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第4章 宿命の王女と身代わりの託宣
第21話 鳥籠のわがまま姫
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【前回のあらすじ】
夢見の神事の部屋から忽然と姿を消してしまったリーゼロッテ。聖女は青龍に神隠しに合ったとの神官長の言葉に、必死にリーゼロッテの姿を探すジークヴァルト。それを馬鹿にする神官に掴みかかるも、示し合わせたように現れたハインリヒ王に、謹慎を言い渡されてしまいます。
一方、攫われたリーゼロッテは見知らぬ部屋に閉じ込められ、ひとりきりの生活を余儀なくされるのでした。
薬草の味がするスープを何口かすすり、リーゼロッテはスプーンを置いた。あとは何も手をつけずに、扉の下の穴から盆を廊下へと押し戻す。
窓辺の椅子がリーゼロッテの定位置だ。格子のはめられた小さな窓から、降り積もる雪をただ眺めた。ぼんやりと過ごすだけで一日が終わっていく。時を止めたような毎日だ。
(ヴァルト様のお誕生日はもう過ぎてしまったかしら……)
東宮にいる間、頑張ってブランケットを編んだ。それを贈る日をずっとたのしみに待っていた。寒く凍える日に、ジークヴァルトをあたためられるように。そんなことを願って。
滑り落ちた涙が、手の甲の上、いくつも跳ねる。こんな日がいつまで続くのだろう。あらためて迎えに来るまで待てと言われた。だがその迎えが来たら、自分はどうなってしまうのか。
「青龍の花嫁……」
それを聞いたとき、生贄という言葉が浮かんだ。神の怒りを鎮めるために、人柱として乙女が差し出されるのは、物語でよくある話だ。
(わたしは龍から託宣を受けたのに……)
怪しげな頭巾の神官たちは、カルト教的な一団なのかもしれない。
逃げ出そうにも、扉が開けられる機会もない。体調不良を装って、ひとが入って来たときに隙をついて部屋から出るか。
しかしこの雪の中を逃げ切る自信はなかった。やみくもに飛び出しても、凍死するのが落ちだろう。そもそもここがどこなのかもわからない。外で助けを求めようにも、見える景色は雪にうずもれた森が広がるばかりだ。
あれこれ考えているうちに、霞がかかったように思考がぼんやりとしはじめる。半分まどろみながら、リーゼロッテは身じろぎひとつせず外を眺めやっていた。
ふいに扉から音がした。もう次の食事の時間だろうか。下から盆が差し入れられるのかと思いきや、前触れなく扉が開かれた。
驚いて立ち上がる。そこには白頭巾の神官が三人いた。
「聖女様、今日はこの者を連れて参りました。日中だけ、聖女様の世話をいたします」
しゃがれ声の神官がそう言うと、後ろから背を丸めた白髪の老婆がおどおどと現れた。箒やバケツを手にしていて、そういえばこの部屋に来てから掃除など一度もしてないなどと、リーゼロッテは明後日なことを思った。
部屋の中にその老婆だけが足を踏み入れた。神官たちは廊下に立ったまま入ってこようとはしない。
怯えた様子で老婆はリーゼロッテに近づいてくる。その顔を間近で見た時、リーゼロッテは驚きのあまり大きな声を上げた。
「べっ……!」
そのタイミングで目の前の老婆が盛大に転んだ。手にしたブリキのバケツが床を跳ねて、リーゼロッテの声をかき消していく。
「何をしているんだ!」
頭巾神官のひとりが、忌々しげに倒れる老婆に歩み寄った。罰を与えるために腕を振り上げる。
「やめて! 乱暴なことはしないで!」
転んだままの老婆を庇う。リーゼロッテが立ちふさがると、神官はすぐに廊下まで身を引いた。
倒れる老婆を助け起こすと、それはやはりベッティだった。老婆だと思ったのは白髪のせいだ。驚きのまま口を開こうとしたリーゼロッテを制するように、人差し指がベッティの唇にあてられた。
さりげないその動きに、神官たちは気づかなかったようだ。何か事情があるのだと、リーゼロッテは瞬時に口をつぐんだ。
再び扉に鍵がかけられる。廊下に見張りの神官をひとり残して、他の神官は行ってしまった。残ったのは先ほどベッティに手を上げようとした神官だ。頭巾で顔は見えないが、声からするに若い男なのだろう。
その間にベッティは転がった道具をかき集め、部屋の中を掃除し始めた。おぼつかない手つきで床を掃くと、今度は膝を下につけ雑巾で床を磨いていく。
黙々と拭き掃除を続ける背中を、リーゼロッテは目で追った。話をしたいが、神官が扉の小窓から見張っている。どうしたものかと思案しているうちに、神官が話しかけてきた。
「その下女に助けを求めても無駄ですよ。それは口がきけなければ耳も聞こえません」
扉の小窓を見やると、頭巾からのぞく目がうれしそうに細められた。今まで幾度もした問いかけを、駄目で元々で問うてみる。
「わたくしをいつまでここに閉じ込めておくつもりですか?」
「それは青龍次第です。聖女様をお待たせして申し訳ないのですが、何しろ我々の青龍は忙しい身なもので」
「我々の青龍……?」
リーゼロッテが小首をかしげると、神官は興奮ぎみに凝視してくる。似たような視線を、神事へ向かう廊下でたくさん浴びた。この神官もまた『リーゼロッテの演じる聖女』を信奉するひとりなのかもしれない。
床磨きを続けていたベッティが、いきなりすっくと立ちあがった。扉の真横なので、神官からは死角となってその動きは見えないようだ。ベッティは「しぃっ」と指を唇にあてたまま、空いた手で扉をちょいちょいと指し示す。
そのまま神官の気を引いておけ。そんな指令と受け取って、リーゼロッテは再び神官に視線を投げた。
「聖女であるわたくしを待たせるなんて失礼です。それにあなた方も、いきなり先ぶれもなくやってくるなんて、礼儀に反しておりますわ」
神官相手に貴族の作法など通用しないだろうが、聖女の威厳を出そうとした結果そんな言葉になった。強引かとも思ったが、神官の声が困ったようにすぼめられる。
「ここへは決められた者が、決められた時間にしか来られません。そこは辛抱していただければと……」
「そんなもの、わたくしには関係ないことですわ。ここでの待遇もひどすぎます。話し相手もおらずひとり放っておかれて、どんなにさみしい思いをしているか……」
「それで食事もろくにのどを通らないのですね……なんて繊細な……」
涙目で訴えると、神官がくわっと目を見開いた。呼吸も荒く小窓に張り付いて、リーゼロッテの一挙手一投足に目を奪われている。
「ここから出してはいただけませんか……?」
「い、いえ、それはできません」
「どうしても?」
「ど、どうしても」
上目づかいで懇願するも、神官は絆されない。今度はぷうっと頬を膨らませて、リーゼロッテは可愛らしく神官を睨み上げた。
「ひどい」
「そんな、ひどいと言われてもっ」
神官が動揺している間に、そうっとベッティが扉へと壁伝いに近づいていく。手にした細長い筒を口元にあて、小窓からのぞく神官に向かって狙いを定めた。
