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第4章 宿命の王女と身代わりの託宣
第20話 龍の花嫁
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【前回のあらすじ】
王城からフーゲンベルク家に帰る前日、ハインリヒ王が突然リーゼロッテの元を訪れます。
クリスティーナ王女が亡くなり夢見の巫女が不在となった今、神殿から不満の声が上がっていると説明されるリーゼロッテ。新たな巫女が見つかるまでの間、聖女を守護者に持つリーゼロッテに、その役目を担ってほしいと頼まれて。
救国の聖女として神官たちの憧れのまなざしを受ける中、神事に臨んだリーゼロッテは泉の中で眠ってしまいます。
そこに現れたのは盲目の神官レミュリオ。リーゼロッテは自分の花嫁だと不穏な言葉をつぶやくのでした。
『ねぇ、ヴァルト。そんなに不服なら無理やりにでも連れ帰ればよかったのに』
神事の終わりを待つ廊下で、守護者がのんびりと言った。王城に来るといつも気ままに姿を消すというのに、今日はめずらしくそばで浮いている。
『今回は王命でもなかったんだから、強く言えばリーゼロッテだって納得したと思うよ?』
聞く耳を持たないよう努めても、思わず眉間にしわが寄る。神官たちが怯えるように距離を取り、ジークヴァルトの周囲だけ不自然に人がいなかった。
そんな中ジークハルトはあぐらをかいた姿勢で、先ほどから体を左右に揺らしている。目障りに思えるが、反応してはヤツの思うつぼだ。苛立ちが伝わったのか、間近にいた神官が身を竦ませた。じろりと見やると、さらに距離を開けられる。
『力が安定した今、異形がらみの問題はそうそう起きないだろうけどさ。ほら、リーゼロッテって自分で何をするわけでもないのに、とにかくトラブル巻き込まれ体質じゃない? さっさとヴァルトのものにしといた方が絶対にいいって』
その言葉を無視して、リーゼロッテが入っていった扉に視線を向ける。祈りの泉へは夢見の巫女と、限られた神官しか立ち入れない決まりだ。中で何が行われているのか、把握できないことがもどかしい。
――彼女のすべてを知っていたい
一日の行動も、どこで誰といたのかも、何が起きてどんな話をしたのかも、何もかも。
リーゼロッテに関わることで、他人が知っていて自分が知らない何かがあるなどと、到底許せはしなかった。
理屈も何も通用しない、あまりにも馬鹿げた感情だ。これは嫉妬や独占欲と呼ばれるものなのだと自覚はした。だが抑えようのないこの思いに、ジークヴァルト自身がいちばんに振り回されている。
(大丈夫だ。今日が終わればあの日々が帰ってくる)
リーゼロッテのいる日常が――
言い聞かせるように思い、眉根を寄せる。それは同時に本能と理性の闘いでもあった。離れていた分だけ邪な思いが膨らんでいる今、彼女を守れるのはやはりこの己だけなのだ。
婚姻前に無理強いをして、リーゼロッテを傷つけることだけはあってはならない。あの笑顔を守るために、自分は彼女のそばにいるのだから。
『ねぇヴァルトってば、ちゃんと聞いてる?』
思考に耽っている間も、ジークハルトがなんやかんやと言い続けている。すべて無視を決め込んで、ジークヴァルトは仏頂面のまま佇んでいた。
そろそろ終わる頃合いとなり、出待ちの神官たちがそわそわとし始める。しかし待てども神事の扉はなかなか開かれなかった。
『もたもたしてると、そのうち本当に後悔するよ? 前にも忠告したけどさ、異形の者より人間の方がよっぽど質悪いんだっ……ていうか、もう遅いか』
閉ざされた扉を見やりながら、最後だけジークハルトはぽつりと言った。はっとなり、扉を乱暴に開け放つ。
慌てた周囲の制止をものともせず、ジークヴァルトは中へ足を踏み入れた。奥に開かれた古びた扉が見えて、迷いなくそこへと駆け込んでいく。
丸い泉のある部屋には、神官長ともうひとり神官がいた。見回すもリーゼロッテの姿はない。この空間には彼女の力が満ちている。確かにここにいたのだと、それだけは分かった。
「神事は終わったのだろう? リーゼロッテはどうした?」
「リーゼロッテ・ダーミッシュ様……いえ、リーゼロッテ・ラウエンシュタイン様は、青龍がお隠しになられました」
「青龍が……? 一体どういうことだ」
神官長の胸倉を掴んで半ば持ち上げる。怯む様子もなく神官長は静かな瞳を向けてきた。
「神事が終わり、先ほどこの部屋へとお迎えに上がりましたが、その時にはすでにお姿が消えておられました。リーゼロッテ様は神隠しに合われたのでしょう」
