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第3章 寡黙な公爵と託宣の涙

第12話 託宣の涙

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【前回のあらすじ】
 ジークヴァルトの意識が戻らない中、懸命に看病を続けるリーゼロッテ。そんな時にジークヴァルトが龍の盾であるとジークハルトに教えられます。
 自分を頼ってくれないジークヴァルトを前に、悲嘆に暮れるリーゼロッテは、義父のフーゴの言葉に励まされて。もう一度ジークヴァルトと向き合うことを決意し、その距離を少しずつ近づけていくのでした。





「ジークヴァルトが襲われた?」
「新年を祝う夜会と同じ瘴気しょうきが、フーゲンベルク家に現れたそうです」

 カイの報告にハインリヒは執務の手を止めた。

「命に別条はないとのことですが、平民の体をたてに取られて、今回はこっぴどくやられたみたいです」
「……そうか」

 ハインリヒは執務机を指でとんとんと叩いた。先日の夜会での騒ぎの首謀者は誰なのか、その目星はついている。だが、証拠不十分で今は泳がせている状態だった。

「バルバナス様がとりでの騎士を集めて調査に乗り出してはいますが、フーゲンベルク家にこれと言った痕跡こんせきは残されていないようですね。かれていた者たちも記憶がないそうで、公爵家で手厚い看護を受けているとのことです」
「そうか」
「ミヒャエル殿を呼び出して詰問することはできないんですか?」

 言葉少なくずっと考え込んでいるハインリヒに、カイが問うた。難しい顔をしてハインリヒは大きく息を吐く。

「別件で呼び出してはいるが、体調不良を理由に応じようとしない。父上もそれ以上強くは出るつもりはないらしい」

 事を大きくしようとしない父王に苛立ちを覚えるも、自分が何かを言ったところで、『全ては龍のおぼし』で済まされてしまうのは目に見えている。

「夜会ではリーゼロッテ嬢に返り討ちにされたと聞きました。呪詛じゅそがえしを受けたとしたら、ダメージは相当大きいはず。本当に体調が悪いということもあるのでは?」
「いや、入り込ませた者の情報だと、神殿内では今まで通り動き回っているようだ」
「そうですか……神殿にこもられると厄介ですね」

 神殿は王家とは独立した組織として地位を確立している。王と言えど、その立場を振りかざして、強引な振る舞いをすることは許されない。

「フーゲンベルク家に襲来があった日に、枢機卿すうきけいの私室からただならない気が発せられていたとの報告もある」
「それをネタに引っ張ってこれないんですか?」
「優秀な者がわずかに感知した程度の事らしい。神殿内部からの告発ということにするのも無理がある。神官とは名ばかりで、力を持つ者はほとんどいないからな」

 ハインリヒの言葉に、カイは少し考えるそぶりをした。

「……レミュリオ殿ならどうでしょう?」

 盲目の美青年を思い浮かべる。レミュリオはまだ若いが、時期神官長の呼び声も高い男だ。力ある者としても、王家の人間に引けをとらないほどのものを秘めていた。

 一方ミヒャエルは、神殿内では神官長に次ぐ地位を確立している。だがそれは、恐喝や金銭などを用いた強引な手口で築いてきたものだ。神殿というより庶民向けの教会組織に根を張り、私腹を肥やしてばかりいる。そんなミヒャエルが、次の神官長に指名される可能性はまずないと言えた。

「レミュリオ神官は神官長の秘蔵っ子だからな。事なかれ主義の神官長の意向に沿って、こちらにつく可能性は低いだろう」
「まあ、彼も油断ならない性格してそうですしね」
「そう言うことだ」

 肩をすくめて言うカイに、ハインリヒは渋い顔で同意を示した。

「父上も一体何を考えているのか……」

 長く息を吐く。アンネマリーとの間に子ができれば、その段階で自分が王位を継ぐことになる。山積みの諸問題も王位と共に引き継ぐのかと思うと、今から気が重くなってくる。
 今ある厄介ごとを、ディートリヒ王は積極的に解決しようとしない。それを押し付けられるように感じてしまうのも仕方のないことだった。

