにもありはしない。
胸に下がる守り石は、色褪せて随分とくすんでしまっている。あの日リーゼロッテを守るために、力を消費してしまったのだろう。次に襲われるときはもう、逃げることはできないかもしれない。
(怖い……)
正気を保てているのが不思議なくらいだ。漏れる嗚咽を抑えられなくて、リーゼロッテはアルフレート二世をさらに強く抱きしめた。
「ヴァルトさま……」
あの大きな腕を思って、リーゼロッテは眠りにつくまでずっと泣き続けた。
◇
(そろそろ限界かもですねぇ)
食べられそうな自生の植物を何とか探し当て、ベッティは雪道を急いだ。少しでも栄養のあるものを口にしなければ、いざという時に逃げ切れない。
リーゼロッテの言うように、一旦情報を持ち帰ることも考えた。しかしその間に別の場所に移されでもしたら、彼女の行方が分からなくなる。それでなくともベッティは、一度不審な動きを取ってしまった。薬草畑に続く方面には、あれ以来、人が配置されるようになった。
この奥まった場所には、全くというほど外の情報が入ってこない。ここに留まったままでいるのは、リーゼロッテと共倒れする可能性も十分あった。
(あの鳥は……)
白みかけた上空に、二羽の鷹が旋回している。あれはバルバナス所有の聖獣だ。アデライーデに下げ渡されて、もっぱら彼女が使役していると聞いていた。
騎士団が動き出している――
ベッティの飛ばした風船が無事に届いたのかもしれない。媚薬の存在が騎士団に伝われば、バルバナスは黙っていないだろう。リーゼロッテを連れ出すのなら、騎士団が神殿に踏み込む時が絶好の機会だ。
初動の遅れは命とりとなる。神殿内の些細な動きも逃してはならない。いつ何が起きてもいいようにと、ベッティは覚悟を決めた。
◇
まだ外が暗い中、リーゼロッテは毛布に包まったまま椅子で膝を抱えていた。またあの男が来るのではないかと思うと、無防備に眠るのが怖かった。
深い眠りにつくこともままならなくて、座ったままうとうとする毎日だ。空腹も当たり前のようになっていて、何かをする気力も体力も湧いてこない。
暗がりでうつらうつらとしていると、ふと耳に何か音が届いた。外から聞こえてくるそれは、はじめは気のせいかとも思った。しかし音は少しずつ近づいてくる。不思議に思って格子の間から、リーゼロッテは窓を少しだけ押し上げた。
隙間のできた窓の下から、冷たい風に乗ってそれは聞こえてくる。やけに軽快な音楽だ。そう、まるで行進曲のような。
つってけてー、つってけてー、つってけてけてけ、つってけてー
つってけてー、つってけてー、つってけてけてけ、つってけてー……
繰り返される音楽は、どんどんこちらに近づいてくる。自分はとうとう気がおかしくなったのだろうか? 窓の桟に現れた行列に、リーゼロッテは自分の正気を疑った。
きっちりと隊列を組んで、きのこが楽器を奏でている。鼓笛隊を思わせる行列は、リーゼロッテの前まで行進してきた。
先頭のしいたけが指揮棒を振って、その後ろをラッパを吹いたえのきが続く。しめじが上下に旗を振り、太鼓を持つのはエリンギだろうか。最後にネバネバしたなめこが数個、飛び跳ねながらついてくる。
つってけてー、つってけてー、つってけてけてけ、つってけてー
『ぜんたーい、とまれ!』
いち、に、のかけ声で、鼓笛隊は綺麗に行進を止めた。ごしごしと目をこするも、隊列は行儀よく目の前に並んでいる。
『お初にお目にかかりまする。貴女様は星読みの姫君でいらっしゃるかな?』
「え? 星読みの末裔とは言われたことはあるけれど……」
『よかった! 風の噂で姫君がひもじい思いをなさっていると聞き、仲間を集めてこうしてはせ参じた次第であります。姫君にお会いできたこと、心よりうれしく思いまする』
『うれしうれし!』
「それはわざわざありがとう……?」
よく分からないが、はるばる会いに来てくれたのだ。礼を言わないわけにはいかないだろう。
『途中、雪深い森で迷ってしまい、到着が遅れましたことお詫び申しあげまする』
『『『『お詫び申し上げまする!』』』』
しいたけ隊長が深々と頭を下げると、残りのきのこたちも同様に頭を下げた。
「そんな、頭を上げて。外は寒かったでしょう? 会いに来てくれただけでもうれしいわ」
『なんたるやさしいお言葉! 至極のよろこび!』
『よろこびよろこび!』
合いの手を入れながら、ぴょんこぴょんことなめこが跳ねる。
『道中、かの方の導きがなかったら、我らはもっと森を彷徨っていたやもしれませぬ』
「かの方の導き?」
隊列が割れ、その後ろ窓の外に影が射す。ぬっと現れた白い塊は、何と鶏のマンボウだった。
