ふたつ名の令嬢と龍の託宣【第二部公爵夫人編開始】

古堂 素央

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第3章 寡黙な公爵と託宣の涙

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     ◇
「これは非常にまずいですねぇ」

 リーゼロッテはあの日以来、部屋にこもりきりで姿を見せない。ツェツィーリアもべったりとくっついて、そのそばを離れようとしなかった。ジークヴァルトの呼び出しにも、なんだかんだと理由をつけられて、断られ続けてもう数日が経過していた。

「旦那様、本当にお心あたりはないんですね?」
「ない」

 ふいと顔をそらすジークヴァルトを胡乱気うろんげに見やってから、マテアスは集まった面々をぐるりと見渡した。
 今、執務室内にいるのは、ジークヴァルトとマテアスをはじめ、家令のエッカルト、侍女長でその妻のロミルダ、そしてジークヴァルトの父ジークフリートの従兄いとこであるユリウスだ。

 この集会の議題はただひとつ。『ジークヴァルトがリーゼロッテに嫌われちゃったかも! これはなんとかしなければならない由々しき事態、みんなで力を合わせて知恵を絞ろう会議』のはじまりだ。

「リーゼロッテ様のご様子がおかしくなったのは、いつ頃からなのですかな?」
「わたしが感じたところ、ダーミッシュ領からこちらにお戻りになられてからのように思います。それ以前も、多少落ち込んでおられる様子はございましたが」
「そうねぇ……エラ様もいらっしゃるし、わたしはあまりリーゼロッテ様のおそばにはいませんでしたから。これといって感じることはなかったですねぇ」

 エッカルトの問いかけに、マテアスとロミルダが順に意見を言った。

「エマニュエル様なら、何かご存じかもしれませんねぇ」
「でも、あのは今子爵家のことで手一杯のようだから」

 エマニュエルは子爵夫人となったが、ロミルダとエッカルトの娘だ。ダーミッシュ領に滞在していた彼女なら、重要証言が得られるかもしれない。

「そんなもの、ジークヴァルトが一言、リーゼロッテに謝れば済むんじゃないのか?」
「謝るようなことはしていない」

 ユリウスの言葉に、ジークヴァルトが無表情で即座に返した。

「理由なんてそんなもんなくたっていいんだよ。女が可愛くねてるときは、とりあえず男が折れとけば丸く収まるってもんさ」
「こちらが怒っている理由が分からないくせに、形だけ謝られても、女としてはちっともうれしくないですけどねぇ」

 ユリウスの顔をロミルダは呆れたように見やった。

「エマニュエルの手はいつ頃空きそうですかな?」
「何でも子爵家で、旅芸人を迎え入れてのもよおしをやるそうで、その切り盛りがたいへんだって言ってましたわねぇ。ちょうど今日あたりの日程だったかしら?」
「旅の芸人ですかの?」
「ああ、今、貴族の間で流行ってるやつだな。行商人が芸を見せたり観劇をやったりするんだろう? 女子供が好きそうなやつだ」

 肩をすくませてユリウスが言うと、マテアスが突然ガタっと立ち上がった。

「それです……!」

 どれだよ。心中で一同がそう突っ込んだとき、マテアスの頭の中では、ジークヴァルトとリーゼロッテの関係修復計画が、着々と練られていたのであった。

     ◇
「旅芸人ですか?」
「ああ」

 執務室のいつものソファに腰かけて、リーゼロッテはこてんと首を傾けた。ここに来るのは久しぶりだ。というより、ジークヴァルトの顔自体、ここ数日ずっと見てはいなかった。
 なんとなく気まずくて、ツェツィーリアにかこつけてけまくってしまった。しかし、呼び出しを延々と断り続けることもできずに、今ここに座っている。

「わたくし知っているわ。市井しせいの者が劇をやったりするのでしょう?」
「まあ、劇を」

 いつもは並んで座るふたりの間に、ツェツィーリアがすっぽりと収まっている。おかげでジークヴァルトとの距離が遠い。ほっとしている自分がいて、それがなんだか悲しくなってくる。