「戯言を……! 命が惜しかったら本当のことを言え、リーゼロッテをどこにやった!」
「この祈りの泉へはあの扉からしか出入りはできません。これはもう青龍の意思としか」
「ふざけるな!」
締め上げた神官長の肩越しにもうひとつの扉が見えた。石造りの壁に巧妙に隠されているが、あれは王城のいたるところにある隠し扉だ。
投げ捨てるように神官長から手を離すと、ジークヴァルトは奥の壁際へと向かった。龍のレリーフを見つけ、そこへと力を流し込む。青い力が仄かに光るも隠し扉は開かなかった。
「無駄ですよ。その扉が開かれた記録は、建国以来一度もない」
背後から馬鹿にしたような声がかけられた。神官長の横にいた神官、ヨーゼフだ。
「その扉は神の扉。開けることができるのは青龍のみです。龍の盾ごときのあなたの力で開くはずもない」
こういった隠し扉は、王城や神殿の要所要所に存在している。場所によって開ける人間は決まっており、王にしか開けられない扉もあれば、神官にしか開けられないものもある。
フーゲンベルク家にもそういった扉は存在しているため、そんなことは百も承知だ。しかしジークヴァルトは苛立ちながら、何度も何度も力を注ぎ続けた。
「諦めの悪いお方だ。いや、頭がお悪いのかな? 閉ざされたこの部屋から聖女は消えたのですから、確かにその扉が開かれたのやもしれません。もしそうであるのなら、それはやはり青龍の意思。こんな簡単なことも分からないとは」
やれやれといったふうに首を振ったあとも、ヨーゼフは得意げにしゃべり続けている。それを背で聞きながら、ジークヴァルトはこの扉の向こうに、リーゼロッテの力の残り香を感じ取っていた。
「聖域を穢れた力で汚すなど言語道断。即刻ここから出て行きなさい。聖女は龍の花嫁となったのです。この栄誉をよろこばずして見当違いの憤りをぶつけるとは、気がおかしいとしか思えな……ひぃっ」
「貴様、それ以上言えば二度と口をきけないようにしてやるぞ」
苛立ちが最高潮に達し、ジークヴァルトはヨーゼフの襟元を掴んで締め上げた。ヨーゼフの顔が真っ青に変化していく。
「うっ……ぐ、ぐるじぃ……っ」
半ば浮き上がった足先がぷらぷらと力なく揺れる。白目をむいて泡を吹く寸前のヨーゼフを、さらに高く持ち上げていく。
「やめるんだ、副隊長!」
飛び込んできたキュプカー隊長が、背後から羽交い締めにしてくる。解放されたヨーゼフが勢いで床に投げ出された。
「がっ……はっ、なんとも野蛮な……!」
四つん這いで息を求めながら、ヨーゼフはジークヴァルトに向けて悪態をついた。睨み返すと、這ったまま神官長の後ろへと逃げ込んでいく。
「副隊長、控えろ。王前だ」
キュプカーの冷静な声に顔を上げた。そこに立つのはハインリヒ王だった。タイミングを見計らったように現れたハインリヒに、ジークヴァルトは不審に満ちた視線を向ける。
「お前、まさか……こうなると知っていたのか……?」
遠くを見据える瞳のまま、ハインリヒは答えを返さない。そこに肯定を汲み取って、ジークヴァルトは王に向かって掴みかかろうとした。
「副隊長!!」
「離せ!」
すかさずキュプカーに取り押さえられる。振りほどこうとするも、数人の騎士がそれに加わり、床へと膝をつかされた。動じた様子も見せずに、ハインリヒは神官長に向き直った。
「夢見の神事に関しては神殿の管轄だ。この件に関する調査はすべて神官長、そなたに任せる」
「確と心得ました」
王の言葉に神官長が頭を下げる。それを目の当たりにしたジークヴァルトから、低くうなるような声が発せられた。
「……リーゼロッテを見捨てるつもりか」
「ダーミッシュ伯爵令嬢はまだ託宣を終えていない。時期が来ればいずれそなたの下に戻って来よう。フーゲンベルク公爵、それまでは領地での謹慎を申し渡す。命に背けば公爵家を取り潰す。心しておけ」
「貴様……っ!」
「堪えろ、副隊長」
キュプカーの制止も耳に届かない。押さえる手を振りほどこうとするジークヴァルトは、本格的に騎士たちに押さえつけられた。床に這いつくばる姿を静かに見下ろしたあと、ハインリヒ王は悠然とこの場を去って行く。
「こんな危険人物、不敬罪にでも処せばいいものを……!」
「ヨーゼフ、公爵様は龍の託宣を受けたお方だ。それに新たに神託が降りた身でもある。そのように言うものでない」
窘めるような神官長の言葉に、ヨーゼフは不満顔で口をつぐんだ。その後ろ、廊下側の扉から、盲目の神官が入ってくる。
「おや? これは一体何事でしょうか?」
「レミュリオ、今までどこに行っていたのだ」
「申し訳ありません。戻る途中、貴族のご婦人方に足止めをされてしまいまして……」