「マンボウ!?」
「おえっ!」
首を下げて窓の下から顔だけをのぞかせる。両手を伸ばすとマンボウは、すりすりと頬を寄せてきた。
「どうしてマンボウがここに……」
「おえっ」
『人の王に呼び戻されたとおっしゃられておりまする』
「人の王……? ハインリヒ王のことかしら?」
『かの方はこうもおっしゃられておりまする。この社に神おらず、支配するは憤怒の鱗』
「憤怒の鱗……?」
「おえっ」
太眉をきりりとさせて、マンボウはどや顔で頷いた。そのタイミングでリーゼロッテの腹の虫がきゅるると響く。
『おお、大事な役目を忘れるところでありました! 姫君にあらせられましては、空腹でさぞやつらき思いをされたことでしょう。我らきのこの中でも、滋養高き精鋭を集めました。どうぞお好きに召し上がりくだされませ』
「……え? あの、でも、だって」
隊長の言葉に耳を疑った。このしゃべるきのこたちを食べろと言うのか。
『遠慮などいりませぬ。我らは姫君の糧となるためはせ参じました。姫君の力になるとは、我ら魂が天に昇ると言うこと。それは我らが究極の誉。至高のうれしよろこびなのでありまする』
『うれしうれし! よろこびよろこび!』
きのこたちの熱いまなざしを一身に受けて、リーゼロッテは返事に詰まってしまった。とてもではないが、では遠慮なくとは言いづらい。
『森の仲間たちにも救援を要請しておきました。追加物資も届けられる手はずです。それにかの方も協力したいとおっしゃられておりまする』
「マンボウが協力を?」
視線を戻すと、マンボウはお尻をこちらに向けていた。突き出すように尾羽を震わせ、前傾姿勢で力み始める。
「え? え? え?」
羽毛を割り、マンボウのお尻からみるみるうちに白い玉が押し出されてくる。このまま落ちたら割れてしまう。咄嗟に思って、慌てて手を差し出した。間一髪でほかほかの塊が、リーゼロッテの手のひらの上、産み落とされた。
「た、たまご……?」
呆然と立派な楕円を見やる。
「マンボウ、あなたって雌鶏だったの……?」
赤い鶏冠を揺らしながら、どや顔でマンボウはおえっと振り返った。
『これで滋養も満点! どうぞ姫君、うれしよろこびで美味しくお食べくだされませ』
「あ! 隊長さん!」
電池が切れたように、きのこたちが一斉に倒れこんだ。窓枠に転がって、そのままピクリとも動かなくなる。
「隊長さん……?」
おそるおそる指でつついてみる。そこに並ぶのは、ただのきのこだった。
「リーゼロッテ様ぁ、起きていらしたのですかぁ?」
扉が開く音と共にベッティの声がした。
「ベッティ……今、きのこの鼓笛隊が……」
「あっ立派なきのこぉ! わぁ、こんなに大きな卵までぇ。ちょうどよかった一緒に調理しちゃいましょうねぇ」
「えっあっちょっ……!」
並んだきのこを取り上げて、ベッティは取り出したナイフをきらりと光らせた。あっという間にスライスされて、きのこ隊長は鍋の中に投げ込まれてしまった。
「あまりにおいの出るものは作れませんがぁ、今あったかいスープを用意いたしますからねぇ」
暖炉に小鍋をかけて、ことこととスープが煮え立ってくる。最後にマンボウの卵をスープに落とすと、木匙でかき混ぜながらベッティは仕上げに塩をぱらぱらと振った。
「塩味だけですがぁ、熱いうちにどうぞお召し上がりくださいぃ」
「だったらベッティも……」
「ベッティは外でいくらでも調達できますからぁ。遠慮なくお腹いっぱいお食べくださいましねぇ」
湯気の立つ小鍋をみやる。ゆっくりと流れる溶き卵の中で、きのこたちがくるくると躍っていた。
(隊長さん……)
誇らしげな顔が思い浮かんだ。具だくさんのスープをひと匙すくい取る。
だしの効いたスープが、喉元を通り過ぎていく。口にしたきのこたちを、リーゼロッテは大事に噛みしめた。
ゆっくりとゆっくりと、命を味わっていく。噛むほどによろこびが溢れ出て、リーゼロッテの頬に涙が伝った。
「お口に合いませんでしたかぁ?」
「いいえ、ベッティ……とっても……とっても美味しいわ……」
薄味のスープはやさしい味がした。沁み込むように体の奥から、じんわりとあったまっていく。
この日を境に森の動物たちが、リーゼロッテへと食べ物を運んでくれるようになったのだった。
【次回予告】
はーい、わたしリーゼロッテ。騎士団が神殿へと乗り込む直前、不穏な動きを見せる神官レミュリオ。捜査強行の知らせを受けたジークヴァルト様は、マテアスと共に急遽動き出します!
次回、4章第24話「奪還ののろし」 あわれなわたしに、チート、プリーズ!!
