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第4章 宿命の王女と身代わりの託宣
第14話 受け継ぎし者 -後編-
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【前回のあらすじ】
イジドーラ王妃たちにアンネマリーの懐妊を祝われる中、かつて自分のせいで傷を負ったアデライーデを、ハインリヒは呼び出します。
託宣が果たされた後に、一発殴らせるという約束を交わしていたふたり。しかしアデライーデはやさしくハインリヒを抱きしめ、もう終わりにしようと静かに告げます。
アデライーデに背を押され、正しき王となることを決意したハインリヒ。
それぞれの思いが巡る中、新年を迎える王城の鐘が、王都の街に遠く鳴り響くのでした。
※残酷描写注意回です。苦手な方はお気をつけください。
「今日は王位継承の日ね……またパレードも行われるのかしら?」
「そのようですね。新しい王の誕生に、国中が沸き立っていますから」
王子とアンネマリーが結婚した一年前も、王都の街でパレードが行われた。王家の馬車が大通りをゆっくりと進み、笑顔を保つのがたいへんだったとアンネマリーがこぼしていたのを思い出す。
国民にとって、王族の姿を見ることのできる滅多にない機会だ。今回は新王即位とあって、さらに盛大なものになるに違いない。
「ああ、やっぱり戴冠式をこの目で見てみたかったわ」
残念そうに言ったあと、リーゼロッテは遠くに思いを馳せるように深いため息をついた。
「今度お会いした時にクリスタ奥様に儀の様子をお伺いしてみましょう。……そろそろ時間ですので、厨房に菓子を取りに行ってまいりますね」
時計を確認してエラは部屋から出ていった。エラが来て以来、食事の給仕などはすべてエラに任せきりだ。おかげでヘッダとは顔を合わせずに済んでいる。
(でも今日、東宮に残っているのは、エラとわたしとヘッダ様だけなのよね……)
王女は王位継承の儀のために、王城へと向かった。アルベルトは護衛のために一緒についていったようだ。
(クリスティーナ様はご病弱なのに、式典に出ても大丈夫なのかしら)
時々は公務に参加していると聞くが、真冬の大聖堂はめちゃくちゃ寒い。式典に出るにはそれなりの格好が必要なので、厚着をするにも限度があった。
(去年のアンネマリーのお式では、ヴァルト様の外套に包んでもらったっけ)
夢中になってアンネマリーの姿を目で追っていたら、いつの間にかジークヴァルトと二人羽織のような格好になっていた。
(どうりでまわりの視線が痛いと思ったのよね。あれは二人羽織というより完全にカ〇ナシだったわ)
今さらのように赤面する。だがここずっとジークヴァルトには会えていなくて、しゅんと気持ちがしぼんでしまった。
ひとりきりで過ごす真冬の夜は、何とも心もとなく感じられる。ガタガタと窓が鳴らされる風の強い日などは、どうしようもなく不安が掻き立てられた。だが今はエラがいてくれる。そのことがとても心強かった。
(ヘッダ様はおひとりでさみしくないかしら……)
かといってお茶や食事に誘っても、彼女は絶対に応じないだろう。ヘッダは常に敵愾心を向けてくる。リーゼロッテが厄介者だとしても、それは必要以上な態度に思えてならなかった。
(二割の人間には特に理由もなく嫌われるって、日本で聞いたことがあるし……)
なんとなくいけ好かないという感覚は分からないでもない。リーゼロッテ自身、ヘッダに対して苦手意識を持ってしまっている。
「お互い距離を取るのがいちばんね」
「何がいちばんでしょうか?」
戻ってきたエラが不思議顔で聞いてきた。東宮に来てから、独り言が癖になってしまったリーゼロッテだ。
「いいえ、なんでもないの。それにしても、アンネマリーは王妃様になるのね。ますます遠い存在に思えて、なんだかさびしく感じてしまうわ……」
「お立場上、これからは気軽にお会いできなくなるでしょうね。ですがお嬢様とアンネマリー様は従姉妹同士。非公式な場ではこれまで通り親しくしてくださいますよ」
「そうね。アンネマリーはアンネマリーだものね」
「さあ、お嬢様。本日はお嬢様のお好きなチョコトルテですよ」
エラの言葉に瞳を輝かせた。目の前に置かれたのは、アプリコットジャムとバタークリームを塗った生地が、何層も重ねられたケーキだった。周りがチョコでコーティングされており、断面も美しく心が躍る。サクサクのパイ生地とクリームのしっとり感、ジャムの甘酸っぱさがビターチョコと絶妙に合う絶品スイーツだ。
美味しいケーキを頂きながら、リーゼロッテはさみしさを紛らわすように、いつまでもエラとおしゃべりし続けた。
◇
禊を終え祈りの間に入ると、数人の神官とディートリヒ王が先立って待機していた。かいだことのない香が焚かれ、うすい煙が中を満たしている。
年明けから七日が経ち、これから王位継承の儀が執り行われる。限られた者のみが集められ、大衆が詳細を知ることのない秘匿された儀式だ。これを終えたあとに、大勢の貴族が見守る中、戴冠式が行われる予定となっていた。
「では継承の儀を始めさせていただきます。王太子殿下とディートリヒ王はそこに座り、瞑想に入る準備をなさってください」
促されディートリヒとともに、円陣が描かれた床の中央であぐらをかく。次いで神官長は器をひとつ差し出してきた。
「王太子殿下、まずはこちらを」
「これは?」
「神聖な植物から煎じた茶です。儀式に必要なものですので、残さずお飲みください」
「いや、しかし……」
泥水のような液体は、何やら饐えた臭いを発している。とてもではないが、人が飲めるものだとは思えない。腐ったものなど口にしたことはないが、腐敗臭とはこの事を言うのだろう。手渡されたものの、なみなみと入っている器を前に、ハインリヒは強張った顔で固まった。
その横でディートリヒが、同じものを平然と飲み干した。迷いのない手つきは慣れたものを感じさせる。それを見てハインリヒは悟った。これは王となったら祈りの儀式で、毎月のように飲まねばならない代物なのだと。
覚悟を決めて一気にあおる。あまりの不味さと苦さに吐き戻しそうになった。
何とかすべてを飲み下した後、意識がぼんやりとし始める。かと思ったら急激に吐き気が込み上げた。
「吐けるなら吐くがよい。その方が楽になる」
「王のおっしゃる通りです。身の内の悪いものをすべて出すためにも、どうぞこちらにお吐きください」
身を清めるためにと、ここ一週間は水と野菜の絞り汁しか口にしていない。初めは空腹に耐えかねたが、毒素が出たのか思いのほか体は軽い。
そんな状態で、これ以上どんな悪いものが出るというのだ。内心で悪態をつきつつも、ハインリヒは胃の中身をすべて吐き出した。苦しく息をつくが、ほどなくして最初に感じた浮遊感が戻ってくる。
「座っているのがおつらかったら横になっていただいても構いません。いちばん楽な姿勢を取ってください」