すまなそうなレミュリオに、神官長は仕方ないといった顔をした。
「何やら大捕り物のようですが……あなたは確かジークヴァルト・フーゲンベルク様でいらっしゃいましたね」
閉じた瞳のまま、レミュリオはジークヴァルトを見下げてうすく笑みを刷く。
「それはそうと、神事をお勤めになったご令嬢はどちらに……?」
「お前には後で詳しく話す」
神官長は気を取り直すように、周囲を見回した。
「とにかくこれ以上、聖域を穢してはなりません。騎士のみな様は早急にここから退出を願います」
その一言でジークヴァルトは強制的に追い出され、神事の部屋は神官長の手により、固く閉ざされてしまった。
◇
まどろみから目覚め、リーゼロッテは体を起こした。ぼんやりと辺りを見回す。見慣れない部屋に、一気に意識がはっきりとなった。
簡素な寝台の上にいる自分は、神事の白い衣装を着たままだ。いつ運ばれたのかも記憶にない。泉で本当に眠りこけてしまったのだと、青ざめた顔になる。
「どうしよう……大事な役目だったのに……」
聖女としてそれらしく振る舞うよう、ハインリヒ王から頼まれていた。神官たちにも呆れられたかもしれないと、リーゼロッテは慌てて寝台から下り立った。
「どなたかいらっしゃいませんか……?」
しんと静まり返ったここには、自分以外誰もいなかった。それにとても小さな部屋だ。寝台と丸テーブルに一脚の椅子。置かれているのはそれだけで、あとは格子のはめられた小窓があるだけだった。
扉を見つけ、ノブを回した。鍵がかかっているのか開かない。
(内鍵がないわ……)
ということは外から鍵を掛けてあるということだ。扉にはのぞき穴のような、蓋つきの枠がくり抜かれていた。監視をするためにつけられている。そんな印象をリーゼロッテは受けた。
「あの、どなたかいらっしゃいませんか……! ヴァルト様? わたくしはここですわ!」
扉を叩き外へと呼びかける。ノブを回すがやはり扉が開くことはなかった。よく見ると、扉の下もくり抜かれている。人は通れないが物は差し入れられる。そんな微妙な大きさだ。
あらためて部屋を見回すと、奥には簡易キッチンのような流しが見えた。まるでワンルームの間取りに思えて、次第に胸に不安が灯っていく。
(もしかして、閉じ込められてる……?)
窓に駆け寄り外を確かめた。雪にうずもれた針葉樹の森が、そこにはどこまでも広がっていた。
「ここはどこなの……」
王城の整えられた庭にはほど遠い景色を見つめ、茫然としたつぶやきが漏れて出る。その時、鐘の音が遠くに響き、リーゼロッテは窓の格子に手をかけた。
「……あの音は」
王城に隣接された本神殿で鳴らされる、クリスティーナ王女のための弔いの鐘だ。あの音が聞こえるということは、ここは王城からそう離れた場所ではないのだろう。
閉じ込められたというのは、自分の勘違いかもしれない。だがそんな思いはすぐに打ち砕かれた。
「聖女様、お目覚めになられましたか?」
しゃがれた男の声がして、びくりと身を震わせる。振り向くと、扉のくり抜かれた小窓から、誰かが中を覗き込んでいた。白い頭巾をかぶり、ぎょろりとした目だけがこちらを見やっている。
「あの……ごめんなさい、わたくし泉で眠ってしまったみたいで。でも神事は終わったのでしょう? だったらもうジークヴァルト様のところに戻りたいのだけれど」
近づくのはなんだか怖くて、リーゼロッテは遠まきに声をかけた。不安にかられて早口でまくしたててしまう。
「外から鍵がかかっているみたいですから、そちらから扉を開けていただけませんか? それが無理なら、黒い騎士服を着た方がいらしたでしょう? その方を今すぐ呼んできてほしいです」
「聖女様は青龍の花嫁となるお方。正式にお迎えが来るまで、どうぞこのままここでお過ごしください」
「え……?」
聞き取りにくいしゃがれた声に、リーゼロッテは一瞬言葉を失った。男の目が枠から消えたかと思うと、扉の下から食事の乗った盆が押し込まれてくる。
男が去る気配に、慌てて扉へと駆け寄った。小窓から覗くと、遠ざかる白い神官服の背が見えた。頭巾をかぶってはいるが、あの男は確かに神官なのだろう。
「青龍の花嫁? 一体どういうことなの……?」
呆然としたまま、リーゼロッテはしばらくの間、その場に立ち尽くした。
◇
「ちょっとマテアス、リーゼロッテが消えたってどういうこと? ジークヴァルトも謹慎を命じられるだなんて、一体何がどうなったって言うのよ?」
「それはこちらが聞きたいくらいですよ」
アデライーデは騎士として正式な任を受け、フーゲンベルク家に戻ってきた。謹慎を受けた公爵を見張るようにと、王命が下ったからだ。