深夜リーゼロッテの元にやってきたのは、盲目の神官レミュリオで。とうとう姿をあらわした黒幕に、リーゼロッテは決死の思いで対峙します。自らを青龍そのものと主張するレミュリオ。話が通じない相手を前に、リーゼロッテはただ恐怖して。
レミュリオの圧倒的な力になす術もないリーゼロッテは、間一髪のところでジークヴァルトの守り石に助けられます。
その同時刻、森の奥深くで青々と茂る畑を見つけたベッティ。神殿で媚薬の原料となる植物が栽培されていることを知り、その証拠を空へと飛ばします。リーゼロッテの奪還に向けて、少しずつ事態が動き出すのでした。
日が昇る直前、暁の時刻にリーゼロッテは浅い眠りからふと目覚めた。神経が高ぶって、寝台で眠ることなどできなかった。窓辺で毛布に包まりながら、アルフレート二世を胸にようやく寝入った矢先のことだ。
鍵が回される音に戦慄が走る。再びあの男がやってきたのか。
「リーゼロッテ様ぁ、わたしですぅ」
ベッティのささやき声に力が抜ける。アルフレート二世を放り出して、一目散に抱きついた。緊張の糸がぷつりと切れて、あふれ出た涙が止められなくなる。何も言わずに背をさすりながら、ベッティはやさしく抱きしめてくれた。
「体はどこかおつらいところはございませんかぁ?」
しばらくすると、ベッティが気づかわしげに聞いてきた。自分が襲われたと思っているのかもしれない。守り石を手に、リーゼロッテは首を振った。
「危ないところだったけれど、わたくしちゃんと逃げ切れたの。ヴァルト様の石が守ってくれたから」
「ではやはり黒幕はここにやってきたのですねぇ?」
頷くとベッティは再びリーゼロッテを抱きしめた。
「よく頑張られましたねぇ。さぞや怖かったことと思いますぅ」
「ありがとう……ベッティ」
「今回はベッティの不手際でしたぁ。そばでお守りできなかったこと、お詫び申し上げますぅ」
「いいえ、あれをわたくしが口にしてたら、きっともっとひどい事になっていたわ。こうして無事でいられるのもベッティがいてくれたおかげよ」
「そう言っていただけるとベッティも気が軽くなりますよぅ」
ほっとしたようにベッティは少しだけ笑った。そこに疲労の色を見て、リーゼロッテは慌ててベッティを椅子に座らせる。
「ベッティこそ大丈夫なの? つらいのにわたくしの様子を見に来てくれたのよね? ごめんなさい、無理させているのに気が回らなくって」
「……リーゼロッテ様はぁ、本当におやさしいですねぇ」
そう言いながらベッティは、逆にリーゼロッテを座らせた。この部屋には椅子はひとつしかないので、必然的にベッティが立つことになる。
「わたしなら大丈夫ですぅ、媚薬は体から抜けましたからぁ。お気遣いいたみいりますよぅ」
「そう、ならよかったわ」
「リーゼロッテ様は黒幕の正体を見たのですよねぇ?」
ふと真顔になったベッティに、リーゼロッテは頷いた。あの神官を思い浮かべるだけで、全身に鳥肌が立ちそうだ。
「そいつの名前を言うことはできますかぁ?」
そう問われて、リーゼロッテは口を開きかけた。だがすぐ困った顔になる。
「やっぱり龍に目隠しされるんですねぇ。いいですよぅ、分かってますからぁ」
「え? いえ、わたくしあの人の名前を忘れてしまって……」
その返事にベッティはぽかんとなった。
「でも見知った人ではあるのよ? ああ、ちょっと待って、もう少しで思い出せそうなの……! 確か、そう……『まみむめも』とか『らりるれろ』とか、そんな文字列の名前だったはずだわ」
「まみ……らりるぅ?」
「ああ駄目だわ、思い出せない! ちょっとこじゃれた感じの名前だったのに……!」
両手で頬を抑えながら、リーゼロッテは悔しそうに涙目になった。
「ぷ……ふふふぅ」
「ベッティ?」
いきなり笑われて、不思議顔になる。ベッティはリーゼロッテの両手を取った。
「次こそはこのベッティが必ずやお守りいたしますぅ。だからリーゼロッテ様はぁ、ずっとそのままでいてくださいませねぇ」
そう言った後もベッティは、しばらくの間、堪えきれないように忍び笑いし続けた。
◇
早朝、王城の庭の一角で、カイは神殿の方角を眺めやっていた。
手筈ではそろそろベッティが帰還してくる頃合いだ。潜入先の状況に応じては、数日程度ずれることはある。だがどうにも胸騒ぎが消えなくて、カイは難しい顔のままその場に佇んでいた。
誰かが近づく足音に、振り返りながらカイは人好きのする笑顔を向けた。
「おめずらしいですね、王城にいらっしゃるなんて」
「お前こそこんなトコで何してんだ?」
やってきたのはバルバナスだった。不機嫌そうな顔つきで、カイ同様、神殿へと目を向ける。
「おい、なんか情報持ってんだろう? いいからよこせ」
「騎士団に提供できるようなネタはありませんよ。こちらが教えて頂きたいくらいです」
「ぬかせ」
騎士団が秘密裏に神殿内部を探っていることは、カイも把握している。クリスティーナ王女の死に対して、バルバナスはいまだ不満を抱いているようだ。王女は託宣を果たすために命を落とした。ハインリヒがそれを病死と扱ったのは、大事にしたくなかったからなのだろう。
(王となってからハインリヒ様はまったく読めなくなった……)
最近のハインリヒが醸し出す雰囲気は、前王ディートリヒに感じていた畏怖と同等のものだ。打って変わってディートリヒと言えば、カイに対してすらやきもちを焼く、ただの愛妻家となり果てている。
「今日はアデライーデ様はいらっしゃらないんですね?」