「父上は今日みそぎ明けか……」
「ああ、祈りの儀の期間でしたね」

 この国の王は月に三日、祈りの間にこもるしきたりがある。そこで何が行われているのか、王太子であるハインリヒにも知らされてはいなかった。

「とにかくヴァルトの出仕はしばらく無理と言うことだな。カイ、すまないがまたしばらく王城にとどまってもらえるか?」
「もちろんです」

 イジドーラ王妃からも頼まれていることだったので、カイは快く頷いた。

「その代わりひとつ、ハインリヒ様に頼みたいことがあるんですけど」
「なんだ?」

 いつでも頼るように言ってはいるが、実際にカイが何か頼みごとをしてきたことは数少ない。カイは神妙な顔つきでその口を開いた。

「実は……」

 カイの提案に、難しい顔をしてハインリヒはしばし考え込んだ。

     ◇
 祈りの間で、ディートリヒは意識を戻した。
 ゆっくりと目を開き、あぐらの姿勢から静かに立ち上がる。ディートリヒは振り返り、後ろに立っていた神官長と視線を合わせた。

「今回、龍はなんと仰せでしたか?」
「いつもと変わらぬ」
「そうですか……」

 落胆顔の神官長を置いて、ディートリヒ王は祈りの間から出ていった。儀式を終えたこの場に残されたのは、神官長とレミュリオだ。

「いつ見てもディートリヒ王は深い瞑想に入るのがお上手ですね」
「もう二十年以上欠かすことなく、月に一度の祈りの儀を続けておられる。それも道理だろう」
「……王をすげかえる意味などあるのでしょうかね。若いハインリヒ王子に引き継がせるより、よほど効率がいい」
「滅多なことを言うものではない。すべては青龍の意思。それに口を出すなどもってのほかだ」

 神官長の言葉にレミュリオは素直に頭を下げた。

若輩者じゃくはいものはわたしの方だったようですね。つつしみます」
「分かればいい」

 神殿に戻ったレミュリオは、神官長と別れそのまま私室に向かった。三日間続く儀式の後は、二日ほど体を休める期間が与えられる。

 途中の廊下でレミュリオは、その先にあった気配に足を止めた。めしいたこの瞳は物を見ることは叶わない。だがそこにある気を、色鮮やかに感じることは容易にできた。
 目の前にいる男は、右腕をかばうように押さえている。指先から手首にかけて、赤黒いけがれが巣食っているさまが見て取れた。

「これはミヒャエル様、このようなところでどうかなさいましたか?」
「れ、レミュリオか……お前に話すことなど何もないわ」

 脂汗をかきながらそう吐き捨てると、ミヒャエルはふらふらとした足取りでその場を去っていく。ゆっくりと遠ざかっていく気配を、レミュリオはしばらく黙って見送った。

「……あの様子では、自我を保っていられるのも時間の問題ですね。己の力量を見誤るなど、実にミヒャエル様らしい」

 その口元に静かに笑みを乗せる。

「あれほどの才覚を持ちながら、邪悪な存在と神の区別もつかないとは……なんとも愚かしい人だ」

 無感情な声が廊下に響く。興味を無くしたように、レミュリオは与えられた私室へと向かっていった。

     ◇
 草木には朝露が揺れ、小鳥たちがさえずりを響かせながら、目覚めゆく空の彼方を飛んでいく。早朝も日が昇り始めて間もない時刻に、野外の鍛錬たんれんじょうでエラはマテアスに師事を仰いでいた。

 鍛錬と言ってもエラは普段着の格好だ。汚れてもいいように着古したものを着ているが、戦うには不向きなよそおいといえた。日常起こるかもしれない有事に対する訓練なため、ドレス姿でも十分に動けるようにと、マテアスが指定したものだった。