内容にまず驚いたが、そもそもジークヴァルトの姉であるアデライーデにやらせる任務ではなかった。身内が関わる事件では、どんなに優秀な騎士だろうと任務から外されるのが常識だ。そんなことを知らないハインリヒではないだろうに、なぜかアデライーデが指名を受けた。
「旦那様の話では、神事の最中にリーゼロッテ様がいなくなり、お探しするのをハインリヒ王がお止めになったそうです」
「何よそれ。ジークヴァルトは何をやってたの?」
「食ってかかった旦那様が、王に謹慎を食らったのですよ。命に背けばフーゲンベルク家を取り潰すとまで言われては、旦那様も引き下がざるを得ないでしょう? わたしこそ騎士団は何をやっているのかと問いたいですね」
冷たく言われ、アデライーデは言葉を詰まらせた。クリスティーナ王女の不可解な死についても、ハインリヒ王はうやむやに終わらせた。反発するバルバナスも、王の言葉とあっては表立って真相を探ることができないでいる。
「バルバナス様は今も水面下で動いているわ。わたしだってここに来るまで、その任に当たっていたんだから。バルバナス様のことだもの。リーゼロッテの件も神殿が絡んでいるなら、放置はしないはずよ」
「……だとすると、アデライーデ様も旦那様と同様、王にまんまと動きを封じられた形ですね」
はっとしてマテアスの顔を見る。ここに来る前にリーゼロッテのことを知っていたのなら、アデライーデは真っ先に調査に乗り出していたことだろう。
「それにアデライーデ様を盾に取れらたとなると、王兄殿下も動きづらくなるのでは?」
「バルバナス様は私情を挟んだりしないわ」
「だといいのですが」
渋い表情のマテアスに、アデライーデも考え込んだ顔となる。
「ジークヴァルトは今どうしてるの?」
「一見、平静を保っておられますが……」
「……そう」
託宣の相手が消えたのだ。本来なら、正気を失っても不思議ではない事態だった。
「とにかくわたしもでき得る限り情報を集めてみます。奥書庫で何か有益なことが見つかるかもしれません」
王城で起きたことなど、公爵家の立場で探るにも限界がある。だがこのまま手をこまねいている訳にはいかなかった。
「わたしもバルバナス様と連絡を取ってみるわ」
こうなればアデライーデも見張られていると考えた方がいいだろう。だがそれならそれでやりようはある。
紙にペンを滑らせると、アデライーデは窓の外に向かって指笛を響かせた。ほどなくして二羽の鷹が舞い降りる。
「ミカル、あなたは砦のバルバナス様に。ジブリル、あなたは念のためニコラウスにこれを届けて。さぁ、行きなさい!」
脚の筒に簡書を仕込むと、アデライーデは鷹を真冬の空へと解き放った。翼を大きく広げ、二羽は鈍色の雲間目指して、吸い込まれるように溶け込んでいく。
「リーゼロッテ……あなた、今どこにいるの……」
対の託宣を受けた彼女は、必ずジークヴァルトの元へと帰ってくるはずだ。そうは思うが、その安否に不安が込み上げる。
リーゼロッテが受けた託宣は、ジークヴァルトと婚姻を結び、次の龍の盾となる者を産むことだ。それは命が保証されるだけの話で、身の危険がないということではなかった。
龍としては託宣の子が成せればいい。大怪我を負おうが、心に傷を作ろうが、それ以外はすべてお構いなしだ。
(ひどい目にあっていないといいけれど……)
最悪の事態が頭をよぎるが、それ以上は考えたくもなかった。自分を含め公爵家が動けない今、騎士団の力を借りるしかない。例え国に逆らうことになるとしても。
「必ず見つけ出してみせるから」
決意を固めるように、アデライーデは冬空を高く見上げた。
◇
遠くに弔いの鐘を聞きながら、リーゼロッテは格子の窓から雪が降りつもる外を眺めていた。
この部屋に連れてこられてから、もう幾日過ぎただろうか。頭巾の神官が朝夕二回、食事を差し入れに来るだけで、あとはずっとひとりきりだ。
神官は幾人かいるようで、背丈格好がそれぞれ違っていた。だがあの日以来、問いかけても誰も口を開こうとはしなかった。
食事にもろくに手をつけずに、そのまま下げられる日々が続いている。怖くて、不安で、悲しくて、こんなときに食欲などわくはずもなかった。
舞い落ちる雪の空を見上げ、リーゼロッテは胸の守り石を無意識に握りしめた。
「ジークヴァルト様……」
今頃はフーゲンベルク家で一緒に過ごしているはずだった。名前を口にしただけで、涙がとめどなく溢れだす。
(今すぐ、会いたい――)
【次回予告】
はーい、わたしリーゼロッテ。囚われの身のわたしの元に連れて来られた下働きの女の子。それはなんとベッティで!? 自分がここにいることを外に知らせようと、あれこれふたりで画策します!