「白々しい事言ってんじゃねぇよ。事情は全部知ってんだろう?」
神事の最中にリーゼロッテがいなくなったことはもちろん知っている。ジークヴァルトが謹慎を命ぜられたことも、アデライーデが公爵家を動けないでいることも。
機嫌が悪いのはそのせいもあるようだ。王城に来るときは必ず、アデライーデをそばに置いているバルバナスだった。
「あれは……」
ふと見上げた空にはっとする。バルバナスを残して、カイはその場を駆けだした。
風に舞うあの風船は、デルプフェルト家が使う非常時の通信手段だ。水に濡れれば溶けてなくなるようなものなので、普段は使われることもない。しかしあれが飛ばされたということは、任務中に誰かが緊急事態に陥った可能性もあった。
風向きを考えても、明らかに神殿方面から飛んできている。見失わないようにと、カイは懸命に追いかけた。
「くっそ、高いな」
上空に踊る風船を見上げ、苛立ち任せに舌打ちをする。近くの太い庭木に飛びついて、風に巻き上げられそうなところを、なんとか腕を伸ばして捕まえた。
(なんだ、これは)
風船に括りつけられていた袋には、一枚の葉が入っていた。青臭い香りが鼻をついて、枝の上、強い眩暈が一瞬襲う。瞬時に袋を閉じて、半ば落ちるようにカイは木を下った。
降り立った地面では、バルバナスが待っていた。これは何でもないと、誤魔化せそうにない状況だ。
「そりゃあなんだ? 神殿の方から飛んできただろう。見せてみろ」
「おやめになった方がいいですよ。これは今問題になっている媚薬の原料です」
「なんだと……?」
カイから袋をむしり取ると、バルバナスは鼻先に近づけた。顔をしかめてから、後方に向けて大声で叫ぶ。
「ランプ! ランプレヒト!」
「ハイハイ、ごヨウでしょうカぁ? マッタく、ばるばなすサマもヒトづかいのアライ。あでりーサマがイナイとホントめんどーデス」
「文句垂れてねぇで早く来い!」
茂みの間から姿を現したのは、ひとりの少年だった。王族に仕える小間使いの格好をしている。
「やぁ、はじめまして。君がかの有名な騎士団の薬師かな?」
「コレはコレは、かい・でるぷふぇるとサマ。忌み児サマとおアイできるナンテこうえいデス」
バルバナスが表に出したがらないが、騎士団には腕のいい薬師がいると聞いていた。なんでも騎士団が保護した異国の男と言う話だ。だが見た目がずっと少年のままで、年を取らないバケモノだとの噂もあった。
「くだらねぇこと言ってねぇで、これを見ろ」
「ムム、これハ……?」
受け取った袋を覗き込むと、瞬時にランプレヒトの顔つきが変わった。取り出した葉をしげしげと眺めやる。萎れてきているそれの匂いを嗅ぎ、何を思ったのかいきなり端っこにかじりついた。
「すンばらシイ! これハ、あノ媚薬ではナいデスか! アア、分析シタイ! いまスグ精製シタイっ!」
「例のブツに間違いはないんだな?」
「ハイ、マギれもナくれいのぶつデス。コレをイッタイどこカラ……?」
「神殿だ。おい、デルプフェルト。この件は騎士団で預かるぞ。ハインリヒには黙っとけ」
「いやぁそういう訳には……」
デルプフェルト家は王家の指示で動いている。いくら騎士団長の命令でも、従うわけにはいかなかった。
「いいんだよ。どうせこっちの動きは全部把握してんだろう? 好きにさせているのがハインリヒの答えってもんだ」
「強引ですね」
カイは困ったように返した。確かにハインリヒは、騎士団の動きもフーゲンベルク家の動きも、すべて知った上で、結局は自由にさせている。表面上押さえつけてはいるが、そこに強い意志は見受けられなかった。
騎士団はずっとこの媚薬の出所を探っていた。デルプフェルト家も別ルートで調査はしていたが、いずれにしても決め手となる情報は得られていない。
もし媚薬が神殿内部で作られているとしたら、騎士団が踏み込むいい口実となる。王家と神殿は危うい力関係を保っているが、さすがに国を挙げての事件とあっては、神殿側も調査を拒むことはできないだろう。
「分かりました。ただしその植物の分析結果は、きちんと王に報告してくださいよ。あと神殿に乗り込むときも同伴させてもらいます。うちの手の者を危険には曝したくないので」
「仕方ねぇな。そのくらいは譲歩してやる」
「寛大なお心、感謝いたします」
譲歩したのはむしろカイの方だが、バルバナス相手にそんなことを言っても時間の無駄だ。
(それよりもベッティだ)
神殿を抜け出せないのか、自分の意思で留まっているのか。届けられた物が物だけに、最悪の事態もあり得るかもしれない。
リーゼロッテの件も気がかりではあるが、そこは公爵家が勝手に動くだろう。あそこには参謀のマテアスがいる。このままジークヴァルトがおとなしくしているなど到底思えなかった。
どのみちカイは神殿内部の調査を命じられただけだ。騎士団や公爵家の動きを、阻止する権限は持ち合わせていない。
(それがハインリヒ様の答え、か……)
バルバナスの言うことも尤もだ。これから起こるすべての事は、緊急事態の事後承諾で済ませよう。カイはそんなふうに腹をくくった。
◇
エーミールは公爵家の屋敷の中を、いつものように巡回していた。
リーゼロッテが去ってから、異形の黒い影が増え始めた。どこに行っても重苦しい雰囲気だ。使用人たちのおしゃべりはトーン低めで、ギスギスしたやりとりも散見される。
日当たりのよいサロンにさしかかる。鬱陶しいほどはしゃぎまわっていた小鬼たちは、今ではほとんど見かけない。リーゼロッテ不在で使われることもなく、ここも閑散とした状態だ。