ふっと吹かれたと思った直後、神官は扉の向こうで崩れ落ちた。次いで大きないびきが聞こえてくる。
「ふぅ、ナイスアシストですぅ」
大げさに額をぬぐうと、ベッティはリーゼロッテに向けてにやっと笑った。
「ベッティ……!」
「なんだか大変な目にお合いのようですねぇ」
勢いよく抱き着くと、よしよしと頭を撫でられる。
「心細かったことと思いますがぁ、眠り針の効果もそう長いものではありませんのでぇ、何がどうしてこうなったのか手短に話をお聞かせ願いますかぁ?」
事の次第を涙ながらに説明すると、ベッティは深く頷いた。
「なるほどですぅ。カイ坊ちゃまの見立て通り、黒幕のにおいがぷんぷんですねぇ」
「一体ここはどこなの? わたくし、それすらも分からなくて……」
「ここは神殿の奥深くですぅ。わたしも目隠しをされたまま連れて来られたので景色などは見えなかったのですがぁ、まぁ大体の場所はつかめた感じですねぇ」
「やっぱりここは神殿なのね……」
聞こえてくる弔いの鐘は、王城にいた時よりも遠く、東宮で聞こえる鐘の音よりも近く耳に届いた。王城に隣接する神殿の外れであるなら納得もいく。
「なんとかうまく逃げ出せないかしら?」
「ここはかなり奥まった場所なのでぇ、森ひとつ越えないと本神殿にはたどり着けませんねぇ。闇雲に飛び出すのは自殺行為かとぉ」
「そう……それにしてもベッティはどうしてここに?」
反応から察するに、都合よく自分を助けに来たと言うわけではなさそうだ。
「まぁ、ちょっとした潜入捜査ですぅ。あいにく外部との連絡もすぐに取れない状況でしてぇ、申し訳ないのですがリーゼロッテ様は自力で頑張っていただけますかぁ」
「えっ!? ええ、そうよね……ベッティは大事なお役目で忙しいんだものね……」
しゅんとうなだれると、ベッティはぷっとふき出した。
「とはいえできる範囲でお守りはいたしますよぅ。今のリーゼロッテ様の状況を放置したらぁ、きっとカイ坊ちゃまに叱られますからぁ」
「ありがとう、ベッティ。一瞬ひどいって思ったけど、やっぱりベッティは頼りになるわね」
手を握り瞳を潤ませる。きょとんとなったベッティを前に、リーゼロッテは考え込んだ。
「部屋に入って来たとき、白髪のおばあちゃんって思ったけど、やっぱりそれを言ったらさすがにベッティも傷つくわよね……普段は茶色の髪だから、潜入のために染めているのかしら……」
「この白髪が地毛なんですぅ。目立つので普段は染めてる感じですねぇ。今回は下働きの無力な下女な設定ですのでぇ、染め直したりもできないので地毛のままにしてありますぅ」
「そうなのね……って、え? わたくし何か言った?」
驚くリーゼロッテを見て、顎に手を当てたベッティが「ふむ」と思案顔になる。
「それでリーゼロッテ様はぁ、ご自分がどうしてここへ連れて来られたと思っておいでですかぁ?」
「そうね……怒れる龍神への貢物と言えば生贄の純潔の乙女……ラノベとかだとありがちな設定よね……でもベッティにラノベとか言ってもワケワカメだろうし、なんて説明すればいいのかしら……?」
「なるほどぉ。確かに一部よく分からない言い回しがありますがぁ、普段リーゼロッテ様がこのベッティにまでお気を使ってくださっていることだけはぁ、大いに理解いたしましたぁ」
「え? わたくし今、何か口にした?」
「時にリーゼロッテ様ぁ、ここでの食事はどんなものが用意されますかぁ?」
急に話題を変えられたが、リーゼロッテは何の疑問を持たずに言葉を返した。
「いつも薬草くさいスープとかパンとか果物とかそんなところよ」
「薬草くさい……やはりそうですかぁ」
リーゼロッテに鼻を近づけながら、ふんふんとベッティはにおいをかいでくる。
「え? わたくし臭う? 体は毎日拭いているんだけれど……」
「いえ、リーゼロッテ様からはハリィエンジュの香りがしますからぁ」
「ハリィエンジュ?」
「煎じて飲むとちょっと素直になりすぎる植物ですぅ」
「素直になりすぎる植物……? 自白剤的な?」
不穏な言葉に眉をひそめる。
「自白剤というより判断能力が鈍くなってぇ、相手の言うことを何でも聞いてしまう感じですねぇ。微量だと嘘がつけずに本音が漏れてしまう程度ですがぁ」
「嘘がつけない……? 何それ、めちゃくちゃやばくない?」
「ご自覚もないようですしぃ、目の当たりにすると本当にやばいですねぇ」
「自覚なしでべらべらしゃべってしまうの? ドラ〇もんの秘密道具にそんなアイテムがあったわよね。ていうか、こんなこと知ってるなんて、ベッティって凄腕の諜報員みたい」
「みたいというか実際そうなんですがぁ……これはちょっと放置できませんねぇ」
困り顔のベッティを前に、リーゼロッテはこてんと首を傾けた。
「とにかくリーゼロッテ様はぁ、わたしがいいと言ったもの以外、今後は絶対に口になさらないでくださいましねぇ」
そう言ってベッティは目の覚めるようなまずいキャンディを、リーゼロッテの口に押し込んだ。
◇
(あやしい植物のせいで、脳内突っ込みが口から駄々漏れていたなんて……)
クソまずいキャンディは解毒剤だった。あの後ベッティの説明を受けて、リーゼロッテは恐怖に身を震わせた。少しずつ食事に混ぜることで徐々に思考を奪い、自分を意のままに操ろうとしていたのだ。
ぼんやりとして無気力になっていたのもそのせいだったらしい。自分を攫ってきた青龍とやらは、とんだ下衆に違いない。
あの日以来、日中はベッティが部屋に連れて来られるようになった。神官が廊下で見張っているため会話などはできないが、いてくれるだけで心強い。
(ミッションその一、しっかり食べる)
ここから逃げ出すための算段を、ベッティとあれこれ打ち合わせした。いざという時に体が動かないのでは、足手まといになりかねない。状況確認はベッティがするので、リーゼロッテは落ちてしまった体力を取り戻すべく、まずは食べるようにと指令が下った。
しかし危ないクスリ入りの食事は口にはできない。食べていいもの悪いもの、それはベッティが教えてくれることになっている。指一本はイエス、二本ならノーのサインだ。
慣れない手つきを装って、ベッティがリーゼロッテに食事を給仕していく。ベッティは驚くほど演技派だ。おどおどしながら用意する様は、本当に何も知らない小間使いのようだ。
(二本、二本、一本……)
見張りに見えないように、さりげなくベッティが指示を出す。結局、食べられるのは、オレンジひと欠けらのようだ。スープもパンも何かが仕込まれているらしい。
(これじゃますますやせ細りそうだわ)
黙々とオレンジをかじると、リーゼロッテはそこで食べる手を止めた。
「今日はそれだけですか?」
のぞき穴から神官が問いかけてくる。ローテーションでやってくる神官のうち、この男だけが口を開く。ほかの神官は無言で監視に徹するだけだ。
(ミッションその二。できるだけ会話をして情報を引き出す)