朦朧とした意識の中でハインリヒは頷いた。世界がふわふわと回りはじめて、神官長の声もやけに遠くに聞こえてくる。
「では、青龍への道を開きます。王と王太子殿下はそのままで、ただ瞑想に没頭していてください」
神官長の合図とともに、周囲にいた神官たちが笛や打楽器を用いて音楽を奏でていく。一定のリズムで刻まれる旋律は、初めはゆっくりと、そして節が繰り返されるごとに、少しずつ速度を増していく。
そこに青龍を讃える祝詞が重ねられていき、瞳を閉じたハインリヒの目の前に、極彩色の光が押し寄せた。
今まではその先に行くのを無意識に拒んでいた。今は恐れることなく、なすがまま渦に身を任せる。飲み込まれるように心地よい波が意識を埋め尽くして、ハインリヒはその光に溶け込んだ。
体の感覚がまるでない。閉じていた唇、肩に入っていた力、床に座るあぐらをかいた足、印を結んだ指先に至るまで、感覚という感覚がすべて消え失せる。
自分と光の境目がなくなって、ハインリヒは押されるまま上へ上へと昇っていった。
頭上にできた丸い穴から、ドーム状の空間へと入り込む。閉じた空間の壁面に、何か映像が映し出された。
流れるそれが、今まで断片的に垣間見てきた国の歴史であるとすぐさま気づく。映像は高速で巻き戻され、そして始まりへとたどり着く。
そこからはさらに速度が増した。巻き戻った歴史が順序だてられ、再び一気に再生される。
戦火、悲鳴、怒り、慟哭――そして、終わりなき願い
それこそが、この国のはじまり
交わされた三つの契約
ただそれを守るため、龍の血を受けた者たちが、数多の礎となっていく。
繰り返し繰り返し、大波のように押し寄せて、映像は余すことなくハインリヒの脳に焼き付いた。終わりを見せないループから抜け出すことも叶わない。
気が狂った方がいっそ楽なのに。そう思わせるほど光の渦は、ハインリヒに苦痛を与え続けた。
無限とも思われる時の中、ハインリヒはふいに何かに腕を掴まれた。永遠の輪から一気に離脱する。一瞬の出来事に混乱しか起こらない。
気づくと冷たい床に手をついて、そこに映る自分の顔を見つめていた。上がった息を必死に整え、視界に入った足先の人物を、上へとゆっくり辿っていく。
「父上……」
横に立つディートリヒを、放心したように見上げた。辺りに視線を巡らせると、何もない空間に、手をついている床がどこまでも広がっている。
「すべてを目にしてきたか? ハインリヒよ」
「はい……見て、きました」
はじまりの出来事。この国が作られた理由。そして、自分が担うべき役割も。
「我がブラオエルシュタイン家が受け継ぎしは、この国の記憶――」
「国の、記憶」
「王位継承とは記憶の継承に他ならない。王だなんだと祀り上げられようと、我らに決定権など与えられてはおらぬ。ただ従い見守るだけだ」
「すべては龍の思し召し……」
「そうだ。だがその龍の意思すらも、星読みの希みひとつ」
静かに言って、ディートリヒは前方へと視線を向けた。そこには青銀色に揺らめく扉が高くそびえたっている。
「行くがよい。あの先に龍がいる」
操られるようにハインリヒは立ち上がった。導かれるまま扉の前へと歩を進める。
「恐れるな、次代の王よ。真実はすべてそこにある」
ディートリヒの声に背を押され、ハインリヒは扉を押し開いた。開かれた先、青銀の光にその姿が飲まれ消えていく。
それを見届けたディートリヒは、静寂の中、ひとり遠い瞳でつぶやいた。
「これで余も、ようやく楽になる――」
◇
肌寒い牢の中、いつものように瞑想に耽っていると、ふいに人の近づく気配がした。
自分に会いに来るのはレミュリオくらいだ。だが今日は王位継承が行われると聞いている。そんな国を挙げての神事に、レミュリオほどの神官が駆り出されないはずはない。
瞳を開き、ミヒャエルは訝しげな視線を鉄の格子へと向けた。
「今回は特別ですよ。時間が来たらすぐ迎えに来ますからね」
「わかってます! ミヒャエル様のお顔を見たらすぐ帰りますから」
聞こえてきた少年の声にミヒャエルは目を丸くした。あれは少しの間、自分の世話係をしていた神官見習いマルコの声だ。
「何しに来た。ここはお前のような者が来るところではない」
顔を見るなり瞳を輝かせたマルコに、ミヒャエルは冷たく言い放った。
「あの、ボク……ビョウを持ってきたんです。ミヒャエル様がお好きでしたから」
マルコは大事そうに懐から小ぶりなビョウを取り出した。世話をさせていた時に、好んで口にしていたことを思い出す。だがあれは好きというより、紅の女の力に蝕まれ、それしか喉を通らなかっただけのことだ。
「いらぬ。それはお前が食せ。わたしの身の内に入ったとて、そのビョウは龍の御許に還れぬ」
この国では信仰として、植物は人が食べることで魂が浄化されると信じられている。特に神官の体を通したときに、その魂は龍の一部になれると言われていた。穢れたこの身が食べたところで、そんなご利益があるとは思えない。
「でも……もう終わりの時期だけど、とっても美味しかったから、ボク、ミヒャエル様にどうしても食べてもらいたくて」
「なぜそんなにもわたしを気にかける。お前もわたしの犯してきた罪を聞いたのだろう?」
「聞きましたけど、だけどちっとも信じられなくて……ミヒャエル様、ボクにはずっとやさしかったから……」
「お前がどう思おうと事実は変わらぬ。これ以上わたしに関わるな」
マルコは将来有望な少年だ。夢見の力を有し、何より純真無垢な清い心を持ち合わせている。かつての自分を重ね合わせ、ミヒャエルは眩しくマルコを見た。
(随分遠くへと来てしまったものだ……)
王の手によりイジドーラが救われると知ったあの日、自分はそれを祝福すべきだったのだ。
その時点で犯したすべての罪を詳らかにし、彼女のしあわせを願いながら、償うための余生を過ごす。ただ、それだけでよかったのだ。
「いいから今すぐ立ち去れ」
「ミヒャエル様の声が……死んだ父さんに似てるんです」
ふいにマルコがぽつりと言った。悲しそうにうなだれて、その顔は今にも泣きだしそうだ。マルコはクマに親を殺されたと聞く。天涯孤独となり、神殿に来てからも不安で仕方ないのだろう。
(この者はどうにも調子が狂う)
世話係をさせていたときも、マルコだけは苛立つミヒャエルに物おじせず近づいてきた。鬱陶しいと思えるほどの振る舞いは纏わりつく子犬を思わせて、冷たい態度をとりつつも結局そばにいることを許していた。
(わたしもまた、孤独に耐えられなかったのやもしれん)
ふっと笑ってミヒャエルはマルコに静かに声をかけた。
「わかった、そのビョウは置いていけ。あとでちゃんと食すゆえ、お前はもう神殿へと戻れ」
ぱっと顔を明るくしたマルコは、今度は懐から果物ナイフを取り出した。
「よかった! ボクが食べやすいよう切っておきますね! ミヒャエル様、ほっとくとずっと瞑想なさってるから」
「罪人のいる場に刃物を持ち込むなど……刑吏に知れたらどうする気だ。そこまでする必要はない。今すぐそれをしまえ」
「大丈夫、すぐできますから!」
そう言ってマルコはビョウに刃を当てた。危なっかしい手つきで皮をむいていく。