(人ひとりがいないだけで、こんなにも変わるものなのか……)
今の屋敷内はリーゼロッテが来る以前に戻っただけの話だ。それなのに、この状況に違和感を抱くのもおかしな話だろうか。
曲がった廊下、出会い頭に誰かとぶつかる。漏れかけた舌打ちは、すぐに驚きに変わった。
「エラ……」
「グレーデン様、申し訳ございません!」
エラは大きな包みを抱えている。それで前方がよく見えなかったのだろう。抱き留めた体を支え、エーミールはできるだけ平静を装った。
「いや、大丈夫だ。わたしも不注意だった」
「いいえ、わたしがきちんと前を見ていなかったせいです。申し訳ございませんでした」
エーミールの手を離れると、エラは頭を下げた。心ここにあらずと言った感じで、その顔色はあまりよくはない。
「エラ……ちゃんと休んでいるのか?」
「はい、お気遣いありがとうございます」
それだけ言うと、思いつめた表情でエラは黙り込んだ。リーゼロッテが行方不明となってから、ひと月以上は優に経つ。表向き王城にいる事になっているが、エラは真実を知る数少ない者のひとりだ。
「それを運ぶのか? ついでだ。わたしが持っていこう」
「いえ、重くはありませんから。グレーデン様のお手を煩わせることもございません」
礼を取ると、大事そうに荷物を抱えて、エラは足早に離れていった。エーミールを振り返ることもない。リーゼロッテが消えてから、エラが笑っている姿も見かけなくなった。
悲しみに沈んだ背を目で追っていく。ふいにエラが前方に何かを認めて、小走りに駆け寄った。その先にいたのはマテアスだった。
マテアスが振り向くと、エラは少しだけ笑顔を見せた。どこかほっとした表情に、エーミールの胸がちりと痛みを訴える。
何か会話をしたのち、抱えていた荷物をエラはマテアスに手渡した。マテアスも当たり前のように受け取って、そのままふたりは並んで廊下を歩き出す。
いたたまれなくなって、エーミールは逃げるようにその場を離れた。自分はどこで間違えてしまったのだろうか。失った信用はそう容易く取り戻せない。
(馬鹿馬鹿しい)
そもそもエラとの間に未来などなかったのだ。家のために生きるのは貴族として当然のこと。この感情に、一体何の意味があるというのか。
(今はジークヴァルト様を支えねば)
リーゼロッテが消えてから、彼はまるで生ける屍だ。エーミールの目から見ても、日増しに死相が濃くなっていくようで、どうにもできない自分がもどかしい。
せめて屋敷の平穏は守ろうと、エーミールは巡回を再開した。
◇
「マテアス!」
足早に歩く廊下を呼び止められ、マテアスは嫌な顔ひとつせず振り返った。
「今から執務室に戻るのですか?」
「はい。エラ様はそのお荷物、どうされたのですか?」
大きな包みを抱えた姿に首をかしげた。エラの立場なら、荷物など誰かに運ばせればいい。そうでなくとも彼女のためなら、何でもやるという人間がこの公爵家にはわんさかいる。
「これはお嬢様が東宮でお編みになっていたブランケットです」
「リーゼロッテ様のブランケットですか?」
「はい。明日は公爵様のお誕生日ですよね? マテアスからこちらを公爵様にお渡ししてもらえませんか?」
「それは構いませんが……わたしからでもいいのでしょうか?」
「お嬢様はこれを公爵様に差し上げる日を楽しみにしておられました。お嬢様ならきっと、公爵様のお誕生日に渡してほしいと思われるんじゃないかって……」
エラはそこで言葉を切った。唇をかみしめて、溢れそうになる涙を必死に堪えている。
「承知いたしました。こちらはわたしがお預かりさせていただきます。責任を持って明日、旦那様にお渡しいたしましょう」
包みを受け取ると、マテアスはエラを静かに見下ろした。色濃く浮かんだ目の下のクマが、眠れていないことを物語っている。
「リーゼロッテ様はわたしども公爵家が必ず取り戻してみせます。ですからリーゼロッテ様がいつお戻りになられてもいいように、エラ様は準備を万全にしてお待ちください。そのためにもエラ様は、しっかり眠って体調を整えてくださらないといけませんよ」
「はい……マテアス……ありがとう、マテアス」
唇を震わせたエラの瞳から涙がひと粒こぼれ落ちる。それを隠すように、慌ててエラは目をこすった。
「参りましょう」
見えなかったふりをして歩き出す。エラを部屋まで送ると、マテアスは一度自室へと戻った。息をつく間もなく、神殿の敷地の見取り図を広げる。ようやく手に入れたかなり詳細なものだ。
神殿内は基本、女人禁制だ。リーゼロッテのように目立つ令嬢がいたら、すぐさま噂になるだろう。しかしそんな話は一向に聞こえてこない。
地図上では神殿の奥深くは森が広がっているだけだ。だが騎士団が掴んだ情報では、一部の神官が奥まった方向へと足を運んでいるらしい。
(リーゼロッテ様が隠されているなら、やはりそこしかないか……)
奪還を目指すのならば、正面から乗り込むより後方から回った方が確実かもしれない。
アデライーデが騎士団と連絡を取り合ってくれるおかげで、公爵家では知り得ない情報も入手出来ている。しかし秘密裏で行われるやり取りは、タイムラグが生じている状況だ。
(迅速に動くには手駒が足りなすぎる)
公爵家の切り盛りにいかに長けていようと、マテアスはただの使用人でしかない。王族や神殿、騎士団の力関係を鑑みて、それぞれの動きを予測するのは困難を極めた。