「だってこんなもの、わたくしの口に合わないもの。もっと甘いものが食べたいですわ」
「いえ、ここは規律ある神殿ですので、そういったものは……」
「ここは神殿なのね?」
「あ、いやっそのっ、そうだったりそうじゃなかったり……それはそうとそちらの野菜スープなどはすごく体に良いのですよ?」
「いやですわ。こんなまずいもの食べられません」
つんと顔をそらすと神官が悲しそうな瞳になる。
「それを食べていただけると、こちらとしてもありがたいのですが……」
どうやら食事に薬草が仕込まれていることを知っているらしい。半眼でにらみつけると、なぜか男は顔を赤くした。
「わたくしビョウのパイが食べたいです。サクサクとろとろのおいしいパイなら、いっぱい食べられそうですわ」
「えっ!? 今の時期にビョウなんて手に入らないですし……」
「ビョウじゃなきゃいやです。だってほかのものは喉を通らないんですもの」
涙目で見上げると、今度は見惚れたまま呆けてしまった。
「わかりました……聖女様のために何とかしてみます……」
(ミッションその三。ここにわたしがいるってことを外に知らせる)
季節外れのビョウなど、普段なら神殿が仕入れるはずもない。ベッティの話では、神殿で扱わない物を所望すれば、外部に不信な動きをにおわせられるとのことだった。
「もうひとつお願いしてもいいかしら?」
可愛らしく小首をかしげると、男はこくこくと頷いた。
「わたくしね、いつもアルフレートと一緒に眠っているの」
「アルフレート?」
「王都のお店で買ってもらった大きなクマの縫いぐるみよ。赤いリボンのついたとっても可愛い子なの。わたくしアルフレートがいないと、ひとりじゃ夜も眠れなくって……」
心細そうに瞳を潤ませる。
「そのアルフレートは今、どこにいるんですか?」
「公爵家のお部屋ですわ」
難しそうな顔をして、男は黙り込んだ。拒否というより、考え込んでいる表情だ。
(これはもうひと押しね)
瞳にもりもりと涙をためて、渾身の上目遣いでお願いする。
「ひとり寝はさみしいの……わたくしのためになんとかしていただけませんか……?」
「わっかりました! 必ずやアルフレートを連れてきます! このオスカーにお任せをっ」
(うわ、このひと、自分から名前言っちゃったわ)
見張り役としていかがなものか。悪の組織はもしかすると、人員不足なのかもしれない。
「ありがとうございます、オスカー様。わたくしとってもうれしいですわ」
「はっ、つい名乗ってしまった……! あの聖女様、できればこのことは内密に……」
「では、ふたりだけの秘密ですわね」
にっこりとほほ笑むと、オスカーの瞳にめろめろのハートマークが飛び散った。
◇
ビョウのパイが差し入れられたのは、それから三日後のことだ。リーゼロッテがほとんど食べないこともあってか、思いのほか早く要望が受け入れられた。
しかしパイの中には例のごとく怪しい成分が混入していた。そのためベッティサインにより敢え無く却下され、久ぶりのスイーツを前にリーゼロッテは涙を飲んだ。
「わたくし、もうパイの気分じゃないの」
居丈高にそう言って、美味しそうにこんがりと焼けたパイを断腸の思いで神官に突き返した。あの時の傷ついたオスカーの瞳が忘れられない。きっとリーゼロッテをよろこばせたくて、懸命に季節外れのビョウを用意してくれたのだろう。
異物混入を避けられるのは、調理していない果物だけだ。ビョウを丸ごと持って来いと駄々をこね、それ以来食事の膳には、小ぶりなビョウが必ずつくことになった。
そんなこんなでリーゼロッテが日々口にしているのは、季節外れのビョウだけだ。
(強制リンゴダイエットね。こんなんじゃどんどん体力が落ちていくわ……)
ほっそりした指先は、領地のお屋敷で引きこもりの令嬢生活をしていた頃に戻ったかのようだ。
指だけならまだしも、東宮で鍛え上げた体は見る影もない。全体的に薄くなった体はメリハリが失われ、まさに寸胴体型だ。
(うう……あんなにバストアップも頑張ったのに……)
なぜ胸はいちばん先に痩せていくのだろうか。ぺたんこに逆戻りしてしまった胸を見下ろして、リーゼロッテはひとり涙目になった。
その時ベッティを連れた神官が現れた。見張り役は三人の神官が当番制でやってくる。
おしゃべりなオスカー以外は、頑なに言葉を発しない。しゃがれ声の神官はいつも真面目にリーゼロッテを見張っているが、もうひとりの神官は途中どこかに行ってしまうようになった。
その神官は最近では侮蔑を含んだ視線を向けてくる。あれもいやこれもいやとわがままばかり言うリーゼロッテに、あきれ果てている様子だ。演技でそう見せているのに、なんだか悲しくなってしまう。
だが職務放棄をしてくれるおかげで、ベッティと心置きなく話ができるのだ。嫌われて上等と開き直るしかなかった。
今日は運がいいことに、その神官が担当だ。ベッティを部屋に押し込むと、神官はすぐに来た廊下を戻っていった。
「本日も食べられるのはこちらだけのようですねぇ」
「そう……」
ビョウを指さすベッティに、落胆の表情で答える。しゃくしゃくとかじるビョウはとても硬く酸っぱかった。季節外れなのだから仕方がない。
口の中、あっという間になくなってしまったビョウにため息を落とした。そこに食べ物はあるのに食べられない。こんな苦痛があるだろうか。
「うーん、このままではリーゼロッテ様が骨と皮になってしまいそうですねぇ。よろしければこちらをお食べになりますかぁ?」
心配顔のベッティがこげ茶の塊を差し出してくる。
「これは……?」
「堅パンですぅ。ベッティに配給されるものなのでぇ、お口には合わないとは思いますがぁ」
「でもそれじゃあ、ベッティの食べるものがなくなってしまうわ」
「わたしはこちらを食べますのでリーゼロッテ様はご遠慮なくぅ」
そう言うとベッティはリーゼロッテに用意された料理を、ひょいひょいと口に放り込んだ。
「え!? ベッティ、それ食べても大丈夫なの?」
「ご心配には及びませんよぅ。わたしは毒に体を慣らしてありますのでぇ、この程度ならまったく影響は受けませんからぁ」
さすが凄腕諜報員だ。そういう事ならと、リーゼロッテは遠慮なく堅パンを小さくかじった。口に入れたものの、噛んでも噛んでも飲み込めない。その手ごわい歯ごたえに、リーゼロッテは悪戦苦闘しながらようやくひと口目を胃に収めた。
「やっぱりお口に合いませんかぁ?」
「いえ、どこか懐かしい味がするわ」
それは乾パンのような風味がするからだろう。不思議顔のベッティをしり目に、リーゼロッテはゆっくりと堅パンを味わった。
「ありがとう、ベッティ。なんだか久しぶりに人心地がついたわ」
「これからはこの作戦で参りましょうかぁ。リーゼロッテ様が薬草入りの食事を食べるようになったと、奴らも油断するかもしれませんしぃ」
言いながらベッティは、あっという間に皿を空にした。