「あっ、うっ、ああっ」
自分の指まで傷つけそうなおぼつかない手が、滑ったビョウを取り落としそうになる。なんとか落とさずキャッチすると、マルコは恥ずかしそうにへへっとはにかんだ。
「相変わらずそそっかしい奴だな。いい、わたしがやろう」
本当にマルコは憎めない少年だ。落ち着きがなくて怒鳴ってばかりいたが、やはり自分はこの存在に癒されていたのだろう。
「いえ、ボクがちゃんと……いたっ」
「指を切ったのか? 見せてみろ」
言わんこっちゃないと思いつつ、ミヒャエルはマルコに近づいた。指先から赤い血が床に滴り落ちている。ビョウを取り上げ、ミヒャエルは小刻みに震える手を取った。
「深いな」
流れる血はミヒャエルの手にも伝わってくる。これはすぐに手当てをした方がいい。自分が刃物を持ってくるよう命じたとでも言えば、マルコが罪を問われることはないだろう。そう思った矢先、うつむいて顔を真っ青にしていたマルコが、突然くすくすと笑いだした。
「……なぁんだ。ミヒャエル様のそばにいれば、もっと王城を血の海にしてくれると思ったのに」
「マルコ……? お前何を言って」
「ほんと、期待外れ」
打って変わって爛々と光る瞳でマルコは見上げてきた。血でぬるつく手をミヒャエルに掴まれたまま、心底たのしそうに上気した頬を向けてくる。
「つまんないから、もっといいこと探さなきゃ」
「な……――っ!」
中途半端に剥かれたビョウが、ミヒャエルの手を離れ、床の上を転がった。突然受けた腹の衝撃に、ミヒャエルは自身の鳩尾に視線を落とした。離れないマルコの手首を無意識に掴み取る。
握られたナイフがこの腹に突き立てられている。それを認識すると同時に、ミヒャエルの口から大量の血が吹き出した。
鮮血を頭に浴びながら、うっとりとした表情のマルコは、さらに奥へとナイフを押し込んだ。
「な……ぜ……」
マルコに倒れ込み、ミヒャエルはそのまま壊れた人形のように床に伏す。
「こめんねミヒャエル様、びっくりしたよね……!」
全身を赤く染め、マルコはケタケタと笑い続けた。冷たい床に転がるミヒャエルは、目を見開いたまま絶命している。
物音を聞きつけたのか、牢の向こうから足音が近づいてくる。そちらを振り返り、マルコは冷たい視線を向けた。鼻をつく鉄の臭気に、次第にマルコの瞳に脅えが戻る。
目の前の床にミヒャエルが倒れていた。腹に刺さった果物ナイフを握りしめ、宙を見つめたまま息絶えている。
「あああ……ミヒャエルさまっ!」
「何事ですか、神官様……? ってなんじゃこりゃあっ」
駆け付けた騎士が牢の中の惨状に悲鳴を上げた。次いで数人の騎士が駆け込んでくる。
「一体何が……!」
「ミヒャエル様……ミヒャエル様が……!」
「見てはいけない。お前は神官殿を外へお連れしろ。お前は騎士団長に即刻報告だ!」
錯乱しているマルコの目を塞ぐように、年配の騎士がミヒャエルから遠ざけた。マルコは血の気を失った顔でしゃがみこむ。
「ボク、ミヒャエル様にビョウを食べてほしくて……あぁっミヒャエル様、どうして……どうして……」
過呼吸の中、気を失ったマルコは、騎士のひとりに抱え上げられた。
「牢に刃物を持ち込ませたのか!? 誰だ、身体検査もせずに通した奴は!」
「だって神官がそんなもの持ってるなんて思わなくて……」
「言い訳なら後で聞く! まずは騎士団長に連絡だ!」
「あの、神殿にはなんと……」
「そんなものバルバナス様の指示を仰いでからだ! いいか、神殿にはまだ絶対に洩らすなよ! この神官は保護の名目で軟禁しとけ!」
混乱する場で矢継ぎ早に指示を出したあと、騎士は血だまりに横たわる躯を忌々しげに見下ろした。
「こんなめでたい日に自害するなんざ、どこまでもクズ野郎だな」
部下の不始末は、最終的には自分が責任を取らねばならない。波乱含みの新しい御代の始まりに、自身の運のなさを嘆き、騎士は深く苛立ちの息をついた。
◇
泉に身を浸しながら、祈りを捧げる姿勢のまま、クリスティーナ王女はふと顔を上げた。
王位継承の儀では神官たちの儀式により、青龍への道が開かれる。それを担う神官は中でもシャーマンと呼ばれ、特別な力を有する者たちだ。
彼らの作り出す空間がより強固なものとなるように、場をサポートすることがクリスティーナの役割だ。泉の真ん中で祈りを捧げ、すでに何時間も経っていた。
それは国の最北にいるシネヴァの巫女も同じことで、共振するように彼女の力が絶え間なくクリスティーナに送りこまれてくる。
それをこの身がさらに増幅していき、先ほどから泉の水面がさざ波立っていた。規則正しく美しい模様を描いていた波が、一瞬、乱されるように歪んで跳ねる。
(またひとつ、星が流れた――)
龍はこんな時ですら犠牲を強いるのか。
そう思うも、こんな時だからこそなのかもしれない。クリスティーナは龍の姿など視たことはない。だがその存在が、確かに在るということだけは感じ取れていた。
もしかしたら龍はもう長くないのではないだろうか。尽きることなく加速していく要求に、クリスティーナはそんなことをふと思った。だが自分にできることは何もない。ただ龍に従い、この命を差し出すだけだ。
ハインリヒが王となり、その立派な姿を見届けるまでは生きながらえた。それはクリスティーナに贈られた唯一の手向けだ。
やがて時は満ちる。その瞬間が、もう間もなくやってくる。
規則性を取り戻した波が、灯された蠟燭の炎を映し、静かにきらめきを返した。
龍の道が開かれていく。ほどなくしてハインリヒの気配が、この世界からかき消えた。
それをつぶさに感じ取ったクリスティーナは、再び瞳を閉じる。
すべての憂いを忘れて、今だけは、ハインリヒのために一心不乱に祈りを捧げた。
◇
光を抜け、ハインリヒはその場に降り立った。水晶のような鉱石が、むき出しの岩から無数に覗いている。
凍てつくような重圧を全身に受け、ハインリヒは気づけば片膝を地につけていた。
地面は滑らかだが、まるで氷でできているかのようだ。深く透き通るそこに自身の姿を映しながら、ハインリヒは息苦しさの中、懸命に息を吐き出した。
――来たか、新しき王よ
直接、頭に響いた声は、地響きを思わせるほど脳を震わせる。冷気を感じた全身が総毛立ち、ハインリヒはその圧に抗いながら、ようやくの思いで顔を上げた。
目の前に巨大な龍がいる。
面長の顔は草食獣のようでいて、青銀の瞳は鋭く冷たい。頭には鹿に似た角があり、長い髯髭が左右に伸びる。小さめの耳はピンと横に立ち、虎のごとき足先には鷹を思わせる鋭利な爪が覗いていた。首筋より下、腹、尾にかけては大蛇の様相で、その背に並ぶ青銀の鱗から幻想的な光が放たれる。
ハインリヒは言葉を失った。国の紋章に刻まれた見慣れた龍が、現実に形取られて、確かに今そこに存在している。
大きく裂けた口からは鋭い牙が覗き、間を置いてゆっくりと深く冷気が放たれる。それが龍の呼吸なのだと気づいた時、鉤爪の手の内に、何かが握りこまれているのが目に入った。
(リーゼロッテ嬢……!?)