「リーゼロッテ様はなかなかお出かけにはなれないでしょう? 気晴らしになればと、旦那様がその一行を呼ぶ手配をなさってくださいました」
「お兄様にしては気が利くのね。わたくし、一度見てみたかったのよ」
「いえ、ツェツィーリア様のためではなく……」
「よかったですわね、ツェツィーリア様」
「ええ、ありがとう、ヴァルトお兄様!」

 満面の笑顔で見上げるツェツィーリアに、ジークヴァルトは「ああ」とそっけなく頷いた。

「いや、ですからこれは旦那様がリーゼロッテ様のために」
「これ、おいしいわ」
「ふふ、ツェツィーリア様、お口についていますわよ」

 菓子を頬張るツェツィーリアの口元を、リーゼロッテがハンカチでやさしくぬぐっていく。ツェツィーリアがいるとジークヴァルトと会話をしなくて済む。リーゼロッテにしてみれば、その存在がありがたく感じられた。

 この状況に危機感を覚えたマテアスが、口に物を入れるしぐさで指令を出した。ここ数日のノルマが溜まったままだ。ここはあーんで強行突破するしかない。
 それを見たジークヴァルトが、おもむろに菓子をつまみ上げた。それをリーゼロッテへと差し出そうとする。

「あー……」
「あら、お兄様。今日はやけに気が利くのね」

 横からさっと奪い取ると、ツェツィーリアはその菓子を自分の口に放り込んだ。

「ふふ、またお口についておりますわ」
 微笑ましそうにリーゼロッテが口元をぬぐう。そうこうしているうちに、エラの迎えが来てしまった。

 リーゼロッテが執務室を後にして、マテアスが拳をぐっと握りしめる。
「思わぬ妨害が……」

 レルナー家から一向に迎えが来る気配はない。それをいいことに、ツェツィーリアはリーゼロッテに四六時中べったりだ。

「旦那様、そろそろレルナー家に連絡をなさっては」
「いい。迎えが来るまでいさせてやれ」
「はぁ……旦那様はツェツィーリア様にお甘いですねぇ」

 その時、ジークヴァルトがはっと顔を上げた。天井を睨み、意識を集中する。いつの間にか宙に現れた守護者ジークハルトが、その空間を同じようにじっと見上げた。

『最近、ねずみがうろちょろしてるね』
「ああ、わかっている」

 気配がかき消えたことを感じつつ、ジークヴァルトは低く答えた。

「旦那様?」
「いや、何でもない」

 不思議そうに首をひねるマテアスを、ジークハルトはおもしろそうに見やっていた。

     ◇
「フーゲンベルクの青きたてめ。いつもいいところで邪魔をしおって」

 飛ばしていた意識を体に戻すと、ミヒャエルは忌々し気に舌打ちをした。

「旅の芸人を呼びつけ興を催すなど、いかにも無能な貴族が考えそうなことだ」
 鼻でわらいながらも、ふと思う。ともすれば、これは絶好の機会なのではないか?

 深い呼吸を三度して、ミヒャエルは再び深い瞑想に入った。

くれないの女神よ……どうか、どうか我が身にお力を!)
 命を削るかのごとくに、強く、強く、乞い願う。

 時間も呼吸も忘れたころ、前触れなく下から湧き上がるような熱が広がった。その熱はミヒャエルを焦がしながら、たぎるように全身へ侵食していく。玉のような汗をかき、ミヒャエルの口から苦悶のうめき声が漏れて出た。

 無慈悲に体の内部を駆け巡る灼熱は、やがてすべてが一所ひとところに集約していった。その熱が、完全に我が身の一部となった時、ミヒャエルはようやくその瞳を開けた。

「ふ……はははははははっ」

 動かなかった右手を掲げ、ミヒャエルは狂気の瞳でその指先を見た。異様に伸びた人差し指の爪だけが、禍々しいほどの紅玉の光を宿している。

くれないの女神よ……!」

 感極まり、熱の籠った声でミヒャエルは叫んだ。
 女神は再び力を与えてくれた。この国に、くいを打ち込むために。その望みを叶えられるのは、選ばれたこの自分だけなのだ。