選択を誤れば、公爵家が大ダメージを受けるのは目に見えている。かと言ってこのまま手をこまねいている訳にもいかなかった。正確な情報はもとより、臨機応変に動ける人材が必要だ。
そんな人物にはひとりだけ心当たりがある。マテアスは急ぎ部屋を出た。廊下の先に目当ての人間を見つけ、迷わずその背に声をかける。
「エーミール様、大事なお話がございます。少しばかりお時間を頂けませんか?」
「マテアス……貴様ごときがわたしに何の用だ」
エーミールは昔からマテアスを毛嫌いしている。使用人の立場で、ジークヴァルトに頼られているのが気に食わないのだ。その上、エラとの一件があった。マテアスの言葉に素直に耳を傾けるはずもない。
「たってのお願いがございます。エーミール様には王城騎士に志願していただきたいのです」
「王城騎士だと? わたしが忠誠を誓うのはジークヴァルト様だけだ。ふざけるのも大概にしろ」
エーミールの反応は予想通りだ。しかしここで引くわけにはいかない。
「ふざけてなどおりません。リーゼロッテ様を取り戻すために、騎士団との連携は必須。アデライーデ様の動きが封じられている今、エーミール様のお力が必要なのです」
「わたしの力が……?」
「騎士団とのパイプ役は重要であり、その分危険を伴います。それを任せられるような優秀で信頼のおける人間など、そうは見つかりません」
「それがわたしだと言いたいのか?」
「わたしの知る限り、エーミール様以外に適任者はおられません。どうか旦那様のため、エーミール様のお力を公爵家にお貸しください」
マテアスは深く頭を下げた。きっちりと腰を折り、エーミールの返答を待つ。
「……いいだろう、騎士団に入団してやる。ただし貴様に言われたから行くのではない。すべてはジークヴァルト様のためだ」
「もちろんでございます。エーミール様のご決断に心より感謝いたします」
マテアスの言葉を聞く前に、エーミールは去っていった。ああ見えてエーミールは努力家だ。やるときはやってくれると信じられた。
(これで少しは状況が開けるか……)
騎士団は神殿へ踏み込むタイミングを伺っている。その時が来るまでもっと情報を集めなければ。ガセネタを掴まされると判断を見誤る。ありとあらゆる事態を想定して、備えなくてはならなかった。
策略を巡らせて、気づけば日付が変わろうとしている。エラから預かった包みを抱えて、マテアスは執務室へと向かった。
◇
山積みの書類を無心で片づけていく。何も考えてはいけない。自分にはこの家を守る義務がある。領民を道連れにすることは許されない。だから、今は何も考えてはならない。
(リーゼロッテ――!)
抑えきれなくて、ジークヴァルトは目の前の書類を薙ぎ払いかけた。寸でのところで留まるも、すべてを破壊したい衝動に捕らわれる。
今彼女はどこにいるのか。つらい思いをしてないだろうか。怪我などは負っていないだろうか。ひとりで泣いてはいないだろうか。
なぜ自分はいまだここに座っているのか。なぜ彼女を探しに行かないのか。彼女以上に大切なものはありはしない。彼女のいない世界などなんの意味もない。
公爵家当主の立場として、この家を、領民を守る義務がある。だが言われるがままこなしてきた責務も、今は重い枷としか思えない。自分の正気がどこにあるのかすらも、ジークヴァルトはもうよく分からなくなっていた。
震える手をきつく握りしめる。寝ていない頭のまま、ジークヴァルトは書類に手を伸ばした。
何も考えてはいけない。でないと何をしでかすか分からない。ひたすら執務をこなし、限界が来たら気を失うように眠りについた。それも一時間もせずに目が覚めて、堂々巡りの日々に気が狂いそうだ。
リーゼロッテは託宣の相手だ。必ずこの腕に戻ってくるだろう。そんなことは分かっている。だが今彼女はここにいない。
叫び出したくなる衝動を堪え、握るペン先が細かく震えた。
「旦那様、今夜こそは部屋でお休みください」
「いい。必要ない」
様子を見に来たマテアスを無視して、書類にペンを滑らせる。部屋などに戻ったら、無意識にいない彼女の気配を探り続けて、余計に正気を保てなくなる。
「日付が変わりましたね。旦那様、お誕生日おめでとうございます」
一瞬、何を言われたのかが分からなくて、ジークヴァルトはマテアスの顔を見た。次いで怒りが込み上げてくる。こんな時に祝いの言葉など、伝える必要などあるというのか。
殺意交じりに睨みつけると、マテアスが大きな包みを差し出してくる。一瞬眉間にしわを刻むも、奪い取るように手に取った。
「エラ様にお預かりしました。リーゼロッテ様からの祝いの品とのことです」
彼女の波動が伝わってくる。その彩に、こころの奥が大きく震えた。
無我夢中で包みを開く。厚手のブランケットが腕の中、零れ落ちるように広がった。リーゼロッテのにおいがふわりと舞って、たまらなくなり顔をうずめた。逃がさないように、確かめるように、きつくきつく抱きしめる。
「リーゼロッテ様を取り戻すとしたら、騎士団が動く時以外にチャンスはありません。その時がいつ来てもいいように、今はきちんとお眠りください。そんな死にそうな顔で足手まといになるようでしたら、旦那様は屋敷に置いていきますからね」
それだけ言うとマテアスは執務室を出ていった。
手にしたブランケットを頭からかぶる。ジークヴァルトを包んでも、なお余るほどの大きさだ。不揃いの編み目から、手製のものだと見て取れる。これだけのものを編むのは、さぞ大変だったことだろう。
ソファの上、丸くなって目を閉じた。朝日が昇りきるまでジークヴァルトは、久しぶりに深い眠りに落ちたのだった。