龍の爪の間で、リーゼロッテが人形のようにもたれかかっていた。蜂蜜色の髪が指の隙間から流れ、眠るようにその身を預けている。
緑に発光する力が体から溢れ出て、絶え間なく龍の鱗に吸い込まれては溶け込んでいく。
はっと息を飲み、喉がごくりと鳴った。
(違う、あれは――マルグリット・ラウエンシュタイン)
「龍の花嫁……」
言葉だけだったその知識が、実態として目の前にある。花嫁とは龍の灯。ラウエンシュタインの力を欠いては、龍は命を繋げない。無意識に浮かんだ考えが、知らぬはずの真実を告げてきた。
――新しき王よ、古の契約に基づいて、今、すべての記憶を授けよう
青銀の瞳の焔に射抜かれる。青龍から放たれた光はハインリヒの額に真っすぐと伸び、膨大な記憶の波が有無を言わさず流れ込んでくる。
――願いとは祈り、祈りとはすなわち光……分かるか? 新しき王よ
龍の口は息を吐き出すのみで、その言葉はやはり脳に直接響いてくる。数多の記憶が渦巻く中、龍の声が木魂して、ハインリヒは眩暈と吐き気に見舞われた。
それでも自分が誓うべき文言が、自然と頭に浮かんできた。与えられた記憶が余すことなく、そのことを教えてくれている。
「神聖なる我が名において、過去、現在、未来、時空次元を超えた契約を、今再び約束する。星読みが希む限り、イオを冠する王として、この契約は永劫守られることをここに誓う」
乱れることなく紡がれた言葉に、ハインリヒの手から契約の光が放たれる。まっさらな紙が目の前に現れ、焼き付くように契約の文字が浮かびあがった。かと思うと紙が虹色に輝き、薄れながらやがて視えなくなった。
――誓約は確かに受け取った
この国の真実を知った今、見上げる青龍にもはや恐れはない。ハインリヒは立ち上がり、微動だにしないマルグリットの姿を見やった。
――イオを冠する王よ、そなたが豊穣の王となるか、終焉の王となるか……それは次の星読み次第
その意味を正しく理解して、ハインリヒの頭にジークヴァルトの姿がよぎる。それだけではない。姉姫のクリスティーナ、ラスの名を受けたカイ。
自分にできることなど、欠片のひとつも存在しない。すべては龍の思し召し。ディートリヒの口癖の意味を、今になって真に理解した。
――もう我が内に戻るがいい
頷いて、瞳を閉じる。ここから帰る方法も、この先すべきことも何もかも、受け継いだものがすべて覚えている。
極彩色の光の渦を通り抜け、ハインリヒは瞑想の縁から静かに覚醒した。
◇
しばし半眼で姿勢を保っていたハインリヒが、音もなく立ち上がった。遠くを見据えるまなざしに、神官たちが息を飲む。真っ先に神官長が深々と頭を下げ、慌てた周囲がそれに続いた。
「ハインリヒ様、よくぞ戻られました」
「ああ」
静かに言って、ハインリヒは先に目覚めていたディートリヒを見た。
「行きましょう、父上」
頷いたディートリヒが、祈りの間を出ていった。そのあとをハインリヒが続く。目指すのは玉座の間だ。そこで貴族たちの前で戴冠式が行われる。
玉座の間に入ってきたディートリヒに、先に待っていた王妃とアンネマリーが、いち早く礼を取った。続けて貴族たちも一斉に頭を垂れる。
「面を上げよ。新しき王の誕生を、しかとその目に焼き付けるがよい」
近衛の騎士が両脇に並ぶ奥から、王太子が玉座の間に入ってくる。その顔を見て、多くの貴族が息を飲んだ。
そこに立つのは、みなが知るハインリヒではなかった。どこまでも遠くを見据える紫の瞳。色彩は違えど、それはディートリヒ王のまなざしそっくりだ。
「王太子殿下の即位は、王位継承の儀により無事成されました。新王誕生の証に、これより戴冠式を執り行います」
神官長の宣言の元、ざわついていた空気が静まった。
台座に乗せられた王冠が運ばれてくる。目の前に跪くハインリヒの頭に、神官長の手によりその王冠が授けられた。
王の証を戴いたハインリヒが静かに立ち上がる。目の覚めるような青のマントを肩にかけられ、ハインリヒは次いでアンネマリーを見た。
膝をつくアンネマリーの頭上に、今度はハインリヒ自らが王妃のティアラを乗せた。女性陣から感嘆の声が漏れる中、手を差し伸べアンネマリーを立ち上がらせる。
「ハインリヒ王に忠誠の誓いを」
その言葉と共に、ディートリヒが臣下の礼を取った。その後ろで貴族たちも、新たな王に向けて一斉に膝をつく。
口元にうすく笑みを刷き、ハインリヒはアンネマリーの手を引いた。
「行こう、アンネマリー。我が妃よ」
「仰せのままに、ハインリヒ王」
遠くを見据えるようなそのまなざしに内心動揺しつつ、アンネマリーは静かに従った。ゆったりした長いローブを引きずらないようにと、ピッパ王女がその裾を持ち上げてついてくる。
通り過ぎざまアンネマリーが目にしたディートリヒは、相反して憑き物が落ちたような瞳をしている。その様は、まるでふたりをきれいに入れ替えたかのようだった。横にいたイジドーラが、過ぎゆく新しき王と王妃に静かに礼を取った。
外の広間を見下ろすバルコニーへと進む。青空が開け、吐く息が白くまとわりつく中、眼下に大きく歓声が沸き上がった。
下で待つのは平民たちだ。新王の姿をひと目見ようと、特別に開かれた王城の広間に、極寒の中を多くの者が集まっていた。
その民に向けてハインリヒが軽く片手を上げると、歓声がうねる様に広がった。促され、アンネマリーも民衆に向けて小さく手を振ってみる。空気が振動するほどの熱狂に、広間がいっぺんに包まれた。
龍歴八百三十年初月の晴れた日に、つつがなく戴冠式は終了した。
後に変革の王として名を残す、ハインリヒ王の御代の始まりだった。
【次回予告】
はーい、わたしリーゼロッテ。新しい御代となった中、ハインリヒ王のまなざしに戸惑いを覚えるアンネマリー。東宮での時間が相変わらず静かに過ぎていく中、ヘッダ様の態度はますます冷たくなって……。
次回4章第15話「愛おしい日々」 あわれなわたしに、チート、プリーズ!!