そのタイミングで見張りの神官が戻ってくる。ベッティはさっと気の弱い下女に戻って、掃き掃除をしはじめた。
平らげられたリーゼロッテのお膳を確認すると、見張りの神官の目がにんまりと細められたのだった。
◇
翌日、おしゃべりオスカーが足取りも軽くやってきた。オスカーだけはリーゼロッテに好意的だ。どんなにわがままを言おうと、同情とともに受け取ってくれる。お調子者のやさしい性格なのが、今までのやり取りから伝わってきた。
「聖女様! 今日はご希望のアレをお持ちしましたよ!」
「ご希望のアレ?」
見やると連れられたベッティが、大きなクマの縫いぐるみを抱えていた。
「アルフレート!」
受け取って抱きしめる。茶色のもふもふに顔をうずめた。
「あら? でもこの子、アルフレートじゃないわ……」
よく見ると顔つきが微妙に違う。アルフレートは真っ赤なリボンを首に巻いているが、目の前のクマは青いリボンをつけていた。
「すみません、さすがに貴族の屋敷からは持ち出せなくて……」
しゅんとするリーゼロッテを見て、オスカーがすまなそうに言った。
「いいえ、それでもわたくしうれしいですわ」
縫いぐるみを高々と持ち上げて、リーゼロッテは狭い部屋の中くるくると回った。スカートの裾がふわりと舞って、オスカーの目がその動きを追っていく。
「ありがとうございます、オスカー様!」
頬を染めて見上げると、ぽーっとしたままオスカーは鍵の束を手落とした。我に返ると、慌てて扉を閉めて鍵をかける。リーゼロッテが逃げ出さないのをいいことに、対応がだんだんゆるゆるとなっていた。
(ミッションその四。油断させるべし)
ここ数日、リーゼロッテは薬草入りの食事を完食していることになっている。食べているのはベッティなのだが、神官たちは薬が効いていると思っていることだろう。
「ふふ、あなたはアルフレート二世よ。これからよろしくね?」
リーゼロッテは今年で十七歳になる。そんな歳で縫いぐるみに語りかけるのもアレな話だが、今は薬が効いている聖女様の設定だ。今夜から一緒に寝ましょうね。恥ずかしげもなくそう言って、アルフレート二世のつぶらな瞳と見つめ合った。
『こちらこそよろしくね、リーゼロッテ』
耳に飛びこんできた甲高い声に、リーゼロッテは驚きで目を見開いた。思わず扉の小窓を見やると、オスカーが自分じゃないと首を振ってくる。
床に視線を落とす。すぐそこで、ベッティがごしごしと床を磨いていた。
『ボク、はちみつたっぷりのパンケーキが食べたいな!』
甲高い声が再び部屋の中に響いた。ベッティの口は動いていない。黙々と雑巾を持つ手を動かしているだけだ。
(もしかして腹話術……?)
そもそもベッティは口がきけない下女という役どころだ。同じことをオスカーが考えていたとして、それを披露しているのはリーゼロッテなのだと思うだろう。
『パンケーキが駄目ならお肉でもいいよ。血の滴る肉のカタマリ! リーゼロッテも好きでしょう?』
「い、いやだわ、アルフレート二世ったら。わたくし、お肉はウェルダン派よ」
腕に抱くクマと見つめ合って、やけくそのように会話する。自分は薬中聖女様なのだ。そう言い聞かせて開き直った。案の定、オスカーは目を白黒させている。
『ねー、そこのおしゃべり神官! リーゼロッテのために今度は肉料理、頼んだからね!』
「まあ、オスカー様に無理を言ってはいけないわ」
『リーゼロッテは気が弱いから、自分からは言い出せないでしょ? だからボクが言ってあげてるんじゃない。草ばっかり食べさせられて、リーゼロッテ痩せちゃってかわいそう! こんな時はお肉だよ。にくにくにくにく、おっにくぅ!』
これは最早ベッティが肉を食べたいだけなのだ。用意してもらえても、どうせリーゼロッテの口には入らない。
「いや、肉と言われても、我々神官は肉は禁止で……」
『リーゼロッテは神官じゃないでしょ? 可哀そうだって思わないの!?』
「そんなっ」
オスカーが困った顔をリーゼロッテに向けてくる。縫いぐるみのフリをして、リーゼロッテが言っていると思っているのだろう。とんだ濡れ衣だ。
「駄目よ、アルフレート二世。わたくしはお食事を用意してもらえるだけで、とてもありがたく思っているわ」
『いい子ちゃんな発言! ボク、リーゼロッテのそういうとこキライだな』
毒舌に思わず涙目になった。ベッティを見やるも、無表情で床を磨き続けている。
荒唐無稽な寸劇は、その後、幾日も繰り広げられた。
◇
「ふふー、お肉ぅ」
戦利品を前に、ベッティは上機嫌でフォークを構えた。その横で堅パンを片手に、リーゼロッテは悲壮な顔をした。このパンは噛めば噛むほど口の中の水分を持っていかれる。仕方なく、水に浸けてふやかしながら食べていた。
大きな肉の塊が、ベッティの口の中に消えていく。それを恨みがましそうに目で追って、リーゼロッテは味気ない堅パンを噛みしめた。
その瞬間、ベッティはせっかくの肉を勢いよく吐き出した。真剣な表情で水で口を漱いでは、バケツの中に吐き戻していく。
胃の中身を薄めるように、最後に水を飲みほした。乱暴に口元をぬぐうと、荒い息のままコップを置く。
「はぁ、よりにもよってこんな質の悪いものをぉ」
言うなりベッティは飴を何粒も口に放り込んだ。がりがりとかじるそれは、あのまずい解毒剤のキャンディだ。
「ベッティ、まさか強い毒が……?」
「そのまさかですぅ」
「そんな……!」
「ですがご安心をぉ。命に関わる類ではございませんのでぇ」
そう言いながらもベッティの息づかいはどんどん荒くなっていく。額に汗がにじみ、火照ったように顔が赤かった。
「油断したわたしが悪いんですぅ。こんなものがここで使われるなんて思ってもみなくってぇ」
「こんなもの……? 一体何の毒が入っていたの?」
「催淫剤……いわゆる媚薬ってやつですねぇ」
「媚薬!?」
ラノベでハプニングを起こす、よくあるアレだ。その言葉を聞いても現実感がなく、ただ驚くだけだった。
「しかも解毒剤の効かない新種のやっかいなヤツですねぇ。今、市井と一部の貴族の間で問題になってるんですよぉ。強力過ぎて国で禁止されておりますがぁ、事件が起きても出所がつかめなくて騎士団も手を焼いている案件ですぅ」
そんなものが神殿で手に入るとは思えない。一体どんなルートがあるというのか。
「そんなわけでしてリーゼロッテ様ぁ、今日のわたしはまるで使い物にならないかと思いますぅ。誠に申し訳ないのですがぁ、ご自分の身はご自分でお守りくださいませねぇ」
「え……?」
ますます顔が赤くなっていくベッティを不安げに見やる。
「恐らく……」
テーブルを支えにしながら、ベッティは苦しそうに息を吐きだした。
「今夜、黒幕がここへとやってきますぅ。リーゼロッテ様を、自分のものとするためにぃ――」
【次回予告】
はーい、わたしリーゼロッテ。媚薬の効果に倒れてしまったベッティ。夜も更けて、部屋に現れたのは盲目の神官で。真のラスボスとの対決に、ひとりで挑んだわたしの運命は……?