 高揚感だけが支配する。

「今度こそ、目にもの見せてくれる。まずは、青き盾――お前からだ」

 爪先が妖しい光を放ち、陽炎かげろうのごとく揺らめいた。

     ◇
 毛足の長いふかふかの絨毯じゅうたんの上、これまたふかふかのクッションにうずもれながら、リーゼロッテはテーブルの上を見やった。背の低いテーブルには、珍しい食材を使った料理や、見たこともないフルーツが、所狭しと並んでいる。

(アラブの富豪にでもなった気分だわ)

 絨毯の上に直接座り、ご馳走をいただくなど、この世界に生まれて初めての事だった。すべてがひと口大に盛られているため、まるで高級ブッフェにでも来たような気分だ。

「不思議な食べ物ばかりですわね」
「西から来た行商人だそうだ。この料理は西部で採れる食材が使われている」

 隣であぐらをかくジークヴァルトにそう言われ、リーゼロッテはなるほどと頷いた。出かけるまでもなく、地方の味覚が楽しめるのだ。こうした旅の行商人を招くのが、貴族の間で流行はやるのも分かる気がする。

 これから旅芸人による観劇が行われる。飲食しながら、優雅に劇を鑑賞するのだ。貴族とはこんな贅沢ができるのかと、今さらながらに感嘆してしまった。

「あの、ジークヴァルト様……このような機会を設けてくださいまして、本当にありがとうございます」

 最近け気味とはいえ、人としてお礼は言っておくのが筋だろう。そう思って、隣を見上げたリーゼロッテを、ジークヴァルトは静かに見下ろしてきた。
「ああ」
 そう言って、手を伸ばしてくる。髪を梳かれるのだと思った瞬間、反対隣りに座っていたツェツィーリアに、強く腕を引っ張られた。

「お姉様、劇はまだ始まらないの? すぐに見られないなんて、わたくし気に入らないわ」
 紅潮した頬で問うてくる。期待に満ちたその顔は、だいぶ興奮しているようだ。

「待つ時間が長いというのも、それほど悪いことではございませんわ。その分、わくわくした気持ちが続きますもの。それに、始まった時にもっときっとたのしいって思えるはずですわ」
「そんなものかしら」

 つまらなそうに唇を尖らせながらも、おとなしく菓子をつまみ始める。最近のツェツィーリアは、リーゼロッテの前ではとても素直だ。

「よかった、間に合ったみたいね」
「アデライーデお姉様!?」

 突然、ジークヴァルトとの間に、アデライーデが割り込んできた。ドレス姿の所を見ると、今日は騎士業は非番のようだ。
 ジークヴァルトを邪魔そうに押しやると、アデライーデは当たり前のようにリーゼロッテの横に陣取った。

「エマから聞いて、わたしもどうしても見たくなっちゃって。あら、これ美味しいわ」
 フルーツを口に放り込むと、アデライーデは同じものを手に取った。
「ほら、リーゼロッテも食べてみて」
 アデライーデにあーんと差し出されて、戸惑いつつもそれを口にした。

「美味しいですわ、お姉様」
「ずるいですわ、アデリーお姉様。わたくしも!」

 不満そうに言ったツェツィーリアが、違うフルーツをリーゼロッテの口元に近づけてくる。有無を言わさず奥へと押し込まれた。

「お、美味しいですわ、ツェツィーリア様」
「次はこれよ!」
「じゃあわたしはこっち」

 両脇から交互に差し出されて、訳も分からずリーゼロッテは懸命に咀嚼を繰り返した。

「もうお腹がいっぱいで……」
 胃の容積が限界を超えようとしたとき、ようやく観劇がスタートしたのであった。

     ◇
 劇に夢中になっているリーゼロッテたちを後ろから見やりながら、マテアスはひとり歯噛みしていた。
(旦那様との仲直り計画が……!)