イジドーラ王妃たちにアンネマリーの懐妊を祝われる中、かつて自分のせいで傷を負ったアデライーデを、ハインリヒは呼び出します。
託宣が果たされた後に、一発殴らせるという約束を交わしていたふたり。しかしアデライーデはやさしくハインリヒを抱きしめ、もう終わりにしようと静かに告げます。
アデライーデに背を押され、正しき王となることを決意したハインリヒ。
それぞれの思いが巡る中、新年を迎える王城の鐘が、王都の街に遠く鳴り響くのでした。
※残酷描写注意回です。苦手な方はお気をつけください。
「今日は王位継承の日ね……またパレードも行われるのかしら?」
「そのようですね。新しい王の誕生に、国中が沸き立っていますから」
王子とアンネマリーが結婚した一年前も、王都の街でパレードが行われた。王家の馬車が大通りをゆっくりと進み、笑顔を保つのがたいへんだったとアンネマリーがこぼしていたのを思い出す。
国民にとって、王族の姿を見ることのできる滅多にない機会だ。今回は新王即位とあって、さらに盛大なものになるに違いない。
「ああ、やっぱり戴冠式をこの目で見てみたかったわ」
残念そうに言ったあと、リーゼロッテは遠くに思いを馳せるように深いため息をついた。
「今度お会いした時にクリスタ奥様に儀の様子をお伺いしてみましょう。……そろそろ時間ですので、厨房に菓子を取りに行ってまいりますね」
時計を確認してエラは部屋から出ていった。エラが来て以来、食事の給仕などはすべてエラに任せきりだ。おかげでヘッダとは顔を合わせずに済んでいる。
(でも今日、東宮に残っているのは、エラとわたしとヘッダ様だけなのよね……)
王女は王位継承の儀のために、王城へと向かった。アルベルトは護衛のために一緒についていったようだ。
(クリスティーナ様はご病弱なのに、式典に出ても大丈夫なのかしら)
時々は公務に参加していると聞くが、真冬の大聖堂はめちゃくちゃ寒い。式典に出るにはそれなりの格好が必要なので、厚着をするにも限度があった。
(去年のアンネマリーのお式では、ヴァルト様の外套に包んでもらったっけ)
夢中になってアンネマリーの姿を目で追っていたら、いつの間にかジークヴァルトと二人羽織のような格好になっていた。
(どうりでまわりの視線が痛いと思ったのよね。あれは二人羽織というより完全にカ〇ナシだったわ)
今さらのように赤面する。だがここずっとジークヴァルトには会えていなくて、しゅんと気持ちがしぼんでしまった。
ひとりきりで過ごす真冬の夜は、何とも心もとなく感じられる。ガタガタと窓が鳴らされる風の強い日などは、どうしようもなく不安が掻き立てられた。だが今はエラがいてくれる。そのことがとても心強かった。
(ヘッダ様はおひとりでさみしくないかしら……)
かといってお茶や食事に誘っても、彼女は絶対に応じないだろう。ヘッダは常に敵愾心を向けてくる。リーゼロッテが厄介者だとしても、それは必要以上な態度に思えてならなかった。
(二割の人間には特に理由もなく嫌われるって、日本で聞いたことがあるし……)
なんとなくいけ好かないという感覚は分からないでもない。リーゼロッテ自身、ヘッダに対して苦手意識を持ってしまっている。
「お互い距離を取るのがいちばんね」
「何がいちばんでしょうか?」
戻ってきたエラが不思議顔で聞いてきた。東宮に来てから、独り言が癖になってしまったリーゼロッテだ。
「いいえ、なんでもないの。それにしても、アンネマリーは王妃様になるのね。ますます遠い存在に思えて、なんだかさびしく感じてしまうわ……」
「お立場上、これからは気軽にお会いできなくなるでしょうね。ですがお嬢様とアンネマリー様は従姉妹同士。非公式な場ではこれまで通り親しくしてくださいますよ」
「そうね。アンネマリーはアンネマリーだものね」
「さあ、お嬢様。本日はお嬢様のお好きなチョコトルテですよ」
エラの言葉に瞳を輝かせた。目の前に置かれたのは、アプリコットジャムとバタークリームを塗った生地が、何層も重ねられたケーキだった。周りがチョコでコーティングされており、断面も美しく心が躍る。サクサクのパイ生地とクリームのしっとり感、ジャムの甘酸っぱさがビターチョコと絶妙に合う絶品スイーツだ。
美味しいケーキを頂きながら、リーゼロッテはさみしさを紛らわすように、いつまでもエラとおしゃべりし続けた。
◇
禊を終え祈りの間に入ると、数人の神官とディートリヒ王が先立って待機していた。かいだことのない香が焚かれ、うすい煙が中を満たしている。
年明けから七日が経ち、これから王位継承の儀が執り行われる。限られた者のみが集められ、大衆が詳細を知ることのない秘匿された儀式だ。これを終えたあとに、大勢の貴族が見守る中、戴冠式が行われる予定となっていた。
「では継承の儀を始めさせていただきます。王太子殿下とディートリヒ王はそこに座り、瞑想に入る準備をなさってください」
促されディートリヒとともに、円陣が描かれた床の中央であぐらをかく。次いで神官長は器をひとつ差し出してきた。
「王太子殿下、まずはこちらを」
「これは?」
「神聖な植物から煎じた茶です。儀式に必要なものですので、残さずお飲みください」
「いや、しかし……」
泥水のような液体は、何やら饐えた臭いを発している。とてもではないが、人が飲めるものだとは思えない。腐ったものなど口にしたことはないが、腐敗臭とはこの事を言うのだろう。手渡されたものの、なみなみと入っている器を前に、ハインリヒは強張った顔で固まった。
その横でディートリヒが、同じものを平然と飲み干した。迷いのない手つきは慣れたものを感じさせる。それを見てハインリヒは悟った。これは王となったら祈りの儀式で、毎月のように飲まねばならない代物なのだと。
覚悟を決めて一気にあおる。あまりの不味さと苦さに吐き戻しそうになった。
何とかすべてを飲み下した後、意識がぼんやりとし始める。かと思ったら急激に吐き気が込み上げた。
「吐けるなら吐くがよい。その方が楽になる」
「王のおっしゃる通りです。身の内の悪いものをすべて出すためにも、どうぞこちらにお吐きください」
身を清めるためにと、ここ一週間は水と野菜の絞り汁しか口にしていない。初めは空腹に耐えかねたが、毒素が出たのか思いのほか体は軽い。
そんな状態で、これ以上どんな悪いものが出るというのだ。内心で悪態をつきつつも、ハインリヒは胃の中身をすべて吐き出した。苦しく息をつくが、ほどなくして最初に感じた浮遊感が戻ってくる。
「座っているのがおつらかったら横になっていただいても構いません。いちばん楽な姿勢を取ってください」
朦朧とした意識の中でハインリヒは頷いた。世界がふわふわと回りはじめて、神官長の声もやけに遠くに聞こえてくる。
「では、青龍への道を開きます。王と王太子殿下はそのままで、ただ瞑想に没頭していてください」