次回、4章第21話「鳥籠のわがまま姫」 あわれなわたしに、チート、プリーズ!!
王城からフーゲンベルク家に帰る前日、ハインリヒ王が突然リーゼロッテの元を訪れます。
クリスティーナ王女が亡くなり夢見の巫女が不在となった今、神殿から不満の声が上がっていると説明されるリーゼロッテ。新たな巫女が見つかるまでの間、聖女を守護者に持つリーゼロッテに、その役目を担ってほしいと頼まれて。
救国の聖女として神官たちの憧れのまなざしを受ける中、神事に臨んだリーゼロッテは泉の中で眠ってしまいます。
そこに現れたのは盲目の神官レミュリオ。リーゼロッテは自分の花嫁だと不穏な言葉をつぶやくのでした。
『ねぇ、ヴァルト。そんなに不服なら無理やりにでも連れ帰ればよかったのに』
神事の終わりを待つ廊下で、守護者がのんびりと言った。王城に来るといつも気ままに姿を消すというのに、今日はめずらしくそばで浮いている。
『今回は王命でもなかったんだから、強く言えばリーゼロッテだって納得したと思うよ?』
聞く耳を持たないよう努めても、思わず眉間にしわが寄る。神官たちが怯えるように距離を取り、ジークヴァルトの周囲だけ不自然に人がいなかった。
そんな中ジークハルトはあぐらをかいた姿勢で、先ほどから体を左右に揺らしている。目障りに思えるが、反応してはヤツの思うつぼだ。苛立ちが伝わったのか、間近にいた神官が身を竦ませた。じろりと見やると、さらに距離を開けられる。
『力が安定した今、異形がらみの問題はそうそう起きないだろうけどさ。ほら、リーゼロッテって自分で何をするわけでもないのに、とにかくトラブル巻き込まれ体質じゃない? さっさとヴァルトのものにしといた方が絶対にいいって』
その言葉を無視して、リーゼロッテが入っていった扉に視線を向ける。祈りの泉へは夢見の巫女と、限られた神官しか立ち入れない決まりだ。中で何が行われているのか、把握できないことがもどかしい。
――彼女のすべてを知っていたい
一日の行動も、どこで誰といたのかも、何が起きてどんな話をしたのかも、何もかも。
リーゼロッテに関わることで、他人が知っていて自分が知らない何かがあるなどと、到底許せはしなかった。
理屈も何も通用しない、あまりにも馬鹿げた感情だ。これは嫉妬や独占欲と呼ばれるものなのだと自覚はした。だが抑えようのないこの思いに、ジークヴァルト自身がいちばんに振り回されている。
(大丈夫だ。今日が終わればあの日々が帰ってくる)
リーゼロッテのいる日常が――
言い聞かせるように思い、眉根を寄せる。それは同時に本能と理性の闘いでもあった。離れていた分だけ邪な思いが膨らんでいる今、彼女を守れるのはやはりこの己だけなのだ。
婚姻前に無理強いをして、リーゼロッテを傷つけることだけはあってはならない。あの笑顔を守るために、自分は彼女のそばにいるのだから。
『ねぇヴァルトってば、ちゃんと聞いてる?』
思考に耽っている間も、ジークハルトがなんやかんやと言い続けている。すべて無視を決め込んで、ジークヴァルトは仏頂面のまま佇んでいた。
そろそろ終わる頃合いとなり、出待ちの神官たちがそわそわとし始める。しかし待てども神事の扉はなかなか開かれなかった。
『もたもたしてると、そのうち本当に後悔するよ? 前にも忠告したけどさ、異形の者より人間の方がよっぽど質悪いんだっ……ていうか、もう遅いか』
閉ざされた扉を見やりながら、最後だけジークハルトはぽつりと言った。はっとなり、扉を乱暴に開け放つ。
慌てた周囲の制止をものともせず、ジークヴァルトは中へ足を踏み入れた。奥に開かれた古びた扉が見えて、迷いなくそこへと駆け込んでいく。
丸い泉のある部屋には、神官長ともうひとり神官がいた。見回すもリーゼロッテの姿はない。この空間には彼女の力が満ちている。確かにここにいたのだと、それだけは分かった。
「神事は終わったのだろう? リーゼロッテはどうした?」
「リーゼロッテ・ダーミッシュ様……いえ、リーゼロッテ・ラウエンシュタイン様は、青龍がお隠しになられました」
「青龍が……? 一体どういうことだ」
神官長の胸倉を掴んで半ば持ち上げる。怯む様子もなく神官長は静かな瞳を向けてきた。
「神事が終わり、先ほどこの部屋へとお迎えに上がりましたが、その時にはすでにお姿が消えておられました。リーゼロッテ様は神隠しに合われたのでしょう」
「戯言を……! 命が惜しかったら本当のことを言え、リーゼロッテをどこにやった!」
「この祈りの泉へはあの扉からしか出入りはできません。これはもう青龍の意思としか」
「ふざけるな!」
