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第4章 宿命の王女と身代わりの託宣

番外編《小話》それを言葉であらわすならば

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ムーンライトでゆく年くる年企画・第1弾~ありがとう2020年~として書いたものです。
※本編の時間軸とは関係ありません。ゆるっとお読みください。





「リーゼロッテお姉様……ルカのことでちょっと」

 フーゲンベルク家のサロンでのこと。おしゃべりの途中で声をひそめたツェツィーリアの口元に、リーゼロッテはそっと耳を近づけた。

「ルカがその……すぐふたりきりになりたがるから、わたくしちょっと困っていて……」
「まあ、ふたりきりに?」
「カーテンの物陰とか本棚の奥とかテーブルの下とか、すぐに引っ張り込もうとするのよ」

 無意識に唇を小さな指で押さえながら視線をそらす。頬を染めるその様子に、ルカの目的が丸分かりだ。

「わたくしから注意いたしましょうか?」
「だ、駄目よ! お姉様に泣きついたなんてルカに思われるのは悔しいわ」
「でしたらフーゴお義父様にお願いしてルカに……言うのも駄目ですわよね」

 意地っ張りのツェツィーリアは、あくまで自分の力で対処したいようだ。

「ねぇ、お姉様はどうしているの?」
「どう……とおっしゃられましても……」
「お姉様は大人でしょう? ふたりきりのとき、どうやってヴァルトお兄様をかわしているのか知りたいわ」

 前のめりで聞いてくるツェツィーリアに、リーゼロッテは戸惑った。ふたりきりのときジークヴァルトが自分にどうこうしてくることはほとんどない。

(むしろ人目のある場所ばかりでキスされているような……)

 ジークヴァルトの口づけはいつも唐突だ。誰も見ていない馬車の中なら、いくらでもしてくれてもいいのに。そんなふうに思っても、恥ずかしくて自分からは言いだせないでいる。

 しかし未来の姉として、ここはしっかりアドバイスすべきだろう。期待に満ちた瞳のツェツィーリアに、リーゼロッテはどや顔で頷いた。

「こういったことは初めが肝心ですわ。嫌なものは嫌だと、はっきり言うことが大事です。節度を持たない殿方は嫌いだと言えば、ルカだってきちんと分かってくれますわ」

 なんてことはない、ベッティの受け売りだ。嫌だと言ってもほだされて、結局はあーんも抱っこもすべて許してしまっている。そんなリーゼロッテの言葉に、説得力はまるでない。

「だけどルカってば、婚約者だからふたりきりになるのも口づけるのも、何もおかしいことじゃないって言い張るのよ。それにわたくし、別に、い、嫌っていうほどではないし……」

 唇を尖らせつつ、もじもじと恥じらう姿にきゅうんとなる。思わずツェツィーリアを胸に抱きしめた。

(ルカの気持ちがよく分かるっ)
 ツェツィーリアが可愛らしすぎて、くらくらと眩暈めまいがしてくる。

「お、お姉様?」
「ああ、駄目ですわ……わたくしも我慢できない」

 顔を引き寄せ、薔薇色に染まる頬にやさしくちゅっと口づけた。ツェツィーリアは真っ赤になった頬を指で押さえ、はわはわと唇を震わせている。

「な、何? 何なのお姉様?」
「家族の親愛のしるしですわ」
「え? 家族の?」

 うっとりとした顔で頷くと、朱に染めたままの頬をツェツィーリアはぷっと膨らませた。

「申し訳ございません。わたくしツェツィーリア様が愛おしすぎて……」
「べ、別にいいわ、お姉様とは家族なんだから。わたくしだって昔はお母様やお父様とよくしていたもの」

 ぷいっと顔をそむけたかと思うと、今度はきっと睨みつけてくる。

「だからわたくしだってお姉様にするんだから!」

 少し怒ったようにリーゼロッテを引き寄せる。そのままツェツィーリアはリーゼロッテの頬にキスをした。

「家族の挨拶よ! いつしたっていいのよ、別に挨拶なんだもの!」

 恥ずかしさをごまかすように、早口でまくしたてる。それがまた愛らしすぎて、リーゼロッテはたまらず、もう一度やわらかな頬にキスを落とした。


「義兄上……大好きな姉と言えど、ツェツィー様をとられたくないと思ってしまうわたしは狭量きょうりょうな男でしょうか?」
「いや、その気持ちは分からなくもない」

 ルカとジークヴァルトはそんなふたりの様子を、先ほどから遠巻きに眺めやっていた。

「そうですか、少しだけ心が軽くなりました」
「ああ」

 ずっと見つめ合ったまま、リーゼロッテとツェツィーリアは互いの頬を両手で包み込んでいる。
 リーゼロッテがツェツィーリアのひたいに口づけた。お返しのように今度はツェツィーリアがリーゼロッテのひたいに口づける。

「義兄上……もうひとつだけおうかがいしたいのですが……」
「なんだ?」
「もしもあのふたりの間にわたしも入ることができたなら、どんなにしあわせだろうかと……そう考えているわたしを、義兄上はどう思われますか?」
「では、逆に問おう。その言葉をこのオレが言ったとしたら、ルカ、お前はどう思うんだ?」

 頬を染め、恥ずかしげに見つめ合うふたり。それは何人たりとも足を踏み入れてはならない花園に咲く可憐な花を思わせて。

「義兄上。わたしが間違っておりました」
「そうか。分かればいい」


 あの世界に男が入りこむなど――

((万死ばんしあたいする))



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