「では、エラ様、はじめましょうか。まずは護身の方法からやっていきます」
「護身術ならもう学んでいます。それよりも早く戦うすべを教えてください」
「ご自身を守れないようでは、リーゼロッテ様をお守りするなど到底不可能です。ですがそうおっしゃるのなら、エラ様がどの程度できるのか確認させていただきましょうか」

 そう言ってマテアスは一歩エラに近づいた。

「触れますがかまいませんか?」
「もちろんです」
「では」

 やわらかな笑顔を返したマテアスは、一瞬のうちにエラを拘束した。背後から抱きすくめて、手をクロスするようにホールドする。あっという間の事に、エラは動くことすらできなかった。

「さあ、わたしを振りほどいてみてください」

 頷いたエラは力の限り身をよじった。しかしマテアスの腕がほどけることはない。肘鉄ひじてつを食らわせようにも逆に腕をきつく巻かれて、もがきながら足をばたばたさせるのが精いっぱいだ。

「これではお話になりませんねぇ」

 息切れしたままぐったりしているエラを抱えた状態で、マテアスは困り眉をさらにハの字に下げた。

「ま、マテアス、わたし……」

 自信喪失したようなエラを、マテアスは腕から解放した。ふらつく体を支え、落ち着くのを待つ。息を整えたエラが、自分の足でしっかり立ったことを確認すると、マテアスは次にくるりと背を向けた。

「まずは手本をお見せいたしましょう。エラ様、先ほどのわたしのように、動けないよう後ろから拘束してもらってもよろしいですか?」

 抱き着きやすいようにと少し屈みこむ。エラはためらいもせずにマテアスに背後からがばっと抱きついた。

「よろしいですか?」
「はい、大丈夫です」

 エラは渾身こんしんの力でマテアスにしがみついていた。絶対に離すまい。そう心に誓って。
 しかし、次の瞬間、マテアスはあっさりエラの腕から抜け出していた。逆に手首を取られて、背中へと持っていかれてしまう。

「えっ!? どうやって……」

 あんなに力を入れていたのに、簡単に振りほどかれてしまった。しかも、マテアスは無理やり出ていったようには見えない。よく分からないうちに抜け出された。本当にそんな感じだった。

「護身の術の基本は円運動です。相手から無理に離れようとしても、逆に拘束がきつくなるのが落ちです。次はゆっくりやってみますから、よく見ていてくださいね」

 マテアスはもう一度エラに背後から拘束させると、言った通りにゆっくりした動きで、エラの腕を振りほどいていった。

「わかりましたか? 円を描くように体をひねると相手の手が離れます。手を取られた時も同様です。相手の手首を軸にして円状に回すと、このように相手の手が外れます。さあ、エラ様もやってみてください」

 マテアスが再び背後から抱き着くと、頷いてエラは教えられた通りにやってみた。ぎこちない動きではあったが、エラは何とかその腕から抜け出していく。

「エラ様はなかなかすじがよろしいですね。その動きを無意識にできるようになるまで、しばらく練習いたしましょうか。ああ、あと、相手が自分より小柄だった場合、こんなこともできますので」

 後ろにいるエラの目の前でしゃがみこむと、マテアスはいきなりエラの足首に手をかけた。掴んだままぐいと持ち上げると、エラが悲鳴を上げて後ろに倒れ込む。

「と、こんな感じで抜け出すことも可能です」

 地面に倒れる寸前、エラの背を抱きとめ、マテアスは軽々と持ち上げた。胸に手を当てたエラは、なすがままにされて動けないでいる。

「び、びっくりした……」
「申し訳ございません。ですが鍛錬中は、お気を抜かないようになさってください。おっと、もう時間のようですね。本日はここまでといたしましょう」

 にっこり笑うと、マテアスはエラの体を下へと降ろした。

「では、エラ様、お部屋までお送りいたします」
「いえ、ひとりで戻れます。教えてもらっている立場で、そこまでしてもらうのは申し訳ないです」
「いいえ。早朝とは言え、エラ様おひとりでお帰しするのは心配です。送り迎えをさせて頂けないのなら、この鍛錬も続けるわけには参りませんねぇ」