締め上げた神官長の肩越しにもうひとつの扉が見えた。石造りの壁に巧妙に隠されているが、あれは王城のいたるところにある隠し扉だ。
投げ捨てるように神官長から手を離すと、ジークヴァルトは奥の壁際へと向かった。龍のレリーフを見つけ、そこへと力を流し込む。青い力が仄かに光るも隠し扉は開かなかった。
「無駄ですよ。その扉が開かれた記録は、建国以来一度もない」
背後から馬鹿にしたような声がかけられた。神官長の横にいた神官、ヨーゼフだ。
「その扉は神の扉。開けることができるのは青龍のみです。龍の盾ごときのあなたの力で開くはずもない」
こういった隠し扉は、王城や神殿の要所要所に存在している。場所によって開ける人間は決まっており、王にしか開けられない扉もあれば、神官にしか開けられないものもある。
フーゲンベルク家にもそういった扉は存在しているため、そんなことは百も承知だ。しかしジークヴァルトは苛立ちながら、何度も何度も力を注ぎ続けた。
「諦めの悪いお方だ。いや、頭がお悪いのかな? 閉ざされたこの部屋から聖女は消えたのですから、確かにその扉が開かれたのやもしれません。もしそうであるのなら、それはやはり青龍の意思。こんな簡単なことも分からないとは」
やれやれといったふうに首を振ったあとも、ヨーゼフは得意げにしゃべり続けている。それを背で聞きながら、ジークヴァルトはこの扉の向こうに、リーゼロッテの力の残り香を感じ取っていた。
「聖域を穢れた力で汚すなど言語道断。即刻ここから出て行きなさい。聖女は龍の花嫁となったのです。この栄誉をよろこばずして見当違いの憤りをぶつけるとは、気がおかしいとしか思えな……ひぃっ」
「貴様、それ以上言えば二度と口をきけないようにしてやるぞ」
苛立ちが最高潮に達し、ジークヴァルトはヨーゼフの襟元を掴んで締め上げた。ヨーゼフの顔が真っ青に変化していく。
「うっ……ぐ、ぐるじぃ……っ」
半ば浮き上がった足先がぷらぷらと力なく揺れる。白目をむいて泡を吹く寸前のヨーゼフを、さらに高く持ち上げていく。
「やめるんだ、副隊長!」
飛び込んできたキュプカー隊長が、背後から羽交い締めにしてくる。解放されたヨーゼフが勢いで床に投げ出された。
「がっ……はっ、なんとも野蛮な……!」
四つん這いで息を求めながら、ヨーゼフはジークヴァルトに向けて悪態をついた。睨み返すと、這ったまま神官長の後ろへと逃げ込んでいく。
「副隊長、控えろ。王前だ」
キュプカーの冷静な声に顔を上げた。そこに立つのはハインリヒ王だった。タイミングを見計らったように現れたハインリヒに、ジークヴァルトは不審に満ちた視線を向ける。
「お前、まさか……こうなると知っていたのか……?」
遠くを見据える瞳のまま、ハインリヒは答えを返さない。そこに肯定を汲み取って、ジークヴァルトは王に向かって掴みかかろうとした。
「副隊長!!」
「離せ!」
すかさずキュプカーに取り押さえられる。振りほどこうとするも、数人の騎士がそれに加わり、床へと膝をつかされた。動じた様子も見せずに、ハインリヒは神官長に向き直った。
「夢見の神事に関しては神殿の管轄だ。この件に関する調査はすべて神官長、そなたに任せる」
「確と心得ました」
王の言葉に神官長が頭を下げる。それを目の当たりにしたジークヴァルトから、低くうなるような声が発せられた。
「……リーゼロッテを見捨てるつもりか」
「ダーミッシュ伯爵令嬢はまだ託宣を終えていない。時期が来ればいずれそなたの下に戻って来よう。フーゲンベルク公爵、それまでは領地での謹慎を申し渡す。命に背けば公爵家を取り潰す。心しておけ」
「貴様……っ!」
「堪えろ、副隊長」
キュプカーの制止も耳に届かない。押さえる手を振りほどこうとするジークヴァルトは、本格的に騎士たちに押さえつけられた。床に這いつくばる姿を静かに見下ろしたあと、ハインリヒ王は悠然とこの場を去って行く。
「こんな危険人物、不敬罪にでも処せばいいものを……!」
「ヨーゼフ、公爵様は龍の託宣を受けたお方だ。それに新たに神託が降りた身でもある。そのように言うものでない」
窘めるような神官長の言葉に、ヨーゼフは不満顔で口をつぐんだ。その後ろ、廊下側の扉から、盲目の神官が入ってくる。
「おや? これは一体何事でしょうか?」
「レミュリオ、今までどこに行っていたのだ」
「申し訳ありません。戻る途中、貴族のご婦人方に足止めをされてしまいまして……」
すまなそうなレミュリオに、神官長は仕方ないといった顔をした。
「何やら大捕り物のようですが……あなたは確かジークヴァルト・フーゲンベルク様でいらっしゃいましたね」
閉じた瞳のまま、レミュリオはジークヴァルトを見下げてうすく笑みを刷く。