次回、4章第22話「青龍の紋」 あわれなわたしに、チート、プリーズ!!
夢見の神事の部屋から忽然と姿を消してしまったリーゼロッテ。聖女は青龍に神隠しに合ったとの神官長の言葉に、必死にリーゼロッテの姿を探すジークヴァルト。それを馬鹿にする神官に掴みかかるも、示し合わせたように現れたハインリヒ王に、謹慎を言い渡されてしまいます。
一方、攫われたリーゼロッテは見知らぬ部屋に閉じ込められ、ひとりきりの生活を余儀なくされるのでした。
薬草の味がするスープを何口かすすり、リーゼロッテはスプーンを置いた。あとは何も手をつけずに、扉の下の穴から盆を廊下へと押し戻す。
窓辺の椅子がリーゼロッテの定位置だ。格子のはめられた小さな窓から、降り積もる雪をただ眺めた。ぼんやりと過ごすだけで一日が終わっていく。時を止めたような毎日だ。
(ヴァルト様のお誕生日はもう過ぎてしまったかしら……)
東宮にいる間、頑張ってブランケットを編んだ。それを贈る日をずっとたのしみに待っていた。寒く凍える日に、ジークヴァルトをあたためられるように。そんなことを願って。
滑り落ちた涙が、手の甲の上、いくつも跳ねる。こんな日がいつまで続くのだろう。あらためて迎えに来るまで待てと言われた。だがその迎えが来たら、自分はどうなってしまうのか。
「青龍の花嫁……」
それを聞いたとき、生贄という言葉が浮かんだ。神の怒りを鎮めるために、人柱として乙女が差し出されるのは、物語でよくある話だ。
(わたしは龍から託宣を受けたのに……)
怪しげな頭巾の神官たちは、カルト教的な一団なのかもしれない。
逃げ出そうにも、扉が開けられる機会もない。体調不良を装って、ひとが入って来たときに隙をついて部屋から出るか。
しかしこの雪の中を逃げ切る自信はなかった。やみくもに飛び出しても、凍死するのが落ちだろう。そもそもここがどこなのかもわからない。外で助けを求めようにも、見える景色は雪にうずもれた森が広がるばかりだ。
あれこれ考えているうちに、霞がかかったように思考がぼんやりとしはじめる。半分まどろみながら、リーゼロッテは身じろぎひとつせず外を眺めやっていた。
ふいに扉から音がした。もう次の食事の時間だろうか。下から盆が差し入れられるのかと思いきや、前触れなく扉が開かれた。
驚いて立ち上がる。そこには白頭巾の神官が三人いた。
「聖女様、今日はこの者を連れて参りました。日中だけ、聖女様の世話をいたします」
しゃがれ声の神官がそう言うと、後ろから背を丸めた白髪の老婆がおどおどと現れた。箒やバケツを手にしていて、そういえばこの部屋に来てから掃除など一度もしてないなどと、リーゼロッテは明後日なことを思った。
部屋の中にその老婆だけが足を踏み入れた。神官たちは廊下に立ったまま入ってこようとはしない。
怯えた様子で老婆はリーゼロッテに近づいてくる。その顔を間近で見た時、リーゼロッテは驚きのあまり大きな声を上げた。
「べっ……!」
そのタイミングで目の前の老婆が盛大に転んだ。手にしたブリキのバケツが床を跳ねて、リーゼロッテの声をかき消していく。
「何をしているんだ!」
頭巾神官のひとりが、忌々しげに倒れる老婆に歩み寄った。罰を与えるために腕を振り上げる。
「やめて! 乱暴なことはしないで!」
転んだままの老婆を庇う。リーゼロッテが立ちふさがると、神官はすぐに廊下まで身を引いた。
倒れる老婆を助け起こすと、それはやはりベッティだった。老婆だと思ったのは白髪のせいだ。驚きのまま口を開こうとしたリーゼロッテを制するように、人差し指がベッティの唇にあてられた。
さりげないその動きに、神官たちは気づかなかったようだ。何か事情があるのだと、リーゼロッテは瞬時に口をつぐんだ。
再び扉に鍵がかけられる。廊下に見張りの神官をひとり残して、他の神官は行ってしまった。残ったのは先ほどベッティに手を上げようとした神官だ。頭巾で顔は見えないが、声からするに若い男なのだろう。
その間にベッティは転がった道具をかき集め、部屋の中を掃除し始めた。おぼつかない手つきで床を掃くと、今度は膝を下につけ雑巾で床を磨いていく。
黙々と拭き掃除を続ける背中を、リーゼロッテは目で追った。話をしたいが、神官が扉の小窓から見張っている。どうしたものかと思案しているうちに、神官が話しかけてきた。
「その下女に助けを求めても無駄ですよ。それは口がきけなければ耳も聞こえません」
扉の小窓を見やると、頭巾からのぞく目がうれしそうに細められた。今まで幾度もした問いかけを、駄目で元々で問うてみる。
「わたくしをいつまでここに閉じ込めておくつもりですか?」
「それは青龍次第です。聖女様をお待たせして申し訳ないのですが、何しろ我々の青龍は忙しい身なもので」
「我々の青龍……?」
リーゼロッテが小首をかしげると、神官は興奮ぎみに凝視してくる。似たような視線を、神事へ向かう廊下でたくさん浴びた。この神官もまた『リーゼロッテの演じる聖女』を信奉するひとりなのかもしれない。
床磨きを続けていたベッティが、いきなりすっくと立ちあがった。扉の真横なので、神官からは死角となってその動きは見えないようだ。ベッティは「しぃっ」と指を唇にあてたまま、空いた手で扉をちょいちょいと指し示す。
そのまま神官の気を引いておけ。そんな指令と受け取って、リーゼロッテは再び神官に視線を投げた。
「聖女であるわたくしを待たせるなんて失礼です。それにあなた方も、いきなり先ぶれもなくやってくるなんて、礼儀に反しておりますわ」
神官相手に貴族の作法など通用しないだろうが、聖女の威厳を出そうとした結果そんな言葉になった。強引かとも思ったが、神官の声が困ったようにすぼめられる。
「ここへは決められた者が、決められた時間にしか来られません。そこは辛抱していただければと……」
「そんなもの、わたくしには関係ないことですわ。ここでの待遇もひどすぎます。話し相手もおらずひとり放っておかれて、どんなにさみしい思いをしているか……」
「それで食事もろくにのどを通らないのですね……なんて繊細な……」
涙目で訴えると、神官がくわっと目を見開いた。呼吸も荒く小窓に張り付いて、リーゼロッテの一挙手一投足に目を奪われている。
「ここから出してはいただけませんか……?」
「い、いえ、それはできません」
「どうしても?」
「ど、どうしても」
上目づかいで懇願するも、神官は絆されない。今度はぷうっと頬を膨らませて、リーゼロッテは可愛らしく神官を睨み上げた。
「ひどい」
「そんな、ひどいと言われてもっ」
神官が動揺している間に、そうっとベッティが扉へと壁伝いに近づいていく。手にした細長い筒を口元にあて、小窓からのぞく神官に向かって狙いを定めた。
ふっと吹かれたと思った直後、神官は扉の向こうで崩れ落ちた。次いで大きないびきが聞こえてくる。
「ふぅ、ナイスアシストですぅ」