 ツェツィーリアのみならず、アデライーデまで乱入してくるとは。いかにマテアスをしても、これは大きな誤算だった。綿密な計画を立て、この場を急ぎセッティングしたのだ。それをことごとく妨害されて、マテアスのイライラは頂点きわまっていた。

 マテアスの計画ではこうだった。


 ふかふかの絨毯の上、ジークヴァルトの膝に乗せられたリーゼロッテが、観劇を夢中になって見つめている。
 危険なシーンではハラハラした顔で。甘いシーンには頬を染め。そんなリーゼロッテを、ジークヴァルトは愛おしそうに見つめている。

 マテアスがリクエストした通りに、悲恋のストーリーが演じられていく。その哀しい結末に、リーゼロッテの大きな瞳から、はらはらと涙がこぼれ落ちた。
 それをそっとぬぐうジークヴァルト。
 叶わなかった劇中の恋に、リーゼロッテの心は打ちひしがれたままだ。

「ジークヴァルト様……」
「オレはずっとお前のそばにいる」

 頬を伝う涙にそっと口づけると、リーゼロッテはぎゅっとジークヴァルトに抱き着いた。

「ヴァルト様、もうわたくしを離さないで」
「ああ、愛してる……リーゼロッテ」

 ぶちゅっ


(と、熱い口づけを交わしたおふたりは、永遠の愛を再認識するはずだったのに……!)

 がりがりと天然パーマの髪をかきむしりながら、マテアスはアデライーデの背中を睨みつけた。
「せめてアデライーデ様がいなければ……」
 夢中になっているリーゼロッテの肩を、やさしく抱き寄せることくらいはできたはずだ。

 殺気交じりの視線を感じたのか、ふいにアデライーデが振り返った。半眼で睨み返されて、マテアスは負けじと、しっしと追い払うような仕草をした。

 じ ゃ ま を し な い で く だ さ い よ

 口パクでそう伝えると、アデライーデは意地悪くふふんと笑みを作った。これ見よがしにリーゼロッテを抱き寄せる。

「なっ!」

 思わず出そうになった大声を、マテアスは寸でのところで飲み込んだ。

(き、鬼畜の所業……!)
 こうしてマテアスの仲直り計画は、あっさりともろくも崩れ去ったのだった。

     ◇
 終幕に盛大な拍手を送る。哀しい恋の結末に、リーゼロッテとツェツィーリアは目を赤く腫らしていた。すんと鼻をすすり、なんとなくな流れでお互いを抱きしめ合う。いまだ余韻が醒めなくて、いつになくふたりは無口なままでいた。

 いつの間にか片付けられたテーブルに、今度は様々な宝飾品が並べられていった。劇中で使われた指輪やネックレス、そのほかゆかりある品が目に入る。
 ざっと見たところ、それほど高価な物ではなさそうだ。どちらかというと、劇と連動したグッズ販売のようだった。

「さあ、お嬢様方。お気になったものはどうぞ手にとってご覧ください」

 重ねた手をもみ込みながら、行商の男はにっこりと笑った。こういった時、何も買わないのはマナー違反だ。価値のない物だと分かっていても、招いた以上はそれなりの施しをするのが貴族の役目だった。

「わたくし、これがいいわ」

 先ほどの感動はどこへやら、ツェツィーリアはもう選ぶのに夢中になっている。そのツェツィーリアが手にしたのは、水色の綺麗な石がついたペンダントだった。

「素敵な石がついておりますわね」
 その石の色はまるで義弟ルカの瞳のようで、リーゼロッテは微笑まし気にツェツィーリアの顔を見やった。その様子にツェツィーリアは、慌てたように唇を尖らせる。

「べ、別にルカの瞳に似てるからって、これを選んだわけではないわ」
「あら、誰もそんなこと言ってないじゃない」

 アデライーデが意地悪そうに言うと、一瞬ツェツィーリアは口をつぐんだ。

「やっぱりほかのにするわ!」
 顔を赤くしたツェツィーリアを制して、リーゼロッテはそのペンダントを首にかけてやった。ツェツィーリアの胸に輝く水色を見て、満足そうに頷いて見せる。