「それはそうと、神事をお勤めになったご令嬢はどちらに……?」
「お前には後で詳しく話す」
神官長は気を取り直すように、周囲を見回した。
「とにかくこれ以上、聖域を穢してはなりません。騎士のみな様は早急にここから退出を願います」
その一言でジークヴァルトは強制的に追い出され、神事の部屋は神官長の手により、固く閉ざされてしまった。
◇
まどろみから目覚め、リーゼロッテは体を起こした。ぼんやりと辺りを見回す。見慣れない部屋に、一気に意識がはっきりとなった。
簡素な寝台の上にいる自分は、神事の白い衣装を着たままだ。いつ運ばれたのかも記憶にない。泉で本当に眠りこけてしまったのだと、青ざめた顔になる。
「どうしよう……大事な役目だったのに……」
聖女としてそれらしく振る舞うよう、ハインリヒ王から頼まれていた。神官たちにも呆れられたかもしれないと、リーゼロッテは慌てて寝台から下り立った。
「どなたかいらっしゃいませんか……?」
しんと静まり返ったここには、自分以外誰もいなかった。それにとても小さな部屋だ。寝台と丸テーブルに一脚の椅子。置かれているのはそれだけで、あとは格子のはめられた小窓があるだけだった。
扉を見つけ、ノブを回した。鍵がかかっているのか開かない。
(内鍵がないわ……)
ということは外から鍵を掛けてあるということだ。扉にはのぞき穴のような、蓋つきの枠がくり抜かれていた。監視をするためにつけられている。そんな印象をリーゼロッテは受けた。
「あの、どなたかいらっしゃいませんか……! ヴァルト様? わたくしはここですわ!」
扉を叩き外へと呼びかける。ノブを回すがやはり扉が開くことはなかった。よく見ると、扉の下もくり抜かれている。人は通れないが物は差し入れられる。そんな微妙な大きさだ。
あらためて部屋を見回すと、奥には簡易キッチンのような流しが見えた。まるでワンルームの間取りに思えて、次第に胸に不安が灯っていく。
(もしかして、閉じ込められてる……?)
窓に駆け寄り外を確かめた。雪にうずもれた針葉樹の森が、そこにはどこまでも広がっていた。
「ここはどこなの……」
王城の整えられた庭にはほど遠い景色を見つめ、茫然としたつぶやきが漏れて出る。その時、鐘の音が遠くに響き、リーゼロッテは窓の格子に手をかけた。
「……あの音は」
王城に隣接された本神殿で鳴らされる、クリスティーナ王女のための弔いの鐘だ。あの音が聞こえるということは、ここは王城からそう離れた場所ではないのだろう。
閉じ込められたというのは、自分の勘違いかもしれない。だがそんな思いはすぐに打ち砕かれた。
「聖女様、お目覚めになられましたか?」
しゃがれた男の声がして、びくりと身を震わせる。振り向くと、扉のくり抜かれた小窓から、誰かが中を覗き込んでいた。白い頭巾をかぶり、ぎょろりとした目だけがこちらを見やっている。
「あの……ごめんなさい、わたくし泉で眠ってしまったみたいで。でも神事は終わったのでしょう? だったらもうジークヴァルト様のところに戻りたいのだけれど」
近づくのはなんだか怖くて、リーゼロッテは遠まきに声をかけた。不安にかられて早口でまくしたててしまう。
「外から鍵がかかっているみたいですから、そちらから扉を開けていただけませんか? それが無理なら、黒い騎士服を着た方がいらしたでしょう? その方を今すぐ呼んできてほしいです」
「聖女様は青龍の花嫁となるお方。正式にお迎えが来るまで、どうぞこのままここでお過ごしください」
「え……?」
聞き取りにくいしゃがれた声に、リーゼロッテは一瞬言葉を失った。男の目が枠から消えたかと思うと、扉の下から食事の乗った盆が押し込まれてくる。
男が去る気配に、慌てて扉へと駆け寄った。小窓から覗くと、遠ざかる白い神官服の背が見えた。頭巾をかぶってはいるが、あの男は確かに神官なのだろう。
「青龍の花嫁? 一体どういうことなの……?」
呆然としたまま、リーゼロッテはしばらくの間、その場に立ち尽くした。
◇
「ちょっとマテアス、リーゼロッテが消えたってどういうこと? ジークヴァルトも謹慎を命じられるだなんて、一体何がどうなったって言うのよ?」
「それはこちらが聞きたいくらいですよ」
アデライーデは騎士として正式な任を受け、フーゲンベルク家に戻ってきた。謹慎を受けた公爵を見張るようにと、王命が下ったからだ。
内容にまず驚いたが、そもそもジークヴァルトの姉であるアデライーデにやらせる任務ではなかった。身内が関わる事件では、どんなに優秀な騎士だろうと任務から外されるのが常識だ。そんなことを知らないハインリヒではないだろうに、なぜかアデライーデが指名を受けた。