大げさに額をぬぐうと、ベッティはリーゼロッテに向けてにやっと笑った。
「ベッティ……!」
「なんだか大変な目にお合いのようですねぇ」
勢いよく抱き着くと、よしよしと頭を撫でられる。
「心細かったことと思いますがぁ、眠り針の効果もそう長いものではありませんのでぇ、何がどうしてこうなったのか手短に話をお聞かせ願いますかぁ?」
事の次第を涙ながらに説明すると、ベッティは深く頷いた。
「なるほどですぅ。カイ坊ちゃまの見立て通り、黒幕のにおいがぷんぷんですねぇ」
「一体ここはどこなの? わたくし、それすらも分からなくて……」
「ここは神殿の奥深くですぅ。わたしも目隠しをされたまま連れて来られたので景色などは見えなかったのですがぁ、まぁ大体の場所はつかめた感じですねぇ」
「やっぱりここは神殿なのね……」
聞こえてくる弔いの鐘は、王城にいた時よりも遠く、東宮で聞こえる鐘の音よりも近く耳に届いた。王城に隣接する神殿の外れであるなら納得もいく。
「なんとかうまく逃げ出せないかしら?」
「ここはかなり奥まった場所なのでぇ、森ひとつ越えないと本神殿にはたどり着けませんねぇ。闇雲に飛び出すのは自殺行為かとぉ」
「そう……それにしてもベッティはどうしてここに?」
反応から察するに、都合よく自分を助けに来たと言うわけではなさそうだ。
「まぁ、ちょっとした潜入捜査ですぅ。あいにく外部との連絡もすぐに取れない状況でしてぇ、申し訳ないのですがリーゼロッテ様は自力で頑張っていただけますかぁ」
「えっ!? ええ、そうよね……ベッティは大事なお役目で忙しいんだものね……」
しゅんとうなだれると、ベッティはぷっとふき出した。
「とはいえできる範囲でお守りはいたしますよぅ。今のリーゼロッテ様の状況を放置したらぁ、きっとカイ坊ちゃまに叱られますからぁ」
「ありがとう、ベッティ。一瞬ひどいって思ったけど、やっぱりベッティは頼りになるわね」
手を握り瞳を潤ませる。きょとんとなったベッティを前に、リーゼロッテは考え込んだ。
「部屋に入って来たとき、白髪のおばあちゃんって思ったけど、やっぱりそれを言ったらさすがにベッティも傷つくわよね……普段は茶色の髪だから、潜入のために染めているのかしら……」
「この白髪が地毛なんですぅ。目立つので普段は染めてる感じですねぇ。今回は下働きの無力な下女な設定ですのでぇ、染め直したりもできないので地毛のままにしてありますぅ」
「そうなのね……って、え? わたくし何か言った?」
驚くリーゼロッテを見て、顎に手を当てたベッティが「ふむ」と思案顔になる。
「それでリーゼロッテ様はぁ、ご自分がどうしてここへ連れて来られたと思っておいでですかぁ?」
「そうね……怒れる龍神への貢物と言えば生贄の純潔の乙女……ラノベとかだとありがちな設定よね……でもベッティにラノベとか言ってもワケワカメだろうし、なんて説明すればいいのかしら……?」
「なるほどぉ。確かに一部よく分からない言い回しがありますがぁ、普段リーゼロッテ様がこのベッティにまでお気を使ってくださっていることだけはぁ、大いに理解いたしましたぁ」
「え? わたくし今、何か口にした?」
「時にリーゼロッテ様ぁ、ここでの食事はどんなものが用意されますかぁ?」
急に話題を変えられたが、リーゼロッテは何の疑問を持たずに言葉を返した。
「いつも薬草くさいスープとかパンとか果物とかそんなところよ」
「薬草くさい……やはりそうですかぁ」
リーゼロッテに鼻を近づけながら、ふんふんとベッティはにおいをかいでくる。
「え? わたくし臭う? 体は毎日拭いているんだけれど……」
「いえ、リーゼロッテ様からはハリィエンジュの香りがしますからぁ」
「ハリィエンジュ?」
「煎じて飲むとちょっと素直になりすぎる植物ですぅ」
「素直になりすぎる植物……? 自白剤的な?」
不穏な言葉に眉をひそめる。
「自白剤というより判断能力が鈍くなってぇ、相手の言うことを何でも聞いてしまう感じですねぇ。微量だと嘘がつけずに本音が漏れてしまう程度ですがぁ」
「嘘がつけない……? 何それ、めちゃくちゃやばくない?」
「ご自覚もないようですしぃ、目の当たりにすると本当にやばいですねぇ」
「自覚なしでべらべらしゃべってしまうの? ドラ〇もんの秘密道具にそんなアイテムがあったわよね。ていうか、こんなこと知ってるなんて、ベッティって凄腕の諜報員みたい」
「みたいというか実際そうなんですがぁ……これはちょっと放置できませんねぇ」
困り顔のベッティを前に、リーゼロッテはこてんと首を傾けた。
「とにかくリーゼロッテ様はぁ、わたしがいいと言ったもの以外、今後は絶対に口になさらないでくださいましねぇ」
そう言ってベッティは目の覚めるようなまずいキャンディを、リーゼロッテの口に押し込んだ。
◇
(あやしい植物のせいで、脳内突っ込みが口から駄々漏れていたなんて……)
クソまずいキャンディは解毒剤だった。あの後ベッティの説明を受けて、リーゼロッテは恐怖に身を震わせた。少しずつ食事に混ぜることで徐々に思考を奪い、自分を意のままに操ろうとしていたのだ。
ぼんやりとして無気力になっていたのもそのせいだったらしい。自分を攫ってきた青龍とやらは、とんだ下衆に違いない。
あの日以来、日中はベッティが部屋に連れて来られるようになった。神官が廊下で見張っているため会話などはできないが、いてくれるだけで心強い。
(ミッションその一、しっかり食べる)
ここから逃げ出すための算段を、ベッティとあれこれ打ち合わせした。いざという時に体が動かないのでは、足手まといになりかねない。状況確認はベッティがするので、リーゼロッテは落ちてしまった体力を取り戻すべく、まずは食べるようにと指令が下った。
しかし危ないクスリ入りの食事は口にはできない。食べていいもの悪いもの、それはベッティが教えてくれることになっている。指一本はイエス、二本ならノーのサインだ。
慣れない手つきを装って、ベッティがリーゼロッテに食事を給仕していく。ベッティは驚くほど演技派だ。おどおどしながら用意する様は、本当に何も知らない小間使いのようだ。
(二本、二本、一本……)
見張りに見えないように、さりげなくベッティが指示を出す。結局、食べられるのは、オレンジひと欠けらのようだ。スープもパンも何かが仕込まれているらしい。
(これじゃますますやせ細りそうだわ)
黙々とオレンジをかじると、リーゼロッテはそこで食べる手を止めた。
「今日はそれだけですか?」
のぞき穴から神官が問いかけてくる。ローテーションでやってくる神官のうち、この男だけが口を開く。ほかの神官は無言で監視に徹するだけだ。
(ミッションその二。できるだけ会話をして情報を引き出す)
「だってこんなもの、わたくしの口に合わないもの。もっと甘いものが食べたいですわ」
「いえ、ここは規律ある神殿ですので、そういったものは……」
「ここは神殿なのね?」