神官長の合図とともに、周囲にいた神官たちが笛や打楽器を用いて音楽を奏でていく。一定のリズムで刻まれる旋律は、初めはゆっくりと、そして節が繰り返されるごとに、少しずつ速度を増していく。
そこに青龍を讃える祝詞が重ねられていき、瞳を閉じたハインリヒの目の前に、極彩色の光が押し寄せた。
今まではその先に行くのを無意識に拒んでいた。今は恐れることなく、なすがまま渦に身を任せる。飲み込まれるように心地よい波が意識を埋め尽くして、ハインリヒはその光に溶け込んだ。
体の感覚がまるでない。閉じていた唇、肩に入っていた力、床に座るあぐらをかいた足、印を結んだ指先に至るまで、感覚という感覚がすべて消え失せる。
自分と光の境目がなくなって、ハインリヒは押されるまま上へ上へと昇っていった。
頭上にできた丸い穴から、ドーム状の空間へと入り込む。閉じた空間の壁面に、何か映像が映し出された。
流れるそれが、今まで断片的に垣間見てきた国の歴史であるとすぐさま気づく。映像は高速で巻き戻され、そして始まりへとたどり着く。
そこからはさらに速度が増した。巻き戻った歴史が順序だてられ、再び一気に再生される。
戦火、悲鳴、怒り、慟哭――そして、終わりなき願い
それこそが、この国のはじまり
交わされた三つの契約
ただそれを守るため、龍の血を受けた者たちが、数多の礎となっていく。
繰り返し繰り返し、大波のように押し寄せて、映像は余すことなくハインリヒの脳に焼き付いた。終わりを見せないループから抜け出すことも叶わない。
気が狂った方がいっそ楽なのに。そう思わせるほど光の渦は、ハインリヒに苦痛を与え続けた。
無限とも思われる時の中、ハインリヒはふいに何かに腕を掴まれた。永遠の輪から一気に離脱する。一瞬の出来事に混乱しか起こらない。
気づくと冷たい床に手をついて、そこに映る自分の顔を見つめていた。上がった息を必死に整え、視界に入った足先の人物を、上へとゆっくり辿っていく。
「父上……」
横に立つディートリヒを、放心したように見上げた。辺りに視線を巡らせると、何もない空間に、手をついている床がどこまでも広がっている。
「すべてを目にしてきたか? ハインリヒよ」
「はい……見て、きました」
はじまりの出来事。この国が作られた理由。そして、自分が担うべき役割も。
「我がブラオエルシュタイン家が受け継ぎしは、この国の記憶――」
「国の、記憶」
「王位継承とは記憶の継承に他ならない。王だなんだと祀り上げられようと、我らに決定権など与えられてはおらぬ。ただ従い見守るだけだ」
「すべては龍の思し召し……」
「そうだ。だがその龍の意思すらも、星読みの希みひとつ」
静かに言って、ディートリヒは前方へと視線を向けた。そこには青銀色に揺らめく扉が高くそびえたっている。
「行くがよい。あの先に龍がいる」
操られるようにハインリヒは立ち上がった。導かれるまま扉の前へと歩を進める。
「恐れるな、次代の王よ。真実はすべてそこにある」
ディートリヒの声に背を押され、ハインリヒは扉を押し開いた。開かれた先、青銀の光にその姿が飲まれ消えていく。
それを見届けたディートリヒは、静寂の中、ひとり遠い瞳でつぶやいた。
「これで余も、ようやく楽になる――」
◇
肌寒い牢の中、いつものように瞑想に耽っていると、ふいに人の近づく気配がした。
自分に会いに来るのはレミュリオくらいだ。だが今日は王位継承が行われると聞いている。そんな国を挙げての神事に、レミュリオほどの神官が駆り出されないはずはない。
瞳を開き、ミヒャエルは訝しげな視線を鉄の格子へと向けた。
「今回は特別ですよ。時間が来たらすぐ迎えに来ますからね」
「わかってます! ミヒャエル様のお顔を見たらすぐ帰りますから」
聞こえてきた少年の声にミヒャエルは目を丸くした。あれは少しの間、自分の世話係をしていた神官見習いマルコの声だ。
「何しに来た。ここはお前のような者が来るところではない」
顔を見るなり瞳を輝かせたマルコに、ミヒャエルは冷たく言い放った。
「あの、ボク……ビョウを持ってきたんです。ミヒャエル様がお好きでしたから」
マルコは大事そうに懐から小ぶりなビョウを取り出した。世話をさせていた時に、好んで口にしていたことを思い出す。だがあれは好きというより、紅の女の力に蝕まれ、それしか喉を通らなかっただけのことだ。
「いらぬ。それはお前が食せ。わたしの身の内に入ったとて、そのビョウは龍の御許に還れぬ」
この国では信仰として、植物は人が食べることで魂が浄化されると信じられている。特に神官の体を通したときに、その魂は龍の一部になれると言われていた。穢れたこの身が食べたところで、そんなご利益があるとは思えない。
「でも……もう終わりの時期だけど、とっても美味しかったから、ボク、ミヒャエル様にどうしても食べてもらいたくて」
「なぜそんなにもわたしを気にかける。お前もわたしの犯してきた罪を聞いたのだろう?」
「聞きましたけど、だけどちっとも信じられなくて……ミヒャエル様、ボクにはずっとやさしかったから……」
「お前がどう思おうと事実は変わらぬ。これ以上わたしに関わるな」
マルコは将来有望な少年だ。夢見の力を有し、何より純真無垢な清い心を持ち合わせている。かつての自分を重ね合わせ、ミヒャエルは眩しくマルコを見た。
(随分遠くへと来てしまったものだ……)
王の手によりイジドーラが救われると知ったあの日、自分はそれを祝福すべきだったのだ。
その時点で犯したすべての罪を詳らかにし、彼女のしあわせを願いながら、償うための余生を過ごす。ただ、それだけでよかったのだ。
「いいから今すぐ立ち去れ」
「ミヒャエル様の声が……死んだ父さんに似てるんです」
ふいにマルコがぽつりと言った。悲しそうにうなだれて、その顔は今にも泣きだしそうだ。マルコはクマに親を殺されたと聞く。天涯孤独となり、神殿に来てからも不安で仕方ないのだろう。
(この者はどうにも調子が狂う)
世話係をさせていたときも、マルコだけは苛立つミヒャエルに物おじせず近づいてきた。鬱陶しいと思えるほどの振る舞いは纏わりつく子犬を思わせて、冷たい態度をとりつつも結局そばにいることを許していた。
(わたしもまた、孤独に耐えられなかったのやもしれん)
ふっと笑ってミヒャエルはマルコに静かに声をかけた。
「わかった、そのビョウは置いていけ。あとでちゃんと食すゆえ、お前はもう神殿へと戻れ」
ぱっと顔を明るくしたマルコは、今度は懐から果物ナイフを取り出した。
「よかった! ボクが食べやすいよう切っておきますね! ミヒャエル様、ほっとくとずっと瞑想なさってるから」
「罪人のいる場に刃物を持ち込むなど……刑吏に知れたらどうする気だ。そこまでする必要はない。今すぐそれをしまえ」
「大丈夫、すぐできますから!」