◇
あれから数日、神官の監視が厳しくなった。ベッティとの食事の交換も、人目があってはすることはできない。
ベッティがこっそり堅パンを置いていってくれるので、何とか飢えはしのげていた。だがそれは同時にベッティの食べる分が減るということだ。心なしかベッティも痩せたように思えて、リーゼロッテはとても心苦しかった。
(いっそこれを食べてしまおうかしら……)
目の前の膳をじっと見つめる。あの男が言うように薬入りの食事を採った方が、ぼんやりして不安を感じなくなるだろう。お腹もいっぱいになるだろうし、何よりベッティから食べ物を奪わなくて済む。
『そんなマズイもの、リーゼロッテは食べちゃダメだからね。でないとお腹こわしちゃうんだから』
ふいに聞こえた声に苦笑いをする。アルフレート二世をぎゅっと抱きしめた。
「ええ、分かってるわ。ありがとうアルフレート二世」
『どういたしまして』
ベッティは黙々と掃き掃除を続けている。しゃべれない小間使いのふりは、完璧に続行されていた。今こうして落ち着いていられるのも、ベッティがそばにいてくれるからだ。だが彼女に自分を守る義務はない。
「ねぇ、アルフレート二世……あなたはもう、おうちに帰ってもいいのよ?」
『何言ってるのさ。ボクの居場所はリーゼロッテの隣だよ!』
アルフレート二世がぷんぷんと怒ったように言う。
『それに悪い奴の言う事なんてあてにならないじゃない。大丈夫、僕がちゃんと守ってあげるからね』
「ありがとう、アルフレート二世……」
涙が出そうになって、もふもふに顔をうずめた。あの男は次の満月が過ぎたら再び来ると言った。だがそれが守られる保証はどこにもありはしない。
胸に下がる守り石は、色褪せて随分とくすんでしまっている。あの日リーゼロッテを守るために、力を消費してしまったのだろう。次に襲われるときはもう、逃げることはできないかもしれない。
(怖い……)
正気を保てているのが不思議なくらいだ。漏れる嗚咽を抑えられなくて、リーゼロッテはアルフレート二世をさらに強く抱きしめた。
「ヴァルトさま……」
あの大きな腕を思って、リーゼロッテは眠りにつくまでずっと泣き続けた。
◇
(そろそろ限界かもですねぇ)
食べられそうな自生の植物を何とか探し当て、ベッティは雪道を急いだ。少しでも栄養のあるものを口にしなければ、いざという時に逃げ切れない。
リーゼロッテの言うように、一旦情報を持ち帰ることも考えた。しかしその間に別の場所に移されでもしたら、彼女の行方が分からなくなる。それでなくともベッティは、一度不審な動きを取ってしまった。薬草畑に続く方面には、あれ以来、人が配置されるようになった。
この奥まった場所には、全くというほど外の情報が入ってこない。ここに留まったままでいるのは、リーゼロッテと共倒れする可能性も十分あった。
(あの鳥は……)
白みかけた上空に、二羽の鷹が旋回している。あれはバルバナス所有の聖獣だ。アデライーデに下げ渡されて、もっぱら彼女が使役していると聞いていた。
騎士団が動き出している――
ベッティの飛ばした風船が無事に届いたのかもしれない。媚薬の存在が騎士団に伝われば、バルバナスは黙っていないだろう。リーゼロッテを連れ出すのなら、騎士団が神殿に踏み込む時が絶好の機会だ。
初動の遅れは命とりとなる。神殿内の些細な動きも逃してはならない。いつ何が起きてもいいようにと、ベッティは覚悟を決めた。
◇
まだ外が暗い中、リーゼロッテは毛布に包まったまま椅子で膝を抱えていた。またあの男が来るのではないかと思うと、無防備に眠るのが怖かった。
深い眠りにつくこともままならなくて、座ったままうとうとする毎日だ。空腹も当たり前のようになっていて、何かをする気力も体力も湧いてこない。
暗がりでうつらうつらとしていると、ふと耳に何か音が届いた。外から聞こえてくるそれは、はじめは気のせいかとも思った。しかし音は少しずつ近づいてくる。不思議に思って格子の間から、リーゼロッテは窓を少しだけ押し上げた。
隙間のできた窓の下から、冷たい風に乗ってそれは聞こえてくる。やけに軽快な音楽だ。そう、まるで行進曲のような。
つってけてー、つってけてー、つってけてけてけ、つってけてー
つってけてー、つってけてー、つってけてけてけ、つってけてー……
繰り返される音楽は、どんどんこちらに近づいてくる。自分はとうとう気がおかしくなったのだろうか? 窓の桟に現れた行列に、リーゼロッテは自分の正気を疑った。
きっちりと隊列を組んで、きのこが楽器を奏でている。鼓笛隊を思わせる行列は、リーゼロッテの前まで行進してきた。
先頭のしいたけが指揮棒を振って、その後ろをラッパを吹いたえのきが続く。しめじが上下に旗を振り、太鼓を持つのはエリンギだろうか。最後にネバネバしたなめこが数個、飛び跳ねながらついてくる。
つってけてー、つってけてー、つってけてけてけ、つってけてー
『ぜんたーい、とまれ!』
いち、に、のかけ声で、鼓笛隊は綺麗に行進を止めた。ごしごしと目をこするも、隊列は行儀よく目の前に並んでいる。
『お初にお目にかかりまする。貴女様は星読みの姫君でいらっしゃるかな?』
「え? 星読みの末裔とは言われたことはあるけれど……」
『よかった! 風の噂で姫君がひもじい思いをなさっていると聞き、仲間を集めてこうしてはせ参じた次第であります。姫君にお会いできたこと、心よりうれしく思いまする』
『うれしうれし!』
「それはわざわざありがとう……?」