 そう言われて、仕方なくエラはマテアスと共に歩き出した。マテアスにはいつも丸め込まれているように思えてならない。そう思っても、口にすることはないのだが。

「万が一怪我をなさったら、隠さずにおっしゃってくださいね。無理をすると元も子もありませんから」
「はい、わかりました」

 素直に返事をしたものの、多少の怪我など黙っていればわからないだろうと、エラは心の中では思っていた。忙しいマテアスに時間を取ってもらうのにも限界がある。早く技術を身につけなくてはと、はやる気持ちでいっぱいだった。

「嘘をついた時も、鍛錬はなしにさせていただきますからね?」

 見透かしたようにマテアスが言う。一瞬口をつぐんだエラは、隣を歩くマテアスの顔をじっと見上げた。

「なんだかマテアスには勝てる気がしません」
「はて、それはどうでしょう? わたしもエラ様には勝てる気はいたしませんねぇ」

 その言葉に首をかしげていると、ふたりはエラの部屋の前へと到着した。

「あの、マテアス。よかったら少し休んでいきませんか? 簡単な朝食くらいなら用意できますし」
「……あいにく、本日も執務が立て込んでいまして。せっかくのお誘いですが、ご遠慮させていただきます」

 そう言ったマテアスは、少し困ったような顔をエラへと向けた。

「それに、こんな時間にエラ様のお部屋にお邪魔させていただくとなると、あらぬ噂が立つやもしれませんしねぇ。次期家令の立場として、軽率な行動は避けたいところです」
「あ……」

 エラが何かを言いかける前に、マテアスはそのとび色の瞳をじっと見つめた。

「もちろんエラ様がそのおつもりでお誘いくださっているのなら、わたしも真摯しんしに、誠実に対応させていただきますが」
「あ、いえ、わたしはそんなつもりは……」

 薄く開かれたマテアスの青い瞳に気圧けおされて、エラは知らず一歩下がった。

「心得ておりますよ」

 ふっといつもの物腰のやわらかい雰囲気に戻ると、マテアスは胸に手を当てゆっくりと腰を折った。

「では、明朝、同じ時刻にお迎えに上がります」

 そう言うとマテアスは、足早に廊下の向こうへと消えていった。

「マテアスがあんな冗談を言う人だったなんて……意外だわ」

  軽く肩をすくめてから部屋に入る。時計を見ると、リーゼロッテを起こす時間が迫っていた。手早く支度を済ませなくては。まずは汗を流そうと、急ぎエラは浴室へと向かった。

     ◇
 ロミルダに出迎えられて、リーゼロッテがジークヴァルトの部屋に入ってくる。扉からすぐのところにある居間で、マテアスは紅茶を準備して待っていた。

あるじは間もなく参ります。もうしばらくおかけになってお待ちいただけますか?」

 頷いたリーゼロッテがソファに座ると、すぐさまかぐわしい紅茶を目の前にサーブする。

「本日は苺のタルトをご用意させていただきました」
「まあ!」

 差し出されたタルトに目を輝かせると、リーゼロッテは壁をちらりと見上げ、居心地悪そうに視線をそらした。

「どうかなさいましたか?」
「なんだかあの絵が気になってしまって……」

 リーゼロッテが座る真正面の壁には、彼女の幼い頃の肖像画が飾られている。光り輝くような笑顔を向け、目の前に立つと、自分が微笑みかけられているような、そんな気分にさせられる絵だ。

「あちらは旦那様が五歳の時に頂いたものです。リーゼロッテ様の元へも、旦那様の肖像画が贈られたと思いますが」
「え、ええ、そうね。わたくしのところにもジークヴァルト様の肖像画があるわ」
「もちろんリーゼロッテ様も、お部屋に飾られているのでしょう?」