そう言ってマルコはビョウに刃を当てた。危なっかしい手つきで皮をむいていく。
「あっ、うっ、ああっ」
自分の指まで傷つけそうなおぼつかない手が、滑ったビョウを取り落としそうになる。なんとか落とさずキャッチすると、マルコは恥ずかしそうにへへっとはにかんだ。
「相変わらずそそっかしい奴だな。いい、わたしがやろう」
本当にマルコは憎めない少年だ。落ち着きがなくて怒鳴ってばかりいたが、やはり自分はこの存在に癒されていたのだろう。
「いえ、ボクがちゃんと……いたっ」
「指を切ったのか? 見せてみろ」
言わんこっちゃないと思いつつ、ミヒャエルはマルコに近づいた。指先から赤い血が床に滴り落ちている。ビョウを取り上げ、ミヒャエルは小刻みに震える手を取った。
「深いな」
流れる血はミヒャエルの手にも伝わってくる。これはすぐに手当てをした方がいい。自分が刃物を持ってくるよう命じたとでも言えば、マルコが罪を問われることはないだろう。そう思った矢先、うつむいて顔を真っ青にしていたマルコが、突然くすくすと笑いだした。
「……なぁんだ。ミヒャエル様のそばにいれば、もっと王城を血の海にしてくれると思ったのに」
「マルコ……? お前何を言って」
「ほんと、期待外れ」
打って変わって爛々と光る瞳でマルコは見上げてきた。血でぬるつく手をミヒャエルに掴まれたまま、心底たのしそうに上気した頬を向けてくる。
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「な……――っ!」
中途半端に剥かれたビョウが、ミヒャエルの手を離れ、床の上を転がった。突然受けた腹の衝撃に、ミヒャエルは自身の鳩尾に視線を落とした。離れないマルコの手首を無意識に掴み取る。
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「な……ぜ……」
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全身を赤く染め、マルコはケタケタと笑い続けた。冷たい床に転がるミヒャエルは、目を見開いたまま絶命している。
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「あああ……ミヒャエルさまっ!」
「何事ですか、神官様……? ってなんじゃこりゃあっ」
駆け付けた騎士が牢の中の惨状に悲鳴を上げた。次いで数人の騎士が駆け込んでくる。
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錯乱しているマルコの目を塞ぐように、年配の騎士がミヒャエルから遠ざけた。マルコは血の気を失った顔でしゃがみこむ。
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過呼吸の中、気を失ったマルコは、騎士のひとりに抱え上げられた。
「牢に刃物を持ち込ませたのか!? 誰だ、身体検査もせずに通した奴は!」
「だって神官がそんなもの持ってるなんて思わなくて……」
「言い訳なら後で聞く! まずは騎士団長に連絡だ!」
「あの、神殿にはなんと……」
「そんなものバルバナス様の指示を仰いでからだ! いいか、神殿にはまだ絶対に洩らすなよ! この神官は保護の名目で軟禁しとけ!」
混乱する場で矢継ぎ早に指示を出したあと、騎士は血だまりに横たわる躯を忌々しげに見下ろした。
「こんなめでたい日に自害するなんざ、どこまでもクズ野郎だな」
部下の不始末は、最終的には自分が責任を取らねばならない。波乱含みの新しい御代の始まりに、自身の運のなさを嘆き、騎士は深く苛立ちの息をついた。
◇
泉に身を浸しながら、祈りを捧げる姿勢のまま、クリスティーナ王女はふと顔を上げた。
王位継承の儀では神官たちの儀式により、青龍への道が開かれる。それを担う神官は中でもシャーマンと呼ばれ、特別な力を有する者たちだ。
彼らの作り出す空間がより強固なものとなるように、場をサポートすることがクリスティーナの役割だ。泉の真ん中で祈りを捧げ、すでに何時間も経っていた。
それは国の最北にいるシネヴァの巫女も同じことで、共振するように彼女の力が絶え間なくクリスティーナに送りこまれてくる。
それをこの身がさらに増幅していき、先ほどから泉の水面がさざ波立っていた。規則正しく美しい模様を描いていた波が、一瞬、乱されるように歪んで跳ねる。
(またひとつ、星が流れた――)
龍はこんな時ですら犠牲を強いるのか。
そう思うも、こんな時だからこそなのかもしれない。クリスティーナは龍の姿など視たことはない。だがその存在が、確かに在るということだけは感じ取れていた。
もしかしたら龍はもう長くないのではないだろうか。尽きることなく加速していく要求に、クリスティーナはそんなことをふと思った。だが自分にできることは何もない。ただ龍に従い、この命を差し出すだけだ。
ハインリヒが王となり、その立派な姿を見届けるまでは生きながらえた。それはクリスティーナに贈られた唯一の手向けだ。
やがて時は満ちる。その瞬間が、もう間もなくやってくる。
規則性を取り戻した波が、灯された蠟燭の炎を映し、静かにきらめきを返した。
龍の道が開かれていく。ほどなくしてハインリヒの気配が、この世界からかき消えた。
それをつぶさに感じ取ったクリスティーナは、再び瞳を閉じる。
すべての憂いを忘れて、今だけは、ハインリヒのために一心不乱に祈りを捧げた。
◇
光を抜け、ハインリヒはその場に降り立った。水晶のような鉱石が、むき出しの岩から無数に覗いている。
凍てつくような重圧を全身に受け、ハインリヒは気づけば片膝を地につけていた。
地面は滑らかだが、まるで氷でできているかのようだ。深く透き通るそこに自身の姿を映しながら、ハインリヒは息苦しさの中、懸命に息を吐き出した。
――来たか、新しき王よ
直接、頭に響いた声は、地響きを思わせるほど脳を震わせる。冷気を感じた全身が総毛立ち、ハインリヒはその圧に抗いながら、ようやくの思いで顔を上げた。
目の前に巨大な龍がいる。
面長の顔は草食獣のようでいて、青銀の瞳は鋭く冷たい。頭には鹿に似た角があり、長い髯髭が左右に伸びる。小さめの耳はピンと横に立ち、虎のごとき足先には鷹を思わせる鋭利な爪が覗いていた。首筋より下、腹、尾にかけては大蛇の様相で、その背に並ぶ青銀の鱗から幻想的な光が放たれる。
ハインリヒは言葉を失った。国の紋章に刻まれた見慣れた龍が、現実に形取られて、確かに今そこに存在している。
大きく裂けた口からは鋭い牙が覗き、間を置いてゆっくりと深く冷気が放たれる。それが龍の呼吸なのだと気づいた時、鉤爪の手の内に、何かが握りこまれているのが目に入った。
(リーゼロッテ嬢……!?)