よく分からないが、はるばる会いに来てくれたのだ。礼を言わないわけにはいかないだろう。
『途中、雪深い森で迷ってしまい、到着が遅れましたことお詫び申しあげまする』
『『『『お詫び申し上げまする!』』』』
しいたけ隊長が深々と頭を下げると、残りのきのこたちも同様に頭を下げた。
「そんな、頭を上げて。外は寒かったでしょう? 会いに来てくれただけでもうれしいわ」
『なんたるやさしいお言葉! 至極のよろこび!』
『よろこびよろこび!』
合いの手を入れながら、ぴょんこぴょんことなめこが跳ねる。
『道中、かの方の導きがなかったら、我らはもっと森を彷徨っていたやもしれませぬ』
「かの方の導き?」
隊列が割れ、その後ろ窓の外に影が射す。ぬっと現れた白い塊は、何と鶏のマンボウだった。
「マンボウ!?」
「おえっ!」
首を下げて窓の下から顔だけをのぞかせる。両手を伸ばすとマンボウは、すりすりと頬を寄せてきた。
「どうしてマンボウがここに……」
「おえっ」
『人の王に呼び戻されたとおっしゃられておりまする』
「人の王……? ハインリヒ王のことかしら?」
『かの方はこうもおっしゃられておりまする。この社に神おらず、支配するは憤怒の鱗』
「憤怒の鱗……?」
「おえっ」
太眉をきりりとさせて、マンボウはどや顔で頷いた。そのタイミングでリーゼロッテの腹の虫がきゅるると響く。
『おお、大事な役目を忘れるところでありました! 姫君にあらせられましては、空腹でさぞやつらき思いをされたことでしょう。我らきのこの中でも、滋養高き精鋭を集めました。どうぞお好きに召し上がりくだされませ』
「……え? あの、でも、だって」
隊長の言葉に耳を疑った。このしゃべるきのこたちを食べろと言うのか。
『遠慮などいりませぬ。我らは姫君の糧となるためはせ参じました。姫君の力になるとは、我ら魂が天に昇ると言うこと。それは我らが究極の誉。至高のうれしよろこびなのでありまする』
『うれしうれし! よろこびよろこび!』
きのこたちの熱いまなざしを一身に受けて、リーゼロッテは返事に詰まってしまった。とてもではないが、では遠慮なくとは言いづらい。
『森の仲間たちにも救援を要請しておきました。追加物資も届けられる手はずです。それにかの方も協力したいとおっしゃられておりまする』
「マンボウが協力を?」
視線を戻すと、マンボウはお尻をこちらに向けていた。突き出すように尾羽を震わせ、前傾姿勢で力み始める。
「え? え? え?」
羽毛を割り、マンボウのお尻からみるみるうちに白い玉が押し出されてくる。このまま落ちたら割れてしまう。咄嗟に思って、慌てて手を差し出した。間一髪でほかほかの塊が、リーゼロッテの手のひらの上、産み落とされた。
「た、たまご……?」
呆然と立派な楕円を見やる。
「マンボウ、あなたって雌鶏だったの……?」
赤い鶏冠を揺らしながら、どや顔でマンボウはおえっと振り返った。
『これで滋養も満点! どうぞ姫君、うれしよろこびで美味しくお食べくだされませ』
「あ! 隊長さん!」
電池が切れたように、きのこたちが一斉に倒れこんだ。窓枠に転がって、そのままピクリとも動かなくなる。
「隊長さん……?」
おそるおそる指でつついてみる。そこに並ぶのは、ただのきのこだった。
「リーゼロッテ様ぁ、起きていらしたのですかぁ?」
扉が開く音と共にベッティの声がした。
「ベッティ……今、きのこの鼓笛隊が……」
「あっ立派なきのこぉ! わぁ、こんなに大きな卵までぇ。ちょうどよかった一緒に調理しちゃいましょうねぇ」
「えっあっちょっ……!」
並んだきのこを取り上げて、ベッティは取り出したナイフをきらりと光らせた。あっという間にスライスされて、きのこ隊長は鍋の中に投げ込まれてしまった。
「あまりにおいの出るものは作れませんがぁ、今あったかいスープを用意いたしますからねぇ」
暖炉に小鍋をかけて、ことこととスープが煮え立ってくる。最後にマンボウの卵をスープに落とすと、木匙でかき混ぜながらベッティは仕上げに塩をぱらぱらと振った。
「塩味だけですがぁ、熱いうちにどうぞお召し上がりくださいぃ」
「だったらベッティも……」
「ベッティは外でいくらでも調達できますからぁ。遠慮なくお腹いっぱいお食べくださいましねぇ」
湯気の立つ小鍋をみやる。ゆっくりと流れる溶き卵の中で、きのこたちがくるくると躍っていた。
(隊長さん……)
誇らしげな顔が思い浮かんだ。具だくさんのスープをひと匙すくい取る。
だしの効いたスープが、喉元を通り過ぎていく。口にしたきのこたちを、リーゼロッテは大事に噛みしめた。
ゆっくりとゆっくりと、命を味わっていく。噛むほどによろこびが溢れ出て、リーゼロッテの頬に涙が伝った。
「お口に合いませんでしたかぁ?」
「いいえ、ベッティ……とっても……とっても美味しいわ……」
薄味のスープはやさしい味がした。沁み込むように体の奥から、じんわりとあったまっていく。
この日を境に森の動物たちが、リーゼロッテへと食べ物を運んでくれるようになったのだった。
【次回予告】
はーい、わたしリーゼロッテ。騎士団が神殿へと乗り込む直前、不穏な動きを見せる神官レミュリオ。捜査強行の知らせを受けたジークヴァルト様は、マテアスと共に急遽動き出します!
次回、4章第24話「奪還ののろし」 あわれなわたしに、チート、プリーズ!!
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