「とってもお似合いですわ」
「お姉様がどうしてもって言うなら、わたくしこれにしてあげてもいいわ」
「ええ、そうしていただけますと、わたくしもうれしいですわ」

 リーゼロッテがそう言うと、ツェツィーリアもほっとしたような笑顔を向けた。

「そちらのお嬢様には、これなどがおすすめです」

 行商の男が青い石のブローチを勧めてくる。リーゼロッテがジークヴァルトの婚約者だと知っているのだろう。男は次から次に、青い石がついた宝飾を並べ立てていった。
「どれもお似合いですよ」

 こびへつらうような笑いに、困ったような顔を返す。ジークヴァルトの顔を立てるなら、自分はこのまま青い宝飾を選ぶべきなのだろう。

「青の飾りはいっぱい持っているから、たまにはほかの色もつけてみたいわ」

 気づくとそんな言葉が口から漏れていた。はっと我に返るも、一度出した発言をなかったことになどできはしない。怖くてジークヴァルトの顔が見られない。リーゼロッテはぎゅっと唇を噛み締めた。

「それならこれはどう?」
 気にも溜めていない様子で、アデライーデが緑のイヤリングを手に取った。リーゼロッテの瞳よりもくすんでいるが、小ぶりな石がゆらゆらと揺れる様は、乙女心をくすぐるデザインだ。

「素敵ですわね。わたくしそれがいいですわ」

 自分の色ならば、選んだとしても角は立たないだろう。言い訳がましく思ったものの、ジークヴァルトに笑顔を向けることが、リーゼロッテにはできなかった。

     ◇
 催しがすべて終わって、リーゼロッテはツェツィーリアと共に部屋に戻ろうとしていた。おなかいっぱいになった珍しいフルーツの数々。観劇の感動と、ジークヴァルトへの後ろめたさ。
 いろんなものがごちゃまぜになって、なんだかやたらと疲れてしまった。

 アデライーデの先導のもと、ツェツィーリアのおしゃべりに笑顔で相槌あいづちをうつ。そうしながらもリーゼロッテは、早く寝台に潜り込んで寝てしまいたいと思っていた。

 その一歩を踏み込んだ瞬間、空気が変わった。

 はっと息を飲み、隣を歩くツェツィーリアを近くに引き寄せた。
「わたくしのそばを離れないでくださいませ」
「リーゼロッテお姉様!」

 ツェツィーリアも異変に気付いたのか、不安そうにぎゅっと抱き着いてくる。
 いつの間にか、先を歩いていたアデライーデの姿が見えなくなっている。廊下はどこまでも薄暗く、その先を見渡すことはできなかった。

「そこのお嬢様方……」

 暗がりから、先ほどの行商の男がふらりと現れる。うつろな瞳をした異様な雰囲気を前に、リーゼロッテはかばうようにツェツィーリアを背に隠した。

「先ほどはお見せできませんでしたが、お嬢様にふさわしい宝飾がございます……」

 感情のこもらない声音で言うと、男は手にした箱を掲げ、そのふたをゆっくりと開いていった。

 途端に、周囲に瘴気しょうきが満ちる。パンドラの箱を開けたかの如くに、そのけがれは渦巻きながら、またたく間に廊下の先へと広がっていく。

(この瘴気は……!)

 かつてこの身に感じた紅のけがれを前に、リーゼロッテはただ恐怖で立ち尽くした。




【次回予告】
 はーい、わたしリーゼロッテ。突然、広がった紅の穢れに、逃げ惑うわたしとツェツィーリア様。狙われているのはわたしだと悟り、ひとりジークヴァルト様の元を目指します。異形に憑かれた人間たちに、苦戦を強いられるジークヴァルト様を前に、わたしにできることは何もなくて……?
 次回、3章第10話「妄執の棘 - 後編 -」 あわれなわたしに、チート、プリーズ!!
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※小説家になろうグループムーンライトノベルズにて【R18】ふたつ名の令嬢と龍の託宣 不定期投稿中☆
 第6章 嘘つきな騎士と破られた託宣 スタートました♡
※アルファポリス版は第1部令嬢編として一度完結としましたが、ムーンでは第6章を継続投稿中です。
 こちらはR18ですので、18歳以上(高校生不可)の方のみ閲覧できます。
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