「あ、いやっそのっ、そうだったりそうじゃなかったり……それはそうとそちらの野菜スープなどはすごく体に良いのですよ?」
「いやですわ。こんなまずいもの食べられません」
つんと顔をそらすと神官が悲しそうな瞳になる。
「それを食べていただけると、こちらとしてもありがたいのですが……」
どうやら食事に薬草が仕込まれていることを知っているらしい。半眼でにらみつけると、なぜか男は顔を赤くした。
「わたくしビョウのパイが食べたいです。サクサクとろとろのおいしいパイなら、いっぱい食べられそうですわ」
「えっ!? 今の時期にビョウなんて手に入らないですし……」
「ビョウじゃなきゃいやです。だってほかのものは喉を通らないんですもの」
涙目で見上げると、今度は見惚れたまま呆けてしまった。
「わかりました……聖女様のために何とかしてみます……」
(ミッションその三。ここにわたしがいるってことを外に知らせる)
季節外れのビョウなど、普段なら神殿が仕入れるはずもない。ベッティの話では、神殿で扱わない物を所望すれば、外部に不信な動きをにおわせられるとのことだった。
「もうひとつお願いしてもいいかしら?」
可愛らしく小首をかしげると、男はこくこくと頷いた。
「わたくしね、いつもアルフレートと一緒に眠っているの」
「アルフレート?」
「王都のお店で買ってもらった大きなクマの縫いぐるみよ。赤いリボンのついたとっても可愛い子なの。わたくしアルフレートがいないと、ひとりじゃ夜も眠れなくって……」
心細そうに瞳を潤ませる。
「そのアルフレートは今、どこにいるんですか?」
「公爵家のお部屋ですわ」
難しそうな顔をして、男は黙り込んだ。拒否というより、考え込んでいる表情だ。
(これはもうひと押しね)
瞳にもりもりと涙をためて、渾身の上目遣いでお願いする。
「ひとり寝はさみしいの……わたくしのためになんとかしていただけませんか……?」
「わっかりました! 必ずやアルフレートを連れてきます! このオスカーにお任せをっ」
(うわ、このひと、自分から名前言っちゃったわ)
見張り役としていかがなものか。悪の組織はもしかすると、人員不足なのかもしれない。
「ありがとうございます、オスカー様。わたくしとってもうれしいですわ」
「はっ、つい名乗ってしまった……! あの聖女様、できればこのことは内密に……」
「では、ふたりだけの秘密ですわね」
にっこりとほほ笑むと、オスカーの瞳にめろめろのハートマークが飛び散った。
◇
ビョウのパイが差し入れられたのは、それから三日後のことだ。リーゼロッテがほとんど食べないこともあってか、思いのほか早く要望が受け入れられた。
しかしパイの中には例のごとく怪しい成分が混入していた。そのためベッティサインにより敢え無く却下され、久ぶりのスイーツを前にリーゼロッテは涙を飲んだ。
「わたくし、もうパイの気分じゃないの」
居丈高にそう言って、美味しそうにこんがりと焼けたパイを断腸の思いで神官に突き返した。あの時の傷ついたオスカーの瞳が忘れられない。きっとリーゼロッテをよろこばせたくて、懸命に季節外れのビョウを用意してくれたのだろう。
異物混入を避けられるのは、調理していない果物だけだ。ビョウを丸ごと持って来いと駄々をこね、それ以来食事の膳には、小ぶりなビョウが必ずつくことになった。
そんなこんなでリーゼロッテが日々口にしているのは、季節外れのビョウだけだ。
(強制リンゴダイエットね。こんなんじゃどんどん体力が落ちていくわ……)
ほっそりした指先は、領地のお屋敷で引きこもりの令嬢生活をしていた頃に戻ったかのようだ。
指だけならまだしも、東宮で鍛え上げた体は見る影もない。全体的に薄くなった体はメリハリが失われ、まさに寸胴体型だ。
(うう……あんなにバストアップも頑張ったのに……)
なぜ胸はいちばん先に痩せていくのだろうか。ぺたんこに逆戻りしてしまった胸を見下ろして、リーゼロッテはひとり涙目になった。
その時ベッティを連れた神官が現れた。見張り役は三人の神官が当番制でやってくる。
おしゃべりなオスカー以外は、頑なに言葉を発しない。しゃがれ声の神官はいつも真面目にリーゼロッテを見張っているが、もうひとりの神官は途中どこかに行ってしまうようになった。
その神官は最近では侮蔑を含んだ視線を向けてくる。あれもいやこれもいやとわがままばかり言うリーゼロッテに、あきれ果てている様子だ。演技でそう見せているのに、なんだか悲しくなってしまう。
だが職務放棄をしてくれるおかげで、ベッティと心置きなく話ができるのだ。嫌われて上等と開き直るしかなかった。
今日は運がいいことに、その神官が担当だ。ベッティを部屋に押し込むと、神官はすぐに来た廊下を戻っていった。
「本日も食べられるのはこちらだけのようですねぇ」
「そう……」
ビョウを指さすベッティに、落胆の表情で答える。しゃくしゃくとかじるビョウはとても硬く酸っぱかった。季節外れなのだから仕方がない。
口の中、あっという間になくなってしまったビョウにため息を落とした。そこに食べ物はあるのに食べられない。こんな苦痛があるだろうか。
「うーん、このままではリーゼロッテ様が骨と皮になってしまいそうですねぇ。よろしければこちらをお食べになりますかぁ?」
心配顔のベッティがこげ茶の塊を差し出してくる。
「これは……?」
「堅パンですぅ。ベッティに配給されるものなのでぇ、お口には合わないとは思いますがぁ」
「でもそれじゃあ、ベッティの食べるものがなくなってしまうわ」
「わたしはこちらを食べますのでリーゼロッテ様はご遠慮なくぅ」
そう言うとベッティはリーゼロッテに用意された料理を、ひょいひょいと口に放り込んだ。
「え!? ベッティ、それ食べても大丈夫なの?」
「ご心配には及びませんよぅ。わたしは毒に体を慣らしてありますのでぇ、この程度ならまったく影響は受けませんからぁ」
さすが凄腕諜報員だ。そういう事ならと、リーゼロッテは遠慮なく堅パンを小さくかじった。口に入れたものの、噛んでも噛んでも飲み込めない。その手ごわい歯ごたえに、リーゼロッテは悪戦苦闘しながらようやくひと口目を胃に収めた。
「やっぱりお口に合いませんかぁ?」
「いえ、どこか懐かしい味がするわ」
それは乾パンのような風味がするからだろう。不思議顔のベッティをしり目に、リーゼロッテはゆっくりと堅パンを味わった。
「ありがとう、ベッティ。なんだか久しぶりに人心地がついたわ」
「これからはこの作戦で参りましょうかぁ。リーゼロッテ様が薬草入りの食事を食べるようになったと、奴らも油断するかもしれませんしぃ」
言いながらベッティは、あっという間に皿を空にした。
そのタイミングで見張りの神官が戻ってくる。ベッティはさっと気の弱い下女に戻って、掃き掃除をしはじめた。
平らげられたリーゼロッテのお膳を確認すると、見張りの神官の目がにんまりと細められたのだった。