 そうあってしかるべきと言う態度でマテアスが問うと、リーゼロッテは慌てたように首を振った。

「あの絵はジークヴァルト様から頂いた品を置く部屋に飾ってあるわ」
「そうでございましたか。次に伯爵家に行かれた際には、ぜひともお部屋に飾っていただきたく存じます」
「そうね、少し考えておくわ」

 歯切れ悪く答えたリーゼロッテは、絵の下に置かれた棚に目を向けた。

「あそこに飾ってある物は?」
「あちらの物は、今までリーゼロッテ様が贈ってくださった品々でございます」
「どうりで見覚えのある物が置いてあると思ったわ……」

 驚き顔のリーゼロッテが、うかがうようにマテアスの顔を見上げてくる。

「あとで手に取って見ても大丈夫かしら?」
「旦那様はわたしどもには一切触らせようとなさいませんが、リーゼロッテ様でしたら問題ないかと思います。ああ、ですが持ち出したり破損したりはなさらないでくださいね。リーゼロッテ様に頂いた品々を、主はそれはそれは大事にしておりますから」

 準備は万端に整った。マテアスはにっこりと笑顔をつくり、首をかしげているリーゼロッテに向けて、丁寧な動作で腰を折る。

「では、わたしはこれで。どうぞごゆっくりなさってください」

 そう言って、マテアスは部屋から出ていった。その際、扉の前で控えていたロミルダの腕を引っ張って、一緒に廊下へと連れだしていく。

「邪魔はしないでいただけますか?」
「だけど、旦那様のお部屋でふたりきりにするなんて……」

 ロミルダは心配そうに部屋の扉を見やった。ジークヴァルトの自室なら、リーゼロッテに何をどうしようと、異形の邪魔は入らない。

「それが目的なんですから、無粋ぶすいなことは言わないでください。ようやくいい雰囲気になってきた今を逃す手はありません。このまま旦那様に頑張っていただかなくては」
「変に手を出して、またリーゼロッテ様に嫌われたら、今度こそ取り返しがつかなくなるんじゃないかしら」
「いえ、最近の旦那様とリーゼロッテ様はとてもいい感じです。行くなら今しかありません」

 不安げに言うロミルダに、マテアスは自信満々の様子で答えた。

「でも、ダーミッシュ伯爵と誓約を交わしているんでしょう? それにいくら婚約関係にあるとはいえ、婚姻前にそういったことをするのは外聞がいぶんも悪いんじゃ……」
「あなたがそれを言いますか?」

 少々冷めた目でマテアスは言った。侯爵令嬢だったロミルダは、公爵家の家令であるエッカルトを落とすために、大胆にも夜這よばいを決行した。両親の密事など知りたくもないが、ふたりのロマンスは子供の頃から公爵家内で語り継がれているため、嫌でも耳に入ってくるというものである。

大旦那ジークフリート様と大奥ディートリンデ様も、託宣を前倒しして婚姻を果たされました。お子ができてしまえば、ダーミッシュ伯爵も頷かざるを得ないでしょう」
「フリート様の暴走は誰にも止められなかったものね。エッカルトもリンデ様も、すっかり諦めの境地だったわ」

 うんうんとマテアスは頷いた。このままではジークヴァルトも暴走しかねない。素直に甘えてくるようになったリーゼロッテを前にして、主の理性の糸は、日増しに細く細く引き絞られている。

(公爵家の呪いで執務室を破壊されるくらいなら、旦那様の部屋で本懐ほんかいげていただきましょう)

 それこそがマテアスの最大の本音だ。だが、ジークヴァルトを応援したい気持ちもまた、心からの事だった。

「とにかく邪魔はしないようお願いします」

 そう言って、ロミルダの背を押していく。リーゼロッテがジークヴァルトの部屋を訪れるに当たって、エラはロミルダが同席しているものと思っている。刺繍教室でエラが不在にしている今を、逃す手はないだろう。

 間もなく執務室の隠し通路を通って、ジークヴァルトがリーゼロッテの待つ部屋へと戻る手はずだ。
 ためらうロミルダをグイグイと押しながら、マテアスはしたり顔でほくそ笑んだ。
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