龍の爪の間で、リーゼロッテが人形のようにもたれかかっていた。蜂蜜色の髪が指の隙間から流れ、眠るようにその身を預けている。
緑に発光する力が体から溢れ出て、絶え間なく龍の鱗に吸い込まれては溶け込んでいく。
はっと息を飲み、喉がごくりと鳴った。
(違う、あれは――マルグリット・ラウエンシュタイン)
「龍の花嫁……」
言葉だけだったその知識が、実態として目の前にある。花嫁とは龍の灯。ラウエンシュタインの力を欠いては、龍は命を繋げない。無意識に浮かんだ考えが、知らぬはずの真実を告げてきた。
――新しき王よ、古の契約に基づいて、今、すべての記憶を授けよう
青銀の瞳の焔に射抜かれる。青龍から放たれた光はハインリヒの額に真っすぐと伸び、膨大な記憶の波が有無を言わさず流れ込んでくる。
――願いとは祈り、祈りとはすなわち光……分かるか? 新しき王よ
龍の口は息を吐き出すのみで、その言葉はやはり脳に直接響いてくる。数多の記憶が渦巻く中、龍の声が木魂して、ハインリヒは眩暈と吐き気に見舞われた。
それでも自分が誓うべき文言が、自然と頭に浮かんできた。与えられた記憶が余すことなく、そのことを教えてくれている。
「神聖なる我が名において、過去、現在、未来、時空次元を超えた契約を、今再び約束する。星読みが希む限り、イオを冠する王として、この契約は永劫守られることをここに誓う」
乱れることなく紡がれた言葉に、ハインリヒの手から契約の光が放たれる。まっさらな紙が目の前に現れ、焼き付くように契約の文字が浮かびあがった。かと思うと紙が虹色に輝き、薄れながらやがて視えなくなった。
――誓約は確かに受け取った
この国の真実を知った今、見上げる青龍にもはや恐れはない。ハインリヒは立ち上がり、微動だにしないマルグリットの姿を見やった。
――イオを冠する王よ、そなたが豊穣の王となるか、終焉の王となるか……それは次の星読み次第
その意味を正しく理解して、ハインリヒの頭にジークヴァルトの姿がよぎる。それだけではない。姉姫のクリスティーナ、ラスの名を受けたカイ。
自分にできることなど、欠片のひとつも存在しない。すべては龍の思し召し。ディートリヒの口癖の意味を、今になって真に理解した。
――もう我が内に戻るがいい
頷いて、瞳を閉じる。ここから帰る方法も、この先すべきことも何もかも、受け継いだものがすべて覚えている。
極彩色の光の渦を通り抜け、ハインリヒは瞑想の縁から静かに覚醒した。
◇
しばし半眼で姿勢を保っていたハインリヒが、音もなく立ち上がった。遠くを見据えるまなざしに、神官たちが息を飲む。真っ先に神官長が深々と頭を下げ、慌てた周囲がそれに続いた。
「ハインリヒ様、よくぞ戻られました」
「ああ」
静かに言って、ハインリヒは先に目覚めていたディートリヒを見た。
「行きましょう、父上」
頷いたディートリヒが、祈りの間を出ていった。そのあとをハインリヒが続く。目指すのは玉座の間だ。そこで貴族たちの前で戴冠式が行われる。
玉座の間に入ってきたディートリヒに、先に待っていた王妃とアンネマリーが、いち早く礼を取った。続けて貴族たちも一斉に頭を垂れる。
「面を上げよ。新しき王の誕生を、しかとその目に焼き付けるがよい」
近衛の騎士が両脇に並ぶ奥から、王太子が玉座の間に入ってくる。その顔を見て、多くの貴族が息を飲んだ。
そこに立つのは、みなが知るハインリヒではなかった。どこまでも遠くを見据える紫の瞳。色彩は違えど、それはディートリヒ王のまなざしそっくりだ。
「王太子殿下の即位は、王位継承の儀により無事成されました。新王誕生の証に、これより戴冠式を執り行います」
神官長の宣言の元、ざわついていた空気が静まった。
台座に乗せられた王冠が運ばれてくる。目の前に跪くハインリヒの頭に、神官長の手によりその王冠が授けられた。
王の証を戴いたハインリヒが静かに立ち上がる。目の覚めるような青のマントを肩にかけられ、ハインリヒは次いでアンネマリーを見た。
膝をつくアンネマリーの頭上に、今度はハインリヒ自らが王妃のティアラを乗せた。女性陣から感嘆の声が漏れる中、手を差し伸べアンネマリーを立ち上がらせる。
「ハインリヒ王に忠誠の誓いを」
その言葉と共に、ディートリヒが臣下の礼を取った。その後ろで貴族たちも、新たな王に向けて一斉に膝をつく。
口元にうすく笑みを刷き、ハインリヒはアンネマリーの手を引いた。
「行こう、アンネマリー。我が妃よ」
「仰せのままに、ハインリヒ王」
遠くを見据えるようなそのまなざしに内心動揺しつつ、アンネマリーは静かに従った。ゆったりした長いローブを引きずらないようにと、ピッパ王女がその裾を持ち上げてついてくる。
通り過ぎざまアンネマリーが目にしたディートリヒは、相反して憑き物が落ちたような瞳をしている。その様は、まるでふたりをきれいに入れ替えたかのようだった。横にいたイジドーラが、過ぎゆく新しき王と王妃に静かに礼を取った。
外の広間を見下ろすバルコニーへと進む。青空が開け、吐く息が白くまとわりつく中、眼下に大きく歓声が沸き上がった。
下で待つのは平民たちだ。新王の姿をひと目見ようと、特別に開かれた王城の広間に、極寒の中を多くの者が集まっていた。
その民に向けてハインリヒが軽く片手を上げると、歓声がうねる様に広がった。促され、アンネマリーも民衆に向けて小さく手を振ってみる。空気が振動するほどの熱狂に、広間がいっぺんに包まれた。
龍歴八百三十年初月の晴れた日に、つつがなく戴冠式は終了した。
後に変革の王として名を残す、ハインリヒ王の御代の始まりだった。
【次回予告】
はーい、わたしリーゼロッテ。新しい御代となった中、ハインリヒ王のまなざしに戸惑いを覚えるアンネマリー。東宮での時間が相変わらず静かに過ぎていく中、ヘッダ様の態度はますます冷たくなって……。
次回4章第15話「愛おしい日々」 あわれなわたしに、チート、プリーズ!!
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