◇
翌日、おしゃべりオスカーが足取りも軽くやってきた。オスカーだけはリーゼロッテに好意的だ。どんなにわがままを言おうと、同情とともに受け取ってくれる。お調子者のやさしい性格なのが、今までのやり取りから伝わってきた。
「聖女様! 今日はご希望のアレをお持ちしましたよ!」
「ご希望のアレ?」
見やると連れられたベッティが、大きなクマの縫いぐるみを抱えていた。
「アルフレート!」
受け取って抱きしめる。茶色のもふもふに顔をうずめた。
「あら? でもこの子、アルフレートじゃないわ……」
よく見ると顔つきが微妙に違う。アルフレートは真っ赤なリボンを首に巻いているが、目の前のクマは青いリボンをつけていた。
「すみません、さすがに貴族の屋敷からは持ち出せなくて……」
しゅんとするリーゼロッテを見て、オスカーがすまなそうに言った。
「いいえ、それでもわたくしうれしいですわ」
縫いぐるみを高々と持ち上げて、リーゼロッテは狭い部屋の中くるくると回った。スカートの裾がふわりと舞って、オスカーの目がその動きを追っていく。
「ありがとうございます、オスカー様!」
頬を染めて見上げると、ぽーっとしたままオスカーは鍵の束を手落とした。我に返ると、慌てて扉を閉めて鍵をかける。リーゼロッテが逃げ出さないのをいいことに、対応がだんだんゆるゆるとなっていた。
(ミッションその四。油断させるべし)
ここ数日、リーゼロッテは薬草入りの食事を完食していることになっている。食べているのはベッティなのだが、神官たちは薬が効いていると思っていることだろう。
「ふふ、あなたはアルフレート二世よ。これからよろしくね?」
リーゼロッテは今年で十七歳になる。そんな歳で縫いぐるみに語りかけるのもアレな話だが、今は薬が効いている聖女様の設定だ。今夜から一緒に寝ましょうね。恥ずかしげもなくそう言って、アルフレート二世のつぶらな瞳と見つめ合った。
『こちらこそよろしくね、リーゼロッテ』
耳に飛びこんできた甲高い声に、リーゼロッテは驚きで目を見開いた。思わず扉の小窓を見やると、オスカーが自分じゃないと首を振ってくる。
床に視線を落とす。すぐそこで、ベッティがごしごしと床を磨いていた。
『ボク、はちみつたっぷりのパンケーキが食べたいな!』
甲高い声が再び部屋の中に響いた。ベッティの口は動いていない。黙々と雑巾を持つ手を動かしているだけだ。
(もしかして腹話術……?)
そもそもベッティは口がきけない下女という役どころだ。同じことをオスカーが考えていたとして、それを披露しているのはリーゼロッテなのだと思うだろう。
『パンケーキが駄目ならお肉でもいいよ。血の滴る肉のカタマリ! リーゼロッテも好きでしょう?』
「い、いやだわ、アルフレート二世ったら。わたくし、お肉はウェルダン派よ」
腕に抱くクマと見つめ合って、やけくそのように会話する。自分は薬中聖女様なのだ。そう言い聞かせて開き直った。案の定、オスカーは目を白黒させている。
『ねー、そこのおしゃべり神官! リーゼロッテのために今度は肉料理、頼んだからね!』
「まあ、オスカー様に無理を言ってはいけないわ」
『リーゼロッテは気が弱いから、自分からは言い出せないでしょ? だからボクが言ってあげてるんじゃない。草ばっかり食べさせられて、リーゼロッテ痩せちゃってかわいそう! こんな時はお肉だよ。にくにくにくにく、おっにくぅ!』
これは最早ベッティが肉を食べたいだけなのだ。用意してもらえても、どうせリーゼロッテの口には入らない。
「いや、肉と言われても、我々神官は肉は禁止で……」
『リーゼロッテは神官じゃないでしょ? 可哀そうだって思わないの!?』
「そんなっ」
オスカーが困った顔をリーゼロッテに向けてくる。縫いぐるみのフリをして、リーゼロッテが言っていると思っているのだろう。とんだ濡れ衣だ。
「駄目よ、アルフレート二世。わたくしはお食事を用意してもらえるだけで、とてもありがたく思っているわ」
『いい子ちゃんな発言! ボク、リーゼロッテのそういうとこキライだな』
毒舌に思わず涙目になった。ベッティを見やるも、無表情で床を磨き続けている。
荒唐無稽な寸劇は、その後、幾日も繰り広げられた。
◇
「ふふー、お肉ぅ」
戦利品を前に、ベッティは上機嫌でフォークを構えた。その横で堅パンを片手に、リーゼロッテは悲壮な顔をした。このパンは噛めば噛むほど口の中の水分を持っていかれる。仕方なく、水に浸けてふやかしながら食べていた。
大きな肉の塊が、ベッティの口の中に消えていく。それを恨みがましそうに目で追って、リーゼロッテは味気ない堅パンを噛みしめた。
その瞬間、ベッティはせっかくの肉を勢いよく吐き出した。真剣な表情で水で口を漱いでは、バケツの中に吐き戻していく。
胃の中身を薄めるように、最後に水を飲みほした。乱暴に口元をぬぐうと、荒い息のままコップを置く。
「はぁ、よりにもよってこんな質の悪いものをぉ」
言うなりベッティは飴を何粒も口に放り込んだ。がりがりとかじるそれは、あのまずい解毒剤のキャンディだ。
「ベッティ、まさか強い毒が……?」
「そのまさかですぅ」
「そんな……!」
「ですがご安心をぉ。命に関わる類ではございませんのでぇ」
そう言いながらもベッティの息づかいはどんどん荒くなっていく。額に汗がにじみ、火照ったように顔が赤かった。
「油断したわたしが悪いんですぅ。こんなものがここで使われるなんて思ってもみなくってぇ」
「こんなもの……? 一体何の毒が入っていたの?」
「催淫剤……いわゆる媚薬ってやつですねぇ」
「媚薬!?」
ラノベでハプニングを起こす、よくあるアレだ。その言葉を聞いても現実感がなく、ただ驚くだけだった。
「しかも解毒剤の効かない新種のやっかいなヤツですねぇ。今、市井と一部の貴族の間で問題になってるんですよぉ。強力過ぎて国で禁止されておりますがぁ、事件が起きても出所がつかめなくて騎士団も手を焼いている案件ですぅ」
そんなものが神殿で手に入るとは思えない。一体どんなルートがあるというのか。
「そんなわけでしてリーゼロッテ様ぁ、今日のわたしはまるで使い物にならないかと思いますぅ。誠に申し訳ないのですがぁ、ご自分の身はご自分でお守りくださいませねぇ」
「え……?」
ますます顔が赤くなっていくベッティを不安げに見やる。
「恐らく……」
テーブルを支えにしながら、ベッティは苦しそうに息を吐きだした。
「今夜、黒幕がここへとやってきますぅ。リーゼロッテ様を、自分のものとするためにぃ――」
【次回予告】
はーい、わたしリーゼロッテ。媚薬の効果に倒れてしまったベッティ。夜も更けて、部屋に現れたのは盲目の神官で。真のラスボスとの対決に、ひとりで挑んだわたしの運命は……?
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