「旦那様の話では、神事の最中にリーゼロッテ様がいなくなり、お探しするのをハインリヒ王がお止めになったそうです」
「何よそれ。ジークヴァルトは何をやってたの?」
「食ってかかった旦那様が、王に謹慎を食らったのですよ。命に背けばフーゲンベルク家を取り潰すとまで言われては、旦那様も引き下がざるを得ないでしょう? わたしこそ騎士団は何をやっているのかと問いたいですね」
冷たく言われ、アデライーデは言葉を詰まらせた。クリスティーナ王女の不可解な死についても、ハインリヒ王はうやむやに終わらせた。反発するバルバナスも、王の言葉とあっては表立って真相を探ることができないでいる。
「バルバナス様は今も水面下で動いているわ。わたしだってここに来るまで、その任に当たっていたんだから。バルバナス様のことだもの。リーゼロッテの件も神殿が絡んでいるなら、放置はしないはずよ」
「……だとすると、アデライーデ様も旦那様と同様、王にまんまと動きを封じられた形ですね」
はっとしてマテアスの顔を見る。ここに来る前にリーゼロッテのことを知っていたのなら、アデライーデは真っ先に調査に乗り出していたことだろう。
「それにアデライーデ様を盾に取れらたとなると、王兄殿下も動きづらくなるのでは?」
「バルバナス様は私情を挟んだりしないわ」
「だといいのですが」
渋い表情のマテアスに、アデライーデも考え込んだ顔となる。
「ジークヴァルトは今どうしてるの?」
「一見、平静を保っておられますが……」
「……そう」
託宣の相手が消えたのだ。本来なら、正気を失っても不思議ではない事態だった。
「とにかくわたしもでき得る限り情報を集めてみます。奥書庫で何か有益なことが見つかるかもしれません」
王城で起きたことなど、公爵家の立場で探るにも限界がある。だがこのまま手をこまねいている訳にはいかなかった。
「わたしもバルバナス様と連絡を取ってみるわ」
こうなればアデライーデも見張られていると考えた方がいいだろう。だがそれならそれでやりようはある。
紙にペンを滑らせると、アデライーデは窓の外に向かって指笛を響かせた。ほどなくして二羽の鷹が舞い降りる。
「ミカル、あなたは砦のバルバナス様に。ジブリル、あなたは念のためニコラウスにこれを届けて。さぁ、行きなさい!」
脚の筒に簡書を仕込むと、アデライーデは鷹を真冬の空へと解き放った。翼を大きく広げ、二羽は鈍色の雲間目指して、吸い込まれるように溶け込んでいく。
「リーゼロッテ……あなた、今どこにいるの……」
対の託宣を受けた彼女は、必ずジークヴァルトの元へと帰ってくるはずだ。そうは思うが、その安否に不安が込み上げる。
リーゼロッテが受けた託宣は、ジークヴァルトと婚姻を結び、次の龍の盾となる者を産むことだ。それは命が保証されるだけの話で、身の危険がないということではなかった。
龍としては託宣の子が成せればいい。大怪我を負おうが、心に傷を作ろうが、それ以外はすべてお構いなしだ。
(ひどい目にあっていないといいけれど……)
最悪の事態が頭をよぎるが、それ以上は考えたくもなかった。自分を含め公爵家が動けない今、騎士団の力を借りるしかない。例え国に逆らうことになるとしても。
「必ず見つけ出してみせるから」
決意を固めるように、アデライーデは冬空を高く見上げた。
◇
遠くに弔いの鐘を聞きながら、リーゼロッテは格子の窓から雪が降りつもる外を眺めていた。
この部屋に連れてこられてから、もう幾日過ぎただろうか。頭巾の神官が朝夕二回、食事を差し入れに来るだけで、あとはずっとひとりきりだ。
神官は幾人かいるようで、背丈格好がそれぞれ違っていた。だがあの日以来、問いかけても誰も口を開こうとはしなかった。
食事にもろくに手をつけずに、そのまま下げられる日々が続いている。怖くて、不安で、悲しくて、こんなときに食欲などわくはずもなかった。
舞い落ちる雪の空を見上げ、リーゼロッテは胸の守り石を無意識に握りしめた。
「ジークヴァルト様……」
今頃はフーゲンベルク家で一緒に過ごしているはずだった。名前を口にしただけで、涙がとめどなく溢れだす。
(今すぐ、会いたい――)
【次回予告】
はーい、わたしリーゼロッテ。囚われの身のわたしの元に連れて来られた下働きの女の子。それはなんとベッティで!? 自分がここにいることを外に知らせようと、あれこれふたりで画策します!
次回、4章第21話「鳥籠のわがまま姫」 あわれなわたしに、チート、プリーズ!!
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